アッシュの場合




 外郭降下の混乱から治世も安定してきて、その頃に俺は王位を継いだ。
 婚姻を結んだナタリアとの間には、俺のような紅い髪をした子どもと、ルークのような朱金の髪をした子どもが一人ずつ生まれた。
 ルークのような、と言うよりは、俺とナタリアの髪の色が混じったような色だった。

 もちろん嬉しかった。
 アーヴァインが共に喜んでくれたことも、俺の喜びだった。

 ただ、いっそのことナタリアそっくりに生まれてきたなら、王家の紅い髪を至上とする主義を撤廃する一助にはなったかもしれないと残念がる思いがあるのも確かだった。

 血を守ることを悪いとは言わないが、血に縛られれば緩慢な滅びを呼び込む。

 時間を掛けて、少しずつ権利を王家と貴族から民に返すように政治の形を作っていた。
 ナタリアの人望と、キムラスカ筆頭貴族であるファブレを継いだ俺のレプリカ――ルークの助力とを得て、万事順調とは言わないがそれなりの事は出来たと思う。




 そんなあるとき。




 気がついたら俺はタルタロスらしき陸上走行艦のブリッジの上にいた。
 びゅうびゅうと風が通り過ぎていき、赤い髪の毛が風に流れる。
 着ている服装はとっくの昔に脱ぎ捨てた筈の神託の盾騎士団のもの。
 一本の白髪も無い真紅の髪。
 となれば恐らく顔も若返っているのだろう。
 高いところに登っている、と言うものとは違う意味で視点が低い。

 普通は混乱するのだろう。
 いや、俺も混乱してはいた。
 だが、俺は奴等の引き起こす理不尽に慣れすぎてもいた。

 ある朝目が覚めたら全く違う場所にいるなんていうのは日常茶飯事。
 女性化させられたこともあったし、幼児にされたこともある。
 奴等は平気で空を飛ぶし、音素を使わない魔法を使う。
 そして謎の生き物を召還し広範囲を一度に殲滅し、その生き物たちと話す。

 アリエッタでも無いのに魔物や動物と意思を交わし、法外な効果を持つ道具を次々と作りだす。
 俺も、あいつらも、何度もそれに助けられた。

 そして俺は、奴等から時間の流れすら覆す、魔女と言う存在があることも、知らされていた。

 これが、この現象が魔女の手によるものか、と言えば否だろう。
 だが、俺は時間すらさかのぼることが有る、と言うこと事前に知らされていた。

 それだけで、ショックも違ってくる。

 そして奇しくも、以前の生で、あれほど行ないたがっていた自分殺しを、不本意ながら、実行してしまったようだった。

 昨日ベッドに入った中年を過ぎた自分との自己同一性はある。
 だが俺には、この体の俺であると言う昨日から繋がる今が無い。
 昨日まで、いや、俺がこの体を認識するまでここにいた俺は、アッシュは、一体何処へ行ったのか。
 俺の顕現と共に消滅して、しまったのか。

 笑うしかない。

 笑うしかない、と言えばもう一つ。
 俺の中で精神を擽るこいつ等の存在だ。

「何故お前たちがここにいる」
『ふむ。無生物である故に、主の精神に宿り共にここに現れたのだろう』

 応えたのは、たしかバハムートと呼ばれる精神の獣。
 ガーディアンフォース、と奴等が呼んでいた。

「そして制御装置だけは未来に置き去りか。はた迷惑な」
『そう邪険にするものではない、主よ』
「ふん。認められて居るかどうかも怪しいものじゃないのか。それに、俺はSeedではない」
『Seedだから我等を使うのではなく、我等を使うモノたちをSeedと呼んだまでの事。それに、忘れたか? Seed達の言葉を』

 言われて、思い出す。
 あいつが言っていた言葉。
 俺にとっても誇らしかった事。




誰も、その名前を知らなくても、誇りを持って名乗ればいいんだ。
愛する人と、守りたいものが有る君は、もう立派にガーデンの戦士だ。
誇り高いガーデンのSeedだ!!




 GFを借りた前夜に聞いた言葉だった。
 そしてGF、彼らに興味を示した俺にあいつは記憶障害を制御するバンクルと、一体のGF貸し与えた。
 初心者にいきなりジャンクションしているGFを全て渡すと負担になるから、とのことだった。

 本当ならその日の晩には返す予定だったのだが――三日後に帰ると伝言を残して消えた奴と、残された俺とこいつ。
 ジャンクションしたまま眠れば、これだ。

『主はそういうが、我は汝を認めている』

 言われて押し黙る。
 認められて、か。
 昔はその言葉が欲しくてたまらない時期もあった。

『人の時間を外れ、歴史にすら手を出さんとするあやつらは、ハインよりもなお異端であろう。そのあやつらの心を人の世界に繋ぎとめる錨となったのだ。誇れ』
「ここにも、あいつらは居るのか?」
『さて、少ない可能性だ。居たとしても、お主の知る奴ではないだろう』

 幾つもの、渡り歩いた可能性世界の話を面白おかしく話して聞かせてくれたあいつ。
 子ども達も、あいつの話が聞きたくて、あいつが来るのをいつも楽しみにしていた。
 無限の可能性世界。
 そこにあって、俺があいつと遇ったことこそ、奇跡の確率か。

『我は汝に力を貸すことを今更惜しみはしない。だが、気をつけることだ。使いすぎれば記憶をなくすぞ』
「どれくらい使える」
『我は人と暮らして長い。あのバンクルが無くてもそれほど記憶の領域を圧迫することは無いだろう。バンクルを渡したのも保険程度の意味合い。奴等のように異常な数のGFをジャンクションすることが無ければ、ほとんど問題はない。日常の物忘れが多少酷くなる程度』
「……」

 そういえば、叔父上が最近ボケが激しくなってきていた事を思い出した。

「俺の代わりにお前が覚えていればいい」
『くっくっくっ、記憶障害の要因に記憶することを要求するとは豪胆な男だ。奴等とてそのようなこと言いはしなかったぞ』

 楽しそうに笑うGF。
 その声が脳髄をくすぐる。

 もともとの俺は、どうなったのだろうか。
 生きているのか、死んでいるのか。
 可能性の分岐であるなら、あちらでも何事も無く目覚めた俺が居るのかもしれない。

『それよりも、足元を見てみることだ』

 言われて眼差しを足元に向ければ翻る朱が。
 あれは恐らく俺の、レプリカ。

 混乱していないと思っていた。
 だが、これに気が付けなかった辺り、俺は自分で思う以上に混乱していたのだろう。
 何処のクズか知らないが、倒れた兵士の兜を剥いで、のん気に顔に落書きなんてしていやがる。
 随分と図太くなりやがったもんだ。飛び出していくのも面倒になって俺は座り込んで頬杖をついた。

 そして風に流されながら微かに聞こえてくるあいつの独り言が。


「アッシュ来ないなー。そろそろ降りて来るはずなんだけど……。あ!! そうか。俺、前はここで騒動起こしてこの人殺しちゃったから……か。騒いでたからアッシュも気付いたのかな。でもなぁ、アッシュには会いたいけどやっぱ、殺したくないしなー」


 叫べば落ちてくるかな、だと?

 こいつ、本当に何処から来やがった屑だ?









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