つかの間の魔王さま?



 今度はどんな災厄が目の前に現れるのかと、そう身構えていると、空から石が降ってきた。

 二人はそろってそれを叩き落として周囲を見ると、場違いな農民服を来た人々が手に手に武器や石を持ち、周囲を取り囲んでいた。

 今回はこれまた小さな災厄だ、と。
 ほっとしたのもつかの間。
 そこにいるのは自分たちだけではなった。

「え? え? 突然人が降ってきた? あ、やっぱりここってテーマパークでしょ? そっちのおねぇさん日本人かな。案内の人?」

 周囲の農民服たちが、口々に理解はできるが聞きなれない言葉で“双黒だ”“突然人が現れた”“ああ恐ろしい”と喚く中、一人こちらも場違いに学ランを来た黒目黒髪の少年が、キリエにとって至極聞きなれた、日本語をしゃべっていた。
 投石がやんだ余裕からか、少年が立ち上がる。
 周囲の群集が震え上がる。
 キリエは意識して、己の中の言語を切り替えた。
 たった一人の少年に恐慌状態に陥って、無抵抗な人間相手に石持て打つような者たちに、自分の名前もスコールの名前も、聞かせてやるのは勿体無い。

「残念だけど、私はテーマパークの案内人じゃないわ。ってかさ、あんたまだまだ感受性の成長期なんだから、現実はきちんと受け入れなさいよ」
「へ? って、現実って、ここは」
「ここはきっと異世界で、あんたはきっと異世界トリップして勇者か少年Aか、はたまた魔王になったりしちゃうのよ。と言うことで私は御堂霧枝。こっちはスコール。君は?」

 ドサクサ紛れに自己紹介を済ませてしまう。
 少年は礼儀正しい気質のようで、ドサマギの自己紹介に律儀に返事を返してくれた。

「うぁっと、俺は渋谷有利。高校一年生」
「よくできました。元気元気」

 ついつい可愛くなって、頭をなで繰り回してしまう。
 はずかしがって暴れるが、本気で抵抗していないところもかわいらしい。
 が、その雰囲気を壊す、周囲の暴言。

「な、なあお姉さん。あの人たちがなんていってるかわかる?」
「理解しなくていいよ。あんな戯言。耳が腐るね」

 見かけによらないきつい物言いに、うわぁー、と口を開く少年。
 高まる狂騒。
 周囲を取り囲む人々の目には狂気の色が色濃く立ち上り、農具をその場限りの武器としてにじり寄る。
 少年は、必死に耐えて、通じない言葉で説得を試みようとし、それでも半歩、後ずさる。
 その心根、上出来。

「やめろ!!」

 聞きなれない声が一つ、大声で割り入って、狂気が静まった。
 やってくるのは金髪、マッチョ、割れ顎と、三拍子そろった西洋人。
 ぐるりと取り囲まれていたのが、道が割れるようにしてその男はやってきた。
 どこの誰だか知らないが、随分な発言権を持っているようだった。
 珍しい双黒が二人? 傷つけるのは勿体無い? 騙して売ればいい? 魔族に懸賞金?  こっちが言葉をわかっていないと思って好き勝手を。
 金髪マッチョが少年に手を伸ばす。
 それをキリエは、叩き落した。
 少年だって、今出会ったばかりの人間だけど、こんなにもむかつくヤツに触らせるぐらいなら抱えて逃げる。

「スコール、飴」
「ああ」

 ため息にも似た返答をして、念能力【魔法の箱】から、キリエが作り出した年具を取り出す。
 言語を駆使するあらゆる知的生命体との意思疎通を可能にする念具。
 それは真っ白い、口臭予防タブレットくらいの大きさの飴だった。
 蒟蒻じゃないし、味噌味でもないが問題ない。
 手の甲の骨くらい逝ってしまう力で腕を叩き落とされて呆然としている金髪マッチョを目でけん制しながら、少年の口に飴玉を突っ込んだ。

「噛んで飲み込め」

 目を白黒させながらもそれに従う少年。
 ごくん、と喉が嚥下運動をしたとたんに、目を見開いた。
 理解できてしまう。
 悪意と嫌悪と恐怖が。
 それでも、少年は口を開いた。

「おー、関心関心」

 小声で呟くと、思わぬ返事が返ってきた。

「ああそうだな。あの気概はなかなかのものだ」

 もう少し性根の小さな者なら、向けられる言葉とまなざし、そして行動にすくみあがってしまうだろう。
 理解し合える言葉を駆使して理解しあえない言葉を投げかけあっていた一人と一人。
 その均衡は、少年が一歩、踏み込んだことで崩れた。
 ぞわりと、周囲から立ち上る恐れの気配。
 鍬や鋤を持って一気に輪を縮める村人達。
 特に人の気配に敏感なスコールは、うんざりしたように額を押さえた。

「まあ落ち着けよ、お前ら」

 割れ顎がなだめるが、その言葉にもうこちらに対する力などあってないようなものだった。
 本来の筋がどうだったか、そんなこと知ったことではない。
 今ここにいるのは、訳も分らず保護を願うしかない無力な少年だけではないのだ。
 背後から響く蹄の音。
 誰かが、ユーリ!! と少年の名を呼んだ。
 スコールが少年を抱えあげた。
 そばでキリエが微笑んだ。
 そっと顔まで手を持ち上げ。

「クソッたれの金髪マッチョ!!」

 勢い下目蓋を引いた。
 ベーっとべろも出しながら声高に叫ぶ。

「こちとら一から十まで全部聞こえていたんだ!! あんたの言葉は、信用に値しない」
「へえ、で、あんたらはその坊主のなんなんだ」
「今拾った」

 結構酷い物言いをするスコール。
 抱えられた有利も心なしか傷付いた表情をしている。

「それで? あんたらはその拾った坊主をどうするんだ? 坊主を置いてくって言うなら、見逃してやってもいいぜ? ああ、何なら賞金を分けてやってもいい」

 剣に手を添える金髪マッチョ、もといアーダルベルト。

「賞金か。ここじゃ生きる足場もない身としては、魅力的な言葉だ」
「なら」
「だが断る」
「ほう?」

 剣に添えられていただけの手に、力がこもる。
 それでもキリエは、スコールは、嘲笑するように薄く嗤うことをやめない。

「逃げられると思っているのか」

 相手が実力者だというのは、構えで分る。
 両足への力配分、体の傾斜。
 対するこちらは、まるで素人のように隙だらけで立っている。
 構えるまでもないという余裕、それを相手がどうとるかまでは、知らない。
 キリエが男を叩いたときの力といい、スコールの体躯といい、素人と見ることはないだろうとは思うが、調子に乗ったあほと見ることは大いにありえる。

「え? あ、ちょっと? もしもーし」

 第二の勢力が迫る今、少年のたわごとに付き合っている暇はない。

「逃げられないと思っているの?」

 挑発するように相手の言葉の韻をなぞる。
 そして。

「跳ぶぞ」

 上空から少年を狙って居たらしい怪奇骨生物の皮膜の翼を突き破って、二人は跳んだ。

「え? え? おわーっ!!」

 内臓も脳みそもシェイクされるような突然の重力変化にさらされる少年にキリエは多少の哀れみを篭めた視線を向けた。

「……一応宣言したからな」

 多少の罪悪感はあったのか、聞こえているか聞いているかも分らない少年に呟くスコール。
 屋根や木の枝を介しての多段跳びに少年はケパァ、と口から魂を放出している。
 その足元では剣戟。
 一般兵と比べると明らかに装飾の違う服を着た人間が三人。
 そのうちの一人が下から必死にユーリの名前を呼んでいた。

「どうする? スコール」

 問いかけられて眉間にしわを寄せる。
 キリエはそれを見て笑う。
 何時までたっても消えない、らしい仕草。

「とりあえずここは撤退する。この少年にとっていいことは分らないが、あの集団に接触を持とうと思う」
「有利の名前を呼んでいたしね」

 そうして二人はまた、有利少年をフルシェイクしながら、金髪マッチョ、割れ顎アーダルベルトから距離をとるべく跳躍した。



 一頭だけ、馬が追ってくる。
 茶色い髪をした青年がその背に乗っていた。有利の名前を必死に呼んでいた青年だ。
 他はあの集団を適当に蹴散らしているのだろう。
 その青年だけが、跳躍を繰り返すスコールたちを見失わないように、必死になって追ってきた。
 スコールたちとて、身を隠そうと思えばすぐにでもできるところを手加減して追わせているのだが。
 あちらに言わせればこちらが謎の第三勢力か。
 剣戟の音が遠くなり、顔を見合わせたスコールたちは追い来る青年を待ち受けるように地面に立った。
 魂の抜けたユーリを割りと優しく立たせると、キリエがその背を撫ぜつける。

「ほら、しっかりして? 第一の危機は乗り切ったからさ」
「うげぇ……。な、なんだったんだよいまのは」
「うん、日常ではできない非常識体験。ジェットコースターみたいなものだよ」
「お姉さんホントに日本人? 人間ってあんな運動できたっけ?」
「燃焼系みたいな?」
「それにしても無理があるって」

 世界観的なノリツッコミができる喜びを噛み締めるキリエ。
 だがすぐそこまで迫っているシリアスが、その余韻を味わうことを許さなかった。

「ユーリ!!」

 馬上で息を切らすように少年の名を呼んだ。
 そこには間違いない親愛の情が篭められていて、不覚にもキリエは信じてしまいそうになる。
 本物の詐欺師は目の色だってごまかす。
 表情一つも疑わせない。
 疑いの心すら操って人を陥れる。
 そして、嘘をつく人間は意味もなく嘘をつく。
 あの目が嘘をつく目だなんて信じられない、そんなことは信じられない。
 伊達に長生きしていない。
 キリエだって少しは学ぶ。

「ねえ、ところでアーヴァインどこに居るか知ってる?」

 事この場に至ってやっとキリエは足りない一人について言及した。
 生きているだろう、何処かにいるだろう。ならどこに居るのか。
 眉根を寄せて集中したスコールはふと顔を上げた。

「遠いな」
「それだけ?」
「まだこの世界のどっちが東か西かもわかっていないんだ」
「とりあえずどっちの方角かしら」
「あっちだな」

 とスコールが指し示すほうを見る。

「あいつらが、来た方向ね」

 馬で駆けてきたあの第三勢力が来た方角だった。

「それが嘘だったならそれはそのときで良いだろう。俺たちが付いていけばいい」
「そう、ね」
「ユーリ! ユーリを放せ!!」

 結論が出たときに、再びあの青年が叫んだ。
 その必死な面持ちと悲痛な表情を、少しは信じてみてもいいかと思う。
 それが偽りであったなら。
 そのときに彼等がする行動も決まっていた。

「気が逸っているな」
「交渉は面倒くさいわね」

 有利を背に庇うようにしながら、二人はなんでもないことのように小さくボヤキをおとした。







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