ナタリアの場合
気が付けば私はそこに居た。
あの戦いの後二年がたち、ルークが帰ってきたと思ったのもつかの間、ルークは――私たちの前から去りました。
結局私は彼に、ルークとも、そしてアッシュとも呼びかけることは出来なかった。
彼はどちらのようでもあり、どちらのようでもない曖昧な笑みを浮かべていて。
ですがそれは――憤怒のようにもみえましたわ。
そして絶望のようにも、見えました。
彼が去ったとしても、私のするべきことが無くなった訳ではありません。
彼等が命を賭して存続させたこの世界を先へつなげていく義務が、私たちにはあった。
現実はより厳しいものと為りましたが、私は多くの協力を得ることが出来た、幸いな人間でした。
父王はもちろんのこと、ファブレ公爵をはじめとしたいくつか筆頭貴族からも援助を受けることが出来ました。
そして何よりも強い民の声援こそが、私の励みでありました。
お見合いの話も出ていましたが、私はそれを全て、断りました。
恋愛をせねば結ばれないと思うほどもう子どもではなかった。
一つでも多くの、そして後ろ盾を得るのにも、婚姻は有効な手段ではあった。
それでも、もはや私は誰とも結ばれるつもりはありませんでした。
その方が良いのでしょう。
そもそも王家の血を継がぬ身。
薄まった血は私の子どもにキムラスカの至上である紅玉の髪を約束しては下さらないでしょうから。
そうである故に、後に混乱を残さぬように王家やファブレからするなら傍流となるけれど、確かな血を継いでいるものを後継に指名しました。
けれど、やがて王家は緩慢に滅びていくのでしょう。
シュザンヌ叔母様は体が弱くもうお子は望めませんし、ファブレ公爵も近頃は浮いた噂の一つも聞かれない。
お父様も。
辺りを見渡せば、私の髪の色を貶めていたような者たちだって、すでにアッシュのような鮮烈な紅はもちろん、ルークのような朱金の髪すら持っていないような者たちばかり。
玉座の後継は血の証である紅の髪を持つ者を至上とする、と言う一文が消えるのは、私の何代後の事になるのか。
意外とすぐに来るのかもしれませんわ。
血と、色と共に歴史を支えてきたカリスマを失って、キムラスカはいずれ消えるのかもしれません。
決してそれを望むわけでは無いのです。
それでも、広い外の世界を見て回った私の目には、この狭いキムラスカの上層部で、貴族を気取り血に胡坐をかく人々の末は、見えたような気がいたしました。
たとえそのようなことに為っても。
世界諸共人が滅び行く争いを生まぬようにと、後世にそのための基盤を作り行くことこそが私の使命。
そう思った、矢先のことでした。
気が付けば、王城の回廊に突っ立っていた。
おかしい。
昨夜はきちんとベッドで眠ったはずなのに、何故いきなり王城の回廊にいるのか。
しかも、きちんと隙無くドレスを纏い、髪にも櫛が通してある。
これだけの事をされて、目が覚め無い筈が無い。
あの戦い以降、玉座を目指すに当たって、味方も得ましたが当然の如く敵も作りました。
王家の血を一滴も継がない、卑しい血筋の私を玉座に座らせることを拒み、過激な手段に訴えられることも度々ありました。
それを潜り抜けた私が、これほどのことに気が付かなかったと?
眩暈がするような心地がした。
「どうかなされましたか? 姫様」
「……ばあや?」
すでに死んだはずの人間が目の前に居た。
「随分と長いこと回廊に留まっておいでのようでしたが、どうかなされましたか?」
「いいえ……いいえ、なんでもないのよばあや」
なんでもない、なんでもないと、そう答えるのが精一杯だった。
「それならよろしいのですが……。先ほどの知らせに姫様がショックを受けていないかと城の者は皆案じております」
「先ほどの――知らせ?」
「ファブレのお屋敷が謎の襲撃者に遇い、ルーク様が襲撃者共々居なくなってしまわれた、と……。姫様はお聞きになられておりませんでしたか?」
数瞬、私は言葉をなくした。
「ごめんなさい、ばあや。私、少し気分が悪いの」
即位の後から使い始めた以前の父上の部屋に行きそうになって、あわててすでに引き払ったはずの自室へ駆けた。
今なら、それが正しいはずだと信じて。
そして、予感は的中する。
そこは懐かしさすら覚える私の部屋だった。
気分が悪いからといって臥せる振りをして、人を遠ざけた。
カレンダーの日付はルークがティアと共に居なくなったその日のもの。
「ルーク……アッシュ……」
臥せて名を呟いた。
私の愛しい従兄弟たちの名を。
何故、どうして、ここにこうしているのか分らない。
全く未熟な体に、無知な環境。
まるで昔の私のような。
いいえ、昔の私そのもの。
訓練ばかりを知り、視察程度で外の世界を知った気になって、守られていた事も知らずに実戦に飛び出して行った、行くことができた私が居た場所。
唐突に気が付いた。
これが愚かな自分殺しであることに。
二度と会えないと思っていた人々に出会えたことに、考えることを放棄して舞い上がった己に嫌悪した。
それでも、それでも舞い上がる心を留められない。
ルークに会えるかもしれない。
アッシュに会えるかもしれない。
たとえ、あの時呼びかけることも出来ずに去ってしまった彼だとしても、今度こそ私は躊躇い無く呼んでみせる。
今すぐにでも飛び出していきたかった。
それを堪えたのはただすれ違うことを恐れたのと――父上も、ばあやも、心配のあまり伏せたシュザンヌ叔母様も全て、大切だったと改めて気が付いたために。
それでもお父様を押し切って、ルークが帰還する日には何とか謁見の間でルークたちを待つことが出来た。
もうこれ以上、待つことなんて、出来ませんでしたわ。
やがて騒動が近づいてくる。
聞こえるのは涙が出るほど懐かしい――ルークの声。
扉が開かれ、彼の姿が見えたとき、私は思わず彼の名を呟いていました。
「ルーク……」
「ナタリア?」
とっさに振り返り、私の名を呼ぶルーク。
髪は長く、以前のルークと変わらないようでしたが、親善大使の任を受けたときのような傍若無人なそぶりは無く、まるで扉を破るように入室したことに決まりが悪そうにしていた。
まさか、と。
まさか彼も?
そう思って、すぐに希望を打ち消した。
だって、彼らは彼になって帰ってきた。
彼だったらな、こうまでもルークであることなどありえない。
まして彼だったなら、アッシュはどうなるのかと。
「まさか、ナタリアもか!?」
驚愕に目を見開いたルークの言葉に、私は確信を得ました。
彼は違うと。
けれど間違いなく――ルークであると。
自然と零れ落ちた涙にあわてるルーク。
ああ、どうして私の涙は止まらないのでしょうか。
「ああ、もうほら、泣くなって! みんないるんだしさ。……まあ、みんな違うところから来たらしいんだけどさ」
照れくさそうなルークに言われて初めて周囲に意識を配ることができた。
ジェイド、アニス、ガイ……。
以前はあんなに身分違いだからと登城する事を拒んでいたのに。
ティア、それに――導師イオン。
「久しぶりですねぇ」と聞こえた言葉に破顔して、私の涙は引っ込んだ。
戻る
TOP