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深淵に見る箱庭の定義――6
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キスティスも、ゼルも、セルフィも知っているその感覚。 それは、かつて異世界渡りをしたときに感じたものだった。 内臓が浮き上がる浮遊感にもにた、けれど全く違うかすかに冷たさを感じさせる不思議な感覚。 何故それを、異世界に渡らずに見送るはずだった自分達が感じているのか分らなかったが、その感覚の正体を理解してしまったからには論じても仕方の無いことだとはすぐに理解した。 理屈など有って無きに等しいそれについて論じるよりも、やることがある。 その異世界渡りの方法は、念と呼ばれるまた一つの異世界の特殊な力によって作られている。 制約と言う名のルールをもって異世界へ渡れるだけの力をつけたその念の名は【争乱の呼び声】 転移したさきには必ず争いが待ち受けると言う忌み名を持つ念能力。 彼らは何事があっても言いように、とっさに身構えた。 全員が世界を離れる訳には行かないので、希望者から上位三人が異世界へ渡ると決めている。 毎回立候補するのがキリエ。 次点がフィールとアーヴァイン。 アーヴァインとよくセットになって旅行に行くのがセルフィだった。 キスティスはキリエやフィールが勇んで望めばなんとなく譲ってしまうことと、アーヴァインとセルフィがコンビで異世界渡りをする時には、アーヴァインは故意に、セルフィは本気でボケている空回りの傍から見れば熱すぎるカップルの熱に当てられるのを面倒くさがって一度は名乗り上げをするものの辞退することも多かった。 ゼルは好奇心が高く物知りゼルの異名をとるほどでもある。 だが彼は面倒で分り辛いことが嫌いだった。 自分の興味を持ったことにしか頭が働かない典型的な人間で、Seedの筆記テストも通ったのが奇跡と言われる。 異世界自体には興味があるが、新しい世界の習慣やマナー、複雑怪奇で納得しがたい掟などを嫌い、数度異世界にわたったきりだった。 セルフィはゼルやキスティスなどと比べれば異世界旅行の回数は一番多いだろう。 そのセルフィもアーヴァインを伴わない異世界渡りはほとんどしない。 なんといっても異世界に興味はあるが、行く先には必ず争いが待ち受けると言う能力の陰湿さに、気が殺がれるところも多かった。 自分たちが居なくてもその世界の争いは起きている。 その争いの中に自分たちが放り込まれるのであって、自分たちを異世界に呼ぶために争いが起きているわけではない。 それでも、未知との遭遇の第一歩が常に争いだと言うのは気が萎える。 今回は何の因果か、恐らくは念能力の異常により能力の本来のターゲットではない彼等が異世界に送り込まれたのだろうが、おきてしまったからにはやることは一つだった。 不思議な感覚が薄れて、地に足が付く感触を得た彼らを迎えたのは、槍と剣と、炎を吹き出す機械だった。 「な、な、な、なんだこれ!」 「う〜う〜う〜、なんやねんここ、空気まっず〜」 「何の事故かしらないけど、やっぱりこれは気が萎えるわね」 呟き叫びつつ、彼らは安全圏を確保すべく両軍共に関係なく叩きのめして逃亡した。 どこかの屋敷の屋根のくぼみ、外からは死角となる場所に陣取って彼らは今後の相談を始める。 何が起きたか、については話し合う必要も無い。 一言二言言葉を交えれば決着が付いた。 つまり、能力の事故と。 「でも、すぐに帰ることは出来ないわね。帰還に必要なGFは、能力を使っていたキリエが全部ジャンクションしているはずだわ」 「てことは〜、呼ばれるまでずっとこっちの世界に居るって事〜?」 「はー。……そうなんじゃねぇの?」 頬杖を付いて深い溜息と共に項垂れたゼル。 心の弾むような闘争は好きだ。 例えば喧嘩。 心おきなく体を動かせる試合。 だが、こんな人の倫理も理性も壊すような戦争が好きなわけではない。 だから嫌だったんだ、とゼルは内心で呟く。 そしてけほりと血痰を吐いた。 「なんか、いてぇ」 「あら、ゼルもなの? 私もなのよね」 「ここの空気、と〜ってもマズイよ〜? なんか肺に刺さる〜。からだもだるだるだし〜」 「生命活動に支障は無いようだけど……」 言ってウィップを握っていた手のひらを見るキスティス。 そこにはポツリと浮かび上がる小さな内出血。 「まあ、何とかなるでしょう」 「いいのかよそれで」 「論じたってしょうがないことでしょう? ここの世界は初めてなんだから」 「そやね〜。帰るための念に必要なGFはぜ〜んぶキリエがジャンクションしてるし〜、迎えが来るまでうちら帰りたくても帰れない? みたいな〜」 「でもまあ、不慮の事態だけど、言葉が通じるのは不幸中の幸いかしら」 「キリエに感謝だね〜」 と言ってセルフィはGFの記憶障害制御用のバンクルをつけた腕を振り回す。 周囲に満ちる怒号。 指示を出す声、受諾する声、恨みを叫ぶ声、逃げ惑う声、母親を呼ぶ声、子を呼ぶ声。 逃げろと叫ぶ声。 全ての意味を、理解できる。 彼等がいつでも装着しているそれには、キリエが言語翻訳用の念をかけていた。 高度なものではないため人間に対してのみしか効果はなく、意思の疎通が可能になることと、あとは読むことに関してのみで、書くことはできない。 だが言葉が通じ、字を読むことも出来るのなら、書くことに関しても全くのゼロから始めることに比べればかなり、楽になるだろう。 「くあ〜っ、めんどくせぇ!」 「はいはい、物知りゼルの名前に恥じないように頑張ってね? ゼル。期待してるから」 「うちも〜、期待してるからね〜」 ポジティブと言うよりはただのん気としか言いようの無い女性陣の言葉に、やんちゃなくせして小心者のゼルは溜息が止まらない。 彼女達の肝にはきっと鋼鉄製の皮膜がかかっているに違いないともう。 タングステン鋼でもいいだろう。 「とりあえず当分は異世界出身、と言うことを悟られないようにしつつ、今はどうやってここを抜けるか考えましょうか」 「そやね〜。……なんか、見ていて気分悪いよ。戦争っていうより、一方的な侵略みたいだし」 セルフィの言うとおり、ちょっと首を伸ばして下を覗きこんだなら、下は赤い鎧の兵士たちに追いかけられているのはどう見ても武装しているようには見えない人間達だ。 戦争だ。 勝つためには何でもやる。 完全に間違いとは言わない。 負ければ失うのは自分たちの命だ。 だが傍から見ていて気持ちのいいものじゃないことは確かであり、戦争は彼らの嫌悪するものの一つでもある。 かつては代行戦争を請け負っていた彼らであるが、自分が罪を負うからといって同じ罪を持つ人間を許すつもりは無いし、傷をなめあう趣味も無い。 「気分わりぃぜ」 「そうね……見たところへんな魔法も有るみたいだし、有力なGFは全部異世界に行く予定だった彼等がジャンクションしているから、手元にはあまり強いGFはいないし、せいぜい頑張って生き残りましょうか」 「居残り組みだったはずの俺たちのポーチの親はスコール……か。こりゃたいした道具もねぇな」 ごそごそとポケットを探って溜息をつくゼル。 「わたしも〜、カードならいっぱい出てきたけど〜〜未使用のカードだし、あんまり便利道具は無いかな〜」 「……私も似たようなものね。ポーチにばかり頼っていたのが痛いわね。どうせならスコールも来ていればよかったのに」 踊る魔剣など彼らには必要ないし、ポーションの一個なんて何のために封入したのかわからないほどの無駄遣いだ。 間違いなく過去の、試作当時の実験的遺物だろう。 初めから高度な品物を封入した挙句開封できなかったら目も当てられない。 セルフィーがばらばらとポケットからカードを出しているが、からカード以外はかなりどうでもいい物ばかりだった。 掃除機、テレビ、洗濯機。 家出でもするつもりだったのだろうか。 「無いものは〜、ねだってもしょうがないじゃん?」 「そうね。やれることをやりましょう」 「あとあと〜、リノアのために探し物もしなきゃね〜」 「さて、まずはどうしましょうか」 手を出したいが出せないジレンマ。 戦局を左右するような戦争への介入は彼ら自身が自らに禁じている。 これが一方的な侵略と虐殺に見えても、互いに戦争と認識しているのなら下手な介入はできない。 それでも腹の中にわだかまりは積もる。 「は〜いはいは〜い」 セルフィが挙手するのを、キスティスはすましてあてる。 「何かしら、セルフィ」 「はい、キスティス教官。まずは非戦闘員の救助に当たるのがいいと思います。とりあえずの進入経路としてわたしは〜、そこの煙突を推奨しま〜す!」 「……なんだか屁理屈のような気もするけど、ここは私たちの世界じゃないし、ここで私たちの力が何処まで通用するのかも分らないし。じゃあ非戦闘員を保護しつつ戦闘域を脱出、でどうかしら」 「よっしゃぁ! 暴れるぜ!」 「程々にしておいてよね、ゼル。私は脱出の足を捜しに行くわ。ここ、島みたいだから」 「りょ〜か〜い! 一番、セルフィいきま〜っす!!」 「あ、まてよっ!」 叫んで煙突に飛び込んでいったセルフィとその後を追って飛び込んだゼルを暖かい微笑で見送って、キスティスも屋根を蹴った。 手元には丁度いい具合に空カードがある。 キリエの作った念具のなかでも利便性の高さで重宝しているものの一つで、家でも倉庫でも城でも船でもコンパクトに収納できるカードだ。 港に向かってこれから、侵略軍に破壊されないうちにこちらの船籍の船を確保してカードに封入し、人目に付かないところから船に乗って脱出する。 なんだったら侵略軍の船を奪っても構わない。 人が乗っていても人間は収納から弾かれるし、食料品などが積み込まれていればむしろ脱出には好都合だ。 逸る気持ちを抑えて、キスティスは慎重に人目を避けて港へ向かった。 ゼルの言い分じゃないが、すっきりしない戦いは、出来ることならしたく無い。 キスティスが船着場から船を奪取してセルフィとゼルと合流したとき、彼らは7人のメイドと一人の、恐らくはあの館の主の娘であろう貴族令嬢と、五歳になるかそこらといった様子の少年を一人連れていた。 「あら、結構な一行ね」 「なんていうか〜〜、末期?」 「……何も言いたくねぇ」 キスティス自身も目にしているこの町の惨状が、彼等が赴いた屋敷の中でもあったということだろう。 幼い少年は姉らしき少女のドレスの裾を掴んで手放さない。 七人のメイドたちも、女の身でありながら主の血族を守ろうと必死になっているのだろう。 気丈に振舞う姿がむしろ痛々しかった。 「この度は助けていただいた事、深く感謝申し上げます。わたくしマリィベル・ラダン・ガルディオスが亡きガルディオス領主に代わり、ここに御礼申し上げますわ」 「あら、堅苦しい事はいいのよ?」 「いいえ。さあ、ガイラルディア。あなたもご挨拶なさい」 「は、はい姉上。僕はガイラルディア・ガラン・ガルディオスと申します。助けてくださって、ありがとうございました」 かしこまって挨拶するも、まだ拙さの残る少年の姿にキスティスはかすかな笑みを零す。 歩をそろえると、Seed式の敬礼の形にし彼らにか倣うように返す。 「ガーデンSeed所属、キスティス・テュリープ。その言葉、受け取りますわ。船を確保してきたの。すぐにここを出るわ。付いてきてちょうだい」 その頃のスコール。 慣れ親しむほどではないが、すでに違和感でもなくなった世界渡りの感覚がスコールを包み、ふわりと足元の感覚を失い―― スコールはガンブレードを構えると一閃、牙を剥いて襲い掛かってきた二匹の魔物を切り裂いた。 「ここは……どこだ?」 異世界渡りの際に感じるあの不思議な感覚をスコールも感じていた。 彼自身は異世界渡りの対象ではなかったが、だがその感覚を得ていきなり見ず知らずの場所に転移させられたと言うのなら、能力のバグだったとしても異世界に渡ってしまったのだろうことには確信が持てた。 それならそれで事実が分れば問題ではない。 そしておそらく彼を呼び寄せた争いとは、今切り捨てた二匹の魔物の縄張り争いか何かだったのだろう。 人同士の争いに巻き込まれるよりはいいが、やはり微妙な後味の悪さが有る。 周囲を見れば五日のような森の中。 そして今回は一人。 ここがどういった場所なのかも分らない。 他の仲間たちも来ているのかどうかも。 そもそもその時間軸が同一であるのかどうかも不明だ。 GFも揃わず、そもそも念能力の制約である三人の仲間もいない現状としてはリノアの待つ世界へ帰ることも出来ず、一人きりの彼は仲間の迎えを待つしかない。 ポーチは使える。 自分を含め、居残るはずだった四人の内部の空間を共有しているポーチの親はスコールの所持するポーチだ。 判断の基準にはならない。 そこから携帯電話を取り出そうとして――舌打ちした。 無い。 忘れて来た。 自分のポケットの中に入っているのはただの、念能力の付与を得ていないただの携帯電話だ。 充電すら出来ないこちらでは全く役に立たない。 仕事用とプライベートを分けていたのが仇になった。 しかもプライベートの空間に置いて仕事用のしかもっていないという。 とりあえずスコールは周囲の安全を確認すると、これ以上魔物に目を付けられないように気配を殺し手紙を書いた。 それをポーチに入れて森を出るべく歩を進める。 この世界にスコールのポーチと繋がっている仲間が来ていたら、いつか気がつくだろう。 後はその時を待てばいい。 |