それぞれの自分殺し




 にっこりとしているのに逆らいがたい迫力のある表情で笑ったジェイドにルークはあえなく捕獲された。

「ジェ、ジェイド?」
「ええそうですよ〜? アニスも居ますし、イオン様も――居ます」

 捕獲され、人の耳の無い場所に連れて行かれたルークは単純に混乱のためだろう。
 少し逃げ腰になっていた。
 そのルークが沈黙した。
 僅かにうつむいて歯を噛み締める。

「今のあの方は、何も知りません。知らせる必要も無いでしょう。貴方がどこから来たルークか知りませんが、そういった反応をするということは貴方のいた場所ではイオン様は――」
「ああ……」
「そうですか」

 つい、と眼鏡に指を当てるジェイド。
 そしてふと何か引っかかるものを感じるルーク。

「俺のいた、場所では?」

 復唱してなおさら疑問を深めた。
 ジェイドがこのような言い回しで間違うとは思えない。
 なら意図が有るのだろうが、その言い回しはルークにとって信じがたい事だった。

「どうかしました?」
「なあ、ジェイドの居たところじゃイオンはどうしたんだ?」
「生きて居ましたが?」
「マジか!」
「ええ。私がここに来る直前の記憶でもまだ導師としてダアトに君臨していましたよ」
「マジ、かよ……」

 信じられない、といった面持ちでルークは呆然とジェイドを見上げた。
 心が震えた。
 イオンが、生きた世界がある?
 イオンが生きた未来がある!
 なら、もしかして、自分たちの行動次第ではここにいるイオンも――助けられるのでは。

 その眼差しを受けながらジェイドは少し考える仕草をすると、言った。

「ティアは居ますか?」
「あ? ああ、食い物買いに行くって」
「ティアの様子はどうでしたか?」

 問われてルークは僅かに考えた。
 ティアの様子? そしてはっと気がつく。
 ジェイドにしては婉曲に、遠まわしにティアもこの逆行もどきの自分殺しをしてやってきたのか、と。

「ああ……。俺の知るティアじゃなかったけど、ティアだった。ティアも――来ている」

 答えたルークの表情には、生気が戻っていた。

「貴方も、ティアもですか。これは都合がいい。どうやらアニスも私たちと同じようですよ?」
「アニスもか!」
「ええ。ただし、どうやら私が来た世界、ここから言うなら未来にも近い場所とはどうやら違う歴史を――結末を迎えた世界のようですがね」
「そう、なのか?」
「私はあなたも私と同じ世界から来たとは思っていませんよ」
「どうして分ったんだ?」
「もし同じ世界から来ていたのなら、あなたはたとえ私が何も知らない昔のままの私だったとしても、まず真っ先に頼って来たでしょう」
「ティアも、俺とは違う場所から来ていたんだ」
「ふむ」
「聞いて驚けよジェイド。ティア、な? ティアの居た世界じゃ俺とけっ」
「け?」
「結婚して、俺の子供生んだんだって」
「ほほう」

 納得した表情で頷くジェイドにルークの内心でむくむくとなにか納得のいかない感情がわきあがる。

「一大決心して話したのにどうして驚かないんだよ!」

 素直に叫べばジェイドは眼鏡のつるに指をあて、ルークにとっては何処か懐かしい腹黒い笑みを浮かべた。

「私の居たところでも、最終的にはあなたはティアと結ばれていましたから。まあいいんじゃありませんか?」
「な、なに!?」
「いやーはっはっは、めでたいですねぇ」
「ちょ、んな、はぁ!」

 混乱して奇声を上げるルークを、ジェイドは微笑ましく見つめた。
 そしてその襟首を捕まえて歩き出す。

「私とアニスとあなたとティア。あの旅のメンバーの四人がいずれかの平行世界の何処かの未来と思われる場所から来ています。これは他のメンバーも期待できそうですねぇ」
「師匠とか来ていたら、シャレになんねぇけどな」
「たとえヴァンも同じような体験をしていたとしても、今なら一捻りです」

 その場合、ヴァンも自分たちと同じように経験を重ね一筋縄ではいかなくなっているだろう。
 だが、それでも潰すと確信する。
 出来ないわけは無い。

「さあ行きますよ?」
「なっ、何処にだよ!」
「ローズ婦人に話をつけます。貴方はティアを見つけて伝えてください。明日の朝はチーグルの森へ行きます。今頃はイオン様が倉庫でチーグルの毛を見つけていることでしょう。今夜はエンゲーブで宿を取って下さい。夜に窺いますから。その間に私たちの世界の違いを知り、行動を決めます」

 行き先を告げた途端におとなしくなるルーク。
 おや? とジェイドは眉を跳ね上げた。
 何かまずいことを言っただろうか、と。
 不安になることはないが。

「どうしましたか? ルーク」

 振り返ればまたしても暗く落ち込んだルークがいた。
 つと記憶を探るジェイド。
 なにかチーグルの森に彼をこんな風にさせるような記憶があっただろうかと。
 だが思い当たるものは無い。
 尋ねようとした矢先に、先にルークが口を開いた。

「なあ、ジェイド……」
「なんですかルーク」
「ライガたち、何とかならないかな」

 そこまで言われたジェイドはやっと思い出した。
 彼自身は知らないことだが、過去事前情報としてルーアッシュに知らされていた、チーグルの森での出来事。
 ジェイドの歴史では回避した、違う形を取ったそれをルークは体験している。
 そしてそれに心を痛めていた。

 ふむ、と頷いてジェイドは捕まえていたルークの襟首を離す。
 そして暗く沈んだルークに正面から向き直った。
 その表情には不敵な笑みが浮かぶ。
 それを見たルークは訳も無く不安を掻き立てられた。

「な、なんだよジェイド」
「私はそれを知りません。ですが貴方が何を懸念しているのかは大体想像がつきました。安心してくださいルーク」
「はぁ?」

 きょとん、とルークは目を見開いた。
 更に笑みを深めると、ジェイドはルークに宣言した。

「私はライガの脅し方ぐらい百も承知です」

 力強く宣言してくれたが、その何か企んでいますと言い切る表情は懸念と引き換えになにかどっしりと重いものをルークに感じさせた。
 不穏な言葉におもわず頬が引き攣るルークだったが、それでも声を絞って彼は言った。

「あ、ああ。なんだかわからねぇけど頼りにしてるぜジェイド」







 翌日。

「はわー……」
「本当にやった……」

 その光景をルークはぽかんと口を開いてみているだけだった。
 アニスの感心したような呟きが聞こえてきたのを契機にやっと言葉を吐き出すことが出来た。
 ティアとイオンに至ってはまだ呆然としたまま現実に帰ってこない。
 それはもう見事な手腕だった。

 ジェイドは宣言どおり、ライガを脅した。
 はきはきと楽しそうに。
 むしろその手腕はもと居た世界の時よりも磨きがかかっていた。









 ジェイドは宣言どおり夜になってから、正確にはイオンが眠りについてからアニスを伴ってルークとティアの取った部屋に訪れた。
 そこで彼らはほぼ夜を徹して話し合うことによってそれぞれの世界のこのヴァンとローレライに絡む物語の結末を知った。

 他の仲間に比べると物語の深淵たるところを大分ショートカットして無理やり決着を付けたようなジェイドにとって、多くの終焉までの物語はまた有意義でもあった。
 ルーアッシュが、一応の決着が付いたと思った時にジェイドは起きるはずだった起きなかった事を細部にわたって聞いた上で納得がいくまで問い詰めたていたが、彼らから聞く物語はルーアッシュから聞いたそのどれとも違った。
 アニスの世界のガイが六神将であるというのはなかなか目新しいものだった。

 ルークにここのガイはどうなのかと尋ねてみたが、ルークが“ルーク”として気がついたのがタタル渓谷だとのことだったので、結局ここの世界のガイについての細部は分らなかった。
 だが、なかでも早くこの世界で目覚めたジェイドが集めた情報の範囲には、六神将ガイラルディアと言うのは居なかったので、ここでもそれなりに使用人をやっているのだろう。
 四人集まったが、ガイが六神将であった世界はのはアニス一人だった。
 可能性としては決して多くはないということなのだろう。

 ルークなどは二度目の世界も経験し、ここに至っては三度目となるが、彼等が一度目と認識する世界はどれもが、あるいは誰かしらが最終的に、大団円とは言いがたい結末を迎えているようだった。

 ふむ、ふむ、と頷きながら聞いていたジェイドだったが、聞くにつれて自分以外の自分が、多少羨ましくも感じていた。
 羨む、と言う感情を当てはめる事が正確なのかもわからなかったが、それに似ている感情ではあると思ったのでジェイドはとりあえず羨んでいるのだろうという事で己の中に決着を付けた。
 喪失は羨むべき事ではない。
 だが、喪失する事によって自分ではないジェイドたちは、自分が知らない感情を知った。
 それが、うらやましかった。

 ルーアッシュから話を聞いている時にはあまりピンと来なかった。
 だが、いまなら何故彼女が起こらなかった未来を話す時に、あんなにも申し訳なさそうに見えたのかが、判った気がした。
 彼女は、本来あるべき歴史の流れを断ち切ることにより、自分が感情を学べない事を是とはしなかったのだ。

 やっと理解を得て、ジェイドは苦笑した。
 何もそんな感情など感じることは無かったのに、と。
 確かに、彼らの話を聞く中で自分はその中に居るジェイド・カーティスを羨んだ。
 だが、自分の歴史では彼ら違うジェイド・カーティスが手に入れられなかったものを手に入れている。




 彼らの話を聞く上で判ったのは、やはりどこに行ってもヴァンの行動、目的はさして代わりがないということだった。
 何処の世界のヴァンデスデルカも、過去から未来までほとんど変わる事が無く、そしてまた救われもしない。
 そしてまた、もはや救われることを望んですら居ない。

 そうしてまた世界の敵になるのなら、叩き潰すしかないのだろう。
 切なげに溜息をついたルークが皆の印象に残っていた。

「ヴァンを敵に回すのは、嫌ですか?」

 答えを判っていて尋ねる自分を、ジェイドは少しだけ嫌った。

「ああ……。でも、止めなきゃならないなら、俺は戦う」
「私もよ。兄さんのことは愛しているわ。けれどこの世界を壊すというのなら私は兄さんを許さない。だってここには――」

 ティアは力強く言いかけて、ぽっと頬を染めると眼差しを彷徨わせた。

「あれあれ〜? ティアってば照れちゃってる〜〜?」

 切り分けたカマボコのようなヤラシイ目をしたアニスがティアをつつく。

「な、何言って、そんな……。あ、アニス!!」
「んもう、ティアったら〜」

 このこの〜〜、と実に楽しげにアニスはティアをからかった。

 好きな男と添い遂げて、その子供も得て、ティアは“母親”になったが、ここに来てはまるで乙女のようである。
 事情を知る既知に出会い、軽口を叩きながら会話をし、そして何より昔の体であるという事――毒を知らない軽がると自在になる若い身体であることが彼女の精神を引き落としたのだろう。
 それはジェイドにもいえることだった。

 譜眼の副作用によって蝕まれていた体が自在に動く。
 動かないよりは動く事の方が遥かに心も軽くなった。
 十五年かけて研究していた譜眼の制御の方法は当時の自分には間に合わなかったが、今ならば間に合うだろう。
 十五年後も、悪趣味な仮面は被らずに居られる自信が今の彼にはあった。

 ティア共々からかわれて真っ赤になってアニスに対抗していたルークだったが、ふと、正気に返ったように静かになった。
 興をそがれたアニスは、だが心配そうにルークの顔をのぞきこんだ。

「どうしたの? ルーク」
「いや……」
「溜め込んでないで言って見なさいよぅ。今ならアニスちゃんが特別大サービスで相談に乗ってあげちゃうよ?」

 相手が真剣だからこそ、少しふざけたような物言いで言いやすい雰囲気を作ろうとするアニス。
 時と場合によるが、今回は成功したようだった。
 もじょもじょと唇を動かしていたルークが、やがてぽそりと話しだした。

「俺、言ったと思うけど、ここで三度目の世界なんだ……」
「うんうん、聞いた聞いた」
「一度目は乖離して、死んじまうのかって思ったときに二度目の世界に行って、そこでも気がついたらこっちに居て……」
「不安、なのですか」
「……そうなのかな」
「ルーク」

 震える声でティアは名を呼ぶ。

「俺、分らないんだ。怖いんだ。ここで何かしても、また気が付けばどっか違う、似ている世界に居るんじゃないかって」

 怖いんだ――、と。
 うつむいたルークは呟いた。

「ルーク」
「……アニス?」

 今までとは違う、真剣な声音で呼びかけられて、ルークは顔を上げた。
 そこには怯みかねないほど強い意志の力を称えた茶色い瞳があった。

「ねえルーク。それ、私も分るよ。私も、最初に気が付いたときには今度こそイオン様を守れるってそれしか頭に無かった。でも時間がたって考えれば考えるほど怖くなったよ。私もルークと同じこと、考えた。一度あったなら、二度目もあるかもしれない。しかも目の前には三度目を経験しているルークが居るんだから。次が無いなんて言えないよ」
「アニス――」
「それでも、私はやめないよ。何度繰り返してもイオン様を守る。それに、どんな経緯があったとしても、今私が生きているここが私の世界だから」

 眼差しと言葉にルークは圧倒されるように目を見開いた。
 だがすぐに真剣だったアニスの表情がニタァ、と歪む。
 嫌な予感を覚えたときにはもう回避できないと昔は思っていたが、それは予感ではなく確信だったのではないかとルークは思った。

「ルークも〜〜、『俺は何度繰り返したってティアを守る!』ってくら言ってご覧よ〜〜」
「んな! ああ、アニス! ティアも、……ってティアも!!」

 反論の助成にティアを頼み込もうと振り返った先で頬を染めて照れているティアを見つけて立ち上がってアニスとティアを交互に指差す以外に言葉をなくすルークをここぞとばかりにアニスがからかう。

「だって〜、ティアってばルークの子供まで生んでくれたんでしょ? 女にとって子供を産むって言うのは命懸けなんだよ〜〜? 命を懸けてまでルークの子どもだからって産んでくれたんだよ? ティアは」
「それは嬉しい、嬉しいけど! お、俺は……」

 尻すぼみにごにょごにょと呟くだけになるルークに、アニスはこのくらいにしといてやるかと矛を納めた。
 ティアは一度ルークの子供を生んだ。
 つまりやる事はやったわけだが、ルークは一度目はエルドラントで、二度目の時にはやっと本当の十七歳になったばかり。
 その上ティアへの恋慕を引き摺っていたためにそういったことは無かったようだから、つまりはまだうぶなのだ。
 非常にからかい甲斐はあるが。




 そうして宿の主人に騒音を注意されるほどの有意義な一夜を過ごし――結果として彼らは夜明けを見た。
 もはやこれから眠るわけには行かない。
 もう少しすれば導師イオンが勝手に行動を始めるだろう。
 一人で行かせるような愚は侵さない。
 そうして眠たい頭を引き摺って彼らはライガと対峙したのだが――

「あ〜、大佐もやっぱり寝不足なのかな」
「なんか機嫌悪そうだよな」
「命も助かったのだし、多分良い結果だと思うのだけど……」
「なんかライガが憐れになってくるよ〜〜」
「みなさん? どうかしたんですか?」
「いい? いいえ〜イオン様、なんでもないですよ〜〜」

 こそこそと話しているところをイオンに問いかけられて、アニスは軽く誤魔化してへらりと力なく笑った。









 寝不足のまま特に騒動もなくタルタロスに乗り込んだ一行だった。
 彼らはイオンが呆気に取られるほど簡単に和平交渉を取り付け、ジェイドが前回の襲撃地点を予測した上で事前にタルタロスを停止、残った兵士も解散させた。
 助かるのなら、無駄に部下の命を散らせる事も無い。
 ジェイドにとっては今回も、アリエッタ対策はしてみたが、誰かが死なないとは言い切れない。

 目立つ目標であるタルタロスを放棄して昔と同じように自分たちは徒歩で進むというのも考えたが、ジェイドには欲しいものがあった。
 それは恐らくこの世界でもかぎとなる二人の焔を救うものだろう。
 どうせなら無料で手に入れたいところだった。

 そのために内部に残っている人員はイオンを含め、今回逆行もどきをしてきたパーティーメンバーだけとなる。
 ミュウミュウと始終鳴いていたみゅうも今回は居ないので気が付けば静かなものである。

 今回はライガクイーンに攻撃させる隙もなく交渉――もとい脅しにかかった事と、手っ取り早く話を通すためにミュウの事をジェイドが持ち歩いていたためにルークを主人と慕う事は無かった。

 ミュウはルークたちのように記憶を持って居なかった。
 その上ライガクイーンのところに行くまでの間中、ジェイドに非常食だの真っ先にライガクイーンへの供物にするだのと本気以外には見えないあの笑みで散々脅されてガタガタと震え、ただでさえ青い色をしているのがもう一回り深い青色になったような気さえした。

 その恐怖を忘れるまでソイルの樹にある住処の隅でガタガタと震えているのかと思うと憐れだった。
 だが、それさえ乗り越える事ができたなら――ミュは普通のチーグルとしてあの森で過ごしていく事になるだろう。
 それも一つの、幸せの形だろう。
 立ち直るまではとにかく、憐れだと思ったが。




 一体何が起きているのは付いていけなくて始終きょとんとしていたイオンにはアニスが柔らかく微笑みかける。

 彼女もまた昔の、懐かしい最も記憶の強いころの肉体に戻る事で感情も引き摺られているのか随分とそう――幼くなったが、だが全てが元通りと言うわけではない。
 精神はやはり見た目以上の歳月を経てきたものであり、多くの辛酸をなめ、そして決意を固めてきた精神がそこにはあった。

 どう言うものかと具体的に言うのなら、イオンのような若輩であり、なおかつその相手にある程度以上の信頼を置いているのなら、その言葉でころっと全てに何かしら実体の無い納得をしてしまうような類のものだ。
 力強さと言うか、その意志の力が、大丈夫だろう、と思わせてしまうのである。

 アニスの場合は本当にイオンの事を心底案じており、問題は無いのだが、この一騒動が終わったら間違いなくアニスは教団で陰の支配者として上り詰めていくだろうと仲間達に確信させた。
 そのためにやる事とできる事も、以前の世界、あるいは以前の生でアニスは知っていた。
 イオンにマイナスになるようなことはしないだろう。
 だがこれで確実に、モースが無事である保障は無くなった。

 イオンをつれてタルタロス内部の散策にでるアニスと、残る三人。
 風が強くなってきたので中に入ろうかと言うことになり、甲板から艦内に入った直後だった。
 扉越しにくぐもった何か音が聞こえた。
 ふと遠い、鳥の鳴き声を聞いたような気がした。

「鳥?」
「……いいえ、違うでしょう。恐らくはアリエッタの魔物」
「もう見つかったのかよ……」

 一応アリエッタに親の仇にされる事も無く、タルタロスの人員も全て避難済みで守るのは己と仲間たちのみと言うことにかなりの安堵を覚えるルークだった。
 仲間たちは皆強い。
 それぞれが違う世界から来ているのだとしても、それは間違いなく信じられた。
 ルークが知っているのはタタル渓谷から下る最中のティアのみに等しいが、もはや後衛と言うのもおこがましい腕力だった。
 いや、技術か。
 棍や杖などの刃の部分を持たない武器も時として剣などよりよほど恐ろしい事を見た。

「タルタロスは砲撃も出来ませんし、停止している事は不審に思われるでしょう。それで慎重になられては厄介です」
「とにかく、アニスと合流しましょう」
「そうだな。アニスはともかく、イオンが心配だ」
「ええ。急ぎましょう」

 こくり、と頷きあって彼らは船内へと駆け出した。
 アニス一人なら何も心配していない。
 だが守るべき者が居る中で、数を頼りに押されたならどうだろうか。
 それだけが心配だった。

 イオンにはいつかセフィロトのダアト式封咒を解咒してもらわなければならない。
 それならば神託の盾騎士団たちの手に落ちて連れて行かれるのも変わらないともいえたが――気に入らないものは気に入らないのだ。
 何より力ずくと言うのが気に入らない。

「おっと、そうはは行かんな」
「ラルゴ!!」

 バン! と激しい音を立てて扉が開かれた。
 その向こうから現れたのは漆黒の巨漢だ。
 たちまちの内に繰り出される死をもたらす漆黒の鎌を、ジェイドが取り出した槍で弾き飛ばした。
 狭い廊下とは言え、距離が出来る。
 緊張が走った。

 黒獅子ラルゴ。
 神託の盾騎士団六神将が一人。
 恐らくはアリエッタの魔物につれられてやってきたのだろう。
 あれほどの巨体も持ち上げられるのかとジェイドは魔物の力に改めて感心していた。

「さて、これは困りましたね」
「全然困ってるように見えねーっての」
「何か言いましたか? ルーク」
「……なにも」
「それはよろしい事です」
「大佐!」

 ティアの咎めるような響きに、改めて注意をラルゴに戻す。
 唇をゆがめて余裕のある表情で艦内に続く扉の前に立つラルゴ。
 ナタリアの実の父親だ。
 出来ることなら敵対したくは無い。
 だが、敵対するしかないのなら、二度とナタリアに手を下させたくは無いとも思っていた。

 望まぬ親殺しなど、一度で十分だ。

「どいていただければ嬉しいんですが」
「ふん。お前がマルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐。――いや、『死霊使いジェイド』」
「これはこれは。私も随分と有名になったものですね」
「戦乱の度に骸を漁るお前の噂、世界にあまねく轟いているようだな」
「あなたほどではありませんよ。神託の盾騎士団六神将『黒獅子ラルゴ』」

 かつての記憶に有るのとそっくり同じ会話をわざとなぞって、ジェイドは笑みを深めた。

「フ……。いずれ手合わせしたいと思っていたが、残念ながら今はイオン様を貰い受けるのが先だ」
「できるものならやってみろ。あるいは好きにしろ。どちらが良いですか?」
「むう?」

 予想外の答えにラルゴは唸った。
 できるものならやってみろ、であるならばまあ分らなくも無い。
 この艦から兵士を撤退させた理由でもあり、恐らくは自信なのだろう。
 計画が何処から漏れたのかが気になるところではあったが――なおさら分らないのは好きにしろ、と言うことだ。
 こればかりは理解しかねた。

「まあなんにせよ押し通りますが」
「この俺を、やすやす越えられると思わんことだ」
「侮っては居ませんよ」

 言葉を交わす間に、じり、とルークとティアが重心を移す。
 いつでも飛び出せるように。

 彼らはそれぞれ違う世界から、違う歴史を辿って来た。
 だが、それでも互いが持つ戦闘のリズムを知っていた。
 何処から来ようと、どれほどの時間を経ようと彼等が彼らである限り、それはかつて知っていたことだ。
 思い出すことは簡単だ。

「導師に使うつもりだったんだがな。死霊使いを自由にさせると厄介だ」

 とラルゴが逆の手を懐に入れたときだった。

「はぁ!」
「やぁ!」

 合図もなくジェイドの両脇に居た二人が飛び出した。

 剣を振るい上げるルークと短剣を投擲し、それを追う様に走り出すと錫杖を構えたティア。
 左右からの攻撃と、二人とはテンポをずらして走りこむジェイドの攻撃。
 幾らラルゴが歴戦の猛者であり、名を誇る六神将であろうとも記憶と経験を重ねてここにある彼らに適う道理は無かった。

 スピードタイプならばまた違ったかもしれない。
 シンク相手であればもう少し戦い難かっただろう。
 だが、ラルゴは典型的なパワーファイターだった。
 その外見も相まって、将として立つにはふさわしい人物だろう。
 だが、彼ら三人との相性は悪かった。

 そしてまた、彼はティアとルークを侮っても居た。
 屋敷から出たばかりの物知らずの坊ちゃんと、謡将の妹とは言えさしたる実戦も知らない後方支援担当、と。
 本当に注意を向けるべきは死霊使いですらなかったのだ。

「エナジーブラスト!」
「がぁっ!」

 詠唱の短い下級譜術をさらに早く短く詠唱し放つ。
 ほんの一瞬でいい。
 一瞬だけ動きを止められれば、それで十分事足りる。

「これで止めだ!」
「これで最後よ!」
「これで終わりです」

 片刃の剣を返して峰を持ってラルゴの首筋を穿つルーク。
 振り上げた錫上をラルゴの脳髄に振り落とすティア。
 そして最後にジェイドの槍の柄がラルゴの鳩尾に決まった。

「か、はっ――」

 極限まで見開かれたラルゴの目が、次の瞬間にはゆっくりと閉じられてゆく。
 その瞳はすでに焦点を失っていた。
 瞼が落ちきる前に体はどう、と重たい音を立てて床に倒れる。

「すばらしい杖術でしたね、ティア。この様子だと、目覚めても記憶障害が残るかもしれません」
「あ、ちょっと、強く打ちすぎたかしら……」
「ちょっとどころじゃねーと思うけど……」

 十年間アッシュと言う兄と平穏な環境で暮らしていた自分とは違うらしいとルークは冷や汗をかく。
 ティアは可愛らしく頬を染めて慌てているが、全く外見に見合わない威力だった。

「もしそうだとしても好都合です。命はあるようですし、かまいませんよ」

 ジェイドもジェイドで物騒な事を口にする。

「さて。ルーク、ちょっと手伝ってください」
「ああ。なんだジェイド」
「ラルゴをひっくり返すのを手伝ってください」
「めんどくせーし、置いていっても良いんじゃねーの? 奴等が見つけりゃ何とかするだろ」
「いえ。私は彼の懐に用意がありまして」
「ふところ?」
「ええ」

 怪訝そうな声を上げるルークを促して、ジェイドはラルゴの巨体を転がした。
 複雑な構造の服に手を突っ込んで目的の物を探し出す。

「男の服に手を突っ込んでも全く楽しくありませんが……見つけました」
「それ、封印術、か?」
「それをどうするんですか? 大佐。確かに敵の手に有るままであるよりはいいと思いますが……」
「そういえば、話していませんでしたね。もしこれが、ルークとアッシュ。貴方達二人の命運を握るとしたら、どうしますか?」

 真剣な面持ちでジェイドはルークにそう問いかけた。

「俺の――命運?」
「今は忘れてくださって結構ですよ。どうせ予算が取れなければただのゴミです」

 そう。
 一つでも全く効果が無いわけではないが、二つそろわなければ意味が無い。
 うまくやるつもりでは有るが、そこに絶対が無いのがこの世の中だ。
 自棄になられても困る、下手な希望であるなら持たせたくなかった。
 そもそもここでは検診できていないアッシュの状態にも寄る。
 まだ確信を持っていえることは一つもないのだ。

「本来なら捕縛しておきたいところですが、今はアニスのところに急ぎましょう」
「ああ」
「イオン様、無事でいらっしゃるでしょうか」

 ふぅ、と深い溜息が聞こえる。

「では、行きましょうか」

 こんどこそ、と。









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