栄光を掴む髭を毟り取れ!! 5



『それにしてもアクゼリュスは残念でしたね』

 エルドラントに突入してすぐにあったリグレットの戦闘のあと、僅かに進んだときに聞こえて来たその言葉に、反射的に身をすくませて立ち止まってしまったのもいた仕方のない事だろう。
 夕暮れ色の髪をした少年は、怯えた眼差しで声の出所を探った。

























 ぽんぽんころころと、念具のポーチの中から丸くてころころした謎の物体を取り出しながら敵の本拠地エルドラントの中で彼らは割合にのんきに話をしていた。
 ころころとしているそれは、床を這い、壁を這い、天井を伝ってエルドラント中に拡散していく。

 外部スピーカーと小型カメラの付いているその物体はエスタ科学研究所の試作品で、完全使い捨てだ。
 オダインでおじゃる2号!! という最悪なネーミングセンスだが数だけはある。

 内臓バッテリーが切れるまでは、遠隔操作が可能だ。
 集音マイクが付いていないのは片手落ちだと思うフィール。
 映像的にはともかく、音情報はこれでは収集できない。
 スピーカーよりもマイクを付けるべきだと心底思っているが、事実これには付いていないのだから仕方がない。
 だからこそ、こうしたちょっとしたお遊びのようなものに使っているのだが。

 カメラによって集められた映像はキリエが念具の手袋をはき、中空に浮かび上がる光学モニターとキーボードで一元管理している。
 設定などを更新する横で、フィールがちょろちょろと画面を覗き込んではあっちの方がいいんじゃないか、こっちの見晴らしがいいと口を出す。
 その傍らでは弁当が広げられているのだから本当にのんきなものだ。

 飲み食いしながら映像の管理をする。
 エルドラントの防衛機構は後続の彼等が無事に入ってこられるようにある程度破壊指しておいたが、進入経路が普通じゃないためにこの中に居るはずの六神将とはいまだ出会うこともなくこうしてのんきにしているのだ。

 さすが、と言うのとは少し違うと思うが、ゲームマップのとおり、と言うわけにも行かず、キリエの知識は参考にはなってもすべてではない。
 さすがラスダン。
 広いもんだ。

 ヴァンとシンク、リグレットの姿を途中で見つけていた。
 これで本編どおりだったらアッシュもいて、戦って、六神将の三人がそろうのだろうと思うとくすりと笑いがこみ上げる。
 それをフィールに見咎められて、怪訝そうにする顔の額にチョップを落とした。
 彼らの人間関係なんてこんなものだ。

 受け取りはしたものの、オダインでおじゃる2号!! などと言うふざけたネーミングのものを何時までも所持して居たくなかった彼らは惜しみなくそれらをエルドランド内部に放出していた。
 次にはスピーカーの代わりにマイク内臓、名前ももっとマシなものに変えさせて作らせる、とオダインでおじゃる2号!! に対する悪態も話題にしながら。

 ころころ、ころころと、名前にふさわしくないちんまりとして可愛らしい外見をしたそれらを全て放出しおわって、場所によってはカメラは90度首振り設定に、スピーカーはまだ要らないよなぁと思いつつ音量などを設定しておく。
 スピーカーはミュート、と呟いて。
 オダインでおじゃる2号!! とセットになっているマイクだけを持って仲間のところで座り込む。
 もちろんシートを引いて。

 サンドイッチにサラダにデザートを前にして。
 誰かににふざけるなと叱られそうである。



「それにしてもアクゼリュスは残念でしたね」


 フィールがそんな事を口にしたのはキリエが三つ目のチョコケーキを完食した時だった。
 アーヴァインなどは見ているだけで胸焼けだと胸をさすっている。
 すでにチョコケーキの前にカスタードクリームたっぷりのタルトとアップルパイ、こっくりしたチーズケーキとイチゴの乗ったショートケーキもあわせて何個か完食している。
 口元をペーパーナプキンでぬぐって、キリエはその話題に乗った。

「それってさ、何に対しての残念?」
「え? なにってですねぇ……」
「一、間に合わなかったこと。
 二、間に合わなかったこと。
 三、間に合わなかったこと」
「それって三択の意味あるんですか?」
「何に間に合わなかったか、っていうのをつければあると思う。ってかさ、いいたかないけど、アクゼリュスって、邪魔だよね」

 少し思案するフィール。
 あまりこの世界に関する造詣は深くない上に、外郭大地とか感覚的に信じきれない。
 実際今は降りてしまっているわけでもある。
 思案するフィールにかわってアーヴァインが疑問をつむぐ。

「セフィロトツリーだっけ?」

 あ、アッシュ。そっちのオレンジジュースとって下さい。
 これか?
 キリエ、口の周りにクリーム付いてるよ?
 え? うわほんとうだ。

 会話と会話の合間が一騒動だ。
 アッシュも食べかけのベーグルサンドを食べ切って、気になるのを一つ確保しておく。

「そうだアーヴァイン。それがかつてこの大地を支えていた」
「外郭大地って言葉自体にいい印象はないんだけど、ホドとアクゼリュス、だったけ。アルバート式封咒の基点は。アッシュ?」
「そのはずだ」
「私の記憶によれば、封咒は三つ。ユリア式、ダアト式、アルバート式。で、ユリア式はヴァンとティアの、いうなればユリアの遺伝子情報が解ける。ダアト式は、ローレライ教団の導師の、ダアト式譜術が解ける。あと残るのはアルバート式だけど、これだけ説く方法がわからないのよね」

 ごっくんと、チキンサンドを飲み込んで、フィールは座った体勢では僅かに届かないジンジャーエールのボトルに手を伸ばすキリエの手にそれを掴ませて聞く。

「幻想殺しはどうですか?」
「本家本元には及ばないわ。神様は殺せない。はっきり言ってもともとの定義が硬い分、ルールブレイカーの方が効果が高いのよ。けど、ルールブレイカーは宝具並みの結界は壊せない。結局、私達がいてもアグゼリュスは崩落させなければ他のセフィロトに関与できないのよ」
「セフィロトに関与できなければ、どちらにせよ耐用年数の過ぎたツリーは落ちる」
「アクゼリュスは鉱山の町だったよね〜。露天掘りがメインだったみたいだけど、坑道も掘っていたし、地盤がゆるかったからね〜」
「アクゼリュスは、ルークが壊さなくても時間の問題だったな。あの預言は単純にルークが来たタイミングで壊れるだろう事を詠んだだけに過ぎないだろう」

 アッシュの言葉にあれあれあれ? とキリエは顎に手を添えた。

「キムラスカの武器となって、って言う下りはその場合どうなるの?」
「開戦への強い言い訳、マルクトの地で第三王位継承権保持者が死んだというだけで、マルクトに対して強い外交上の武器になる。そういう意味でもアクゼリュスでルーク・フォン・ファブレが死ぬ事はキムラスカの武器と言えるだろう」
「預言の解釈って、こんなに幅広いのにね〜」
「ノストラダムス見たいじゃん」
「誰です?」
「私のところのまあ、ある意味有名だった預言者。ほんとは違うっていう話も聞くけど、一般にはノストラダムス、って聞けば預言、って思いつくくらいの人物よ」

 嘗てのキリエの認識もその程度だった。
 ノストラダムスの大預言。
 ずらりと、書店の平積がノストラダムス一色に染まっていた日々。
 本棚に並んだ様子にむしろ反発を覚えて手に取らないでいいるうちにブームが去って、気が付けば本気で謎の人になっていた。

「解釈の幅の広い言葉を残していて、結局そのときが来るまで何を言っているのかわからないけど、過ぎ去ってみれば、あ、もしかしてこの言葉の部分はこの前のあれの事を指していたんじゃないかって、思わせちゃうの」
「結局そいつはどうなったんだ」
「預言者自身は随分と昔の人よ。もう死んでるわ。預言自体は、ある時の世界の破滅を詠んでも居たんだけど、結局外れたというか、解釈が間違っていたのか、それとも年号を読み間違えたのかって。いつの間にか廃れていたわ」

 キリエにとっては結構懐かしい思い出だ。
 もし明日世界が破滅するなら? と聞かれたら、当時のキリエならほぼ間違いなくネットでまだ読んでいない二次を漁り倒すと答えるだろう。

 一年、二年、十年後と言うなら対策が打てなくもないのかもしれないが、それが明日とでもなれば、それこそ徹夜して積読を制覇するかネットの海をさまようくらいしか思いつかない。
 クリアしていないRPGのゲームもあるが、それこそ一晩でクリアは出来ないことだ。
 未練たらたらでも捨て置くしかないだろう。

「先を示すものなんてその程度の方がいいんだろうな」
「そうね。占いなんて、どんなに命中率が高いって言われても、生活の基盤には出来ないわね」

 そうだよね〜、そうですよ、と男二人が頷きあうのをオレンジ五十パーセントのジュースを飲みながらアッシュが見ている。
 片手にはキリエ特性チキンサンドが。
 美味しいと言ったりするわけではないが、結構真剣に味わって食べている様子から美味しいと思っているだろう事は簡単に察せられてキリエは始終ニコニコだ。
 うれしすぎてあんまりアッシュを凝視したりしないように気をつけなければならない程度には、ふと気が付けばアッシュを見ている。

「うふふ。とにかく、アクゼリュスね。あそこはもうどう頑張っても落ちるしかないのよ。ホドと、アクゼリュスが落ちた衝撃で他のセフィロトの封咒が解かれる」
「ルークが落とさなくても俺が落としただろう」
「ルークとアッシュが落とさなくても、きっと私達が落としたはずよ。まあ、知識がある分だけ、落とし方に考えるところがあるけどさ。アッシュは知ってるんだっけ?」
「セフィロトと封咒の事はアーヴァインから多少聞いてはいた。ただ、全貌をつかめるほどではなかったからな。ルークには遅れをとったが」
「……殺した実感のない殺しって、怖いだろうね」

 アクゼリュスの事を話しながらもそれなりに楽しい雰囲気で飲食していたはずが、ふとその一言でまるで葬儀のようなものに変わってしまう。
 コップを持つ手も、サンドイッチを握る手も、止まってしまう。
 身じろぎすら躊躇われるほどの、空気の重さ。

「俺がもっと早くに気が付いていれば、ルークにそんなものを背負わせずに済んだのだがな」
「もっと早く、もっと早く。そんなのはいつの場合でも無意味な仮定だよ」
「そうだ。知っている。自分の感情と立ち居地に決着を付けられなくて、随分とひどい事も言った。まあ、出会ったころのあいつの愚かしさにイライラした事は事実だが」
「実質七歳児だもんね」
「だがあの外見だ。真実七歳児のままで居る事は周囲が許さないだろう」
「よ、お兄ちゃんだねぇ」
「うるせぇ」
「でもさ、私達のところの刑法なら、多分無罪。シンクやイオンのように刷り込みがされていた訳でもないし、自己の判断能力に関しては本当に七歳だと思う。それに、心神喪失も当てはまるかな。洗脳、ってか、この場合マインドコントロールにも近いほどのヴァンべったり教育に、アクゼリュスを落としたときは催眠だっけ。どんな理由を掲げても、ヴァンの極刑は免れないと思うけど」
「犠牲を前提とするやり方は好かん」
「私も」

 犠牲は結果でなければならない。
 最初からそれを計上した上での行動など、認めてたまるか。

「マインドコントロールと言えば、アッシュは大丈夫だったかい?」

 問われてアッシュはふと何かを思い出だしたように遠くを見た。

「今思えば、されていたんだろう。俺の時間は二年、止まったままだった」
「やっぱり許せないね」
「あいつなんて髭で十分よ」
「ヴァンデスデルカなんてたいそうな名前、名前に喰われてますよね」

 次々と現れるヴァンに対する悪態に、可笑しくなって笑い出す。
 リグレットあたりが聞いたら憤慨するに違いない。

「ヴァンとほかの六神将、それとアリエッタの魔物たち。それらを一度に相手にしてはさすがの俺も逃げ切れん。アクゼリュスで叛旗を翻すまで、結局はいいように使われただけだろう」
「実験も再開されたのかい」
「いや、それはなかったが……知らないだけかもしれないな」
「実験、監禁、思考操作。僕が見つけたころのアッシュは酷いものだった。しかも超振動の実験は酷い苦痛を伴う。途中で気絶することも稀じゃない」
「ルークに留まらずアッシュまで! いや、この場合逆かな。あんなに可愛い子供の心も体も踏みにじるなんて。シンクの事もよ!! シンクもルークも……あんなに可愛いのに!!」

 拳を握って訴えかけるキリエの手の中ではローストビーフサンドが握りつぶされている。
 どうやら自覚のある行動ではなかったらしく、手の中で潰れたサンドイッチに驚いて、三秒悩んで背後に捨てた。
 ふきんで手をぬぐう。

「俺にせよ、ルークの事にせよ、アクゼリュスで死ぬつもりは無かったからな。そもそもあの時点で聖なる焔の光と言う存在は曖昧だった。預言通りにどちらも死んだともいえるし、預言にない存在としてどちらも死ななかったとも言える」
「どんな方法にせよ、死を詠まれても、生き残ってくれたんだからいいよ。私アッシュもルークも大事だもん」
「アッシュは僕の誓約者だし、ルークはそのアッシュの世界でたった一人の同胞だしね。どっちもいい子なのは決まってるじゃないか〜」
「アーヴァイン先輩も立派な親バカですね」
「親バカといえばシンクかな」
「全然関連性が見えないんですけど。六神将の緑っ子ですよね」
「そうそう」

 親ばかからどうしてシンクの話につながるのか。
 キリエの思考回路を理解できるものなど居やしない。

「シンクよシンク。やっぱり視野の狭さは二歳児だなって。哀れつーかなんつーか。本人に言ったら哀れみなんて欲しくない、とか、余計なお世話だよ、とか言われそうだけどさ。ああいう子が一人子供に居たら人生楽しそうだよねぇ。なんかシンクとアッシュってどっちも苦労性な性格している気がするし。あ、ガイもかな」
「ああ、苦労性って言うのには、すっごく納得します。なんか見るだけでそういう人ってわかりますよね」
「そうそう、苦労性のオーラが出ているような……」
「酷い言われようだね〜」
「私から見ればアーヴァインもそっちの性質だけど」

 絶句するアーヴァインに爆笑するフィール。
 アッシュは何か言いたそうだったが、もともと育ちのいいアッシュ。
 口の中に物が入っている間はしゃべりません。

「つーかさ、今までも話す時間はいっぱいあったのに、どうして今更ここでアクゼリュスの話なんか始めたんだろうね」
「それは、感情的に自然な話じゃないですか?」
「って、始めたのあんたでしょフィール」
「そうですけど、ホドとアクゼリュスって似てるじゃないですか」

 そういって周囲に視線を迷わせる。
 そう、ここはかつてのホドと同じようにと作られた島。
 同一にして根本的に異なる場所。

「ホドとアクゼリュスの共通点か」
「まずは、どっちも沈む事が預言で読まれていた」
「ああ、それと、どっちも一応超振動で落ちたことになってますね」
「それじゃああとは、どっちもアルバート式封咒の基点になっていた、って事かな」

 問題があるとすれば、唯一つそこだろう。

「アルバート式封咒の基点、と言うことは、預言がなくてもホドとアクゼリュスは超振動かあるいはそれに匹敵する力でいつか落ちなければならないって事なんです」
「そっか。アルバート式封咒を解いておかないと、他のセフィロトに干渉できないんだもんね。外郭大地降下のためには、その二つの場所のセフィロトが邪魔になる」
「預言なんてなくても、この大地の限界に気が付いて、下ろそうとしたときには、どちらにせよ壊さなければならないわけです。セフィロトに干渉できないならそれごとまとめてぶっ壊す」

 確かにそれしかないのだろう。
 彼ら彼女等、ヴァンも含めてアルバート式封咒の解咒の仕方は散逸してしまった。
 誰も知らない。
 けれど解けないからといって手をこまねいていてはそれこそ台地の崩壊を招く事になるだろう。

「あ〜ら物騒。でもたしかに、仕方がないとは言いたくないけど仕方がないか」
「まあ、そうなれば退避位するでしょうけど。というか、ホドにせよアクゼリュスにせよ、崩落が預言されているなら、住民の避難に始まる何かしらの対応策を考えなければ、預言に読まれる意味が無いと思いますね」
「どっちも預言に読まれては居たんだろうけど、ホド崩落を選んだのは預言を知らない人間で、アクゼリュスの崩落は、どっちにせよ時間の問題だった」
「そうです。預言に読まれていたという事は、それを知っている人間が、特にダアトの上層部ではいたでしょう。これではせっかくの先読みが生かせてません。預言なんて所詮技術です。ユリア・ジュエという、まあ当時の天才の一人でしょう。その一人が使い出した、技術です。気象預言なんかは僕は否定しませんし」

 確かに、確率論である気象予報より更に的中率が高いというなら喜ばしいことだ。
 天気予報は晴れ。
 明日は晴だ、運動会だ!! といって、翌日には雨天延期とか。

 明日の天気は晴れ。
 あしたは海だ、海水浴だ!! といって、空は晴れ渡っているが海が荒れていてそれどころではない、とか。

 梅雨のころの晴を正確に預報出来るのであれば、それはすばらしい事だと思う。
 預言なんて詠む人がいなければ成立しない、所詮は人の生み出した技術、譜術の一つだ。

「取り合えず、これからの作戦行動は?」
「そうえいばさっきモニターがルークたちの侵入を知らせてきましたよ? 出ていったらどうですか?」
「どうだいキリエ」
「どうだいアーヴァイン。……って、あーあ。普段のSeed任務ならアーヴァインに指示を仰いでいればいいのに、今回は違うんだもんね」
「まあ露払いなら任せてよ」
「うん。……そうだなぁ。苦しませたいわけじゃないんだよね。あの子の事。けど、望まれなきゃならない。と思うのよ。まあさ、人の言う事なんて聞いてやるつもりはないけど。いい子過ぎるのも問題だよ? あの子。もっとわがままになってくれなきゃ」
「アッシュ。お兄ちゃんならちゃんと教育しなきゃ駄目ですよ?」
「うるせぇ!!」

 からかわれたアッシュが怒鳴り散らすのを見て、キリエはうんと頷いた。
 照れているだけで反発はしていない。

「あ、アッシュ! そのチキンサンドずるいです! 僕が最後の奴狙っていたのに!!」
「ふん、早い者勝ちだろう?」
「アッシュはさっきからチキンサンドばっかり食べているじゃないですか。キリエのチキンサンド楽しみにしていたんですよ!? 最後ぐらい譲ってくださいよ」
「断る」
「まあまあ、そこも喧嘩しないでさ〜。ほら、ポテトサンドもサーモンサンドもチーズサンドもあるんだし」
「キリエのチキンサンドがどれほど特別か……この熟練の味をアッシュがわかっていないはずがないんです。判っているからこそ、さっきから黙々とチキンサンドばかりを食べているんでしょう! それを理解できる人なら、僕がどれほどこのチキンサンドを楽しみにしているかも理解できるはずなんです!!」
「理解と許容は別物だ。ふんっ」

 言うとアッシュはこれ見よがしにわざとらしくチキンサンドをほうばった。

「ギャーッ!!」

 この世の終わりとばかりに悲鳴を上げてひっくりかえるフィール。
 その様子を見ながら満足そうにアッシュはサンドイッチを咀嚼した。

 起き上がったフィールは半ば本気で啜り上げて、アッシュに掴みかからんとしたところでキリエに足をかけられて倒された。
 その上ピクニックセットに被害が出ない方向に蹴り倒される。

「うう、散々ですよ」
「アーヴァイン。おまえの仲間は物騒なのが多いんじゃないのか?」
「親しき仲にも礼儀あり、とはいうけど、ね〜。まあ、この戯れが僕らの親愛の情かな〜」
「ぜひとも俺にはしないでくれ。体が持つ気がしない」
「まあ、僕らだって人は選んでいるさ」
「そうか。ならいいんだ」

 またしても地に伏せたフィールの上に、キリエは馬乗りになって口にポテトサンドを詰め込みまくる。
 悔しいというか憎らしいというか、今回一番不人気で最後まで残っていたものだった。

「ん? なあアーヴァイン」
「なんだい〜」

 キリエがいなくなった場所に置き去りにされていたオダインでおじゃる2号!! 付属のマイクを取り上げるアッシュ。

「これは何だ」
「これ? ああ、さっきのころころ転がして居たのがあるだろう? あれの付属品だよ」
「結局あれは何だったんだ」
「あれはね、ほら、見えるでしょう? このエルドラントのあちこちを映しているモニターが。あれのカメラと、これを使って声を流す外部スピーカーが……」
「どうしたアーヴァイン」

 アッシュから受け取ったマイクを凝視し固まるアーヴァイン。
 その表情に驚愕を読み取ってアッシュはますます訳が判らなくなる。

「まずいよキリエ。これ、全館放送入ってるよ」
「え! だって、ちゃんとパソコンのほうで音量はミュートにしたはずよ!!」

 フィールの口に最後のポテトサンドを突っ込んだキリエが立ち上がって駆けつけた。
 フィールは詰め込まれたポテトサンドを目を白黒させながら飲み込んで、最後にジュースで流しこむ。
 そして、息を切らしながらいった。

「キリエ。これ、エスタ科学研究所から受け取ったマニュアルによれば、設定の優先権がマイクの方にあるらしいですよ? マイクの方の調整は?」
「……入ってる」

 割とどうしようもない空気があたりを支配した。
 どーしよ。
 幾ら彼らでも世界の時は巻き戻せない。
 今のバカみたいな会話が、エルドラントに全館放送?

 キリエはあわてて立ち上がると立ち上げっぱなしのパソコンに駆け寄った。
 人の映っているモニターを拡大表示して映す。
 ヴァン、シンク、そしてこのエルドラントに突入してきたルークたち。
 どアップで映る体の断片や、カメラをふさがれて真っ暗な様子から見るにいくつかは破壊されるか、主にルークグループには回収されて歩いているようだった。

 気が付けばすでにリグレットの姿は跡形もない。

 彼ら全員の耳に、これから気を引き締めて最終決戦と言う彼らの耳に、このくだらない会話を垂れ流しまくっていたのか――。

「うわ、恥ずかしくて死ねる!!」
「予想外といえば、予想外かな……」
「やっぱりキリエはいつでも何かしらしでかしてくれますね」
「単に詰めが甘いというんだ」

 アッシュに鼻で笑われる。

「てゆーか機密漏洩! 査定が! Seedランクが!!」
「あはは、査定には僕も噛んでますから。戦時なら三ランク、今ならせいぜい一ランクと言うところでしょうか」
「給料が下がる!? 来春のスプリングコートがー!!」
「ふん、くだらない」
「てゆーかアーヴァイン!! それ切ってよーー!!」





























『ブチンッ』

「と、切れた、のかな」
「そのようですね」

『プツ』

「ん?」

 まったく静かになっていた機械がまた僅かな雑音を吐き出して、その向こうでは何か騒がしい音が聞こえるようなないような。
 一つを持っていたガイはそれを耳に近づけた。

『――テメーこらシンク!! 待って居やがれ二度とカラッポだ何て呟けないようにしてやっからなー!! 頭カラッポの方が夢詰め込めるンだよばーろぃ!!』

「うぐわぁ」

『ブツン』

 タイミング悪く耳を押し当てていたガイが耳に直撃の大音量に撃沈した。
































 声の出所は割りとすぐに見つかった。
 可愛らしい外見のオダインでおじゃる2号!! を眼鏡の奥の赤い瞳でためつすがめつ観察するジェイド。
 もう一つを二いるガイは今から分解を始めそうな勢いだ。

 まさか外部スピーカーがオンになっているとは思って居なかったキリエ。
 スピーカーさえ入っていなければ早々見つかる位置には置いてないはずなのだが、スピーカーのせいで自ら居場所を明かしてしまっている。
 それはオダインでおじゃる2号!! を設置した時点で安心してしまったキリエのミスといえた。

 アクゼリュスの名前が出たせいで、どれほど真剣な話しなのかと思ったが、最後のオチはあれだ。
 最初のころの緊張は何処へやら、ジェイドに至っては眼差しに冷笑まで浮かんでいる。

 確かに、初めのころは話の内容も真剣に深刻だった。
 聞いている方でもああそうなのか、とここに来て新たな理解が増える事もあった。








 ころっと丸い手のひらサイズのそれを手にとって、ふと目を凝らして探してみれば、数メートルおきに、あるいは曲がり角ごとに、そのころっと丸いものは壁や天井、床の隅に張り付いている。
 音はそれから聞こえてきていた。

 音機関マニアのガイは、ここに来ても興味津々だ。
 これだけあるなら一つぐらいばらしても大丈夫だろうと内心で思っていることが隠しているつもりだろうが顔に出ている。
 遠隔で音を伝える機械。
 これがあれば伝書鳩などよりも情報を伝えるのが早くなるだろうと思うジェイド。
 可愛い姿に理性を揺るがされているティア。
 流れ出たアクゼリュスの単語と、自分のオリジナルの声に怯えるルーク。





 丸くてころころしているそれを拾いつつ、耳を傾けながら進んでいけば、ご丁寧にも落とし穴上に罠、の張り紙が。
 いや、丸くてころころしたのにその張り紙が張られている。
 そしてその丸くてころころしたものも、ほとんどノイズのない綺麗な音を吐き出している。
 向こうで飲み食いしているだろう様子まで伝わってくるのだ。

 オレンジジュース、チキンサンド、ジンジャーエールにベーグルサンド。
 ケーキにクッキーにフルーツに。
 何してやがるこいつ等は。

『セフィロトツリーだっけ?』

 そうだ真剣な話をしろ。
 飲食の音を聞かされても面白くない。
 ないのだが、次の話題が入るまで、随分と間がある。

『そうだアーヴァイン。それがかつてこの大地を支えていた』
『外郭大地って言葉自体にいい印象はないんだけど、ホドとアクゼリュス、だったけ。アルバート式封咒の基点は。アッシュ?』

 魔物と戦闘していても、移動中でも、そこかしこからその会話は聞こえてくる。
 最初の十個ほどこそ回収して歩いたが、後は放置だ。

 なにかの実況中継を聞きながらの戦闘は彼らの気分を複雑なものにさせた。
 会話の内容に耳を傾けるせいか、進む足が鈍る。
 背後の状況にこそ文句を言いたいが、会話の内容自体は興味深いといえた。

『キムラスカの武器となって、って言う下りはその場合どうなるの?』
『開戦への強い言い訳、マルクトの地で第三王位継承権保持者が死んだというだけで、マルクトに対して強い外交上の武器になる。そういう意味でもアクゼリュスでルーク・フォン・ファブレが死ぬ事はキムラスカの武器と言えるだろう』
『預言の解釈って、こんなに幅広いのにね〜』

「言われてみれば、そうですね。実際キムラスカはナタリアの死を理由に開戦に踏み切ったわけですし。ナタリアが居なければルークの師を口実に改選に踏み切ったのでしょうね」

 魔物に止めをさしたジェイドが眼鏡を押し上げながら言った。
 同調するように考え込むのはガイ。

「なあなあジェイド。ノストラダムスって聞いた事あるか?」
「いいえ、ないですね」
「アニスちゃんも、ないでーす」
「私も無いわね」
「俺もだ」

『アクゼリュスね。あそこはもうどう頑張っても落ちるしかないのよ。ホドと、アクゼリュスが落ちた衝撃で他のセフィロトの封咒が解かれる』

「落ちるしかない。落ちるしか、なかったのかな」
「ルーク……」

 涙を堪えるように表情をゆがめてうつむくルークに、どう声をかけていいのかと迷うティア。
 慰めたい。
 けど、判らない。

『……殺した実感のない殺しって、怖いだろうね』

 びくりと、ルークが震えた。
 誰の目にもあからさまなほどに怯えて、震えている。
 機械の無効の音も静まり返り、ひっきりなしに聞こえていた飲食の音も聞こえない。

『俺がもっと早くに気が付いていれば、ルークにそんなものを背負わせずに済んだのだがな』

 聞こえてきた自分のオリジナルの言葉に、ルークは悲しみと喜びがない交ぜになったような表情で、それでも微笑んでいた。

「さあ、いきますよルーク」
「うん」

 勇ましい返事をして。心を切り替える。
 進め、進め。
 この先に居る。
 アッシュが、自分のオリジナルが。

 自分達はレムの塔ですれ違ったにも等しい出会いをしただけだけど、会話を聞いているだけで判る。
 アッシュが信頼を寄せている強い人たちが、アッシュの隣に居る。

「くく、七歳児だってよ、ルーク」
「うっせぇぞ、ガイ!」

 悪態をついて歩幅も勇ましくずんずんと進むが、その手に握っていたオダインでおじゃる2号から聞こえてきた内容に思わずその歩が緩んだ。

『マインドコントロールと言えば、アッシュは大丈夫だったかい?』

「まあ、アッシュ」
「ふむ、マインドコントロールですか」

 やっている事をいいとは思わないが、それでも他人の口からヴァンの悪口を聞くと複雑な気分になるルーク。
 それでもやはり、アッシュにされた事を思えば怒りも沸くのだが。

『実験、監禁、思考操作。僕が見つけたころのアッシュは酷いものだった。しかも超振動の実験は酷い苦痛を伴う。途中で気絶することも稀じゃない』

 怒り部分の割合が増加するルーク。
 アッシュに対してはふれあいが足りないせいか、復讐の対象と言う見方はしなくなっても、感情的に割り切れていなかったガイの眉をも盛大にしかめさせる。
 ナタリアに至っては臨界突破だ。

『どんな方法にせよ、死を詠まれても、生き残ってくれたんだからいいよ。私アッシュもルークも大事だもん』

「おや、大事だそうですよ? ルーク」
「う、うるせぇ」

 頬を赤らめたルークは言葉ににじむジェイドの小さな嫉妬に気が付かなかったようだった。

 その後なぜか親ばかの会話からシンクの話に移る。
 耳を傾けていた彼らにも、やはり何故親ばかからシンクの話になるのかは理解できない。
 いつのまにかエルドラント攻略と放送を聴くことと優先順位が入れ替わり、進む事がおろそかになっている。
 そもそもルークの手にはオダインでおじゃる2号!! が五つも抱えられていて、このままでは戦闘ができない。

「シンクが子供で人生楽しそう? そうかしら」
「わっかんねー」
「ガイは苦労性だそうですよ?」
「生涯陛下や大佐にこき使われて、ブウサギの世話をするって事だよね?」
「勘弁してくれよ〜」

 にっこりと悪魔の笑顔で下から凄まれてたじたじになるガイ。
 アニスの向こうにはやはり悪魔の笑みを浮かべているジェイドが見える。
 ああ、人生の幕降しかもしれないとガイは思った。

「預言は技術、ですか」
「う〜ん、確かに。気象預言ぐらいは残してもいいかなぁ〜」
「そうかもしれないな。いきなりあらゆる預言を廃止しても反発も強いだろうしな」
「どちらにしても、ローレライが地殻から居なくなれば、だんだんと預言の精度は落ちていくわ。そうやって詠むものを選びながら、少しずつ脱却していくのもいいのかもしれないわね」

 しんみりと、全てを終わらせた後に思いを馳せて。
 それなのに、向こうから聞こえてくるのはチキンサンドを争う大人気ない争い。
 言葉もないというのをまさに実感してしまう彼ら。

 ギャーッ!! と身も世もない叫びが聞こえ、何かしら暴力沙汰な感じの音まで聞こえてくる。
 いつの間にか完全に足を止めて聞き入ってしまう彼ら。

 いいのか? これで。と思いつつも、聞かずには居られない。
 ……どうなった? どうなった?

 がつん、と何かぶつける音と、風を切る音が聞こえる。
 ルークたちは知らないが、これはアッシュが向こうでマイクを動かしたときの音だった。
 かすか風きり音は、ノイズの増大に聞こえる。

 人の声が近くなる。

『まずいよキリエ。これ、全館放送入ってるよ』
『え! だって、ちゃんとパソコンのほうで音量はミュートにしたはずよ!!』

『……キリエ。これ、エスタ科学研究所から受け取ったマニュアルによれば、設定の優先権がマイクの方にあるらしいですよ? マイクの方の調整は?』
『……入ってる』

「なあ、ジェイド。パソコンって何だ?」
「さて」

 どたばたと騒がしい音が響き――

『うわ、恥ずかしくて死ねる!!』
『予想外といえば、予想外かな……』
『やっぱりキリエはいつでも何かしらしでかしてくれますね』
『単に詰めが甘いというんだ』

『てゆーか機密漏洩! 査定が! Seedランクが!!』
『あはは、査定には僕も噛んでますから。戦時なら三ランク、今ならせいぜい一ランクと言うところでしょうか』
『給料が下がる!? 来春のスプリングコートがー!!」
『ふん、くだらない』
『てゆーかアーヴァイン!! それ切ってよーー!!』









 そうして冒頭に戻る。

 スピーカーに耳を近づけていたガイは音量に撃沈し、耳を押さえてうずくまる。

「シンクの奴も、居るのかな」
「行って見ればわかりますよ。アッシュの事も、彼らの事もね。どうやらこのエルドラントのどこかにはいるようですから」
「そうだな」
「ええ、参りましょうルーク。わたくし、ティアには悪いですけど、やはりヴァンのことは許せませんわ」
「気にしないでナタリア。私も、兄があそこまで人の道を踏み外しているとは思わなかったから」
「……そうだなぁ。預言をなくすって事自体は、いいんだ。人生の導の一つではあってもいいとおもうが、絶対じゃない。預言が世界の滅亡を詠むなら、それを頼りに俺達だって滅亡を食い止めようとするさ。なのに、何処で道を外れちまったんだろうなぁ」

 各々に、自然と視線はすでに完全に沈黙した機械へ落ちる。
 無機質なレンズの目が、じっとその彼らの事を、見返していた。









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