書類と影とカードゲーム



 ガーデンは、キリエの知っているものとはすでに違った。
 正確には違ってきていた。

 社会的な国家間紛争の抑止力。
 身辺警護――私の世界で言えばSPのような事も以前より活発に行なっているらしい。
 SPはセキュリティポリスの略。
 アメリカではたしかシークレットサービスで略称はSS。
 もともとシークレットサービス設立時の本来の任務は、偽造通貨などの取り締まりや不正経理犯罪、二本で言うなら個人情報保護法に抵触するようなものなのだろうか、それらに対する捜査が目的で作られたという話を聞いたことが有った。
 そこから始まり霧枝の知る限りの最終形態は要人警護。
 凄い変転だ。

 ここではガーデンは一種警察機構にも似ているがやはり似て非なるものだ。
 それぞれの国家にはSSやSPのような組織があったり無かったりする。
 あっても依頼が来るのはエスタ、意地でも依頼が来ないのがガルバディア。
 そしてそういった組織を持たない小国が折々仕事を入れてくる。

「かな?」

 と呟いて、キリエは読んでいた書類から顔を上げた。
 一般に流布しているものよりも詳しく世界情勢の流れなどが記されているが、キリエには荷が重かった。

 キリエは政治に関わった事がほとんど無い。
 生まれた世界では投票権を得る年齢になる前にH×Hの世界に行ってしまった。
 日々ニュースは聞いていたが、その頃の興味はもっぱらドラマや趣味や本にあり、政治に対する関心は薄かった。
 いきなり専門的な事を言われてもよく理解できない。

 これから少しずつでもそれを理解していくしかないのだろう。
 退屈とは想わない。
 また一つ、新しい世界が開けていく。

 キリエは自分が生まれた世界では海外旅行に出たことが無い。
 H×Hの世界に行ったときも、時々拠点を変えたりはしたが余り活発に活動してはいなかった。
 とくにその世界での恋人を失ってからはかなり長い間気力を失っていた。

 いきなり異世界に身一つで飛ばされて、泥だらけになって生き抜いて、念の師匠を得て修行を始めても彼女は始めた途端に限界が見えてしまった。
 その上でとんでもない能力を設定したのでほとんど戦えもしない。
 攻撃を受けない、そして逃げるを前提に生き残るためにもう一つ能力を設定したが、オーラ喰いで初めのころはほとんど使えなかった。

 日々精根尽き果てて暮らしていた頃にその人と出会い、キリエとその人物は静かに恋愛をした。
 やがていうなれば背の君と、そう思えるほどに深く想った。
 だが、相手は死んだ。

 殺された。

 相手は念能力者ですらなかった。
 キリエが背の君と、そう想った相手も念能力者ではなかった。
 そしてキリエより弱かった。

 念を使う事も忘れてその男に殴りかかり、殺しそうになったところを師匠に止められた。
 それ以来、スコールたちと出会うまでキリエはただ呆然と日々を過ごしていただけなのだ。
 キリエが出していた店をスコール達が見つけたのも、ネットの海から削除しておくのを忘れただけである。
 これから看板を出すはずだった場所だった。
 作った看板を掲げる気力も無くなった。
 ただ、生きていた。

 そろそろ何かをしなければならないだろうとは思っていた。
 師匠からも時々電話がかかってきていた。
 キリエがまだ生きているのかどうかを確かめる電話に苦笑していた。

 そんなあるとき、キリエの元にいきなりスコール達が尋ねてきたのだ。
 立ち直る、立ち上がる切っ掛けを欲しがっていた霧枝は、それを機会に立ち上がった。


 そして今、ここにいる。


「それで、プライベートガード……書くならprivate guard、かしら。なら、略称はPG? なんか、口当たりの悪い音ね」

 言語翻訳の念具も速く作らないと面倒だわ、と一言呟いて再び書類を手にする。

 リノアやスコール達が関わった魔女戦争から、遡って十七年前の魔女戦争まで、ガルバディアとエスタの間は相互無保証と言うことで一応決着が付いたらしい。
 十七年前は、戦争を仕掛けたのはエスタであるし、今回はの戦争ではガルバディアはその国力を使ってエスタが封印した月の涙を操作しエスタを攻撃した。
 互いの間くらいは相互無保証で手を打っておかなければ他の各国に対してまわせる手が足りないのだ。

 エスタは十七年前各地を回って子供を誘拐していた。
 ラグナの代になってから可能な限り誘拐した子供は返したらしいが、強引な誘拐のさいに子供の両親や対象外の兄弟や地域住民が被害にあっていることも多い。
 十七年の沈黙の間もエスタは禍根を引き摺っている。

 ガルバディアはエルオーネを探すという名目の元各地の港のある都市や国家を占領し、暴虐を働いた。
 ほかドールに攻め入った事、トラビアにミサイル攻撃を仕掛けた事、バラムガーデンも避けたとは言えそれについてはガルバディアに言及している。
 国家としてのバラムも、自国の領土を突然攻撃された事に対しては抗議を入れていた。
 エスタが沈黙してからの十七年間、エスタに対抗する力を得るためと言う名目の元周辺国家を侵略し続けてきたガルバディアは大きな負債を抱えていた。
 ティンバーの独立もいずれは認めなければならないだろう。

 どちらも魔女戦争といわれるように、戦争当時その背後に魔女がいた。
 愛の得られなかった魔女が。
 それについてはガルバディア側の魔女の名をアルティミシアとし、エスタ側の魔女の名をアデルとし、相互死亡と言うことでこれもまた一つの決着が付いている。

 詳しい政治的取引の内容まで分らないが、ガルバディア側は娘が魔女となったカーウェイ大佐とアルティミシアに体を奪われ君臨していたイデアの夫であるシド。
 そして二大大国の一方の国であるエスタの大統領であるラグナがかなり暗躍しただろうとは窺える。

 現代の魔女に関しては、ガーデンの管轄と言うことでとりあえず今は落ち着いている。
 ガーデンは魔女の専門家である、と。
 そしてガーデンには今の魔女の騎士が所属していると。
 魔女と騎士の関係は、その正確性はともかくとして不可欠な要因であることは広く知られている。
 騎士がいるならいいだろう、と声が上がる事もあった。
 リノアのバラムからの国外移動について来るなら知らせろという国もあるが、エスタを初めそれほど厳しくない国も多くある。

 国の上層部であれば有るほど国の歴史を知っている。
 魔女が本来いかなるものであるのかも。

 カーウェイ大佐はデリング亡き後の大統領選に立候補し、当選し大統領にざに納まった。
 その影には情報操作に始まる幾人ものSeedの影が窺えるだろう。

 シドも妻と子供たちのため、Seedの派遣を惜しみはしなかった。
 ガーデンは金のかかる組織である。
 だが、その戦闘スタイルがゲリラ戦をもっとも得意とするように、生き残る事について強い。

 魔女戦争に大きく関わった二つの国の、その今のトップは戦争の真実も魔女についても詳しく知っている。
 彼ら個人としては一つ頷いて、これからの魔女とその騎士について認めて、進ませてやりたいところではあるが、問題は何も知らない下の物たちだ。
 部下、そして国民。
 彼らを説得するのにこそ、彼らは理由を欲した。

 惜しみなく力を振るったガーデンは、しばらくの間戦力が低下し、財政的にも苦しくなったが、二大大国であるエスタとガルバディアが一応の和平を結んだ事で戦力の面では猶予を得た。
 財政の面ではバラム、エスタ、ガルバディア、F.H、シュミ族の村、さまざまなところから財政的支援を受けて苦しい直後の戦後をくぐりぬた。
 そのほかにも過去のガーデン卒業者達からさまざまな形での支援を得た。
 情報であったり、資金であたり、物資であったりと。
 エスタは頻繁に月の涙後の魔物の総統の名目で破格の資金提供をしていた。

 特にガーデン初期の頃、まだイデアの孤児院を知っている者たちはイデアやシドに個人的に恩義を感じているものも多い。
 孤児となり拾われてガーデン生になった者の中にもガーデンに恩義を感じているものはいる。
 厳しくはあった。つらくもあった。だがガーデンは彼らに生きる術を与えた。

 Seedになり、卒業し、今では軍の高官になっているもの、軍需産業で幹部職についているものなどさまざまにいた。
 高位の職についていなかったとしても、ネットワークを持っているものもいる。

 恩義のみではなく、支援する事での利益を見込んでの支援も多かったが、どちらにせよガーデンはそれらを得て乗り切った。

 シドは根性はチキンである。
 だが、彼はこのガーデンを作った男だ。
 ノームと共にあったとは言えこの巨大となった組織を維持してきた人間の一人だ。
 歳月と共に若かりし頃の情熱だけでは乗り越えられないものも知ったシドの舌鋒は冴え渡り容赦が無い。
 現在はエスタとガルバディアの間の橋渡しとして活躍し、価値を落としかけたガーデンの価値を維持している。

「となとな……。一応近状は理解できた、かな。生かせるかどうかは別の話だけど。想像しうる最悪ではないみたいだし。みんな、頑張ってる」

 大切な仲間を守るため。
 家族を守るため。
 友を守るため。
 あるものは己の中の罪悪感を薄くするため。
 あるものは己の罪を償うため。

「でも」

 とキリエは悩ましく溜息をついた。
 つんつん、と書類を指でつつき、ふたたびふぅ、と息をつく。

「だめだ。わからん。分らないわよ。ありがとうスコール、たくさん注釈入れてくれて。でもごめんなさいね。私の理解はこの程度だわ」

 独り言が具体的になる程度には申し訳なく思っているキリエだ。
 資料を与えられただけでまだ事前学習、予習のようなものだが、その資料の注釈の入り具合をみると、わざわざ作ってくれたものだとは窺える。
 わたしてくれたのはスコールだが、実際その注釈をいれたのが誰かは知らない。
 だがとりあえず誰かは知らずともわたしてくれたのはスコールだから彼の名を出して感謝をしておく。

「あ……」

 その直後に編集、ニーダの文字を見つけた。
 文頭に入れておけばいいものを、とふと思うキリエ。

「ニーダも、ありがとう」

 資料に囁いていないで本人に言った方が格段にいい。
 そう思い立ったキリエは立ち上がった。
 ニーダに言う。
 直接伝える。
 思いは言わなければ伝わらない。

 目と目で通じ合う、言わなくても分りあうなんてよっぽど特殊な間柄でしか成り立たない。
 そしてニーダとキリエはアイコンタクトで全てが終わる人間関係を築いていない。
 ほんの数日前に出合ったばかりだ。
 挨拶と感謝をつなげて人は心を重ねていく。
 昔キリエにそういった人がいた。
 もういない人。

 だからキリエはそれを実行していく。
 消えてしまった人を、自分の心からも消さないように。

 立ち上がり、駆け出しかけてふとキリエは思った。
 そういえば、この資料にはサイファーに関する記述が一つもないな、と。
 それについても聞いてみようと彼女は思った。
 知識の溝を埋め立てなければ、どれほどの道具が作れたとしても根幹に関わってゆく事はできない。

 キリエが望むのは、ただ便利な道具を作る人間ではない。
 キリエ自身にとっても道具の作成はおまけのようなものだ。
 キリエは、彼らの行く末を、変えるという未来を見て見たい。
 そのためには、近くに居なければならないのだ。
 スコール達の、そばに。

 たた、と駆け出して、二階廊下の掲示板の横を走りぬけたところで立ち止り振り帰る。
 掲示板を睨みつけているニーダの横を通り抜けたところだった。
 驚きの存在感の無さだ。
 これぞニーダか、とキリエは実感する。

 とうのニーダは己の存在感の無さゆえに通り過ぎられかけた事など気がつきもせず、掲示板に張られた告知を睨みつけていた。
 その真剣な有様に、キリエも声をかける前にそれを見てみようと思い立つ。
 そっと脇から首を伸ばすように覗き込めば、気合の入った文字で書かれる一月後開催のイベントがあった。

「なに、なに?」
「あ、え? キリエさん!」
「キリエでいいわよ。その代わりニーダって呼ばせてくれないかしら」

 ずっと画面の向こうの彼をニーダと呼んでいたので、いまさらニーダさん、などと呼ぶのはとても苦労しそうな予感があった。
 そもそもこの世界はキリエが生まれた世界よりはまだH×Hの世界の方が近いだろう。
 敬称に対するこだわりは薄い。

「え、はい、かまいません。あ、いいです?」
「どうしたの?」
「なんでもないよ……」

 最後にはニーダは微妙に肩を落として返事をした。

「それで、真剣な目で見ていたけどあなたこれに出るの?」
「できれば出れたらいいな、とは思ってるけど」

 そうして目で追う先には掲示板。

『ガーデンカードクラブ団――略称CC団が正体を現す?! バラムガーデンのカードフリーク達が集って作ったカードゲームサークル、だがしかし、彼らは己が強者と認めたものの前にしか姿を現さなかった! それが、なんと! 今回我等が企画委員セルフィ・ティルミットの呼びかけで人々の前に姿を現す! さあ、我こそはと思うつわものどもよ、立ち上がれ! CC団四天王を倒し勝ち上がったあかつきには、君の前に彼らを打ち倒した強者、スコール・レオンハートが立ちはだかるだろう』

「……すごい、謳い文句」
「は、はは……」
「ん? 『勝者なき場合には、皆様でCC団キングと過去キングを打ち負かした事もあるスコール・レオンハートとの熱いバトルをライブでお楽しみ下さい』」
「出来ればキングまで勝負してみたいなーって……」
「CC団にはあったこと有るの?」
「スペードまでなら……いつもそこで負けちゃうんだけどね」
「たしか……ガーデン納涼演芸大会のカードゲームで優勝した、んだったけ?」
「よく知ってるね」
「あなた、面白いし」

 目を見て言えば、見つめ返されて少しの沈黙がお訪れる。

「存在感が無い、っては言われ続けてきたけど、面白いは初めてだよ……っ! キリエ、ありがとう!!」
「え、いや、それほどでも?」

 感激されて戸惑った。
 むしろ涙目になっているではないか。
 どうしようかと困っていたところ、ニーダは勝手に自己完結したらしく胸の前で拳を握って何かあるわけでもない廊下の天井を見上げると宣言した。

「僕、ちょっと参加登録してくるよ! 応援してね! キリエ!!」
「え、ええ。頑張ってねニーダ」

 キャラじゃない。
 貴方のキャラじゃないよ、といいたくなるほど清々しい、というか何か限界値を突破したようなはじけた笑顔をばら撒きながら廊下を駆け抜けてあっという間に見えなくなった彼を、キリエはしばし呆然と見つめていた。
 画面越しでは分らなかったこれも彼の一面なのだろう。
 あの笑顔は世界中に幸せをばら撒きそうだとキリエは思った。

「あぁ……」

 対してそれを見送ったキリエは再び溜息をつく。

「お礼、言いに来たはずなんだけどなぁ……」

 とは言いつつも追いかける気力も無い。
 あの幸せそうな笑顔に当てられていた。
 なぜかこころがほっこりとする。

「次で、いいか」

 相手がいなくなったので独り言を呟くと、ニーダが去った方向とは逆の方へと足を向けた。
 まずは最初にスコールにお礼を言いに行こう。
 ニーダに幸せを分けてもらったから、いつもよりいい笑顔でお礼を言えるはずだ。
 そう思って。









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