栄光を掴む髭を毟り取れ!!  11



 最終決戦の場になるだろう所の扉を挟んで一つ手前まで来て、そこで各々気合を入れていたその時、キリエはふとアーヴァインの手にする武器に目を留めた。
 アッシュとの戦いの末に折れ跳んだものではないまた新たな武器が、新たな剣が握られている。
 それ自体はこちらに来てから珍しい事ではない。
 珍しい事ではない、が――

「アーヴァイン、エグゼターは? 使わないの?」

 恐らく向こうに待ち構えているのはヴァン一人。
 彼がどれほどの実力者であり、またローレライを取り込んだ異能者であろうとも結果は見えている。
 一対多数のタコ殴り、袋叩きだ。
 こちらの有利は数の暴力。
 相手がどんな強力な攻撃をしてこようともこちらは死にさえしなければ即回復可能な裏技めいたものがたくさん有る。
 持久戦では確実にガーデン組みのほうが有利だろう。

 よほどの事態が起きない限り、勝利はすでにこちらにあるといっても過言ではない。
 相手もそれがわからないほど馬鹿じゃない。
 かつてあれほどアーヴァインと言う存在を恐れた男だ。
 分らぬはずがなく、それでも奴はそこにいた。

「キリエ……」

 気付かれちゃったね、とでも言うかのように帽子を抑え少し困ったようにはにかんで笑む。

「アーヴァイン、エグゼターを使いさいよ!」
「いやだね。今だけは剣を取るよ」
「意地張るなっての! セルフィに馬鹿って言われるよ? 今までこっちでどんな戦い方して来たか知らないけど、今なら後顧の憂いはないんだよ?」

 一人じゃない。
 残弾だって気にせずに打ちまくれる。

「ねえキリエ。キリエは、どうして僕が銃を使うか知ってるかい?」
「……多分知ってる」
「な〜んだ、つまんないな〜」
「私だけじゃない。スコールもセルフィも、ゼルだってキスティスもフィールもみんな! なんとなく気づいてると思うよ」

 アーヴァインは苦笑して肩をすくめる。

 何故アーヴァインが銃を選んだのか。
 それは普段から彼が豪語するとおり、彼が臆病だからだろう。
 そんなところはみんな抱えている。
 突き抜けてしまったものならともかくとして、戦うものなら誰もが少なからず心当たりが有るだろう。その思いに。
 折り合いの付け方はそれぞれに違うが。

「僕がガーデンに入ったとき、示された道はそう多くなかった。頑張ってSeedになるか、Seedにならなくても卒業後はガルバディアの兵士、そうじゃなかったらやっぱり一般の庸兵になるくらいしかなかっただろうね。教職課程は専攻していなかったし、僕はキスティみたいな才人じゃなかったし」

 せっつくのをやめて、キリエは黙ってアーヴァインの言葉を待つ。

「あらゆる情報から隔絶されて、道を選ぶ隙も無い様にされていたスコールは、かわいそうだと思ったけど、憎くもあったんだ。隠されていたけど、スコールの周りにはスコールを愛する人たちが居た」

 エルオーネのことであり、あるいはイデアのことであり、またはラグナの事だろう。
 ラグナはスコールを知らなくても、レインの子供と言うだけで愛せただろうし、スコールの道を狭めるために、遠ざけられる前はイデアも間違いなく愛情溢れる母だった。
 長い間存在そのものを隠されてしまったが、命をとして産み落としてくれた母が居た。
 姉と慕った人とまで引き離されて、孤独を強要されて、その後を埋められもせずにいたスコール。
 埋められないのではなく、巧妙に埋めさせないようにしていた人たち。
 可哀相なスコール。
 彼のためにと、奪い、追い立てることだけが彼に与えられる愛だった。



 いつかSeedになり、何も知らずに魔女を殺せと。



 いつか彼自身が言ったとおり、無限の選択肢なんて誰の前にも存在しなかった。
 道を選んできたつもりで、選ばされてきた。
 がちがちに脇を固めて、ただまっすぐにSeedになる道しか選ばせず、それにすら疑問を持たないようにと。
 疑問を持ったときには既に遅かった。

「それを、いつかスコールたちに記憶を取り戻させるために居た僕はいつも一歩遠いところから眺めていたんだ。僕は、僕が何時からイデアたちの共犯者になったのか知らないんだ。気が付けばそんな位置に立たされていた。すぐ近くには居なかったから見えることもあったよ。スコールに届かないように、巧妙に愛する人たちが居たのが」

 運命に選ばれると言うのはどうしたって残酷なことだ。

 スコール然り、アッシュやルーク然り。
 普通に誰かに愛されて、愛して生きることすら望めない。
 それが運命に選ばれるという残酷であり、だけれど普通を生きる者たちからは羨まれる事すらあるという理不尽。

「かわいそうだと思っていたけど、憎くもあってさ、それ以上本当のことなんて見たくなかったから本当は近づきたくもなかったんだ」

 アーヴァインの立ち位置からは、スコールを愛するものの姿も、愛を与えられないスコールの姿も良く見えていた。
 それは幼い時の記憶であり、またガルバディアガーデンで再会してからの事実であった。
 自分とは違うスコール。
 見えていても側に愛情の少なかった自分と違い、溢れるほどの愛情から目隠しされていたスコール。
 本人からは見えていなくてもアーヴァインからは良く見えたそれが羨ましくて憎かった。
 それを自覚したくなくて、本当は近づきたくなんてなかった。
 けれど、近くに居れば、スコールを見ていれば、あんな育て方をされたのに驚くほどまっすぐな性情を持って育ったスコール。
 人のことなんて知らないと、教師を辞めさせられるとき、キスティスがスコールを弱音をこぼす相手として選んだとき、壁にでも向かって話していればいいだろうと言っていた男。
 だけどすぐに、自分のその言葉に苛立って、後々になってくれば知らない振りをし切れずにあちこちに首を挟む始末。
 誰かの危機に真っ先に飛び出していく男。

 よく世間に拗ねずに育ったものだ。
 拗ねる振りすらヘタだった。
 全てではない。
 けれどスコールよりは多くのの真実に晒されていて、まだスコールよりは多くのことを選べたアーヴァイン。
 彼自身が自覚している。
 世間に拗ねていたのは己自身だと。

「でも近づいたら、離れられなくなった。スコールに与えられていた愛情は悪意と紙一重だった。そんな中であんな風になったスコールは、もう羨ましくもなんともなかったけど、側は居心地が良かった。理由なんか知らなくても、なにかあれば、まあ本人不本意でもさ、真っ先に行動に移すでしょ〜。スコール自身が救いなんてないうちから、僕もゼルもスコールに何度も救われた」
「私も見てたよ。あんたのヘタレ具合も、引くも進むも地獄の選択も」
「……本気でやろうと思えば、見ないふりだって僕は出来たんだ。告発者は僕だけじゃない。バラムに居なかった孤児院仲間ならトラビアにセルフィだっていた」

 養家からガーデンに入らない道もあった。
 戦いからは遠いところに居ることも出来た。
 そうすればきっと、スコールたちと彼の道は二度と交じり合うこともなくすれ違っただろう。
 それを選ぶことも、出来たはずなのだ。  それでも、もしかしたらの再会を望んでいたのも彼で、自分以外の誰も、孤児院時代を覚えていないことに疎外感を感じていたのも彼だった。
 思い出させるかどうかの選択肢も、彼に委ねられていた。
 それは、忘れてしまった人たちには出来ないことで、アルティミシアを内包するママ先生にも出来ないことだ。
 シドなどそもそも孤児院時代の記憶の中に居ない。

「でも目隠しを取ったのは僕だった。道は少なかったけど、僕が選んだことだったんだ」

 戦うことも、共に有ることも、確かに選択の結果だった。

「でも僕は臆病だったから、銃を取った。肉をえぐる感触も、骨を絶つ感覚も何も残らない。引き金一つで全てが終わる。今は違うけど、イデア達が作ったガーデンに居るって事は、スコールたちと会わなくても将来は兵士になるって言うことで、誰かを殺すってことだ。その罪悪感から少しでも逃げたくって、少しでも軽くしたくて、感じたくなくて僕は銃を選んだんだ」

 キリエが自分の手で心臓を止めない、と言う偽りの不殺の上に救いを求めるように、アーヴァインは引き金を引く感触と発砲の反動以外何一つ伝えてこない銃を選んだ。
 そこに、少ない救いを求めた。

「知ってたけどね」
「でも、それじゃ駄目な時だってあるだろう?」

 強いと、絶対だと思っていたアーヴァインの弱さを見せ付けられて、僅かに顔を歪めるアッシュ。
 どんなに絶対に思えてもただの人間であると知っていたはずなのに、改めてその面を見せられると複雑な心境だった。
 そしてもう一つ、小さな喜びが胸のうちで疼くのを感じた。
 彼らの話を聴けば聞くほどに、思う。
 銃を得手とするアーヴァインが剣を取る理由。
 自分のためのなのだと、そう思う喜び。

 はぁ……、とキリエが溜息をついた。

「知ってるよ」
「そうだね。知ってる。僕がキリエの事を知っているなら逆もありだね」
「そういうこと」

 キリエが初めて、不殺を捨てようと思ったのは、我が子が誘拐されたときだった。
 ガーデンの転換期。
 混乱していた時期でもあり、強くなった、強くなりすぎた彼らを抑えるために、彼ら自身ではなくその縁者が狙われた。

 結局のところ、キリエが手を下す前に引き金を引いた者が居たから、キリエはまだ不殺を貫いていることになるんだろう。
 キリエが我が子のためにと思ったなら。アーヴァインは?
 普段は銃を使うことで殺人の重責から逃れようとしているアーヴァインが、剣を使って人と対峙するときは?

 決まっている。
 人の理由なんて、そう代わり映えのするものではない。

 ここには我が子にも等しく愛情を注ぎ、長い年月を見守ってきた子どもが居る。
 直接関わっては来なかったが、もう一人の赤毛の子どもだって、見守って来た歳月は長い。
 短いほうの子どもでキリエたちの時間感覚に換算して十年ほど。
 不慮の事態で二人を見守り続けることが出来なくなってからも、ずっと思い続けてきた子ども達だ。
 その子ども達を利用するだけ利用して、傷つけるだけ傷つけて、そして切り捨てるという男を倒すのだ。
 その死を受け止め、刻み付ける意味でも、彼は直接全てを知らせる剣を取る。

「じゃあ、納得してくれるだろう?」
「しょうがないわ。ならせめて、借りなさいよ。あんたは、剣技に関しては私より下なんだから」

 こと純粋な戦いに関してはそれだけがキリエの胸を張れる事か。
 剣の扱いについては、まだアーヴァインやフィールに負けない。
 スコールは別にして。
 そのスコールにしたところで、条件が双剣となれば、キリエほど扱いは上手くない。

 彼らには、生存の確率を上げるために自らの足りない部分、足りない技能を制約を交わした他者から借り受ける事ができる念能力がある。
 それを使い、アーヴァインがキリエの剣技を借りたなら?

 扱いの上手下手は別にして、根本的な理由でキリエは負けるのだが、キリエが負ける根本的な理由である身体能力の優劣を埋めてしまっているアーヴァインがキリエの剣技を使ったのなら。
 才能のないキリエの剣は映えるものではなく泥臭い。
 才能がないからただひたすら繰り返し身に染み込ませたものだ。
 言い換えるなら、奢ることのない剣とも言える。
 それを、才ある者が、思うが侭に扱えたなら。

「必要かい?」

 聞かれてキリエは考えた。
 果たして必要だろうか、と。
 幾ら相手が強敵とはいえたった一人。
 対してこちらは幾らでも交代要員がいる状況だ。
 速攻で決めるつもりでキリエは来たが、少しぐらい手間暇かけてもいいんじゃないだろうか。

「シリアス?」
「いや、コメディじゃないの?」

 だって一つも相手の望むとおりにしてやるつもりなんて無いし。

 負けることが分っていても、最後くらいシリアスに己の意思を投げかけようとするのなら。
 こっちは何があっても全身全霊をかけてコメディに突き落とす。
 笑えるかどうかは別の話だ。
 とにかく真剣にやっているのが馬鹿らしい、とそう感じてしまうような出来事に落としてしまう。
 それが彼らの思惑だった。

「それにさ、この剣、いい剃刀だと思わない?」

 少し動かして光に刀身を見せた刃は、キリエが創った中でも一、二を争う切れ味を持つものだった。
 専用の鞘に入れなければ鞘すら切り分ける。
 その剣のためだけに特別な念をかけた鞘を作ったのだった。

「……昔っからあんたって誰かに影響されやすい人だと思っていたけどね。最近はセルフィだけじゃない影響を感じるよ」

 するとさて誰だろう、と言うことになる。
 シュウか? ニーダか。いや、フィールだろうか。
 ふと隣を見れば、眼差しのかち合ったフィールがふるふると首を振る。

「僕じゃなくてキリエでしょう?」
「いやまさか」

 そんなそんな。
 まさかまさか。

「ふざけてないでいい加減行くぞ」
「ええ、そろそろそうしてほしいものですね」

 アッシュが促しジェイドが同意し、そして進んだアッシュの手によって、最後の境は壊された。














 定めが覆されるときが来る。

 キリエは知っている。
 スコールたちがどうやって戦ったかを。

 キリエは知っている。
 アッシュやルークがどうして戦ったかを。

 すでに過去となった運命は、繰り返さなければならないのか?
 同じ悩みをたどり、同じ答えにたどり着き、同じように行動しなければならないと?



 いいや。



 歴史はなぞらなければならないと、誰が決めたというのだ。
 たとえ反逆することにより引き起こされるのが尚のこと酷い未来だったとしても、だ。
 もう彼らは人形じゃない。
 自分の意思を手に入れて、絡みつく糸を振り払う力も手に入れた。
 普遍の未来に価値は無い筈なのだ。

 ローレライにとって未来は過去に等しくとも、ここに生きる人間達にとっては一寸先の未来も闇の中に等しく可変のもの。
 現在が何者かが定めた結末を求めるための過程でしか無かったとしても、今自分たちは結果ではなく過程にいる。
 結果が作られる間に居る。
 そして、その結果を定めた何者かの意思に沿わなければならない事など、ひとつとして無い。

 何者かが定めた結末を先に知り、それを気に食わないと思ったのなら、過程にいるからこそ、結果に手が出せるのだ。

 例えばそれが神であるのなら、神に等しきものであるのなら、神を殺せるのもまた人だけだ。









 辿り着いたとき、ヴァンは既に立ち上がっていた。

 足の痺れもすっかり取れているだろう。
 周囲に散らばるオダインでおじゃる2号!! の残骸。

 ちっ、とキリエは舌打ちする。
 予想しえた事態では有るが、面白くは無い。

「来たか……」
「来たね。ヴァンデスデルカ。僕はあんたを倒すために来た」
「ふっ、アーヴァインか。久しいな。シンクもいるのか」
「ああ。負けたからね。死なせてもくれないみたいだし」
「くくっ。まあいい。見たことの無い顔ぶれ居るようだが」
「会いたいとも思わなかったけど。つくづくあのときその髭を抜いておかなかった事が悔やまれるよ」
「そう……ヴァンの髭にはミラクルパワーが宿っていて、その髭が一本抜けるたびに力は衰退し、一本生えるたびに力は増幅する。ならば、その髭全てを丸坊主にした暁には一体どれほど弱体化するのか!」
「眉毛までぬけばきっと立ち上がれませんよ」
「お前たちな……」

 アッシュが自分の眉間の皺をぐりぐりと伸ばす。
 敵よりも味方のほうが精神的にダメージを受けているようであった。

「一応紹介するけど、彼らは僕の仲間でガーデンのSeedだよ」
「こんにちわヴァンデスデルカ。栄光を掴み損ねた髭眉毛。私はキリエ」
「僕はフィールです」

 キリエのいいように何か言ってやる気もうせたフィール。
 ヴァンはキリエのいいようにもかすかに含んだ笑いを洩らしただけだった。

「僕は言った事があったよね、君に。ルークに手をだしたら承知しないって」
「さてな。どちらのルークの事か」
「どっちもルークだよ。僕達ガーデンの子供たちだ」
「そもそも、私はガーデンと言うものがよく分らんのだがな」
「あんたなんかに伝えたくなかったからね。……ガーデンは魔女の庭だ。残酷な運命に選ばれた子供たちが集い、その子供たちに守られる」
「いいよアーヴァイン。説明なんて」
「そうです。ガーデンは、ガーデンでしかない。魔女の庭は、魔女のためにある。それでいいんです」

 魔女と言う言葉が内包するさまざまな意味を、彼に伝える意味は無い。
 かつてであったなら。彼も、ヴァンもまたその庭の庇護を得る事ができたかもしれない。
 真実の庭の意味を知る事ができたかもしれない。
 だが、今はもう彼はその資格を自ら手放した。

「なぜ。奴等にそう肩入れする。お前ほどの男が」
「買い被りだよ」

 最初はただの哀れみだった。
 そして彼が残酷な運命に選ばれた、特別と言う名の忌むべき定めに選ばれた子だったのだと気が付いたのはその後だった。
 幼い子にとって親とは世界そのものだ。
 その世界にすら無自覚に捨てられていたのだと、知ったのはずっと後になってからのことだった。

 そして、真実世界が彼らを見捨てるだろうと知ったのは、再びこちらに来てからだった。
 キリエに聞いた、彼らの運命。
 世界は過酷な定めを背負わせた彼らを救わない。
 拾わない。

 だったら自分たちが拾おう。
 そして何時かは救いたい。

 それこそが、庭が背負う役目だ。

 世界に弾かれた異端者を、優しく受け止め包み込む。
 世界が押し付けた傷を癒させるために。

 ガーデンは魔女が作った魔女の庭。
 魔女とは異端の代名詞でもある。
 時にはゆりかごにも例えられるその庭は、守護者にして殺戮者と言う矛盾を抱えるものを生み出し世に送り出す。

 それが、Seed。

 心優しい魔女のため、庭は魔女の安らげる庭であり、Seedの育まれる庭であり、Seedが魔女を守るために力を蓄える場所であり、やがて魔女と言う、力を持つ異端なる者が世界に対して害となろうとしたとき、阻むための囲いでもある。

 魔女は、彼らSeedの守ろうとする異端とされる者たちは、自らの力や存在が世界を傷付ける事を殊更に恐れる。
 そして悲しがる。
 その時には自らが世界の害になる前に、Seedと言う魔女の騎士に、自らを殺してくれと魔女達は懇願するのだ。

 悲しき定めを持つ物たち。
 世界の敵となるくらいならそれを受け入れる魔女達。
 彼女達を世界の敵としないため、いざそのときが来たのなら、つつがなく願いに答えるためにSeedたちは力を蓄える。

 魔女も、ガーデンも、Seedも、全てが悲しい定めを負っている。
 だからこそつながりは強く、一度守ると決めたものは全身全霊をかけて守る。
 そして魔女達のように、あるいは運命に選ばれてしまった人たちのように、悲しいモノたちを生み出したくないと、生まれてしまったならその悲しみが少しでも軽く、そして癒されるようにと腐心する。




 彼らは言う。




我等あらゆる定めに牙を剥き、爪を以って引き裂くだろう


我等高慢なる運命の改定者。
犠牲の上に成り立った、万人のハッピーエンドなんて捨ててしまえ!
我等が心砕くのは、世界に捨てられ弾かれた、万人が捨石とする犠牲の羊。

どうかどうか等しき友よ、親しき者よ、その身を犠牲とする事を、厭って欲しい。
世界のために身を投げないで。
我等は涙も流せない――




 Seedとガーデンが愛する異端者たちは、いつもいつも優しくて、いつでも自分より世界を選んでしまう。
 それが彼らはとても悲しいのだ。
 自分から、行ってしまう。
 それでは守る事もできない。
 彼等が自ら望んだのだと思えば、嘆く事すら、涙を流す事すら――出来ない。

 彼らは心優しい異端者たちを愛する。
 世界から弾かれてしまったモノたちを愛する。

 ルークは、幸いにも仲間を、見つけることが出来たようだった。
 けれど彼が異端者である事には変わりが無い。
 アッシュが幼いときから自らの異端性を自覚させられたように、ルークはその上にレプリカであるという事実までが覆いかぶさり、自覚せずには居られないだろう。

 自らが弾かれたものである事を自覚して、世界が自分たちに優しくない事を知って、それでも彼らはなお、世界と人々のために、と言う。
 だからこそ、愛おしさは増す。






「お前たちは私を倒してどうするのだ。ローレライを解放するのか」
「そうだね。とりあえず、ローレライを解放しようかな。あんなもの、空の上でも宇宙の果てでも行っちゃえばいいんだよ」
「そして、あんたはここまでよ」

 全てはここまで、と。
 キリエは終焉を作りにかかった。

「ローレライを解放しなよ、ヴァン。それでも君は死ぬだろうけど、僕たちが君に選ばせるのは、もうただ一つしかない。キミが自分の意思でローレライを解放するか、僕たちに倒されて解放するかの二つに一つだ」
「ふっ。私がそれにしたがうと思うのか」
「まさか。それでも僕たちは選ぶ事をやめないように選ばせる事もやめない」
「高慢だな」
「知ってるよ」
「承服しかねるな」
「そうかい?」
「ああ……。私は、この疎ましい力を解放してでも、抗おう」
「あんたはローレライが……大っ嫌いだもんね。まあ、僕もだけどさ」

 不意にキリエがヴァンから目を放し振り返る。

「ルーク、ティア。なにか言いたいことはある?」

 ルークは努めて真摯な表情を作った。

「俺、あなたに認めて欲しかった」

 ゆっくりと、語る。
 その思いは真実だろう。

「レプリカではなく、一人の人間として、貴方に認められたかった。……師匠」
「まだ――私を師匠と呼ぶのか」
「はい」
「ふっ。本当に、愚かな――レプリカだ」

 ヴァンも、ふと目を伏せた。
 ルークはその言葉にも、もう傷ついた様子は見せなかった。
 吹っ切るための、ただの儀式だったのだろう。
 絡みつくヴァンの意思と言う糸を、この時に真実ルークは振り払う事ができたのだ。
 レプリカドールは、もう人形ではない。

 すでに思いは過去への形に変わっている。

「兄さん」
「メシュティアリカか」
「いいえ、ティアよ。もう、メシュティアリカなんて呼ぶ人間はいなくなるもの」
「ティア、か」
「そう。私はティアよ。愛していたわ、兄さん。けど、兄さんが変わったように、私も変わったの。ルークのおかげよ。ルークが教えてくれた」

 ふ、と。
 ヴァンは笑った。

「さよならよ、兄さん」
「ああ、さらばだメシュティアリカ」
「兄さん……」
「アッシュは?」

 尋ねればアッシュは何の拘りも無い声音で言った。

「いい。俺には言うべき言葉も無い。もういい」
「他には?」

 促しても、誰も前に出る事は無かった。

「ガイラルディア様」

 ヴァンが言った。

「最後となるなら、貴方様と戦ってみたくもありました」
「俺も、だな。昔はまさか戦う事になるなんて思いもしなかったが」
「古より、我がフェンデ家を守り続けてくれた。ガルディオス家には感謝をしている。幼い頃剣をささげた貴公と戦うのは心苦しいものだったが」
「退くわけにはいかない、お互いに。そうなったのは何時からだったんだろうな」
「我々は互いに違う方法で未来を勝ち取ろうとしている……。相容れることはない」
「俺だって、もう知ってるさ。お前のアルバート流と俺のシグムント流、どちらが優れているか、決着を付けてみたかった」
「ありがとうございます、ガイラルディア様」

 ヴァンの眼差しが、次にジェイドの姿を捉えた。

「これも因縁か、バルフォア博士。こうしてあなたとあいまみえるとは」
「因縁だとか奇跡だとか信念だとか……、そういうものには興味がないんですよ。ただ私は、私の引き起こしたことに始末をつけたいだけです」
「そう、あなたの生み出したレプリカが超振動の研究を加速化させ、ホド消滅を引き起こした。そして同時に世界を預言から解放する手段となっている」
「そう。ですからフォミクリーは私の手に戻してもらいますよ。少なくとも、あなたより私の方がもう少し利口な使い方ができそうですからね」
「言ってくれる……。だが戯れ言は私を倒してからにしてもらおう!」
「戦うのは、私じゃありませんよ」

 ははは、とヴァンは哄笑した。

「人形遣い……。レプリカイオンを導師に据えた時、お前がこれほどまでに戦えるとは思っていなかったぞ」

 次に彼の視線が捕らえたのは、トクナガを巨大化させて待機しているアニスだった。

「強くなりたかったわけじゃない、イオン様の役に立ちたかっただけ! 総長にとってはオリジナルの代わりだったかもしれないけど、私にとっては……!」
「オリジナルと変わらぬ唯一無二の存在か……。そうだろう、あの導師はオリジナルとはあまりに違いすぎた」
「当たり前でしょ、違うんだから!私は預言が世界を滅ぼすとか、そんなことホントはどうでもいい……イオン様やフローリアンや……シンクを苦しめた総長が大っ嫌い!!」
「シンクが聞けば不愉快に思うだろうな」

 ちらりとその眼差しをシンクに送るヴァン。
 シンクはここに来て以来、一言も喋らず沈黙を保っている。
 今も、その表情には不快も好感も表す事無くただ腕を組み、立ち尽くしていた。

「それでも私はアンタが大嫌いなの! だから倒す!」
「よかろう。ではそのふざけた人形ごと、消し炭にしてくれよう!」
「やれるもんなら、やってみなさいよ!」

 べー、っと目を剥いてべろを出す子供っぽい仕草にヴァンは苦笑を洩らして、ナタリアを見た。

「ここまで来るとは、城で暮らす王女にしてはなかなかの腕前だな。ラルゴの血がそうさせるのか……」
「そうかも知れませんわね。でもわたくしは、あの方とは違います! 預言がわたくしの運命を狂わせたのだとしても、わたくし自身でその運命を変えてみせますわ!」
「傲慢なまでの強さだな……。しかし血で贖われた玉座に君臨するには、それだけの強さが必要ということか」
「ええ、わたくしが座る椅子は民の犠牲の上に作られています。だからこそ、わたくしは彼らを守らなければならない! それがアッシュとの約束でもありますわ」

 ナタリアは微笑みながらアッシュを見た。
 この世の何処にも血に染まらぬ玉座は無い。
 建国のときに、代替わりのときに、あらゆる混乱の際に、玉座は血を重ねてその上に黄金の椅子を置いてきた。
 ナタリアはすでにそれを、知っている。

 アッシュも一つ頷いて、微かに微笑み返して見せた。
 過去、アッシュがナタリアにプロポーズしたのは、ただ彼女が王の娘だったからではない。
 それならプロポーズするまでもなく、婚約が結ばれていた。
 それでもなおナタリアにプロポーズしたのは、王家の色を引かない自分に強いコンプレックスを抱きながらも、前に、前にと、少しでもよく民のためにと努力するその姿が、輝いていたからだ。
 自分が持つ血の様な髪の色よりも、彼女の金の髪の輝きの如くまぶしかったからだ。

「よかろう。ナタリア王女よ、その肩に乗せたオールドラントの民、見事守ってみせよ!」
「守りますわ、わたくしは。決して失わせたりは、いたしません。覚悟なさい! わたくしは父・バダックの力を継ぐ者! そしてキムラスカの民を守る者ですわ!」

 決意は固く、結び直される。

 口上を述べようと息を吸ったヴァンを遮って、アーヴァインは宣言した。
 本来なら、最後の意志と意思をぶつからせる大切な場面なのだろう。
 だが。

「今日こそ、あんたの髭、刈り取らせてもらうよ?」

 とん、と床を蹴るアーヴァイン。
 続々とキリエが、フィールが、アッシュが床を蹴る。
 タコ殴り、袋叩きの決戦だからといって、大勢で密集して行っては満足に身動きもできないということでキリエによってひとまずバトルメンバーから外された面々もいざに備えて気を張った。


 そしてここで、髭と言う、世界でもっとも間抜けなものを賭けた闘いが始まった。

























 剣が飛んだ。

 もちろんそこには剣を握る人間が居るわけだが、その勢いは飛ぶといっても過言では無い。
 突き出される剣は寸分の狂いもなくヴァンの髭を付けねらう。

「ちっ」

 激しい戦闘の場に舌打ちが一つ残された。
 その音が消える前に音の主はその場から消えてなくなる。
 そして繰り出される一撃はその眉毛を狙っていた。

 フィールの繰り出した鞭が髭を狙い、避けられて髪を一房切り落とす。
 少しずつ少しずつ刈り取られていくヴァンの髪。
 それは明らかに異様な風景だった。

 苦鳴を洩らして必死に迫り来る武器を避け、あるいは打ち払うヴァンに反撃の隙は無い。
 それほどまでに彼らの攻撃は凄まじかった。
 後に振り返ってフィールは思う。
 あの時は、普段の二倍は力が出ていたような気がした、と。
 それは何よりもアーヴァインの気迫に引き摺られての事だっただろう。

 その戦場において、得手とする銃よりは使い為れないはずの武器である剣を握ったアーヴァインの気迫は凄まじいの一言に尽きた。
 それほどヴァンに対する恨みが深いのかもしれない。
 あるいは、自分の誓約の子供に対する扱い方に、腹に据えかねるものが有るのだろう。

 他人に影響されやすい気質を持ち、その上アーヴァインの気持ちに共感するところのあるキリエもその技の嫌らしさが冴えていた。

 解き放った生きている縄は基本だ。
 そうして足元を牽制した上で効果が無いことを承知でステータスダウン形の魔法を受けから重ねがけしていく。
 何かは効くかも知れない。
 駄目元でも挑戦だ。
 詠唱の合間に単発の念具の使用も忘れない。
 炎が巻き上がり、風が切り裂く。

 アーヴァインとアッシュ、腹の底に据えかねる何かを抱えるらしき二人とそれに引き摺られた一人、フィール。
 そして足元も満足に確保出来ない戦場で、ヴァンはよくやっている。
 反撃の隙こそ見いだせなくても、それをこれだけ長い間凌いでいるだけでも驚愕ものだ。

 確かに、彼は強かった。

 ただ、彼が敵に回した者たちがさらに容赦なく、そして強かっただけで。




 効果が無い事を知りつつキリエは片っ端から魔法をかけ続ける。
 そしてそのうち手持ちの魔法の種類が切れたら念具の使用も始めた。
 仲間達にはそれらの効果を無効化する装飾品を渡してある。
 効果範囲を気にする必要は無い。

 念具の効果は全て念具によって阻まれる。

 弱く、緩く精神に作用するような類のものでも無い限り、だいたいのものはキリエの作った念具はキリエの作った念具で防ぐ事ができるように、キリエはそう作り続けてきた。
 睡眠を呼び起こすものを、声を奪うものを、音を奪うものを、視覚を奪うものを、瞬発力を奪うものを、体力を奪うものを、キリエは片っ端から使い続ける。

「俺たち、出番無いよなぁ……」

 まだ泣きはらした目蓋がはれぼったいルークがぽりぽりと頬をかいた。
 付いて来はしたものの、まるっきり状況に置いてきぼりだった。

 七年前の恨み! だの、七年間の恨み! だの、この鬱屈思い知れー! だのとさまざまな叫びが聞こえる。
 よくも子供たちをもてあそんだね? とか、今まで好き勝手してくれたな、とか、言われながらぼろくそに攻撃を受けている様子を見ると、裏切られても持ち続けた何かの幻想がぱらぱらとひびが入って崩れ落ちていくかのようだった。

 付いてきたからには一応交代要員……のはずなのだが、その勢いに一向に衰えは見当たらず、故に出番がまわってくる気配も無い。
 嬉々としてヴァンの髭を狙うアッシュを見てルークは内心複雑になった。
 きっと彼が一番、ルークの幻想を壊している。
 強い師匠の幻想も、かっこいいアッシュの幻想も、嬉々として髭イジメをしているアッシュを見ると何か現実に引き戻されるような気分だった。

 その現実が一番滑稽なのだが。

 ぼんやりとした人伝の話でしかアッシュの過去は知らないが、これを見ているとヴァン師匠がどれほどの事をやっていたのかがなんとなく分ってしまう。
 この恨み、果たされ置くべきか、といった気迫がビシビシと伝わってくる。

「何のために作り続け、ストックを続けるのか――。こういうときの、為でしょ!」

 キリエが道具袋から取り出したのは銃だった。
 銃自体に特殊効果を付属してある。
 たった一つだけしか攻撃力は極端に低くないに等しい。

「避けて! ドンムブ!」

 さっと味方の姿が散ったところに念で出来た弾丸を放り込む。
 まっすぐにヴァンを目指したその弾はあえなくヴァンの剣にはじかれた。

「くっ」

 と声を洩らしながらも、攻撃の手が休まった隙を逃さずに足元を邪魔する生きている縄たちを纏めて引き千切る。
 その時だった。

 ふっと、ヴァンの動作が鈍くなる。

 それは一瞬だった。

 三人から寄せられる攻防と一人から寄せられる邪魔を掻い潜り多数の生きている縄すらあしらって見せていたヴァンに生まれた、絶対的な隙だった。
 ヴァン自身にはどうしようもない類の隙だ。
 そして、彼らはそれを見逃す事は決してなかった。

「もらった!」

 鋭いアッシュの突きが繰り出された。

「そこだよ」

 アーヴァインの拙い剣技も、狙い違わず繰り出される。

「終わりです!」

 ヒュ、と空気を裂いたフィールの鞭が唸った。
 しなる鞭は音速をも軽く越える勢いでヴァンに迫り、とっさに両腕をかざして防御したヴァンを、その防御を超えて弾き飛ばした。

 ふわり、とアッシュとアーヴァインに切り取られた髭が舞う。

「ぐぅ……」

 どん、と激しい音を立てて壁に叩き付けられたヴァンが立ち上がるには、数秒を要した。
 パラリ、と衝撃居よってその身に降りかかった砕けた壁材を零しながら立ち上がったヴァンデスデルカ。
 その顔は見事に――髭と眉毛が半分存在しなかった。

「ぶふっ」

 噴出したルークがあわてて口を両手で覆う。
 だがその腹筋は笑い続けていた。
 ガイも苦さを滲ませた表情で、ルークほどあからさまではないにせよ笑いを堪えていた。
 ティアの複雑そうな表情はその中でも随一だろう。
 明け透けに笑うアニスにそれをたしなめつつも笑いを堪えているナタリア。
 その様子を見ていたキリエとしては、ジェイドを笑わせる事が出来なかったことが残念だったが。

 失笑はしていたが、笑ってはいない。

 髭も眉毛もしっかりとしたものだったから、剃り跡もしっかりとしてた。
 黒髪ではなく色素の薄い体毛だった事が幸いしてか、青々としているという事はなかったが、そのアンバランスな様子も含めて笑いを誘うには十分であった。

 立ち上がったヴァンは何故自分が笑われているのか理解できずにふと顔を触り――そして理解したようだった。
 なんとも言いがたい表情で顔をしかめると、何度か顎を撫でさする。

 床に落ちたヴァンの髭をぐりぐりと踏みしだいて、アーヴァインは言った。

「あと、半分だね」

 こちらは眉毛を踏みしだいてアッシュは言った。

「そうだな」

 ついでに丸坊主にしちゃおうか、とアーヴァインはは挑発するように笑みを浮かべた。














「ねえヴァン。あなた、何とかシリアスを取り戻そうとしているのかもしれないけど、もう無理よ、その成りじゃ」
「そうですよね。僕も笑いを堪えるのに必死で」

 笑いを堪えるのに必死、といっている割には笑いを堪えていない。

「残りの髭も髪も、見逃してあげる。ただし、本当に、終わりよ」
「まだだ……」

 ジェイドの譜眼が、第七音素の高まりを捕らえた。
 音素に敏感な者たちはその変異を肌で感じ取る。
 そしてキリエも。

 唐突な音素の高まりに、細胞が悲鳴を上げる。

 内なる苦しみを抑えてただ眉根だけを寄せているが、彼女の全身は今、引き絞られるように痛んでいた。

「まだだ、まだ終わらんぞ!

 叫ぶヴァンは、己の中に封じたローレライの力を解放していく。

「まだ、終わらんぞっ!!」

 獣のように、咆哮した。




「この圧力…!これが…ローレライの力ってやつか!」
「確かに、凄まじいです」

 腕を顔の前にかざすようにして堪える。

「ですが、負けませんよ」

 譜眼を制御するメガネを外そうとしたジェイドを、キリエが手で制した。
 苦痛にゆがみながらも、その顔は笑みを浮かべる。

「駄目よ、ジェイド。それを使えば、侵食を深める」
「ですが、さすがにこれは貴方達でも無理なのでは? 音素は私の領域です」
「大丈夫だから、見てなさいって」

 痛みに食いしばった歯をキリ、と鳴らして、彼女は前を向いた。
 その瞳に浮かぶのは、紛う事なき絶対の信頼。

「キリエ……」
「大丈夫だから」

 そう。
 大丈夫だから。
 必ず、必ず。

「召喚・カーバンクル」

 待機状態を終えた召喚獣が呼び出される。
 その額に神秘の石を持つ、小さな可愛らしい獣だ。
 その額から神秘の光が放たれると、たちまちの内にあの圧力が軽くなった。
 あちらこちらでほっと息をつく音が聞こえる。

 あの凄まじい圧力も、一度強いと感じただけに、半分にもなれば脅威でもない。

「あれは……何なのですか」
「召喚獣。ここには無いものよ」

 体が楽になったキリエが答えた。

「シェルにプロテス、ですね」
「リフレクがどう効果が出るかわからないところだし、これでよかったんじゃない?」
「まあ、そうですか。いっそ丸ごと反射して自滅……とか」
「この状況じゃありえないでしょ〜」

 ぐるりと方を動かして動きを確かめるフィール。
 剣をしまってエグゼターを構えたアーヴァイン。
 眉とひげが半分無い上に、眉と髭を狙ったものを避ける過程でまるでマッシュルームカットのようになっているあのふざけた物体に、もはや剣を使うような気も起きなかった。

「くだらない話をして無いで、さっさと行くぞ」

 以前よりなお獰猛な笑みを浮かべて、先陣を切ったのはアッシュだった。

「……っ、はははっ」

 キリエは笑い、へたり込んだ。
 痛みを堪えるのももう少しだ。
 もう少しで、決着が付く。
 必ず、仲間たちの勝利で。
 キリエにはそれが疑いなく信じられた。




















 全てが目の前を流れていった。

 ルーク、シンク、ティア、アニス、ジェイド、ナタリア、多くの当事者達を傍観者に追いやって。

  「よい、仲間が居たのだな……」

 アーヴァインに向かって放たれた、それがヴァンの最後の言葉だった。




















「よい仲間、ねぇ……見れば分るじゃない。そんなに改まって言う事かなぁ」
「あの頃は僕もこっちにいましたけど、覇者は孤独だって言うのが定説でしたよ? まあ、アッシュは仲間と言うより被保護者でしょうしね」
「そっかそっか。それだけガーデンを大事にしてくれているわけか」

 痛みがなくなったのでよく口が回る。
 にやりと笑ってアーヴァインを振り返れば、是とも非とも言わぬ顔で僅かに肩をすくめて見せた。

「おい、ルーク」

 ローレライの剣を抜いたアッシュがルークを呼んだ。
 それを見て、彼が何をしようとしているのか悟ったのだろう。
 仲間を振り返ると彼は言った。

「俺、行って来るから」
「ルーク……!」

 ヴァンを失い、膨大な第七音素の中心点を失ったエルドラントは、崩壊を始めていた。

「彼らの生は、私たちが約束するわ。けど、貴方達が付いてくる事ができるのは、ここまでよ。脱出しなさい。いいわね」
「分りました。キリエ、彼らのことを頼みます」
「帰ってくるのは二年後かもしれないけど」
「それは困りましたねぇ……、もう少し短くなりませんか?」
「大佐!」

 アニスが声を張り上げた。

「アニス。私たちにこれから一体何が出来るというのです。最後の決戦だと思っていたこれにすら、私たちは傍観者でした」
「でも」
「そうだぜ、アニス。なあ、信じて見ようや」
「……うん」

 不満そうでありながらも、アニスもトクナガを引っ込めて頷いた。

「ルーク。お願い、ルーク。必ず、必ず帰ってきて」
「ああ、もちろん」

 あの時手に入れた生への希望は、まだ尽きていない。
 今なら心のそこから生きて帰ると信じてそれを、言葉に出来た。

「アッシュ。貴方もですわ。きっと、必ず帰ってきてくださいませ」
「ああ。もちろんだ、ナタリア」

 アーヴァインに育てられた成果か、こちらのほうが少しサービス精神旺盛に、伸ばした手をナタリアの頬に触れさせた。

 一人身の者たちはそれを遠巻きにする。
 恋人が居ても今は遠距離恋愛に等しいアーヴァインは触れ合える事を少し羨ましげに見ていた。

 ルークがあまりにじれったいからか、ティアが感極まったのか、ティアはルークに抱きついた。

 そっと耳元に囁く。
 他の誰にも聞かせないように。

「好き。好きよ、ルーク。だからきっと、帰ってきて」

 ルークも真っ赤になったが、聴覚が一般の人間よりかなり強化されているガーデンの人間達も真っ赤になった。
 他人への本気の愛の囁きなど当事者達以外には身に毒だ。

「セフィ〜〜」

 アーヴァインが情けなく呟いた。

「さあ、行きなさい貴方達。もう時間はそれほど残されていないわ。第七音素の満ちるこの場所は、ローレライの解放にも都合がいいの。巻き込まれないうちに行きなさい」
「ではキリエ、頼みました」
「任せて」
「ルークを、ルークをお願いします」
「どうかアッシュを助けてくださいませ」
「あいつらは……俺の大切な幼馴染なんだ。頼む。助けてやってくれ」

 だれもがルークとアッシュの姿を見ながら、名残惜しげに走りさる。
 一言残していくあたり、可愛らしいじゃないかとキリエは笑んだ。

「崩落、酷いわね」
「間に合うかな、あいつら」

 心配そうにルークが呟いた。

「大丈夫だと思うよ? さっきの闘いのとき、あの人たちにもシェルとプロテスの魔法がかかったから、多少の瓦礫なら弾き飛ばすし」
「そう、なのか?」
「ほら、ね?」

 言うそばから天井から降り注いできた瓦礫の破片がプロテスによって始まれて、害を為す事無く地に落ちた。

「すげぇ」

 子供のように興奮して空に手をかざす。
 実際子供なのだが、更に子供であるはずのシンクはふーん、と一度呟いたきりでその反応は対照的だった。

「さあ、ルーク、アッシュ。もうそろそろよ」
「ああ」
「がんばってね〜」
「最後の大仕事ですね。応援してますよ?」
「ふん」

 次々に投げかけられる言葉にルークは照れくさそうに頭をかいた。

「それにしても残念だったわね」
「何がだ」

 キリエの話に食いついたのは以外にもアッシュだった。
 その方が面白いと、キリエは悪戯な笑みを深める。

「さっきのヴァンとの闘いのときの事よ。もし、ローレライの力が暴走したら」
「そんな隙は無かっただろう」
「もしの話よ。もし、暴走していたら」
「していたらどうだというんだ?」
「きまってるじゃな〜い?」

 キリエの目が逆三日月に笑んだ。
 それを見てしまい嫌な予感を覚えるアッシュ。

「『アッシュ、ルーク、第二超振動だ! 第二超振動は、あらゆる音素を無効化するわ!』って、二人仲良く手を繋いで第二超振動でバーンって」
「あんたバカでしょ」

 アッシュに言われる前にシンクがそう口を挟んだ。

「アッシュに言われるよりなんか、ずーんと来るね……」

 照れるルークに呆れるシンク。
 シンクのおかげで罵倒しそこなってそっぽを向くアッシュと反応は三者三様だった。
 ガーデン組みは一様に笑いを堪えているが。

「無駄話していないでやるぞ」
「ああ」

 聖なる焔が二人そろった。
 神々すら打ち倒す人の化身が二人並んだ。
 それを前に預言程度、何の障害であるものか。

 眩く光が広がるのを、キリエたちはずっと見ていた。
 ずっとずっと、その命の焔が消えないように、そっとそっと見守っていた。

 最後に。

 どうにかしてローレライを一発殴れはしないものかと思案しながら。









戻る
TOP