つかの間???

の風は紅いかもしれない? に放たれる光の白刃! の錬金術師。 の忍び達! の幻想世界。

















つかの間の風は紅いかもしれない?



 彼等が最初に降り立ったのは普段は人の踏み入らぬのだろう草原だった。
 殺気立った空気が彼らの肌を刺し、見渡す空間には何十人もの人間、それものみがもろ肌脱いで手に手に武器を持ち彼らの居る場所を収束点として今まさに、ぶつかり合おうとしていた。

「うおおぉぉおおおっ!!」

 という野太い雄叫びにとっさに身をかがめればその頭上を刃が通り抜ける。
 すると今度は突然の闖入者である彼らにけつまづいて刃を下に彼らの上に降り注いできた。

「うおおぉぉぉおおお!?」

 驚愕と困惑を綯い交ぜにして目を見開いて落ちてくる男たちを彼らは――

「あっぶな!」
「おっと」
「ほわわ〜〜」

 危機感無く蹴り飛ばした。
 遠く彗星のような悲鳴、立ち止る男たち。その目が彼ら闖入者を見る。
 武器は剣に棍棒、槍などのどちらかと言えば原始的な武器ばかりだ。
 そしてそこに居る男たちの姿からもある程度はこの世界の文明レベルを図ることが出来た。

 科学など、無いに等しいだろう。

「どうする〜〜?」
「どうしよ〜〜」

 幾十人ものガラの悪い風体の男たちに見つめられて背中合わせにセルフィとアーヴァインは漫才をする。
 本人たちはその気も無いのだろうが、傍から見ている分にはなかなかの夫婦漫才の時がかなりあった。
 今回は漫才としては面白みが足りない。

「てめぇら、何者だ?」
「俺たちのシマ争いに口出ししようってのか? ぁあ?」

 両陣営の頭領らしき一際風体のがっしりした男たちが彼らに対してにらみを利かすと、子分達もこぞって彼らに刃を向けた。
 この程度の脅威なら怖いものでもない。
 彼らの装備はもっともっと、恐ろしいことを前提に作られている。
 怖くは無い、だが。

「……逃げよか」
「そうだね」

 キリエがセルフィの右腕を、アーヴァインがセルフィの左腕をこれでもかと言うほどがっしりと掴んだ。
 それを確認してセルフィが頷く。

「よ〜っし、行っちゃうよ〜〜!」
「オーケー! ガツンとかましてちょうだい!!」
「スロット〜〜!!」

 ノリノリで叫んだセルフィは、次の瞬間にぱっと笑って言葉を唱えた。

「レビテガ〜〜!」

 と。
 重力の反逆に合い空高く弾き飛ばされる三人組みを、呆然と見送る男たち。
 やがて彼らが遠く昼空の星となると、男たちは互いに目を合わせ、気まずげに背を向けあった。

「……てめぇら、今日は止めだやめだ!!」
「おーう、引き上げるぞ」
「仕切りなおしだぁ」

 口々に喚いて三々五々と散って行く。
 釈然としない思いに首をかしげながら。


 飛び去った先で彼らを迎えたのはアスファルトにもコンクリートにも舗装のされていない固められた土の道だった。
 人々はキリエ曰く色彩のあまり無い中華風の服を着ていて大きな道には布と台を置いただけの簡単な市が立っている。
 商店街のようなものもあるようだったが、今彼らは入り込めずに居た。
 この世界にあって、彼らは明らかに異端者の姿をしていたからだ。

 可能な限り気配を殺して、彼らは民家の屋根の上にうつぶせに寝そべってその景色を観察していた。
 道行く人々を。
 挨拶の仕方や、名の呼び方、身分に夜装束の違いなどを可能な限り把握しようとする。

「……どうかな〜アービン。紛れこめそうだと思う?」
「う〜ん……地元住民ですーって言うのは無理そうだね〜、キリエ」
「外の国から来ました、って言うしかないんじゃないのかな、この場合。鎖国してたらおしまいかもだけど」

 ひそひそと言葉を交わす。
 服屋はあそこだ、靴も一緒に売ってるね、住むところはをどうしよっか〜〜、当分宿しかないんじゃないの〜〜、当面の資金は? この世界なら下手な宝石より真珠とかの方が高そうだよねぇ〜〜、布とかはどうかな、布〜? あっちじゃ安いアクリルのぺらぺらの布も、こっちじゃ逆に珍重されそう、ま、まずは挑戦だね。

 大雑把に計画をたてると、彼らはうんと頷いた。




 その日から気がつけばそろそろ五年になる。
 ペラペラスケスケのアクリル布を売って替わりに服や靴を手に入れて着替える事から始まって、宿を取って周辺を調査しているうちにどうやらこの彩雲国と言う国には多くの神秘が溢れていることがわかった。
 その神秘を調査することからはじめようと、彼らは仮住まいから本格的に住居を得て今では人を雇うほどの店の経営までするようになっていた。
 稀有な品を扱うことによる人脈の拡大と、それによる調査項目の拡大が目的であった。

 それが功を奏したのか、調べる神秘は次から次に。
 気が付けば店には従業員が。そして五年の歳月が流れていた。

 仕事を探して駆けずり回っていたところをスカウトして雇った従業員はいい働きをするし(その頃からなぜか店に監視が付くようになったけど)姓に色を持つ高貴なご身分の顧客も付いたし(どうやら監視者の大本の人らしいし雇った従業員が居ないときに限って顔を出すが)その顧客のおかげで探るべき神秘は倍にも十倍にも増えたし(百のうち九十九はデマの上残りの一も役には立たないが一が本物だから残りの九十九も調べないわけにはいかない)基本的に従業員に業務を任せても噂を仕入れるためには一人は残らなきゃ行けないために暇に任せて小料理屋で和食や洋食を出したらヒットついでに普及したし(調査はだいたいセルフィとアーヴァインの二人で赴いて居残りがキリエになるので暇を持て余している)雇った従業員関係で美形が出入りするようになったし(彼等が外の国から来た人間と言う事で警戒されているのだろう、来るたびに牽制としてにらまれるが目の保養ではある)知らぬ世界ではあったが順風満帆である。

 洋食や和食も好きだが、キリエは中華も大好きだ。
 和風中華ではなく本物中華であるために、そこそこ食べられない料理などもあったが、大体の料理は美味しくいただける。
 そして彼女が雇った従業員は、料理もとても上手かった。
 彼女をは雇われてからこっち、和食と洋食の腕もめきめきと上げている。
 定休日には食材を持って彼女の実家にお邪魔するのが日課になっていた。
 だがキリエが好む彼女の最大の料理は、やはり彼女お手製の饅頭だろう。
 その饅頭とちょっと渋めに入れたお茶の組み合わせはキリエに至高の幸福を齎す。

 正直なところお金は有り余っているし、この饅頭と言う至福のためならいくら支払ってもいいから一日中雇っていたいが、彼女の行動を制限し、意思を阻害したいわけではないのだ。
 国試を受けられないと知ってからの彼女が、せめて可能性の芽を育てようとしているのを邪魔したくは無い。
 今彼女は貧乏だが、今の人脈は将来役に立つこともあるだろうと見ている。
 彼女はその人柄のために人気者だった。

 明日は定休日。久しぶりの外食の日、一体どんな食材を持っていこうかとキリエは鼻歌を歌いだす勢いで居た。
 店は午後から。従業員が来るのも午後から。
 キリエは午前の市で明日の食材を物色する。
 午後に来る従業員に見せればどんな料理の名前が挙がるか楽しみにしながら。

 彼女の雇う従業員は今日も道寺で子供たちに授業をしてその後に二胡を引いてくるのだろう。
 今日は何を弾いたのだろうか、そう僅かに思いを馳せたそのときだった。

「霧枝!」
「はい?」

 呼ばれて反射的に振り返ればそこには今はまだ道寺に居るだろう筈の従業員の姿があった。
 その隣には従業員の家のいつも睨んでくるが眼福である家人が控えている。

「あら、秀麗? どうしたの、こんな時間に」
「ごめんなさい霧枝。家に突然の来客があったみたいで、今日の午後からの仕事は入れそうにないの。本当にごめんなさい」

 頭を下げる秀麗の隣の家人を霧枝は見た。
 本来職務中であるはずのその家人を秀麗を迎えに行かせるために職務時間中に動かせる程度の人物、だ。秀麗では無視できまい。
 キリエは緩く首を振ると告げた。

「いいのよ、気にしないで。静蘭がいるから大体事情がわかった気がするから」
「本当にごめんなさい」
「いいのよ」

 心底から、彼女の道行きを妨げるつもりは無いのだ。
 朝廷からの接触となれば、なにかあるだろう。キリエはそう見ている。

「ああ、そういえば今日は秀麗が来るからアイスクリームを作ったんだけど、夜にお邪魔してもいいかしら。明日までは持たないし」
「あ、あいすくりーむってあの――!」
「ええ。白くて、冷たくて、あまぁ〜〜いやつよ」

 ごくん、と秀麗の喉が動いた。

「その時に、静蘭を動かせるようなどんなお客様が来たのか、教えてくれるかしら」
「霧枝殿」

 静蘭はキリエに咎めるような視線を送るが、秀麗は大きく頷いていた。

「ぜひ、お願いします!」
「そう、良かった。それじゃあ、静蘭殿、秀麗、また夜に」

 そうして分かれたその夜に、秀麗の家であるおんぼろ紅家にお邪魔したキリエは従業員の重大発表を聞くことになる。
 男色家の王の、後宮に上がると。




















つかの間に放たれる光の白刃!



 重力が戻った、と思った瞬間だった。

「てめえら、とっとと金返せ!」

 と言う叫びと共に迸る光の白刃、目標物体と発射物体との間に現れてしまった彼らは紙一重で直撃こそ避けたものの爆風に煽られて空を飛ぶ。

「まてーー、てめぇら!」
「何が起きたか知らないが好都合! 逃げるぞドーチン!」
「まってよ兄さん! あ、吹き飛ばされた人たちごめんなさい!」

 すとん、と着地して落ちてきた帽子を被りなおすアーヴァイン、可愛らしく膝を突いて止まったセルフィ、何処かの屋根に逆さに突き刺さったキリエ。
 ギャグ属性が付きそうな嫌な予感を覚えながら屋根から体を引き抜いた。

「街中で魔法ぶっ放して人に当てて無視して行くものなの? 普通」
「げどうだと思うよ〜、私は」

 愚痴めいた呟きを零すキリエにセルフィが返す。
 そこに歩み寄ってきたアーヴァインが肩をすくめて彼らに告げた。

「どうやら、日常らしいよ? あんたも災難だったねぇ、って言われちゃったし」

 そういうアーヴァインの背後では、街の住人達がせっせと地面に開いた穴を埋めていた。
 「またあの魔術士か」「おーい、今日の当番誰だった」「西の商店街の果物屋さんだよ」「誰か呼んで来いよ」「めんどくせぇな、オイ」
 慌てず、騒がず、既に野次馬も居らず。
 どうやら本気で日常らしい。

「マジ?」

 その呟きにはとうとう言葉はかえって来なかった。


 どこかの掃除用洗剤のような名前の息子の居る寂れた宿をとり、食事を取りながら店主相手に情報を得て引き上げようとした頃だった。
 ドアベルを鳴らして入ってくるのはあの時の黒ずくめの魔術士だった。
 魔術士は切れ上がった目つきの悪さで彼らのことをにらみつけると、柄の悪い足取りで店主の居るカウンター席まで歩いていき、乱暴な仕草で腰掛けた。

「この宿にも俺以外に客なんてあったんだな」

 開口一番これである。
 そして親父のほうもどうやらこんなやり取りが日常であるらしかった。

 どうやらこの世界にはとりあえず外道な黒魔術師と人でなしの誰かの兄と報われない良心を持つ何処かの弟が住んでいるらしい。
 ものすごくデンジャラスな世界に来てしまったのではないだろうかと、彼らはそれぞれ思いを馳せた。




















つかの間の錬金術師。



 世界から切り離される感覚が終わり、どこか違う世界に接続された、そう感じた瞬間には武器を手に周囲の青い半透明の魔物を倒していた。
 ぷにぷにしていて可愛らしい見かけだったのだが、倒したとたんにでろりん、とした中身がこぼれ出る。

「なんか、微妙に記憶を刺激されるような、見覚えが――」

 あるような。
 と言おうとしたそのときだった。

「に、逃げてくださーい!!」

 危機は倒したはずなのになぜか聞こえる逃走を促す切羽詰った女性の悲鳴。

「え?」
「え?」
「なんやなんや〜〜?」

 なんだなんだ? ともちろん周囲にはもう敵の姿はない。
 ないのだが不思議な形の被り物をした女性の表情はますます切羽詰っている。

「うえ、うえ〜〜!」
「上?」

 見上げるそこから巨大な星が降ってきた。




 見るからに星! と言った感じの尻尾までついている黄色い巨大な星だった。
 彼等が慌てて退いた跡地にズドーンと衝突するとばらばらと砕けて消えてしまう。
 見事なまでに星だった。流れ星だった。

「うわ〜〜」

 とセルフィが呟いたきり、呆然とその跡地を見つめてしまう。
 凄まじい破壊力を持っていた。だがその外見も凄まじくコミカルな破壊兵器だった。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい大丈夫ですか! まさかこんなことになるとは思わなくて――」

 エトセトラエトセトラ。
 どうやら連れはいないらしい彼女はものすごく混乱しているようだった。

「ねえねえ、あれ、あなたが作ったん?」

 セルフィがあどけなく尋ねる。

「は、はいそうです」
「へー、凄いね〜〜」
「そ、そうですか?」
「うん、凄いよ〜〜、星が落ちてくるなんてビックリだもん! ねえねえ、あれって他にも何か落ちてくるの?」
「え〜っと、他にはですね、ぷにぷにとかうにとかも降らせる事ができるんです」
「ぷにぷに? うに?」
「しらないんですか?」

 そうしていつの間にか話の本筋、自分たちの不審さをうやむやにしてしまう。
 どこか所在無げに歩いてきたアーヴァインが、キリエの隣で立ち止ると呟くように言った。

「なんか、盛り上がってるよね〜〜」
「……そうね」

 悔しい、とキリエはそう思った。
 彼女はこの世界には心当たりがあった。
 好きな世界であった。大いに真似た。
 無限に水を吐き出す壷は何処の世界に行っても飲料水の確保など大いに役立っているし、薬を始めとしたさまざまな道具はこの世界からモデルを得ているものも多い。
 だというのに。

「なんか、悔しいわ」
「悔しい?」

 そう。キリエは悔しかった。
 メテオール一つ作り忘れていただけで、セルフィがこんなにあの女性になびくとは!

「キリエ、この世界の事知ってるの?」
「そこそこ。……色々あるけど悪くない世界だと思うわよ」

 魔物もいるが、この世界は人の世界である。

「ここは見込みのありそうな世界かな」
「そう、ね……。あるんじゃないかしら」

 万能の元、賢者の石。
 それはキリエが己の能力だけでは作り出すことの出来ない代物である。
 キリエの能力を管理している本に尋ねても、本は能力に必要な、不足している能力を補うための金額を吐き出さない。
 つまりそれは、現状不可能と言うことを現していた。
 莫大な金銭と、膨大なオーラと、生死の境をさまよう様な犠牲を捧げても不可能な事であると本は告げる。

 それなら、どうだろうか。
 それ自体がリノアを救うことが出来なかったとしても、それにキリエが己の力を与えることが出来たら、どうだろうか。
 賢者の石と言う代物の基本スペックの高さは推して知るべし。
 もし、それを手に入れることが出来たら、キリエ達の望む何時かの時は大幅に近づく可能性がある。

「ただ、それが必ずしも手に入るとは限らないし、はっきり言って才能が無ければ時間の無駄ともいえるわね」
「でもさ、来たからには挑戦してみないかい?」
「しないで帰る気はそもそも無いわよ」

 錬金術。
 それは複製の錬金術師と名乗るキリエの念能力の由来でもある。
 アルケミスト。
 アルケーを、根源を追求するもの達の総称である。

「そや。ねえキミの名前はなんていうん?」
「あ、私ですか!」
「そや。うちらまだ名乗ってなかったよね」

 一見無防備にセルフィはニコニコと笑う。

「私はリリー。職人通りの角の赤い屋根の家に住んでいる、錬金術師よ」
「へ〜、錬金術師なん?」
「あはは。そうなの、まだまだ未熟者なんだけどね。あなたたちは?」
「あたしはセルフィ」
「僕はアーヴァイン」
「私はキリエ。ところでさ、ここは何処の当たりか教えてくれないかしら。あんまりこの辺の地理には詳しくなくて」

 そう言って確信を得るための情報を望む。

「ここはザールブルクから二日くらいのへーベル湖の辺よ」

 キリエは指でアーヴァインにサインを送る。
 バッチリオーケー。知っていれば何とかなる。

「あなたたちは東のほうから来たのかしら」
「そうよ」

 事実は違うが、言うわけにもいかない。

「この辺も魔物は出るみたいだけど、リリーは一人で来て良かったの?」
「あっはは。ほんとうは誰かいたほうがいいんだけど、急いでほしいものがあっったの。それに酒場に行っても誰も捕まらなかったから……」

 危険は承知で、でもどうしても、ね。
 と笑う彼女にキリエはチャンスだと感じた。
 今がチャンス。売り込みのチャンスだ。

「そうなの。私たち流れの冒険者なんだけどよかったら雇ってみない? 錬金術にも興味があるし」

 身を乗り出して興味津々といった雰囲気を前面に押し出してキリエはリリーにアピールする。
 なんと言っても何処か垢抜けない雰囲気をもつ錬金術師である彼女がリリーを名乗ると言うことは、時代はまだアカデミーが出来ていない頃である。
 彼女を除いてこのザールブルクで錬金術に触れられる環境は無い。

「本当に?」
「ええ」
「あ、でもちょっと待って。……いくらくらいかな。飛び出してきたからあんまり所持金ないのよね」

 恥しそうにいうリリーに、セルフィがにっこりと笑いかけた。

「サービスしとくよ〜〜」




















つかの間の忍び達!



 夜か暗闇か、彼らは一瞬だけ迷った。

 明るい場所から道を繋いで、出口は夜の世界だった。
 暗闇であるのか夜であるのかの違いはすぐに空が彼らに知らせた。
 大気汚染の少ない空に輝かしく星が光る。
 あちらこちらに掲げられた松明とそれに照らされる文明の建築物がここが人の住むところだと彼らに知らせる。
 見事な月も出ていた。

 そして聞こえる破砕音。
 巨大な獣の唸り声。

「ここど」

 とキリエが呟きかけたとき、ブォォン、と唸る風を伴って、彼女達の元に巨大な何かが飛来した。

 薄明かりと言うにも暗い世界に浮かび上がる城っぽい巨大な塊。
 異界渡りの直後で身を寄せ合っていた三人は、次の瞬間には意思を交わすまでもなく同じ言葉を叫んでいた。

「「「プロテス!」」」

 堅固な光の壁が形成された直後その塊が彼女達に叩き付けられた。
 互いの体を必死に掴んでばらばらに叩きつけられることを防ぐ彼女達。
 パキンパキンと次々と壊れる防御の結界。
 鍛え上げられた高い魔力で編み上げた守りの力がたちまちのうちに破壊され、パキンと三重の防御の最後の一つが壊れたとき、彼女達はバットで打たれた野球のボールのように遠くまで跳ね飛ばされた。

「や〜なかんじ〜!」

 びゅうびゅうと耳元を過ぎる風の音に負けじ三人そろってくるくると回転しつつ空を跳びながらキリエが叫んだ。

「キリエ! 無駄口叩いていないでしっかりしてよ〜〜! いくらなんでもこれじゃただじゃすまないよ!?」
「せやせや〜。潰れたトマトになっちゃうよ〜」
「それはいや」

 両脇を抱えられた霧枝が自由になった両手でポーチから道具を取り出す。
 大きく広がったそれに包まれるように減速しながら約数十メートルかけて彼女達はようやく止まった。

 菓子を包んでいたハンカチを開くように広がったのは空飛ぶ絨毯。
 その上に三人並んで座り込み、ひとまずは安堵の吐息を吐いた。

「いや、ビックリしたわ。異世界渡りの直後の争乱がこんなに激しいのって久しぶりね」
「私も〜ビックリ?」
「それよりあれ〜、なんだと思う?」

 すっかり遠目に為ってしまったそれ。
 闇に浮かぶ白っぽい生き物。
 近くで見るとただの塊だったものが、距離が取れたためにその全体像が分る。

「えーっと……狐? かな」
「でもでも〜尻尾がたっくさん有るよ〜?」
「目つきが悪いよね。尻尾が沢山有る。一、二……九本。もしかして九尾の狐、って言うやつかな〜」
「へぇ〜、九尾の狐っていうんや〜」
「どこかの里が襲われているのかしら」

 双眼鏡を取り出したアーヴァインが狐の周囲を観察する。
 森の中に作られた都市。
 いや、都市と言うには素朴な作りではある。

「狐の周りを飛び交っているのって、昔どこかの世界の文献で見たことがあるような気がするんだけど……。あれは……忍、だったな〜」
「ああ〜! プチって、潰されちゃったよ〜」

 同じように双眼鏡で観察していたセルフィが叫んだ。
 二人の双眼鏡から取得したデータ後々のためにと編集していたキリエも、モニターに映し出される映像にドキッとする。
 プチ、どころではない。
 その巨体から振るわれる力は並々ならぬ。
 分厚い被毛に庇われて、忍び達の攻撃は皮膚にまで届くことも無く、放たれては消えて行く。
 仕掛ける為に近づいたなら、そのために命すら失われてゆく。
 それでも忍び達はそれを攻撃することをやめない。
 里を守るために、己の技と命を賭けて狐へと立ち向かってゆく。

「さて問題です」

 キリエの作った念具である白い手袋を履き、それを使用することにより利用できる光学パソコンのコンソールを引っ叩きながらキリエは言った。

「私たちはどうするべきでしょうか」

 と。

 今里の忍びたちは狐にかかりっきりだ。
 そしてキリエたちは現れた当初こそ里のど真ん中であったが、直後に狐の尾に叩かれて十数キロはそこから離れている。

「ちなみに私はそこそここの世界について知っているかもしれない」

 普段であれば一目見て分るような特徴的な世界ではないかもしれない。
 特徴的では有るが、シノビと言う観点でいうならば彼らに似たような存在は多くの世界に存在している。

 忍び、忍術、スッパ者。
 断じてスッパマンではない。

「それはどの程度なのかな」

 双眼鏡を放さないままアーヴァインが尋ねた。
 戦場に置いて情報がどれほど重要かは知っているつもりだ。
 一つの情報の真偽が命運を分ける。

「あそこで暴れているのは尾獣と呼ばれる獣の一つ。化け物の類だったはず。ここはおそらく火の国の忍びの隠れ里で木の葉の里と言うはずよ。戦っているのはアーヴァインの言うとおり忍び達ね。ただ、ここの忍びたちはおそらくアーヴァインが読んだ文献のシノビとは違ってどちらかといえば私たちに近いほうだと思うわ。……いいえ、場合によっては私たちより人外ね」
「それはなんとなく見てれば分るかも〜〜」
「うん、そうだね〜。普通の物差しで計っちゃいけない人たちだというのはよく分ったよ」

 そう同意する二人。
 彼女たちの目の前では狐にとっては脅威でもないだろうクナイや手裏剣をばら撒く一方で口から火を吹く人、力のある獣を呼んで立ち向かわせる者、なんだか体の一部が妙な者もいるし、上げれば切の無いほどの数々の攻撃が炸裂している。
 忍ぶ者とは名ばかりの派手な攻撃だった。
 キリエたちだとて逃走するだけならともかくこれだけ多くの技を持つ忍びたちに攻撃されたなら身を守ることも危ういだろう。
 一つ一つの技には緻密さと力があった。

「チャンスといえば、チャンスだよね」

 アーヴァインが言う。
 たしかに、チャンスだった。
 他者に対する戒律の厳しそうな忍びの街のど真ん中に現れておきながら我関せずと居なくなるには。
 他者。余所者を受け入れにくい土壌のある世界にも幾度か行った事がある。
 そういう場所では現れた場所に留まり続けることは難しい。
 それどころか彼女達の登場が新しい争いの火種――余所者である彼女達を排除しようとする働きになることもある。

 今回はそういった地元の人間との争い無く立ち去ることが出来るチャンスである。
 そしてもう一つは、闘いに参戦する事で恩を売るチャンスである。
 九尾の狐がいかなる物か。キリエは知っている。
 やがて狐は封印される。そして封印されることから物語は始まるのだ。

「逃げるか、恩を売るか。どっちにする?」
「でも〜〜、加勢しても必ず感謝されるわけじゃないんだよね〜〜」
「そうね。私たちは結局余所者だから」
「昔からマレビトの話って結構悲惨だしね〜」
「助ける事をしたのに〜、結局そこの人たちに妬まれたり、マレビトが持っているお金とか道具とかに目がくらんだりして、殺されちゃうんだよね〜〜」
「私たち、その条件にぴったりじゃない?」

 自分たちの身内ではない里外の者、マレビト。
 そして金銭はともかく、喉から手が出るほどにでもほしがる人物は居るだろう数々の道具を持っている。
 この闘いに手を出すのなら、それらの道具が登場する事は想像に難くない。

 それでも。

「行く?」

 と尋ねれば、応えは一つだ。

「黙ってみているのも後味悪いし〜〜」
「やるだけやって、駄目なら又考えようか」

 眼差しを交し合って破壊を撒き散らす獣に向かって絨毯を進める。その、直後だった。
 眩い光が視界を埋め尽くす。
 網膜に焼きつくほどの強い光だった。
 時間にして一秒も無いだろう。その光が消えた時、既に九尾の獣はその場に存在しなかった。

「あれ……?」

 絨毯を急停止し、キリエは戸惑いの声を上げる。

「狐さんいなくなっちゃったね〜〜」
「僕たち、どうしよっか〜」




 その日から十年がたつ。
 実体のある獣を封じる、と言う術に興味を持って彼らはこの世界に留まっていた。
 実体のある獣。だがそれはどうやら力でもあるらしい。
 良く分からない。
 だがそれが良く分かったときにはリノアを助ける力になるのではないかと、そう思っていた。

 初めに彼等が現れた木の葉の里の忍術に関しては禁術書も含めてコピーし終わっている。
 狐に襲撃された後の木の葉の里は著しく国力を衰えさせていたので進入は楽かと思えばむしろ逆で、誰もが死に物狂いで木の葉の里を守ろうとしたために逆に進入は厳しかった。
 今彼らは暫定的なアジトを火の国の温泉街に持ち、火の国、木の葉の里以外の里にも広く手を伸ばしていた。

 書を手に入れ機会があれば忍びたちを観察しチャクラの練り方を学び――

 知識を増やし鍛錬を積みつつ、だが彼らには揃ってたった一つ、足りないものがあった。

「……また、駄目だわ。チャクラが練れない」

 練れないどころか発生させられない。
 アカデミーとやらの図書館にあった初級忍術の本にはチャクラの起こし方が詳しく書かれていたのだが、どんなに実践しても十年かけて忍術の知識を集めても、

「どうしてチャクラじゃなくてオーラ練っちゃうんだろう」

 ぶつぶつとアーヴァインが考え込む。
 この十年。忍術を発動させるためには必要不可欠なチャクラを持つべく日々努力をかさね、そのたびにオーラを練ってきた。
 どうしてもチャクラがでてこない。

「チャクラが練れないと、宝の持ち腐れやね〜〜」

 変化の術でも覚えることが出来たなら、今後大いに役に立つと初めのころは意気込んでいたのだが。
 けらけらとセルフィが笑った。




















つかの間の幻想世界。



 それは回避する暇もない出来事だった。
 新しい世界に“繋がった”と思った瞬間にはわき腹に押し付けられる固い感触。
 キリエは反射的にそれを押し付ける腕を掴むと捻り上げ、叩き付けた。
 攻撃されたと言う事に対する条件反射に近く、手加減する暇も無い出来事であった。
 地面に叩きつける音に混じる鈍い音は何か――具体的には骨が折れる音だ。
 気付けば全てが終わっていた、そのあっけなさがある。

「あれ」

 と呟く。
 共に来ていたアーヴァインとセルフィも、いまだ武器を手にする以前の体制だ。
 エグゼターを出し損ねたアーヴァインはやがてぽりぽりと頬をかくといつものように腕を広げ方をすくめた。

 周囲は人混み、多くの人間が彼らを凝視した体制で時が止まったようになっている。
 争いに慣れていないのだろう。
 その誰もが武器を持っている様子はなく、どうやらここで武器を出すことは一騒動だろうとあたりを付ける。
 もう終わり? あっけなかったね〜、と呟こうとした時だった。

「あ、あんた大丈夫なのか! 怪我は、怪我は無いのか!」
「え? あ、いや」
「ナイフで刺されていたじゃないか!」

 スーツにネクタイ、少しばかり広い額を持つが人のよさそうな、会社で部下に人気のありそうな顔をした中年そこそこの男性が大慌てでキリエに詰め寄った。
 その男性はとある男のマナーを見るに見かねて注意をし、まさに今刺されようとしていた瞬間だった。
 妻子あり、親兄弟あり、未練は多くあったがこれで自分の人生も終わりかと、さされる前に走馬灯の幻想を見ていた時だった。彼女達が割り行ったのは。

 瞬間の出来事だった。
 ナイフは注意をしたその男性ではなくキリエのわき腹に突き刺さり、そう認識する間もなくキリエは解きかかってきた男の腕を掴みあげると捻り上げ、叩きつけた。
 もちろんキリエたちは不慮の事態、を最大限に想像した装備をしている。
 なんの効果も与えられていないただの鋼のナイフがキリエの装備品を切り裂けるはずも無かった。

 だがその事実が彼らに分かるはずもなく、周囲は救急車だ警察だと騒ぎ始める。
 足元では手首を折られた男が情けなく「いてぇ……いてぇよ〜〜」などとのたまっている。
 知らないはずなのに何処か懐かしいアーケード街で、キリエは同行者であるアーヴァインとセルフィの腕をしっかりと掴むと慌てる男性に向かって笑顔を放った。

「あ、ははは全く大丈夫ですので全然お気になさらずそれでは失礼しますね」
「あ、きみ!」

 反論の余地も与えずに、キリエは走り出した。
 とにかくこの騒動の届かない場所を探して。




 キリエの足は自然と河川敷へと向いていた。
 進む先に橋が見えたので、その下ならと思ったのだったがやはりそうだったか、とキリエは思う。

「キリエ、だいじょぶ?」

 いきなり立ち止ったキリエにセルフィが声を掛けた。
 遠くサイレンの音がする。
 ここは淀んだ川のにおいがする。

 キリエは答えられずにただ首を振った。
 太陽にこげるアスファルト。排気を撒き散らす車。信号機。
 ただ物体の名を上げるだけならキリエが住むことを選んだ世界にもそれらはある。
 だがここにあるそれらのものは、より強くキリエの心の琴線に触れてきた。
 デザインが材質がと上げれば切が無いが、違う。
 どうしようもない懐かしさを感じさせる。

「見たこと無い世界だね〜。ここ、どんな場所なんだろう」
「そだね〜。来る途中色々見てみたけど〜、美味しそうなデザートのお店もいっぱいあったねアーヴィン」
「平和そうな場所だよね。誰も武器なんて持ってなかったし、ナイフを持っていたあの男にすっごくビックリしていたみたいだからさ〜」

 ランニングをしながら犬の散歩をしている人が彼らのことを横目に見ながら通り過ぎた。
 キリエはやっと、顔を上げた。

 二人がキリエを見た。
 キリエも二人を見返した。
 そのとき、ぽろり、と意図せず涙が頬を伝う。

「だ、大丈夫キリエ!」
「どうしたの? なにがあったん?」

 慌てて心配してくれる彼らに、キリエは泣き笑いのような表情を見せた。
 食いしばっていた歯を緩めて、ゆっくりと言葉にする。

「私……ここ、知ってるかもしれない」
「え? どこどこ?」
「私の、故郷」







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