栄光を掴む髭を毟り取れ!! 7



 ユリアの墓の、壁面一面に広がる光学モニター。
 そこに映る光景が彼らの目を奪う。

 もちろんキリエの念具だ。
 誰かが手袋を履いたときだけ現れる光学モニターとキーボード。
 それは誰に目にも映るが、手袋を履いた者だけを認識して、それ以外には触れることも出来ない白昼夢だ。

 それを操作しているのはフィールだ。
 壁面いっぱいに幾つもの映像を浮かべ、自分の周りにはキーボードを広げている。

 肝心の映像の内容と言えば――赤毛。

 二人の赤毛の幼少の頃を映像として流していた。
 そして音楽はアイズ・オン・ミー
 極めつけの宿命なら、アビスはやはりカルマかとも思ったが、ちょっと雰囲気に合わない。
 スピーカーから荘厳に流れるアイズ・オン・ミーはなかなかいい雰囲気をかもし出しているが――ほとんど嫌がらせに近い。
 いや、完全なる嫌がらせだ。

 眉間の皺こそ深めているが、アッシュが文句を言わずにいるのは二つの映像の対比のせいだろう。
 口出ししたところでやめない事は分っているし、二つの映像を比較していればまだ我慢がきくと言うものだ。
 間違って自分の背後で展開されている映像を目にする事さえなければ――。

 壁に広げられたモニターには、時系列に関係なくいたるところで赤毛が動いていた。

 十一歳から十四歳の終わりごろまで。
 ルークのものは、アーヴァインがアシュの心をほぐすため、アッシュの己とレプリカとの同一性の認識を破壊するために撮影していたものだった。
 対してアッシュのものはただの親ばか心だったが。

 運動会にカメラを持って撮影している父親か。
 大抵はアッシュの知らないうちに撮影されているものだった。

「なんだよなんだよなんだんだよこれ!!」

 叫んでぐるりと周囲を指差すルークに、先にここにいた五人の視線が思わず集まってビクリと身をすくませた。

 ルークが微妙に差異とか隔意とかを感じてしまうのもある意味し方がないかもしれない。
 ルークの映像は、アッシュに自分との違いを際立たせるために撮った物。
 対してアッシュの映像はアーヴァインの自己満足。
 撮影者は同じでも、意気が違う。
 撮影のときに着目する視点も違う。

 アッシュの映像は、神託の盾での日常生活が多かったが、剣の稽古中だったりと、割りに凛々しいものが多いのに、ルークの映像は、靴が履けなくてガイに指導されていたりとか、人参が食べられなくて半泣きになっている状態だとか。
 そんなものばかりだった。

 誰かに見せたいわけではない。
 だが事実だその映像は。
 辛うじてそれには目をつぶって……目をつぶって……目を……つぶってもいい。
 だが問題はその一番端っこで上演されている演劇――。
 ルーク自身に演じた記憶はないし、見てもその題名は分らない。
 が、恥ずかしい事だけは良くわかる。

 役者の顔を、王子はルークに、姫をティアに挿げ替えたシンデレラ。
 逆の方、アッシュの後ろでは王子をアッシュに、姫をナタリアに挿げ替えた白雪姫が無音声で上映されていた。
 恐らくアッシュは気が付いていないだろうとルークは見る。
 それに気が付いていたら、幾らなんでもアッシュが黙っているはずが無いと思ったからだ。

 何もかもめんどくさそうなシンクのまなざしにも簡単に説明が付く。
 こんなもの見せられても確かに面白くないだろう。

「まあアッシュ。幼いときからなんて凛々しいのでしょう」

 突っ込むところが違うと言いたかった。









「ようこそ、時のライブラリへ」






 絶句したルークに向かって、キーボードを消したフィールが立ち上がり一礼する。

 呼びかけられてはっと正気に返るルーク。
 現実逃避のあまり意識があの世へ逝っていた。
 まだローレライの解放を行なっていないのに!!

「聖なる焔たちの記録映像はいかがでしたでしょうか」
「記録映像って、おま、おまこれ!!」

 突き出す指は何処を指していいのか判らずに彷徨うばかり。

 動揺しているのはルーク一人で、どういう理屈かわからないにせよ、この珍しい映像に仲間達は目を走らせる。
 ルークにしてみれば片っ端から目を塞ぎたいが、手は二本。
 一人を塞げばほかに逃げられほかを捕まえている間に捕まえていたものに逃げられるだろう。

 いったいなんだなんだなんなんだ!!

 叫びたいのに喉が詰まったように音が出ない。
 それどころか時々呼吸すら詰まるようだった。

「小さいときのルークって、可愛らしかったのね」
「そうそう。人参が食べられなくって泣いたときには、結局俺が食べてやったんだよな」
「まあガイ、あなたがそうやって甘やかすからルークの好き嫌いが治らないんですのよ?」
「でも〜、ほんとーに赤ん坊みたいだねぇ」
「刷り込みのされていないレプリカとしては当たり前ですが」
「……想像以上だわ。しゃべる事も歩くことも侭ならないとは聞いていたけど」

 くるりくるりと周囲を見回しながら好き勝手に感想を述べる仲間たちに、とうとうルークが癇癪を起こした。

「だー!! やめろ! 今すぐやめろ!! やめてくれーー!!」

 見るのをやめろと言いたいのか。
 あるいは映すのをやめろと言いたいのか。

「お喜びいただけたなら幸いです」
「お喜びどころじゃねーって!!」
「あらルーク。私はうれしかったですわよ?」
「わ、私も……」

 どんなに頬を染めて言われても喜べるはずもないルーク。
 実際問題十歳児の姿でゼロ歳だとしても――おねしょをしている映像はないんじゃないかと今にも泣きそうだ。

「なんだよこれ、俺こんなのしらねーぞ!」
「俺も知らないなぁ。どんな音機関なんだかわからんが、俺にも映された記憶はない」

 顎に手を当てて考えているガイ。
 だが当時のガイラルディア程度に見抜かれるような隠行術でアーヴァインがファブレに行く筈はない!
 ヴァンデスデルカにだって気が付かせない。
 後年のものとしてはヴァンと稽古中の映像もあるが――アーヴァインがヴァン嫌いのため手の先足の先くらいしか映像にない。

 あったとしても、フィールが片っ端から削除していた。

 その嫌い様はいっそ理不尽なほどである。

「撮影者は我等が『魔弾の射手』アーヴァイン、映像記録装置作成者は同『複製の錬金術師』キリエ。そして、提供者は私『鍵を持つ者』ことフィールでお送りしました」

 そして、意識をそらすためだろう、熱心に、他の映像が目に入らないように幼少のナタリアを見ていたアッシュが、自身の背後で展開されている無音映像に気が付かないうちに、全てのモニターから映像を落とす。
 バックミュージックの音楽も落とすととたんに静寂が訪れる。
 呼吸の音すら響き渡りそうな――。

 直前、キスシーンになった白雪姫を見たでナタリアが頬を染めた。
 白馬に乗った王子様――ルークもアッシュも微妙に似合わないのである。
 だいたいキリエの認識する馬とこの世界の馬はまったく違う生き物だが。だがそこは恋する乙女。
 なんでもかっこよく見えるのだろうか。

 モニターの消えたユリアの墓所には、ユリアの墓所本来の姿が浮かび上がる。




 どちらがどうやって主導権を握るか。
 無言の闘争は既にルークたちの負けで終わっていた。
 なんと言っても出だしのインパクト。
 全て知ってい居るぞと脅しているにも等しい。

 元、とはいえ六神将の一人であるアーヴァインとシンクがいる事で、敵とも味方とも付けられないようだったが、灰色と言うものも世の中にはある。
 彼らは敵でも味方でもない。
 ただそこに存在し、己の意思を為すのみだ。

 場の主導権を握ってはいたが、騙しあいや腹の探りあいをするつもりはまったくない。
 こっちから説明するのも面倒くさい。
 知りたい事は質問しろ。
 答えられることなら答えてやると、彼らは沈黙を持って場を譲った。

 極端な精神的疲労に襲われて言葉も出ないルークを脇にやり、一歩踏み出したのは、やはりジェイド。

 つい、と眼鏡を一度押し上げて、眼差しをまっすぐキリエに注ぐ。

「お久しぶり、ですかキリエ」
「そうねジェイド。懐かしいわ。まともに言葉を交わすのは子供のとき以来かしら」
「レムの塔では、あなたはアッシュと共にすぐに立ち去ってしまった」
「宿題は果たせた?」
「……ええ、恐らく。ですがそれでも――どうでもいい事ですが」

 一瞬その眼差しがルークに注がれたのをキリエは見逃さない。
 昔のように残虐な殺しを好む事はないだろう。
 ふれあいの場が非常に限られていたキリエは、直接その現場を見る事は適わなかったが、そんなことがあった日や、翌日あたりに出くわせば、本人よりも周囲の反応でなにがあったかは良く知れた。
 敬愛する師の死を目の当たりにしても、レプリカで補えると考えていた子供が、まがい物では補い得ない死を恐怖している。

 けれど、やはり大切と思うもの以外の死などどうでもいい。

 そう語るようであったが、ジェイドの幼いころを知る身としてはそれで十分だ。
 ルークが死んでも、アッシュの情報からまたレプリカルークを作ろうとは、恐らくもう思えまい。
 彼はとっくの昔に、悲しみ以外の感情で死を知った。
 私が直接この世界で見たわけじゃないけど、液晶画面の向こうに居たときのジェイドは、アクゼリュス崩落のあと、父親に庇われて沈んでいく子どもを見て確かに何かを感じていた。
 恐怖や悲しみではないとしても、それが憤りだとしても。

「ならば約束は果たされた」

 笑ったキリエの表情は、ジェイドが幼いころ触れ合った彼女とまったく同じもので、彼に時の流れを忘れさせた。
 幼い時分に帰ったような錯覚を受けて――帰って来る。
 かつてに思っていたよりも、記憶は暖かい事に気が付いて、思わず心が震えてしまう。

『魔女とガーデンの名にかけて。私とあなたが生身を持って出会う時、あんたが、取り返しの付かない死の意味を心で知る事ができたなら――』

 キリエはこの後にきちんと誓いの言葉をつなげたのだが、その実ジェイドはその続きを知らなかった。
 誓いが果たされる事があったなら、キリエはなにを誓ったのだろうか、と。
 魔女とガーデン、その名を掛ける事がどれほどかキリエにとって重大な事であるのかを、ジェイド自身はその翌日に聞いた。
 当時はふん、と鼻で笑い飛ばしたものだったが。

 今になれば無性に知りたくてたまらない。
 いや――常識では考えられないモノだったから、何か常識では考えられないような事を起こし、現実をひっくり返してはくれないかと、こころのどこか、僅かに期待を寄せている。
 だが、幼い彼が出会った女性は、不思議な現実を伴わない存在ではあったが、実態を持たない、たった四人の人間が見る事ができ、言葉を交わせる以外この世になんら干渉できない存在でもあった。

「昔語りは後にしましょう」
「いいわ。時間があれば、ピオと、あなたと、ネフリーと、サフィと一緒に、お茶でもしましょう」

 にっこりと微笑まれて、悩んだ。
 敗れた挙句自爆しようとしてルークに阻まれて。
 並外れた生命力の高さから死んでいるような気もしないがさすがに死んでいても可笑しくないとも思っている六神将の一人。
 死神ディスト。
 その本名はサフィール・ワイヨン・ネイス。
 生きていたとしても、今では重罪人だ。

 ここまで事情に詳しい彼らだ。
 しかもアッシュやシンクと通じている。
 サフィールがどうなったのか、どういう立場にあるのか、知らないとも思えないが、彼女がそれを知っていて口にしているのか、違うのか。

 ジェイドは聞かなかった。
 聞くことが出来なかった。

 懐かしい過去を演出しているのなら、わざわざ壊す必要もない。
 まったく面影の変わらないキリエと比べて、時分は随分と変わってしまったけど。

「まずは、何故ここにシンクがいるのかお聞きしたいのですが」
「シンクは、フィール・エヴァーグリーンの養子となって、先よりシンク・エヴァーグリーンとなりました」

 キリエは喋り口と声音を厳しく変える。
 最初の質問は……昔なじみとして例外中の例外か。
 最初に話しかけられたために済し崩し的に代表者のような扱いになってしまったが、キリエにはここで事が終わるまで等しく喋る気など微塵もないのだ。

「……ですが、世界では六神将烈風のシンクは、いまや大罪人です」
「これは可笑しな事。あなた方は、死を確約された大罪人に、生を望む言葉を吐くのか。それがどれほど残酷か」

 言い返せやしまい。
 ここは法治国家日本じゃないのだ。
 いつか死ぬのだとしても、あるいは日本に住んでいたころのキリエなら、場合によっては死刑囚にも生を望む言葉を吐けたかもしれない。

 けれどここは帝政と王政の二つの国しかなく、どちらも君主制の一つの形として整備された法律の枠を超えた超法規的な権力を持つが――彼らにはシンクをかばい立てするだけの理由がない。
 そうなればもはや世界が敵に等しく、亡命すら適わない。

「今日からシンクはエヴァーグリーンの名の下、ガーデン及びSeedの保護下に入ります。何人たりとも、彼の者を害す事を許さず。悪意を以って害為すものには武力を以って排除する」

 生を望む言葉を吐く事を残酷だと知りつつも、今この言葉に確かに喜びの吐息を吐く者がいて。
 実際にたいした背後関係を持たないガーデンのSeedたちに今出来ることなんてたかが知れている。
 だが彼らには物理的に保護する力があるし、加害者を排除できる力もあった。
 そして急速に、そして迅速に社会の表と裏にネットワークを広げる手腕もあった。
 実際に、彼らはこの短い間にでも主に漆黒の翼に与する形で着実に世界にコミュニティーを広げている。

「六神将烈風のシンクはもう居ない。私が戦い、私が殺し、私がその亡骸を拾った。彼は何一つの抵抗をする事無く、私の毒を受け入れ地に臥した」

 抵抗をしないんじゃなくてする暇もなかったんだけど、とはシンクの内心。
 たしかに疲れきった心に力みのない言葉は毒だった。
 聴きたくもないのに聞かされたふざけたやり取りから、あのときまで。
 使命感に駆られるわけでもなく、ふざけたように、だが全力で自分の望みを押し付ける。
 いっそ流されたなら、それでもいいかと思ってしまった。
 世に出ても大罪人である自分を彼らがどうするのか、興味もあった。
 実際抵抗していたら今でも簀巻きだっただろうし、自殺だって彼らは許さないだろう。

 もともと使い捨てだった自分だ。
 使い終わって捨てられて、拾われたけど結局ゴミだった。
 そのゴミを望むと言う物好きがいたんだ。
 なら拾われてみるのも悪くないと。

 もし彼がこの先自分が受けるだろう事を少しでも察知していたら、それでも全力で抗ったかもしれないが。

「あなたがそういうのなら、個人的には目をつぶりましょう」

 とっさに何かを言いかけた数人も、口をつぐんだ。
 それでシンクの話を終わりにするべくキリエは止めの言葉を口にする。

「私が拾ったのは、緑の髪をした、温みを知らない二歳児よ」

 背後でシンクがぶすくれた。

「もう一つお聞きしたい。あなた方は、アッシュとはどのような関係があるのですか」

 問われたキリエが視線をアーヴァインへと横投げすれば、肩をすくめて彼は一歩前に出る。
 つられて寄せられる視線を集めて、彼は帽子に手を置いた。

「知らない人も多そうだから、改めてちょっと自己紹介しようかな〜」

 脱いだ帽子を優雅に胸に押し当てて、気障に一礼。
 再び顔を持ち上げたとき、その瞳は面白そうに輝いていた。

「僕はアーヴァイン・キニアス。ここでは覇者って呼ばれていたけど、その呼び方は好きじゃない。ホド戦争の後からちょっとした縁でファブレ邸に使用人としてはいってアッシュと知り合ったんだ。そっちの金髪のボーヤの事も知ってるよ〜? ガイラルディア・ガラン。殺気はもっと上手に隠さなくっちゃ」

 にやりと挑発的に笑う。
 思わず視線を集めたガイは、どこか納得顔だ。
 思い出せはしなくても、なんとなくは覚えていたのだろう。
 ファブレ邸でのアーヴァインは、自分のためにも周囲のためにも存在感の薄い男だった。
 雇い主でもなければ別段頻繁に会う同僚でもない。
 それでもかすかにでも覚えていられたのは、ガイの剣士としての素質のなせる業か――

「アッシュには何気なく避けさせていたんだけどね〜。いつの間にかしっかりきっちり慕ってしまうぐらいには人が良かったんだよね〜」
「うるさいアーヴァイン!」
「照れないの〜。こっちは必死に引き剥がそうとしているのにさ〜、気が付けば側に居るんだもん。ちょ〜っと嫉妬しちゃうよね〜?」

 確実なからかう響きを含んだ声に、プルプルと握った拳を震わせるアッシュ。
 だがここで叫び返そうものなら、自ら自分の為の墓穴を掘るに等しい事は遠い過去で十分承知している。
 使用人だった頃から人を主とも思っていない事は明白だった。
 主ではなく、彼にとっては庇護すべき存在で、絶対の味方であると誓った者――。

「でもまあ、聞きたいのはそんなことじゃないよね」

 声音を切り替えれば、だれていた空気がしゃんと締まる。
 特にルークは、自分のオリジナルの人間関係に興味津々のようだった。

「ガーデン所属、特殊戦闘部隊Seed。キリエと同じだ。そしてフィールとも」

 全体で鑑みれば戦闘能力と数多の念具を私用する能力から後方広域支援の担当のキリエ。
 接近戦もこなすが、得意とする武器から同じく後方広域支援を得意とするアーヴァイン。
 そしてメインウェポンが鞭と言う中距離を扱い、懐に潜られたときのためにサブとして格闘術を身につけたフィール。
 ものすごく戦闘バランスが悪い。
 ここまで強くなるとほとんど関係ないが、本来なら居るはずの壁役が一人もいないのだ。
 何てアンバランスなスリーマンセル。
 これが通常任務だったなら絶対に組み合わされないことだろう。

 異世界旅行だからって、そんな組み合わせが決していいというわけではないのだが、異世界に行った時に最も強く求められる能力は生き残る事。
 そして、どんな事態に陥っても、ガーデンの援護は望めない。
 セルが欠けても補充はない。

 接近戦とはダメージの可能性を常に背負うものである。
 正確な腕さえ持っていれば銃は心強い遠隔武器で、キリエの念具はさまざまな場面において飛躍的に生存率を伸ばし、その二人を近中距離を得意とするフィールが守る。
 そのフィールを的確に二人が援護する。

 フィールが完全な近接戦闘タイプではないと言うのもポイントだし、鞭と言う武器は手錬となればそれこそ変幻自在に操れる。

 そして最も重要なのは、いかに気が合うかと言うこと。
 場合によっては何年居る事になるかもわからない異世界で、仲違いなどしたならば目も当てられない。

 そしてどれだけその世界を楽しめるかと言うこと。
 過度の退屈が心を腐らせる事を彼らは十分に知っていた。

 彼らはSeedの中でも特に頻繁に、異世界で誓約者を作った。
 何かを守る事で絶対に近いほどの力を持ち、永くを生きる自分たちの心を守っている。
 そしてなにより、互いの限界を知っている。

「ジェイド・カーティス。あんたなら知っているんだろう? キリエの誓約者。アッシュは僕が魔女とガーデンの名に掛けて、誓いを立てた誓約者だ。そしてそれは今も有効だ。シンクは保護と言う名目でガーデン所属になったけど、アッシュはガーデンには属していない」

 それは遠まわしにもう聞くなと言うことだった。
 誓約者は互いに守るが、その内容まではよっぽど聞きはしない。
 互いに聞かないのは彼らの間では既に暗黙の了解であり、その了解を知らない相手にしたところで向こうが誓約を明かさないなら尚のこと此方に語るい理由はない。
 アーヴァインの感想としては聞かれたくないなら聞くな、と言うのがキリエから得た情報に寄るこの物語の混迷の元だったような気もするが、互いに秘密を抱える身としてはそれは至極便利な言葉だ。

 まあ、こちらの秘密などあってなきに等しい。
 どれほどガーデンの事を話したって此方にはその結果害を受けるかもしれない組織がそもそも存在しない。
 此方でガーデンを名乗る組織を作る事もあるやも知れないが、それは彼らが知るところのガーデンとはまったく違う姿になるだろう。
 何処の世界に行っても同じ事を求められることも侭あるが、その形まで同じとは限らない。

「……時間もあまりない事ですし、では最後に。こんな大げさな仕掛けを用意して私達を待ち構えていたのは何故ですか」
「趣味です」

 間髪居れずにフィールが言った。

 キリエはものすごく殴りたくなった。

 とてもいい雰囲気で進んでいたのに、その一言でものすごく台無しだ。
 やりきれない。

 確かに自虐趣味のある子供達にちょっとした嫌がらせとか発破を掛ける意味とかなによりただの趣味とか、フィールの言葉も否定する要素はないが今ここで言うべき事じゃない。
 死に向かう道しか見出せない子供にちょっとだけ過去を懐かしんでもらおうと思っただけだ。
 その過去がどれほど赤面物に恥ずかしくても。
 本人居た堪れなくて座り込みたくなっても。

 しらっとぼけた空気を、キリエは全力を挙げて無視した。

「我等、運命の反逆児。あらゆる定めに牙を剥き、爪を以って引き裂くだろう」

 形の着いた常套句でごまかして。

「定めに逆らう意思を持つ者たち。あなたたちを待っていた」
「定めに逆らう、と言うのは、まあ理解できなくもありませんが」
「定めを預言に置き換えれば、預言をこの良からなくそうとする、預言をひっくり返そうとする者たち、って解釈も出来るな」

 気まずい沈黙を流してくれる。
 いや、キリエたちだけではなくジェイドたちも気まずかったのだろう。

「待っていた、と言うのが気になりますね」
「会おうと思えば、もっと前から会うことも出来たんじゃありませんこと? アッシュと共にいらしたのでしょう?」

 アッシュを独り占めなんてずるいですわ、とナタリア。

「待っていたのは、この場でも在り、言葉でもありました」
「場であり、言葉……ですか」
「残酷な言葉を。死して秘奥にふされる真実の意思を。私達は望む」

 そう、望むのだ。
 全力で。
 例え暴力を以ってしても、彼からその言葉を引き出したい。
 どれほど望んでも人間死ぬときは死ぬものだが、実際彼岸と此岸の境目に立ったとき、残るか行くか。
 それを決めるのは意外なほどに意思だったりする。





 生きたいと思えない者は、生を諦めてしまったものは、奇跡をつかめない。





「さあアッシュ。後はあなたの役目よ。しっかりやってきなさい」
「言われるまでもない」

 送り出せばアシュは剣を引き抜いて悠然と歩く。
 その歩みはまっすぐ彼のレプリカ――ルークの元へ。

 やり方は任せたのに、そこでも結局剣を抜くことに、苦笑が浮かぶ保護者達。
 不器用なのだ。
 意外なほど熱血漢なのだ。
 他のやり方なんて知らない。
 もっと時間があるときなら、夜を明かして二股掛けて、語らうのもいいのかもしれない。
 けど、今は、まだこれしか知らない。

 いや、ちがう。

 欲しいのは感情なのだ。
 話し合いに意味はない。

 広間に出て、挑発する。
 抜き身の剣を片手にぶら下げて、まっすぐに視線を叩きつける先には既に鏡ではなくなった半身が。

「来いよ、レプリカ」

 俄かに殺気立ち、各々武器を手に取る彼の仲間達。
 だが、この勝負邪魔はさせない。

 キリエは背中に両手を隠して、ヒールを鳴らして歩いていく。
 アッシュを追い越して更に前へ。
 腕を表に現したときには、両の手に握られる双剣が。

 跳躍して高台に位置取ったアーヴァインの手には、愛銃、エグゼターが。

 フィールも手にした鞭を一度床に打ち鳴らし、前へと歩み出る。

「僕はどうする? 手伝う?」
「じゃあ、戦いになったならナタリアをお願いしていいかしら。懐にさえもぐりこめれば相性はいいでしょう?」
「了解、お姫様ね」

 うだっていたシンクも立ち上がる。

「間違っても殺さないでね、シンク」
「ああ、アッシュが懸想してるんだっけ?」
「よく懸想なんて言葉を知っているわね、二歳児」
「あんたが物をしらなすぎるんじゃないの?」

 辛らつな物言いをしながら拳をほぐし、シンクはナタリアの元へ。

 ナタリアはシンクが。
 ルークはアッシュが。

 ナタリア対シンクはともかく、ルークとアッシュの方は手出し無用だ。
 アッシュが導く二人の戦場に他の人間を入れないようにしながら、それぞれに牽制をする三人を援護する。
 アーヴァインはどのラインに防衛を引くべきかと眼差しを走らせる。

「でもね〜、シンク」
「なにさ」
「そんなもの、もう関係ないんですよ」

 判らないよ、と、シンクは一応の保護者の方を見た。

「このカリカチュアに、僕たちの手で幕を下ろすんです。その終幕の瞬間を見せつけようというんですから、キリエも悪趣味だと思いませんか?」

 投げかけられる眼差しの意味に気が付いて、ああ、と頷いた。

「そうだね。とんだ悪趣味だ」

“ルーク”の仲間達に気が付かれないように目配せを交し合う。
 アッシュとルークの間でどう決着を付けるか――いや、決着と言うのは違うか。
 互いに個を認め合っている上に、もはや奪った奪われたの関係でもない。
 どうやってルークから意志を引き出すか。
 そのやり方だけは決めていなかった。

 そのときにアシュが出した答えに合わせての即席芝居。
 ルークの事を追い詰めて、彼が仲間と呼ぶ者たちを人質にして。
 追いかけて追いかけて追いかけて、追い詰めて。

 そして彼はなんと叫ぶのか。

「進み出なさいルーク・フォン・ファブレ」

 惑うルーク。
 それでもにじる様に一歩踏み出して、彼を一人で行かせまいとした仲間達の足元にアーヴァインの放った銃弾が突き刺さる。
 兆弾の角度まで計算されたそれは、うち三発ほどが弾かれて彼らの側を脅かすように通り過ぎた。

「ルーク以外の者は留まるがいい。ここは我等によって、アッシュとルークのために誂えられた舞台。観客にはご清聴願おう」
「黙ってみていられないのなら、力を以って止めさせてもらうよ。邪魔はさせない」

 向けられる銃口に、ジェイドが足を止める。
 知ってるものは知っている。
 戦争には決して関わろうとしなかった元六神将の一人、覇者アーヴァインの数々の逸話に残されたその実力を。
 突然現れ、突然特務師団長の地位に着いたどこのものとも知れない男。
 入団試験代わりに200人抜きをして見せた事。
 一人として己の師団員を死なせなかった名誉の話。
 マルクト軍を二度壊滅させた魔物を一人打ち倒した力。
 決して戦争に関わらない。
 それが真実なら放っておいてもよかったが、それだけの力を持つ人間が何時戦争に関わってくるかと思えば恐ろしくもあり、マルクト軍でも情報の収集はしていた。
 時には合同演習などの話も持ち出して、その力を測っていた。

 ジェイドは直接その調査に関わったわけではないが、やはり気になる人物ではあったから、報告書だけは逐一目を通していた。

 一体多数に持ち込めれば、今なら勝てるかもしれないが、不等号ではあるがほぼ一対一の形に成るだけ互いに人数のそろってしまっている今では、何処まで力が通じるか。
 そのうえに、前衛の主戦力であるルークは、アッシュに持っていかれるだろう。
 そうしたくなくても、アシュとルークが一対一になるように、彼らが動くだろう。
 万難排除して――彼らがそれになにを求めているのか。
 ジェイドには理解できなかった。

 初めて来たときキリエは言った。
 呪われてあれヴァンデスデルカ、と。
 ならば今ここでアッシュとルークが戦うことは、ヴァンという共通の敵対者を持つ自分たちに必要とは思えない。
 ましてアッシュはルークの事をとっくに認めていたと自分の口から語ったのだ。
 ますます意味がわからない。
 増してこの緊急時に、何の意味もない事をアッシュが望むとは思えなかった。

 少なくとも、いままで彼らは表立って出てくる事こそなかったが、アッシュを通じて感じる態度としては決して非友好的な事などなく、むしろ友好的とすら言えた。
 なにがしたいのか、アッシュを救いたいのか、助けたいのか。
 どちらにせよ敵対する可能性を見出せなかったのだ。今まで。

「あなた方は、なにを求めているのですか」
「声が聞きたいだけですよ。ジェイド・カーティス」
「声?」

 問い返せばフィールは困ったようにかすかに笑い、その続きをアーヴァインが引き取る。

「弱い者に問いを投げかける権利は与えられない。僕たちと戦って勝つか、あるいは傍観していればいいさ。ルークが勝てば、僕たちも答えるよ。ただし、負ければ死ぬ」
「ルークが、でもありますけど、あなたたちも、ですから。そこのところ誤解のないように」
「まあ、戦ってもルークとアッシュの決着が付くまでは生かしておくけどさ〜」
「まあ無駄だと思うので、痛い思いをしたくなかったら、静かにしていてくださいね」

 にっこり笑って脅しつけた。

「みんな、待っててくれよ。俺、行って来るからさ」
「ルーク!」
「あなた一人で行く事はないのですわ! 私達は皆仲間なのです」
「そうだぜルーク。ちっと厳しいかもしれないが、皆でやれば何とかならないこともないかもしれないじゃないか」
「けど、この後にはヴァン師匠との戦いがあるし……」
「それこそ貴方が行かなくてどうなさいますの。その後にはローレライを解放しなければならないのでしょう? あなたが居なければ話になりませんわ」
「でも、ローレライの解放ならアッシュが居るだろう?」
「そいつ等に協力すると言った覚えもないし、今はローレライなどどうでもいい」

 言葉を絶たれてしょぼくれるルーク。
 その言葉に仲間達はなおのこと殺気立つ。

「キリエ、あなたは何故こんな意味もない事に協力するのですか」
「あなたたちになくても私達に意味はある。世界の悪となり世界を敵に回しても――私達は私達のためにある。否定するなら打ち倒せばいい。今までもそうしてきたのでしょう?」

 決して昔の面影を匂わせないように、鏡に映した笑みを浮かべる。
 嘲るような響きを篭めて、何もかもを拾いたいと言いながら、立ちはだかる全てを力で持って排除してきた者たちへ。

「さあおいでなさい、ルーク。あなたが勝つか、勝負が付かないまでも私達の望むものを手に入れたなら、私達が全力を以ってあなたたちに協力すると誓いましょう。必要なら、魔女とガーデンの名にかけて誓ってもいい。私達は、その誓いを全力を掛けてなそうとするだろう」

 かつん、とルークが足を踏み出した。
 静まり返るユリアの墓所に足音を響かせて。

「みんな、俺ちょっと行って来るから! アッシュの事だし、きっと何か意味があるんだと思うし!!」

 そういって、子供は駆け出してしまう。

 本末転倒とはこういう事を言うんじゃないだろうかと、Seed達は僅かに思った。
 世界も人の命も背負わせたいわけじゃない。
 なのに、こうしてまた世界と人の命を背負わせて戦わせるのだ。

 頑なな覚悟を決めた子供から、たった一言、引き出すために。



 たったった、と軽快な足音を立ててルークが傍らを通り過ぎる風を感じたキリエ。
 勇ましい声を上げながら駆け抜けて、剣を抜く。
 それを、アッシュが受け止めて、切り返す。

 ローレライなどどうでもいいと、その言葉を証明するかのようにローレライの剣ではない剣で。

 まるで炎のような赤い刀身。
 運命を焼き尽くす焔のように。

 切って結んで、突いて弾いて。
 受け流して、叩きつけて、避けて避けられて。

 その合間に聞こえてくる怒号のような声。
 意思を引きずり出そうとアッシュは剣を振るい、追い詰める。

 さあ、さあ、さあ!!


 はやく、はやく、はやく!!!!















まるでどちらも悲鳴のようで――


 剣を交わす二つの赤以外、誰もが立ち尽くすしか術を失った―――。


















我等運命の反逆児。あらゆる定めに牙を剥き、爪を持って引き裂くだろう。

さあ、行きなさい。定められたものなど全て喰い散らかして――残骸でパッチワークを創ろう。

誰にも判らない地図を書こう。
未来なんて――見えないのが当たり前。
何一つ諦める理由なんて、何処にもない。









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