深淵に見る箱庭の定義――5



 そういえばそういえばそういえば、と。
 思い出せそうで思い出せない切ないハザマでキリエは考え事をしていた。
 思い出さねばならないことが多すぎる。

 譜石が落ちた後だかに作られたらしいみょうちくりんな形をした首都バチカル。
 夏の生活基準が自転車だったキリエとしては移動が大変そうな町だな、と思っていたが。ゼル愛用のTボードなら関係ないだろうか。
 とにかくその街を出て、彼等は一路ホドを目指して旅路についた。

 旅人、などといいつつ、馬車を使うわけでもなく、まして歩くわけでもなく。
 彼らは陸路を離れ、空飛ぶじゅうたんに乗っていた。

 憧れの道具だろう。
 空飛ぶ車よりよっぽど乗り心地もいい。

 空飛ぶ箒の最悪さはキリエが身を持って実感した。
 例えサドルをつけたとしても、箒は空を飛ぶものじゃない。
 空飛ぶマント――スーパーマンもどきの恥しさも体験済みだ。
 鳥のように空を飛ぶ、は人の憧れでは有るが鳥だって重力から解放されているわけではない。
 道具は無難な物を選んだほうがいい。

 今日はどうやらたいして風の無い日和らしく、自転車を飛ばすほどのスピードで海の上を進む絨毯の上は無防備でも強いと言えるほどの風は無く、考え事をするのにも適していると言えた。

 むしろ昼寝日和か。

 海風独特のにおいがするが、長く居ればそのうち慣れて感じなくなるのだろう。
 湾を離れれば水平線が続く。
 その景色もまた開放感をあおり、心地よいといえた。

 この世界を揺るがす存在、レプリカについて、少しでも見識を深めてみようかとバルフォア博士の本を開いたが、まず自分達には基本的な音素に対する知識が欠乏しているようだった。
 とりあえず粘って十ページほど読んでみたが、挫折した。
 そもそも、バチカルでは初級音素学はあったが初級譜術の本が手に入らなかった。
 少し考えてみればわかる事だったが。

 譜術のマルクト、譜業のキムラスカといわれるように、キムラスカは譜業の国だ。
 譜術と言う個人が持てる普遍的な力を国民に持たせない事で国と階級を作っている。
 個人の力を抑制し、高度な知識や技術を求める人は、譜術の方面ではなく譜業の方面へと流れていく。
 民に余計な知識を与える事を防ぎ、力を与える事を防ぎ、譜業と言う使うのに身一つではない資金や製造に技術が必要な方面に力を寄せることで民から力を奪う。
 キムラスカにおいて初級譜術、譜術入門のような本が手軽に手に入るはずが無い。
 気軽に民の手に入っては困るのだ。

 キリエには基礎を知らずして高等に手を伸ばせるほど頭が良いわけでは無い自覚はある。
 探し回ってくれたらしいアーヴァインには悪いが、高等音素学なんて理解できるはずが無い。
 いつか機会があったら、マルクトで音素学の初級本を手に入れようとキリエは思った。

 空飛ぶ絨毯と言う、なんともファンタジーだがシュールでファニーな乗り物の上で、知識を吸収する傍ら早速実践を始めるものもいる。
 まあ、案の定失敗していたりするアーヴァイン。

 いきなり高等譜術の本を読んで実戦に走るあたり、賢いのか無謀なのか。
 インデックスの題目にも使われている譜術の名が呟かれ――反応は無かった。

 今まで見も知りもしなかったものが、指導者も無く一朝一夕で展開できたら拗ねるぞこのやろうとキリエは再び本に視線を落とした。
 理解できないと分っていても、読む。
 さまざまな理解不明な単語や記述も、理解できないなりに読み進めていくうちに、繰り返し読むうちに、感覚的な理解を得られる事もまれにある。

 適正がどうの、属性がどうのと呟く声が逆の側からも聞こえる。
 第一から第七の音素?
 譜術を使うならまずは適正を見極めてから?

 何を言うのかフィール・エヴァーグリーン!!
 こっちの本には適正は譜術を使うことで分ると書かれているぞ!!

 だが所詮は高等学を学ぶ上でふと触れられただけの一節だ。
 追及しても今は意味が無い。
 理解できないのだから。

 そういえば、そもそもジェイドは素養の無い第七音素を使用しようとして暴走させた挙句ネビリムを殺してしまったはずだ、とキリエは考えた。
 ならば第七音素以外の一から六の音素では素養のあるなしはどう関わってくるのか。
 第七音素は、音素の中でも若く特別な音素であると記憶していたが、そもそも第七音素は他の六つの音素の変異体だったような気もした。
 まあ、預言も音素による回復術も必要としていない彼らしては別に第七音素なんてどうでもいいことだったが。


 理解できない勉強ほど退屈なものは無い。
 逆に言えば理解できたときの喜びは中毒になりそうなほどうれしいものだが。

 本の字面を追うキリエのまなざしが、少しずつ焦点を失ってくる。
 睡魔の魔の手がキリエを包み込み、目蓋を下ろさせようと安息を囁く。
 そしてさっそく、キリエは負けた。
 心地よい日差しに、清々しい風。
 もともとが昼寝日和なのだ。

 やりたいことまではあまり時間が無い。
 が、そこに辿り着くまでの時間なら、使い道無く彼等の前に横たわっている。
 少しくらい、昼寝をしても……




「おや?」

 と、キリエの様子にはじめに気が付いたのはフィールだった。
 だがそのフィールも、理解できないが故に躍起になって本を読んでいたので、何時からキリエがそうなっていたのか全く分らない。
 随分以前からそうなっているような気もしたし、ついさっきこうなったような気もする。

「眠っていますか? キリエ」

 呼びかけるものの目が覚める気配は無い。

「どうしたんだい〜? フィール」
「アーヴァイン先輩……、キリエが」
「あっれ〜? 眠っちゃった?」
「ええ。どうやらそうみたいです。でも、分らなくは無いんですよねぁ」
「ああ、……いい天気だし、本は理解できないし〜、譜術は発動しないし〜、僕も寝ちゃおっかな〜〜」

 ごろん、とひっくり返ったアーヴァインにフィールが慌てる。

「あっ、ちょ、ちょっと先輩! 先輩まで寝ちゃったら僕一人じゃないですか! 自動操縦なんてできるほど僕達地理に詳しく無いですよ?」
「う〜ん……じゃあフィール・エヴァーグリーンに上官としてアーヴァイン・キニアスが命じる! 後は頼んだよ〜〜」
「ちょっと、先輩? センパーーーーーーイ!!」

 ぐんにゃりとした力の無い声で呟いたきり、ものすごい潔い寝入りで寝息を立て始めるアーヴァイン。
 彼にとってもどれほどここの知識を取り入れるという作業が苦行だったかをうかがわせる。
 初級、中級から入れたのならともかくいきなり全く知らない分野の高等学問を始めるというのは辛い。
 彼の上にも睡魔の魔の手は伸びていたようだった。

「本当に寝ちゃったんですかーーー!!」

 荒野に一人の男の悲痛な叫びが細く、長く響き渡った。










 目が覚めたとき、キリエは何が起きているのかわからなかった。

 ふと寒さに震えて目が覚めれば、世界はもう少しで夕陽が沈みきる時間だった。
 異世界の夕陽。
 だが異世界のもののであっても夕陽は美しかった。
 そして体調も眠る前より格段にいい。
 一眠りごとにこうして体は世界に順応していくのだろうと思えた。
 痛みも苦しみも、馴れるものじゃない。
 馴れないほうがいい。
 それから開放される事を思えば、それは強い喜びだった。

 それから気が付く。

 テンガロンハットを顔の上に乗せてその大きな体を絨毯の上で伸び伸びとクツロゲさせているアーヴァインと、絨毯の進行方向に対して前方で膝を抱えて丸くなっているフィールに。

 アーヴァインは分る。
 これは寝入っていると人目でわかる。
 だがフィールは一体何をしているのだろうか。

「……あんた、何してんの?」

 声を掛ければゆるりと振り返る。
 その目はじっとりとした憎念に彩られているようだった。

「みんな、ずるいですよ……。僕だけ先において眠っちゃうんですから」
「ああ……そうか」

 まだどこかぼんやりした思考回路でキリエは納得した。
 まだナビゲーション昨日を使えないほど無知な世界で、船頭は必要だ。
 自分がいつの間にか眠りつき、そしてアーヴァインがフィールに先んじてやはり眠り、タイミングを逃したフィールが一人残されて舵取りを任されてしまった、と。

 宴会や酒の席で真っ先に酔っ払いにばれなかった人間は気が付けば酔うに酔えなくなっているあれだろうか。
 そうして気が付けば気を揉んで、後始末をつけるようになっているのだ。

 最後の生者は損をする。

 これはまた極端なことわざだが、何処の世界のことわざだったかとキリエは首を傾げた。
 まるで斜めにすればコロンといい考えが耳から転がり落ちてくるかと言うように。
 だがそうしてみたところで頭はからりとも音を立てずに思考はまだ八分目くらいしか目覚めない。

 その鈍い頭でも、先に眠り込んだ自分たちを起こさずにいたフィールの人の良さは感じられた。
 そうまで人がいいからこその事態でも有るが、この人のよさは好感を得る。

「ありがとう、フィール。ゴメンね、いつの間にか眠っちゃったみたいで」
「いいですけど。……まあ、退屈なのはよく分りますし」
「そうなのよねぇ。あれ、ぜんっぜん分んないし」

 といって取り出すのはいつの間にか枕にしていた音素学の本だった。
 著者名も聞き覚えの無いものばかりだ。
 たくさんの本の中にあってバルフォア名義のものはほんの二、三冊しかない。
 それでもアーヴァインが懸命に探してきてくれた結果だろう。

 感謝は尽きないが、分らないものはわからないのだ。

 またいつものように力で強引にごり押しする事になるのだろうかと、九割がた目覚めた頭で考えた。
 自分の持つ反則はどこまで高みを望めるのだろうか、と思う。
 上り詰めたときには、あるいはリノアを救い出せるときなのかもしれない。

「わからない事がわかっただけでよしと言うことにしましょう、キリエ。今は本当にどうしようもありませんから」
「もどかしいわね」
「とりあえず移動した分に対してのデータは取得して、マップの作製に入っています」
「ほんと、有能だわねぇ、全方位に」
「無駄に小器用だからいいように使われるんですよ。自分でも分っているんです。一つの分野で突き抜ける事はできない。けれどオールマイティにさまざまな事をそれなりに出来る。まあね、便利だと思いますよ? 自分でも」

 便利だが、そこどまりだ。
 組織において高みに上れる人間ではない。
 それも痛いほど自覚している。
 だがそれが心酔している人間の側にいることが出来る理由と言うのだから、幸か不幸か分ったものじゃないと苦笑する。

「本は読めない、地理には不案内。辛うじてそれを知っているんでしょうキリエは」
「絵がどへたれ。あまり説明能力も高く無いわ」
「口頭で全てを伝えようというのがそもそも無理なんですよ。貴方は流されやすい」

 ふっと溜息をついてフィールはキリエに背を向けた。

「町の人から聞いた話では、もうすぐです。次はケセドニアです」
「はや、……と言うわけでもないのよね」
「キリエは寝ていましたから」
「ええ、そうね」

 再びじっとりと見つめられてばつが悪い思いをするキリエ。
 それをまた溜息一つで消してしまうとフィールは言った。

「思う存分書面で、僕たちにこの世界の事を伝えるべく知識を整理してください」

 こうしてキリエの時間の使い道は決まった。




 ケセドニアにたどり着いてもホドは遠い。
 実質距離的なことを言うのならバチカルからまっすぐに進むのと彼らにとってさしたる違いは無い。
 直線で進むのなら、タタル渓谷付近の山岳を超える事思えばむしろ手間がかかる。
 それでもケセドニアを目指したのは、より正確な情報を求めてだった。

 バチカルは保護された首都だ。
 正確な情報を知るのは上層部のみであり、市民には士気を保ち混乱を避けるためにも正確な戦況などは知らされない。
 それに対してケセドニアは更に広く情報を得られる場所だった。

 ある程度の情報統制は仕方が無いとしても、表の世界の裏に潜む情報は比べ物にならない。
 ここは商人たちの街だった。

 アーヴァインとフィールは情報を集めるために借りた宿を出て行っている。
 どうせまたフィールはへべれけになって戻ってくるのだろう。
 酒の席で口の緩んだ人々は、多少の不審さなど物ともしない。

 一人宿に取り残されたキリエは、口に棒付きキャンディの形をした念具を含んでカリカリと髪にペンを走らせる。
 書き損じては斜線で消して、また書いては唸る。

 気は急くが、無闇に飛び込んでも何も出来ることなど無いのだ。
 それは分っている。

 緊張状態にあるがまだ実質襲撃を受けていないホド。
 そして恐らくは史実においても一方的な襲撃に近い有様を呈していたような気がするホド襲撃の歴史。
 ホドはいまだ安穏としているだろう。
 襲撃の起きるその時まで。

 扱いが第三国であるとは言え、ホドにこれほど近いケセドニアはまだ戦場とは違う活気がある。
 ケセドニアは商人の街。
 恐らくは、ここにも。
 いや、それはほぼ間違いない核心であり、この世の摂理だった。

「死の商人……」

 彼等がいる。
 死の商人は、争いの場でこそもっとも利益を上げるものであり、時には更なる利益を上げるために争いを煽る事すらある。
 だが、そもそもの争いや火種が無ければ存在しないものだった。

 死の商人、などといわれるが、商売や分野がかなり細かいところまで細分化されているキリエたちの世界とは違い、ここではそれ唯一つを商売としている商人の方が少ない。
 死の商人たちも、普段はただの商売人だ。

 だが一度戦の気風が高まれば、彼らは日常と言う蓑を捨てて蠢きだす。
 想像するだけで気が重いものだった。

 はぁ……、とキリエは筆を止めると溜息をついて手元のノートを見下ろした。

「なにさ、これ。音素不耐症?」

 この世界に関して思い出せる事を思い出せる限り記すはずのノートには、いつのまにか自分たちの体に起こっている事に対しての考察に入れ替わっていた。
 ほぼ無意識に書き連ねていたが、理由は分る。

 思い出す、と言う作業があまりかんばしくなかったからだろう。
 ゲーム本編の時間軸であるならそれなりに思い出せるが、それ以前ともなるとさっぱりだった。
 昔そのゲームをプレイしたときに興奮のあまりパソコンの保存したデータもあるが、そこに記されている預言も、年号は示しても月までは教えてくれない。
 それでもペンを動かし続けた結果こうなった、と。

「ああ、もういや。寝る!!」

 叫んで、その叫び故に喀血して、それに自己嫌悪をしてとせわしなくキリエはベッドに倒れた。
 ごろん、と寝返りを打って考えるのはホドの事だった。

 キリエは穴の開いているホドの跡地しか記憶に知らない。
 それも作られた映像の中の事だった。
 場所的に両国が平和な関係にあるのなら、流通の拠点といえるだろう。
 キムラスカ、マルクト、ケセドニア、そしてダアト。
 ほぼ世界の中心にあると言っても差し支えないだろう。
 それだけキムラスカには邪魔だと思われているという事だろう。

 再びキリエは寝返りを打って、今度こそ眠りの世界に誘われていった。








 翌朝。
 ホド諸島にてキムラスカとマルクとの戦は開戦していた。






「どういうことどういうことどういうこと!」

 その日の朝に、ケセドニアを駆け抜けた一報に目を覚まされたキリエたちだった。
 ホドに、キムラスカの軍艦が攻め入ったと知らせて回る者が居た。
 恐ろしく迅速だった。
 昨日、キリエたちがこのケセドニアに来たときの話しでは、まだ周囲に軍艦の陰も無いとの話だったのが、一晩経てば、これだ。

「急げばまだ間に合うかもしれません」
「非戦闘員の保護だけでも出来ればいいけど」

 彼らは絨毯に乗って海上を行く。
 風を切る高速絨毯だが、今は髪が抜けそうなほどのスピードも今は焦りが遅く感じさせた。
 絨毯が標準機能として持っている保護幕がなければ、今の速さなら細胞組織の弱っているキリエの髪は無残にも千切れ、抜け落ちて行っただろう速さだった。

 ホドの伯爵がマリィはともかくとして、ガイすらも逃がしていなかった理由がこれかとキリエは唇をかんだ。
 差し迫った事態が見えないうちに、急襲された。
 見えていたら幾らなんでも跡継ぎの長子くらい逃がすだろう。
 領主の息子、民の前に立つものだと綺麗事を言ってみたところで、五歳の子供は無力だ。

「非戦闘員……フェレス島!」
「それは?」
「ホド崩落の余波にあって沈む島よ。ホド本島よりまだ希望はある。ホドは、まだ崩落していない!」
「オーケー!」
「ソナー発射、簡易衛星発射準備!」

 詳しい位置の分らない島に対してフィールが素早く発見のための準備をする。

「ファイ、フォー、スリー、ツー、ワン……発射!」
「広域マップオープン」
「ホド島を目視で確認!」

 身を乗り出したアーヴァインが叫んだ。
 そのとおり、風と海の向こうに微かに島が見える。
 専用の念具の手袋を履いて、光学式パソコンを起動させたフィールが早速確認された地理をマップとして形成し、取り込んでいる。

「状況は? 見える?」
「キムラスカの軍勢はかなり勢いを持っているみたいだね。ホドは……恐らく完全に近い不意打ちだ」
「兵士は……しょうがないわ」

 たとえ徴兵されただけだとしても、望んでいなかったとしても、彼らは兵士となった時点ですでに命のやり取りの場に立っている。
 介入を封じたのはガーデンではなく彼ら自身だ。

「各自ヘッドセット装着後、通信を確認しフェレス島とホド島に各自分かれて非戦闘員の保護に努める事。いい?」
「オーケー。サンキュ、アーヴァイン」
「ヘッドセット装着確認。通信、テスト。テステス……問題ありません。いつでもいけます」
「キリエは一人でも大丈夫かい?」

 それは、誰よりもこの世界で音素の影響を受けているキリエを慮っての言葉だった。
 キリエは、今とても、弱い。
 衝撃に弱く、周囲で譜術など使われた時には更にキリエの体は影響を受けるだろう。
 念具を使ってねじ伏せてはいるが――すでに言葉にする意味が無いだけで常に痛みは受けているはずだった。

「何とかなるわよ。死にゃしないわ」

 何があっても。
 死なない事。
 それがキリエの最優先だ。
 物事の順序で上位三つはきっちり決まっている。

 第一に生きる事。
 第二に仲間。
 第三に最終目標としてのリノアの解放が有る。

 死んでしまってはリノアの解放はならないし、仲間たちを失っては記憶を失ったリノアを孤独にしないという目標が果たせない。
 リノアを迎える自分と仲間たち。
 それが用意された上でリノアの解放をする。それが目標だ。

 だからその三つはキリエの中で絶対に揺るがない。
 それ以降の下位はかなり流動的だったが。

「キリエと僕がホド島に、フィールが周辺の諸島を探る。それでいいね?」
「一人でも大丈夫だって言ってるじゃないの」
「だめだよ。そんなぼろぼろの体で意地張ってさ。もう崩落を始めているならともかく、まだあの島は崩落をはじめていない。いざ崩落が始まったときの衝撃がどれほどの物かもわからないんだよ? なにかあってからじゃ遅いんだ」

 ぐうの音もでない。
 アーヴァインの気遣いが分る。
 ホドはすでに落ちる事が確約された状態にある島だ。
 まだ崩落は始まっていないが、崩落したなら島全体が沈むのには数日かかろうとも爆心地付近は恐らく壊滅状態になるだろう。
 爆発のエネルギーは侮れない物がある。
 体調が悪い所の話ではないキリエが不慮の事態に耐えられるかどうか。

 キリエの中にある上位三つの信念のためにもここはアーヴァインの提案を受け入れるべきだろう。
 己の分を弁えない物に訪れるのは滅びである。
 過小評価しすぎの嫌いはあるが、キリエは己の実力と言う物を上を見ることによって理解していた。
 適わない人間が居る。
 それがキリエのストッパーである。

「ええ。構わないわ。いいえ、お願い、アーヴァイン。助けて」

 仲間の力を借りなければ、今のキリエは何も出来ないに等しい。

「出来る限り、ね」

 アーヴァインの譲歩だった。
 助ける事ができる人々の数も恐らくは少ないはずだ。
 身の安全を最優先に、いつでも逃げ出せと言外に告げている。

「話が決まったなら、いきますよ?」
「オーケイ!」

 すぐにもう一つの空飛ぶ絨毯を取り出して、そこにフィールが乗り込んだ。
 言葉なく瞬時に眼差しを交わし、フィールは頼もしく頷くと海原に向けて飛び立っていく。
 キリエたちもホドを目指してすぐに通信が入った。

『あ〜あ〜、聞こえますか〜〜』
「ええ、感度良好。よく聞こえるわ」
『えー、フェレス島かどうか分りませんけど、人が住んでいるらしき島を発見しました。襲撃を受けているようです。住民の避難を開始します』
「たのむよ〜?」
「避難方法、っていうか住民の移動手段はどうする?」
「あ〜、絨毯じゃ一度の移動に限界があるしねぇ……」
「移動系の念と言うなら【開門の審判者】があるけど」
「今あれで移動できる明確な住所を知っているのってバチカルとケセドニアだけじゃん。だめだめだよ〜〜」
『それについてはキリエ以前扉を作っていませんでしたか?』
「扉?」

 聞かれてキリエは腕を組む。
 覚えはある。
 異世界渡りの能力の更なる安定を求めて象徴的な念具を作ろうとしたのだ。
 壁を開き、超えると言えば扉、門、ゲート。
 そんなイメージだけを持って試行錯誤したことがあった。

『あれ、副産物的にどこかに通じる道具になっていたと思うんですが、たしかポーチに入っていましたよね』
「ああ、あれ。アバウトすぎて結局お蔵入りになったのよね」
「森とか、川とか、草原とか、そういった単位でしか指定できないんだよね〜〜」

 例えばキムラスカにあるザオ砂漠と指定したなら、世界に砂漠は一つしかないから確実に砂漠の何処かには移動できるだろう。
 マルクトにある森、と指定した場合は、テオルの森を初めとして森といえそうな森林地帯なら国境を越えてあらゆるところに出現する可能性がある。
 使うごとにオーラの消費もあるが、【開門の審判者】のようにエデンの召喚に対するペナルティもないし、初期投資が大きかったためかオーラの消費量も少ないので長時間展開しておける。

 キリエとしては初期投資が高かった割に失敗した道具だと悔やんでいたのだが、その失敗によりある程度形がつかめたため次なるゲートの創造のために試行錯誤をしていた。
 まだ完成とは言いがたいが最新の物はガーデンにおいてある。
 ゆくゆくは同一世界内の移動は完全に道具に頼り、【開門の審判者】の能力は封じてしまう予定になっている。
 それを制約にし、開いた能力のスペースで必要な能力の更なる拡充を図るのだ。

 具体的な目標としては異世界渡りにおける、初めての異世界に渡るときの制約である、必ず争乱のある場所に出現する、という項目をまずは外したいとスコール達は考えている。
 時としてシャレにならない争乱にも出会ってきた。
 未来を絶たれるかと思われるほどの争乱にも。
 そしてまた根本的にその異世界渡りのための能力は安定性が悪いことも問題になっていた。
 今回はなかなか成功したほうである。

 フィールの示すそれは、失敗作ゆえにポーチに入れたまま放置していた物だった。
 ゲート・オブ・ザゲート。
 そう呼ばれている念具のプロトタイプだった。

『大まかな指定以外は完全にランダムですが、大きな森の中に当たればそれなりの人数を秘密裏に収容する事ができるでしょう。ひと時のことです。すぐに次の場所を探さなければなりませんが』
「魔物の問題も有るわ。あまり強い魔物が居る地域に出たら移動させた先で死者がでる事になる」
「僕達は付きっ切りじゃいられないからねぇ〜」
『島、というある意味密閉された逃げ場の無い空間じゃないんです。陸地が繋がっていれば逃げるくらいはできるでしょう』
「可能性は作るけど、そもそも最後まで面倒見るつもりはないしね」

 物理的に不可能である。
 デッド・オア・アライブ。
 生か死か。
 死しか示されない場所にもう一つ生の選択肢を与える。
 だが選び取ったなら己の道は己で作れ。

 当たり前のことだ。

「じゃあ頼むわ。そのプランで」
『了解しました。もうすぐ上陸するのでいったん通信はきりますね』

 ぷつ、とノイズが入り通信が途絶えた。
 繋げようとすればすぐに双方向で繋げられる。
 集中するために雑音をカットしただけだ。

「あっちのプランは決まったけど、こっちはどうする? アーヴァイン」
「ゲートは一つしかないんでしょ?」
「ええ。絨毯なら後十枚くらいあるけど」
「地道に運ぶしかないんじゃないかな〜。そもそもあの様子だと、どれくらいの生存者が見込めるか、わかんないよ」

 そうアーヴァインが見つめる先には、数多のキムラスカ船籍の船が押し寄せる、美しい孤島の姿があった。
 どのくらい、手を伸ばせるだろうか。
 アーヴァインは苦い思いを噛み締める。

「何処か近い陸地で津波に巻き込まれなさそうな場所に心当たりは無い?」
「そういうアーヴァインはどうなの? 地図くらい見たんでしょう?」
「僕なら――ダアト、かな」
「だあと?」
「パダミヤ大陸の端だね」
「いこう、アーヴァイン」

 目標も決まった。









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