栄光を掴む髭を毟り取れ!!  12



 立ち昇る光を彼らは見ていた。
 それを見守る事だけが、彼らに許された事だった。

 必ず、必ず帰って来る。
 そう信じている。
 けれどそんな事は関係ない、何も出来ないもどかしさが彼らを襲う。

 見守る事ができない。
 事態の推移を見ている事しか出来ない。
 なんども体験して来たことだった。
 だが、何度体験しても、この気持ちはなくならない。

「なあ、あいつらは、帰って来るよな」

 誰が呟いたのだとしても関係が無かった。
 それは誰にとっても代弁となりえた。

「帰ってきますよ、必ず」

 誰が答えても関係なかった。
 それもまた、誰かの心の代弁だった。

 立ち上る眩い光が、長い時間の後に晴れれば、そこは薄明かりと言うべきか薄闇と言うべきか分からないような時間だった。
 その中で、見ているだけだった彼らの足が、一歩、前に踏み出した。

 もう、見ているだけではいられない。

 生きているだろう。
 生きているはずだ。
 けど、これだけ酷い崩落があったのだ。
 どこかで自分たちだけでは脱出できない事態に為っているのかもしれない。
 誰かの助けを待っているかもしれない。

 そう思えば、いてもたってもいられなかった。

 進む。
 進む。

 疲れなんて忘れた。
 止まろうとなんて思わなかった。
 すすんで、進んで、すすんで、転んでようやっと立ち止まれる有様だった。

 仰向けになったガイが一人済ました顔をしているジェイドに言った。

「旦那はいつでもかわらないな。何考えているんだ?」
「エルドラントを探索するための、探索隊を出すための試算を考えていました」
「ああ、ここは、広いからな」

 首だけを起こして周囲を見た。
 女性陣は強靭ではあったが、さすがにもっと早いところで膝を突いていた。
 立ち上がっては進み、そして転ぶ。
 幾度もの痛みを知っていて、それでも一歩でも、進まずにはいられなかった。

 朝日が昇る。
 昇ってくる。

 希望の象徴とされる朝日も、彼らをつれてくることは無いのかと、闇よりもなお光が彼らの歩みを止めさせた。

「さあ皆さん」

 ぱんぱん、とジェイドが気付けのように大きく手を叩いた。

「そんなところで倒れていないで、さっさと国に帰りますよ」
「ですが、大佐」
「ここにいてなんになります。エルドラントは広い。国に帰って、探索隊を編成するべきです。マルクト、キムラスカ、ダアト。人手はどれだけいてもいい。無補給で人が生きられる時間は限られています。事は一刻を争うのですよ」

 一秒が運命を分ける。
 生死の境を分ける。
 彼らはその一秒の意味を、知っているはずだった。

 唐突に進むべき道を示されて、彼らの目に光が戻る。

 そうだ。
 やらなければならない。
 立ち止まってはいられないはずなのだ。

「ええ……ええそうね」
「立ち止まっているわけには、いかないな」
「そうですわ。早く国に帰ってお父様に探索隊の編成を申請しなくては」
「私だって! ダアトからうーんと一杯つれてきちゃうんだから!」

 空元気だとしても、彼らは再び、立つ事ができた。
 まだ、希望は失われていない。

 彼らにはガーデンが付いている。

 ジェイドが信頼をよせ、アッシュが親愛を寄せ、ルークの命を救い、あせっていたとは言え、一度は戦い手も足もでずに負けた。
 ガーデンと誇らしげに名乗った彼ら。
 その彼らのヴァンとの戦いも見ていた。
 どんな真剣な戦いもこっけいなものにしてしまう、そうさせるだけの余力の有る人たちだった。

 そうやすやすと、負けるはずが無い。

 そう、信じる事ができた。

「さて、行くか!」
「ええ」

 そう気合を入れたときだった。





「なあなあ、置いていくのは酷いんじゃねーの? せっかくきたのにさ」
「置いていくんじゃないさルーク。絶対に連れて行くために一度帰るだ……け……?」

 ごく自然に答えていたガイは、ギチギチと音が聞こえそうな仕草でぎこちなく後ろを振り返った。
 にやり、と笑ったそれは「よっ、ガイ」と実に気楽に片手を挙げた。

「る、ルーク?」
「おう。約束したからな。ちゃんと帰ってきたぜ?」
「るー……」
「ルーク!!」

 幽霊か生き物か確かめるようにそっと、ガイが手を伸ばしかけているその隙に、涙を浮かべたティアがルークに飛び掛った。

「おっと……、ティア?」
「ルーク……ルーク、ルーク……」

 ポリポリと頭をかくガイ。
 こうなるともう邪魔する気は起きなかった。
 幸せそうな光景だ。
 誰にも邪魔できない。

 目の毒だな、と思って振り返ればそちらでも同じような光景が繰り返されていた。

「アッシュ、アッシュ……アッシュ、アッシュ!」
「ナタリア」

 飛びついてきたティアの背に、戸惑うような手つきでそっとぎこちなく手を回すルークと比べて、アッシュはしっかりとナタリアの頭を抱きしめて、抱き寄せる。
 互いの肩に頭を乗せて、ごく至近距離で互いに互いの声を聞く。

「アッシュ……」
「いま帰った、ナタリア」
「アッシュ」

 名前しか出てこない、感極まったナタリアに、アッシュは微かな苦笑と共に呟きを聞かせた。

「言ってくれないのか? ナタリアは」

 ぽかんと見てくるナタリアに、アッシュは言った。

「俺に、お帰りとは」

 目を見開いたナタリアの瞼の淵に、一際大粒の涙が浮かんだ。
 今まで見たことの無いその表情に、アッシュは戸惑う。

「お、おい、ナタリア?」

 ひし、と。
 絞め殺すのではないかと言うほどの力でナタリアはアッシュの首にしがみ付いた。

「お帰り、お帰りなさいませ! アッシュ……」
「ああ――。いま、帰った、ナタリア……」
「きっと、必ず帰ってきてくださると、信じておりましたわ」
「ああ。約束、したからな」

 まだ、指きりは出来ないかもしれない。
 それでも約束はきらいじゃない。
 果たされない約束も多くあった。
 けれど、果たされる約束があることも、もう自分は知っている。

















 その日、ピオニー・ウパラ・マルクト9世は、何か異質なものを感じて目が覚めた。
 カーテンから薄明かりは漏れているが、まだ日も昇りきらぬ時間帯だろう。
 耳に届く微かな音は、扉の向こうに幾人かの人間の話す声に聞こえた。
 悪意には敏感なブウサギたちが全く静かな事から空耳かとも思ったが、耳をすませばやはり聞こえてくる。

 ブウサギたちを騙すような人間か、それとも全く悪意の無い人間か?
 一瞬ジェイドかとも思ったが、帰還したならその報は、深夜であろうと早朝であろうと容赦なく宮殿を駆け巡るだろう。
 こんな静かな起こされ方はしないはずだった。

 人を呼ぶべきだろうか。
 そう考えて、否、と思った。
 ブウサギたちが静かであったのもあったし、こういう部分は守られるべき皇帝としては失格なのだろうと思いつつも、その早朝の侵入者に危険を感じなかったと言うのもある。

 寝室の扉をそっと開けて、隙間から中を覗き込む。
 そこには、テーブルを囲んで大小四人の人間の姿があった。

 テーブルの上に映像の動く小さな箱を載せて、全員がそれを覗き込みながら小声で話している。
 ピオニーはそれに耳を済ませてみた。

「ああっ! もう、あの子は奥手なんだから……」
「いけ、そこです! くくぅ……! ギュって抱きしめれば一発ですよ、もう」
「ああ、なんか独り立ちしていくのをひしひしと感じるよ。何度繰り返しても寂しいなぁ」
「やってらんないね。こんなののいったい何が楽しいのさ」
「やーねー、シンクったら。悪趣味なのは分かっているけど」

 ぴくり、とピオニーは反応した。
 シンク?

「おお! 先輩、ルークがティアの事を抱きしめましたよ?」

 ルーク? ティア?

「ぎこちないけど第一歩かぁ〜〜。みんな大人になっていくな〜〜」
「あ、アッシュがナタリアと抱き合いました! ギュって、ギュ〜〜って! さすがは先輩の育てた子です。ナンパ師ですね」
「僕はセフィ一筋だよ〜〜」

   アッシュに、ナタリア?

「ああ、もう! 何で音が無いのよ! オダインでおじゃるも半端なんだから」
「まあ、そうカリカリしないでくださいよ。あ、シンク、もっとみかんどうですか? 美味しいですよ?」
「貰う。もう食べてでもいなきゃやってられないよ」

 ヤケッパチに為ったようにざくざくと皮を剥いてパクパクとみかんを食べ続けるシンク。
 積み上げられた皮の量はシンクの胃袋を反射的に心配したくなる量だ。

「感激よねぇ。なんかこう、頑張った甲斐があるって気がするわ」
「そうですね。キリエは僕たちとは違う意味で、また感慨深いんでしょうね」

 キリエ?
 キリエ、キリエ、キリエ。
 どこかで聞いた。
 何処で聞いた?

 考えて眉根を寄せながら、談笑するために振り返ったキリエの横顔が見えた。

「キリエ!!」

 バン!
 と扉を跳ねつけて、ピオニーは飛び出した。

「久しぶりね、ピオニー。やっと目が覚めたのね?」

 昔のように、幼い子供に笑いかける笑顔でキリエはピオニーに微笑みかけた。

「き、キリエ? 本当にキリエなのか? どうしてここにいるんだ!」
「ほら、落ち着いてピオニー。これでも食べて」
「うぐっ!」

 捲くし立てるピオニーの口に、キリエは剥いたばかりのみかんを丸ごと突っ込んだ。
 喋れもせずにもごもごと口を動かして、ごっくんとそれを飲み込んだピオニー。
 冷たいみかんに少しは頭も冷えたようだった。

「少しは落ち着いたかしら?」
「あ、ああ……それよりなんでキリエはここにいるんだ?」

 ぐるりとピオニーは周囲を見渡した。
 キリエ以外の人物達を一通り見たわけだが、みかんを食べながら振り返りもしないシンク。
 ちらりと一度ピオニーを見たきり、画面の向こうに、朝だという事を考慮しているのだろう、小声で声援を送るフィール。
 自分を見たピオニーにひらひら手を振るが、キリエの時間だと割り切っているのか声を掛けることはせずに画面の中に眼差しを戻したアーヴァイン。
 こんな反応のされ方も初めてに等しいピオニーは戸惑った。

「ジェイドから聞いてはいたんじゃない? キリエが来ている、って」
「ああ。一応報告は受けていたが……来てくれないと思っていた」
「バカね。私は貴方もジェイドもサフィールも、ネフリーの事もみんな等しく可愛いのよ? 今日は、幼馴染達が大好きな貴方に、吉報を持ってきたの。どんな連絡網より早いわ。ほら、見て?」

 キリエの指し示すものに、ピオニーは釘付けになった。

 四角い箱だった。
 その中では映像が動いている。
 動いているのは、ヴァンを倒すためにエルドラントへ向かった幼馴染と、その仲間たちだった。
 さっきまでキリエたちが呟いていた名前が全て、そろっている。
 視点を変える画面の向こうでは誰一人欠ける事無く、無事を涙で祝っていた。

「やった……のか?」
「ええ、そう。みんな無事よ」
「そうか……」

 座り込もうとするピオニーの腰をひょいと捕まえて、キリエは二人掛けの椅子の自分の隣に座らせた。
 見た目は普通の女であるキリエに軽々と捕まえられて座らされた事になにか複雑に感じ入る事があるようだったが、キリエは昔から変だった、とそう結論付けて、ピオニーは溜息をついた。

「はっ……よかった」

 心底安堵するその様子に、クスリとキリエは笑みがこぼれた。





「「あ」」

 と、二つ同時に声が聞こえた。
 妙な合致にキリエが振り返れば、声を洩らした二人の視線は画面に釘付けだった。
 視点をずらしてはアッシュとルークを交互に映していたその画面は、今ではどちらを向いても青しか映さない。
 一瞬不審に思ったが、理解してしまえば不審な事なんて何一つ無かった。

 目の前にジェイドが立っていたからだ。

「「ああ!」」

 画面いっぱいに大迫力で映りこんだジェイドはにっこりと笑うと、彼の周りにスパークが立ちこめる。

「あれ、見つかった?」
「みたいですね」

 ジェイドの口が、音も無く言葉を紡いだ。
 嫌にゆっくりと紡がれたその言葉は、唇を読んで理解できた。

『サンダーブレード』

 放り投げられたのだろう。
 画面は一瞬だけ空を映した。




ジ、ガザザ、ジジ、ガッ・プツン……サーーーーー




「あーああ」
「ざんねん」
「煩いですから、しまいますよ?」
「そうしてよ」

 オダインでおじゃる2号!! にはマイクが無いので音は取れないが、テレビには標準でスピーカーが付いている。
 さらさらと音を流して、何も映さなくなったテレビをフィールがポーチの中にしまいこんだ。

「な、なんだったんだ? いまのは」
「うふふふふふふ」
「さて、終わりましたし、行きますか!」
「ええ、そうね」
「やっとか」

 みかんの皮や食べかすを残したまま立ち去る準備をするキリエたち。
 準備といってもほぼ身一つだ。

「お、おい待て!」

 次々と空飛ぶ絨毯に乗り込んでピオニーの寝室のほうの窓から外にでようとする彼らを追いかけようとしたピオニーを、キリエが手を伸ばして制した。

「だめよ、ピオニー、追いかけては。これから正式な報告が来るから。忙しくなるわ」
「だが」
「また来るわよ、ピオニー」
「そう、か?」
「そんな寂しそうな顔、しないで?」

 絨毯の上から顔を引き寄せて、こめかみに親愛のキスを落とす。

「今度はちゃんと触れられるから! 時間が空いたら一緒にお茶をしましょうね!」

 呆然としている間に、今度は追う間もなく窓から出て行ってしまう。


 幽霊か何かのようだったキリエに、触れる事ができた。
 信じられないような心地で、キリエの触れた頬にそっと自分の手を重ねた。
 そういえばショックで気が付いていなかったが、ジェイドの無事を聞いて座り込みそうになったときに、腰を捕まえられて隣に座らされていた。
 布越しに伝え合う体温は、間違いなく生者の物だった。
 そして通り抜ける事の無い、物質としての感触は、間違いなく人間のものだった。

「そんな……」

 どうしてもっと早く気が付かなかったんだ!
 そうしたら手を放すような事は絶対にしなかったのに!

 悔しさも滲ませて、ピオニーはさっきまで彼等がいたテーブルに寄っていった。
 いなくなったのはついさっきだ。
 まだ体温が残っているような気がした椅子は、座ればすでに冷たかった。

 夢かと、思った。

 だが、テーブルの上に山積みにされたみかんの皮や食べかすや、飛び散った汁が夢だと彼に言わせない。
 現実を知らしめるために残されたような気がしたそれの中に、一つだけ手付かずのみかんがあるのを見つけて、ピオニーは手に取った。

 ぼんやりと皮を剥いて、それを口に放り込む。

「うぐっ……!」

 たちまちのた打ち回る。
 辛うじて吐き出す事はせずに飲み込んだが、ピオニーは涙目になっていた。

「なんだこれは……」

 不意打ちでレモンを丸ごと食べたような酸っぱさだった。
 ぐい、と袖で涙をぬぐって、憮然とそこに座り込む。

 いいことがあったというのに、全く余韻も何もあったものじゃないなと微かに笑った。

 無事に生きていると知った。
 もう友の生死を思って気を揉む必要は無い。
 もう一寝入りするか! と歩を進めた寝室で、彼はその中央に堂々と鎮座するそれを見つけた。

 上に置かれていた手紙を拾って封を切る。









ピオニー。
小さいときから何度か会った事があったけど、もしかしたらこれが初めましてと言えるのかもしれないわね。
きちんと触れられるように出会ったのは、今日が初めてだから。

また来るわ。
あなたに会いに。
ジェイドに会いに。
サフィールに会いに。

大きくなったわね、ピオニー。
それでも、まるでガキ大将のように笑うのは、かわらないのね。
今日出会って、私は確信したわ。
貴方は皇帝よ。
世界の半分を占める大国の皇帝よ。
しっかりやりなさい。
この混乱した世界を導くのが貴方の役目よ。
応援しているわ。




PS

その剣は、見覚えがあるでしょう?
昔、私がまだ貴方に触れられなかった頃、貴方に約束した双剣よ。
貴方を守るように守護をかけてあるわ。
貴方はどうせコレクションするだけで使わないのでしょうし。
寝室の枕元にでも置いておきなさい。











 置いていかれた見覚えのある双剣の一つを手に取り、ピオニーは鞘から引き出した。
 夢に見たように美しかったあの光景が、目の前に迫ってくるかのようだった。

「参ったな……」

 一言呟いたピオニーは、剣を鞘に戻した。

「くくっ……」

 笑うつもりなど無いのに、笑いがこぼれた。

「ははっ、は、あははははははっ、ははっ、ははははははは!!」

 鬱屈したものなど一つも無い清々しい笑いが幾らでも口からでてくる。
 喉の奥から、肺の中から、それこそ幾らでも笑い続けていられる事ができる気がした。
 そのうちこの笑い声を聞きつけて誰かが来るかもしれないが、構うものか。
 きっと、これほど清々しい気持ちで笑える日など、他に無いような気さえした。

「あっははははははははは!!」

 ブウサギたちがおきてくる。
 抱きついて、転げまわって、また笑った。
 何て気分のいい日だろうか。
 二度寝なんて勿体無い。
 執務をするのも勿体無い。
 だってこんなに空が晴れているじゃないか。

 ずっと悲しい事が、苦しい事ばかりが続いていた。
 笑って見せても、どこか笑って“見せて”いる部分が確かにあった。
 それが、今なら何の憂いもなく笑っていいのだ。

 この後に、どんな苦労があるのだとしても。

 いい日だ。
 いい日だ。
 今日はいい日だ。

 そしてピオニーは笑い続けていた。









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