とても悲しい物語。
また目が覚めた。
いい加減誰かに文句の一つも言ってやりたいが、犯人の最有力候補だったローレライが潔白らしいのは前回か前前回かとにかくあの音素意識集合体が何も知らないらしいことは分かっていたので誰に文句を言っていいのかもわからねぇ。
しかも今度は満足に剣も握れない体と来てやがる。
「ルーク坊ちゃま、おやつの時間でございます」
呼ばれても俺は答えられなかった。
さすがにこの頃は普段なんて返事をしていたかなんて覚えちゃいねぇ。
「ルーク坊ちゃま?」
「分かった。今行く」
無難に答えた俺の年齢は、多く見積もって3才程度に見えた。
実際後で確かめたところ2才と半年だった。
小さい。何もできねぇぞ。
木刀持って剣の稽古を始めてもあれか、あの微笑ましい笑顔、って奴で見られる年頃か?
冗談じゃねぇ。
だが、利用もできるか。
何をやっていても、何を聞いていても、子供のやる事、理解できてはいないだろうといわれるだろう。
周囲から見れば理屈の合わない事をしていても子供のやる事と咎められることはそう無いだろう。
積極的に立ち聞きをしていても子供には理解できないと油断されるだろう。
意外と使えるかもしれない。
と思った俺が甘かった。
この姿を利用して情報を集めて見ようにもさすがに2歳児じゃまず行動の範囲が限られすぎていた。
その上、得られる情報はこれまでに手に入れてきたものばかりだ。
話しているあっちとしては極上の機密なんだろうが、俺にとっちゃ今更価値もねぇ。
やってられるか。
ふてくされて三日ぐらい不貞寝した。
それでも、いつまでも寝ているわけには行かない。
気があせって寝ていることも出来なかったし、寝すぎて寝れもしなくなったから行動を始めた。
できることなんて大して無かったが、とりあえず自分の有能さを見せ付けておくことにする。
失って惜しいと思えるような人間になってやろうと奮闘した。
笑顔が張り付いて筋肉痛になった。
4才のときにガイが来てからは、本人は嫌だっただろうが俺は殊更にそいつを気に入っているように周囲に見せ付けた。
ナタリアは5才の時にプロポーズした。
8才の時に超振動の被験者になった。
今回はこれを使おうと思っていたから待っていたと言えばそうなんだが……やっぱり逃げりゃ良かったと後で思った。
痛みには慣れた。だが別に好きなわぇじゃねぇ。
「父上。父上とお話したい事があります」
食堂で珍しく父上と母上と俺が揃っていた。ガイは壁際に控えている。チャンスだと思ってそう切り出した。
父上と母上とガイと、そこに俺までそろっている時などそう数は無い。
「父上は私のことをどう思っているのですか」
俺の言葉になんと答えるのか、父上の答えを待つ母上と答えられない父上と、まあガイは一見変化は見られない。
「私がどれほど努力を重ねて父上の息子に相応しく、ファブレの跡取りに相応しくあろうとしても、父上は一度たりとも私を省みてくださいませんでした。父上のなかで、私はどういう存在なのでしょうか。教えてください。父上!!」
父上は押し黙って答えない。
「父上……父上! 私は知っているのです。私には、預言が詠まれているのでしょう? 17才の時、鉱山の町でキムラスカの武器となって死ぬのだと。キムラスカの繁栄の礎となるために」
俺を見る父上の顔が大きくゆがめられた。
険しい表情で俺を見る。だが、まだ冷静だ。
母上を見れば驚愕に目を見開いていた。お体に障りはしないだろうかと心配になる。
「何を、馬鹿なことを言っているのだ」
「誤魔化すのは止めてください」
「ごまかしなど」
「では何故! 私はベルケントへ連れてゆかれるのですか、父上。あの辛く苦しい実験は何のために行なわれるのですか」
「それは」
「私は、高い順位で王位継承権を持っている人間です。そんな人間を健康を害するかもしれないほど過酷な実験に提供できる人間なんて数が知れてます」
こんどこそ、父上は黙り込んだ。
母上の視線が厳しさを増す。いつもの母上じゃないようにすら見えた。
「……私は、第七音素が気まぐれに人の形を取っただけのも。人の姿をしているけど人じゃない。ベルケントの研究者達がそう言っているのを、聞きました」
やつら、と父上の唇がかすかな音を洩らした。
「父上も、そう思っているのでしょう! 実験に使って、データをとって、飼い殺しにして! 17歳になったらアクゼリュスでキムラスカの礎になれと言うのでしょう! どうせ17歳で死ぬと、そう思っているから父上も叔父上も私をあんな奴等に差し出すのでしょう!? 私がいずれ死ぬ子供だから、だから父上は私を見ては下さらないのでしょう!!」
冷静にしているつもりだったが、言っているうちにだんだんと声が高まってくる。
言わなかったことだったが、言いたかったことなんだなとはなんとなく理解した。
自分でも気が付かなかった、こだわりだった。
「どこで、それを知ったのだ」
「どうして思いつかないのですか」
尋ね返したのは割りと純粋に疑問だったからだ。
言いたいことを言い切って、すでにかなり冷静になっていた。
「どういうことだ」
「私が生まれながらに第七音素と触れ合っている事を知っていて超振動の実験に被験者として提供しておきながらどうしてその可能性に思い至らないのですか」
「まさか――」
「自分で、詠みました。自分の生まれに関する預言から、ホド島崩落の真実、そして――私が17歳で死ぬことまで」
父上は何も言わずに押し黙った。
表情は険しいままだ。
父上は武人の気質を強く持つ人だ。
高位の貴族であるだけあって、政治的な駆け引きなどもやることはやるが決して得意としているわけではないことを知っていた。
まして今は政治ですらない。俺とのこの問答は全くの不意打ちだった筈だ。
「……私は」
大分躊躇ってから、やっと言葉を口にする父上。
「私は、国の繁栄のために」
言葉を切って俺は苦悶の浮かぶ父上の顔を見た。
「……私は、ガルディオスに嫁ぎホドと共に没したユージェニー・セシル殿を尊敬します。
ND2002
栄光を掴む者、自らの生まれた島を滅ぼす。名をホドと称す。
この後季節が一巡りするまで。キムラスカとマルクトの間に戦乱が続くであろう。
キムラスカはこの預言を知らされていたのでしょう? キムラスカはあの方にホドの崩落が預言に詠まれていた事を知らせたのでしょう? その上で、キムラスカに協力するように言ったのでしょう?」
だいぶ時間を置いてから、父上は一度だけ頷いた。
「それでもユージェニー殿はホドを捨てなかった。預言より愛を選んだ」
「……だがその果てに何を得たのだ。ホドは滅んだ。ガルディオスの血脈も、絶えた」
「いいえ、父上。ユージェニー殿は守るべき物を守りました」
「それは、なんだ」
「人の意思と、心です」
心とは命があったことが前提の物だが、時に心を守ることは命を守るよりも難しい。
預言に関して自分で詠んだあたりは嘘だったが、俺が詠んだといっても不思議じゃないことは事実だからおそらく問題は無い。
言いたいことは言い切った。
ふと思い立ってそれにおまけをつける。
父上をもっと追い詰める言葉とも言い換えられるが。
「私もキムラスカの貴族です。国のためになるのなら、民のためとなるのなら躊躇いはしません。王家に連なる者として生まれたからにはこの命は自分のものではなく民の物です。ですが、これは違うと思います。国の繁栄と言う、そのために一体どれほどの人間の命を奪おうと言うのですか。繁栄よりも平穏を選ぶことは出来ないのですか」
「だが、預言が」
「父上は、一人息子のために逆らおうとしては下さらないのでしょう? ユージェニー殿のように。私を、国の繁栄のための生贄に差し出すのでしょう?」
「私、は――」
さらに追い討ちをかけた。
「預言は、続きます。
ND2018。
ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。
そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街とともに消滅す。
しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれマルクトは領土を失うだろう。
結果キムラスカ・ランバルディアは栄えそれが未曾有の繁栄の第一歩となる。
ND2019。
キムラスカ・ランバルディアの陣営は、ルグニカ平野を北上するだろう。
軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を進む やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は
玉座を最後の皇帝の血で汚し、高々と勝利の雄叫びをあげるだろう。
ND2020。
要塞の町はうずたかく死体が積まれ、死臭と疫病に包まれる。
ここで発生する病は新たな毒を生み、人々はことごとく死に至るだろう。
これこそがマルクトの最後なり。
以後数十年に渡り栄光に包まれるキムラスカであるが、マルクトの病は勢いを増しやがて、一人の男によって国内に持ち込まれるであろう。
かくしてオールドラントは障気によって破壊され塵と化すであろう。
これがオールドラントの最期である」
落ちる沈黙に後はどうやってこの場を退散するか、と考えていた時だった。
がたん、と音がしてふりむけばすっかり存在を忘れていた母上が立ち上がっていた。
なんというか、それは勇ましい立ち居姿だった。
さすがは武門の妻、と言った言葉さえ思い浮かんでくる。
母上自身は体の弱い王妹としてろくに社交界すら知らないはずだった。
多少人の心の機微に疎い方だと思っていたが、人の心の機微など窺う必要も無い生活をしていたのなら当たり前かと思っていた。
そして、それだけの人だと思っていた。
認識を、改めなければならないようだった。
勇ましく立ち上がった母は、キッと父上をにらみつけた。
その鋭い眼差しはにらみつけた父上本人のみならず側にいたガイすらたじろがせた。
ガイも、そういえば居たな。
すっかり忘れていた。
「あなた」
鋭くそういった母上に、父上の目はもう釘付けだった。
「今の話、どういうことか説明していただけますか」
「シュザンヌ……」
釘付けなのをいい事に、俺はこそこそと食堂を退散した。
夫婦のいざこざは犬も食わないというらしい。俺だって食いたくない。
こっそりと出てくるとガイもついてきていた。
ガイこそあれ以上あの場には居辛いだろう。
黙って歩く俺と、その後を付いてくるガイ。
とりあえず殺気とかそういったものも一切削げ落ちてしまっているようだったから放っておいた。
自分の部屋まで歩いていたら、ガイもぼうっと付いてくる。
扉の前で俺は声を掛けた。
「何処まで着いてくるつもりだ、ガイ」
はっとしたように背筋を伸ばすガイ。
だがすぐには立ち去らずにじっと俺の事を見ていた。
「なぁ……」
「なんだ」
「あの、預言の事は」
「預言の内容は、本当だ。俺が聖なる焔の光でルークと呼ぶなら、栄光を掴む者の名前はさしずめヴァンデスデルカか」
これは古代イスパニア語を学んでいればそこそこ分かる事だ。
ましてガイが知らないはずが無い。
これでも一応、あいつの主家の人間だった奴だ。
「そう……だよな」
呟くとそのままふらりと立ち去った。
翌日、用があるからと呼び出されれば、俺が口にした預言について再び確認を取られた。
父上は昨日は随分と母上に絞られたようだった。
あんな父上を見る日が来るとは正直思わなかった。
あんな母上を見る日が来るとはもっと思わなかった。
窒息するかと思うほど母上に抱きしめられた。
やっと解放されたかと思うと目の前に父上が進み出て来て俺を見る。
だからなんとなく見返していたら、父上が母上に促されてかがみこんだ。
これは拙いと思った時にはもう遅かった。
まだ出来上がっていない子供の体では武人である父上の動きから逃げ切ることは出来ずにとっ捕まった。
力加減はされていたと思うが、抱きしめられた。
俺が俺であると自覚して生きて来た時間の中で、こうして父上に抱きしめられるのは、初めてだった。
その後話をつめたかと思うと、その内容を抱えて二人揃って叔父上のところへ足を運んでいた。
母上は人が変わったかのように見えた。
今まではきっと流されて生きて来た人だと思っているが、目的が出来ると人はこうも強くなれるのかと思う。
翌日からガイが俺を見る眼差しも変わったように感じた。
相変わらず好意は無いが殺気も無い。
観察されていると感じる時間が多くなったような気がした。
ベルケントでの実験も廃止されて、俺には本当に王統を継ぐ為の教育が施された。
俺が惑星預言を詠んだと言って、マルクトへの協力は帝位が交代されてから言いと吹き込んでそれまではキムラスカは内密に動くことになった。
今できることなどその程度だろう。
ヴァンは、まだ野放しだ。
さすがに犯してもいない罪でとっ捕まえることは出来ない。
これからの奴次第だろう。
万事解決とはいかなくても、いい状況に向かっているだろうかと思った矢先にやっぱり俺は誘拐された。
レプリカが作られた。
俺はとりあえずヴァンの奴がレプリカが無事にファブレ邸まで送られたと聞くまではおとなしくしていた。
秘預言を抱えていてもそれを証明する手段が今のキムラスカには無く、マルクトの現皇帝は好戦的だ。
ダアトも今年は導師エベノスの崩御とオリジナルイオンの就任で慌ただしい。
その上オリジナルイオンはヴァンの思想に協力している節がある。
ざまあみやがれ、これでテメェをとっ捕まえる口実が出来た、とも思ったが、今ヴァンが誘拐の首班であることを明かしても、キムラスカから出られれば逃げる場所は幾らでも或る。
キムラスカとマルクト両国で手配することは望めない。
奴を誘拐犯とてキムラスカ国内で手配しても、逃げられた先で潜伏されたら厄介だった。
だからとりあえず話の分かる皇帝がマルクトに就任するまではルークの帰還によって誘拐騒動を早めに収束させておく事を選んだ。
俺がヴァンからレプリカが屋敷についたと知らせを受けるまではおとなしくしていたのは、そうする前に居なくなるとヴァンの奴が俺の代用に造ったレプリカを据える可能性もあったからだった。
とりあえずファブレの屋敷に付いてしまえば、今度はやすやすと誘拐は出来まい。
そして俺は逃走した。
とりあえず父上と母上には手紙で無事と事情を知らせ、屋敷にいるルークがレプリカだと伝えた。
その上で悪く扱わないでくれと頼む。
兄弟だ、第七音素の同胞だ、などとにかく言葉を駆使して自分に近い人間だとアピールしておいた。
あの日の父上と母上の様子からは、きっと悪いようにはしないだろうと思う。
さて、どうしようかと思った。
とりあえずキムラスカとマルクトが協定を結ぶまでは俺はファブレ邸に帰れない。
俺は誘拐された先でレプリカを見せられた時に、しっかりとヴァンと対面しているからな。
屋敷に帰れば、普通であれば主犯が誰かを伝えないわけもないわけで、そうなればヴァンはキムラスカには居られなくなる。
それは行動が掴みにくくなるという事だった。
今まで定期的にファブレの屋敷に顔を出していたから、ルークの奴がもう少しまともに人間らしくなってきたらまたあいつも定期的に顔を出すようになるだろう。
そのときが捉え時とも言えた。
周囲には白光騎士団。
屋敷には高い壁。
場所柄増援は望めない。
とりあえず俺はこのループのような現象について解明するべく、ケセドニアのアスターを頼りつつ短い間ではあるが世界を巡る事にした。
そうしたらガイがついてきた。
どうやって見つけたもんんだか。
「旦那様と奥様が、ルークについていてやってくれって言うもんでね」
「……今はアッシュだ」
「おっと、そうだった。わるいわるい」
いつの間にか世界を巡る旅はガイと一緒にすることになっていた。
保護者同伴? 俺はガキか! と言ったらガキだろう、と言われた。
ああそうだな。まだ十歳だよこのやろう。
あのブウサギ馬鹿が即位した。
したら帰ろうと思っていたが、今帰ったらやはり導師のレプリカが作られなくなるだろう。
それは拙い。
封咒の解放が出来なくなる。
ユリア式封咒のほうはガイのやつをマルクトの貴族に復活させてその従者としてのフェンデ家まで一緒に引っ張ってくればおそらく何とかなるだろうと思っている。
それに、あの女は責任感の強い奴だ。
フェンデ家としての復活を望むかどうかはともかくとして、事情を話せばユリア式封咒の解咒には手を貸すだろう。
また俺が預言を詠んだとか嘘八百並べ立てて手紙を書く。
ここ数年はガイが屋敷と俺との繋ぎ役になっていた。
ガイは屋敷でもルークの奴に好かれているらしい。
ナタリアからの手紙を受け取ると申し訳ない気持ちになる。
五歳でプロポーズは早すぎたか。いつまでここにいられるのかも分からないのに。
まだ、このループを止める術は見つかっていないのに。
マルクト皇帝との協力体制自体は既に築く準備は出来ているらしい。手の早いことだがありがたい。
キムラスカとマルクト、両国の監視の手がダアトには今伸びているはずだった。
ディストはマルクトが皇帝勅命で引き込んだらしい。
死霊使いにはご苦労なこった。
海上には両国がともに戦艦を配置し、漂流物の動きを監視している。
ベルケントの施設は父上が掌握した。
俺は今キムラスカに向かっていた。
キムラスカも、首都バチカル、その中でも高いファブレの屋敷に向かっていた。
バチカルまでなら来た事もあるが、屋敷に帰るのは実に五年ぶりだった。
ヴァンがファブレ公爵子息、まあつまり俺の誘拐の罪で拘束されたらしい。
ついでにモースも戦犯として捕まったそうだ。
教団内部、特に軍部に関しては今はカンタビレが掌握しているらしい。
導師イオンのレプリカに関しては保護、三名をダアトに残して教育を施し、残りの四名は二名ずつキムラスカとマルクトに送られるらしい。
そこまで決まって、俺はやっとファブレの屋敷に帰ろうとしていた。
事情が明かされていたからおそらく俺が知っていた奴よりバカなクズじゃないとは思うが、どう育っているのかは気になるところだった。
いつかは二人で協力して大地を下ろす事になる。
俺たちが17歳になる以前が望ましいところだ。
上手くすれば、アクゼリュスの崩落自体も防げるかもしれない。
後ろから付いてくるガイがニヤニヤ笑っているのが気になったが、気にしないで俺は屋敷の門の前に立った。
門番の白光騎士団員が俺を見て敬礼する。
「お、お帰りなさいませアッシュ様」
「ああ、今帰った」
教育は行き届いているようだとかすかな満足を覚える。
敬礼を解いた一人が駆け足で屋敷の中に入っていった。
そういえば今日帰ることは伝えていない。
予定より早くバチカルについたんだ。しかたがないだろう。すこしバツの悪い思いをしながら屋敷の門を潜った。
中は想像以上に慌ただしかった。
「アッシュ様がお帰りになられた!」
「アッシュ・フォン・ファブレ様がお帰りなされたぞ!」
「奥様と旦那様はどこだ! アッシュ様が!」
「王宮にも知らせを出せ! アッシュ様がお帰りに!!」
……連呼するな。
にしても、屋敷内の力関係はすっかり逆転したらしい。
使用人や騎士団の口から旦那様、の前に奥様と言う言葉が出てくる。
「で、どうだい? アッシュ。久しぶりの実家の感想は」
「……ふん、悪くない」
答えれば何がおかしいのか腹を抱えて笑い出したからブーツの上から足を踏みつけた。
いてて! と叫んではねとぶガイに多少胸がすく。
その時だった。
ばたん、屋敷の重厚な扉が叩きつけるようにあけられた。
思わずそっちのほうを見れば、翻る朱金の髪と、見覚えのある顔。
レプリカだった。
息を切らせて、落とすぞと言いたいほど目も開いて俺を見ているレプリカ。
次の瞬間には満面の笑みを浮かべて俺に駆け寄ってきた。
きっとこんなのを世間じゃまぶしい笑顔って言うんだろう。
数メートル手前で踏み切ったかと思うと両手を広げたまま全力で飛び込んできやがった。
ちょっと待て!
お前はまだ五歳かもしれないが俺とお前の体格はほぼ同じだ!
その仕草は受け止めろってことなのか!?
怪我をしてもしょうがねぇと馬鹿らしい。
俺は全身に力をこめて衝撃に備えた。
っく、おもてぇ!
ルークの奴はしばらく俺に抱きついたままもぞもぞしていたかと思うとやがて顔を上げて俺を見た。
もううんざりするほどの輝くような笑顔だった。
「兄上!!」
……だれだ? こいつは。
見上げてきた顔を思わずじっと見てしまう。
するとこいつは段々を表情を不安げに曇らせて、やっぱり俺をじっと見た。
「兄上……さま? あ、あの」
「とりあえず、離せ」
「は、はい。ごめんなさい兄上」
呆然とする俺の後ろでガイのやつが大笑いして居やがったから、今度は脛を力いっぱい蹴りつけた。
叫んで膝を抱えるガイ。
ふん、俺の靴は鉄板入りだこのやろう。
戻る
TOP