ルークの場合




 ローレライの解放と共に立ち上る光。
 腕の中に落ちてきたアッシュ。
 何時まで触れていても伝わってこないぬくもりが、その冷たさが悲しかった。

 生きるって、約束したのに。
 死んじまうなよな、バカアッシュ。

 みんなにも帰るって、約束したのに、全然帰れる気がしていなかった。
 ゴメンな、皆。
 帰りたかった。
 またみんなと会いたかった。
 馬鹿な話をして、じゃれあって、ジェイドに嫌味を言われて。
 帰る、なんて言って置きながらさ、一番それを信じてなかったのって、俺かもしれない。

 一人で消えていくのは怖いと思っていた。
 ぎゅっとアッシュを受け止めた腕に力を篭めた。
 一人じゃない。
 俺は一人じゃない。

 錯覚だとしても、そう思えるだけで耐えられた。




 気が付いたら、俺はやわらかいベッドの上で寝ていた。
 何の冗談だ?
 ローレライの悪戯か? って、そう思った。
 そうじゃないって言うのもすぐに分ったけど。

 抱えていたはずのアッシュが居ないことがとても心細かった。

 そこで俺は本当に七歳児だった。
 レプリカ作製装置じゃなくて、ちゃんと母上の体内から生まれて七年だった。
 何の冗談だ?
 数日疑問に思っていたけど開き直った。
 考えても仕方がねぇ。
 唯一つはっきりしていた事がある。




 俺が――――みんなのところに帰り損ねた、ってことだった。




 まあ実際に生きていた年数も七年だったわけだけど、やっぱりこっちにきてもここで七年育ったはずの“ルーク”の記憶は俺の中には無くて、ジェイドも居ないから聴くことも出来なかった。
 ここで七歳になるまで、あそこで生きていた十七歳の体を持っていた俺がベッドの上で目覚めるまで生きていたはずのルークがどこにいってしまったのか。

 俺とは違う、ちゃんと母上から生まれたルークの存在を俺が奪って誰にも知られないまま――殺してしまったのかと思うと、胸が痛んだ。

 七歳の体は思うように動かなくて色々苦労したけど、これが幼いって事なのかぁ、って実感していたりした。
 そして何より驚いたのが、ここではアッシュが――兄上だった。

 十歳年上の兄だった。

 ナタリアと婚約していて、第三位王位継承者で、バリバリ公務をこなしていた。
 相変わらず愛想のあるほうじゃないし、公務だといって出かけるときには眉間の皺は標準装備だし、そんなアッシュが自然な仕草で俺の頭をなでたときには信じられなくて凍りついた。
 俺はこんなアッシュ知らなかった。

 俺が俺として目が覚めてから、行動を不審がられていたんだけど、頭をなでられたことに調子に乗ってアッシュの周りをちょろちょろしだしたらそんなことも無くなった。
 つまり、俺が目が覚める前の“ルーク”はアッシュが大好きだったんだろう。

 俺は、アッシュからまたアッシュのことが大好きな弟を、奪ってしまった、のか――。

 頭をなでてもらうのは気持ちよかった。
 嬉しかった。
 体が小さかったからあまり抵抗なく受け入れられたんだと思う。
 幾らアッシュが兄上でも、十七歳の体のときに同じことをされたらそのときから喧嘩だ喧嘩。

 俺はアッシュから弟を奪ったことを悪いと思いながらも、兄上がいることがあんまり嬉しくて、大きな手に頭をなでられる未知の感覚がくすぐったくて、悪いって思いながらもそれを享受し続けていた。

 俺が十歳になった時だから兄上――アッシュが二十歳になった時だった。
 盛大に祝われた生誕パーティーのあとで、塞いでいた俺のところにアッシュが来た。

 たださ、俺たちが迎えられなかった二十歳の誕生日って奴をみて、感極まっていただけなんだけどさ。
 普段は禁止されているお酒が今日は特別な日ってことで少しだけ分けてもらえたんだ。
 俺は酔っていた。

 そして俺は、俺がアッシュの弟の“ルーク”じゃないことを話してしまった。
 言った後から正気に返って、どう返事が来るかってドキドキしながらアッシュの事を見ていたら、やがて静かにアッシュは言った。




「何処の誰でも、お前はルークだ」




 飛びついてしがみ付いたら、わざわざ手袋を脱いで俺の頭に手を触れた。
 髪の中に指をもぐりこませて柔らかく宥めるようにしてくる。
 誘拐さえされなければ、俺がアッシュの居場所を奪うことさえなければ、仏頂面をしていてもこんな優しい仕草が自然に出てくる人間だったんだって、思うとアッシュの事が誇らしくて嬉しくて、そして悲しかった。









 それからまた七年くらい経って、これで心身ともに十七歳だな!
 って、鼻息荒くもう誰にも子どもだって言わせないぞって気合を入れていた頃だった。

 気が付けば俺はセレニアの淡い光に包まれてぶっ倒れていた。

 またかよ。
 何の悪戯だよ。
 あの幸せだった日々が俺の望みが見せた妄想だったんじゃないかって思えてきた。
 そうだとしても、俺はアッシュがくれた言葉を忘れない。
 優しい手のひらを忘れない。
 エルドラントでも、俺とアッシュは認め合うことが出来たんだから。
 夢でも、それだけは捨てない。

 俺の運命の転換点には必ず咲いていた――様な気がするセレニアの花。
 綺麗だし、好きだったけど、今はその中途半端か光がたまらなく憎かった。

 かさり、と草を踏み分けてやってくる髪の長い人影を見て、俺は嗚咽を堪えた。

 ティア。
 ティアだ。

 ティア、ティア、ティア!!

 会いたかった。
 会いたかった。
 会いたかったんだ。

 俺、みんなとの約束守れたのかな。
 ちゃんと帰ってこれたのかな。

「良かった。無事みたいね。ごめんなさいルーク。私のせいで大変なことになってしまって」
「へ?」
「ここ……どこかしら。かなりの勢いで飛ばされたけど……。プラネットストームに巻き込まれたのかと思ったぐらい……」
「あ……な、何言って――」
「ごめんなさい! 私はティア。あなたはルークで間違いないわよね?」

 心臓がぎゅっと固まったような気がした。

「ティ……ア?」
「ええ、そうよ」
「はっ、はは……っ。なんだよ、今更自己紹介って……」

 堪えた嗚咽が絶望になって胃の腑から上ってくるようだった。

「……ルー、ク?」
「嘘、だろ……? なぁ、ティア。ティア――嘘だって、言ってくれよ……」

 目を見開いたティアの喉が震えた。
 その喉が綺麗な声を紡ぎだす。

「……ルーク? もしかしてあなた、ルークなの!!」




 今度こそ、俺は泣いた。
 帰ってこれたのかと、思った。
 夢中になって話をすり合わせているうちに、少しずつ何かが違うことが分って、ティアは俺の知っているティアじゃないことが分った。
 けど、それはティアにとっても同じことなんだろう。

 ユリアシティを出る日の自室のベッドの中で気が付いたって言うティア。
 もう一度公爵邸を襲撃するのかどうか迷ったらしいけど、時間が無かったからとりあえずもう一度襲撃したらしい。
 すげえ。
 全部知っていても、新兵であるティアと主席総長であるヴァンとでは発言の重さが違う。何を言ってもどうせもみ消されるだろうって思ったらしい。
 今の俺は俺だからやすやす死んでやる気は無いけど、あの頃の俺なら何も知らないままアクゼリュスで死んだかもしれない。
 自分が罪を負っても、バチカルに帰還するまでの僅かの間にルークに何かしらの影響を与えることはできないだろうかと思った末の襲撃だったらしい。
 ほんと、ティアってばすげえ。




 ごめん。
 ごめんルーク。

 俺の知らないルークたちを、俺は二人も――殺してしまった。

 それでも俺は……嬉しかったんだ。
 もう一度ティアに会えたことが。
 俺の知らないティアでも、ティアはティアだった。

 またガイに会える。
 ナタリアに会える。
 アニスに会える。
 ジェイドに会える。
 イオンに会える。
 ミュウにも……会える。

 そして――アッシュにも。
 今なら、この時なら、アッシュはまだ生きている!

 開き直りが肝心だと思うことにして、俺は気合を入れて渓谷を下った。
 ちょっと長く話しすぎた気がする。
 急いで降りないと、馬車に乗りそびれることになっちまうからな。









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