深淵に見る箱庭の定義――1



 三人並んではいどうぞ。

 その日は十五年ぶりの異世界トリップを実行する日だった。

 ねだりにねだって今回も異世界旅行の権利を手に入れた私、御堂霧枝。
 年齢は数えるのをやめました。

 不慮の事故か、あるいは人為的なものか――恐らく後者だと確信してはいるが、まだそれを為していない時点で確定ではない――で初めて渡った世界で手に入れた力。
 それをもってしてさまざまな異世界を渡り歩くようになって早幾年月。

 ま、異世界旅行はリノアを魔女の力と言う頸木から逃がす手段を見つけるための手段であり、残る世界の方でも、封印装置で眠るリノアに人類に安易に手を出させないため、情勢に手を出したりしなければならないため、必ず残る者と行く者、という役割分担が出来る。

 それならばスコールは忙しいながらも、触れ合えないながらもリノアがいる世界に居ることを望んだし、キスティスはその彼の補佐であることを望んだ。


 とまあ、競争率はそんなに高くないのだ。


 アーヴァインはセルフィと一緒ならどこでも満足そうだし、そんな彼らの新婚旅行は目的も兼ねた異世界旅行だった。

 婚前旅行、新婚旅行、そして結婚記念日と言っては彼らはリノアを助ける手段を探す、と言う目的も携えてどちらがついでか分らないようなスタンスで異世界旅行へ旅立った。

 で、大体そのおまけに私が付く。

 異世界に渡れる力は二人居れば使えるように設定されているが、帰還するための念には三人目が必要だ。
 間違って二人で異世界へ渡る能力を発動させると、帰れなくなる。
 これはリスクとして結構大きなものだと思っている。
 まあ、帰れないなら迎えに来てもらえばいいだけともいえるが。

 それに、現実の世界との関わりを絶った訳ではないが、実際問題スコールたちは生きていることがおかしい年齢だ。
 加えてその容姿。
 ある時から老化を止めてしまっている姿は、堂々と伝説のSeedを名乗って表の世界と関わることはできない。

 戸籍に関してはその子孫と言うことで折を見計らって更新しているが。

 とにかくそんなわけで、彼らの存在を正確に知っているのはガーデンの上層部のみ、と言っても過言ではない。
 時々、授業を持ったり、Seedとして派遣されてみたりしているが、基本的に彼らは世界を駆け回っている。




 肩書きは《傭兵部隊ガーデン所属Seed、情報一課》




 非公式に公式と言う非常に微妙な立場で世界を股に駆けている。

 キャッシュカード機能もついた、どのガーデンの色にも属さない、黒地に白抜きされたカードは最強の身分証明書だ。
 そのカードを持って世界に渡れぬ場所は無いとまで言われる。
 そのカードにそれだけの地位を持たせるために、どれほどの苦労があったやら。

 閑話休題

 わき道にそれすぎだ。








 とにかくそんな、世界を駆けずり回っていた者達が、今ここに一堂に会す。




 キスティス・トュリープ
 ゼル・ディン
<  セルフィ・ティルミット
 アーヴァイン・キニアス

 そしてスコール・レオンハート――伝説の名を冠する者達と。


 不慮の事故から彼らと志を同じくしたフィール・エヴァーグリーン
 事故の挙句に彼らに出会い、その結末を見届けることを決めた私、キリエ・ミドウ。





















 出会えたことは、奇跡だ。



















 幾度もの世界を経て、いまだリノアを憂いなく魔女の力から開放する術をつかめず、こうして私達は集まった。

 リノアの封印装置の前で集い。
 瞳を閉じた冷たいリノアに挨拶し、言葉を交わす。
 いつか再び抱擁を交わそうと、答えの返らぬ約束をし。
 そしていま、応えのない約束への一歩として、再び異界へ望む。

















「それじゃ、リノアへの挨拶も終わったしそろそろいこっか!」

 おどけて言えば、おんなじように応えが返る。

「そうだな」

 答えは柔らかな響きで。眼差しは穏やかに降り注ぎ。

 人とは変われば変わるものだ。
 この受け答えがスコールだって言うんだから。
 歳月の偉大さを感じるね。

 馬鹿は死んでも治らないと言ったりもするが。

「今回は僕とキリエと」

 アーヴァインが眼差しで確認し

「あと、僕ですね」

 フィールが挙手する。

「いやぁ今回はフィールでほんっと良かったよ。アーヴァインとセルフィがセットになるとなんだか近づきがたいもんね。空気がピンクで」

 ぶっと噴出したのはどこの誰か。
 短い金髪と顔の刺青がロンゲに脛を蹴られて悶絶している。

「でもあれって、セルフィ先輩が意識的な鈍感だからたいていスルーされてるんですよね。ぼく、あれを見ているとなんだかアーヴァイン先輩が哀れで」
「なんやねん、その意識的鈍感って」
「人の性格を変えるには生きてきたのと同じだけの歳月が必要ってことです」
「それじゃ生涯変えようがないやんかぁ〜」
「ま、そういうことですね」

 軽口の応酬は、喜びの現われと不安を押し隠すため。
 残ることも行くことも、どちらも心に暗雲を呼び起こす。

 期待と、幾度もそれを手に出来なかったかつての落胆を思い出し、それでももう彼らはあせらないことを決めた。

 命は有限だが寿命に関しては限りなく無限に近い有限を手に入れた。
 ゆっくり、けれど確実に。

「もうやめようよ〜、そんな話し」

 私としては、そうして眉尻の下がりまくったアーヴァイン、君もかわいらしくて仕方がないのだが。
 言わぬが花か。男が可愛いと言われても何とやら。

「そうね、時間は未練だから」

 キスティスは詩人になったと思う今日この頃。
 というか、分かれている間に何があったの!!

「さあ、GFはちゃんとジャンクションしたかしら」
「帰還に必要とされるディアボロス、エデンをはじめ、各種GFジャンクション完了です、キスティス教官」
「あら、懐かしい響きを持ち出してきたわね。いいわ。貴方達が行ったら、久しぶりにガーデンで教鞭でもとろうかしら」

 楽しそうにくすっと笑った。

「っく、イテテテテテくそアーヴァインのヤツ」

 少しぐらい手加減しろよな、と言う呟きもむなしい。
 微妙に足を引きずるゼルが哀れだった。
 最近仲間内のスキンシップにはためらいがないからね。

「んで、キリエ。ちゃんと荷物も持ったか?」
「ん、心配してくれてありがと、ゼル。大丈夫。この鞄一つ持っていれば。十五年かけていろんなもの詰め込んだからね」

 ベルトに括り付けてある飴色の革ポーチは、私が作り出した念具。
 ドラえもんの四次元ポケットの鞄バージョン。
 なら、四次元鞄? かな。
 同じものが今回旅に出るほかの二人の腰からもぶら下がっている。
 中身は一つの空間を共有している。

 ドラえもんの秘密道具も真っ青、のはずだ。
 あの青タヌキの秘密道具に社会的通俗に照らし合わせても犯罪のにおいがするものが多いのは黙っておこう。
 かく言う私も幼いころは夢を与えられた身だし。

「ゼルたちのほうこそ大丈夫? こうして私達が有力なGF総ざらいしていなくなって」
「心配するなキリエ。新しいGFも見つけてあるし、今俺たちの力はGFだけじゃない。それに、キリエの作り置いた念具もあるからな。めったなことにはならないさ」
「スコール……うん。じゃあ、リノアのこと、頼んだよスコール」
「ああ、任された」

 力に満ちた言葉、温かく見守る仲間。
 仲間とか、信頼とか、こういう雰囲気って、たまらなく大好きだ。
 背後に仲間が居るだけで、どんな困難にでも立ち向かえるって言うのは、嘘じゃない。
 私一人だけ、この世界の出身じゃないけど。そんなこと、もう関係ないって胸を張って言える。
 生まれなんか関係ない。
 私達は意思を持って仲間になった。
 心を交わして心友になった。
 時間を共有して夢を見た。

「じゃあみんな、行って来ます。リノアも、行って来ます」

 封印装置を振り返る。
 変わらぬ黒髪の、私たちの希望。

「はいぼくも。行って来ます先輩方」
「僕も行ってくるよ〜。セフィ〜、お土産期待しててね〜」

 ぶんぶんとアーヴァインが手を振った。
 口々に、別れと再会の約束を口にして。

「じゃあ、今回は私が代表して道を開きます」
「了解」
「では」

 瞳を閉じて意識を集中する。

 左右の肩にそれそぞれ一人ずつ、今回の同行者の手が載せられる。

 巻き添えを食らわないように、今回行かない仲間達が下がり遠巻きにする。

 異世界への門を開くための条件はそろっている。

 同じ念を複数で共有するための制約を交わした仲間が、三人。
 エデンとディアボロスをはじめとした、全十六種のGF達。
 一種増えるごとに、念発動の負担が軽くなる。
 そして最後に、



覚悟を決める。



 未知なる世界へ渡る念。

 その名は【騒乱の呼び声】

 辿り着く先には必ず争いが待ち受ける。

 銃弾吹き荒れる街路か、はたまた剣戟の乱れる荒野か。

 相手が普通の人間であれば、その程度どういったこともないが、もし私達がこの技を身につけたような世界の超人たちの間に行われる戦いの間に落とされれば、無事で済むとは思っていない。

 路地裏の喧嘩のさなかに現れて、両者ともども踏み潰したこともあるが、成功したと思ったとたんに頭上からミサイルが飛んできたこともある。
 一面の炎の海に、立ち尽くしたことも。

 防御策も講じているが、絶対ではない。

 文字通り、命を賭けて世界を渡る。

 さあ、後は一言呟けばいい。

 私たちの意識の中で、GF達も力を貸してくれている。

 さあ、後は一言だけ。

 下ろした目蓋をゆっくりと押し上げ、私の肩に手を置く二人を見る。
 憎らしい高身長から見下ろしてくる二人の眼差しは、覚悟を決めてかすかに笑う。
 だから私も笑み返す。
 口を開けばもう最後。
 さあ。







「開け【騒乱への道よ】」










































 夢を見ていた。

 それは今までにはない形だった。
 けれども今までと同じだった。
 就寝中に見る夢でありながら、恐ろしいほどの現実味を伴い、現に帰っても記憶される。
 世界から意識だけが切り離されて世界を遠くから俯瞰する。
 そんな夢ならいままでも何度か見た事がある。
 いつもならそれで終わり。

 けれど、今回は違った。

 意識が世界から切り離されて、そこまでは変わらない。
 いつもとおんなじで、ああ、もうすぐ私はどこかへ捨てられてしまうんだと、そう思った。

 捨てられる、と言うのは語弊があるが、馴染んだ世界から切り離されて遠くから世界を見るとき、その胸中にどれほどの希望があろうとも捨てられる、と言う感覚を一度は感じてしまう。

 夢だと言うのにばかばかしいと、笑えないほど胸を締め付ける。

 意識は切り離され、瞬間遠くから世界を俯瞰し、何食わぬ顔で体に戻ってもとの世界に降り立つ。

 けれど今回は、切り離された意識は切り離されたまま、更に遠くへ行ってしまう。

 もしこのまま意識を、体から遠く遠くへやってしまったら、残された肉体はどうなるのだろうかと思う。

 けれど、抵抗することも出来ないのだ。

 そして、私はもう一つの世界を見た。







 気がつけば家に居た。
 見知らぬ家だ。
 家、と言うよりは建築物と言う方が私の心情的にはあっているのかもしれないけど、そこにある生活の痕跡と暖かさが、誰かにとっての家だと言うことを私に知らしめる。
 私を受け入れるために培われた暖かさではなかったけど、そこは確かに暖かかった。

 窓からは燦然と降り注ぐ光。景色は純白の雪
 暖炉は細く火が焚かれ、火の上には鍋がかけられている。
 テーブルの上には作りかけのキルティング。
 手を触れるのも躊躇われて、ここを出てみようと試みる。

 扉に伸ばした手は、スカッと空を切った。

 ……。あれ?

 私幽霊?

 扉に手を差し出したり引っ込めたりを繰り返す。
 扉の向こうは見えないが、手は何の抵抗もなく木戸を潜る。
 やっと気がついたけど、心なしか私の体は光に透けているような?

 うわー、初めての経験。

 おんなじ調子で壁に手を伸ばすと、今度ははじかれた。
 叩く、殴る、蹴ってみる。
 それでも変わらない。
 壁に衝撃を伝えることは出来ず、それなのに自分の体だけはしっかりと痛かった。

 なんでさ。

 思い立って窓に近づく。
 触れる。
 けど、ゆらす事も出来なかった。
 扉は透過できた。
 けど窓は無理、壁も無理。
 私は再び扉に近づく。今度は腕だけでなく体を全部、叩きつけてみた。

 するりと、何の抵抗もなく通り抜ける。
 通り抜けた先もまた部屋で。
 幾度も幾度も同じことを繰り返して、自分は外に出られないことを知った。

 部屋と部屋とを繋げる扉は透過できたが、恐らく外につながっているだろうと思われる扉だけは、潜り抜けることが出来なかった。
 いま、自分が望んだ世界から切り離された自分の存在できる場所は、この決して大きくはない家の中だけだった。

 火を焚いたままだと言うのに、家には誰も居ない。

 真昼間だと言うのに。
 もしかしたら、人はここに生活していて、私には見えていないだけなのかもしれない。

 薄皮一枚の次元を隔てた、きっとどこか。

 本一冊にすら干渉できないまま見るものは大体見て、退屈の余ってきた私は机から引き出されたままのイスに座り込んだ。

 そのまま、火にかけられて少しず中身の蒸発していくなべを見る。
 不思議な体験だ。
 今まで何度も異世界渡りはしてきたけど、こんな体験したことがない。





 ふっと、周囲の騒がしさに目が覚めた。
 考えすぎて、眠り込んだようだった。
 夢のような感覚の中で股眠るとは。私も器用なことをするものだと苦笑する。

 まだ寝たりないと沈もうとする意識を必死になって持ち上げる。
 と、目の前には幼い顔が四つ。
 私が動いたせいなのか、先ほどまでの騒がしさはしんと静まり、誰もの目も零れ落ちんばかりに見開かれる。

 数瞬、考えた。
 そして自分の体をみた。
 少し太陽がかげり強い光が無くなっていたせいか、昼間に自分で見たときよりもしっかりした存在感がある。

 その胸のど真ん中に。

 幼い腕が突き刺さっていた。

「ねえ、それ、ちょっと気持ち悪いから抜いてくれないかな」

 沈黙、沈黙、ちんもく。

「……うわぁー! お、お化けー!!」
「きゃあ」
「うおお!」

 思い思いに叫んで飛び回る子供。
 四人居るらしいが、その一人は息を引きつらせるだけに留めた。おお、凄い凄い。

 位置的には、ちょうど頭に触れていたところ、だろうか。
 そーッと頭に触れようとしていたところに、私がむくりと起きた物だから引っ込め損ねた腕は胸に刺さったと。
 気持ち悪いのは感覚ではなく、むしろ感情的なことだ。
 通り抜けられない壁や扉を殴っていたときは痛かったが、それ以外は何に触れても透過してしまう悲しい身だ。
 こうやってイスに座っているのも、イスは座るものだと言う先入観のおかげだろう。
 座れないはずがないと思っているから座っているに過ぎないのだろう。

 彼らの騒動が終わるまで、私はずっとニコニコ笑ってそれを見ていた。
 子供って可愛い。
 約一名を除いて。

 だって、ずっとこっちを不審者を見る目でにらんでるんだもん。
 自覚あるけどさ。
 子供の態度じゃないって。







 興味とか恐怖とか不審とか、まあ大体読み取れる大きな感情はそんなものだろうか。
 それぞれの感情の中身は問わないとして。

 乱入してきた大人の女性に子供達は口々に私の存在を訴え、そんなの居ないじゃないかと言われて取り合えずパカスカ一発づつ殴られていた。
 まあ、親愛の情のある拳だったけど。

 これからオヤツの時間らしく、準備を促す女性に、こちらをチラ見しながらも従う子供達。
 私は子供達に笑いかけて、部屋を出た。
 女性に私は見えないようだしね。

 でも、部屋を出たからと言ってこの家から出ることの出来ない私。

 楽しいオヤツの時間を邪魔するのも悪いし、ぐるぐると今らしき部屋以外を巡り歩いて、とりあえずベッドの上を失敬してみた。
 シーツを乱すことも出来なかったけど、沈むこともなく。

 夢の中だと思っているのに、そのまま眠り込んで。

 気が付けば私はまたあの暖炉のある居間に居た。

 





 とにかくそれが、彼らとの始めての邂逅。









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