おどる つるぎ と恋ばなし



「――はぁ……」

 詰めていた息を大きく吐き出した霧枝は、ぱたん、と手にした本を閉じた。
 ハードカバーの分厚い本は、その頭からぴょんぴょんと幾つもの付箋を覗かせていた。

 読んだ中で、めぼしいと思った作製できそうな道具のあるページに付箋を張りつつ読書をしていたのだ。
 複製の錬金術師。
 この能力を作ったばかりの頃は、こうして付箋を貼りつつ読書をしようと思っていても気がつけばのめり込み、全て読了してから気がつくことも多かったが、今となっては使える、と思えば自然と手が付箋を貼り終えて居るまでになっていた。
 歳月のなせる業である。

「面白かったぁ……」

 胸のうちに残る余韻に浸る。
 面白い。
 面白い面白い。
 正そうとしか言いようの無い余韻だった。
 それを誰かに伝えようと言葉を弄せば弄すほど、陳腐に成り下がるような気さえする。
 誰かに勧めたいのなら、とにかくひたすら面白いから読んでみろ、そうとしか言いようの無い心境だった。





 約二十分もその余韻に浸っていた霧枝は、それに見切りをつけると再び本を開いた。
 付箋は貼って有るが、その付箋に印をつけるほどの余裕は無い。
 久方ぶりに飲み込まれるような気持ちで読んだ本だった。

 ぱらぱらと付箋の貼られた場所を廻り、探しているのは今回特に目をつけたものだった。

「あった」

 興奮に自然と呟きが漏れる。

「いいなぁ、これ」

 人が人にすら見えないような不思議なラインで描かれている挿絵が入っていた。
 挿絵を使ってまで描かれていたそれは、踊る魔剣。

 使用者が何の武術の心得を持たなくとも、それを最高の剣の使い手に仕立て上げるという代物だった。
 剣に導かれるように人は動く。
 全身の力をぬいて弛緩させ、その体を剣が操り戦いを繰り広げる。

 互いがダンスパートナー。
 導き、導かれ、剣と人と二つがそろって初めてダンスとなる事ができる。

「これなら……」

 才能の無い自分でも、と。
 近頃双剣の腕前もとんと上が見えなくなった。
 ガーデンに来て師事を受け、その頃はまたスコールたちに教えを請うていた頃よりも格段に上達したのだが、霧枝はまた己の登るべき階段を見失っていた。
 フィールではないが、階段を作るための建材どころか廃材も見当たらない。
 だがこれならどうだろう?
 そう霧枝は考えた。




 思い立ったが吉日とはいい言葉だ。
 ただ考えが足りないだけとも言い換えることが出来るが。

 それを作りたい。
 一心にそう思った霧枝はそれを行動に移した。

 まず手に入れるべきなのは、上質の剣が一本。

 だが最近の戦いは近代兵器に取って代わられつつあるこの世界。
 もちろんSeedをはじめガルバディアなどの兵士も帯剣している。
 重要な近接武器だ。
 だが、軍隊が使うものとはそもそもがいつでも取替えが利く量産品である。
 受け取るほうも支給品として受け取るわけであり、至高の逸品と言うほどの代物はなかなかあったものではない。

 まして霧枝が念具にしようと思うなら、職人の逸品物であることは強い念具を作ろうとするうえで最低条件だ。

 まずはそれが手に入る筋にあたりをつけなければならない。
 一つ頷くと、霧枝は職員室へと歩を進めた。

 目指すは“ルート・マイスター”の二つ名を持つ男。

 彼なら必ず、霧枝の望む上質の剣の作り手へ、あるいは剣そのものへ霧枝を繋いでくれるはずだった。
 彼に繋げられない道は無い。
 人にそう言わしめる広い人脈を持っていた。

「お邪魔しまーす」

 職員室、と書かれたプレートのある扉を開く。
 こそり、と入り込めば、数人の人間が振り返っただけで後は一瞥もくれずに人々は仕事をする。
 尋ねてきたガーデンの生徒を相手にする教員。
 パソコンを親の仇のようにガタガタと打ち付ける事務員。
 電話の相手をする男性教諭、教育方針について論争を交わす三人組の教諭たち。
 とにかくそこは騒がしい。

 そしてその向こうに、霧枝は己の望む人物の頭を見つけた。

 相変わらず存在感の無い男だ。
 わざわざ探さなければ目にも留まらない。
 そんな儚げな雰囲気がある。
 いや、違う。

 彼のもう一つの呼び名は“ヒトカゲ”

 まるで人について回る影のように、そこに居るのが当たり前。
 影の事をわざわざ見ようとする人間なんてそうはいない。
 その自然な存在かんを、周囲は彼に“ヒトカゲ”と呼んだ。

 潜入任務のプロフェッショナルでもある彼は、またガーデンを動かす男でもあった。

「ニーダ」
「ん? あれ、キリエ? どうしたの、キリエはめったに職員室には顔を出さないのに」

 どうにも特徴の無い、つかみどころの無い顔が笑顔を乗せて振り返る。
 そう、彼こそがキリエの求めた“ルート・マイスター”の二つ名を持つ男であり、そしてまたその存在感の独特のありかたから“ヒトカゲ”と称されることも有る男だった。
 そして彼は未だに緊急時においてはガーデンを操作する優先権を所持していた。
 つまり、ガーデンを動かす男である。

「急ぎで悪いんだけど、頼みたい事があるのよ」
「……大丈夫、かな。まあキリエの頼みなら」
「ほんとう? ありがとう! いつも悪いわね」
「いや。あ……でも」

 消えかけるような呟きを残したニーダの指が、膝の上で踊りだす。

「なにか、あった?」
「あの……出来れば、一つお願いが……」

 突然丁寧に為る言い回し。
 小さくなる声にあわせてキリエも身を寄せて小さな声で尋ね返した。

「なぁに? ニーダ」

 尋ねるものの、もじょもじょとしたニーダの声は聞こえてこない。
 更に更に口元に耳を近づけるが、言葉はかすれてキリエの耳まで意味を持って伝わる事は無かった。

「もう、なによ、はっきり言いなさいって」

 口調は強く、けれど声は小さくキリエは急きたてる。
 それに背を押されたようにニーダは一度喉を鳴らすと、決意を篭めて言い放った。
 ただし、小さな声で。

「シュウ先輩の最近の興味をリサーチして欲しいんです」
「……へ? シュウの?」

 と、尋ね返してすぐに思い至った。
 初心にも真っ赤になるニーダと、最近のニーダのシュウへの些細なアプローチを思い出す。
 もしや、

「そろそろデートに誘うつもりじゃ……」

 ますます赤くなったニーダがますます小さくなった。
 幸いと言うか、ここは落ち着いて話すのに向いている環境ではないが、対面して話しているもの同士以外の声など騒がしすぎて意味を持った言葉として周囲に広がる心配はほとんど無い。
 話の主であるシュウは、今は授業中でここには居なかった。

「でもそれってさ、私よりニーダ。あんた本人がやったほうが正確だし、早いんじゃ……」

 野暮と思っていてもキリエは口にした。
 好きな女のためならちょっとはがんばれ、と言うような気もするし、キリエ自身はそういったことが得意ではない。
 特殊任務に関する知識を深め始めたのだってこちらに来てからが本番だ。
 紙の上の座学としての知識ですらそれなのに、シュウ相手となれば半ば以上実戦だ。

 その言葉を受けてますます小さくなるニーダ。
 この年にしてルート・マイスターとすら呼ばれるようになった男も好きな女の事となればこれか、と、キリエは少し微笑ましくなった。

「……わかった。判ったから」
「本当に!」
「ほ、本当よ本当」

 そのうち小さくなりすぎて箱に収まってしまうのではないだろうか。
 まるでマトリョーシカみたいな男だな、と思っていたのがたちまち尻尾を振り回す犬になる。
 寄せられる大きな期待に自然と腰が引けた。
 寄せられる期待に見合ったものが返せるだけの自信が無かった。

「私の、出来る限り、だから、ね?」
「はい、もちろん! 構いません構いません」
「本当に、本当よ?」
「ええ!」

 そこまで言われては仕方が無い。
 出来る限りのことは仕様では無いかとキリエは割りと悲壮に決意を固めた。




「じゃあよろしくね」
「キリエこそ」
「まあ、やれる限り、ね」
「期待していてくださいね。最高のものを探してきますよ!」

 浮かれた返事が帰って来る。
 この調子なら、本当に恐らくは望む以上にすばらしいものがキリエの手元には届くだろう。
 どうしたものかとキリエは頭を抱えたかった。

 シュウは、やり手だ。
 そしてキリエは身内に近いほどの人間になればなるほど嘘をつけなくなる性質をしていた。
 気がつかない人間は気がつかないが、そのぎこちなさに気がつく人間ならすぐにわかる。

「まあ、なるようになれ、か」

 別に嘘をつくわけでも無いし、と自分に言い聞かせ、キリエは職員室を後にした。
 なるようになれ、だ。
 後のことなんか知るもんか。
 最終的には――




 他人の恋愛だ。









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