それぞれの自分殺し




「てめぇ、何考えてやがる! あぶねぇだろうが!!」

 あわや一歩間違えば串刺しである。
 それに刺されるほど鈍くは無いが、自分でなければ怪我をしていた可能性もある事を思えばまずはいさめておくのが筋だろう。
 次がないように自分のためにも誰かのためにも。

「この、離せルーク!」
「アッシュ〜〜」
「それしか言えねぇのかこのクズが!!」

 がつん、と手加減無しでアッシュはルークの脳天に拳を振り下ろした。

「アッシュに屑って言われた〜〜」

 涙目になっているのはそのためだと思う。
 いや、とりあえずアッシュはそう思うことにした。

「わかった。わかったからルーク。いい加減にして、放すんだ」
「今度は兄上みたいだーー」

 怒鳴っても効果がないと思ったアッシュは、今度は感情を沈めて諭す方向に出てみた。
 押し付けてきて顔が見えないのをいいことに、あさっての方向を向きながらぽんぽんとルークの頭に手を置いた。
 ところが、だ。
 飛びついてきたルークの締め付けはなおの事強くなり、ぐりぐりと顔を服に押し付けてくる始末だ。
 ぎゅーぎゅーと腕に力をこめて締め上げる。
 幾ら鍛えているからと言っても相手だってそこそこ以上に筋力のある男である。
 本人に言わせれば感動なのかもしれないが受けるほうは格闘だ。
 そろそろ骨格が悲鳴を上げてきたのでアッシュはやはり容赦なくもう一度拳を振り上げた。

「いい加減にしろ!」
「いって〜〜、いて〜よ〜〜」
「情けない声を出すな! 痛いように殴ったんだ当たり前だ」
「ひでーよアッシュー……」
「ふん」

 腕を組むと、付き合ってられないとばかりに顔を逸らした。
 その気持ちが少し分ったジェイドだった。

 兄上みたいだ〜、などと言っていたが、体格はほぼ同一だ。
 中身はともかく見た目が完全に同一なら撫ぜる手よりも殴る手が出る。
 若さに引き摺られているな、と内心でアッシュは溜息をついた。

 そしてふと、アッシュは思い出していた。
 エルドラントで和解し、ルークと共にバチカルへ帰った後は、年としては相応なのかもしれないが、外見からは不相応な甘えた行動が出るようになっていたな、と。
 甘えることを知り、愛情をねだってもいいのだと知った後はだんだんとそういったことも無くなった。
 弟のように思うことはあったが、兄と呼ばれたことも、弟とも呼んだ事は無かった。
 そのうちに何時の間にかルークも思い人と結ばれて、死ねば何も残せないはずだったレプリカが、死んでも残る何かを残した。
 ルークの子は朱金の髪を継がなかったが、芽吹きの新緑のような瞳はよく似ていた、と思い出してふと表情がほころんだ。

「お前は……」

 呼吸を取り戻したリグレットが、呆然とそのやり取りを見ていた。
 どう見てもじゃれ付いてくるレプリカを、適当にあしらっていると言うアッシュの姿を。

 声を出しはしたが、続きが見つからない様子のリグレットをアッシュが促した。

「どうした」
「お前は、己の居場所を奪ったレプリカがにくかったのではないのか」
「命は生まれる場所を選べない。と、言ったやつがいる。俺もそう思う」
「あんた、レプリカを憎んでないって言うの? アッシュ……偽者の焔にすべてを奪われた聖なる焔の燃え滓のあんたが!」

 声を戦慄かせてシンクが叫ぶ。
 だがそれにもアッシュは一瞥を与え、考えるまでも無いと答えた。

「そうだな」
「なんで、どうしてさ! 聖なる焔の燃えカス。レプリカに居場所を奪われた被験者。ただ利用されるだけの、愚かな」
「シンク!!」
「どうして! あんたはそんな悟ったような顔をしているのさ!!」

 リグレットがたしなめたが、それでもシンクは叫んだ。
 己の魂を引き裂くような、悲痛な叫び声が甲板に響く。

「あんたは、そうじゃなきゃならないのにっ!!」

 そんな顔をされては
 そんな言葉を言われては。
 そんな態度を見せられれば。

 その姿を見て、少しでも溜飲を下げていた自分が余りに憐れではないか。

 シンクは歯を噛み締めた。

「何でそんなことを決められなければならない」

 つーか。

「気にいらねぇ」

 カチンと来た。

「俺が何になるのかは俺が決める。そうだな。なら今は――アッシュ・キニアスだ」

 シンクはなおのこと表情をゆがめ、ルークはファブレを名乗ってくれない事を寂しく感じて表情を暗くした。

「シンク、私たちだけでも引くぞ!」

 アッシュの異能といい、今まで外の世界を知らなかったはずのレプリカがオリジナルを知っている事と言い、わからない事だらけだ。
 相手が何処まで、何を知っているのかももう推測がつかない。
 なにか。そう、何かとんでもない異常事態が起きているのだとそうリグレットは感じていた。

 他の六神将を残したままでも、自分たちだけでも離脱した方がいい。
 ヴァンへの報告も必要だ。
 そう判断して身を翻そうとしたリグレットに続くように身を翻そうとしたシンクたちの前に氷の塊――譜術アイシクルレインが落ちた。

「状況判断が遅い! 逃がすか!」
「っち、何時の間に詠唱を!」
「威力が落ちて高速詠唱の牽制くらいにしか使えねぇんだよ!!」

 いつの間にか取り落とし、床に突き刺さっていたルークの剣を引き抜くと、自分の剣と合わせて双剣を構えると走り出す。
 素早い。
 その動きにルークは驚き目を見開いた。

 基本の型にはアルバート流が見える。
 だが、どう見ても自分の知っているアルバート流ではない。
 ガイの使うシグムント派の技でもない。
 似ているが根本的に違う剣だった。

 アルバート流とは違う。
 だが、流れるように無駄を排して相手を惑わすようなその剣は、とても綺麗に見えた。

「すげー、アッシュかっこいいーー!!」

 兄への憧れをわりとそのまま持ち込んでいるルークの目はキラキラと輝いていた。

「綺麗、だな。あの剣」
「ええ。あんな戦い方見たこともないわ」
「彼は一体どういうところから来たのでしょうね。しかし、あの威力のアイシクルレインで威力が足りないと言いますか。高速詠唱、と言うものも興味がありますねぇ」

 ジェイドは感心したように呟いたが、ただ常識としている基準がずれてしまっているだけだ。

 アッシュがこちらの世界に来る前の話し、彼の世界では地表から音素が消えて行き、譜術の威力は格段に落ちた。
 子供たちの世代にアイシクルレインと言えば? と尋ねれば、グラスに入れる氷を作る譜術、と答えが返って来るだろう。
 攻撃手段としてはほぼ使えなくなった時にアッシュが考えたのが威力を考えずに音と韻を短縮した高速詠唱による牽制だった。

 当たっても怪我など有るわけも無いが異変は相手の動きを乱す。
 眼前に落ちれば視界に入る事でそれを警戒するだろう。
 そうしたならば他への注意が多少鈍る事になる。

 それと同じ感覚で高速詠唱で譜術を放ったところ、ここはまだ音素の溢れる大地であったためにアッシュの想像以上の威力が出たに過ぎない。
 アッシュ自身驚いていた。

 翻る剣がリグレットを弾き飛ばし、今度こそその意識を刈り取った。
 そのまま身を翻してシンクに迫り、振りかぶった剣をフェイクに足をかけて転ばせて、その上にのしかかるように動きを封じる。
 とん、とその首筋の床に二本の剣が交差して突き刺さった。
 少しでも動けば、命を失うだろう。
 シンクは完全に動きを封じられていた。

「っく……何のつもりさ」

 もがいた時に、ふいに刃が触れてシンクの首筋に紅い筋をつけた。

「何と言うつもりは無いが、まあ、気に食わなくは有るな。……おい、お前たちは何処から来た。いや、何を、何処まで知っている」

 シンクを上から睥睨して視線を逸らさないままに、ルークたちに問いかけた。
 彼等が何処までを知っているのか。
 あるいは何を知っているのか。
 その知識に重なるところはあるのか。

「あるいは――全てを、ですね」

 途中でぶった切ったが、聞くだけなら全てをルーアッシュから聞いているジェイドが答えた。
 ここに集う逆行者たちは、それぞれに違う結果を得たらしいが、その過程は非常に酷似している者が多い。

「意味深過ぎる。端的に言え」
「では言い換えましょう。私たちはシンクが何者であるのかを知っています」
「あの導師守護役のガキもか」
「ええ。現在確認したところでは私たちとアニスがそうですね」
「……煩い小動物が居ないようだが」
「森で平穏に暮らせるのなら、その方がいいのでしょう」
「そうか」
「結論を言うのなら、私たちは皆それぞれ違う場所から来ています」

 事情の理解できるものには通じるだろう。
 だが基本的な所を理解できていない人間には、意味深に感じ取れてもそこにこめられた真実の意味までは読み取れない程度に婉曲な言い回しだ。

「ところで貴方は、何処のどちらさまで?」

 薄笑いを浮かべたままのジェイドは、アッシュ・キニアスと名乗った男にそう尋ねた。

「お前たちは――お前たちの誰かはガーデンを知っているか? キリエ、アーヴァイン、フィール。この名前に覚えはないか」
「残念ですが、ありませんね」
「なら、俺も違うんだろうな」

 ふと、アッシュは考えた。
 自分は、いまSeedを名乗ってもいいのだろうか、と。
 以前にキニアスの名は名乗った事があった。
 だからだろう。いまするりとキニアスの姓が出てきたのは。
 だが、Seedはどうだろうか。

 かつてアッシュはSeedを名乗った事は無かった。
 Seedを名乗ることは許された。
 彼らからSeedであるべき教育は施された。
 何が無くてもまずは生き残る教育、戦い方、守り方、薬の作り方、取引の仕方、全てが及第点に至ったとは思えないが、Seedを名乗る事は、許された。
 だが、名乗った事は無い。
 あの世界では、自分は最後までSeedたちにとって庇護者だった。

 この世界にはどうやらSeedは居ないらしい。
 自分より先にこの世界に来ていたらしき奴等が知らなかった。
 そして逆行もどきを経験していない、生粋のこの世界で生きてきたシンクがそれらの何反応しなかったと言う事は、恐らくここにはいないということなのだろう。

 代行戦争屋から、守護者へと己の存在を変えていったと言うガーデン。
 Seedの教育は受けている。
 その上で守るものがあるのなら、自分はもうSeedだとアーヴァインは言った。
 真に受けても、いいのだろうか。

 アッシュが黙り込んだために沈黙が落ちた。
 辛うじて意識を保っていた兵士達も、うめき声が聞こえないところからするとほとんどのものは意識を落としたのだろう。
 シンクも自殺まではする気も無いようでおとなしい。
 というよりも、ふてくされているようだった。

「あの、アリエッタの事も、忘れないでほしいです」

 そこに、おどおどとした一つの声が入り込んだ。

「む、すまなかった。……どうした」

 首が飛びそうなほど力いっぱい人形を抱きしめて、上目遣いでチラチラと死霊使いを見ては怯えたように眼差しを逸らす事を繰りかえすアリエッタを不審に思うアッシュだったが、アリエッタはその問いかけにもビクリと身を振るわせただけで答えようとはしない。
 いや、答えられないのか。
 その様子ににこにこと胡散臭い笑みを浮かべたジェイドが一歩歩み出た。

「アッシュ。貴方は私たちの敵ですか」
「味方になれ、っていうんだったら最終的なことは分らないが、そいつの様子を見ている限りじゃとりあえず敵にはなら無いだろうな」
「そうですか。……ならば、構わないでしょう。アリエッタ。ヴァンへの離反を誓い、アッシュに従うのでしたら、かまいませんよ。貴方のご兄弟との面会はグランコクマで手筈を整えましょう」
「何があったんだ?」

 当然の疑問を発するアッシュに、ルークはかすかに青ざめて答えた。

「脅したんだよ……それでお」
「いい」
「んな!」
「なんとなく分ったからな」
「喋らせてくれよ〜〜」
「聞きたくねぇ」

 ろくな話は聞けないと判断したアッシュは一刀両断にルークの懇願を断ち切った。

「分りました、です。アリエッタはアッシュに従う、です」

 ヴァンに恩義は感じている。
 だがそれ以上に弱肉強食の真を知っている。
 それがアリエッタだった。
 おずおずと告げるアリエッタに、アッシュは虚空を仰いで舌打ちをした。
 その表情はあからさまに面倒ごとが増えたと語っている。

「それで、僕は何時までこのままなわけ?」

 不機嫌にシンクは声を上げた。

「あんた達何を知っているのさ。何がやりたいわけ?」
「何がしたいんだと思う」
「アッシュじゃないんだ知るわけないだろう」
「そうだな。だが俺も知らん」
「あんたバカ?」
「そうかもしれないな。――五番目のイオンレプリカ」

 告げたアッシュは屈みこむと手を伸ばし、シンクの仮面に触れた。
 それが剥がされる、と感じたシンクは抵抗を示すが、アッシュの素早い行動にただ首の傷を深めるに終わる。

 アリエッタの、息を呑む音が聞こえた。

 日差しの下に曝されるシンクの素顔。
 浮かべる表情こそ“イオン”と違う。
 だが、同じパーツで出来ている顔。

 日の光に曝されて、それはもうアリエッタにもごまかしを許さなかった。

 泣くか、叫ぶか、否定するか。
 そのどれかだろうと思われたアリエッタは、以外にもそのどの反応もしめす事無く唇を噛み締めていた。

 何か反応を示したならば、それがたとえどんな反応だろうと自由に動けなかろうと口だけでもその精神を叩き潰してやろうと構えていたシンクは肩透かしを食らう。




 オリジナルとレプリカの区別も付かなかったくせに。
 ニセモノだからいらないって? 本物と入れ替わっても気がつけもしなかったのに !
 本物が死んだのにも気がつかないでニセモノを呼んで、どの口で嘆くのさ!!




 言ってやろうと、思っていた。
 もっと、もっとたくさん、八つ当たりだと言われても傷つけてやろうと思っていた。
 気に入らない。
 気に入らない!

 イオンイオンイオン!

 何もかもが気に入らない!!




 アリエッタは何も語らなかった。
 人形を強く抱きしめ、顔をうつむかせて表情を見せない。
 泣いているわけでもないだろう。
 多少呼吸は速くなったようだが、震えているわけでもない。

 ライガが寄り添い、その頬をべろんとなめた。

 舌鋒を炸裂させようと構えていたシンクの表情を見ていたアッシュは、なおの事なにか気に食わない思いが募っていった。
 はっきりとしない。
 だが、気に食わない。

「気に入らねぇ。お前、いま何歳だ?」
「レプリカにそれを聞くの? はっ、ばかばかしい」
「そうだったな。たしか二年かそこらか」

 まだ、以前の世界の感覚を引き摺っているようだとアッシュは思った。

 向こうの世界において、エヴァーグリーンの名を得たシンクは彼らの愛情を一心に受けて育っただろう。
 少なからず斜めな愛情を、シンクの資質によって更に斜めに受け止めながら。
 それを見ていたためだろうか。
 今のシンクが非常に、気に入らない。
 いうなれば気に障る。

「木の股から生まれようが人の女の股から生まれようが、人の形で生まれたのならそのように生きるしかない。作られた命だと軽んずるつもりか。人など全て創られた命だろう。女の腹の中に居るうちは、嫌でも生殺与奪を握られる。生まれてさえもだ。自分が空っぽだと嘆くのか。はっ、何を当たり前のことをいってやがる。初めから満たされて生まれるものなど居るはずもない。生の意義を問うなら、哀れだな。そんなもの幻に過ぎない」
「哀れみなんかいらない」
「ほしくないならされないように生きてみろ」

 いままでシンクの動きを阻害していた剣を取り払い、挑発するように笑みを向けた。
 鈍く上半身を起こしたシンクの仮面の無い瞳と正面からぶつかる。

「だいたい、普通に生まれていりゃハイハイも出来るかどうか怪しい。そんな年の餓鬼が、どんな危機に面したところで剣を握るかって言うんだ」
「はぁ? あんた何言ってるのさ」
「言葉の意味すら知らないような餓鬼に、選択肢をなくして道を一本にしたうえで選んだと錯覚させるやり口。他のものを見えなくさせて、依存させる手口。生まれて数ヶ月の餓鬼が、自分はからっぽだぁ? ふっざけんな。んな当たり前のこと。必要とされるかされないかなんて理解しなくていいんだよ! 赤ん坊が何の理由をもって生きるってんだ。ふざけんなヴァンのやろう、お前もあんな洗脳もどきの手口に引っかかんな! いや、違うか……」

 結局は人が――オリジナルがシンクがシンクでいられる場所を奪ったから、生きるためにヴァンのところにいたのだろうか。
 赤子のように無心に、生きるために。
 シンクと同じ顔の持ち主は、世界にあって有名すぎた。

「……あんた、いい加減にしてくれない?」
「いいやしないな。まだまだ言い足りないぐらいだ。とりあえず呪われろヴァンデスデルカ。栄光を掴みそこなう髭眉毛」

 こうしてここにいると、かつての、ヴァンの手口に見事にひっかかりまくって、ルークほどではないものの、あの髭を心のよりどころとしていた、しようとしていた自分を思い出してむかっ腹が立つ。

「お前ほどごちゃごちゃ考えてるヤツのどこが空っぽなんだ。その胸の中に溜め込んでいる怒りや侮蔑はお前のものではないとでも言うつもりか」

 言ったら言ったで張っ倒す気満々だ。

「アッシュは……僕に、中身があると思う?」
「そんだけ自己主張できる奴の何処がカラッポなんだよ。空っぽの奴が、誰に八つ当たりなんてしようとする」

 アッシュは素直に有ると、いってやれない自分を少しだけ、嫌悪した。

「生まれて二年足らずで絶望たぁ何様だテメェ。カラッポを免罪符に自分を飾り立てて、まだ自分で生きてもいねぇくせしやがって。生まれた時点でお前の命だろうが。誰かの代用品なんてむなしいものに憎悪募らせてんじゃねょ」

 この台詞を聞いたなら、アニスなら大笑いするかもしれないとルークとティアは思った。
 代用品に憎悪を募らせる。
 それは彼らの知る昔のアッシュであり、このアッシュがここまで声を大にしてこの言葉を言い切るのなら、少なくともこのアッシュは、自分たちの知るアッシュよりも自分たちと、レプリカルークと友好な関係を築けたのかもしれないと思う。
 ただ過去の己を顧み忘れているだけと言う可能性もあるが。

 しかし同じ名前と存在でありながら共通の過去を持たないと言うのは殊更に不便だった。
 ふと気がつけば、自分の過去のあり方で話を進めてしまおうとする。
 自分の知る彼らと、彼らの知る自分とが違うということを忘れてしまいがちだった。

「餓鬼が、自分の人生決めちまおうなんて気が早いんだよ。ああっくそイライラする。誰だ? ああ誰だ? ルークといいイオンといいシンクといいどいつもこいつも年端のいかない餓鬼にばっかり押し付けやがって。誰だ? ああ、髭か。後で必ずぶっ飛ばす」

 若い体にはまだ少し違和感があるが、ついさっきリグレットとシンク相手に戦ったときにはなかなか思うとおりにいけたので、実力としても申し分ないだろう。

 上半身を起こした姿勢のまま立ち上がらないシンクにアッシュは手を差し伸べた。
 捕まらないようなら意識を刈り取ってでも連れて行く、とそう決めて。
 そんなあたりが奴等の流儀を引き継いだかと、懐かしさにほころぶ。

 ここのシンクとあちらのシンクは別人だ。
 そうだとして、ここのシンクをこのまま放置しておく事はアッシュには出来なかった。
 彼らと、ガーデンと共にいたシンクを知っているからだろう。

「来い、シンク」

 その時、アッシュの中で一つの意思が固まった。
 脳髄を擽るようなGFの意思が、自分の決意を後押ししているように感じられた。

「今の俺はアッシュ・キニアス。そしてガーデンの――Seedだ。そう有ることを自分で選んだ」
「ずるい……ずるいじゃないか。自分だけ、勝手に」
「俺だって簡単にこれを選べた訳じゃねぇ」
「なんでそんなに僕の事を気に掛けるのさ」
「お前の事を、案じている奴が居た。今は、居ないがな。……エヴァーグリーン」
「なんだよ、それ」
「ついてくるなら、今日からお前はシンク・エヴァーグリーンだ。他の誰の変わりでもない。シンク、お前と家族になりたがっていた奴の名だ」
「奇特な奴」
「違いない」

 シンクを養子にした奴そのものも、その周辺の奴等も全てが妙な奴等だったとアッシュは今でも思う。
 もう会えないことは悲しいが、もう奴等のハチャメチャな人為的事件に巻き込まれなくても済むと思うと僅かではあるが安堵するところがあることも事実だった。

「乗せられて、やるよ」

 アッシュの差し出した手を、シンクは掴んだ。

「シンク」
「なんだよ」
「浮かんで消える泡だって、無意味じゃない」

 蝶の羽ばたきが遠い地で竜巻となるのなら、浮かび上がる泡の波紋も津波にだって、なれる筈だ。
 波紋を浮かべてはじけて消える。
 その波が津波になろうとするのなら、その道は途轍もなく険しいものだろう。
 だが、不可能ではない。
 それをアッシュは疑わない。

 いつも彼等が言っていた、それがきっと無限の可能性、と言うものだと思う。
 無限の可能性なんんて本当は存在しなくて、常に示された狭い選択肢の中から選んできた。
 時にはその道は一本しかなく、選択の余地すらなくても、それでも進む事だけは選んできた。
 それが彼らの誇りであり、伝えられるアッシュの誇りだ。

 その果てに彼らは、無いならば作る――と、自分たちで選択の道を作る努力を始めた。

 無限の可能性なんて本当は存在しない。
 有るとしたなら、それは自分で作ったからだ。
 そして今も、新しい可能性を作っていく。







「シンク……」
「なんだよアリエッタ」

 アッシュの暴力的なまでに強い提案を受け入れ、その手を受け入れたシンクにアリエッタが呼びかけた。
 答えるシンクには、もう強い言葉を使うつもりはないようだった。

 振り返ったシンクの目に入ったのは、常に抱きしめていた人形を取り落としたアリエッタの姿だった。
 くたびれた奇妙な表情をしたヌイグルミがアリエッタの足元に転がっていた。

 無機質な瞳が空を仰いでいる。
 自分の役目の終わりを知るかのようにヌイグルミは物言わない。

「シンク……」
「だからなにさ」

 気短なシンクはアリエッタを促した。
 呼ぶばかりで何が言いたいのかわからないアリエッタにシンクの内心の苛立ちは募っていく。

「シンク」
「だから――」
「ごめんなさい!!」

 拳を握り締めて蒼白になり、搾り出すようにアリエッタは叫ぶ。

「……謝罪がほしいわけじゃないよ」
「イオンさまがイオン様じゃないの……わかってました。それでもイオン様はイオン様だったから」
「わけ分らないって」
「シンク」
「だから何?」
「あの……」
「さっさと言ってよね」
「これからも側に居ていいですか?」

 この言葉にシンクは沈黙した。
 どう言う意味だろうか。

 同僚として。
 イオンレプリカとして。
 それともシンク――シンク・エヴァーグリーンとして?

 深く考えそうになり、すぐにシンクは考える事を放棄した。
 面倒くさい。
 どんな形であれこれからも側に居たいと言うのなら、これからその行動によって真実を見極めればいい。
 アリエッタの、では無い。
 アリエッタの行動からシンクが決める真実だ。

「好きにすれば」

 そう言ってシンクはアリエッタに背を向けた。

 アリエッタは小さくこくんと頷いた。
 てけてけと兄弟であるライガのところに歩んでゆく。
 彼女は人形を拾わなかった。

 物言わぬものにすがる事を、やめたときだった。




「さて」

 と、そこに死霊使いの声が響いた。
 居たのは知っていたが、その存在をほぼ忘れていたと言っても過言ではない。
 きりがいいタイミングまで黙っていた事にはありがたいと思おう。
 だが、なんでもないことのはずなのにその胡散臭い笑みを見ていると妙に弱みを握られたような気分になる。

「切がいいところでお教えいただきたいのですが」
「なにをさ」
「この船に居るはずの、もう一人の導師イオンのレプリカである彼の居場所を、ですね」
「自分で探したら?」
「いちいち探すのは面倒ですからね。タルタロスは以外と広いんです。それに、下級兵士達には貴方の顔があるとやりやすい。六神将烈風のシンク。先ほど改名したようですが」

 まあそれはアッシュでも構いませんが、と。

「っち」
「彼がどう思おうと、私たちは彼に導師イオンとしての姿を求めなければなりません。彼はすでに導師イオンになってしまったのですから。そしてそれを受け入れてしまっている。そのなかで自分探しをするのは大変でしょう」
「何が言いたいの?」
「いえ。貴方は代役にもなれないごみである、と思った事があるでしょう」
「……」
「まあ、アッシュと似たような事を言うのかもしれませんが。貴方は幸いであるのかも知れません。導師イオンに、ならずに済んだのですから」




 始終つかみどころの無い胡散臭い笑みを浮かべたまま、ジェイドは言った。
 ただ眼差しだけは逸らす事無くシンクを見つめ続ける。

「ルーク、ティア。ここにいる兵士達を拘束して置いてください。特にリグレットは念入りにお願いしますよ。さて、ではご案内いただけますか?」









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