ギリギリの楽園




「俺は、ルーク・フォン・ファブレだ!」





 声高に、そう名乗りを上げて、レプリカの神託の盾兵士達を片っ端から切り倒し、そして。
 油断して、刺された。

 あっけない。
 そしてなんと言うかまあ、うっかりした最後だな、と。
 ここまで来てようやく、自分を、そしてレプリカを認められた、のに。

 ああ、約束は果たせそうに、ない――な、と。

 ゆるく何かに引き寄せられる感覚を感じながら、俺の意識は暗転した。




 最後に見たのは――何か、紅い……














 世界を超える念を使用し、どうやら無事に異世界に辿り着けたらしいとほっと安堵したと同時に警戒を強めた。
 この念は、その名のとおり一度たりとて自分達を平穏の中に落とした事は無かったからだ。

 いつもであれば、転移した直後に銃弾の雨が襲いかかってきたり、決闘の間に入りこんで両方から切りかかられる、乱戦の間に跳び入って、どちらからも敵対行動をとられる、などがごくごく当たり前であるのに、今回は戦いの気配はあれども刃も銃弾も襲い掛かってくることは無く。
 不審と思い、周囲に気を配れば、そこに目に入るのは串刺しにされた赤毛。


「きゃー、何これ! くはっ、ゲホッ……」


 叫んだキリエは喀血し、アーヴァインはとりあえず目の前で死に掛けている人間を放置する事もできずに駆け出した。

 くずおれる赤毛。
 その体から淡い光が現れて、飛び去ろうとする瞬間、アーヴァインの手によってキリエ作、特上の念薬を振り掛けられた。
 どう見ても経口摂取させられる状況ではなかったからだ。
 十年に一本しか作れず、常に三本しかストックできないという制約の上で作られた、効果の高い念具。
 経口摂取が必要とされるタイプとは違い、いかなる状況でも外部からの使用で効果を発揮するそれはカード化によるごまかしがきかない。
 念具の死亡認定は結構曖昧な癖してシビアだ。

 こっちはまだ生きているでもいいだろう?
 と思うときでも、死んでいれば決して覆る事も無く、対してもう助かりそうに無い、いやもう死んでいるんじゃないか? と思うときでも、使ってみれば生きている事がある。
 だからごく稀に、一本丸ごと無駄にするという事態も発生する。

 光は飛び去ってしまったが、今回は、生きているということらしい。
 薬を振り掛けて生命を繋ぎ、身動きままならなくなったキリエの口に念薬を放り込んでやって来たフィールと協力して状態を検査する。
 キリエの念薬がきちんと効いていれば、問題ないはずだったが、意識を取り戻さないことが懸念の一つだった。

 命は確実に繋いだようだった。
 肉体の状態は安定したものだ。
 むしろ原因不明の喀血をしたうえに、痛みのせいで満足に動くことも出来ないキリエよりよほど安全だ。
 意識を取り戻さないのは、一度死を認識してしまった後だからだろう。
 目覚めるのには二、三日かかるかもしれないが、精神が外界を認識すれば目を覚ますはずだ。

 と、そこで彼らの目に入ったのは先ほど。ここに来る直前に赤毛の少年に倒されたらしい兵士達だった。

 ゆらゆらと、なぜか輪郭がゆれている。
 彼らはこの世界の事を知らない。
 だから、この兵士が何処の所属かも知らないのだが、この世界の兵士はピンチになると透けてゆく物なのだろうかといぶかしむ。
 いや、けどそれなら、目の前の赤毛の青年も透けるはず。

 きっと兵士だろうし。

 剣に入っている文様などに、共通点があるような気がするデザイン。
 もし同じ所属だというのなら仲間割れだろうか。
 まさか死ねばライフストリームに還るとか?

「まさか、ゲームのしすぎだよね、僕」
「アーヴァイン先輩? どうしたんですか?」

 呆然と見送ってしまった彼らの向こうでは、キリエがごてごてと全身に念具の装身具を足して、何とか顔を上げたところだった。
 この状況では一体どれが効果を表しているのかわからないほどだが、恐らく効いているのはリジュネリングだろうと当たりをつける。
 自動回復だ。
 それに二十パーセント効果アップの念具も付けて、口には棒付きキャンディのふざけた念薬がくわえられていた。

「アナライズ」

 と呟けば、発動した魔法が赤毛の青年のデータを表示する。
 三人でそれを共有し、ざっと目を通せばすぐ次に消えかける兵士の最後の名残にもアナライズを掛けた。
 こちらも共有して覗き込む。
 その文面は、どちらにしても驚くべきもの。

「へ〜、ファブレ公爵家の嫡子ルーク・フォン・ファブレとして生まれ、十歳のときに誘拐されレプリカを作られた。それ以降アッシュと名乗り、神託の盾騎士団六神将鮮血のアッシュと呼ばれ。五十人の特務師団を率いた過去がある、だってさ」
「で、こっちのなんだか消えてしまったのはレプリカの神託の盾兵士、って事らしいですね。聞き覚えは?」

 情報を要約して読み上げた二人が、不必要なほどの重装備になっているキリエを促す。
 そのキリエは、アナライズの情報を読み上げたときから、顔が驚きっぱなしだ。
 驚きを露にしたまま、血にまみれたアッシュに触れて、体温を確かめる。
 キリエの着ている紅い服に、キリエが吐いたもの以外の朱が付着する。

 生きている。
 生きている。

「……アビス」
「深淵? あ、もしかしてゲームかな」
「そういえば僕、ここに来る前にキリエの家でゼル先輩と喧嘩して、キリエのゲーム壊しちゃったんですよ。随分気に入っていた奴みたいで、こってり絞られたんですけど」

 跡形もなく消え去ってしまった兵士の居た場所を眺めてフィールは息をついた。
 どんな死でも、髪一筋残せずに消えてしまうのは切なく、悲しい。
 レプリカと言う生き物がこういう死に方をするものならば、彼らの死を軽んずる者も出てくるだろう。
 どうせ死んでも死体は残らない、と。

 ぐいっと男前な仕草で口元の血をぬぐうとキリエは立った。
 口中にたまった血を、これまた男前にペッと吐き出す。

「アーヴァイン、フィール」

 そして、まだ血の絡みつく声で心強い仲間の名前を口にした。
 呼ばれた彼らは、待ってましたとばかりに不敵な笑みでそれを迎える。
 過去に幾度も聞いたその声、響き。
 それは願いを持ったときの声。仲間を頼るときの響き。
 無償の信頼を寄せられて、うれしくないはずがない。
 だから、少しぐらい無理をしても叶えてみようかと思うのだ。

 リノアには、ちょっとだけ寄り道を許してくれと、そう心で呟いて。
 でもきっとリノアなら、昔のように腰に手を当て胸を張って

『よし、許しちゃおう。存分にやってきなさい!!』

 と言ってくれるだろう。
 今では盟主に等しい彼女もまた、大切な仲間だ。

「いいよ〜、もう何でも言っちゃってよ。出来るかできないかは、後から考えるからさ〜」
「そうですよキリエ。キリエは結構感情的で理不尽ですけど、そう言って呼んでくれる時は結構まともですしね」
「ひでぇな、あんたら」
「ああ、いけません。素直な思いが思わずコロッと」

 わざとらしくそう言うフィールの頭にキリエはカポンと拳を落とすが、今回は状態が悪かった。

「いっつ〜……」
「自滅ですね」

 まったく平気そうなフィールに殴った拳を抱えてうずくまるキリエ。
 そもそもふざけて殴りかかった程度で本来であればどちらもダメージなど負う筈もない程度だったのだが、キリエは現状自分の体の脆さを忘れていた。
 涙目になって立ち上がる。

「アーヴァイン、フィール!!」
「なんだい」
「はい」

 痛みに滓かに震える声で、けれど上段やお遊びの入り込む余地のない声で再びキリエは名を呼んだ。
 そして彼らも真剣に応える。

「私、ここで命を拾いたい。ブラウン管越しの感情移入だ。それはわかっている。けど、可能なら拾いたい。頼んでも、いいだろうか」
「いいさ。命を拾うのに反対する理由はないしね」
「そうですよ。今までだってそうだったじゃないですか。ブラウン管の向こう側、紙に書かれた二次元の向こう。世界を渡る力を手に入れて、僕たちは有り得ざるさまざまな物を見てきました」
「第一回目の異世界旅行が漫画の世界だからね〜」

 懐かしむように呟き、肩をすくめる。

「キリエ、人は心で動くんです。リノアさんが魔女じゃなかったら、もしそれがアデルだったりしたなら、先輩達も何とかして解放しようとは考えないでしょう。ずっとパッキングして監視していられたら、それも一つの安心の形ですから。世界はリノアさんを魔女と言う言葉で一括りにしてしまった。世界にとってはアデルもリノアさんも一緒なんです。なのに何故、魔女を助けようとするのか。それは、先輩達がリノアさんにあらゆるリスクを克服して助けたいと思うほどの感情を抱いているから、でしょう?」
「心に境界線なんてないんだよ。僕たちが一方的に見ていただけだったとしても、それは身近にもよくある話だろう? たとえば、ずーっと片思いしたまま、相手には顔すら覚えてもらってなかったりとか、ね〜」
「ぐぁ、酷いですアーヴァイン先輩! 僕の古傷をえぐって楽しいんですか!!」
「キリエを励ます糧になるんだから、いいじゃないか恥の一つや二つ」

 やり取りに、キリエがへにょりと笑った。

「――ありがとう」
「普段は理不尽な癖してこういうところだけ臆病なんですよね」
「キリエらしいじゃないか。スコールにもそういうところがあるしね」
「スコール先輩って理不尽なところありましたっけ」
「……人を見て理不尽になる、かな〜」
「ああ、頼られているって事ですか。羨ましい限りです」

 そう言ってフィールは心の篭っていない態度でなむなむと両手を合わせた。




















「とにかく、ここはもうすぐ崩壊するわ」

 キリエはそう言って、タブレットタイプの念薬を一気に三粒噛み砕いた。
 その後からまた棒付きキャンディタイプのふざけた念薬をくわえなおす。

「問題はアッシュの意識よね。体は間違いなく生きているけど、さっきの光で、意識がこの子のレプリカの中に入っちゃったのよね」
「それはこのままじゃ目覚めないって事かい?」
「コンタミの一種や、同調フォンスロットを使ってアッシュがルークの意識を取り込んだのと替わらない理由なら何とかなると思う。けど、そうじゃなかったら、それこそ生きているだけって事になりかねないし……」
「コンタミとか、フォンスロットとかは良くわからないけど」
「多分意味を知るのは後でも間に合うと思うから」
「そうかい?」

 そうだ、とおもう。という、内心の困惑をキリエは押し隠した。
 ブラウン管越しの微妙な知識を披露するぐらいなら、こっちの世界の禁書でも片っ端から読んで見たほうがいい。

「とりあえず、同調フォンスロットがあれば距離に関係なく意識とか声とかやり取りしていたし、ひとまずフィール、あなたこの子抱えて安全圏まで行って。崩落に巻き込まれないように」
「僕が行った方が早いんじゃないかい?」
「先輩の方が足は速いですよ?」

 確かにそうなのだが。
 すでに人間場馴れした脚力を誇る彼らであるが、全国から上位クラスの人間を集めた進学校でも更に順位を決め優劣を求めるように、やはり彼らの中にも得意分野や優劣はある。
 この三人の中ではキリエが一番足が遅く、スナイパーなんて嘘だろう? と言うくらいにアーヴァインの足が速い。

 やはり長さのコンパスのせいなのか。

 キリエは世代的に見て各地で血を固守していた日本人達がいい具合に交じりあった雑種強勢世代の上に、食文化の西洋化が進んで、身長も高くなったし胴も短い。
 それでも、生粋の西洋系ボディをもつ彼らと比べてしまうと十分に胴長短足になる。

 走る速さとして三人の中では中庸になるのがフィールだった。
 ちなみに、スコールは剣士と言う接近戦タイプの戦士の所以か、アーヴァインよりも足が速く、魔法の方を得意とするセルフィは私より早くスコールより遅い。
 まあ、フィールもどちらかと言えば底辺に位置する足の速さだ。

「意識のない人間には移動のGが負担になるし、足の速いアーヴァインにはこの後の探索を頼みたいから」
「判りました」

 よいしょっ、と声をかけてアッシュに手を伸ばすフィール。
 アッシュをお姫様抱っこ、横抱き、プリンセスホールドで担ぐ。

「フィールも、もし見つけたら頼むわ。もう一人、夕焼け色の髪をした少年が一人、このエルドラントと呼ばれる場所の、この建築物のどこかに居るわ。その子供を見つけたら、躊躇わずあれを使って」
「あれって……限定三個、十年に一度しか作れないっていう、あれかい?」
「そう。それよ。そろそろ最後に作ってから十年になるし」
「でもまだ十年じゃない」
「それもそうだけど」
「つまり、相手はそれを使うような人間って事なのかな」
「さっき消えてしまった兵士と同じよ。レプリカ。死んだら何も残せないけど、命であること、人であることに代わりはないわ」
「消えてしまう……ね〜」

 ぐっ、ぐっ、と筋を伸ばして体をほぐすアーヴァイン。

「言う人に言わせれば、存在自体が白昼夢、らしいわ。悲しい存在よ。けど誰よりも人になったわ。失うには惜しい。それに、もうここはブラウン管の向こう側じゃない。納得いかない。それに、私の知る限り、この子と」

 と言ってアッシュを指差し、

「今から探そうとしているもう一人は、二人そろって生きることは出来ないのよ。運命、って奴で。ねえ、逆らいたくなったでしょ」
「そうだね。了解したよキリエ。じゃ、行こうか」
「じゃあ僕も行きますね」
「ええ」

 互いに笑みを交し合い、そして彼らは三手に分かれた。

 誰かの望む、未来を掴みに。



























我等運命の反逆者、あらゆる定めに牙を剥き、爪を持って引き裂くだろう。


高慢なる運命の改定者。
犠牲の上に成り立った、万人のハッピーエンドなんて捨ててしまえ!



我等が心砕くのは、世界に捨てられ弾かれた、万人が捨石とする犠牲の羊。


どうかどうか名も無き者よ、死に逝く者よ、その身を犠牲とする事を、厭って欲しい。
世界のために身を投げないで。


我等は涙も流せない――





















 踏み出した瞬間。

「待って!!」

 キリエの叫びに急停止したフィールが、抱えていたアッシュを空中高く放り出した。




 何とか地に落ちる前にアッシュを回収して、三人はまた集まった。
 フィールは二の舞を演じないようにアッシュを背中に背負いなおしている。

「どうしたのさキリエ」
「そうですよ。危なく脳挫傷ですよ。傷は直っても記憶に障害が出たら戻らないんですよ?」
「いや、ゴメン、本当に悪かった」
「そう思っているならいいですけど。それで、なんですか?」

 アッシュを抱えたまま、多少不機嫌に問いかけるフィール。

「ほんとにゴメン。さっき思い出したんだけどさ、メインメンバーとラスボスが戦ったあと、一人を残して皆撤退して、その一人がローレライって奴を解放するのよ」
「それで」
「そのときに、エルドランド、つまりこの場所自体が崩壊していいって、天井が崩れたときに残った一人の上に、死んだはずの彼、今フィールが抱えているアッシュね。彼が落ちていく、って言うのが、ストーリーだった気がするのよ」
「えーっとつまり?」
「落ちていった先に残っている一人、と言うのがこれから拾いたい人間で、まあつまり、探しに行くよりここで崩落を待っているほうが早いんじゃないかなー、と……」

 苦笑いをしながら言ったキリエにフィールが軽い溜息をつく。

「そうならそうと言ってくださいよ」
「いや、でもさ、そのときに、確かかなり膨大なエネルギーが放射されるはずなんだよね。だから、ここで待つならそれに耐えられる、と言うことが最低条件だと思うの」
「カーバンクルとケルベロスの召還と、シェルとプロテスの多重掛けでなんとかならないかな」
「エネルギーについてはよく分らないんだけど、第七音素の意識集合体とやらを解放するためのもの、らしいの。そのエネルギーが、第七音素に付随する超振動と言う現象かあるいはそれに類似する現象なら、超振動はは全ての音素と元素を分解する、んだったか消滅させるんだったか。結構残るのも危ないと思うのよね」

 GFによる記憶障害などなくても、記憶はすでに遥か彼方だ。
 こうして掘り返している間にも、いつここが崩落を始めるか分らない。

「僕たちも分解されるかなぁ」
「音素はともかく、同じ意義を持つかどうか分りませんけど、僕たちも元素で出来ていますよね。それに、音素とかいうやつだって、少なからず摂取している可能性もゼロじゃないです。僕たちの世界から、こっちの世界に来て、ひとつ明らかに変化したものがあります。それが音素であり、音素のある世界に来た途端に、キリエは喀血しました。僕だって喉の奥がなんだか血の匂いがします。アーヴァイン先輩はどうですか?」
「僕も、似たようなものかな〜」
「変化したものに反応しているなら、僕たちが音素に影響されている、と言うことです。この世界に居る限り、音素の影響は免れ得ないでしょう」
「分解されること、も心配しているけど、第七音素意識集合体? のローレライって奴を解放するルークって子は、解放したあとになんだかそのエネルギーにのって下に下にと沈んでいっていた……様な気がするのよ。地殻、って言うところに沈んで居たんだと思う」
「地殻に沈むってそんな簡単に……僕らの世界とは惑星の構造そのものが違うんでしょうか」

 この場に及んで知的好奇心を刺激されているフィール。
 何とか記憶を掘り返して、地殻と言う場所の特性を思い出そうとするキリエ。

「高い圧力で何もかも押し潰す危険な空間」

 これが地殻の振動停止に頑丈なタルタロスを必要とした理由だ。
 だがその一方で地殻に落ちたシンクやヴァンはその空間で長期間生きていた。
 そしてルーク。
 二年後に帰ってきた彼等が誰であるのか知れないが、彼らもまた一度地殻に招かれてからの生還を果たしている。
 命の許容されない場所、と言うわけでも無い矛盾。
 あるいは第七音素の渦巻く神秘の属性も持っているのかもしれない。

「……エンディング、っていうのかな。それを思い返す限りじゃ、多分速攻で分解、って事にはならないと思うけど、まあ、用心しいしい、待ってみる、と言うことでいいかな」

 キリエは地殻の持つ二面性についての思考を放棄した。
 今は、必要の無い思考だ。
 データが足りない。
 下手な結論は身の危険を呼び込むことになる。

 半端な知識で警戒を解くよりは、無知のまま全身武装していた方がこの場合は正しい。

「音、と言うからには共鳴するものなんでしょう?」
「音素を言葉によって体内に通し共鳴させた結果が譜術? だめ、おぼえて無いわ。けど、似たようなものだと思う」
「工程が神秘に属するものでも結果が物理的なものであるなら何とかなりますよ」
「そうだね〜。まあキリエの念具のストックにもよるだろうけど」

 言われてキリエはとん、と胸を叩いた。
 以前より少しだけ大きくなった胸を誇らしげに張る。

「任せろ! FF7ACをこの前見てきたばかりだ。狂気の闇の中に居ても魔力が続く限り守っていた脅威の防御手段を複製してある」
「なんだかよく分らないけど、頼もしいんじゃない?」

 危険を承知で否定する事無く、アーヴァインは穏やかに微笑を向けた。









 意識の戻らないアッシュに小細工を施し、落下予定地点となる元の場所に横にし、アーヴァイン、フィール、キリエの三人は一応その場から姿を隠すため、飛行物体に乗り込んだ。

「……どうして金タライなのかなぁ」

 ポツリと、情け無い声でアーヴァインが呟いた。

「激しく同意します。空飛ぶ絨毯かウィングドブーツでいいのでは? これ、情けなさ過ぎます」

 フィールが眉尻を力の限り下げながら言った。




 男どもが文句を垂れるのもそのとおり。
 彼らが乗り込むのは空飛ぶ金ダライ。
 しかもアーヴァインが五人は余裕で乗れそうな巨大なタライである。
 乗り込む人間を的確に、非常に情け無い気分にさせる。

「……はは。私も、自分で作っておきながらここまで――何と言うか、情け無い気分にさせられるものは久しぶりだね。確かに受け狙いで作ったけどさ」
「原案は何ですか?」
「もともと私が居た世界で読んでいたライトノベル。こう、遮蔽物の無い場所で集団で尾行するのに、浮遊の魔術を掛けた金ダライの底に空を描いて、地面に影が映らない程度の高さからずっと追いかけていたって言う、やつ」
「その人たちも、何か感じていたんじゃないのかい?」
「いたような描写はあったけど。でもさぁ、隠れる、と言うところからの模写で、下方向から見た場合のステルス機能はかなり高いのよ。無駄にお金かけちゃったから、捨てるに捨てられないし、どこかに流せば、悪用される可能性もあるから売ることも出来なくて」
「まあ。役に立った、と……思っておきましょうか?」
「二度は乗りたくないけど」
「ゴメン」

 自分の作品ながら、こればかりは反論の余地なく心底同意するしかない。
 うけねらいでつくったはずなのだが、受ける隙間が一ミリも無かった。

 とぼとぼとした足取りで巨大なタライに乗り込もうとしたその時。
 とうとう、黄金郷の意を持つエルドラントが、眩い光と共に崩壊を始めた――。
 そしてキリエは再び叫ぶ。

「しまった! 長居している間にまたシンク攫い損ねた!!」

 そして決してシリアスな状況を許さない金ダライに乗り込んで、キリエたちは光に押し上げられるように上空高く、上っていった。

 アッシュ死亡のタイミングにかち合わせたここからして、シンクのことは一切の無駄話をせずに探したところで間に合わなかっただろう。
 だが、自分たちの現れた時点では、まだ生きていた。
 心が空っぽだと言う子供。

 知っていた。
 理解していた。
 間に合わないことは。
 それでも悔しさに、キリエは唇を噛み締めた。










 光に包まれて、緩やかに落ちていくアッシュ。
 彼を両手に抱えて、微笑を浮かべるルーク。
 骸に向かって話しかけようとしたその時。

 トクン。

 と、着衣を隔てて、アッシュの鼓動が伝わった。

「あ……しゅ?」

 呟きと同時に、アッシュの着衣がうごめいて下から飛び出す生きている縄たち。
 それでもアッシュを放り出さなかったルークに内心で拍手喝采を送りつつ、アッシュ諸共一まとめにがんじがらめにしたルークを、キリエはかつおの一本釣りの如く豪快に、吊り上げた。
 そして、彼らがまだ空中にいる間に、アーヴァインが十年に一度の奇跡を送る。

 奇跡の対価に眠りについたルークをがんじがらめに縛り付けられているアッシュごと抱えてキリエは微笑む。
 二人とも、生きている。

「さあ、戻りなさい」

 生きている縄に告げれば、繰り返し使用できる高性能タイプとして作られた縄たちはおとなしくルークとアッシュの梱包を解くとキリエが開いたポーチの中に、自分から戻っていった。
 しつけの施されたペットの如く従順だ。

 解放され、桶の中に転がるルークとアッシュ。

「こうして寝ている顔だけを見れば、本当にそっくりですね。これがレプリカ、と言うものなんですか」
「確かにビックリしたね〜」
「一つになる、何て冗談じゃないわよ。彼らは彼らでなければならない」

 キリエだって、他人と人生を混ぜてしまうのはご免だ。
 他人に自分の人生を抱え込ませるのも、自分が他人の人生を背負い込むのも、望むところではない。
 たとえすぐ隣を歩く人間が居たとしても、人生に重なる部分があったとしても、決して同一にはなりえない。
 人が個を保つ限り。

「そろそろ危ないし、いこうか?」
「ちょっとまって」
「なんですか? 今日は引き止められてばかりですね」

 と呟くフィールも異変に気がついて顔を上げる。
 その先には、立ち上る白い焔のような、何かが。

「世界は消えなかったのか……私の見た未来が……僅かでも覆されるとは……驚嘆に値する」
「ローレライ……」
「これが、ですか?」
「GFとは全然違うんだね〜」

 それぞれが違う思いを持ってソレを見上げる。
 物語の根幹にして発端。
 そして最も意思疎通が難しい意識としてソレを認識するキリエは、早々に対話を諦めた。

 どこかに、異星人の心を理解したら同胞であるはずの人類の心が理解できなくなったと言う皮肉があったな、とそう思いながら。

「ルークもアッシュも私たちが連れて行く。あんたは一人で音譜帯に上ればいい。二人が行くことがあるとするなら、それは存分に生ききった後だ」

 キリエの言葉の終わりを聴いて、ソレは無言で遥か彼方に昇って行った。

「さあ、今度こそ撤退しようか」
「圧死はゴメンだしね」

 穏やかに微笑を交し合い、彼らは降り注ぐ瓦礫の狭間を縫って飛び出した。




「道わかんねーよこんにゃろー!!」

 キリエは叫んだ。
 まったく予備知識のないアーヴァイン達とは違って、事前に中途半端な知識を持ってしまっているキリエだからこその叫びともいえるだろう。
 ゲーム中にさまよっていたマップなんてダニの糞ほどの役にも立たない。
 その上に続く崩落が更に道をゆがめさせる。

 ゲームマップよりよほど複雑で、奇奇怪怪。
 だがそれでも、とにかくキリエ達はタライに乗って翔け抜ける。

 いつか彼らの帰る場所のためにも、早く、早くと急いで進む。

 動体視力に自信がなくなってきたために、タライの操作権限をアーヴァインに譲渡し、崩落するエルドラントに眼差しを走らせるキリエ。
 そのキリエの視界の中に、エルドラントを抜け出ようとしている彼等が――ルークの仲間達の姿が映った。

「彼等がルーク以外のパーティーメンバーですか?」
「そうね。アーヴァイン。見つからないように頼むわ」
「オ〜ケ〜! このタライ、上方向に対してのステルスだったっけ」
「そうよ。下から見たらまず見つからないと思うわ」
「わかった。じゃあちょっと乱暴に動くけど、振り落とされないでよ?」

 予告はしたからね〜、と楽しそうに急制動と急加速に振り回されるキリエとフィール。
 彼らは必死になって振り落とされないように、そして振り落とさないようにとアッシュとルークを押さえつけた。

 










 光、エネルギーの放射がなくなったエルドラント跡地は、清々しい晴天だった。
 空にはローレライが上ったのだろう。
 あんなものに見下ろされているかと思うとキリエはあまりいい気分はしなかったが、所詮は異種生命体。
 長く共に有るGFたちよりも正体不明の意識集合体だ。
 気にしただけ無駄と言うもの。
 念願の音譜帯に登ったのだ。
 当分下界に手を出してくることは無いだろう。

 一通りの崩落が終わって、無駄と知りつつもルークの仲間達が残骸のエルドラントに乗り込んでくる。
 無駄だと、意味の無いことだと、そう思っていても、探さずには居られない心。

「大きく育ったものだねぇ」

 心も、体も。
 金ダライ観光遊覧船と化した空中旅行で、アーヴァインの乱暴な運転にくたびれたフィールが伸びている。
 アーヴァインは上空の譜石帯を熱心に撮影して、セフィのお土産にするんだ、と張り切っている。
 そしてキリエは、紙とインクを取り出して、メッセージを記す。









我等ガーデンは勧告する。
アッシュとルーク、二人の聖なる焔の身柄は我々が預かった。
いずれ時至り、彼らの傷がいえたなら汝らの基へ帰ることもあるだろう。

だが世、乱れ、地上が我々が守護する聖なる焔を返すに値しない地となったなら。
我々は二人の焔を連れて、二度と汝らの手の届かぬ場所へと去るだろう。

二年後再びここに来る。
歌を導に降りるだろう。
世界と汝らが、あの子供等を返すにふさわしいと認めれば。
アッシュとルーク、二人の子らを暖かく迎え入れることが出来るなら。
我が愛し子たちを返そう。



ガーデン代表、スコール・レオンハート
ガーデン所属、サウザンド・Seed
アーヴァイン・キニアス、フィール・エヴァーグリーン、キリエ・ミドウ









 したためた紙を適当に四つに折って、白いだけの封筒に詰め込むと背面に糊をつけて取り出した何の変哲も無い鉄の剣に貼り付ける。
 そしてターゲット・ロックオン。

 目標地点、ジェイド・カーティスの一メートル手前。
 ジェイドの動く早さも計算して、キリエは剣を投げつけた。

 風を切り、地に突き刺さる剣。
 驚愕に目を見開くジェイド。
 すぐに上を見上げるが、その頃にはキリエは顔を引っ込ませていたので見つかることは無い。
 下から上を見る限り、ただの目視ではどれほど視力が良くても空飛ぶ巨大金ダライのステルス機能を見破って存在を発見することは、出来ない。

「アーヴァイン、フィール。我侭に付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「死ぬよりは生きる方がずっと良いよ。こういうのは多分我侭って言わないと思うしね〜」

 元エルドラント上空をぐんぐん離れていく彼ら。

「彼らのこと、帰さなくて良かったのかい?」
「下に居る人たちのほうはともかく、ここに居る彼ら自身には、時間が必要だと思う」
「そっか〜。じゃあとりあえずこの世界に活動拠点見つけようか」
「五人は住める大きな家ですね」
「居間は広いほうがいいわ。アッシュはスコールとは違うタイプのコミュニケーション不全人間だから。食事はみんなそろってから、から始めてみましょうか」
「くっはははは! コミュニケーション不全か。言えてるね」
「まあ、どうなるか分りませんけど、拾ったからには最後まで面倒見てみましょうか」

 お勧めは何処ですか? キリエは多少なら知識もあるんでしょう? と、彼らは今後の展望について話し合う。

 彼らはやすやす救うと言わない。
 存在を救うことが出来たとき、それは隣にいる必要がなくなったときだ。
 遠い友となっても彼等が己の道を歩くことが出来るようになったとき、そのときこそがあるいは救いであり、だからこそそれまでは彼らはやすやす救うと言わない。
 救いを求める人がいても、手を差し伸べることしか出来ない己自信を、彼らはよく知っている。

 だからこそ、拾った命が救いを得られたときには――きっと何よりも嬉しいはずだ。
















 いきなり上空から降ってきた剣に、ジェイドは反射的に飛び退ると飛来してきたであろう方向を確認した。
 だがそこには晴れ渡った空と譜石帯が見えるだけで、一匹の鳥も飛んでいない。

 ならば何処から飛んできたのか。
 第二射が無いとも限らない。
 早くこの場を去った方がいいのか、あるいは襲撃者を発見できれば一番と思ったが、この周辺に、満足に隠れられる場所などありはしない。
 姿を隠すだけならばなんとでもなるだろう。
 だが、上空から剣を射出できるような場所など、ここには無いのだ。

 警戒を高めたジェイドは、そこで剣に白い封筒が張り付けられていることに気がついた。
 周囲を警戒しながらも、そっと剣に触れ、次に封筒に手を伸ばす。
 辺りを確認しながら封を解き、四つに折られた便箋を取り出した。

「これは……」

 読み込んだジェイドが声を上げる。

「やられましたね。ですが――恐らくは思ったよりずっと、ハッピーエンドなのでしょうねぇ」

 ガーデン、Seed、そしてミドウキリエ。
 かつて、夢として、白昼夢として自分の中で決着を付けていた出来事に関わる名前が幾つも並んでいた。
 白昼夢のように扱っていながら、不思議と信頼もしていた。
 己の心の矛盾に笑いが漏れるジェイド。

 死んだとされるアッシュ、そして果たされない約束をしたルーク。
 手紙には、二人分の名前が記されていた。
 そして折りたたまれたときのインクの滲みと擦れ、そして紙の手触りが彼に教える。
 この手紙はまだ、書かれたばかりであるということを。

「さて、では皆さんにも知らせてきますか。きっと、喜ぶでしょう。まあ、最終的には我々の努力次第、と言うところでしょうか。ですが――感謝しますよ、キリエ」

 その手紙を大事そうに胸に押し頂くと、ジェイドは顔を上げて歩き始めた。
 もう、下を向いて歩く必要は無い。
 せいぜい足掻いて全力をかけて、与えられたチャンスを手に入れることに邁進する。

 ただ、それだけだった。






あとがき

このパターンは、このときが初トリップ。
事前にアーヴァインとアッシュの接触はありません。
いうなれば、彼らが現れる前までは本編どおりの世界、というやつですね。
アッシュ帰還エンド、とは、レプリカを得てやっと世界に孤独ではなくなったアッシュが、再び孤独になる物語か。

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