深淵に見る箱庭の定義――2



 私はまだ幽霊よろしくあの部屋に居た。
 前に夢を見たときが何時だったか、正確に記憶しては居ないけど、少なくとも一週間はたっていない。

 同じ家、同じ居間。
 テーブルの上のキルティングはより完成に近づいていて、今日暖炉の火にかけられているのは鍋ではなく薬缶だったが。
 とにかく私は再びそこにいて、それからも数回にわたって、私はこの家に行くことになる。

 物怖じしない子供と、頭脳だけは大人顔負けだが心の未熟な子供と妹と、なぜかその子供について回る子供と。
 そして、私の存在を認識できない女性が一人。

 二回目に四人の子供達と自己紹介を交わして、三回目にはおずおずとだがもう少し深い交流を深めた。
 人の体に随分とずぼずぼずぼずぼと色んなものを通して遊んでくれたものである。
 ピオニーと言う少年は確実に面白がって透過する私の体に手を伸ばしていたけど、ジェイドという少年は間違いなく私を実験体として手を伸ばしていたように思う。

 なんといっても真剣持ち出していたしね!!

 鉄は魔よけって昔から言うし、ジェイドオリジナルの譜業が施された刀身は怖かった。
 誰も触れない私でももし切れたらどうしよう、と思ったけど、無事だった。
 恐怖と自己保存の本能の欠けている子供は知っているけど、こいつは本当に倫理が欠けてやがる。
 可能なら消してしまおうと言う意思が見え隠れしていた。
 あからさまに見せたらきっとピオニーに止められるからだろう。
 っていうか、もしそうだったら止めてねピオニー。
 貴方が彼らの良心です。
 サフィールもネフリーも、最初は怖がっていたくせに怖くないとわかると誰よりも楽しんでいた。

 私は二回目に彼らの自己紹介と暦の数え方を聞き、核心に至った。
 この世は深淵であると。

 私が物体に干渉できないために、交流は主に口、おしゃべりが主だった。
 でも、ここはゲルダ・ネビリムの私塾。
 ということは、子供達は何時までもここに居るわけではないと言うことだ。

 三回目の交流は時間が夜に差し掛かり、おのおの子供達は帰っていった。
 残されるのは、私の存在を感知できないゲルダと、物質に干渉できない私。

 互いに互いは存在しないに等しい。

 熱そうに燃え盛る暖炉の炎が消される瞬間、私の意識も暗転した。







 四回目には下着姿のまま彼らの前に現れることになって大変恥ずかしい思いをした。
 何でかしらぬがネフリーの顔も赤いが私の顔も負けず赤い。サフィールとピオニーもそこはかとなく恥ずかしそうだが私のほうが恥ずかしい。
 三人とも目を覆い隠した指の隙間からキラキラお目目がのぞいているぞ!!
 おいそこの、ただひとりどっちらけているマッドの卵!! 興味深そうに観察するな!!

 寝る前の姿が影響すると知ったのはその時のことだ。
 ふだん着のままベッドに入る生活が仇になった。
 たまに珍しいことをしてみれば、それだ。

 暑く、寝苦しい夜に、クーラーのない一人部屋!

 下着姿になって何が悪い!!

 ちなみに今日は低反発枕の代わりに氷枕だった。

 救いがあるとすればそれは、私の生活に見えないところにまで手を伸ばす余裕があったことと、それをなす意思があったことだろうか。
 いわく高級ランジェリーの類。
 綿100%のでかパンも好きな身としては、この日は本当に救われた。



 悔しいから五回目にそこに現れるまで毎晩男物のSeed服で完全武装して眠りに付いた。
 ベッドに腰掛けて。寝癖が付かないように。五日も。

 輝いていたネフリーの眼差しが少し切なかったり。
 どうせ女にみえねないよ。
 無駄に背もあるし。
 胸は平均的にBとCの狭間をさまよっている。これでも子供を生んで大きくなったのだ。
 もともとは絶壁とか洗濯板かと言われるブラのいらないAカップ。
 膨らんだ今とて男物のSeed服を着ると胸なんて有って無きに等しい。

 こうして異世界をのぞくのは初めての経験だったが、世界から切り離される感覚には慣れていたし、今それほど恐怖はなかった。
 初めのころは、体を置いて遠くに行き過ぎて、死んでしまうんじゃないかって心配したもんだけど、何度も帰ってきている今となっては心配もかなり薄れている。

 それからも、私はあの家に現れるたびに子供達と関わった。
 ネビリムという女性は様子のおかしい子供達をいぶかしがったけど、子供達は彼女へのささやかな隠し事を楽しがった。
 私がこの家から出られず、四人のほかには誰にも見えていない事を話すと、哀れがって一緒に居てくれた。いいけど。
 四回目の、下着で現れたか回からジェイドも私のことを警戒する価値もないと言うような目で見るようになったし。
 眼差しが痛いよ……。

 とうとう痛い女になったか私。そう思ったとき何かが吹っ切れた。
 ちくしょうジェイド。絶対からかってやる。

 そして私は幾度も子供達に約束をした。

   いつか必ず、生身の肉体を持って出会うことを。

 物に触れ得ない私たちの関わりは、ほとんどが喋る事に費やされていて、だからなおさら強く望んだ。

 彼らに生身で持って触れたいと。



 これが完全な夢ではないのなら、繰り返す異世界旅行のいつかには、限りない無限の向こうには、私と出会った彼らの世界が、きっとあるはず。



 六回目にそのゲルダの私塾に現れた私は、とにかく徹底してジェイドに話しかけた。
 彼の興味の対象である譜術、音素と言った会話は出来なかったけど、性質の悪い酔っ払いかというくらい徹底してジェイドに絡んだ。
 途中からピオニーも乗っかってきて、それはもうそれはもう。

 何を話したかと言えば、ほとんどが世間話だ。
 あと失敗談。
 異世界の話は匂わせる程度でほとんどしなかった。

 私が、後のジェイド・カーティス大佐と言う人物について思うところを、ちょこっと述べるなら。


それは《死を理解できないふりをする哀れな子供》


 あの時点ですでにいい年だけど、死を理解できないと、表層だけでも言い続ける間は子供でいい。

 彼はとっくに、ネビリムとピオニーに死を教えられていると思う。
 ただ、死を理解できない、と言う言葉を逃げ道に、それ以上考える事をやめてしまっただけで。

 アッシュの事を初めてみたときにはもうレプリカと被験者の可能性に気がついたと思うし、ルークの存在は痛かっただろうとは思う。
 けどちょっと許しがたいね。
 自分の過去のために現在と言うルークを否定するような真似は許せんよ。
 まあそんな思いもあってちょっと苛めてるんだけど。
 まんざらでもなさそうだ。

 天才だけど、性格は持って生まれたものにプラスして、周囲が作ったもの、もあると思う。

 小さいころちょっと才能があってちやほやされたり遠巻きにされたりすると性格歪んだりするじゃない。
 あんな感じで。
 サフィールに関してはどうしてそこまで心酔するのか無宗教人の私には分らないけど。

 とにかくその日はひたすらジェイドに構い倒した。

 うむ、結構有意義な時間だったと思う。

 もし上手く彼らの世界にいけたなら、少しは覚えておいてほしいし。

 ジェイド、記憶力はいいからきっと容姿の変わらない私のことを見ればわかるとは思うけど、個人的な感情もあって、その他大勢の一人と言うのは寂しい。

 誰かにとっての特別な一人でありたいとは、常に私の願い。

 無き者、である寂しさを知ってしまったから。
 だからなおさら、ルークに共感を覚えるのかも。
 七年間屋敷の中で、平穏でありながらもずっと存在しなかったルーク。
 昔から居るものも、両親も、今は無いかつてのルークの影ばかり追っている。
 そんな環境でやる気を出せってのは結構無理っぽい。私なら。
 あげく外の世界に出てみれば、まあ結局はそれまでの七年間のあり方がたたって、外に出たからと言って認められるわけでもなし。

 ずっと自分の存在を認めてくれるものを求めていたルーク。



 その日は、ジェイドの口から再会を約束させて、私の意識は闇に落ちた。

 上出来だ、私よ。



 その日から割と順調に、二・三日おきにはゲルダの私塾に現れるようになった。

 子供達が居る間は子供達と戯れ、居ない間は暇でしょうがないので必死になって物質に干渉できないか試してみたり。

 メモの一つでも残せれば、私が居た証拠でも残せるんじゃないかって。

 日記ですら三日坊主にならない私だから、正確な記録を残すことはさっさと諦めて、個室をあさって出てきたメモ帳に、とりあえず正の字をつけておく。

 最初から数えて正三つ。

 すでに結構な数だ。

 なんだかもうすっかり慣れてきた。
 最初のころに感じていた恐怖も、いまじゃ薄れるどころか感じてもいない。
 それどころか、私はあの空間へいけることを楽しみにしてすらいる。
 ジェイドやピオニー、六神将時よりはまだまともっぽいサフィールや、兄と比べれば性格もまだ子供らしくて夢のあるネフリー。
 容姿は兄に似て綺麗だし、性格も嫌味無く本当に言葉通り良いし。
 ピオニーの淡い恋か。
 これを引きずって三十過ぎても権力者が結婚しないって言うなら、初恋の呪いのようだ。

 皆良い子だから皆幸せになってほしいけど、皆が幸せって言うのはありえないとも分っている。

 外から見て状況的に幸せでも、心が幸を感じられなければそれは幸ではないから。

 まあとにかく、ここで私がピオニーと結託してジェイドを構い倒すのは、私がうろ覚えに覚えている物語の印象のせいも多々多々あると思われる。

 自己心理分析は得意じゃないんだけど。

 あの物語は、ルークと、そして誰よりジェイドのためにあると、疑わない私だ。

 生身で幼いジェイドをかいぐり出来ないことを心底悔しく思いつつ、私と彼らの幼い交流は十六回を数えて終わった。









 夢は夢のまま、出会いの証は時間のみ。













 次にその世界へ現れたとき、子供達は四人ではなくなっていた。

 たしか、十七回目か。

 現れたのはいつでも怯えを含んだ眼差しをしていた銀髪の少年が一人。
 育っている。
 そして明らかに場所も違う。
 ゲルダ・ネビリムが開いていた私塾らしき場所にしかいけなかったはずの私が。

 ああ。
 やはり悲劇は起こったのかと。
 体もない私に止められるわけもなく。
 世界か私の体質か、どちらだとしても残酷なことをする。
 関わっているのに。結局私は傍観者。

「サフィール」

 思わず呟くと、うつむいた彼が顔を上げた。
 瞳に登る驚愕。
 いまやっと、私の存在に気がついたらしい。

「逢いに来たから、逢いに行くから」

 その目に映る驚愕が揺らがぬうちに、私の意識は世界に帰った。
 目が覚めてみるのは、スチールの色をした見慣れた天井。

 なんと言うタイミング。

 せめて彼にもう一言だけでもかけられたなら。
 そう思わずに居られない。



 いつ、あの世界へ行くのか分らない。
 何時のあの世界へいけるのか分らない。
 もしかしたらあの理不尽な物語が全て終わった後なのかも、しれない。
 けれどもし、その前に辿り着けたのなら、わたしはあの子供に手を差し伸べたいと思った。
 赤毛の優しい子供に。
 諦めのため息一つ聞かせる事無く世界を教えたかった。
 諦めを含んだため息の辛さは、私がよく知っている。
 けど。
 いや、けどじゃない。
 そして、だ。
 ディストと名乗る彼、サフィールとも、目の前から向き合いたいと思った。



 十八回目に私がその世界に現れたときも、室内だった。
 これがまたよく分らない場所なのだが。
 多少のお金はかけているだろうと思われる一枚の扉。
 そして窓。
 そのどちらも私は通り抜けられず、また壁も無理だった。
 質としてはそれなりの広さはあるが、それでも移動範囲が狭まったのは感じる。
 閉塞感はむしろないのだけども。

 綺麗な部屋、といえばそうなのだろうか。
 塵一つ感じさせない部屋だ。

 人のために整えられ、けれど人の住まない部屋。

 まったく使わないわけじゃないんだろうけど、とにかく不思議な部屋だ。
 この部屋からは、感情を感じない。

 触れることも出て行くことも出来なくて、フラフラと部屋の観察を続ける。
 夢の中でも言語の壁を取り払った念具の効果が現れているのか、読み慣れない文字もすらすらと脳みそが読み上げる。
 年齢を数えのやめたほど生きてきたけど、時々自分で書いたローマ字すら読むのに突っかかる脳みそだ。
 この便利すぎる念具がその傾向に拍車をかけているような気はするが、とにかくいま、私はひたすらに文字を追っていた。

 それしかやることがないし。

 本棚はあって、几帳面に本がつめられている。
 束ねただけの論文のようなものも挟まっている。
 名義は、ジェイド・バルフォア。

 ……ここは、ジェイドの部屋なのだろうか?

 主は居ない。
 私は何時居なくなるかわからない。
 書置きも残せない。

 そしてそのまま、十八回目の私は誰にも出会う事無く逢瀬の場所を後にした。

 暗転する意識がこれほど悔しかったことなど、かつてない。





 十九度目に私は再びその部屋に居た。
 目の前には驚愕に染まるジェイドの顔。

 ……こんな顔も出来るんだ。

「――なぜ、貴方がここに居るんです」

 驚愕を押し込めた次に現れたのは真剣そのものの表情。
 ゲーム内で彼が良く浮かべていた、ただの筋肉の収縮運動の笑顔すら、ない。
 まあ、幼きころを多少なりとも知る身としては、あんなものを浮かべられるよりはるかにマシだが。

「貴方は、ケテルブルクの――先生の私塾にしか居られなかったはずだ」
「覚えていてくれて、嬉しいよ、ジェイド」

 にこりとわらって、年上の威厳を何とかかき集める。
 大丈夫。
 間違って下着で現れてしまってから以降、寝巻きも毎日多少余所行きだ。

「忘れる、わけがない。――貴方が現れなくなって、すぐに私達は皆ばらばらになり、貴方のことを話すこともなくなりました」
「雪国の見せる、幻かと思った? 生きていくうえでその記憶が邪魔なら、捨ててくれていいよ」

 この年代のジェイドには、まだあのケテルブルクの思いでは、重いんじゃないだろうか。
 フォミクリー? だったかを、まだ研究している年齢ならば。
 もう還らない暖かな時間の、私も一つの形のはずだ。
 そうなれるように、あの短い時間の中で私も努力した。
 それも、ネビリム先生とは違う、レプリカも作れない。

「何故そんなことを、言うんですか」

 それもそうか。彼は、ネビリムの復活を持って、あのころの時間を取り戻したいんだ。

 失言、かな? でも悔やまない。今回は。
 いつかピオニーと語らうのか拳で語らうのかは知らないけど、彼とのかかわりを持ってジェイドはフォミクリー、レプリカの技術を封印する。
 こんな幽霊のような私でも、それの助力になれたらいい。
 痛い過去を突きつけることによってでも。

 あの旅において、ジェイド・カーティスと言う存在は、最年長者にして最大挙動不審者だと思っている。
 自らの心と過去にきちんと向き合ってこなかったつけだね。
 私なんかと違って、それなりに重たい過去を持ってるんだからさ。

 見たくないからって目を背けたまま腐らせとくから、肝心のときに自分の心も制御できなくなってしまう。

「あなたは……」

 くぅ〜っ、抱きつきた。かいぐりしたい!!

 老化を止めたのは二十七歳のときだった。いま目の前のジェイドが何歳かは知らないけど、見た目的にはすでにさして年の差はなくなっている。

 それでもゲーム本編より若いジェイドは、まだあの筋肉の笑みを体得しておらず――あるいは昔なじみだから浮かべないだけなのか――それこそありえないか。とにかく、幾分素直そうに見えた。

 それが私にとっては可愛らしくて仕方が無くて。

 あなたは、の続きが何時までたっても来ないから。
 触れられないのを承知でジェイドの頭に手を伸ばす。

 うつむいて、歯を食いしばって。貴方は何をこらえているの?
 貴方は何を、我慢しているの?

 頭に伸ばした手を頬に添えなおして、顔を覗き込む。
 こちらは身長差故に簡単だった。
 油断すると顔に手がめり込むので結構必死に表面をなぞる振りをする。

 つか、ピオニーが居ないと話をつなげられない私って……。


 ヘルプミー・ピオニー!!


 動作は変わらずジェイドの顔に手を伸ばしたまま、内心でそう絶叫を上げたとき私は現実に帰ってきた。


 ドキドキだね。







「もしかして……キリエ姉さん?」
「うんそう。大きくなったね、ネフリー」

 次ぎ当たりはピオニーかなぁ、とか思っていたら、二十回目はネフリーだった。

 感激してくれておねぇさん(年齢詐称)嬉しいよ。およよ。
 うっすらと涙まで浮かんできているし。
 小さいころなら楽しめても、大きくなったら不思議は認めない!! とか言い出されなくて本当に嬉しい。
 突然現れたのにお化けー、とか言われなくてまた嬉しい。

 そういや、あの時お化けって言ったの、サフィールだけだったよね。

 つか、このお人も年齢不詳だ。

 多分まだ三十に手を出しては居ないはず。

 つか、出現の時間軸が一定じゃない感じがする。
 だってこのネフリー、前に会ったジェイドより年上っぽい。

 同じモンゴリアンの年齢も測れないのに、異人種の年齢なんか分るかい!!

 私はさっさと思考を投げ出した。
 ああ、でもこれで前のジェイドがなおのこと年齢不詳。若いころから老けていたのか、年とってから老いなくなったのか。わからん。
 でもまあ、ジェイドだし。

 あの思いつめよう、まだネビリムのレプリカを諦めていないころだと思うんだけど。

「ああ……っ」

「どど、どした? どうした?」

 わなわなと震える手で口元を覆い、ぼろぼろとなき始めた。

 どど、どうすりゃ良い?

 触れるなら頭を撫でて抱え込んで背中を叩いてやれるけど、今私は手を伸ばしてもスケスケの身の上。
 こうして泣かれると途方にくれるしかない。

「ごめんなさい、姉さん。なんだか懐かしくて、嬉しくて、涙が止まらないの」
「そう。悲しくないなら、いいよ」

 触れられなくても、形だけでも手を伸ばす。
 頬に触れ、髪に手を伸ばし、肩に手を置いて体を寄せる。

 傍目には良い景色、かもしれないけど、やってるこっちとしてはパントマイムをやっているみたいだ。
 前にも思ったけど、触れられない身が、悔しい。

「前に会った時には、ネフリーはずっと小さかったかからね。私は一目見て分ったけど、ネフリーに覚えていてもらえるか、不安だったんだよ」
「いいえ、忘れるわけがないわ」
「そこまで言ってもらえるとは、光栄ね。ゲルダの私塾で別れたときは、またすぐに逢えると思っていた。その子供がこんなに大きくなって」

 触れない代わりに、満面の笑みで喜びを表した。
 のに、その笑顔を見たネフリーさんってばビクッと体を震わせて……えーっと、地雷はネビリムかな。

 まあ、ちょっと故意に混ぜたところもあるけど。
 気がつかない振りをして、会話を続ける。

「好きな人は出来た? 病気なんかしていない? ピオニーたちは元気にしているかしら」

 元気かどうかはともかく、生きているかどうかは知っているけど。
 そういや、サフィールって何時からディストになるんだろう。

「あ、ええ、好きな人は出来たわ。いま私、お付き合いしている方がいるの。病気もしてないわ元気だけがとりえだもの!」

 にこっと。ニコッと!! ああ、何て健気!!

 ぐぐっと涙を飲み込んで笑う笑顔は、影を孕んでなおすばらしい。
 良い恋してるね。グッジョブ!!

「殿下はグランコクマにお移りになられたけど、時々手紙が来るのよ。兄さんともども元気にしてるって書いてあったわ」

 ジェイドの現状が前回の夢なら、その元気はネフリーを労わってのものだろう。
 いやもう時間軸知らないけど、私の思考の中では出会った順番に一本化しておく。
 年号も聞いておけばよかったなぁ。
 でも、とうとうブウサギバカにプラスしてネフリーバカの話題が。
 初恋とは切ないものさピオニー。

「みんな元気なのね。良かった」
「ねえ、キリエ姉さん。あなた――」

 何で透けているのとか、何で年をとらないのとか、なんだか都合が悪そうな質問がきそうだったから、すっと引き結んだ唇に指を当てた。
 子供のころならスルーできる疑問も、この年になるとそうは行かぬか。

「ネフリー、もう一度約束しましょう。私は貴方に会いに行く。だから、待っていて」

 彼女の言葉をさえぎって、一方的に約束を重ねた。
 タイミング的にここで消えられるとかっこいいんだけど、なかなか世の中上手く行かない。

 黙ってしまったネフリーをじっと見つめていたら、しばらくしてようやく頷いてくれた。

「ええ。待っているわキリエ姉さん。今度はいっぱいおしゃべりしましょうね」

 美人にはやっぱり笑顔が似合う。

「笑っていたほうが素敵よネフリー」





 それがこの邂逅の最後の言葉。





 ネフリー、美人になったねぇ。














 記念すべき二十一回目。
 次こそはピオニーかなぁって。思っていた。
 だってさ、あんな約束して、すぐにホホイってまたネフリーの前に現れたりしたら、恥ずかしいじゃん。
 いや、気まずいじゃん。
 ネフリーなら笑ってくれそうだけど。

 つかなんで兄弟なのあんなに違うんだろうね。

 兄ほど嘲笑の似合う人は居ない気がするし、妹ほど本当の意味での笑いが似合う人も居ない気がする。
 兄弟だからこその対極は意見却下。
 彼らはやればどっちでも出来るはずだ。

 とにかく、記念すべき二十一回目は、望んだとおりにピオニーだった。




 どこだか知らないけど、多分寝室。

 寝巻きに着替えてベッドに腰掛けて、さあいま明かりを消そうかとしていたピオニーと、バッチリ目がかち合った。

 見開かれる青い瞳。
 うん、そこまで驚いてくれると私も甲斐があるような気がしてくるから不思議だ。
 うらめしや〜、とでも言ったほうがよかろうか。

「おま、キリエか!!」

 勢い良く立ち上がり、ずんずんと近づいてくる。

「そうよピオニー。良く覚えていてくれたわね。貴方もまた見事な好青年に育っちゃって。小さいガキンチョだったのにね」

 くすくすと笑うと、ぶすぅっとすねる。ノリがいいのは相変わらずか

「うるせぇ。それより、久しぶりだな。相変わらずお化けなのか?」

 そーっと触れようとするから、私のほうから飛び込んでやった。

「おおっ!!」
「このとおり。相変わらずに幽霊よ。まったく、次は生身で逢いたいと思っていたのにね」

 背後で腕組み。にやりと笑う笑みは多分自分が知る中でもっとも尊大な態度に見えているはずだ。

「おかげで、まだ貴方に触ることが出来ない」

 振り向いたピオニーに、手を添える振りをする。
 かすかに引きつるように彼の頬にのぼる笑み。
 それはそのまま柔らかな微笑へと変わった。

「幽霊でも俺はあえてうれしいぞ。ところで今日は下着姿じゃないのか? その姿も似合うが、俺も成長したし、あのころより是非今のほうが見たかったんだが」

 思いっきり振り抜いた手は、力の限り空振りした。

「ピオニー、シリアス台無しじゃない。せっかくの再会の言葉に感動してたのに」
「おまえそのハリセンどうしたんだ?」

 指摘されて気がつく。
 常に四次元ポケット内に標準装備の突っ込みようハリセンが手元に。
 状態は幽霊だけど。
 なぜに?
 とみれば、秘密任務の後そのまま疲れてぶっ倒れた今日の私の腰からは、無限の収蔵量を誇る四次元ポーチが下がっていた。

 格好は、任務のせいでちょこっとくたびれているが、Seedの正装だ。
 四次元ポーチはその服にも違和感ないデザインを選んである。
 Seedは正装しても武装するから。
 外見はまるで銃の入っていないガンポーチ。

「コンタミ……ネーション? だったか、何もないところから現れたような気がしたんだが。キリエって意外と器用なのか?」
「以外が余計だけど」
「ああ、すまん」
「コンタミネーションじゃないわ。でも何かは秘密。それに私は器用貧乏らしいわよ?」

 ハリセンをしまって代わりに舞扇を二つ。
 さっと広げてすぐに双剣に持ち替える。

 触れないはずだ、と分っていても、ピオニーの表情が一瞬固まった。

「とまあ、こんな感じかしら?」

 緩やかにポージング。
 刃は引いてあるけど、実剣じゃなくて装飾剣だ。
 剣舞とかを見せるための剣。
 それはもう美しいの一言に集約されると思う。
 いや、違う。綺麗なだけじゃない。迫力と言うか、力というか、神聖さと言うか、強いて言うなら――凄い。
 柄尻から垂れ下がる房とか、刀身に掘り込まれた文様とか。
 貴石と貴金属で装飾されたつばとか。
 はでじゃない。けど、見せる力がある。

「――それ、すげぇな」
「判る人間が居るのは私もうれしいわ。こいつも、うれしいだろうね」

 素直な笑みが表情にのぼる。
 つかなんでこう、しょっぱなから人の恥を掘り返されてるんだろうね。まったく。
 まあ、ピオニーだしね。

「ピオニー、元気にしていた? 五体満足? 指とか欠けてない? 毒物はちゃんと避けてる?」

 そう。本当は最初にこういう事を言いたかったはずなのに。
 ジェイドも居ないのにピオニー節に乗せられてしまった。

 私の言葉と、贔屓目に見るなら眼差しに、ピオニーはそれはそれはやわらかく、うれしそうに微笑み。

「ああ、俺は大丈夫だ」

 輝く笑顔で、そういってくださいました。











 それから少し、他愛もない会話をして。
 思い立ってお願いしてみることにした。
 肝心から目本人に会ったときには良い損ねたしね。

  「ジェイドに伝えてほしいことがあるの」
「おお、伝言ぐらいなら幾らでも受け付けるぞ。んで、なんだ?」
「彼がフォミクリーを封じてから伝えてくれるとうれしいわ」
「フォミクリー?」
「今はわからなくても、そのときが来れば自然と知ると思う。で、いいかしら」

 疑問を封じてお願いする。
 あまり相手に対して誠実な態度とはいえない気がするけど、それ以上言うことも出来ないし。
 ピオニーが頷いてくれて、私はほっと息を吐いた。

「いつか封じられたフォミクリーは生きて貴方の前に現れる。そのとき、フォミクリー理論の生みの親として、親であるか傍観者であるか、しっかりと決めておきなさい、って。見ない振りをして腐らせておいたら、あったとき一発ぶん殴る、ってね」

 いうと、なぜかピオニーは腹を抱えて笑い出した。
 そこまでおかしかろうか? 私でも口を押さえてくくっと笑う位はしそうな台詞だとは思うが、君はちょっと大げさすぎやしないかい?

「ああ、わかった。くくっ、確かに伝える」
「うん、ありがとう」

 何かお礼がしたいなぁって思って、はっと思いついた。

「そうだピオニー!! 生身で会うことが出来たときに、貴方が陛下になっていたら、さっきの双剣をあげるわ」
「はぁっ? おま、あれは見たところガルドではかれるような代物じゃなかったぞ!! 皇帝になったところで手にはいるか怪しい代物だぞ!!」
「そこまで分るなら、なおのこと貴方は相手として不足はないわね。まあ、皇帝への就任? って言うの? あ、即位かしら。とにかく、そのお祝いと、今回のお礼」
「っはぁー、割に合ってないと思うぞ」
「持ち主が気にしないんだからいいの。それより、ピオニーはほしくないの?」
「いや、もらえるものなら、ほしい」
「そうそう、素直になりなさい」

 時間停止の念をかけてあるから、錆びないし、多少使ってもかけたりすることもない。
 私自身も、あまたの偶然と好意と、運命的出会いと色々重なって手に入った奇跡の一品だとは思っている。
 気に入ったからこそ、念をかけたんだし。
 でも、人を殺すことを良しとはしなくても、モンスター相手にはバリバリ実践しているわけだし。
 モルボルの臭い息とか、消化液とか、かかる事を思えば実践じゃ勿体無さ過ぎて使えない。
 ちょうどいいといえば、いいのだろう。
 巡り巡ってこの双剣は、ふさわしい主の手に渡るのだ。
 勿体無がってずっと四次元ポーチの中で眠らせておくような私が持つより、きっとずっといい。
 頻繁に引っ越すからコレクションルームも作れないのだ。

「それじゃ、今度会う時こそ、生身で逢えることを祈っているわ」
「もう、いくのか?」
「さあ、こればっかりは時の気まぐれ。来るときも、還る時も、私は選べない」
「そうか」

 選べないのだ。
 生身でそちらに渡るときすら、選べない。
 この夢は何の因果のいたずらか。結構残酷だと思う。

「キリエと逢ったのは、夢じゃないと思っていた。けど、俺はそろそろそれを夢にしようとしていたのかも知れない」
「あら薄情者。すぐに気がついたくせに。貴方の立場なら、寝室に突然女が現れたら、まずは『曲者ー!!』って叫ばなくちゃならないんじゃない? しかも忘れようとした女の幻影」
「ま、そうなんだが」

 ポリポリとこめかみをかく。

「私がいま現れたのは、私にとって僥倖ね。貴方の夢になる前に、現実に塗り替えられた。約束も重ねた」

 ネフリーともども強引に。

「つくづく生身じゃないのが悔しいわ。触れ合えないのがこんなに寂しいなんて――」

――ね。

 言い切る前に、夢は覚めた。







 コンチクショウ。









  そしてこれが彼らと私の、最後の夢。









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