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帰還
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異世界へ渡って帰還した人間の中で、最後に目覚めたのがキリエだった。 最も体力も能力も低かったから、とも言い換えることが出来る。 帰還のための能力は、足りない部分を金銭で補う事ができない。 不意に目覚めたキリエはまだ寝ぼけた頭で今から通じる直前の記憶を反芻し、自分が意識を失っていたのだと納得した。 腕を持ち上げようとしてがからだが重い。 ぎしぎしと間接の唸る首を僅かに動かして腕を見れば、腕には針が刺さっており、皮膚が僅かに内出血を起こしていた。 「点滴……」 体温より低い点滴液のせいで腕が痛かった。 すぐに引っこ抜いて布団の外に出ている腕を巻き込んで体を丸めて布団の中にもぐりこみたかったが、自分で針をぬくのは怖かった。 戦場にはいけても血を見ると青ざめる兵士のような気分だろうか、とぼんやりとした頭は益体も無いことを考える。 針をぬいても起き上がるのが大変なので、止血も出来ないし、点滴液も止める事ができないので針の先からこぼれ続ける事だろう。 とりあえずその痛みを何とかしたかったが、汚す事を思うとなおの事勝手に針は抜けなかった。 きしむ体を動かして、点滴の針の刺さっていない方の腕で顔の横にあったナースコールを押す。 その時やっと自覚した自分の腕のその衰えに、キリエは虚しくなった。 一体何日、このベッドの上にいたのか。 一から鍛えなおすどころかこの衰えならマイナスからのスタートだ。 無茶をしてオリジナルに近い念具を作ろうとしてぶっ倒れたときの事を思い出す。 あの時も衰えたものだったが、今はなおの事細い。 筋肉を失った不健康な細さに溜息がこぼれた。 失うのは容易い。 しばらくしてやってきたのはまず女性の看護師であり、喉がかすれて声がでなかったがなんとか点滴を示して痛みを訴えれば外してくれた。 折を見て新しい針を別の場所に刺されるのかもしれないが。 次にやってきたのは医者であり、検診して大丈夫です、との言葉をキリエは賜った。 多少の指示を看護師に残して立ち去る医者と、吸い口に入った水を口に含ませてくれる看護師。 口に入ったのは乾いた口中を潤す程度の水だった。 それでもキリエは、まるで生き返るような心地を味わった。 何の添加物も無いぬるい水が、これほど旨いと思えるとは、と。 その後になだれ込むように入ってきたスコールとアーヴァイン、フィール。 その後ろについて入ってきた数人の可愛らしい女性達と一人のやんちゃそうな金髪の男をみて、キリエは安堵して再び意識を落とした。 来たのだと。 失敗したのではないのだと実感した。 見た事の無い、けれど知っている人物達。 「キリエ! おい、キリエ……!!」 スコールの叫ぶような呼びかけが聞こえたが、キリエは応えられなかった。 「でさ、スコールったら酷いんだよ。眠ろうとした私を念具で無理やり回復させて、起こしちゃうんだもの。眠かったのにさ」 あははは、とはじけるような笑い声が響くのはエスタの国立病院の病室だった。 個人部屋ではあったがすでに一般病棟に移っている。 「それだけキリエの事が心配だったのよ」 「う〜ん、そこまでスコールに心配してもらえるなんてちょっと羨ましいかも」 「戦友みたいなもの、かしら。スコールったら子と有る事にリノアの所に帰る、ガーデンに帰るんだって。ガーデンにはリノアがいるから、らしいわよ?」 「やーもう! 恥しー! でも嬉しー!」 「スコールの能力もリノアのイメージに起因するものが多いし。ここに帰ってくるときに使った能力なんて、能力名がリノア!」 「うわ〜〜、はんちょ、凄いノロケてる〜〜」 「なにそれ! 初めて聞いたよ私?」 「スコール達が自分で言うわけ無いじゃない。スコール一人に絞ればなおさら、ねぇ?」 意味深な眼差しをキスティスに投げかければ、彼女は大人の微笑で綺麗に笑う。 「そりゃね、仲間として認められてその上で心配されるのは悪い気はしない、というか、むしろ嬉しいけど。強引過ぎるのよ」 今はこうしてキスティスやリノア、セルフィと笑い話として話せるが、キリエは一度目が覚めた後、すぐに眠りに付こうとしたが、身に余る強大な能力の使用による代償の昏睡は終わったと判断したスコールに念具を使用され、無理やりに回復を図られて、その挙句揺さぶり起こされた。 優しさなどは全く無い、とおもったが、それもスコールのあせりなのだろうと思えばある程度納得できた。 H×Hの世界でその能力を使用したときに口にした、「死んだら花畑に埋めて」と言うのも冗談ではないくらいには危なかったらしい、とキリエは話に聞くだけだ。 実感は無いに等しい。 オーラを搾り取りつくされて昏睡し、目が覚めても検診が終わり口に水を含まされた直後にはすぐに再び意識を落とそうとしていた。 弱り果てた己を実感する時間がほとんど無かった。 唯一衰えた体がそれを知らせるものでもあったが、筋力は戻らなくても骨や関節の軋みや歪み、床ずれなどはスコールに念具を使用された時点で回復してしまっていた。 今なら平均的記録を持つ小学生と千メートル走をしても、余裕で周回遅れか二周遅れになるだろうという確信はもてるが、念具を使われたせいでその日からすぐに自分で立って行動していた。 明日にはすでに退院する予定である。 キリエには荷造りするような荷物も無い。 久しぶりに女の子同士の話をしてキリエも笑った。 スコールたちを特別異性としてみているつもりは無いが、やはり同性同士の気安さは得られない。 異性だからこそのさばさばした付き合いも結構好きだし安心するが、女三人寄れば姦しいというように、話すうちにだんだんとテンションが高くなって気が付けば看護師ににらまれるほど声高に為ってしまうようなおしゃべりもまた楽しかった。 楽しい時間とは早く過ぎるもの。 あっという間に面会時間が終わりを告げる。 それぞれに名残惜しげに去っていく三人の女性達を見送って病室に帰ったキリエは見舞いの品のドライフルーツを溶かすようになめながら退屈にベッドに横になった。 いきなりラグナが現れて、俺が口を利いてなんたらかんたらと言っていたが、キリエはそれを断ったし、スコールに見つかったラグナは彼に叱られてしょんぼりとしていた。 一国の大統領が何をしているのか、と。 次の大統領候補はまだでないらしい。 だがそろそろ次の候補者の育成に入っているそうだ。 エスタの時間も流れ出す。 ガーデンの、その主翼であるメンバーにつつがなく迎え入れられた事にキリエは安堵していた。 次の生活の基盤はここ、この世界であり、そしてガーデンになる予定だ。 よい人間関係が築けたなら、それに越した事は無い。 住みよい環境は己の努力によって手に入れるものだ。 そして翌日。 退院したキリエを連れたスコール達、今のガーデンの顔でもある彼等が勢ぞろいしている珍しい光景だ。 スコールやアーヴァイン、キリエの認識としてはこれからガーデンでも重要なところを担っていくだろうと思っているフィールは、こちらではまだ新人Seedのままだ。 退院と同時にガーデンに帰還し、キリエが目覚めたときに一度顔を出しにきていたが再びガーデンに帰って忙しく働いている。 過去、魔女戦争の主役となった彼らはあらゆる見送りをことごとく固辞していずれ念を教えるつもりである仲間たちに能力の実演も兼ねて【開門の審判者】を使用して帰った。 ラグナの口利きがあって入った病院だ。 大丈夫だとは思ったが、盗聴や盗撮の危険性を思えば、あまりおおっぴらに異世界のことを話すことはできなかった。 ラグナが禁じても勝手に動く人間がエスタには居る。 その代表格がオダイン博士だろう。 彼は自分の欲望に忠実だ。 こちらの世界では失踪はほんの数日に満たないほどだったというが、突然の失踪と衰弱、そしてキリエの増員についてオダインは大いに興味を持っていたようだった。 スコール達はもう少ししたらオダインに別の餌をまいて興味の方向を逸らさせるつもりである。 ガーデンに直接道を開く事はせず、炎の洞窟の入り口、と言う指定をしてその黒い門を、彼らは潜った。 エスタから、一歩跨げばそこはバラムである。 「うわ〜〜、すっご〜〜い! 「ええ……本当に、信じられないわ」 「おお! おお! おおー!!」 素直に感嘆の声を上げるセルフィに、どこか放心状態で現れたバラムの地を踏むキスティス。 感嘆符の多そうな歓声を挙げているゼルはエスタ方面とバラム方面を何度も言ったり来たりしてはそのたびに声を上げている。 未知なるものとの遭遇に、その瞳は輝いていた。 「すご……、凄い、凄いよすコール! 凄い凄い!!」 と声を上げると突撃するようにスコールに飛び掛って抱きついてその背中を凄い凄いといいながらばしばし叩くリノア。 一番退院が遅かったのがキリエだったわけで、軽症だったアーヴァインやフィールはさっさと病院生活を抜け出したし、スコールもその後を追うように退院した。 折を見てハンター世界に行ったこと、そこで念能力を身につけたことなどを話しておいたが実践して見せるのは初めてのことだった。 ハンター世界に行ったことに関しては、丁度ハンター試験のときにエルオーネがフィールにキスティスをジャンクションさせたことで信用を得ている。 念具もその証明の一端を担った。 キスティスなどは、これでより安全に任務に当たれると喜んでいた。 特に彼女は教師でもある。 そういう人間を育て、危険な地域に赴くのが仕事だといっても、教え子達を危機にさらすのは心穏やかではないだろう。 その危険が一つでも排除されるのなら、勝る喜びは無いはずだ。 異世界の証明をし、そしていつか訪れるだろうアルティミシアが生まれるという、あの怒りに満ちた悲しい魔女を生み出さないためにこれから活動して行こうと、スコール達は仲間に向かって先の展望を告げていた。 すべてはキリエが昏睡している間に終わった事で、キリエは事後報告を聞いたに過ぎない。 だが反発する理由は何もない。 キリエは彼等が運命を覆す瞬間を見るためについてきたようなものだった。 否やなどあろう筈が無い。 キリエは道の可能性にはしゃぐ彼らを一歩下がってみていた。 自分で活動できるだけであり、まだ彼らと同じテンションではしゃぐだけの体力は無い。 また位置から鍛えなおす事になるのだ。 ここには有能な教官が居るだろう。 一人で訓練しているよりはよほど効果的にリハビリも出来るだろう。 映像で見た時にも壮大たったガーデンは、現実の目で見ればなおの事戦う者を育てる場所とは思えないほど美しく、巨大であり丸い輪郭は柔らかくキリエにえもいわれぬ感動を与えた。 仲間達がはしゃぐ能力はむしろキリエにとっては身近なものだった。 なにしろそれまで居た世界そのものがその能力の産地でもある。 一度その能力を当たり前とする世界に所属すればさまざまな形を持ち一つとして同じものは無いその能力も珍しいものではない。 逆にキリエは中間達がもはや珍しくもなんとも無くもちろん感動なんてするまでもなくなっているガーデンにこそ、強い感銘を受けた。 連山の背景に、白いガーデン。 晴れ渡る爽快な青い空に金色のリングが光る。 「ここが――ガーデン」 新しい生活を築いていく場所だ。 魅入られるように、ずっとその建築物を見ていた。 過去には月の涙から命を守るためのシェルターだったというそれ。 空を飛ぶ事もできる魔女の箱庭。 「キリエ」 「あ……? スコール」 夢中になっていて、呼びかけられるまで気が付かなかった。 スコールはすでにすぐ隣まで歩いてきていた。 「中にはあんたの部屋も用意してある。もうすぐにSeedの規定も改定されて、能力がある限りSeedであれるようになるだろう」 「そうか。もうごまかしは必要ないのね」 Seedが二十歳までの若年に限定された理由は無くなる。 シドやイデア、そして彼らの協力者達が仕組んでいた一つの運命の歌劇はとりあえず幕を下ろしている。 ここから先のシナリオを描けるものは居ない。 「規約が変わったら、あんたもSeedになれ」 「私も? なれるかしら」 「あんたは、年より若く見えるからな。二、三歳誤魔化して、特待生扱いで編入すればいい。あんたなら、すぐにSeedになれるだろうさ」 「ええ。すぐになれるかどうかは別として、Seedになるのはいいかもしれない」 キリエは自分を信用していない。 念能力は別として、それ以外の能力――人を纏める力や、闘いのセンスなどに関しては自分を信用していない。 だからスコールの言葉は全面的に頷けるものではなかったが、Seedになるのはいいかもしれない。 そう思った。 それが何より、彼らの側にいて、彼らを見続けて、彼らの力になるための近道だろう。 あの世界に居る間、幾度か聞いたガーデンのあり方では、Seedになればある程度他より融通の利くところはでるらしい。 教師になって内勤に励むにしてもそうでないにしても、だ。 そうだ。 せっかく道が用意されているんだ。 やってみようではないか。 このガーデンで。 魔女が造ったこの庭で、新しい魔女のために。 「私も、ここ数日ですっかりリノアのこと、気に入っちゃったし」 念然り、戦闘然り、多くの事に才能の無いキリエにとって、努力こそが唯一の才能ともいえる。 リノアの事が好きだ。 セルフィの事が好きだ。 キスティスの事が好きだ。 スコールの事が好きだ。 アーヴァインの事が好きだ。 ゼルの事が好きだ。 フィールの事が好きだ。 みんな、人間的に好意を抱き、愛情を持っている。 執着も持っている。 彼等が失われる事があったなら、それはキリエにとっては大きな悲しみであるだろう。 彼らのことが、大好きだ。 そしてきっと、これからガーデンの事も大好きになる。 バラムのガーデンは、こんなに優しい姿をしている。 そよぐ風は温かく優しい。 晴れた空も、今はまるで自分を迎えているかのように感じられた。 これがバラム。 これがバラム!! 「我等あらゆる定めに牙を剥き、爪を以って引き裂くだろう」 不意に思いついた言葉だった。 キリエは素直にそれを口にする。 「高慢なる運命の改定者」 イデアが、シドが、あるいはエルオーネが。 改定者であり裁定者だった彼らが作った示唆された運命を事項するための庭で、運命の反逆者が育てられる。 「犠牲の上に成り立った、万人のハッピーエンドなんて捨ててしまえ。我等が心砕くのは、世界に捨てられ弾かれた、万人が捨石とする犠牲の羊」 リノアであり、スコールであり、アーヴァインであった。 キスティスの事であり、セルフィの事であり、ゼルのことでもあった。 エルオーネの事であり、そしてシドやイデアの事でもあった。 みんな、誰かが夢に見た運命に犠牲を強いられている。 「どうか、どうか――等しき友よ、親しき者よ。その身を犠牲とする事を、厭って欲しい。世界のために身を投げないで……」 アルティミシアの恐怖を植えつけられて、真っ先に封印を望んだリノアのように。 はじめに投げるのが自分であるのは、悲しい。 「我等は涙も流せない――」 悲しくても、それでは嘆く事すら――出来ない。 だから。 「キリエ……」 両手を握り締めて、リノアが歩み寄ってくる。 彼女は知っている。 アルティミシアの真の名を。 「リノア。……私、リノアのこと大好きよ?」 みんなみんな、大好きだから。 どうか自分より先に消えないで、と。 願いを篭めて、淡くキリエは微笑んだ。 |