争乱の呼び声



 彼は夢を見ていた。

 就寝中に見る夢でありながら、恐ろしいほどの現実味を伴い、現に帰っても記憶される。
 フルカラーの夢と言うにも生々しい体験に近いほどの映像。
 世界から意識だけが切り離されて世界を遠くから俯瞰する。
 それはまるで自分から意識が離れて世界にジャンクションするような感覚にも例えられた。

 ただ、今夢を見ている彼がそう思っているだけで他の人間がどう思うのかは分らない。
 はじめは不思議な夢を見た、と思ったが忙しさの中で誰にも話さずに居た間に忘れてしまった。
 次に見た時にはそういえば前にもこんな夢を見たなと思って終わってしまった。
 繰り返されるうちに日常になった。
 ただの夢になった。
 彼はどんなに生々しくてもこれが夢だと思っていたから、人に尋ねた事は無かった。

 赤い砂原を夢に見た。
 砂粒の一つ一つは小さく透明に近いのに、集まるとまるで血の海原のように赤く、そして生きているかのように波紋する砂原を夢に見た。
 黒い海を夢に見た。
 触れるあらゆる物を蝕み、枯らし、大地を呪う黒い海を見た。
 緑の大地を夢に見た。
 人の手の入らない原初の大地とそこに生きる生き物達。人を知らない生き物達。
 三つの月が浮かぶ空、浮遊大陸を見上げる場所、凍えるような純白の世界。

 多くの場所を夢に見た。

 世界から切り離されて、世界にジャンクションするかのような感覚の中で、夢のような夢を見る。

 曖昧な睡眠中の意識が見せる夢とは多少違うようにも思える夢だった。
 目覚めれば忘れる夢より鮮明に思い出せる記憶になる。
 だが彼は目覚めるたびにそれを夢と言う定理に追い込んだ。

 夢を見る、彼――彼ら。
 そして忘れる、彼女――彼女ら。

 ただの夢なら夢の話などしはしない。
 他人が見た夢の話を聞かされるのがあまり面白くない事を経験として知っているからだ。
 夢の話をしない彼らはそれが夢ではないと気が付かない。



 その日、任務で外に赴いていたアーヴァインがガーデンに帰って来ると、ガーデンの奥から小さな可愛らしい少女のような女性が一人駆けて来た。
 それを見てアーヴァインの任務で疲れた顔は笑みにほころぶ。

「セフィ〜! たっだいま〜!」

 嬉しくなって手を振って声を掛けた。
 向こうからその小さな彼女も手を振り返してくれてアーヴァインの心は尚の事浮きたった。
 たたた、と駆けて来た彼女はアーヴァインの数メートル手前でとんと地面を踏み切るとアーヴァインに向かって跳んでいく。
 両手を広げて広い胸でそれを受け止めたアーヴァインはそのまま彼女の事をぎゅっと幸せそうに抱きしめた。
 ぎゅっと抱きしめ返されて、彼の中には溢れんばかりの幸せが満ちる。

「ただいま〜、セフィ」
「お帰り、アービン」

 顔を上げにぱっと笑った彼女は言う。

「ねえねえアーヴァイン。たしかエデンジャンクションしていたよね?」
「え? うん」
「ちょっとかしてくれへん?」
「構わないよ」
「ありがとー!」

 というとさっと身を翻していく小さな背中に少し寂しく思うことはあるものの、まあいいか。抱きしめられたし。そう思うアーヴァイン。
 要のGFが居なくなり彼は夢を見なくなる。

 翌日、不思議な夢を見たな〜、と思いながら廊下を歩いていたセルフィはふと声を掛けられる。

「セルフィ!」
「あー、スコール! どないしたん?」
「いや、確かディアボロスを持っていたと思ったんだが」
「うん? もっとるよ」
「貸してくれないか? 明日は任務なんだ」

 要の一つエデンと、もう一つの要であるディアボロスが分かたれる。
 そして二人は夢を見る。
 目覚めれば彼らはもう意識しない。あの夢の内容について。
 そしてまた目覚めた現実で繰り返す。

「なあスコール、バハムート持ってたよな」

 いざこれから任務のためにガーデンを出ようとしていたスコールはゼルに声を掛けられて立ち止った。

「もってたが、どうかしたのか?」
「ちょっと貸してくれないか? ガーディアンフォースに関する講習をすることになったから、できればバハムートを使いたいって思ってよ」
「そうか」
「いいのか?」
「ああ」

 最後の要であるバハムートが分かたれ、そして三人は夢を見る。
 見ては忘れ、忘れては見て。
 不思議に思っても記憶の隅に追いやって日常は過ぎる。

「ゼル!」
「キスティス?」

 一週間に及ぶ講習を終えて気力の尽き果てたゼルが自室に向かって廊下をとぼとぼと歩いていると声を掛けられてタイルを数えていた眼差しを持ち上げた。
 かつかつ、と床を鳴らして前方から歩いてくるゼルの疲労の全ての根源である彼女をゼルは何の感慨もなく見つめていた。
 ただ休みたかった。
 肉弾戦の任務が欲しかった。
 物知りゼルを自称するだけあって自分の物知りには自身があるが、それを人に教えるとなれば別の話だった。
 もう少し精神に余裕があれば目の前の相手に対して何かしら考える事も出来ただろうが、今は何も考える事ができずにただ近付いてくるのをじっと見ていた。
 そのゼルの前で立ち止ったキスティスは肩の落ちたゼルを腕を組んで見下ろしている。
 その表情には出来の悪い生徒を見守る優しさがあった。

「大丈夫?」
「ぜんぜんだいじょうぶじゃねぇ」
「もう。いつまでもただのSeedじゃいられないんだから、もうちょっと頑張ってちょうだい。出来ることは知ってるんだから」

 実際問題ゼルの行なう授業の生徒側からの評価は高い。
 見ていればキスティスにもその理由が分る。
 ゼルは知識を集めるることを趣味としているが勉強と言うものについてはよく出来るわけではない。
 雑学とそれとはゼルの中では何処かでライン引きがあるようだった。
 雑学にかんしては物知りゼルの自称を周囲に認めさせているが、勉強に関しては出来なかった方である。
 だからこそ、分らなかった事が分る人間である。

 生徒が何処で躓くのかがわかるのだ。
 自分がそこで躓いた故に。
 そこに重点を置いて授業をするので結果として分かりやすい授業となる。

「そりゃ分かってるけどよ」

 それとこれとも別だとゼルは思う。

「それより、あなたたしかバハムートを授業に使っていたわよね」
「ああ」
「それ、貸してくれないかしら」
「バハムートを?」
「ええ。エデンとディアボロスは借りてきたんだけど」
「そんなに強いGFばかりジャンクションしてどこに行くんだ?」

 純粋な疑問からゼルは聞いてみた。
 キスティスは組んでいた腕を解いて人差し指を唇に当てた。

「ひみつよ」

 と。
 唇から人差し指を放した後にも顔にはなにか企んでいるのではと思考能力の低下したゼルにもそう思わせる笑みが広がっている。
 とにかく楽しそうだな、とゼルは思うに留まった。
 面倒くさいことはもう考えたくない。

「まあいいけどよ」

 そういってGFバハムートは引き渡され、要のGFは集い一人は夢を見る。
 異世界の夢だ。

 誰も知らない世界の大地だ。
 誰も知らない世界の物語だ。
 誰も知らない世界の人々だ。

 夢ではないそれを睡眠中に見るから夢とする。
 夢と思うから目覚めればどんなに面白い夢でも、悲しい夢でも、偉大な空でも大地でも、直ぐに今と言う現実を生きるために記憶の彼方に押し込める。
 だから彼らは知らなかった。

【争乱の呼び声】と、彼等がそう名付けた力が彼らに夢を見せていることを。




 夢は広がり、収束し、そして誰も気が付かない。

「なんだか不思議な夢を見たわね」

 朝日の入るベッドの中で、目じりに滲む涙をぬぐってキスティスは呟いた。









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