とても悲しい物語。




 目が覚めたらベッドの上だった。
 今度こそ間違いなくレムの塔で死んだはずなのに、だ。
 いや、まあ分解して消えたわけだから正確な死の記憶と言うやつはやはり持っていないのだが。
 これが悪夢と言うやつなのか。起き上がって気がついた。俺の体は前より更に小さくなっていた。

 事も二度目となれば、以前より動揺は少ない。
 これだけ幼い時のことともなると、本気でどう思って日々を過ごしていたかなんて思い出せないから、いっそ開き直って情報を集めた。
 いや、集めようとしたらメイドが来た。

「おはようございますルーク様。今日はローレライ教団神託の盾騎士団よりヴァン様がおいでになる日でございます」

 だそうだ。
 好都合だ。




「どうしたのだ、ルーク? 調子でも悪いのか」
「いいえ、なんでもありませんヴァン師匠」

 以前の体とのギャップが強すぎて、むしろ拙く見えたのだろう。
 だがまあいい感じに今の体のバランスを掴んだと思う。次からはむしろ如何に拙く見せるかが命題になるだろう。

 しかし、どうしてくれようこの髭魔人。
 だがなんだかんだと言ってみても生きるためには今は殺せない、のだろう。
 幾多の犠牲を生み出して、世界の悪となって、確かにこいつは世界を救った。

 ここにいると言う事は、まだ十歳になっていないと言う事だろう。
 正直俺は一応王位継承権こそ高いが発言力は高くない。
 それはまだ子供だと言うだけでなく、いずれ死を確定されているから、と言うのもある。
 もしこのままここに、ファブレ邸に居る事ができたとしても、オールドラントの滅びへの先駆けである開戦を止める事はできないだろう。

 俺の存在は高い王位継承権を持ちながら髪と瞳に王家の色を持たないばかりに実質王位継承権が無いに等しいナタリア以上に重視されない。

「どうしたのだ、ルーク。集中できないようだな」
「申し訳ありません、ヴァン師匠」
「今日は切り上げよう」
「師匠」

 そう言って背を向ける師匠の背中に、俺は問いを投げ掛ける。

「師匠は、預言のことをどう思っていますか?」
「――どう、とは、どういうことだ」

 振り返ったヴァンの目には、不思議な闇がたゆたっていた。
 慎重に此方の様子を窺っているヴァンを、俺は見返す。

「おまえは、どう思っているのだルーク」

 答えを避けやがったな、と舌打ちしたくなるのを堪える。
 腹に一物ある人間がそれにかかわることについて尋ねられれば、こう答えるのは妥当な線と言えるだろう。
 バカ正直に答えるようじゃあそこまで大成しないだろうしな。
 ユリアとローレライの使徒である神託の盾騎士団の中でも出世頭である人間が、預言を政治に取り込んでいて教団と密接な繋がりのあるキムラスカでも有力貴族であるファブレ邸の庭でその息子相手に預言の否定なんて語れないだろう。

「預言に全てを任せ、全ての預言に従うのは愚かだと思います」
「そうか? だが、この世界の人間の多くは、そうであることに疑問を抱いてすらいない」

 すこしだけガードが緩くなったようだった。
 まだ甘さが残るのだろう。

「預言は、選択肢の一つであると思います。そしてまたそうでなければならないとも」
「本当に、そう思うのか」
「預言は、覆せる」

 少なくともそうであった過去――いや、この場合は未来となるのだろうか。それを俺は知っている。
 もう一つの方は知らないが、奴らなら何とかやっただろう。
 第二超振動なんて代物が無くても、あの死霊使いなら何とかしそうな気がするからな。

 ヴァンを見ると、やつは茫洋と何処か遠くを見ていた。
 すこしばかりヴァンの野郎の反応を見たかっただけなのだが、やりすぎたかもしれない。
 どちらにせよヴァンが俺にとっての過去で起こしたような行動を起こすなら、それに賛同することは出来ないわけだが。

 とりあえずヴァンの事は先送りにしておこう。

 どうやらこの世界にも、あいつらは居ないようだった。
 あるいはまだこの時間には居ないと言うべきなのだろうか。
 あいつらはあらゆる可能性の話をしていった。
 俺がここに居るという異常事態も二度目となれば、その可能性世界について否定することはもはや出来ない。
 一度目のときは時間が詰まっていたこともあって大まかな方針を決めた後はろくに考える時間も無く行動していたが、今度は違うだろう。
 そもそも時間的にはまだ俺のレプリカは誕生していない。

 今なら阻止することも出来るのかもしれないが――

 俺は緩く首を振った。
 生まれないことに意味は無い。
 それこそがおそらくは、預言にあるとおりの正史なのだろうから。

 あいつらが使っていたGFの一体でもいれば随分と心強かったと思うし相談相手になったのにな、と思うがないいものねだりをしてもしょうがねぇ。
 だが今の状態で良いとは思わない。一人じゃ考えが煮詰まってくる。
 父上や母上には話せねぇ。
 父上はあれだし、母上は少しばかり人とは感覚がずれているような気がする。
 まあ、愛してくれていることには変わりないんだろうが。どうしてあれでナタリアと血縁でないのかが不思議になる。
 ……血筋じゃなくて環境なのかもしれない。

 父上は公務で、母上は体調が芳しくないとのことで食事は一人で取ることになった。
 だから食堂は使わずに部屋に運んでもらった。
 ラムダスはいい顔しなかったが、もう知るか。めんどくせぇ。
 俺はもう野戦生活の方が長いんだよ。

 肉体的にはヴァンの野郎と稽古をしただけでそれほど疲れているというわけでもなかったが、頭がパンクしそうなほど疲れていた。
 考えても考えても埒があかねぇ状況だ。
 俺のこれからのこと、レプリカのこと、預言のこと。
 なによりこの胸糞悪いループみたいな現象がこれからも起こる可能性があるのなら何とかしてこれを断たなきゃならないだろう。
 二度あることは三度あるというからな。

 開いた窓辺に腰掛けて、夜風を浴びながら考え事をしていると視界の隅に黄色い塊が映りこんだ。
 ガイだ。
 そういえば昼間の間は見なかったが、どうしていたんだろうな。
 庭で、剣の稽古をしている。
 俺が見ているなんて思いもしないだろう。
 昔の俺は規則正しい生活を送る優良児だったからな。この時間ならもう寝ている。
 今の俺が言うと皮肉っぽいな。もしあのままバチカルで育っていたら、どんな人間になっていたのだろうか、とそう思うこともある。
 可能性世界のどこかには、そんな俺も居るのかもしれない。

 一人で剣術稽古をしているガイ。
 彼に技を教えているのは、ペールか。今は居ないようだが、シグムント流を使うならそうなのだろう。
 ガイがシグムント流を使うことも、俺たちがアルバート流を使うことも、一度考え出すと何もかもが符丁のようにも思えてくる。
 何かを暗示しているような気がしてくる。
 だが、おそらく考えても意味は無い。
 俺は首を振ってその考えを追い払った。

 兄を守るためにシグムントが生み出したと言うその流れを汲む剣術。
 流れるように早く、仲間との連携を主とする業は、一人で戦うには少し冴えない。
 だがそれでも十分に、歳月によりより完成度の高められた剣術は美しかった。

 月の明かりには、やはり金の髪が良く似合う。
 自分の髪だって嫌いではないが、この色で剣を握れば悪名ばかりが付いてくる。
 きっと今のあいつも――復讐を願うあいつも、俺の髪の色を血生臭い色と思っているんだろう。

 声を掛けようかと思った。
 だが、止めた。
 邪魔されたくは無いだろう。
 とりあえず俺は幼い体の欲求に従って今は眠ることにした。
 寝不足じゃ考えも纏まらねぇ。

 と思っていたんだが、な。
 考える余裕も無かったというわけだ。
 目覚めたその日はベルケント行きの予定が入っていた。
 これは前日に前後数日分の予定を確認しておかなかった俺の油断だ。
 逃げ出してやろうかと思った。




 いや、逃げ出していれば良かった。
 俺は今、つれてこられたベルケントの研究施設のベッドの上で朦朧とした意識で横たわっていた。
 ちっ。仏心なんて出すもんじゃねぇ。
 必死でこじ開けた目に映る景色の中では周囲ではあわただしく人が駆けている。
 朦朧と歪んではいるが認識は出来た。
 異常事態だとよ。医者を呼べって言っているが――果たして医者が役に立つのかどうか。
 自分たちが引き起こしたことの始末ぐらい自分たちで付けやがれってんだこのクズ共が!!
 叫べるものなら叫んでやりたいがそうもいかなかった。
 体は全くと言っていいほど動かない。
 やつらの実験の不手際のせいでな。

 体がだんだんと冷えてゆく。
 脈が弱くなって行くのを体で感じる。

 これで、終わりか。
 まだ何もしてねぇってのにな。




 そう思って目を閉じたのに、また気が付くことができた。
 今度は石の床に直に引かれた布の上だった。
 扱いに悪態をついてやろうと思ったが、まだ体が自由になるほどではない。
 人の気配がするのでとりあえず眠った振りをしたまま耳をすませた。

「――どうだ」
「経過は……順調です。あと……ほどで終了……でしょう」
「……うか……では」

 まだ耳がボケていやがる。
 脳みそがぐらついている気がする。
 足音が遠くなったので満足に見れないことは覚悟してぼんやりと目を開いた。

 目に入るものはやはりぼんやりと焦点がにじんでいた。
 それでも色は分かる。
 淡い緑にも似たような、フォニムの色。
 いや、これはフォミクリーが作動している。俺は嘗てこれを、見たことがある。

 その光がすう、と引いていく。
 足音がしたが、俺はもう自分が目覚めている事を隠そうとしなかった。

「出来るか」

 ヴァンの声だ。
 時間の経過と共に眩暈に似た感覚も、聴覚の異常も収まってきていた。
 視覚のほうもまだ焦点が合わせ辛いがもうしばらくしたら何とかなるだろう。

「レプリカ製作、全工程終了です」

 声が聞こえる。
 俺の記憶にある中の誘拐とは違うが、おそらくこれが今回この世界での俺の誘拐なんだろう。
 あの庭で俺が言った言葉は予想以上に奴の焦りを生んだのかもしれない。
 まあどちらにしても今回しなければ俺が逃げ出していた可能性もあるからそうしたら奴はレプリカを作るどころかレプリカ情報すら手に入れられなかった可能性もある。

 だがまあ……ベルケントの実験予定がこんなすぐに迫っていなければ俺はすぐに逃げ出すかどうかもうしばらく考え続けていただろう。
 こちらに来てから考えないようにしたいと思いつつも考えざるを得ない事があった。
 あるいはこの時間だからこそ、考えざるを得なかった事だ。

 それは、死と消滅の境。

 生まれて死ぬことと、そもそも存在そのものを無かったこととされることの境目。
 死と消滅は同じものなのか、違うのか。
 生まれなかったことは無かったことと同じなのだろうか。
 少なくともここでは“無かったこと”だろう。
 だが俺は、俺だけは俺のレプリカが生まれ、イオンのレプリカが居て、数万のレプリカたちが生まれ、そして消えていったことを知っている。
 未来の変革を恐れることは無い。
 今まで俺が経験して来た二つの未来のどちらも、良いとは決して言いかねただろう。
 だが、変革に伴う消滅すらも安易に受け入れていい物かどうか。

 考えたくないと思うと同時にどうしようもなく俺はその考えに捕らわれていた。

 まあ、誘拐がこんなに早いとは思っていなかったがな。
 俺が迂闊だっただけで時期的にはそうおかしくは無いのかもしれない。
 何も決める間もなく俺のレプリカは造られてしまった。

「オリジナルの様子はどうだ」
「今のところ異常はありません。レプリカ情報を抜いたことによる異変もレプリカ作成による異常も今のところはでていないと思われます」
「そうか……」

 俺はゆっくりと上半身を起こす。
 敷物があったとは言え石の床に寝かされていた体は固く軋んだ。
 もっと後の頃ならともかく、今の体ならベッド以外で眠ることなどそうありはしない年頃だ。
 固い床で寝ていればこうなるのも当たり前か。

「……これは、どういうことだヴァン」

 体が冷えたせいか僅かにかすれた声が喉から出る。
 その声に俺の覚醒に気がついた奴が此方を向くが、僅かに眉根を寄せている。
 俺の様子をいぶかしんでいるようだった。
 目配せをしてこの場にいた研究者を追い払うと俺に歩み寄ってくる。

「目覚めたのか、ルーク」
「これはどういうことなのかと聞いている」

 ヴァンはかるく眉根を寄せた。
 おれだって今となっちゃ自覚している。
 かつて俺は得られなかった父性をこの野郎に重ねていた。
 何があったっていきなりヴァンなどと呼び捨てにして睨みつけるような間柄ではなかっただろう。

 全幅の信頼の、一歩手前までは置いていた。

「そうカリカリするものではないぞルーク」
「なら素直に答えろと言っている」
「これは、全ておまえの為なのだ、ルーク」

 そうしてヴァンの野郎の長い演説が始まった。
 うんざりだったが、口を挟むのもうんざりだった。
 薬が抜けきらない体は酷く重く、これがほんとの十歳児だったら十分に判断力を失わせる役目を果たしただろう。
 ちなみに俺がベルケントで死に掛けたのもこいつのせいだと分かった。
 検査の前に飲まされる薬に異物を混入していたらしい。
 だから信用ならねぇんだよ。このクズが。

 超振動でぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、せめて薬が抜けきらなけりゃこいつ一人どころかコーラル城一つぶっ飛ばす確信があったから延期する。
 今まで延期してろくな事があったためしがないが仕方ない。
 ルークもせっかく、生まれたんだ。
 そもそも作らせないと言う事は選択肢にあっても、作られた、生れ落ちたその後でまで殺そうとは思わなかった。

 俺には、もうレプリカに対する妄執は無い。
 今ここでどれほどヴァンが言葉巧みに仕向けようとも、それが生まれることも無い。

 ひたすら面倒くさくて嫌になっていたが、それでもこれ以上の面倒ごとは嫌だったのでヴァンの話には適当に相槌を打っておくと、そのうち俺とレプリカを二人だけにして出て行きやがった。
 何考えてやがる。
 俺は聞いてないぞ。

 ベルケントでのことを聞いたあたりから俺は話し半分どころか十分の一もヴァンの話を聞いていなかった。
 曰く上の空と言うやつだったが、それがもしかしたらヴァンの奴には虚ろな様子に見えていたのかもしれない。
 好都合だがな。

 一晩二人だけにするからレプリカを傷つけるなと言い置いて出て行った。

 ……バカか?
 いや、以前にこの馬鹿に引っかかったのも俺か。
 そう思うと何も言えない。
 とにかく俺はヴァンの野郎がいなくなったので重たい体を引き摺るようにしてまだ名前の無いレプリカのところに進んでいった。
 くそっ。まだ薬が抜けきらねぇ。

 やっとたどり着いて俺はレプリカの顔を覗き込んだ。
 ちゃんとした物ではないが服を着せられている事に僅かに安堵した。
 呼びかけようかとして、少し戸惑った。
 俺がまだここではルークなら、こいつにはまだ名前はねぇ。
 いずれルークに為るもの、か。
 焔の光なら、やっぱり俺よりこいつの方が似合っている。
 先のほうに行くにつれて燃え上がるような色合いを見せる朱金の髪はまさに焔の色だろう。

 なんでかは分からないが、こいつの顔を見ていたらなぜかいきなり納得できた。
 俺は動揺していない振りをしていただけで、おそらく今まで出一番動揺していたんだろうと言う事に。
 ばかみてぇだ。
 なにが動揺していないだ。
 いうに事欠いてそれとはあきれ返る。

「やってられるか」

 そう呟いて髪をかきむしった。
 決めた。
 今決めた。
 もう決めた。
 なんだって構うか。俺はここを出て行く。

 レプリカをつれて。

 なんだってやっちまえばこっちのもんだ。
 俺はそう決めた。
 手始めに俺は自分のレプリカを叩き起こした。

「ルーク……ルーク! ――ちっ、ハズレか」

 レプリカは呼びかけにも眠たい赤ん坊がぐずる様に体を丸めてうー、とかあー、とか意味のない言葉を発するだけだ。
 俺と同じようにループしている可能性はこれで消えたな。
 これから先の時間でルークがこの体に来る可能性も捨てきれないが、とりあえず今は役立たずだ。
 悪いが強制的に眠ってもらうと引き摺るようにして移動する。

 ここが何処かはわからない。
 フォミクリーの施設があったとするならコーラル城か、ベルケントか、フェレス島か。
 フェレス島は時期的に見てまだだろう。
 ベルケントで騒動を起こしてまだベルケントにいるものだろうか。
 灯台下暗しと言うらしいが、危険すぎるだろう。だが可能性はある。
 実際に過去――ここでは未来になるかもしれない時間では大量のレプリカが現れるまでベルケントにレプリカ作製施設があるものを知るのはごく少数の人間だけだった。
 となればコーラル城だが……状況的にも環境的にもそれが一番怪しいと言えば怪しい。
 フォミクリーの装置自体は、俺がレプリカと同調フォンスロットを開いた場所には無いようだった。

 ここがコーラル城だと仮定して見張りがいるかどうかが問題だった。
 おそらく俺が今逃げ出すとは思っていないだろう。
 その点警戒は甘いと思う。
 薬の投与量も計算されているならまだ俺の体が全快じゃない事も分かっているだろう。

 十歳の体で同じ体格の人間を移動するのは骨が折れる。
 とりあえず壁にもたせ掛けると何とかして背中に背負った。
 無理をすれば何とかならないこともない、と思う。
 まあ共倒れと言う危険性もあるが仕方ないだろう。
 ……階段なんかは注意しないといけないな。

 夜目を凝らして進んで行くと、何処かから風が吹き込んできた。
 それは強い海の匂いを孕んでいた。
 コーラル城で間違いないだろう。

 進んで行くうちにだんだんと不審に思う。
 人がいない。
 どういうことだ、と。

 学者だか研究者だかはあれで帰還させてしまったのか?
 警備の兵士の一人もいないのか? ガキ二人置いて?
 ヴァンには俺がレプリカを傷つけない確信でもあったのか、傷つけてもまた作ればいいという考えだったのか。
 そもそも奴等は俺とこいつがレプリカとしては完全同位体だってことを知っているのか?
 もっといえば俺とこいつはここでも完全同位体なのか。
 分かるわけねぇだろこのやろう。

 一度目の人生、っていうのも嫌な言い方だが、とにかくその時にキムラスカに戻った時から口調は随分と改めたつもりだったが、完全に戻っているな。
 いや、それ以上かもしれねぇ。
 とにかく俺は人が居ないのを好都合とこいつを連れて歩き回った。
 著しい体力の消耗に膝が折れそうになるのを、ぶつぶつと違うことに思考を知らして誤魔化しながら一晩かけて何とかこいつと外にでた。

 でてみれば、やっぱりコーラル城だった。

 そろそろ日が昇る頃合だった。
 眠たくて疲れて、抜けきらない薬のせいも手伝って頭は朦朧としていたが妙にやり遂げたような感覚がしていた。
 自分とこいつを城の敷地内の茂みに隠すと、俺はじっと時を待った。
 この日最大の敵は睡魔と言う名前だろうと確信が持てた。

 やがて聞こえてきた足音に、俺はハッと目が覚めた。
 目が覚めたのは奇跡だと思うくらい、俺の体は泥のような眠りを求めていた。

 足音の主は、やはりヴァンだった。
 奴は茂みに隠れた俺たちに気がつかないで進んで行く。
 俺たちの位置をとおり越えても見向きもしない。
 俺はにやりと笑った。

 コーラル城に入ってゆくヴァン。
 このままならそのうちに俺達が居ない事に気がつくだろう。
 だが、そうはいくか。

 俺はまだ目が覚めないレプリカの頭を一度なでると、コーラル城の門の前に立った。
 俺は第二超振動なんて代物は使えないが、今のヴァンならただの超振動だって防げやしないだろう。

 俺は全身のフォンスロットを開くと大気中の第七音素を最大限に取り込んだ。
 これで、終わりにしてやる。

「消えろヴァンデスデルカ!!」

 イオンレプリカ達が生まれないことも、一万のレプリカたちの存在が無かったことにされる事も、もう知るかとばかりに俺は力を解放した。
 辛うじてまだ理性は残っている。
 せいぜい解放して全力の五割程度だ。
 ここはセフィロトでもないから外殻に穴が開くことがあっても大陸が崩れることは無いだろう。
 そもそも五割程度の力を地表で解放した程度で穴が開くほど外殻は浅くないはずだった。




 コーラル城は跡形もなく消え去った。
 瓦礫なんて代物も存在しない。おそらくヴァンも間違いなく消えただろう。
 俺はますます重たくなった体を引き摺りながら、レプリカのところへ戻った。
 レプリカは泣いていた。とんでもない音がしたからな。
 ただ驚いて泣いているだけだろう。いい加減目が覚めるころあいだった。おかしなことは無い。

 俺は舌打ちして、めんどくせぇ、そう思いながらもレプリカの隣までいって腰を下ろした。
 幾度かレプリカの頭をなでているうちに睡魔に勝てなくなってくる。
 あたまがぐらんぐらんする。もう限界だ。

 今度は睡魔のせいで焦点の合わなくなってきた目で最後に見た自分の手は、冗談ではなく透けているようだった。
 まだ完成していない幼い体で体調の悪条件が重なっている時にレプリカ情報を抜かれた直後じゃ五割程度の超振動の解放も随分な負担だったらしい。
 音素乖離、か。

 次に目覚める事はないかもしれない、そう思って俺は睡魔に身を任せた。
 わりと穏やかな死なんだろう。
 ただ眠りたいとそれだけを思っていた。
 痛みも恐怖も、睡魔に勝てないとはとんだ笑い種だ。
 そう考えながら俺は睡魔に身をゆだねた。









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