アニスの場合




 ルークは帰ってこなかった。





 イオン様は私の裏切りが殺した。
 助けたフローリアンも、私たちが間に合わなかったから、詠まれた預言に納得しなかったモースに何度も譜石を詠むことを強制されて、その時は助かったけど結局あの戦いの一年後には衰弱して消えてしまった。
 アッシュはエルドラントで死んだ。
 ルークは帰ってこなかった。




 二年たって、ルークの――英雄の墓がバチカルに建てられた。
 ルークの墓であり、アッシュの墓でもあった。
 二人居た英雄は、一人しか居なかったことにされてしまった。
 私たちは誰もそれを見に行かなかった。
 それが二年目。

 三年目にはガイが居なくなってた。
 どこに居るのか誰も知らない。
 もともと六神将だったから、どっちの国にも居辛かったのかもしれない。

 ナタリアは次の王になるためにがんばっているけど、それでも結局いつかは紅い髪をした王家の傍系の血を引く人間と結婚させられるだろう。
 ナタリアの愛した人間は、どちらも帰ってこなかったから。

 それでもナタリアは言った。
 まだましな方だって。
 キムラスカとマルクトの親交を深めるため、とか言われてマルクトに嫁ぐことになるよりは。

 相手はきっとピオニー陛下か、大佐だろう。
 あの二人が居ないならどちらでも構わない、ううん、誰でも構わないのだとしても、マルクトに行ってしまえばキムラスカで深く真実を知る人間が失われてしまう。
 ファブレ公爵には他に子どもは居ないし、王家直系の血も絶えた。

 ナタリアがキムラスカで頑張らなかったら、キムラスカは利権に目のくらんだ貴族に玉座を奪われるだろう。
 ナタリアは頑張っている。
 ルークとアッシュが居た世界を、二人が命を賭けて守った世界をこれからも存続させるために。

 ティアはユリアシティで次の市長になるために頑張っている。
 マルクトとキムラスカの架け橋になり、人々の心を変えていくんだって。
 ユリアの末裔の名前も存分に使って頑張っている。

 毎日のようにお見合い話があるらしい。
 ローレライは音譜帯で、譜術はだんだんと効果が薄くなってきている。
 凄く今更だけど、ユリアの末裔の持つ意味は結構大きいらしい。
 でもティアは笑って言った。
 ユリアの血筋は、自分で最後だって。

 大佐は大将になった。
 死霊使いジェイド。
 高い階級を得て、名実共に皇帝の懐刀として活躍している。
 いつでも薄っすらとした笑みを浮かべているけど、大佐もルークが居た頃のようには笑わなくなった。

 苦笑も嘲笑も、本当の笑いも、会いに行くのも時々だけど、最近は見たことが無い。




 そして私はダアトで次の導師になるために頑張っている。




 導師殺しの最後の導師守護役フォンマスターガーディアン
 たくさんの人を欺いて、私の罪を隠して、いつか私は空席となっている導師の席に着く。
 その時には導師守護役は居ない。
 そして私は私の導師就任と共にダアトの知識を解放して、最後にはこの組織そのものを解体するつもりだった。




 預言はやがて消えるだろう。
 今は潜りの預言師も居るけど、そのうちに彼らも預言が読めなくなっていく。
 力の無い人間からだんだんと。
 譜術も一緒に消えていく。

 預言がなくなっても、宗教としての人の心の拠り所にはなるだろう。
 為れるだろう、ダアトは。
 心の拠り所としてのダアトまで壊すつもりは無かった。
 ただそれでも、今までのありかたをそのまま伝えていくことは出来ないと思った。
 預言を中心にしていたダアトから、その柱であった預言がなくなった。
 新しい柱を組み込むにしても、そのシステムは変わらなければ為らない。




 やれるだけのことをやっていこうと思った。
 やれないことはできるように為ろうと思った。
 多くの人たちが逝ってしまって、残されたのは彼らの居ない世界だけだった。

 だけど、彼等が世界を望んでいたから。
 世界のために逝ったことを知っているから。
 私はこの世界を捨てられない。










 気が付けば目の前にイオン様が居た。
 初めのころのように、柔らかくて曖昧な笑みを浮かべて私の顔をのぞきこんでいる。

「どうしましたか? アニス」

 それはこっちの台詞です、イオン様。
 どうしてあなたはここに居るんですか?
 私の見る幻ですか?
 罪悪感が見せる夢ですか?
 それともあなたはイオン様になるべく刷り込みをされた、新しいイオン様のレプリカですか?

 いろんなことを思ったのに、私の口は何も喋らなかった。
 後から思えばよかったんだろう。
 イオン様の前でレプリカ、とか口に出さなくて済んだし。

 訳がわからないけど私はとにかく泣いていた。
 声は出なかった。
 すすり泣きでもなかった。
 とにかくぼろぼろと涙だけがたくさん零れ落ちていった。

「ど、どうしたんですか? アニス。どこか痛い所でもあるんですか?」

 おろおろとイオン様が私を心配してくれている。
 もう、嘘でも幻でも何でも良かった。

「なんでもないですよ〜、イオン様v ちょ〜っと泣きたい気分になっちゃったみたいです、てへっvv」

 必死で涙を引っ込めて、昔の私のように振舞った。
 イオン様が居て、周囲の景色は地殻に沈んだはずのタルタロスの内部で、そして通路の向こう、イオン様の背中のほうには薄笑いを浮かべる大佐が居たから。
 昔の私はとても自然に引き出されていた。

 私は、やり直すことが出来るんだろうか。
 今度こそ、イオン様を守れるんだろうか。

 状況はよく分らない。
 けど、私がさっきまでの私じゃないことはすぐに分った。
 あまり成長の無かった私だけど、仲間たちの中では一番成長期だった私だ。
 自分の体の違いぐらいすぐに分った。
 それに何より着ている服は導師守護役の制服だった。
 もう着る事は無いと思っていた服だった。

 目の前に死んだはずの人間が居ることといい、今の自分の状況といい、私の脳裏に有る可能性が浮かぶ。
 意識だけが過去に戻ることにも似ている。
 そしてこの体に居たもともとのアニスはどこに行ったのか。
 私がここに来ることで、消してしまったのかもしれない。

 それでも、これからイオン様を守れる可能性があるなら、別に構わない。
 裏切り者のアニス一人くらい。
 私はずっと闘いの中に身を置いてきた。
 モースに拾われて神託の盾騎士団に入って、後からは導師守護役として。
 いまさら、殺した人間が一人増えるくらいのこと。
 それがアニスなら、自分だというのなら、ここの彼女がまだイオン様を殺していなくても、罪とは思えなかった。

 残ったのが自分殺しを成し遂げた馬鹿な自分でも。
 今なら、イオン様が生きている今なら、未来を知っている私なら、イオン様を救えるかもしれない。




 私はこのとき気付いていなかった。
 そこに居た大佐の笑みの意味に。

 そしてやっぱり大佐は腹黒かった。









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