クラピカ視点

「この世に過去があり、目的があり、行く道があり。羨ましいほどでは在りませんか。ならば何を争うのでしょうか。互いは障害ではないのに」





 僅かに広げられた腕は、抱擁を示すのか、それともそのまま絞め殺すのか。
 芝居じみていて酷く真剣。
 淡い緑の瞳の奥が、果ての見えない暗闇に見えた。

 背筋に走る甘い戦慄。
 瞳の奥、闇の果てへの誘惑だ。
 全てが本気で、全てが虚像。

「決闘をやるなら甲板までどうぞ。適ったなら、見届け人にくらいなりましょう」

 背を向けられて、やっと呪縛が取れたように私達は彼の後を追った。
 甲板へ向かう彼の背を追いながら、何度も何度も、脳裏に蘇る闇を追い払う。





 甲板へ出ても、彼はじっと私達を見ていた。目を開けているのも辛いような雨の中、立つのがやっとなほどに揺れる船の上で平然と。

 もちろん、私達は本気だ。
 けれど、彼の瞳には嘲笑われているような気がしてならない。
 自分の信念を曲げる気はない。
 が、すぐにこうして決闘などと走る事は、確かに子供っぽい短気だろう。

 彼が笑ったのも、おそらくただそれだけの意味だ。
 なのに、思考が勝手にそれ以上の意味を想像してしまう。
 彼が、そう告げたわけでもないのに。
 私とレオリオが対峙して、各々に武器を取り出した。

「今すぐ訂正すれば許してやるぞ、レオリオ」
「てめえのほうが先だ、クラピカ。俺からゆずる気はねえ!」
「ならば、やむをえんな」
「おう、その小生意気な口を黙らせてやるぜ」
「いくぞ!」
「きやがれ!」

 低く腰を落した私が先に出る。
 中腰になってそれを受け止めるレオリオ。
 幾度かの攻防を繰返したそのとき。






  バキィィィ――!!






「カッツォ!!」

 マストの一部が折れ、船員の一人に直撃した。
 とっさに駆け出したレオリオを追って私も走る。
 二人して伸ばした腕は落ちた船員を掴みきれず――

「クッ……!」
「チィ……!!」

 舌打ちした私の前に、ゴンが飛び出して船員の足を握った。
 とっさにゴンの足を掴む。


 その時、ヒュッと風が唸って、そのまま私達は船上に引き上げられた。


 何が起こったのか分らなかった。
 いつの間にか船員の胴に巻きついていた黒い物がするすると離れていく。
 追った先には、鞭を回収しているあの男の姿。
 服一つ、肌に腫れの一つも残さずに船員に鞭を巻きつけたその手腕、鞭をまるで己の手の、延長のように自在に扱っている。

 私は何時の間にか船の桟に立っていた男の姿を、凝視してしまっていた。

「ひ〜、鼻に水が入っちゃった」

 笑っているゴンに、私とレオリオがものすごい勢いで詰め寄っていく。
 だがなぜか、彼の言葉に息が詰まった。

「でも、つかんでくれたでしょ」

 かえす言葉もない。
 もう一度掘り返して決闘する気も起きずに、レオリオと和解した。
 船長の、私達を責任を持ってドーレまで運ぶという宣言の後、私はなんとなくあの男を捜していた。

 その私の後ろを、ゴンとレオリオが付いてきたのには少し笑った。
 彼らも私と同じような気持ちだったのだろう。
 顔を見ればわかる。
 言葉にしがたい、なんとも不思議な気持ちだ。

「あん? なに言ってんだ?」

 船長の声が聞こえた。
 私はとっさに身を隠す。
 やましい事をしているわけではない、隠れる理由が無いではないかと思ったが、一度隠れてしまうと出て行きにくい。

 三人で苦い笑みを交し合う。





「おめぇもうちのもん助けてくれてありがとよ」
「どう致しまして。無事でよかったです」
「……ところでよ、お前だけハンター志願の理由、聞いてなかったと思ったんだが」

 心持言いにくそうに持ち出す船長。
 うやむやにしてしまったのは自分達だが、確かに聞いてみたい。
 彼ほどの男の、ハンターを望む理由を。
 振り返らずとも興味津々の気配が背後で二つ疼いている。


「理由は無きにして在り。……僕たちは迷子なんです。だから、導が必要なんですよ」


「はぁ、迷子だ?」

 振り返った彼は、儚げな笑みを浮かべる。
 私達は慌てて船倉の影に身を押し込んだ。……気づかれては、いないようだ。

「僕らは時をも操る魔女の庭に育った者です。新たな魔女に、僕たちは新しい存在意義を得た。滅ぼす者から、守る者へ」

 儚げな笑みは、消え入りそうなほど透明に、清んでいく。

「心優しい魔女に、もう自分を犠牲にさせたくは無いのです」
「……魔女ってぇのは」
「偉大なる母。僕たちSeedという存在を生み出した、ガーデンの主」

 じっと船長の目を見ると、彼はにっこりと笑った。



「秘密ですよ?」



 言って、彼は去っていた。
 結局、彼の言葉から何を読み取ればいいのか私にはわからなかった。
 それは、隣を歩く彼らもいっしょだろう。その表情が何よりも顕著に物語る。
 彼の話を聞くことは、彼の謎を深めただけだった。



 魔女、Seed、ガーデン。



 時すらも操る?



 Seedの存在意義。

 垣間見えたあの力、あの存在感。それを、初めは滅ぼすために手に入れたというのか? では、何を?
 何を滅ぼし、今何を護る?

 分らない事だらけだ。
 何処までも芝居じみて真剣。
 だが不思議と、嫌悪は抱かなかった。







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