栄光を掴む髭を毟り取れ!! 6



 キリエたちがそこに駆けつけたとき、彼の周りには破壊されたオダインでおじゃる2号!! がいくつか転がっていた。
 バッテリー液を滲ませて転がる姿が物悲しい。
 だが、かわいい外見に反してその名前だと思うとあまり同情も沸かないのが不思議だ。

 手袋をはき、パソコンを立ち上げてカメラによる監視を続けながら駆けて来たキリエは、ここにきてモニターのカメラと残存カメラ、破壊されたカメラの数を掌握し、転換を行う。
 シンクを映す位置にもまだ二つ生き残りがあり、後数メートルずらせばシンクを撮影できるカメラが五つあった。

 ベストショットを撮影しようと細かくカメラを調節するキリエ。
 二つのカメラはフォーカスも手元に残し、映像ではなく写真に切り替えた。

 仮面のないシンクの顔。
 どちらにしたところでキリエとフィールはレプリカイオンの顔もオリジナルイオンの顔も知らないので比べようもないのだが。

「あんまりオリジナルには似てないね」
「アーヴァインオリジナルイオン知ってるの?」
「うん。でも、オリジナルはもっとこう……腹黒? いや、虚無的だったかな」
「自分の死預言詠んだらそうもなるかなぁ」
「まだ子供だったんだよね」
「それを言うならこっちは二歳よ?」
「知識と精神の年齢があっていないんだよ。情緒のバランスが悪いんだ」

 瓦礫の上に腰を下ろしてたシンクに対して、挨拶もしないままに勝手に感想を述べまくる。
 一方的にいわれる事柄を無視にも近い態度で聞き流していたシンクが、付き合ってられないとばかりに立ち上がる。
 仕草の端々に苛立ちがにじみ出ていた。

「ねえ、あんたたちなんなわけ?」

 結局付き合ってくれるあたり苦労性なのだろう。
 思ったよりも敵意が無い様な気もするが、別段かかわりも無かったからルークたちのように激しい敵意を抱く理由すらないと見るべきか。
 同じイオンレプリカ、といったところで、イオンといいシンクといい、フローリアンといい、見事なまでに性格が違う。

「こうしてみているとルークといいシンクといい、全然性格違うよね、オリジナルと」
「オリジナルの代用としてのレプリカって言うのはさ〜、やっぱりありえないよね。例え記憶を共有してすら個々の間には個性が生まれてる」
「その上レプリカは人格を作る記憶と経験がまったく異なるしね〜」
「だからさ、あんた達なんなわけ?」

 にじみ出るどころではない苛立ちも露にシンクは重ねて尋ねる。
 なんなわけ、何しにきたの? といわれるととたんに困ってしまうようなものなのだが。
 勢いに乗っているだけで実はたいした事はない。
 ずっと沈黙を保ったままのアッシュに視線を回せば、ふん、と鼻で笑われた。
 アーヴァインも肩をすくめている。
 この場は完全にキリエに任されたと見ていいだろう。

 ただここはゲームをして感情移入してしまっているキリエがシンクに接触したいと思っているだけで、対外的に見た場合、フィールにもアーヴァインにもシンクに対する感情は恐らくない。
 オリジナルとレプリカを完全に別物としてみているだろうから、たとえ既知のオリジナルイオンと同じ姿をしていても、別人に対してその感情は働かないだろう。
 歳月は人に割り切る事を得意とさせる。
 未練も増やすものだが。

「何って言われても、あんたのカラッポ発言にむかっ腹が立ったからちょっと面でも拝んでやろうかって。それだけ?」
「あんた達、よっぽど暇なんだね」
「暇、かな。うん」

 モニターを見れば、多分さっきの会話でルークたちの侵入を知ったのだろうヴァンデスデルカはすでにラスボスの間で正座している。
 そしてシンクはここにいて、オダインでおじゃる2号!! の移動を記録したデータから想像される簡易マップによれば、ルーク達もあちらこちらと彷徨いながらも着実にこちらに近づいている。

 ちなみにルークたちに連れ去られてしまったらしいいくつかのカメラは切った。
 キリエは自分程度の処理能力じゃ、どれほど画面が多くても使えなければ意味が無いと思っている。
 少ないカメラで広範囲をカバーする方がいい。
 いつかは役に立つのかもしれないけど、服とか、手のひらとか、そんな所ばかり映されてもしょうがないし。
 ちなみにガイやジェイドも含めなぜか一人一個以上持っているようだった。

「暇といえば暇でしょうか」
「その実まったく暇じゃなかったりするけど。手伝えよフィール」
「嫌です」
「ちっ。ま、なんちゅーか、そうそう。間違って放送垂れ流しちゃったときは、ああやって叫んでいたけどさ。言葉の内容に嘘はなくても叫ぶほどの熱はここに来るまでに頭が冷えたって言うか」
「まあね。僕もオリジナルを知っているけど、姿が同じだからって重ねるほどバカじゃ〜ないし」
「あ、でも僕思いつきました」
「何を?」

 いい事思いついた! と、手のひらを叩くフィールの喜色満面といった表情に、むしろ怪訝そうにキリエが尋ねる。

「連れて行って、ガーデンの学生寮に放り込んじゃったらどうです? 年齢的にもSeedになれますし。何より学生寮には金色蠍が――いえいえ、キスティスが居ますし」
「ああ、それいいかも。そもそも向こうじゃレプリカもオリジナルも関係ないし。これだけ強ければ来年あたりにでもすぐSeedになれそうだよね」
「まあ、自分はカラッポだって言って虚無的に生きる姿ってのは確かに傍目から見てむかっ腹が立つけどさ〜」
「人の進退について勝手に決めないでくれる?」
「シンク、勝負をしよう」
「はあ? なにいってんのさ。あんた本当に言葉通じてるの?」

 ふざけないでよね、とかわいい眉間に皺寄せて、シンクの苛立ちは最高潮だ。

「酷いな。故意に無視してるのに」
「どっちの台詞だよ」
「まあいいの。私達の誰かと戦って、君が勝ったら、まあ止めない。好きなように世界を壊せばいい。でも、負ければ言う事を聞いてもらうよ」
「僕に受ける理由はないんだけど」
「受けなかったら四人がかりで襲い掛かる。でも絶対殺さない。身動きできなくして問答無用でガーデンにお引越し」
「おい。勝手に俺まで巻き込むな」
「アッシュ。私の幸せ家族計画に手を貸して!」

 人格崩壊とよく言われるが、人や場面によって使い分けていたペルソナを十枚二十枚いっぺんにどこかに投げ捨ててしまったキリエに怖いものなどもはや無い!
 誰かにいいように見られたい、変人だと思われたらどうしよう、といった周囲に対する恐怖がほとんどないのだ。キリエには。

 あまりに直球、ついでに言えばアホな発言に、目を押さえるようにして溜息をつくアッシュ。

「判ったからもうそれ以上言うな」
「よし、これでアッシュも戦力だ。アーヴァインとなら連携取れるでしょ?」
「ああ。何とかなるだろう」
「アッシュがアーヴァインと連携とって、私達はそのアーヴァインと連携をとる。バッチリだ。どうだ? シンク」
「ふん、いいじゃないか。やってあげるよ。それで、誰が僕の相手になるんだい? 何だったら三人、いや、それこそ四人纏めてかかってくるかい」

 それじゃあ提案の趣旨に合わない。

「シンクが選んでよ。この戦い自体はこっちの提案だ。公平を期すためにも、あんたが選んで」
「ふん。……じゃあ、そこの元六神将の男」
「アーヴァイン先輩ですか?」
「と思ったけど、そこの女、あんただ」
「私?」

 自分を指差し確認するキリエ。

「さっきの放送じゃ、好き勝手言ってくれたじゃないか」
「よしわかった。自分の発言には責任を持とう。シンク、君は必ず私に負けるだろう」
「大きく出たもんだね」
「なぜなら」
「なぜなら?」

 にやり、とキリエは人を食ったような笑みを浮かべた。

「アッシュを除いた私達三人、ガーデン所属Seed部隊である私達の中で、私が一番弱いからだよ」
「ふざけるな」
「何処まででも本気さ」
「はっ。なら、烈風のシンク、本気で行くよ」
「ちょっと待て」
「なに。まだなにかあるの」

 イラっとした声でシンクが言う。
 つま先が床を小刻みに叩いている。
 だがキリエとしても、せっかく相手に選ばれたんだからこれだけは先にいっておかねばなるまいと思う事がある。

「とりあえず青少年の主張もどきの事をしよう」

 戦いの前に、これだけは。
 人を諭したり説得したりするのは得意ではない。
 特にキリエは、スコールやキスティスのようにカリスマがあるわけでもない。
 仮面の人格を脱ぎ去ってからは周囲に変人認定されているほどだ。

 それでも、命の意味を知っている。
 人の悲しみを知っている。
 心の重さを知っている。
 傷つけられる痛みを知っている。

 長く生きた分だけ、泣いた。
 怒った。
 裏切られて、時には裏切った。
 笑って、愛して、愛されて。

 色々体験してきた。
 気持ち言い事ばかりじゃない。
 楽しい事ばかりじゃない。

 それでも、ないほうがいいとは絶対に言わない。

 一期一会の出会いはどれもこれも大切なものだった。

 ルークやイオン、そしてシンク。かつてのアッシュも。
 自尊心の薄い子供達。
 自分を肯定できない子供達。
 そう仕向けた環境。
 死にばかり価値を見出そうとする子供達。
 それ以外に意味を見つけられなかった子供達。

 意味なんかなくても、人は生きているし生きていけるのに。
 何もなくても今日も明日も生きていて、そのうちにその生に意味が付いたなら、最高だ!

 体ばかりが大きくて、大きい体に見合った態度を求められて、けれどまだ十指に満たない時しか生きていない子供達。
 キリエも、アーヴァインも、フィールも。
 すでに人の親である。

 自分達の子供を独り立ちするまで育てたという意味でも、あるいはガーデンが孤児院としての側面を持ち、ゼロ歳児から養子に出るかガーデンを卒業するまで人間を育てているということを含めても、沢山の子供達の成長を見守ってきた。

 いつでも子供達の笑顔は宝であり、その笑顔を守りきれなかった時には自分達の力なさを悔やみ、全身で慟哭した。
 そしてそれを受け止めてくれる仲間が居た。

 感情に押し流されて、どうにも心を扱いかねて、全力で八つ当たりをしても受け止めてくれる、受け止められる仲間が。

 アーヴァインもフィールも、態度ではどう表していたとしても、子供ばかりが死に意味を求める世界に、死にばかり意味を求める子供達を、放っておけるわけがないのだ。

「カラッポの何が悪い。何もないならこれから好きに詰め込めるんだ羨ましいじゃないか。それに、そんなに凹んで折れて、疎んで憎んで。それだけの感情を抱えてカラッポなんてよく言えたもんだねって。はい、私の主張終わり。じゃあ、行くよ?」

 シンクはもう、何も言わなかった。





















 キリエが手袋を脱ぎ、フィールに渡す。
 キリエが前に出て、アーヴァインたちは後ろに下がる。




 互いに無言で体に力を篭める。

 シンクは無手で、キリエは両手に剣を。
 慣れたバトルスタイル。
 いつもの二刀流。
 才能の無いキリエのごまかし。

 盾じゃないのは、剣は盾になっても盾では剣にならないからだ。
 相手の武器が一つなら、一つの剣を盾代わりにもう一つの剣で攻撃できる。
 二つの剣を臨機応変に盾にして、剣にして戦う。
 それがキリエの傷つけ方。

 余裕なんてどちらも無い。

 アーヴァインであるならともかく、キリエならシンクに肉薄されるだろう。
 アーヴァインとキリエの実力の差には絶対的な壁があり、それはシンクとの間でも恐らく変わらない。

 間合いを取り、呼吸を詰める。
 静かに、広く、意識を拡散させ、そして集中させる。
 何処から来ても反応できるように、そしていつでも飛び出せるように。
 オーラを練って、放出して、シンクに対して存在感を叩きつける。

 開始の合図は無かった。

 それでも、二人は同時に飛び出した。





 勝負は一瞬で付いた。
 それは戦いとも呼べないような戦いだった。
 キリエは弱く、だからこそ決着は付いた。
 一滴の血も流さずに。

 床に這ったシンクが首だけ動かして、キリエを睨む。
 それを上から居丈高にキリエは見ろした。

「ふふん。私の勝ちよね」
「っく、何だったんだ、今のは」

 卑怯だ、といわないのは矜持にかけてか。
 そういうところは好ましい。

「負けたらこっちの言う事を聞く、って言う条件を飲んで一対一の勝負になったんだし、二言は無いよね?」

 今まで死の方向を向いていた人間が、そうやすやす誰かの言葉を呑めるはずもなく。
 応えが沈黙であることは、当たり前と言えば当たり前だと今更にキリエは思った。
 禍根は深いと、わかっていたはずなのに。

 ああ、それでも希望はある。
 世界の破滅を望んでいても、どれほど死ばかりを見つめていても、この子供は自らに死を与えていない。

「忘れられないのは同胞の声なき悲鳴? オリジナルが憎いのかしら。それとも憎む事を支えにして生きているのかしら」

 まだ鮮血を流す傷にナイフを押し付けて。
 それでも悲鳴を聞かなきゃ前に進めないなんて、どれほど酷い世界だろうか。

「オリジナルを憎んで、世界を呪って、こんな世界壊れてしまえって叫んで。子供の遊びのように造られて捨てられて。体で育まれることもなく、育てられることも無く知識を刷り込まれて。自分の命を、生を呪って、それでもあなたは生きている。それでも貴方は生きたいと願ったのでしょう?」

 例え素体にどれほどの素養があったとしても、生まれてたかだか二年。
 知識を刷り込まれたからと言って、知識と現実をかみ合わせるのにも時間が要るだろうし、六神将烈風のシンク、総参謀長と言う地位を得るためには並々ならぬ努力があったはずだ。
 そんな思いをしてまで何故滅ぼす、滅び行く世界に留まったのか。
 世界が憎いならほうって置けばよかったのだ。
 ユリアの預言に詠まれる通り、程なくして世界も死んだ。
 ヴァンの計画が成ってもオリジナルは死ぬ。
 それが成らなくても、放っておけば世界諸共オリジナルも死ぬ。
 どちらにせよ憎悪を募らせる世界もオリジナルも消えてなくなる。
 それなのに、血反吐を吐く努力をしてまで何故この憎むべき世界で生きようとするのか――。

 生きたいからだ。
 死にたくないからだ。
 音素に還る同胞を見て、レプリカの死の意味を知ってしまった。
 造られて、死んでいく。

 その事に対してどんな言葉を弄したところで、死にたくないと、生きていたいと思ったからだ。
 ただその手段として、彼には――世界であまりにも有名な人物とそっくりに生まれてしまった彼には、生きる手段があまりにも少なかっただけで。
 自分を生み出し、自分を殺そうとしたオリジナル。
 利用するだけ利用して、死して尚引きずり出して利用して、それでも結局自分を捨て駒程度にしか考えていないだろうオリジナルに利用されて――その歪に気が付いてもしがみつくほどに――生きて居たいからだ。

「私の、私達の手をとりなさい。ガーデンの門はいつでも異端者達のために開かれる。過去とは違う。今は無限の選択肢があんたの前に広がっている。あんたが今までつかめなかった、無限の可能性って奴を、見せてあげるわ」
「……ちっ、仕方ないね」
「てか、何であんたそんなにめんどくさそうなの?」
「たんにあんたに真面目に付き合うのが面倒なだけだよ」
「うわ!! 生意気な二歳児」
「二歳児って言うなよ」
「事実じゃん?」
「ったく、やってらんないよ」

 じゃれあいの中にキリエは言葉を飲み込んだ。

 間に合わなくてごめんね、シンク。

 と。
 マグマの海に突き落とされる恐怖から、あなたとあなたの同胞を救い出せなくて、と。
 余計なお世話と言われそうだ。
 そう思ったから。

「そういや、自分が死ぬか世界が死ぬかって言う勝負をこれからしようとしていたんだよね」
「へんな水の差され方をしてやる気がそがれたよ。やってらんないね」
「ま、いいや。とりあえず、最初の要求としては勝手に死なないことと勝手に逃げないこと。いい?」
「最初の要求って、一体何個あるのさ」
「一つとは言わなかったでしょ?」
「……わかったからこれ、外してよね」

 蓑虫のシンクがもぞもぞと動いた。

 何の事は無い。
 戦いと言うほどの戦いもぶつかり合いも無かった。

 互いに飛び出していって、拳と刃が交じり合おうとしたとき、とっさに脇に避けたキリエが上空に閃光弾を放ち、くっきりとした影が浮かび上がったところに影縫い針を放ち、そして生きている縄で縛り上げただけだ。

 閃光弾の光量は、鮮烈過ぎて影を消さないように調節されたものだし、直前まで練り上げて、叩きつけていた存在感をいきなり消した事で瞬間相手にキリエの居場所を惑わせる事ができる。

 二歳にして歴戦の強さを持つシンクだが――これに関しては素体となったオリジナルイオンのスペックの高さが窺える。
 もし生きていたら末恐ろしい強さを得ただろう。
 そのシンクにしても、戦闘中に自分の影に気を使うなんてマネはしていなかった。
 ましてこちらの手の内を知らなければ尚更だろう。

 閃光弾でひるんだのは一瞬だった。
 キリエの存在を見失ったのも一瞬だった。
 光から目をかばって僅かに距離をとり、そこに彼女が念を纏わせた針を投げつけた。
 縫い針だ。
 念でも纏わせなければまともに飛びもしない。

 照明弾ではなく閃光弾だ。
 ただ、数瞬、ぼんやりしたものではなくくっきりとした影が欲しかった。
 そして、シンクは影を狙った針を避けなかった。
 明らかに体を狙うラインからは外れているものだ。
 目くらましを使用したときの牽制だと思ったのだろう。
 だがそれが、キリエの本命だ。

 そもそも、そこらの兵士や庸兵や、それより強い一般のSeedを相手にしてならどれほどの数がいようと普通に遅れをとる事などありはしない。
 が、スコールやアーヴァイン、ゼルかセルフィと戦うととたんに黒星が付くキリエ。
 シンクとまともに遣り合えば、どれほど念で肉体強化していてもどっちも血みどろの争いになるだろう。
 今となっては成長の止まってしまった念よりも、GFのジャンクションの方が強化率は高いが、二つあわせてもその程度。
 だが訓練や模擬戦ではなく、実戦であるなら、どんな手を使っても文句はあるまい。
 戦いの前に約したのは、一対一であることと勝負後の条件のみ。
 道具を使ってはいけない、だとか勝利条件にすら手を触れていない。

 卑怯なことなど何もないのだ。

 身動きを奪ったところで解き放った生きている縄が、シンクをぐるぐる巻きの蓑虫に仕立て上げた、と言うわけだった。

「相変わらず、見事な無血試合ですね」
「まあね。バトル中に自分の影まで気を回す人なんてそうは居ないしね〜」
「最弱といっていたが、十分に強いんじゃないのか?」

 アッシュが疑問を投げかける。
 傍目から見れば間違いなく、キリエの圧勝だろう。
 一方的な勝負だ。

「キリエは弱いよ? 実際僕やフィールとまともに戦っても勝てないだろうしね」
「ですがまあ、キリエは弱いからこそ必死なんですよ。全身武装です。フルメタルクイーンですね。凄いですよ? 何一つとしてプロフェッショナルとはなれない代わりにあらゆる小細工を駆使します。だから、真っ当な勝負には弱いんですよ」
「双剣、今使ったのは影縫い針だね。それと縛ったのは生きている縄。他にも色々あるけど。キリエ自身の戦闘力は、僕らに比べると格段に弱い」
「武器以外の道具を使えない模擬戦や訓練なら、黒星の確立はほぼ百パーセントです。ですけど、道具を使って試合をすれば、アーヴァイン先輩には五割でしたっけ?」
「そう。言い方を変えれば道具を駆使しても五割しか勝てないんだけどね〜」
「僕からは八割ですね。まあ、普通に模擬戦をしている分には僕が勝ちますよ」

 まだ納得がいかないという風に、アッシュは唸る。

「弱い……のか?」
「弱いからこそ必死に生き残ろうとした結果でしょう。まともに取り合わないというのは」

 少し離れた場所から、縛ったが最後。
 勝手に荷解きはしてくれない縄をぶちぶちナイフで切っていくキリエ。
 これのオリジナルであるアトリエシリーズでは生きている縄は何度か使えるはずなのだが、キリエの縄にそこまでの器用さはない。
 もう少しお金を掛ければ何とかなりもするのだが、量産を求めて廉価版にしたところ性能が落ちた。

 ルンルンとはずむ息で鼻歌をうたいながら縄を絶っていくキリエを、シンクは黙って待っている。
 悪態をつくくらいしかできる事はないが、こうまであっさりととっつかまっては悪態をつく気力もなえたらしい。
 冗談抜きに、お互い掠り傷の一つもないまま自分は床に転がされているのだ。
 拘束する縄の縛る力も絶妙で、抜け出せはしないだろうが鬱血もしないだろう。
 いや、そもそも抜け出そうとすれば縄の方から追いかけて絡み付いてくる。

 相手が最終決戦時のシンクとあって、念には念を入れて大量の縄を放ったキリエ。
 この状態で芋虫のように動くのも正直な話凄いと思っている。
 それほどグルグルまきだ。
 鼻歌を歌うほど上機嫌なのは、シンクがキリエの条件を受け入れてくれたからか。
 あるいはルークたちではなかったからこそ、受け入れられた提案ともいえたかもしれない。
 もはやルークたち相手に妥協する事はできないだろう。

 それに何より、キリエとフィールが揃い、アーヴァインは制止役とはなれず、このパーティーは、馬鹿も休み休み言え、と言いたくなるような集団として出来上がっていた。
 社会的な束縛も受けず、子供も孫もこの世界には居らず、いいとこ見せたい相手は居ても、いいとこ見せなきゃならない相手は居ない。
 いい意味で旅の恥を掻き捨てている彼ら。
 彼ら自身が長い間真面目でいる事も少ないし、何より彼らを相手にして真面目でいる事がばかばかしくなる。




 人間、何もかもがどうでも良くなる瞬間って言うのは確かにある。
 愛も憎しみも、怒りも悲しみも。
 ふと、今までを振り返って、今まで抱いてきた何かに何も感じられなくなる瞬間が。




 やがて自由になったシンクは、体をほぐすように腕や首を回している。
 鬱血まではしなくても血行不良にはなるだろう。あれだけグルグルに縛られていれば。

「さて、じゃあ次の条件なんだけど」
「なに。もう面倒だからさっさと言っちゃってよね」
「私たち三人の、誰かの養子に入りなさい」
「はぁ?」

 バカじゃないのあんた達。
 眼差しはとても素直にそう語る。

「シンク・ミドウ。……ごろが悪いわね。御堂シンク。う〜ん、いまいち。シンク・キニアス。私のよりはマシかしら。シンク・エヴァーグリーン。……これよくない? 緑っ子シンクに、永遠の緑が姓につく。うん。これがいい。ごろもいいし」
「ちょっと、何言ってんのさあんた」

 襟首に掴みかかろうとしてきたのを軽くいなす。
 本気じゃないなら軽い軽い。
 まだ身長差も随分あるし。

「負けたら言うこと聞くって言ったでしょ?」
「それは、そうだけどっ!」
「なによ。私は、私達は、イオンの身代わりでもなく、イオンの身代わりになる可能性のあるものでもなく、ただのシンクを求めているのよ? 何か文句があるの?」

 両手を腰に当てて胸を突き出すようにして言う。
 もたげた手を扱いかねたように乱暴に振り下ろして、クルリとシンクは背を向けた。

「ああ、もう! 勝手にしてよね」
「了解だ。勝手にしよう。フィール!!」

 シンクの了解も得て、キリエは声高に仲間を呼んだ。
 随分な身長差のあるアーヴァインとアッシュの元からはなれて駆けつけてくる。
 その彼に、キリエはシンクの養子縁組を持ちかけた。
 シンクの姓に、エヴァーグリーンの音が随分と気に入ったのだが、さすがにこれは許可を取らなければならないだろうと思って。
 まあちょっと話しあえばすぐに良好な返事を得られたのだが。

 こちらの世界は、多少仕組みを知るキリエとしては見込みがなさそうな気もするが、まだ録に探索していない。
 二人の焔の物語に決着を付けた後、残るか行くか。
 あるいはシンクを向こうに残っている仲間に任せてしごいてもらうか。

 選択肢は幾通りかあった。

 この世界での戸籍なら、マルクトならジェイドかピオニーに頼むか脅すかすれば何とかなるだろう。
 キムラスカならそれこそ目の前にいるもう一人の聖なる焔の光でも何とかなるかもしれない。
 ダアトのほうはわからないが、ケセドニアあたりで生活するのにはそううるさい事もないだろう。

 シンクも共に残るとしても、問題はない。
 名前を変えて、そう。新しい姓となるエヴァーグリーンからもじってエヴァと呼んでも面白いかもしれない。
 偽装工作なら念具で性別を変えてしまうのもいいだろう。
 そうなれば女名前であるエヴァも違和感がない。
 肉体の年齢を下げてしまう薬もある。
 体験できなかった子供のころを体験させてみるのもいいかもしれない。
 シンクには随分と文句を言われそうだが、そんな生活すら楽しそうだ。

 フィールから手袋を受け取って、パソコンの管理を始める。
 いらないモニターと、累積情報を処理して、ラスボス栄光を掴む髭眉毛を目指す彼らを探した。
 どうやら、本当にもう少しでこちらに辿り着きそうだった。
 所持しているオダインでおじゃる2号!! の数が増えている……。

「どうする? ルークたち来るみたい。シンクは先に離脱する? それとも会ってく?」
「……いまさらどっちでも構わないさ」
「じゃあ私達と一緒に行動するということで。で、アーヴァイン、フィールにアッシュ。ここで会う? 私個人的には、この辺に書置きでも残して、彼らの事はユリアの墓所あたりで待ち構えてみたいんだけど」
「すれ違う可能性は?」
「皆無じゃない。けど、エルドラントに散らしてあるオダインでおじゃる2号!! のスピーカー機能があれば、導く事ができると思う。それに、あの子達拾い歩いているみたいだし」
「ならいいんじゃないですか?」
「そうそう。演出も大事だしね〜」

 心底訳がわからないという表情をしているシンクに、口を出すのもめんどくさそうなアッシュ。
 ここに集った人選が悪かったと思ってもらうしかないだろう。
 フィールとキリエ、それに苦労性の尻拭いタイプ、ついでにノリのいいアーヴァインがそろってしまったのだ。
 キスティスかスコールでも居たのなら、もう少し手綱を引き絞れるのだろうが、残念ながら暴れ馬の手綱は緩みっぱなしで何処へ行くかもわからない。

 そうと決まればとキリエはメモを取り出して、インクででかでかと《ユリアの墓にて待つ》と書き込んだ。
 それにたっぷりとノリをつけて、オダインでオじゃるの一つに貼り付けると開放する。
 ルーク達の進路を目指すように設定して。

「ユリアの墓って、それでわかるかな〜」
「ガイがここの出身だったはずだから、場所はわからなくても存在は知っていると思う。アッシュも居るとなれば、寄るくらいはするでしょう」
「眼鏡のやろうが余計な事を言わないとも限らないがな」
「まあそのときはそのとき?」
「それこそスピーカーで呼びかければいいんですし。まあ、マイクが付いてませんから、声は聞けないですけど」
「ところでそれさ、結局はなんなのさ」

 と、オダインでおじゃる2号!! を指差すシンク。
 とりあえずうざったいからぶっ潰していただけのようだ。
 まあ、譜業の一種だとは思っても、それ以上理解は出来ないだろう。
 内部は音機関ではないのだし。

「ねえ、あんたはなんとも思わないの? こいつ等変すぎるよ」
「もう慣れてしまったな。いや、慣れなければ側に居るのは疲れる。突拍子もない事ばかりするからな」
「……あんたも苦労性なんだね」
「おまえだってそうだろう、シンク」
「僕が?」
「大義名分かざして暴走しがちな六神将の尻拭いばかりだ」
「あんたも含めてね」

 その皮肉にも、自覚はあるのか僅かに口の端に皮肉げな笑みを浮かべるに留まる。
 その場所を大切だなどとは思って居なかったし、周囲の六陣将にかける迷惑ならざまぁみやがれと思っていたところもある。

「さて、あっちに対する小細工は終了だ。後はこっちがユリアの墓所に移動して、あと、着替えよっか。と。ところでシンク。ちょっとちょっと」

 キリエが手招きしてシンクを招く。
 面倒くささを装って近づいてくるシンクはすっかり戦闘体勢も取れてしまって、一般人相手ならともかくキリエ達ほどの使い手から見れば油断だらけだらけに等しい。

 グルグルに縛られて皺のついた服を伸ばしながら来たシンクが目の前に立った時、キリエは予告なくシンクに抱きついた。

「んな! なにするっ!」
「ん〜、抱擁? よろしくシンク。新しい家族」

 シンクが頬を真紅に染める。


 日本語だから寒いギャグだけど、フォニック後で聞いている相手には通じないかもしれないとキリエは思った。
 実際にイングリッシュでもこのギャグを伝えるのは難しい。
 つくづく笑いは文化だと、キリエは顔を赤くしながらもがくシンクを抱えながら見当違いの事を思っていた。

 けれど、シンクが居てくれてうれしいのも本当。
 二人の様子を見て悪乗りしたフィールがキリエとは反対側からシンクに抱きつく。
 シンクを抱いてあまった腕がキリエのところまで伸びてきて、いっしょに抱きしめる。
 それを見ていたアーヴァインがこれもまたふざけた表情でアッシュに抱きついて、暴れられている。
 はたから見れば一種異様な光景だろうか。
 けれどこれが、彼らの幸せの形。




 


































   ユリアの墓所。





 彼らが来たとき、そこは目を奪われる空間だった。



 五人の人間が居た。

 自分の前方のモニターを眺めて唇に薄い笑みを刷いた男、アーヴァイン。
 膝についた手の上に顎を乗せて、何もかも面倒くさそうに天井を睨む少年、シンク。
 そこらじゅうに溢れる映像に苦虫を噛み潰したような顔で眉間の皺を深くする少年、アッシュ。
 こちらもモニターを眺めて眼差しを柔らかくする女、キリエ。

 そして一際妙なのが、手袋を履いた手を、せわしなくオレンジ色に発光する透明な光学キーボードの上に走らせる男、フィールだった。




 その彼等、一見すると色もデザインもばらばらなのに、どこかで共通する認識を与える服装をしていた。

 深いスリットの入ったロングベストを着たシンク。
 以前出会った時と同じ外套を着たアッシュ。
 テンガロンハットが印象的なアーヴァイン。
 ひらひら過多のフィール。
 活発な動きを手助けする深いスリットの入ったロングスカートのキリエ。

 今日は特別サービス、と言うより恥をしのんで、ガーターの上までスリットが伸びているのを着ている。
 まあ、ファスナータイプだからいつでもスリットは調節できるが、今日はギリギリまで。かなりきわどいスリットだ。
 ガーターの上と言うより下着の僅か下、と言ったほどか。
 自分に自信がないだけで、人に見せて恥ずかしくない程度だとは知っているのだが気恥ずかしい。
 もともとはキスティにスに着せようと思っていたものの流用だから、上着についてはへそ出しだ。

 自分のために作ったものは、いまシンクが着ている。
 さすがにお子様ボディに他のガーデンの仲間のイメージで作った服を着せるのは躊躇われた。
 鋭いイメージがあるから結構似合うかとも思ったけど、何かが違う感じが否めなかったキリエ。
 対してキリエの服は、言わなければ女物には見えない。












 裏話をするならば、彼らはまともな着替えをしていない。
 彼らの腕、中には服に隠れている者もいるが、腕には銀細工の裏側に石が嵌め込まれたバングルをつけていて、それがキリエの用意した念具だった。
 着替え、と言うよりも変身と呼ぶほうがいいだろうか。
 サイズ可変可能で、SサイズだろうがLサイズだろうが、その念具に封じ込めた衣装は装着者の体に衣装のサイズをあわせる。
 一つの服を何人かで共有したいと思い立った挙句の変身と言う世に一般的な概念を利用した仕組みだった。

 世の変身ヒーローは、変身コスチュームをどうしているのだろうか?
 と思ったときに、自分で縫っている、と言うのは虚しい。
 となれば誰かが作っている、となるのだろうが、初めて会った人間に変身道具を渡して、これで変身すれば、あいつ等に勝てる!! と言う展開を見るに付け、服のサイズを知らなくても変身できる、変身したときはぴったりサイズ、と言うことに思い至ったのだ。
 もちろん解除すれば元の服に戻る。
 元の服は、変身時の服の代わりにバンクルに封じ込められている仕組みだ。

 一見すればたいそうな念に見えるかもしれない。
 が、その実キリエの念具の中では、安い方でもないが高い方でもない。

 だが、変身セットに封じられている服は、どれもが何かしらの効果を持った念具だ。
 変身後に変身ヒーローは強くなる。
 なら、ただの着替えではなく強くならなければ変身ヒーローではない。
 その理念にもとづいて、念具を一切纏っていない状態からその変身セットで変身すれば、戦闘能力は五割程度増すようにどれも計算されている。

 キリエの念能力の特性として、どんなに小さなものでも屑のような効果のものでも、毎日作り続ける事に成長と維持の鍵がある。
 この変身バンクルもそういった一環で造られ続けたものであり、キリエの念具の無限の収納を誇るポーチの中は、覗いてみれば結構くだらない効果の念具で溢れているのだ。




















 その彼等、取り留めのない服装をしていたが、良く見れば彼らの衣装のどこかには、必ず羽の意匠が入っていた。

 アーヴァインはそのハーフグローブの手の甲に。
 シンクはロングベストの背中にでかでかと。
 アッシュの外套には銀細工で左胸に。
 フィールは黒いブーツに白銀の糸で。
 そしてキリエは銀細工のピアスが両揃いで翼になっていた。

 それが共通点といえばそうだろうか。狙わずにやって揃っていると言うには少しあざとい。



 自分達が羽の意匠を好んで使うようにあったのはいつからか、それはやはりリノアが封印されてからだろうと誰かが思う。
 スコールも、ゼルも、アーヴァインも、セルフィも、キスティも。
 フィールも、ニーダも、シュウも、そしてキリエも。

 忘れたくなかった。
 見失いたくなかった。
 いつでも意識の片隅にリノアを覚えておきたかった。

 時間は優しく残酷で、等しく人の中から記憶を奪っていく。
 覚えていた感情を薄めさせる。
 だから尚の事、リノアを思わせる何かをそばにおいておきたがった。

 そして彼らにとって、リノアとは羽であった。
 あるいはその翼を持つ自由な鳥でもあった。



 天使などとは決して言わない。



 リノアは魔女だ。
 そして彼等はリノアが魔女であり続ける事を選んだ事を誇りこそすれ嘲る事など断じてない。
 次代へ続く悲しみの輪を断ち切ろうとしたリノアの意思だ。
 それを天使に例えるなどと、侮辱もいいところだ。

 念具のデザインにも羽を取り入れ始めたキリエは、実は片翼だけにして、もう片方の翼はリノアが開放されて始めて埋まるんだ、などと言うことを考えもしたが、常に片翼ではリノアも寂しいような気がして、象徴となる翼は常に二枚一組ワンセット。

 手袋やブーツ、ピアスやイヤリングなど二つセットのものなら、その片方ずつに一枚ずつ。
 ジャケットやコートなどには、開いた状態だったり、重ねて描かれたりするが、それでも必ず二枚一組で。
 決して孤独ではないようにと、願いを篭めて。








 不謹慎にも墓石に腰を掛けたり、壁に背を預けて腕組みをして立って居たり。
 その中に自然にシンクが紛れ込んでいた事や、それを彼等がなんでもない事のように受け止めている風に見えた事も確かに目を引いたが、真実瞠目する対象はそれではなかった。

 瞠目して、だが何より目をそらしてなかった振りをしたいそれら。
 だが見ない振りをするにはあまりにも存在感の強いそれ。

 アニスはふぇ〜、と感嘆だか呆れだか分らないような声を洩らし、ふむ、と呟いて眼鏡を押し上げるジェイドも事ここに至って面白そうに唇をゆがめる。
 なつかしいなぁ〜、と呟くガイを殴って黙らせたいと思ってしまったルーク。
 同じように懐かしいですわね、と言ってもナタリアの事は殴れない。
 だって目の前の完全同位体が怖いから。
 ティアに至ってはかわいい、とどこかうっとりと呟いていたが、かわいいといわれたってうれしくないし見せたいものでもない。



 ルークは鼻の頭に皺を寄せて、髪を振り乱して悶絶した。

「何だこれはー!!」




 誰も聞いてなどいないのだが。









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