幻想の隙間




 時期は幻想本編の、闘技場を脱出してから、ヨークシン、辿り着いて、気球で逃げた旅団とマフィアの子飼いが戦うところ、です。
 設定としては、自分たちの護衛にガーデンも雇おうとした十老頭。
 ガーデンのSeedは腕利きだと名を売りましたから。
 で、店じまいしちゃったけど、それを雇いたい十老頭。
 で、雇うための手段にこん睡状態のキリエを誘拐して脅迫。
 キリエは旅団を追いかける黒服たちの車に乗せられて運ばれていて、あのシーンで目が覚めて、ここ何処さ、ってフラフラ歩いていたら死屍類推。
 目の前にウヴォーギンがいてやっと状況を掴む、と。


































 ここのところ周囲を最強系の人間で固めて行動していたので、裏世界にあってわりかし無力な私はたちまちの内に小さく目立たないように暮らしていたころを忘れたような気がする。
 何かに怯えて暮らさなくてもいいって言うのはとても素晴らしいことだった。
 むしろこの世界、一般人が一番いい。
 下手に念世界に関わると後がない。
 ウィングさんとかみたいな常識弁えた念使いもいるにはいるけど、逆に言えばバトルジャンキーの類には、念使いかもしれないと言うだけで殺されそうになることもある。

 実際なった。

 まあ、小さくなって暮らしていた反動も含めてか、スコールたちと出会ってからこっち気が大きくなっていたのだが、だが……。

「へぇ。お前の顔、どっかで見たことがあるぞ。確か、シャルのヤツが見せた写真に写ってた、ガーデンのやつらと最近一緒にいる女だな?」

 強化系といえばゴン、のイメージのせいか、彼のことも頭が悪そうだと思っていたけど、育てばゴンもこれくらいのことは言えるようになるのかもしれない。
 なんて、現実逃避もいいところだ私よ。

「へえ、よく知ってるじゃない」

 どこで見たんだよそんなもん!! 捨てろ、忘れろ!!
 ピンチ。
 ピンチだよ? わたし。
 基盤にどんな人間が介入したって、イレギュラーは起こそうと思わなきゃ起きないって言うのが私の持論だ。
 それはこの身で実践して来た理論でもある。
 つまり、私や、スコールたちのような異物が世界に介入しても、物語の筋は変わらない。
 関わることを否定していないからスコールたちは幻影旅団やゾルディックに出会うけど、スコールたちの為に物語の分岐になるようなイベントは起きない、と言うこと。
 つまり、私がここで戦って、生き残っても果てても、世界の流れは変わらない。
 私にとってはとんでもないイレギュラーだけど、世界にとっては瑣末ごと。

 さあ、どうすればいい?


 フィールをうらむ? スコールを呪う? アーヴァインを罵る?
 無駄、無意味。
 思考がテンパッてる。
 生き残るためにはそんなことを考えている暇なんてないのに!!

 相手が楽しんでいるうちに、侮っているうちに、私は相手を出し抜かなければならない。
 私には、スコールたちと違って戦闘スキルなんて一つもないんだから!!





選択肢その一 戦う。

 無理だね。相手は幻影旅団。
 この世界を物語として認識していたころは、だれの強さが本当はどうで誰はどれほど強くないとか、好き勝手言っていたけどさ。
 ざっぱーな強化系がたたっているのかオーラの錬度はあんまり高くないけど、量だけは馬鹿でかい。
 細かい流とかやらなくても、大雑把なオーラ配分で大体どんな相手でもいけるだろう。
 私がまともに敵対すれば?
 相手は戦いを楽しむ性質があるから付け込む隙がないとは言わない。けど、一撃でプチッと逝く自信はある。


選択肢その二 命乞い。

 希望的観測も篭めて、私にガーデンとのパイプと言う意味を求めるなら、すぐにキルされることもないだろう。
 けど、後ろのチミっこに関われば、わけも分らないうちに十指の爪とおさらばてそう。それで済めばいいけど。

 陰獣相手にしていたときはカードゲームなんかしていたくせに、今じゃシャルあたりがジーっとこっちを見ている。
 姿を消したガーデンへの、まあ貴重な足がかり、だね。随分と捕まえたがっていたって聞いたことがある。
 今じゃホントに幻の庭だし。その幻の庭を捕まえるあたり、十老頭も、情報網では侮れないか。
 スコールたちに対する人質としての価値も、うぬぼれじゃなくあると思うし。

 ガーデンに当たりをつけて、気が向けば能力奪って。
 奪われた時点で幻影旅団に命を狙われることはないけど、たった一つの取り得を奪われた時点で基本的にデッドエンドだねぇ。
 それに、私はもうガーデンを仲間と認めたのだ。
 仲間を売るような真似はできない。私がしゃべらなくても、記憶を読む人間がいる。  蜘蛛について何を知っているか、などと聞かれれば私の知る原作の展開を覗かれる恐れがある。
 私にとって十老頭と幻影旅団は赤勝て青勝てどっちも負けろ、といったもんだ。
 最後の手段ね。


    選択肢その三 逃げる。

 本来なら一撃を与えてダメージと動揺を誘いその隙に、と言うのがセオリーだ。影縫い針を投げるのも悪くはないだろう。
 基本的に目の前の戦闘狂は私が投げた針程度に動きそうにないし。
 まあそれも、今が昼であれば、と言ったところか。
 人も影もぬぼーっとしていて、捕まえられそうな影がない。
 それに、まず私じゃ一撃を与えられないし、ダメージなんて範疇外。
 逃げるなら追わない、て、目の前のこのご本人さんなら言いそうだけど、命乞いと同じで背後関係がまるでだめだね。

 といことで、背中を見せて逃げると言うのもバッドエンド。
 けど、一番可能性がありそうでもある。
 私は戦う者ではない。
 だが、ただ守られるものであることも良しとはしない。
 戦えないなら、後は邪魔にならないことこそが命題。

 私は、逃走に特化した身!!

 ……かっこわりー。けど、今はそれすらも誇ろう。
 戦う念は作らなかった。
 足も、フェイタン辺りがちょっと本気になえば追いつかれるぐらい遅い。
 持久力がないから、追跡をかけられたらそれこそ逃げられない。
 とはいえ、逃げられなければ死んでしまう目にも何度か逢ったし、そういう事態は想定していた。

 こちとら不殺を貫く一般人。

 戦えないなら逃げるしかない。
 我が身は逃走に特化した身!! いかなる戦場からも逃げ切って見せよう!!





選択しその三、逃げる。採用。





 必要なのは?
 はったりだ、はったり。
 自分はスコールじゃないのだ。
 すぐそばに真性の化け物が居るとなかなか自覚がしにくいが、自分の身体能力だって一般人から見れば十分に化け物染みているとは分かては居る。
 まあ、比べる対象がいてしまうせいで、驕る暇もないのは良いことだ。
 だが、人から見て十分に化け物染みていても、本物の化け物にはかなわない。
 だったらどうするか?

 だからはったりだ。

 百戦錬磨といわないまでも、修羅場もそれなりにくぐってきている。
 本物の戦いを知っている。
 空気なら作り出すことができる。

 練る。
 オーラを練る。
 円の範囲を広げて、その中のオーラの密度を上げていく。
 呼吸が苦しく感じるほど濃密に、念を練り上げる。
 私のオーラの総量は大して多くない。
 けれど、五年の錬度でごまかす。
 繊細に、綺麗にオーラを練る。オーラの練り方は実力を図る一助となる。
 それなりに実力のある者が相手のオーラを見れば、実力の一端が分るほどだ。
 オーラを練ることにかけては、私はまだ、スコールたちの誰にも負けていない!!

 相手に弱いと思わせるな。

 五人以上いる旅団員に囲まれたら、いくら逃走用の念を持っているといっても後がない。
 この目の前の相手が興味を失うような相手であってはならないのだ。
 一対一の状況こそが、最善にして最高。
 これを失うことは、あらゆる死を意味することになる!!
 踏ん張り時だぞキリエ!! あんたはできる!!
 練り上げろオーラを、あらゆる者を騙しつくせ!!

 ここは舞台、私は役者。
 舞台と言う場所において役者の奏でる虚は、全てが真実となる。
 ぎりぎりいっぱいいっぱいオーラを練って、挑発するように片方だけ唇をゆがめた。

「戦うって言うなら、別に構わないよ? ただし、無事で済むと思うな」

 むしろ私がね。

「いいぜ、女一人どんなもんかと思っちゃいたが想像以上だ。ぞくぞくして来た」

 あれ?

「こういう戦いを待っていたぜ!!」

 効果ありすぎ?

「行くぜ!!」

 いやーー!!

「【デス・フォッグ】」

 本当はもう少し余裕を持って使うつもりだった能力を、やはりというか、化け物じみた膂力で一気に距離をつめられて、気がつけばとっさに使っていた。

【デス・フォッグ】

 それは、私が私の為に、私が死なないように生み出した念だ。
 厳密に言うと逃走用、と言うわけでもないのだろうけど、これのおかげで私は幾度も無傷での逃走に成功している。
 これも、コピーアルケミストの能力の派生と言えるだろう。
 なにかもとあるものをコピーする、と言う点において。
 ヴァンパイアミスト、などと呼ばれる複数の既存作品からとった能力だ。
 どれが基盤かなんてもう私もわからない。
 すでにあるものとすでにあるものを足せばそれはオリジナルだと誰かが言った。
 なればこれも、コピーにしてオリジナルといったところか。
 フォッグと、私の名前の霧を掛けた言葉遊びで、これがなかなかいい感じに効いている。
 もし名前が霧でなかったら、きっとこの能力は私のスペックに余っただろう。

   能力を発現すると、私の体は霧になる。
 半径五メートル限りのごく狭い範囲のものだが、その中に入ってしまえば一寸先は闇、決して外の世界を見せはしない。
 中にいる限りは方位磁針だって狂わせるし、三半規管も狂わせる。
 そして非常に粒子の細かい水の一形態であるからして、当然物理攻撃も効かない。
 目の前にいる物理バカの様な相手には非常にやりにくい相手だろう。

 だが。

 ひじょーにオーラを消費する上に、本家本元のヴァンパイアミストのように任意で移動はできない。
 現在も移動能力の付与に向けて開発中ではある、が。今はただ、漂っているだけである。

 むなしー……。

「うお! 何だこりゃ? テメ、どこ行きやがったこらぁ!!!」

 そうまで言われて出て行きたがる人間なんていませんって。

《さてどこだろう》
《おーい、ここだよ?》
《あらあら? こっちかな?》

 声帯がないのに声を発する霧のミステリー。
 位置を惑わすようにあちこちから声をかける。
 そして、霧になったのではなく、霧の中にいると錯覚させる。
 今日の風は北北西。そよ風に少しずつ流されながら、逃走の方向を決定した。

 位置取り完了。
 ターゲットの背後から可能な限り遠い場所。
 実体化。

「ここよ?」

 霧が晴れた空で、挑発的に笑う。

「おらぁ!!」

 右ストレートを、再び霧になってかわす。
 強化バカも巻き込んで霧になり、また少し、微風に流される。
 彼をからかい、実体化。
 繰り返す。
 霧の範囲ならどこででも実体化できるのが強みではあるが、霧の範囲内ではあらゆる攻撃を制限される。霧自身である私が。
 実体化から十秒は攻撃を封じられるから、背後を取れても意味はない。
 その上オーラ食いだ。
 移動できない上に、オーラを喰う。
 攻撃は受けなくても、燃料切れが早い。
 逃走に特化した身!! とか言って見たが、それすらぶっちゃけ嘘っぱち。私がこれで逃げてきたことは本当だけど。
 それくらい強がって見せなくちゃ、その場で座りこんでゲロ吐きそうだった。

 周囲は死屍累々。
 私はそんなのに慣れていない。
 腰が抜けたりでもしようものなら、私も屍その仲間入り。
 それが分ってしまうような空気に、慣れていない。
 適当な相手なら、背後をとって逃走。
 どれほど近場でナイフを突きつけられても、一回能力を発動すれば最高五メートルの距離をとって逃げられる。
 さらに霧の内部では相手を霍乱。
 右も左も分らなくなったところで最大距離をとって逃走に専念すれば、逃げられないこともない。
 そして私の霧は、水ではなく、念であり、空気と同等の重さでしかない。
 つまり、運がよければ。

「しゃらくせぇ!! 【ビッグバンインパクト!!】」

 私がそこらへんのどこかにいると思ったのだろう。
 どこに居ても、皆いっぺんに潰してしまえば同じこと、そう思考したと見える。
 というか、随分と私は相手をいらだたせたようだ。
 今回は僥倖か。
 吹き上がり、対流する空気の本流。
 それに巻き込まれた霧の私は――。

「バイバイ」

 去り際に一言耳元で残し、その気流に乗って空を飛んだ。
 冗談抜きで。

 人体の重さから解放された私は爆風と共に空に上がり、谷間特有の強風に乗り更にのぼり、気流に乗って流された。
 遠目に穴ぼこの真ん中で悔しがる強化系馬鹿を見る。
 私を見上げるほかの蜘蛛達。
 いくらなんでも、すでに上空百メートルの霧は捕まえられまい。と思う。
 すぐ下で、陰獣たちたちが現れ、また虐殺が始まった。
 私との戦いは隙間に入り込んだ本の僅かな時間のものだったのだろう。
 ふわふわと流れる私に目蓋はなく、下で起こる光景をつぶさに見せ付けられた。
 胸がむかむかして、目をそらしたいほど気持ち悪いのに、霧の私は吐くこともできない。

 そして、あの馬鹿に鎖が巻きついた。引き攫われて、興味の対象が移る。
 これでやっと一安心だ。
 なんだか凄く、今更心臓がバクバク言ってる。

 霧だからないといえばないけど。
 実体化するときに間違って落としてしまいそうだ。
 今更襲い掛かる恐怖。
 手足の震えが収まらない。
 あいつと対峙したときに、テンパリ過ぎて気が付けなかったのはむしろ良かった。
 あの状況でこうなっていては、今頃生きてない。
 実体化したときに足腰立ってない自身がある。
 っていうかやっぱりゲロ吐きそう……。

 うう、こわ。こわっ! 怖かったよー!! ……ううう。

 だめだ。もっと鍛えよう。
 せめて運に頼らずに逃走できるぐらい。
 せめて、【デス・フォッグ】のまま移動できるように能力付与できるくらいには、強くなりたい。
 こんなの、二度とごめんだ。













 これは後日談になるのだが。
 恐ろしいほど上手く上昇気流に乗った私は、そのまま晴天の雲になりかねなかったが、オーラが切れれば今度は墜落死となる。
 のでしかたなく適当なところで【デス・フォッグ】を解除した。
 どうなるかは目に見えているだろう。
 覚悟していたが怖かった。
 パラシュート無しでスカイダイビングする事となった私は、恐怖に顔を引きつらせながら墜落し、地上約十メートルのところで再び霧化。
 無風のため、ゆるゆると落ちゆき、後九メートルと言うところでオーラが切れて墜落した。
 痛かった。
 かろうじてゲロははかなかったが、あらゆる意味での恐怖に腰が抜け立ち上がれなくなっていた。
 蜘蛛も怖かったけど、パラシュート無しスカイダイビングも怖かった。
 最後の霧化にかかるオーラ量に自信がないことが最も怖かった。
 つぶれたトマトはいやだった。
 結局私は。腰が抜けたままスコールたちに連絡して、迎えに来てもらった。
 迎えを待ちながらヨークシンシティ二日目の朝日を見たとき、私は涙が止まらなかった。

 良かった。
 本当に生きていて良かった。
 生き残れてよかった。

 ここには居ないかもしれない八百万の神様に感謝して、九字を切って、梵字をなぞって、ガイアとか旧支配者とか、神話も創作もごちゃ混ぜにしてあらゆる神様の名前を呟いてそして――気絶した。

 目が覚めた私が、恐慌状態に陥って背負ってくれていたスコールを後ろからぶん殴ったのはまったくの、そう――余談にすぎない。







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