栄光を掴む髭を毟り取れ!!  9



「………だ……」
「なんだ。聞こえんな」
「…い……だ」
「もっとはっきり言ってみろ」
「いやだ!!」

 その声は明瞭に響き、浮かび上がった偽りの栄光の――ユリアの墓所に響き渡った。






「いやだいやだいやだいやだいやだ!! 死にたくない消えたくない生きていたい!! 誰に殺されたっておまえにだけは殺されてやるもんか!!」

 喉よ張り裂けよとばかりに声を張り上げて、変わると宣言してから初めてルークは泣いた。

 踏まれていないほうの手でアッシュの事を突き跳ねようとして、その手を掴まれる。
 ガラン、クワァン、と間抜けな音を立ててアッシュの手から剣が転がり落ちて床を打つ。
 空いた手はそのまま中途半端に上体を起こしたルークの頭の後ろに添えられた。
 ぼろぼろと声なく泣きながら、ルークは状況がつかめずに唖然とする。

 え、あれ?
 今俺、アッシュに殺されかけてなかったっけ?

 それがどうした事か、今はアッシュに支えられて体を起こされている。
 首筋に当てられていた剣は固い床に跳ねて遠くへ行ってしまっているし、なんと言うことだ、抱きしめられているじゃないか!!

 抱き起こしたルークをそのまま腕の中に収めると、片手は優しく髪を梳いてもう片手は引き攣りがでてきたルークを宥めるようにぽんぽんと背中を叩く。
 ルークはもう本気で訳がわからなかった。
 それは彼の仲間たちも同じだったようで、拘束を引き剥がして何とかルークの元に辿り着こうとしていた仲間たちの動きもぽかんと止まってしまっている。

 誰も彼もを唖然とさせる光景の中、Seedの三人組が非常にいい笑顔で微笑んでおり、シンクはやってられないとばかりに手のひらを広げた。

 同じ身長、同じ体格、そして多分、同じ体重。

 そっくり同じと言われたけれど、まったく違う二人が、互いを兄弟のようにいたわっている。

「よく言った。そうだ。それでいい」
「え……、アッシュ?」

 ぱくぱくと、音無く口を開閉させるルーク。
 変わらずにその背を優しくたたきながら、アッシュは繰り返す。
 何度でも何度でも肯定の言葉を人の温かさと共にルークの脳髄に送り込む。

「それでいいんだ。それでいい」
「……」
「……声を上げろ。生きたいと叫べ。俺達にはその声を拾ってくれる者たちがいる。諦めは必要ない。喉を枯らして叫べ、生きたいと願え。誰にもそれを否定させない」
「お……おれ、いいのかな。生きたいって、言ってもいいのかな……」
「死に価値を求める必要はない。俺のレプリカであること、俺の同胞であること、俺の兄弟であること。奴等の、ガーデンのSeedの守るべきものである事、奴等を仲間と呼べる事。全てが、おまえの価値だ」
「俺の……価値?」
「おまえは俺のレプリカだが、俺には出来なくて、おまえにしかできないことがある。それも、おまえの価値だ。おまえを見限るものが居るならおまえから捨ててしまえ。そんな奴等におまえはくれてやらん」
「アッシュ……」
「おまえは誰だ」

 質問の意図がつかめずにルークがおどおどと視線を彷徨わせていると重ねて問われた。

「おまえの名前は」
「おれは……」

 迷うルーク。
 自分にはルーク以外の名前は無く、けれどその名すら自分のものではない。
 背を丸めて相手の目を覗き込めば強い光に射すくめられた。
 けど、そこに嫌悪の光は無い。

 ああ、良いのだろうか。自分はルークで。

「俺は、ルーク……」
「そうだ。ルークだ。もう否定する事は許さないぞ。おまえはその名前で生きていていいんだ」

 そう宣言すると、ひっ、と喉を鳴らし、ルークはとうとうアッシュにしがみついて泣き叫んだ。

「すまなかったな。間に合わなくて」

 ルークの耳には届かせないように、アッシュは小さく呟いた。

































 感動的な光景の中で。
 キリエは必死で場違いなクラッカーを鳴らしたい衝動を治めていた。
 それでも、クラッカーまでは鳴らさないまでも、髭の事なんか放っておいて小さなお祝いはしようと決意する。

 正座している髭はカメラで監視しておけばいい。
 立ち上がったら知らせるようにして置けば問題はないだろう。
 何時までも座り続けて、いざと言うときに足が痺れて立てなくなっていれば最高だ。












「呪われろヴァンデスデルカ」

 とてもいい笑顔のまま、ぽつりとアーヴァインが呟いた。

「あんたが悪じゃない事は知っているさ。どれほど世界を憂えていたかも知っている。そしてどれほど世界に絶望していたのかも、知ってるさ。けれどあんたは悪になった」

 アーヴァインの独白を契機にフィールとキリエは各々行動を開始した。
 縛ったロープを切るためのナイフと、トリモチまみれの服を始末するためのハサミ。
 そして肌や髪に付いてしまったところを処理するための剥がし液をもって。
 服に関しては、後から此方から適当に着れるものを提供すればまあ問題はないだろう。
 与えられた称号衣装で出歩くような人達だ。
 キリエの鞄の中も別に念具のみが入っているわけではない。

 とりあえずもう少し黙っとけ、と言う意味合いも篭めて、手と口の解放は最後にする。

「僕たちはSeedだ。魔女のガーデンで育てられたSeedだ。運命に翻弄されて、今もきっと僕らの知らない僕たちが、ママ先生や、リノアや、アルティミシアを殺しているのかもしれない」

 彼らの世界の時の廻りは、場合によってはパラレルワールドの存在を立証してしまう。
 過去から未来へのみ流れていくのが時間であるはずなのに、それをゆがめてループを造ってしまった。
 だけどそのループをただ単純に受け止めれば世界に大きな矛盾が生まれてしまう。
 未来から過去へ、過去から未来へと受け継がれる力は何処へ逃れるのか。
 いつか強大すぎる魔女の力に抗いきれずに滅び去る魔女の庭のSeed――自分たちと、一つに圧縮されて飲み込まれた世界があるのかもしれない。

 仮初の平穏を享受して精一杯に今日を生きる自分たちが、どこかで新しい世界の危機に直面する自分たちが、リノアの封印を諾々と受け入れたままの自分たちが、居るのかもしれない。
 そして、自分達のようにそのループを断ち切ろうとする自分たちも、どこかに居るのかもしれない。

 広く、無限に広がる世界に居る自分たちは、全て自分たちの可能性でありえたかもしれない――IFだ。

 その中で、多くの自分たちの中でだが決して紛う事無く自分が自分である事を、彼らは強く思い描き主張する。

 多くの自分が居るかもしれないその中で、彼らは運命を受け入れなかった可能性だ。

 運命を否定するものとしての自負がある。
 魔女と言う世界の敵を懐に抱えて生きる矜持がある。

「ね、アーヴァイン。だから私は言うでしょう? 『我等運命の反逆児』ってね」
「酷いな〜キリエ。それは、確かに初めは君の言葉だったかもしれないけど、今は僕たちの言葉だろう?」
「そう。私の、私達の言葉。あらゆる定めに噛み付いて、食いちぎって、世界を敵に回しても望むものがあるのよ」
「忘れていないさ。忘れたくもない。Seedは運命を遂行するために魔女に作られた」
「それがどうした事か、今じゃ運命を壊すためにあるって言うんですから、可笑しいですよね」

 あはは、と笑いながら、フィールがジェイドにくっついたトリモチ塗れの服に最後のはさみを入れた。
 インナージェイドは変態だなぁ、と思いつつ、男性陣とは違ってこちらはタオルを渡すなどの気遣いを見せながらナタリアのトリモチ服を除去し、着替えを手渡す。

 はずまないながらも少しずつ会話を交わしながら、開放を進めていく。
 解放された彼らも憮然としながらも、服がもう駄目な事は判っているのでおとなしく変わりに差し出された服を着る。
 そもそも問答無用でハサミでチョキンと切られている。
 見かねたキリエがジェイドにも大型バスタオルを差し出した。
 さすがに女性達の目の前で着替えるのは恥ずかしいらしい。

「守るべき魔女が代わったんだし。目的も変わってしかるべきじゃないの?」
「実際変わりましたしね」
「魔女イデアの選んだ道も、否定は仕切れないのよね。彼女の選んだ道は確実に、彼女の養い子の誰もがそこに生き残る。けれど、確実に心を蔑ろにしている」
「生きていてこそ何ぼとは言いますが」
「心だなんだって語るのも、命あってのものだけどね。だからといって、命だけあればいいとも思えない」

 結局どうしようもない事なのだ。
 イデアの選んだ道の先に彼らがある。
 イデアは敷かれたレールを必死で探って先に進み、彼らは敷かれたレールを取り外して好きな方向へ組み替える。
 時々列車が横転したら、縄と梯子と機材を持って、人力で列車をレールに戻す苦労を背負っても。

 レールを作る材料が品切れになったなら、列車を引きずってでも彼等は道なき道を目指す。
 誰も知らない無限の可能性を目指して。

「少しは私達にも判るように話て欲しいのですがね」

 着替え終わって人心地付いたらしいジェイドが真っ先に口を開いた。

 トリモチまみれのセーラー服紛いの制服と膝上まであるブーツを脱ぎ捨てて、代わりに踝上までの編み上げブーツにキリエの世界で言えばユ○クロに当たるだろう量販店で仕入れたベージュのコットンパンツ。
 上着はマルクトカラーの青いワイシャツ。
 トリモチまみれになって破棄された手袋に代わりには、レザーグローブを渡しておいた。

 着慣れない服装にいずそうにしているが、それは他の誰も似たようなものか。

 ガイは切ったベルトの変わりに渡した新しいベルトの馴染みに違和感があるらしく、しきり差し込んだ剣の位置を調整しているし、首から下のあらゆる肌を隠していたナタリアも、キリエがいつかリノアに着せようと企んでいたツーピースのスカートに馴染まなくてそわそわとしている。

 いずれも着心地悪そうに身じろぎしているのでキリエは思わずくすりと笑い、胡乱な眼差しでジェイドに睨みつけられた。

「魔女とガーデンについては内輪の話。知らなくてもいい事だし、理解もできないでしょう。まあ、だからこそこうして平気で話しているんだけど」

 突き放すように告げるキリエも、さすがにもとの世界では考慮する。
 魔女は絶対悪ではないが、恐怖の象徴でもあった。
 ましてここ最近魔女と言えば封じられているリノアだけ。
 実質的な活動を一切していないせいもあり、人々は好きなように憶測を膨らませる事ができる。

「では、再びお聞きしますが、あなたたちは何がしたかったのです」

 何度も繰り返された問いには、やはり同じ越えた柄しか返せなかった。

「言ったはずよ、ジェイド。私達は言葉を求める。これはルークの中で封じ込められてしまった意思の声を引き出す即席芝居。私達は意思無き者を救わない」
「意思無き者、ですか?」
「優しさは見えなければないも一緒なんだよ? ジェイド。みんな、もっとオープンになればいい。大切なら大切だと伝えて、望むなら望むのだと伝えればいい。せっかく言葉と言う手段を持っているのにもったいない」
「……それでも、大人になればいえないことも増えるのですよ」
「わぁ〜お、ジェイドの口からそんな言葉が出てくるとはね」

 けらけらと笑うキリエ。
 睨み付ける視線の数は一気に増えた。

「それだけのためにあなた方はこのような事をしたと言いますの!」

 憤慨するナタリアの視線も痛くも痒くもない。

「それだけのため、とは心外ですね。人一人救えずに世界を救うとはおこがましい」

 強い口調のフィールに思わず身をすくませるのは誰だったか。
 少なくともあのジェイドにも、フィールの言葉は打撃を与えた。

「自ら死に行くものの心すら救えずに――悲嘆に暮れる事しか出来ないのなら離れなさい。その心と命は私達が拾う」
「僕は世界に大切なものが沢山あるんだ。だから、世界が誰か一人が犠牲になって救われるって言うんなら、誰かが立候補してくれるまで息を潜めてて隠れているかもしれない。けど、僕はそんななのにさ、僕の周りの大切な人達は、その犠牲に立候補しかねないような人達ばっかりなんだよね」

 例えば、この世界での誓約者のアッシュ。
 そしてそのアッシュのただ一人の同胞となるルーク。
 元の世界に帰ればリノアが。

 他の誰の犠牲も認めたくないのに、それが自分一人の犠牲だと言うならああ、そうか、と納得してしまうような人間がちらほらと居る。

 見ていられない。
 その人たちと一緒に、まだ生きていたくて、人生を共にしたくて息を潜めて世界が救われるのを待って居たいのに、肝心の一緒にいたい人が世界を救うために死んでしまおうとする。
 待ってる事すらできやしない。
 待っている間に、肝心の待っていた目的が居なくなってしまう。
 だったら代わりに自分が、といいたいところでもあるが、そうすれば結局は残される者に残される悲しみを、自分が厭ったものを押し付ける事になるんだろう。

 だから彼らは力を手に入れた。
 時間を引き延ばしてまでも“世界のために死に行く”たった一人を救いたいと思ったのだ。
 世界の犠牲には決してならない。
 残す者たちの事を知っているから。
 だけれど残されることも許せやしない。

「だから僕たちは口癖のように何度も唱える。『我等運命の反逆児』ってね。『あらゆる定めに牙を剥き、爪を以って引き裂くだろう』その果てに、運命を覆した果てに、僕たちには望むものがあるから」

 そうしてアーヴァインは、二人を言祝ぐために歩いていった。
 残されたキリエはその背中を微笑みを以って見送る。
 満足の微笑だ。
 アーヴァインとは違う形で、キリエも彼らに感情を残している。
 可哀相な子なんてどこにでも居る。
 彼らが特別悲惨なわけではなく、何か特別な事があるとすれば、彼らの事が特別に取り上げられたと言うだけだろう。

 そしてキリエはその物語に涙した。
 己と半身を認められたとたんに串刺しにされた少年。
 涙を流さないままに心を押し隠して死に挑んだ少年。
 幸せになれるなら――と。

 二人の下に辿り着いたアーヴァインが、泣きはらしたルークと抱きしめて宥めていたアッシュを、大きな腕で纏めて抱きしめた。
 それは父親の姿だった。
 ならば母親はセルフィだろうか。
 彼女なら、二人の事を連れて行っても少しずれた発言をしながらも温かく受け入れてくれるだろう。
 何一つの哀れみもなく、純粋な微笑を添えて、我が子となった事を歓ぶだろう。

「私達が望んだのは、ルークの希望の言葉よ。生きたいと願う意志の言葉よ。それを引き出すために追い詰めた。あなたたちの事を人質にとって」
「ですが、実質ルークの音素乖離は進行を遅らせる事はできても止める手立てはありません。死に逝く者からその言葉を引き出すのは残酷な事ではありませんか」
「それは秘密じゃなかったかしら? ジェイド」
「先ほどルーク自身がばらしてしまったので」
「それじゃあ大佐、ルークはやっぱり……」

 うすうす気が付いていたのだろうアニスが、トリモチ剥がし液でトクナガを拭う手を休めていった。
 消えるから、と言ったルーク。
 彼らの言葉はその疑念を肯定する。

「ええ、アニス。ベルケントでの検査結果、ルークの音素乖離は著しく、入院しても遅らせる事はできても止める事はできないでしょう」
「そんな! 旦那、何とかならないのかよ!」
「――人に天才と呼ばれても、彼らの言うように私は人一人、救えないのですよ」

 無事だった眼鏡を押し上げる仕草をするジェイド。
 かすかにうつむけた顔の目蓋は閉じられていた。

 ルーク、と小さく呟く声が。

 終わりのときまで隠されるはずだた事が、気が付きながらも知らない振りをするはずだったことが、ここに来て暴かれた。











 泣き疲れてうつらうつらとしていたルークも、そのうちに手のひらの温かさに安心したのかすっと寝息にかわる。
 彼が人前でなくなんてことは、実にどれだけ振りだろうか。
 泣く事を思い出したなら幸いだ。
 だって彼は七歳児だ。
 泣いて笑って癇癪起こして叱られて、夜の六時か七時にはもうね寝かされて、すくすくと育つのが本来の役目だ。
 たとえその外見に見合う行動を求められ、純粋な七歳児ではいられないとしても。

 彼ら二人、完全同位体の間には何か不思議なフィーリングでもあるのか、アッシュの方もルークを抱きしめて居るのが何処となく心地よさそうだった。
 そもそも第七音素とは音と時間を司り、癒しを行なう事のできる音素だ。
 一人は第七音素意識集合体の完全同位体、もう一人はその同位体のレプリカ。互いに寄り添い合って、互いを癒しているのかもしれない。

 ルークを抱えているアッシュの頭を、ジェイドたちからは見えないように配慮しながらぽんぽんと親愛を篭めてたたけば、眉根を寄せながらも払うことはない。
 二人は二言三言言葉を交わし、アッシュは寝付いた半身と離れた。

 そのルークを横抱きに抱えあげて運ぶアーヴァイン。
 眠る子供を見るその眼差しはとても柔らかく暖かい。
 ルークを運ぶ役目をアーヴァインに譲ったアッシュは、その半歩後からルークの顔を覗き込むようにしてついてくる。

「よく眠ってるよ。精神の糸が切れちゃったんだろうね」
「張り詰めていない方が可笑しいと言えばそうよね。アッシュ、良くやったわ! 良くぞルークに本音を吐かせたわね」
「こいつは……強情が過ぎる」
「人の事ばかりはいえないと思いますけどね」
「結果オーライ。問題なしよ」
「ありますよ。助かる見込みのない重篤の病人にあんな事を言わせるなんて何を考えているんですか」

 ジェイドがキリエを睨みつける。
 キリエはその視線を真っ向から受け止めて、受け流す。
 唇には挑発的な笑みを浮かべ、瞳には穏やかに相手を煽る輝きを。
 つりあがった唇は、そのまま言葉を紡ぐ。

「可能性はゼロじゃない。あんた達には時間がなかっただけだ。ねえ、アッシュ。体の調子はどうかしら」
「悪くない。音素乖離も止まっているしな」
「そんな、まさか!! ビッグバンの進行が止まっているとでも言うんですか……!」
「その通り、って言ったらどうする?」
「そんなこと、ありえない……」
「不可能を可能にする、それが、私達が望んだ事」

 その言葉に、ジェイドたちの表情に希望の光がともる。
 なんとうれしいことだろう、と、キリエも確かに思うのだ。

「ところでフィール」
「なんです?」
「私さ、なんだかルークが可愛らしくて」
「それで?」
「アッシュの事も好きだけど、アッシュは先にアーヴァインにとられちゃったし、シンクは勧めたのは自分だけどフィールのところに行っちゃったし」
「……それで?」

 先に何を言い出すのか判った上で促す声は、わざとらしいほどの疲れを含んでいた。

「わたしルーク欲しいわ」
「その言い方、なんか変な誤解を招きそうですよね」
「五階も六階もないわよ」
「でも、もうルークにはアーヴァイン先輩の守護がついてますよ?」
「でも誓約者じゃない」
「似たようなもんです。我慢してください。大体、誰かの誓約者は皆で守る。でしょう? ガーデンの子供も皆で守る。僕の子供になったシンクの事も、キリエもアーヴァイン先輩も愛して守ってくれるんでしょう?」
「もちろん!」
「誓約者の同胞も皆で守る。ね、好きに守ればいいんですよ」

 ぽん、と突き放されて、キリエはうー、と唸った。
 ルークの首に、いつの間にか掛けられている銀獅子のチョーカー。
 黒い革紐に、ルビーの目をした銀細工のライオン。
 唸り声を上げたまま腕を組み五秒ほど考えて顔を上げる。

「わかった。とりあえず宣戦布告よ」
「あなたの思考回路がわかりません」
「だってほら、人類に完全な相互理解は不可能だと言う格言が」
「で、誰に宣戦布告するんですか? ヴァンだったらむしろ僕がやりますよ」
「いやに乗り気ね」
「僕の子供が、随分とお世話になったようですから」

 彼にしては珍しく、獰猛に笑んで見せる姿にキリエが後退る。
 アーヴァインといいフィールと言い、こちらに来てからやたらとぶちきれているような気がするのも恐らく気のせいではないだろう。

 と言うことで早速、と、光学パソコンの手袋をはめ、モニターとコントロールパネルを広げ、ヴァンに一番近い位置のオダインでおじゃる2号!! を検索し始めるフィール。
 それを見てキリエは、こんどはこれにリノアそっくりのAIでも仕込んでおこうかと考える。
 エスタの技術は完全自立型の機械歩兵を作り出しているのだ。
 これくらいなら簡単にコピーできるだろう。

 そうして、希望を見出した一行に向き直る。
 アーヴァインは一向にルークを離そうとしないし、そうなると必然的にアッシュもセットで、シンクはフィールに呼ばれていった。
 擬似家族が本物の家族になる日もそう遠くないだろうと思わせる。

「で、あんた達。万事解決、やる事はないわ。服もあげたし、トリモチ剥がし液もあげるわ。おとなしく帰りなさい」















 なんで、どうして、理由を聞かせろ、と、先ほど負けたばかりだというにもかかわらず武力行使に走ろうと先走るものも数名か。
 やはり一番槍は巨大人形、謎の猫型?譜業。その操り手が一番短気だ。

 そしてその騒動を割くような朗らかな笑い声が響く。

「そんな大口叩いて大丈夫かい? キリエ、いま全力じゃ戦えないだろう〜?」
「ふん。誇大妄想に取り付かれた男の一人や二人。全力なんて出せなくても、物量に物を言わせて腕の一本や二本くれてやればなんとでもなる」
「男前ですね、キリエ」
「茶化すなフィール」
「……その腕が、二度と還らないものでも同じことが言えるかい?」

 ちらりとキリエが後ろに振り返れば、アーヴァインがルークに回復魔法をかけていた。
 全体の損傷度合いをチェックして、ケアルガ、と唱えると、見る間に傷はふさがり捻挫の腫れは引き、内出血の色がなくなってゆく。
 これなら、少しぐらい激しい移動にも耐えられるだろう。
 そうして傷の言えたルークをそっと撫でる仕草には慈しみが溢れていて、血の繋がった子供だろうがそうでなかろうが、彼が注ぐ愛情に偽りは無いのだと思い知らされる。




 だからこそ、キリエは応えられる。




「何度でも、同じ事を言うよ」

 キリエでなくても。

「命まではくれてやるつもりはないし」

 命は魔女の、リノアのために何があってもなくさない。

「けど、そもそもそんな事態になるときには、アーヴァイン、あんたが手を尽くした後か、あんたが手出しできない状況だ」
「ずいぶん、信頼されているんだね〜、僕は」
「いまさらそう思ったんなら、侮るな、と言いたいところだが?」

 キリエがちろりとくすぶる炎のような目でねめつければ、アーヴァインは苦笑を浮かべ、知っていたよ、と答える。
 その声に、満足そうに目を細めるキリエ。

「だったら、腕や足の一、二本、安い代償だろう? 世の中足や腕がなくても人は生きている。眼も片方あれば、世界を見れる」
「……ほんっと、男前で参っちゃうよね〜」
「大体今の状況ならアーヴァイン、あんたとフィールがいる。スコールか、ゼルがいないのが少し痛いが」
「スコールが、って言うより、この場合は完全な前衛がいないのが、かな〜?」
「身を守るだけなら、僕たちは最良の編成ですけどね」
「まあ、私がバックアップに回るんだ。その上でサウザンドの名を冠するSeedが三人いれば――」






サウザンドSeed






 リノアが眠ってから、最終的にリノアに人として再び目覚めてもらう、と言う目的を持つSeedたちを、一般のSeedと区別するために彼らは自分たちにサウザンド、と名付けた。

 サウザンド。

 それは千を表す言葉。
 千の種を千度撒き、その全てが枯れ落ちるのを見ても、また千度種を撒こうと。
 実らぬ努力を続けていく事になるだろうと、それでも諦めない思いを篭めた、千の名。
 実らぬ努力も無駄ではない。
 次へ次へと可能性を求める彼ら。
 望む結末以外のものならば、彼らは多くを手に入れた。
 その一つには、力もある。
 その三人が、ここにいるのだ。

「負け戦などありえるものか」
「神様だって、殺して見せますよ」

 コンソールを叩く手を一瞬止めてそう呟くフィールの表情を見た者たちは、一様にその背に冷たい汗が流れるのを感じた。
 事実、彼らの世界で、人を創ったのが魔法のハインだと言うのなら、人は魔法のハインにすら勝利を収めているのだ。
 野蛮な力は切り離されて、意志なき力は世界を彷徨う。
 今魔女はハインの末裔と呼ばれるが、ハインではない。
 やはりハインは死んだのだろう。
 人が神を殺したのだ。

 幻想を殺すのは、何時だって人の力だ。
 ローレライを取り込んで偽神のようなものに成る事で辛うじて我が身を保つような者に、先などありはしない。
 人に仇名す神となったときから、人に滅ぼされることは決まったようなものだ。
 キリエは満足そうに微笑むと、色をなくしたジェイドたちに向き直る。

「幾らルークに気をとられていたからと言って、酷い負け方だったと思わない? そう。実力なら私達の方が勝っている。そしてルークを救える手段も持っている。とりあえず邪魔だから、ヴァンデスデルカを排除して、ローレライは解放するわ。文句、ないでしょう?」
「文句はありませんが、異議はあります」
「普通それを文句って言うのよ」

 気色ばむ仲間たちを片手で制して、ジェイドが一歩、前に出る。
 さてこれから舌戦か、と言いたいところではあるが、ジェイドはキリエに弱く、キリエは舌戦に強くない。
 まあ、ここは歳月の勝利でジェイド以外の人間が表に出るようなら舌先三寸、適当に丸め込む事もできなくはないだろうが。

「実力については認めましょう。あなた方は強い。実質先ほどは、手を出さないのではなく、出せなかった」
「嘗ていつくしんだ子供が、そこまで愚かでなくて私はうれしいわ」
「……あなた方はヴァンを倒し、ローレライを解放するのでしょう。世界も人も、私達も。何度もあの子を捨てました。あの子は私達を慕ってくれますが――」
「笑顔の下には、何時捨てられるかと言う恐怖を隠して、ね」
「……ええ、そうですね。私達は彼に、その恐怖を植え付けた。卑屈になるな、と私達はたびたび彼に言いましたが、それもルークの自己防御の一つなのでしょう」
「理解はしているのね」
「させられたと言うべきでしょうね。初めから自分の価値を低く見積もっておけば、また捨てられても自分に価値がなかったからだと言う事ができる」
「親の愛は上滑り。慕った使用人は復讐者の心を捨てきれず、婚約者の姫様は記憶のない彼に思い出せとばかり言い募る。焦がれた外の世界は彼にとっては厳しいばかりで、飛び方も知らないのに蹴り落とされた」
「彼を捨てたのは間違いなく私達でしょう」
「そこにどんな心があったとしても、それは事実として残るでしょうね」
「捨てたものを拾うだなんておこがましい事は言いません」
「なくしたなら誰かが拾ってくれるかもしれない。けど、捨てたものは帰らない」

 ヘタな禅問答のような会話が続く。
 焦れる仲間たちをジェイドが抑えるのもそろそろ限界だろう。
 だが、切れたらそこまでだ。
 キリエは縛って空飛ぶ絨毯に乗せてでも彼らをここから追い出すだろう。
 有言実行。ジェイドもそれは幼い時の付き合いからわかっているのか、真剣だ。

 この場合は、たったそれだけの付き合いから読み取られてしまうようなキリエの単純な性格を嘆くべきだろうか。
 死ぬまで老獪な人間にはなれないだろう。

「……ですが、せめて見届けさせてはくれませんか」

 血の色をそのまま映す赤い瞳と、キリエの日本人としての黒い瞳が眼差しを交わす。
 きつく睨みつければ、ジェイドは怯みを抑えてキリエの瞳を見返した。

 ふっ、と短く息をつき、キリエは左の肩だけすくめて見せた。

「ラスボスまでその格好で行くの? とりあえず、新しい着替えを提供するわ」
「では」
「ぶっちゃけ、アッシュもルークも連れてガーデンまで帰っちゃいたいけど、私達は本人の意思を無視するものではない。慈しみはするけれど、蔑ろにしたいわけじゃない。むしろ、それが本人の意思の発露なら、よっぽどの事じゃない限り尊重したいと思っているわ」
「では、よろしいのですね」
「好きになさい」

 わっと歓声が跳ね上がった。
 告げればジェイドが笑みを深める。

「さあ、ルークが目覚めるまで、ちょっと休憩。ジェイドは服をあげるから付いてきなさい。他は、はい、これ」

 ポーチから取り出すのはボンベタイプの業務用ガスコンロに大鍋。
 ジャガイモに人参、タマネギとチキン。
 作り置きのホワイトソースに大量の水と牛乳。

 作業台にまな板、包丁が三本。

 便利なものだね、と言うシンクの呟きに、肩を竦めて応えるキリエ。
 他の人々はジェイドも含め、何処からともなく現れる明らかに可笑しい物体たちに釘付けだ。
 キリエの荷物はポーチが一つ。
 そこから出てきたと言うのなら、きっと何かが間違っている。

「なんだ、これは」
「時間があるから料理、作っておいて。先に言っておく。ナタリア嬢は手を出すな」

 ががーん、とショックを受けて立ちつくすナタリア。

「いや、そうじゃなくて……まあ、いいのか? ナタリアのはアッシュに聞いたのか?」
「いいえ、違うわ。私達は最初から知っていた」
「……預言、か?」
「私、預言って一回も読んでもらったことないんだけど、スコアってそんな事まで知らせるの?」
「え? あいやぁ……」
「一度もって、あなた生誕預言も詠んでもらった事がないというの?」
「生まれた時は、預言が嫌いでも問答無用でしょ〜?」

 トリモチ剥がし液のコットンを取り替えながらアニスが口を尖らせる。

「盗賊とか、アウトローの子供じゃない限りありえないでしょ。キリエはそういうところの子供だったようには見えないし〜」
「事実そうではないわ。生まれは一般中流家庭。育ちだってそんなものよ。そして現在はガーデン所属のSeed。特殊な訓練を受けた戦闘部隊。魔女を守護する幾多の騎士の一人」
「やっぱり、知らないうちに生誕預言を受けているのじゃないかしら」
「いいえ、それこそありえない。ガーデンの者は誰一人として! 生まれたときから預言を詠まれた事はないのだから」
「あなたの説明は。つくづく矛盾していますね」
「完全に答えの出るものなんてこの世にあるのかしら、ジェイド」
「それはそれで面白くなさそうですが」
「全ての矛盾を飲み込んで、私達は魔女のためなら、ガーデンの同胞のためなら、世界にだって牙を剥くわ。――さあ、質問タイムはおしまい。言う事を聞けないようなら、問答無用で縛り付けて放り出すわよ」
「あ、ああ、わかった」

 いけないとは思いつつも、もっとも単純な手段としてガイに絡みつくキリエ。
 女性恐怖症も昔ほどではないとはいえいまだに存在するガイ。
 顎に手を添えてつん、と上向きにして眼差しを近づければ、ガタガタと震えだしてそこでおしまいとなった。

「使いかたが判らなかったら聞きなさい。材料は、必要なら言ってくれれば大体のものはそろっているわ」
「判りました」
「よろしい。じゃ、シンク!」
「なにさ」
「フィールと今後の事について相談しておいて。ガーデンに所属するのも、しないのも、あなたの自由。それでも、私達はもう家族よ。それだけは覚えておいて。いつか機会があれが、あなたのたくさんの兄弟達を紹介するわね」
「……何で僕が」
「意地を張るのはやめなさいよ。きっと、幸せにするわ」
「言う相手、間違ってるんじゃないの?」
「さあ、私はそうは思わないけどね」

 クルリと背を向けてフィールの元へ歩いていくシンクの、無言の背中の言葉に、キリエは優しく微笑んだ。
 未だ現す術を知らないかわいい子供。

 家族と、未だ一方的であったとしても、そういえる事はキリエにとって純然たる喜びだった。


























 どこか納得していないながらも料理を始めるティアとアニス、そして少し距離をとってひたすらに芋を剥くガイ。
 そして項垂れるナタリア。

 アッシュとルークとアーヴァインの三人はほほえましいからもう少し静かにしておきたい感じだ。
 実際キリエはそちらへ行こうとする人々を幾度か牽制している。
 そしてフィールは、今、栄光を掴み損ねた髭眉毛への宣戦布告の準備で忙しい。
 幾つものカメラとモニターを忙しくなく駆使して何をしている事やら。
 音声通信で声を流すだけならすぐにも出来る筈なのだが。

「服はそれでいいかしら。量販店のコットンパンツよりは運動性に優れていると思うけど」
「ええ、一応は」

 そういって体を動かしてみるジェイド。
 アンダーだけは無事だったのだが、あの青いマルクト装束を剥がすと微妙な姿になる。
 かといって膝上までのブーツなど女性用しかないし、ブーツは普通のショートブーツで我慢してもらった。
 その上からズボンが降りているので殆ど見えないのだが。
 戦力的には問題ないと思っているが、一応ラスボスに挑む心構えで、スコールのものの流用の黒いズボンに、高い防御力を誇る念をかけた膝上までの外套を着せた。
 キリエの中でのイメージは、もっと現代風味の称号『悪の譜術使い?』
 これであと、あの掴み所のない笑みを浮かべれば完璧だ。
『悪の譜術使い?』から『?』が消えてなくなる。

 ナタリアに関してはそもそもが戦装束なのでもう着替えは必要ない。

「それより、まだ彼らのところには行かせてもらえませんかね。そろそろ限界らしいのが居るんですが」

 そういって眼差しをずらした先には男らしく調理しながらも、もじもじとしたティアと繊細にナイフを操りながらイライラとしたガイラルディア。
 今となっては一人の人間を思いこうだというのに、初めのころはなんとまあ、ぎすぎすした関係だったのだろうかと。
 今更誰が何を悔いようとも何一つとして還って来はしないのだが。

「駄目よ。せっかくの家族水入らずを邪魔するって言うの? それは野暮って物でしょう?」
「家族、ですか?」
「そう。アッシュにとってはアーヴァインが。そしてルークも」
「ならば彼の立ち位置はどういったものになるんでしょうかね」
「アッシュにとっては掴み損ねた父性かしら」
「掴み損ねた、ですか」
「バチカルの屋敷にいたとき、そして誘拐された後、アッシュはバチカルの屋敷を恐怖した筈だわ。例えどんなに使命感とかを持っていても怖いものは怖いわよ。あそこはアッシュを殺す」
「それはまた物騒ですね」
「存在を抹消した上で形骸化した形だけを求める。例えば預言への生贄」
「確かに」
「事実ルークも殺されていた」
「赤い髪をしたローレライの力を継ぐ男子であれば、別に彼でなくても良かった、と言うことでしょうか」
「そういうこと。だから実際の入れ代わりが起きたときにも、不審に思いはしてもどうでも良かったのよ」

 ふう、とジェイドは深い息をついた。

「なかなか難儀なものですね」
「そうよ。生きていくのは大変なの」

 腰に手を当てて、キリエは大仰に言って見せた。









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