幻想に還る




 アーヴァインがグリードアイランドに帰ってきた。
 と言うことはそろそろ旅団とヒソカが接触する時期である、筈である。
 カルトがここにいる除念師を見つけるまではまだ少し時間が有るはずだ。
 だがそろそろ大きな行動をするのは旅団の目に触れる危険性がある。
 彼らは可能な限り、それを避けたかった。

 本来彼等が探し当てる除念師ではなく、場合によってはキリエの念具に目をつけられる可能性もある。
 一応ハメ組みの彼らには口止めをしてあるが、どこから漏れるかなど本当に分ったものではない。
 彼らの中にはスコールたちに感謝している者も多いが、そこに明確な信頼関係は築かれていない。

 さっさとここを出ていっそヨークシンシティの西にでも行ったほうがいいのかもしれない。
 世の中危ない人間は多いが、その中でもトップクラスとなるだろう幻影旅団とヒソカは当分の間は確実にこの島の中に居る。
 外の世界で出会うことは無い。

 だがそうなると、レアカードをほぼ独占状態にしている意味がなくなる。
 あの日以来、幾つものプレイヤーから交信のカードを通じて接触を図られていた。
 目的はクリア者出現の遅延であるからして、そんな交渉に応ずるわけも無いのだが。
 そして98種までなら集められても、一坪の海岸線のカードは宝籤などの使用でもよほど運が良くなければ出ない上に、イベントを行なおうと思えば15人以上の人間が同行を使用して跳ばなければならない。
 最王手であるハメ組みがほぼ解散したに近い状態にる上に、ボマー対策、とするほどボマーもカードを所持していない。
 現在最もクリアに近いのがスコール達のグループである。
 帰ってこなかった人間たちの分のカードは手に入れたかもしれないが、すでにボマーたちは危険視されるほどの有力候補ではなくなっている。

 更にボマーの情報は瞬く間にグリードアイランドの中に広がっていった。
 ゲンスルー組みをはじめ、ゴンやキルアたちはもちろん、このゲームの中で多少なりとも交流のあるプレイヤーたちにはすでにボマーの攻撃方法から念能力まで伝わっている。
 フィールが最後にぶちまけたので、解咒と見せかけた一斉爆破の合言葉と方法まで広がっていた。
 彼とカードをトレードしようとするまともなプレイヤーはすでに居ないだろう。
 ゲンスルーたちのここでの活動の道は断たれたと言っても過言ではない。

 少なくとも、自分より実力が上の人間がカードを所持していた場合、ゲンスルーたちには入手の術が無い。
 交換で入手すると言う道は断たれている。

 旅団と言う接触するまでは静かな脅威から身を隠すか、少なくともヒソカ以外の名前はバインダーには無い。
 ヒソカが言わなければ、旅団との接触は用心によって避けられるだろう。

 あるいは外の世界に舞い戻り、有象無象の煩い何かから再びこまごまと逃げ長ら暮らすか。
 いっそのこと秘境にでも行って身を潜めてしまえばこちらもいいのかもしれない。




 面白い道具がこの島に居る間であるならほぼ制限無しで使える場所。
 ここのところなんだかんだと逃走してばかりいる気がするが、それでも一応人の気配の無い場所に拠点らしきものを作ったスコール達一行だった。

 キリエは美肌温泉に入りまくっては茹だって上がってくるのを日課としているし、酒産みの泉をゲインして水を汲みため、酒宴もする。
 今は無理だが、酒生みの泉のようなものならば、いずれ作れないかとキリエは画策している。
 まさにここは複製を作り出すことをこそを旨とするキリエのために有るような島だった。

 豊作の樹をゲインし毎日のようにさまざまなフルーツを食べ、食べながらアドリブブックで読書をする。
 もしもテレビを見て、キリエはウグイスキャンディーでアーヴァイン達の声まねをする。
 カメレオンキャットをさまざまな動物に変身させて遊び、発香少女でリラックスする。

 キリエが気に入っているのは手乗りドラゴンだった。
 竜種と言うものに憧れがあり、小さくはあるが間違いなく竜に懐かれ、戯れる。
 隠れが不動産で隠れが気分を味わい、プラキングで遊ぶ。

 それにプラスして修行をつければ、それこそ日々はあっという間のことだった。

 途中ハメ組みの残りメンバーから噂を聞きつけてやってきたらしいボマーに爆弾を仕掛けられた人間の除念もしつつ、三月になったとき――彼らは全てのカードをマサドラのカードショップで売り払った。
 こちらで金に換えてもそれこそどうしようもないことなのだが、せいぜいその金を使うべく島の中でも最高級のレストランに入り、たらふく食べてから、彼らは島を出た。

 一坪の海岸線のクリア者はまだ出ていない、との話だった。
 キルアとゴンたちはまだビスケと共に修行しながらカード集めをしているのだろう。
 バッテラの依頼が生きている限り、ゴンたちがクリアしてもカードを入手することは無いわけで、それを利用してジンを探そうと言う計画がどうなるのかは定かではない。
 そもそもあの日を境に多くのプレイヤーがグリードアイランドの外へ出た。
 場合によっては一坪の海岸線のイベントに気がつかずに過ごし続ける可能性も多々あるだろう。

 ここにはあまりカードを持っていないボマーが居る。
 ハメ組みは生き残り、半数はここを出て行った。
 まだゴンたちは一坪の海岸線へ向けて動き出していない。

 運命は変わった。
 物語は道筋を変えた。
 それがこれからどんな軌跡を描くのかは、彼らの知るところではない。
 あるいはこれこそが正常ともいえる。
 未来が分らない。
 分らない未来を持つこと。

 そして彼らはバルサ諸島の南端へ向けて、移動した。





 入るのが難しい地域だったのだが、そこは移動用の念を使い、不法入国する。
 バルサ諸島南端の砂浜、と指定すれば付近のどこかには、とてもアバウトだがたどり着くだろう、と。
 実際に移動用の念【開門の審判者】が道を繋げたのはバルサ諸島のもっとも南一番端の砂浜。
 どこぞの平原、どこかの丘、などと言う条件で道を繋げたときやなどはそれこそ何処に通じるかはアバウトに過ぎるし、どこかの建物の一室の中を指定したときでも道を繋ぐごとに僅かずつ場所が変わるのでその程度のいい加減差で道は通じるだろうと思っていたが、もっとも南、と言う条件が効いたのか、その後も何度か道をつなげてみたが、ほぼ同じ場所に道は開かれた。
 こういう指定の仕方は割りといいのかもしれないと再認識する。




 海流に影響の出るようなこともやって無いし、ニュースになるほどの異常気象も無い。
 キメラアントの女王の漂着日時は本編と前後することはほとんど無いだろうと思いながらも警戒を怠らないスコール達。
 さすがにここまでは追手も来ないし、移動に念能力を使用しているので、追跡の手も振り切っている。
 波の音をバックサウンドに、修行と警戒、能力の開発を進める彼ら。

 キメラアントを倒したことの影響はあえて考えずにいる。

 二メートル級の女王が発生したと言う実績は生まれた。
 一度ある事が二度無いといえるはずが無い。
 あるいは次にまた二メートル級の女王が生まれるのも、時間の問題と言えるのかもしれない。
 もし、次に二メートル級のキメラアントが生まれたときには、それこそ一度目のときよりも被害が大きくなる可能性はある。
 だからといって、今回のキメラアントの登場によって生まれる被害を見過ごせるわけもない。
 彼らは実力もあり、そして先を知ってしまった者たちだった。

   無限に広がる可能性はどれも掴みがたく、目の前に広がる最善と信じた道が必ずしもハッピーエンドだといいきれることは無い。
 ここでキメラアントの脅威を潰すことによって、NGL自治国の裏の顔が世界に姿を現すようになるのは更に遅れることだろう。
 それは取り返しが付かないほど悪意の根が世界に広がってから発覚することになるのかもしれない。
 だがそれは可能性であって、そうならないうちにどこかのハンターによって潰されるかもしれない。

 かもしれない。
 そうかもしれない、あるかもしれない。
 例えばで未来を語るよりは、あるかどうか分らない未来より、過ぎ去った過去よりも、今を大切にしたいと思う。
 彼ら。






 海岸への女王の漂着はたしか3月18日。
 それを変更させるような接触は今のところ全く無い。
 故にそれは間違いなくその日に起こるだろう。

 バルサ諸島の南端、NGLの端。
 海岸といっても範囲が有るし、姿を隠しながらの探索はなかなかの苦労があった。
 夜になっても火も起こせないし、明かりも不用意には使えない。
 街路灯などもちろんなく、時間によっては月がそれなりに明るいが、新月の夜など星の明かり程度では心もとない。

 そうは言っても常人以上には見えているのだが、物探しがはかどるほどでは無い半端な具合だ。

 ごく初期の、まだ女王蟻があまり移動していない頃合なら見つけるのもそれほど難しいことでは無いだろうと踏んでいる。
 ここ最近の探索で、傷ついた女王が身を隠す事になるのだろう洞窟に当たりもつけていた。
 三つほどあったが、どれかにはたどり着くのだろう。

 兵隊蟻が生まれてから、最初に犠牲になった人間は川に魚をとりに来た子ども達だった。
 釣って帰って、魚の料理を作って母親を喜ばせる。
 初期の働き蟻の活動範囲がどの程度かは知らないが、初期のうちにキメラアントの女王を見つけられなかった場合には、それらの情報も女王を見つけるための手がかりになるだろう。
 働きありの活動範囲は、子どもの足で一日のうちに往復が可能で、その上家に帰ってから魚の料理を作る余裕が多少なりともあるだろう場所に及んでいる。
 辺りで一番近い人里、川、背景の森林。
 手がかりなら幾らでもある。
 四人もいれば、それなりの活動は出来るし、ごく初期の弱っているキメラアントの女王なら、キリエでも勝てるだろう。

 正攻法を使うことは無い。
 キリエには射撃の腕がなくても心強い遠距離攻撃手段がある。
 一撃一撃が弱くとも、数を重ねれば答えは出るだろう。

 その18日の日が暮れた頃、人目なんてありはしないが、それでも念には念を篭めて樹上生活者となっていたスコールたち。
 夜間の探索はそもそも限度があるのであまり行なっていないが、今日、明日明後日の三日だけは日暮れから早朝まで付近の探索をすることを決めていた。

 その探索に出る直前に、キリエは登った枝の上から空を見た。
 木々の隙間から降り注ぐ眩しいほどの月光と、きらめく星星。
 暗くあることに為れた目だからこそ見える世界だった。
 深夜に外に出ても必ず街路灯の光のある場所に居た頃にはわからなかった月の明るさ。
 星星の競演。
 瞬く美しさ。

「ずっと私は月が欲しかったのよ、スコール」
「何の話だ?」

 隣にやってきたスコールに話しかける。
 漠然とした無いように首を傾げるスコールに、キリエはくすくすと笑う。

「小さなときの、子供の戯言よ。ブランコにのって、高くこぎ上げると、空が近くなったように感じて、なんだか特別な気分になれたわ。胸が高鳴るって言うのかしら。とにかく楽しかったの。一瞬だけ空が手に入った気がしたわ。でも、夜にはブランコ、こぎにいけないじゃない。子どもだったし、一人で夜は出歩けないから。だから月には近づけなくて、いつの間にか忘れていたわ。月なんて見ることもなくなっていたから」
「……」
「ゴメン、答えようが無いわね」
「いや……」
「無理しなくていいわよ。貴方の幼い時と、私の幼い時とでは環境が違いすぎるもの。比較も共感も、難しいと思う」
「そうだな」

 魔法もなければ念も無い。
 魔女も神話も遠くなった世界に住んでいたキリエと、幼いころから魔女と魔法とに触れ育ち、GFを駆使し戦うために育てられてきたスコールとでは重ねられる過去が無い。

「だが、今とこれからは仲間みんなで作っていくんだろう?」

 スコールの言葉にキリエは目を丸くした。
 思わずスコールの顔をまじまじと見つめる。

「スコール?」
「……なんだ」

 ふっと眼差しをそらした様子に、キリエの頬に三日月のような笑みが浮かぶ。
 チシャ猫のような笑み。

「スコール、もしかして照れてる?」

 言葉こそ疑問系ながら、すでに確信を持ってからかう響きが篭められている。
 今度こそスコールは顔ごとキリエから逸らした。

「さっさと行くぞ」

 と言うと真っ先に樹から飛び降りる。
 そのスコールの周囲にアーヴァインとフィールが集まり、どの方角へ行くかを相談する。
 月光の照り返す海と波打ち寄せる砂浜に月の光に照らされた見栄えのする男が三人。
 スコールやアーヴァインと比べるとフィールが普通の男に見えるが普通に見れば見栄えのするほうである。
 眼福眼福、と一人満足げにキリエが頷いていると、声を出さずに手招きだけで呼び寄せられる。

 さすがに声が響く環境で大声で呼ぶのは躊躇われたらしい。
 ここに来て統率の取れていない行動にバツの悪い思いをしながらキリエも樹から飛び降りた。

「フィールとアーヴァインが西に行く。俺とあんたが東のほうだ。今日はそれぞれ約百キロの時点まで行って引き返してきて探索を終える。構わないな?」
「ええ。スコールと一緒なら心強いわ。組合せとしても最適ね。前衛のスコールと、後衛支援タイプの私。近・中距離タイプのフィールに遠距離タイプのアーヴァイン」
「そういうことだ」
「OKOK? と言うことで、じゃ、行こうか〜?」
「こういうときぐらいビシッと決めてくださいよ先輩」
「行くぞ」
「はーい」
「ほらこんなふうに」

 フィールの言葉に僅かに肩をすくめたアーヴァインが、スコールをまねて言ってみる。

「行くぞ」

 だが肝心のリクエストを出したフィールからの反応が無かった。

「どうしたの?」
「ごめんなさい、似合わなかったです。先輩はこれからも先輩らしく居てください」

 このやり取りにスコールは呆れたように吐息をついて地を蹴った。





 一晩のうちに片道百キロ、往復で二百キロを見落としが無いように目を光らせながら進む。
 明るい月光が有るのが大きな助けとなっていた。
 波に作られた砂の波紋もよく見える。
 これなら女王が歩いた後の足跡や零して行った肉片なども、あまり時間が立っていないものであれば見つけることができるだろう。

 それは前方にがけを臨む波打ち際を駆け抜ける最中のことだった。
 ふと鼻につく異臭を感じたスコールが歩を緩める。
 それを感じ取ったキリエがスコールの隣に並んだ。

「どうしたの?」
「妙な臭いがする」
「海の磯臭さのせいで私には分らないけど、もしかしたら近いのかもしれないわね」

 スコールの五感、そして念を含めた六感まで、キリエは全面的な信頼を置いている。
 スコールが全力で走ったら追いつけなく為ってしまうような自分自身よりよほど強く信頼している。
 依存にならないように注意を払っているほどだった。
 だからよほどの矛盾が無い限りその言葉を受け入れる。

 神経を研ぎ澄まし、キリエはさして上手くも無い円を広げる。
 その範囲にスコールの薄く綺麗な円が重なり、意気消沈して円を引っ込めた。
 自分より確実にスコールの円のほうが範囲も広く精度も高い。

「もう少し奥のほうまで行くぞ」
「ええ。なにが有るか分らないし、バックは精一杯サポートさせてもらうわ」

 警戒態勢に入ったスコールにあわせて、キリエも念銃を手にする。
 見つける事さえできたなら、決着はすぐにでも付くだろう。
 だがそれでもなにがあるかわからない、とそれだけは思っておく。

 そのまま速さを落とし、より注意深く周囲に目を配りながら進んでいたときのことだった。
 立ち止まったスコールが、何かをつまんで持ち上げる。
 巨大化した昆虫の外骨格のようなものの破片だった。

「……近いな」
「そうね」

 視線を遠くに向ければ、点々と続く剥がれ落ちた女王ありの肉体の欠片と、足跡がキリエの目にも見えた。
 目標は近い。
 この時点でやっと、キリエの鼻も海の匂い以外のなにか、傷ついた生物の体液の匂いを感じる。
 恐らく害は無いと思うが、遺伝子の拡散を防ぐために彼らは大きな肉片は回収し、小さなものは燃やし尽くしながら進んでいく。

「これ、もしかしてサザンピースに流れ着いたって言う女王蟻の腕かしら」

 キリエが掴みあげたのその部分を元に本体の大きさなどを測れるだろう原型を留めたキメラアントの女王の腕だった。
 肉片と足跡の続く先にはスコールたちが目星をつけていた洞窟の一つがある。
 おそらく、これで間違いは無いだろう。

 今夜、悪夢の一つが始まりを告げるまでもなく幕を閉じる。









 キメラアントの女王を見つけたスコール達は、回復を図ろうと必死になっている女王を急襲した。
 弱っている女王では、さすがにスコールの相手にはならなかった。
 女王を倒した後、ひとまずフィールに連絡を入れて出発地点で落ち合うと話をつけ、女王の遺体は拾った腕と並べて写真を撮る。
 その上で腕を残し焼却した。

 高い炎が上がったのが心配ではあったが、今日でここから居なくなると思えば後に憂うものは無い。

「これで、キメラアントは一応終わり、かな」
「そういうことだろう」
「キメラアントも種の保存に懸命になっているだけなんだろうけど……うち等人間だから」

 人が家畜にするのと同じように、キメラアントは人にする。
 自然の摂理といってしまえばそうだろう。
 彼らを倒そうと人は必死になるけれど、キメラアントと言う生物は一時的なものかもしれないが確かに人より強者に立ったのだ。

 高い能力、思考することの出来る頭脳、器用な四肢。
 物を生み出すことが出来る、人にしかできないといわれていたことすら彼らには出来るだろう。
 蟲、蟻でありあながら人の遺伝子を強く発現させる彼らは、あるいは人の次世代とすら言える可能性もある。
 摂食交配と言う形を持って、常に異種交配を繰り返してきた彼ら。
 二足歩行するだけでその外見は人とはかけ離れたものがあるが、彼らをああまで恐ろしい生き物にしたのは間違いようもなく人の遺伝子のなせる業だった。

 名に固執し、多種多様な言葉を操り、明確な喜怒哀楽を持つ。
 昆虫にはありえないような高度な娯楽を求める。

「それでもね。王の未来を私たちは知らない。終局的に人と生きるのか人に倒されるのか、人を倒すのか。なんにせよ、結果を待って入られないんだよね。私たちは人だから」
「行くぞ、キリエ」
「わかった」

 女王の燃えた砂浜を見つめていたキリエにスコールが声を掛ける。
 千切れた腕だけを持って、彼らは集合場所へ向かって地を蹴った。

 もはや憂うことは無い。
 憂える意味もなくなる。
 これからこの世界は誠の意味で正しいあり方になるだろう。
 誰も未来を知らない世界。
 たとえもとの世界で漫画の連載が再会されても、ここの世界が物語りになることはもはや無い。
 彼らは元の世界に帰る。

 帰還のための念能力は、後はただ実戦にて実験をするのみとまで為っていた。









 バルサ諸島を脱出した彼らは再びヨークシンにやってきていた。
 さまざまな物の集まる場所。
 裏の品物から表のものまで、ありとあらゆるものを買い占めるために彼らはヨークシンに来ていた。

 持ち帰った女王の腕は防腐処置を施した上で一筆添えて、ハンター協会に送りつけた。

 写真と腕を見比べれば、その大きさは簡単に想像がつくだろう。
 今後も2メートルクラスのキメラアントが生まれる危険性は存在し、そのキメラアントが人の遺伝子を強く取り込めば、念を習得し、獣ならではの感性で人より柔軟に使いこなすようになるだろうことを、可能性があることを、記録の一部にでもとどめておいて貰いたい、と。
 あるいはこれからキメラアントへの監視は厳しくなることを多少なりとも願いつつ。

 キリエが収納系の念具を開発したので、スコールは今まで【魔法の箱】を使うのにまわしていた念能力のキャパシティを移動用の念の方にまわすことが出来るようになった。
 なんにせよ、一つでも可能性が増えるのはいいことだ。
 はじめの一度だからこそ、確実を期さなければ為らない。

 キリエの収納系の念具は、シザーバッグ程度の大きさで、今もすでにベルトに吊り下げられている。
 一つのポーチを概念的に親、として、それを基点に幾つもの子に当たるポーチがあり、内面を共有すると言う代物だった。
 その方が便利だと単純に思ったのもあるし、そういう機能を持たせるためのモデルもあった。
 そのモデルとは別のもう一つのモデルであるスコールの念能力が生物は入れられない仕様だったので、残念ながらポーチの中を通って違うポーチに移動する、と言うような芸当は出来ないが、彼女としてはなかなかの出来だと満足している。
 これが出来るようになったのも、グリードアイランドで除念のナイフを延々作り続けたおかげだろう。

 キリエは今日もすばらしき元ネタたちに感謝を捧げる。

 そして、キリエが作ったポーチの中に、元の世界、自分たちの生きる世界に戻れば紙くずと為ってしまうジェニーで買った土産と、貴重品、貴重金属、貴石などを詰め込み、それでも余った分はレオリオに丸ごとプレゼントした。

 伊達に天空闘技場で稼いでいない。
 ついでに世界各地で名を売ったわけではない。
 真面目でありながら不真面目に仕事をしていた頃には、一回の仕事で莫大な金銭を入手していた。
 もし、初めからこれが有れば、レオリオはハンター試験を受けなかったか、あるいは意地になって受けたかのどちらかだろう。

 ついでにフィールがこちらで暮らすうちに知り合った念の使い手の中からいい師匠になりそうな人間をピックアップして添えておく。
 その人間にはレオリオが来たら世話をしてやってくれと通してある。
 貴い志を持つ人間のことは、素直に応援したくなるものだった。




 土産と貴重品を詰め込んだポーチを一つだけ腰から吊り下げて、彼らはヨークシン郊外の荒野に立つ。
 もしまかり間違って念が暴走した場合の人的被害を最小に抑えるためだった。
 初めて使う大掛かりな念。
 しかも多人数で共同で作り上げたものだ。
 感覚は大丈夫だと告げている。
 だが彼らは世の中に絶対が無いことも知っていた。




「【異界創造】コレクションコード【リノア】」




 円を広げ、その中に仲間達を取り込んだスコールが呟いた言葉と共に世界が変わる。
 元の世界に帰るために、スコールはずっと念を改造し続けていた。

 元の世界に帰る。
 ただそれを助けるだけを目標とし、【魔女の創造】のうち、コレクションコード【ペルソナ】を改造して作り出した擬似世界だった。

 開かれる場所はリノアとスコールが帰還を約束した花畑。
 石の家の庭。
 約束のガーデン。

 GFのジャンクションによる記憶障害で時間圧縮の世界を彷徨っていたスコールを導いた白い羽が空を舞う。
 仲間の顔を忘れ、約束の場所を忘れ、干からびた大地に己すら忘れて溶かし込もうとしていたスコールの元に届いた一枚の羽。




 リノア。




 導きの翼、約束の地。
 その場所は、帰還の象徴。

 時間と言う不変のものにして普遍のものすら歪める魔法の中を渡りぬいて辿り着く場所。

 もはやこの場所に、魔女の力を行使する力は無い。
 物質透過、精神操作、時間圧縮、念獣の創造、存在の消滅。
 魔女という存在に対して、スコールの認識、想像するすべてを制限無く再現できる、かつてから今の、全ての心象を再現する空間だったものは、唯一つ、帰還を願う場所へ導くためだけの世界へと姿を変えた。

 その場所にあって、魔女の導きがあって、たかだか世界の壁程度、どうして超えられないことが有るものか。

「やっと帰れますね」
「フィールも、能力開発に頑張っていたものね」
「【開門の審判者】だったっけ。この能力の素になった移動用の念能力ってさ」

 花畑の中心に立つスコールを見やりながら、話をする彼らの表情は、時を経るごとにだんだんと青白くなってゆく。

「改良の余地、有りかしら……」
「当方、念能力で世界を超えるにはまだ未熟です、って誰に言っているんでしょうね」
「誰でもいいじゃないか〜、早く終わらないと僕オーラ切れで倒れるよ〜」

 スコールがガーデンの中心でコンセントレーションを高めている間、能力が発動するまで、同じ空間にいる人間から莫大な量のオーラを搾取し続けることによって成り立つ能力。
 集中を高め、周囲のことが目に入らなくなったスコールは、空間と能力が回収する莫大な量のオーラを使ってもとの世界への道を開く。

「くっ……、わたし、もう駄目だわ……。……もし、死んでたら……花畑に埋めて欲しいって言っていたって、伝え……て……」
「ずるいですよ、キリエ」

 ふら、と最後の言葉を残して意識を喪失したキリエを辛うじて支えたフィールも、キリエを地面に横たえたところで力尽きた。
 そのまま地面に座り込み、辛うじて意識は保っているが既に朦朧としている。

「元の世界に……帰っても、気絶している間に、魔物にパクリとやられましたって、オチが、付きそう……なんですけど」
「いや〜、ぜんぜん否定、出来ないよね〜」
「先輩だけが頼みの綱なんですから、頼むから不吉なこと言わないでくださいよ……」

 此方もやはり最後の言葉を残して、横たえたキリエに折り重なるように意識を失うフィール。
 その重なりを丁寧に離し、二人を別々にこの念能力により作られた本物以上に本物である偽りのガーデンに並べ、そこでアーヴァインも力尽きた。

「死なない程度にさ、頼むよ〜? スコール〜」

 そして彼も、花畑に横たわる。
 意識を閉ざす、その直前に、彼の耳にはっきりとした一つの言葉が届いた。

「開け。俺たちの世界に、道をつなげろ! 【エデンの東】」

 広くて狭いこの空間の中を、オーラが吹き荒れ花びらと羽を撒き散らす。
 能力はなった――と確信したアーヴァイン。
 むせぶような花の香りに包まれて、安堵した表情で彼もまた、意識を閉ざす。

 恐怖も不安も、もはやありはしなかった。
















「絶対にあの能力を改造します。毎度毎度こんなことやられちゃたまりませんよ」

 ベッドの上で見舞いの品のバナナとりんごを自棄食いしながらフィールが唸る。

「そうだね〜」
「先輩、緊張感なさ過ぎです。僕たち死に掛けたんですよ?」
「そうだね〜」
「キリエなんてまだICUです」
「そうなんだよね〜」
「先輩!」

 責める響きの呼びかけに、アーヴァインは答えずに倒れこむようにベッドに横になる。
 それを見たフィールは一つ、諦めの溜息をついた。

 無事にもとの世界にたどり着けた。
 だが、帰還早々の自己紹介の内容を考えては破棄変更を繰り返して、こちらの世界に居るガーデンの仲間達に会うことを心底楽しみにしていたキリエはまだ目覚めない。
 念の制約による消耗であるために、念具を使用して単純に回復を図ることができないためだった。

 スコール自身も能力のメイン使用者であるためか、キリエほどではないものの消耗が激しく別室で療養中だった。

 持ち帰った土産物は歓迎されたし、ハンター証は中でも珍しい土産になった。
 そしてポーチに入っていたキリエ作の念具は、彼らの仲間たちの感嘆するところだった。
 恐らくキリエは目覚めれば、好意的に受け入れられうことだろう。

「……今回は、無事に帰れたからよかったようなものの」
「とりあえず、スコールの【異界創造】のさ、コレクションコード【リノア】ってやつ、あれを何とかして【エデンの東】っていう能力自体に組み込めたらいいと思うんだよね」
「――妙案ですね。その場合、スコール先輩はその異界を使えなくなる、と言うことですか?」
「そもそもさ、念能力を奪ったり譲渡したりが可能だっていう前提があるよ」
「クロロもそんな能力者の一人でしたね」
「うん、だからさ。【エデンの東】っていう能力自体に、スコールの【異界創造】の異界【リノア】組み込んでしまえば、まずスコールがいなくても能力の発動が出来る。そして、スコールから世界を一つ奪うと言う結果になることで、また一つ制約が増やせそうでしょ」
「負担は軽い方がいいですからね」

 肝心の本人が居ないところで着々と設定が決められていく。
 病室にはうららかな午後の日差しが降り注ぐ。
 そのうちに、回復しきらないアーヴァインとフィールも、自然に眠りに誘われていた。




 話し声の絶えた病室の扉を、そっと開く手があった。

 細く華奢な女性の手。
 だが、か弱くは無い。
 彼女の手は、どんなに繊細に見えたとしても、間違いなく戦う者の手だった。

 そっと、扉に手をかけて、僅かに顔を出せる分だけ押し開く。
 そこから覗き込んだ病室に、クルリと視線をめぐらせて呟いた。

「アーヴィン〜、もう寝てしもたかな〜?」

 そろりと入ってきたのは、太陽のようなとよく例えられる少女のような女性、セルフィだった。
 セルフィ・ティルミット。
 魔女のレプリカとも言われるガーデンが誇るSeedの一人だ。

 そっと気配を殺してベッドに近づくセルフィ。
 アーヴァインも、それが心を許した馴染みのある、向こうの世界にいる間はこの気配の元に返りたいと願い続けた気配だからか、全く警戒も見せず、目覚める様子も無い。

 アーヴァインの眠るベッドの横まできたセルフィは、そっと腕を伸ばしてアーヴァインの顔にかかった前髪を払った。

「よ〜寝てるな〜。……アーヴィン。うち、心配したんやで〜? いっぱい、いーっぱい心配したんだから」

 セルフィたちにとって、こちらの時間ではほんの数日の出来事だった。
 それでも、彼女は恐ろしかった。
 スコールが消えた。
 連れのフィールも一緒に消えて、探索に出したアーヴァインも消えてしまった。
 今最愛の人間が。

 エルお姉ちゃんの能力のおかげで連絡も付いた。
 生きていることは分った。
 いつか帰って来るだろう事もわかった。
 帰ってこようとしていることも分った。

 それでも恐ろしかった。

 もう喪失は体験したくなかった。

「なあアーヴィン。帰ってきてくれて、ほんまにアリガト」

 彼の眠るリネンの端を握り締めてうつむきながら、セルフィはそう告げた。
 起きていないからこそ言えた、本音だった。









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