残酷ナイフ




 セレニアの花が――騒ぐ。







 第七の精霊に語りかける歌声が響き終わり――現れる赤い髪に。
 未知を警戒するいつもの癖でとっさにライブラをかけ――後悔した。



「ここからならホドが見渡せるから。それに――約束したから」



 知らなければ良かった。
 ここに来なければよかった。
 そもそも私はここにいるべき者じゃないのに

 物語は終わっていた。
 介入の余地も無いほど全て。
 私は私の好奇心に従い、だから猫は死んだのだ。

 絶をして、姿を隠し、その時を待ち。

 後悔したなら、重ねなければいいのに。
 私は愚かで――。





「それは誰との約束だろう」




 考えもせずに口から出た言葉は、空気を凍らせた。
 だめだ。
 分っているのに、とめることができない。

「君はルーク? それともアッシュ? どちらでもあるもの? それともどちらでもなくなってしまったの?」

 はにかむような、困ったような、苦い笑いが焔の唇にのぼり。

「名乗らないな私が呼ぼう、ルーアッシュ」

 もう彼はルークでもアッシュでもいられない。
 ルークでもあり、アッシュでもあり、けれどどちらか一方だけを求められて答える事はできない。

「焔の灰の、再生者」



 だって知らないわけにはいかないのだ。
 純粋な魔の技は無慈悲に真実を告げる。

 死の定めを覆すほどの技を持っても、音素が支配するこの世界では無力で。

 美味しいオレンジカクテルから、オレンジだけを取り出すことはもう出来ない。
 ただこうして、無力な八つ当たりのように、言葉を投げつけることしか出来ない。
 するべきは私ではない。
 かつてルークとアッシュが知った彼等のみが、許されるはずなのに。

 無力であることが悔しくて、くやしくて。




 姿の見えない私を探して集まった人々が殺気立つ。
 巨大化したトクナガの姿が、こんな時にあってすら笑いを誘った。

 そのなかにあっても、どちらでもありどちらでもない者はただ苦笑するのみ。

 どうしようもないことを知ってしまったからなのか。
 あるいは、自分で話さなくてもよくなってしまったことに、安堵を覚えているのかもしれない。

 死霊使いの赤い目が、闇に潜む私を見つけた。

 投擲される槍を掴んでおさえ、前に出た。




 六人十二対の目が、私を見る。


 そう殺気立たないでくれ。私だって後悔してる。
 何も出来ないなら、心すら救えないなら、切り刻むだけだったなら、見たいとなんて、思わなければ良かったんだ。




「ルーアッシュか」




 焔が一言呟いた。


「単純だけど、それ、いいな。あんたが誰だか知らないが、もらってもいいか?」



 ああその言葉は。
 突然現れた狂人の戯言を、真実にしてしまった。

 見たくない現実を、彼等に突きつけた。

 焔は二人とも死んでしまって。
 ならば目の前にいるのは?





 どちらでもないなら三人目だ。





























 私にそもそも敵意は無く、相手の敵意も拡散してしまって。
 ここまで引っ掻き回しておきながら無責任にも帰ろうと踵を返したら呼びかけられた。

 三人目に。

「名前、教えてくれないか」

 どう答えろと言うのだ。この私に!!

 名すら無くした彼に名を誇る行為は躊躇われて、けれどそれは必要の無い躊躇だろうか?
 私に名を問うた焔は、物語しか知らない私にも分るほど、始終どちらでもない微笑を浮かべたままだった。















「あんたを殺した人間さ」








 私の好奇心とわがままで、ルークにアッシュと、アッシュにルークと演技させる暇もなく、全てをさらけ出させてしまった。

 ルーク、あるいはアッシュと言う名の希望を私は殺した。











 沢山の世界を回った。

 沢山の知識を持った。

 沢山の物語を知って、

 沢山手を伸ばして来た。


 沢山の物語に手を出して、

 沢山の物語に救いをもたらした気になって。


 ああ、今私は、ここに私の傲慢さを見せ付けられている。

 どれほどの力を身につけても、やはり私の基本は無力な人でしかなく。

 心は姿のまま何時までも成長を知らず。






 こうしてまた誰かを傷つけた。














































 思い立って振り向けば、歪んだ微笑を浮かべた赤毛と眼差しがかち合った。

 綺麗な綺麗な翠緑の瞳。



「ガーデンの門は汝に開かれた。いつでも私達を頼って来るといい。再生の灰よ、我等は汝のおとないを魔女の庭にて待つだろう」
「なんだそれ。意味わかんねぇぞ」
「来れば、判る。再び孤独と成った者、唯一の異端へと舞い戻ったもの。庭は全てを受け入れる」

 再生の灰は小さく吐息のような笑いをこぼし、私はそれに背を向けた。
 今度は彼が尋ねてくるまで、振り返る事は無いだろう。
 ヒントは残した。
 探せば必ず、見つかるだろう。




「……キリエ!!」




 私の名前を呼んだのは、懐かしい子供。
 だけどごめん、今わたしは、振り返ることすら出来ないんだ。






あとがき

時期的にはアビスの物語が終わって、エンディングまでの三年?二年?の間にこの世界に来た設定。
介入する暇も無く全てが終わっていて、後は結果を待つのみ。
そういうときにこの世界にやってきて、物語の結末を見たくてやってきたキリエ。
そして後悔。
現実が痛くて、うっかり暴言を吐いて、それがまた受け取られちゃったりしたものだからなおさら痛くて。

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