栄光を掴む髭を毟り取れ!! 4



「アッシュ……なんだか丸くなったよなぁ」

 タルタルソースをつけたからあげを頬張りながら、ガイがどこかしみじみと呟いた。
 その隣では、レモンを絞ったからあげを飲み込んだルークが口を開く。

「丸くなったつー、かなんつーか……俺さ、今回一度もアッシュに屑とか、劣化レプリカとか言われなかったんだ」
「ほんとか!!」
「うん。でも、言われなかった事はうれしかったんだけど……なんかおとなしいアッシュって怖かった――」
「怒鳴ることも控えていたようですからねー」

 と言って、土佐酢につけたからあげを口に含むジェイド。



 イスタニア湿原付近の大草原。
 周囲にはホーリーボトルをばら撒いて、シートを引いて、円座をくんでいた。
 中心には開けられたバスケットが二つと、そこから取り出された数々の料理たち。
 暖かな日差しに汗を書くドリンクのボトルたち。
 冷める事を計算に入れて作られた料理たち。

 預言を詠まされていたイオンレプリカをダアトに預けたあと、アッシュに渡された二つのバスケットを広げてちょっとしたピクニック気分での、食事だった。
 日差しが強いのでアルビオールの陰に居る。
 もちろんノエルも一緒に居た。

 醤油ベースの唐揚げに塩胡椒ベースの唐揚げ、味付けはソースにお任せの唐揚げと、実に種類に富んでいる。
 しかもソースもレモンを含めて六種類。
 至れり尽くせり。

 ベーグルサンドはもちもちしたベーグルと、レタスのシャキシャキ感とチーズのコクが絶妙だ。
 ベーグルは、他の食事パンほどポピュラーではないから、もしかして手作りだろうか。

 チキンサンドも、粒マスタードのチキンサンドに唐揚げとタルタルソースのチキンサンド、チーズとチキンのサンドとバラエティに富んでいて、しかもどれもレタスとキュウリが挟まっている。
 すばらしい歯ごたえと口内のハーモニー。

 おにぎり各種も、それぞれに細工が凝らされていて、数が少ない分だけ一つ一つ味が違う。
 イチゴのデザート各種も、噛めばシュワッと甘味と酸味の広がる極上のイチゴの風味を殺さないようにと工夫を凝らされて作られていた。

 女性陣を虜にして離さない。

 この弁当を一体誰が作ったのか。
 恐らくアッシュではないだろう。
 だが凄く気になるところだった。

 キリエならばなんとなく納得できる。
 だがもしや、かつて一時あの、とまで呼ばれた覇者アーヴァインが作ったのでは? と言う疑惑もある。
 誰が作ろうと本来構わないところなのだが、そのバスケットの中身のあまりのすばらしさと、覇者と呼ばれていたものに対して植えつけていたイメージからどうにもアーヴァインの作だとは思いたくない心情もある。
 実際出会った覇者アーヴァインは、思った以上の優男だったが。

 覇者と呼ばれるような荒々しさは微塵も感じ取れなかった。

 迷っていようが悩んでいようが関係なく、覇者アーヴァインのかつての武功と噂を知らないルークは、その味にひかれて弁当をパクつく。
 放っておいてはなくなってしまうと、覇者の噂を知る者たちも、その問いを一時忘れて弁当に手をつけたのだった。

 食事の合間に白ワインで喉を潤わせながらジェイドは言った。

「変わったと言えば彼は、随分とまた服装も変わっていましたね」
「素材も良いもののようでしたし、風を孕んで揺れるのは、なんだか素敵でしたわ」

 ぽっ、と頬を染めるナタリア。
 うつむいて恥ずかしげに指をあわせる。

「そういや変わった剣を持っていたよな」
「つーか、まさかアッシュの口からフローリアンを引き取るって話が出てくるとは思わなかった」
「確かに、それは意外でした」

 意外も意外、大穴だ。
 何故かまだ一人で行動しているあたりが疑問と言えば疑問だが、あれは人間が丸くなったと言うよりは本来の姿を少なからず取り戻したと言うべきだろうかとジェイドは思う。
 ジェイドも気が付いてはいたが、屑、とも劣化レプリカ、とも言わないアッシュ。
 それは、レムの塔のあのときから、覇者アーヴァインが来てから、と見て間違いはないだろう。
 しかも、屑と言うのも、劣化と罵るのも、自分から生まれた自分のレプリカを罵るのは、その言葉は自分に返ってくるのではないか? と思っていたが、本当に自分に向けての罵りだったとはさすがに思いもしなかった。

 あそこでアーヴァインが現れなくても、あのときの様子を見る限り、レムの塔で瘴気を中和したときには既にある程度吹っ切れていたとは思うが。
 彼は確実に自分の口から言ったのだ。



 殺したかったのは、レプリカではなく、自分を含めたルーク・フォン・ファブレと言う存在そのものだ、と。



 アッシュは、レプリカの個を認めていた。
 その上で、ルーク・フォン・ファブレの名を持つものだから襲っていたと言う。
 ルークの名を持つものであれば、あるいは全てを滅したいと願ったのだろうか――。

 アーヴァインも言っていたが、一体なにがそれほどアッシュに彼を憎ませたのか。
 まあ、考えるだけ無駄であろう事はわかる。
 はっきり言ってしまえば、八つ当たりだ。

「でも、ゲートで会ったアッシュは、なんだかかっこ良かったですわね」
「うーん、今回はアニスちゃんも否定できないかな〜」
「そう……ね。確かに。普段から割りと洗練された動きをする人だったけど、今回は特に何かが違っていたような気もするわ」

 アッシュがカッコイイ、との事に同意を得られてニコニコのナタリア。
 否定できない事に悶々と唸るアニス。
 かわいい物以外には反応の鈍いティア。
 アッシュの話題から始まって、アッシュの話題が続く。

 どこもかしこもアッシュアッシュアッシュ!!

 それほどアッシュの変貌振りが話題になるとも言えるが。
 話題は特に、戦闘中のアッシュの物へと移っていく。

「前と比べてもさ、戦い方が綺麗になったって言うか」
「ええ、そうですわね。以前にはあった乱暴さと言うか、そう言う物が見えなくなったと言うのでしょうか」
「剣士としての隙も少なくなったような気もするな。アルバート流とは少し違う戦い方だったし、まあ前よりも今のほうが洗練されているな」
「敵だったら、ますます厄介な相手と言うことになるのでしょうか」
「でも〜、やっぱり角の削れたアッシュって変!!」
「いいんじゃないのかしら、丸くなるのは」
「戦い方は前よりずっと鋭いけどな。がっつんがっつん力任せにやっていた所がそのっま鋭さに取って代わってようで、見ていてなんつーか、魅せられる? 戦い方だったよな」
「あ、それ納得!! 俺もさ、そう思った。助けに行かなきゃなんねーのに、あんまり綺麗に戦うから見ほれちまっていたし」

 ふむ、とひとつうなるジェイド。
 片手は落ちても居ない眼鏡を上げる。

「アブソープゲート周辺の魔物は、確か結構な強さだったはずですが、何時の間に腕を上げたのでしょうね」

 アッシュがその結構強かった魔物を、仲間の評価曰く洗練された動きでなぎ倒しながら進む姿を思い出して言う。

 自分の研究が正しければ、それはアッシュに勘違いをもたらしていたビッグバンによるオリジナルの音素の乖離はそろそろたけなわで、弱みを見せない戦いを見せるだけで精一杯のはずなのだ。
 ところがそれどころかいっそうアッシュの剣は鋭さを増し、今ここでは、円座を組む彼らの口から口々に賛辞を引き出している。
 まあ、本人には届かないし、まかり間違って聞こえてでも居れば極度の照れ隠しに剣でも抜きかねないと思うのだが。

 これもまた、あの時現れた彼らがもたらした結果でしょうか、と呟きは消えた。


































 キリエ特製の念をかけられているあの服は、オートクチュールだ。

 キリエなら、もし自分の出身世界にそのコートを持ち帰っても恥ずかしくて着れないなぁ、と思う程度には多少コスプレチックな一見したところ外套のようなもの。

 赤の髪に似合うから、黒系統で、装飾はもちろん銀。
 銀色をしているだけで実際には銀ではなくもっと軽い素材で作られているが、傍目にはわからない。
 安っぽさはキリエの最も嫌うことの一つだ。
 特に魅せる事を目的としている衣装にそれは許されない。

 防御力は上昇したが、戦いには少々邪魔臭そうなひらひらはある。
 ルークの後ろのひらひらもそうだし、アッシュの神託の盾の制服のひらひらも、戦うには邪魔そうだとキリエは思っていたが、まあその程度のひらひらだ。

 純粋に実用を見た場合の戦装束としては少々不適ではあるが。

 自分の闘いが泥臭いものだから尚の事、人には魅せる戦いを求めるキリエ。
 魅せる事の一つには、もちろん衣装も含まれる。

 その結果としての、動けば風に舞うひらひらだった。

 残念ながらこの手の衣装を一番に着せたいスコールはめったに着てくれないし、ヒエラルキーの形成上、押されがちなスコールに精神の面では優位に立っていると思っているが、社会的にはそうも行かない。
 ゼルにいたっては大体逃げる。
 運動量の多い格闘家、というのは、キリエにとっては格好の獲物の一つなのだが。

 アーヴァインはセルフィと一緒になって迫れば大体落ちる。
 セルフィのほうにかわいい印象の服を用意しておいて、なんとなくそろい物に見えるようなデザインの服を用意しておけば、アーヴァインを落とすのはたやすい。
 のだが、狙撃手という役割上あまり大きな動きのないアーヴァインは、その腕のよさも相まって、そういうシチュエーションを設定した上で試合でも組まなければキリエが望むようなひらひらが活用される接近戦はなかなか起きない。
 獲物としては今一だった。

 キスティスはお茶目心を判ってくれるから、時々笑いながら着てくれる。
 フィールはもともと悪乗りが激しい。



 何て素敵な仲間達!!



 もともとその程度の邪魔など物ともしない戦士達に向けて作り出したものだから、あまり一般的な戦士達の事は考慮していない。
 が、総合的に見た場合、防御なり耐性なりのあがるこっちの方がいいだろうと見積もった。
 すくなくとも、ローレライ教団詠師服、などよりはずっといい。
 ヘタな全身鎧より確実に防御力はあるし、譜術などももたらされる結果の炎や氷などは問題なく防ぐ。

 装飾過多気味ではあるが、根本的な体の動きは邪魔しないように設計してある。
 魅せる為の衣装とはいえ、それでも戦装束には違いない。

 この点、キリエの思いは功を奏したといえるだろう。
 シンクとアッシュの戦いの折、アッシュの衣装はひらりひらりと人の目を引き付けた。
 教団服ほど無粋でもない。
 が、邪魔なほどでもない。

 そして洗練された戦い方については、彼が心を取り戻したためと……彼自身の、あれからの努力と言えるだろう。


 かつてからアッシュはヴァンにアルバート流の手ほどきを受けていたが、目指す相手が、抜きたい相手がヴァンではなくアーヴァインであったため、アルバート流を習うことは強くなるための一手段であって、アルバート流をマスターすること自体が目的ではなかった。
 剣の術技自体は稚拙で未熟なのに、そのずば抜けた身体能力でアッシュを翻弄するアーヴァイン。
 たしかに彼の言うとおりに、アルバート流が自分に合っている事はアッシュにもだんだんと判っていった。
 戦士としての素質にも、気性にも、アルバート流はアッシュに馴染む。
 だからと言ってそれだけを追っていてはアーヴァインに勝てない。

 アッシュはアーヴァインと暮らしていた間、アルバート流を自己改造していた。
 力によったところのあるアルバート流。だが、アッシュはそれだけじゃ駄目だと考えていた。
 普段は剣筋が乱れるからと手合わせを拒むアーヴァインだったが、基礎が出来てからは、ヴァンとの稽古の前日か翌日には手合わせをしてくれるようになった。
 更に上達すれば、ねだれば大抵は問題なく相手をしてくれるようになり、ある程度自分の剣を確立してからは訓練の時間を設けてくれるようになった。
 そうして尚更アーヴァインの力を言うものを思い知るのだが。
 思い知って、アーヴァインの戦い方を解析して、自分の剣を見る。

 歳月により完成された流派を崩すのは大変だ。
 実際、何度か自分の剣に混乱してアーヴァインにたしなめられた。
 そのたびに自分の剣の基本であるアルバート流に立ち返って鍛錬をする。

 まず考えたのは、攻撃を受け止めるる、防御する、と言う考えではなく、避ける、と言う考えだった。
 アーヴァインの一撃は重い。
 普段から手加減されていても重い。
 防御姿勢をとって受け止めれば手が痺れて剣が握れなくなるし、どうして未熟な剣技だと言うのに受け流させてもくれない。
 というか、アッシュの稽古を見ながらアーヴァイン自体もアルバート流を知り、日々剣が強くなっていくのは反則だと思うアッシュ。

 攻撃を避けるにはどうすればいいか。
 考ええた先に得たのが機敏な動きだった。
 多少攻撃力を犠牲にしても、まずは素早い動きを得る事。
 受けたが最後の一撃も、そもそも当たらなければ意味はないとの結論だった。

 そして次にはアーヴァインに攻撃を当てる事を考えた。
 こちらもやはり、アーヴァインは早くてとてもじゃないがつかまらない。
 アッシュを鍛えると言う目的の上では、かなり力をセーブして鍛錬をしていることは、アッシュを負かしにかかるときに判っていた。

 鍛錬を続けたがるアッシュに、負けたら終わりだよ、と言ってからのアーヴァインは、当時のアッシュにはまさに風のようにとらえどころがなく、一撃も当てるどころの話ではないうちに負けを突きつけられる。
 相手が早くて追いつけない。
 ならばどうするか?
 自分も早くなるしかない。

 単純な結論ではあるが、パワータイプの戦士は時にスピードタイプの戦士に翻弄されて実力はあるのに負ける事がある。
 アルバート流は、どちらかと言えばパワータイプであるが、スピードタイプの戦士に翻弄されるほど力に偏りすぎた流派ではない。

 その微妙なバランスを崩して、目的のものへ作り変えていくのは大変な作業ではあった。
 当時はわからなかったが、随分とアーヴァインにも手助けされていたように思う。
 あからさまな指摘や指導はなかったが、彼は自分の動きでアッシュの剣を導き、アッシュが望んでいるだろう形に時間をかけてアルバート流を矯正していっていた。
 まあ、アーヴァインに導かれた剣と言うことはアーヴァインはその剣を知り尽くしているとも言えるわけで、結局は速さを求めた事、攻撃を受けるのではなくそもそも受けないこと、避ける事を求めたのは実戦の中では大いに役に立っていたが、アーヴァインを負かす、せめて一太刀!! と言う目的は長く果たされないままで居た。

 そうしているうちに、アッシュの前から師と慕った彼は消えた。
 アッシュにしてみれば唐突に、アーヴァインにしたところで心残りな、不本意な事ではあったが、別離は避けられなかった。
 アーヴァインにはアーヴァインの目的があり、それは決して折れないこころの軸だ。
 アッシュのために、覆してやりたい気持ちもないわけではなかったが、それでもやはり、それを折る事はできなかったし、突然のそれは、前もって備えていた手紙を一つと奇跡の確約と言う名の自分達の誰かを呼び出す切っ掛けとなる物品を置いていっただけで、アーヴァインに、アシュに言葉を残す時間すら与えなかった。
 強制帰還。

 アーヴァインが居なくなってから、アッシュのそばではさまざまな事があった。
 アーヴァインの存在がヴァンの一存によって消された。
 強く叱れた緘口令、教団の資料などからもアーヴァインの名は消され、彼の居なくなったあとの六神将には導師のレプリカの一人が付いた。
 アッシュはそれが導師のレプリカの一人だとは知っていたが、別に何かを思う事はなかった。
 あるとすれば、仮面が邪魔そうだな、と、それだけだ。

 アーヴァインが鍛えていた兵達は解散させられ、特務師団長という地位に据えられたアッシュに与えられたのは、身も知らない五十人の兵士達。

 敬愛する師であり、いつか追いつこう追い抜きたいと思う先達者であり、彼にとって父性の体現でもあったアーヴァイン。
 人生の目標とすらいつの間にかなっていた一人の人間を喪失したアッシュは、自分の剣を変えていく事をやめた。
 次々と消えていくアーヴァインの影に耐えられなくて、彼から教えられた剣筋を隠した。
 どうせ消えていくなら、もう何も見たくはなかった。
 ヴァンの企みを、それでも追ってはいたが、アーヴァインが居たころにほとほと懲りたのか、アッシュが探りを入れたところで尻尾を捕らえる事もできなかった。

 それでもしばらくすれば、不安定にゆれていたアッシュの心もやがては落ち着きを取り戻すことが出来ただろう。
 アーヴァインは、自分が居なくなった後も、決して何時までも依存するような育て方はしなかった。
 いつかは居なくなる。
 自分は異邦人である事を、彼は強く自覚していた。

 だが、まだ心が安定しないうちに、これを好機と、ヴァンが漬け込んだ。
 教団中からアーヴァインの影を消し去るのもその策略の一つであったし、アッシュは階級的にそれを抑えられる力はなかった。

 どんなに大人びてみても、結局は不安定な思春期真っ只中。
 人心を扱うのに長けた大人に、保護者を失って迷子のように不安になっているところに付け入られれば、どれほど跳ね付けようとしたところで、限界はある。
 ヴァンにしたところで結局は中途半端にしかならなかったが、アッシュにルークに対して隔意を抱かせる事ができたのは、やはり彼の思惑通りといえただろうか。

 遠大にして、姑息なヴァンの手回しによって、アーヴァインが消えざるを得なかったのは、ルーク・フォン・ファブレ、という存在のせいだと植えつける事に成功していた。
 それによってアーヴァインの努力によってほぼ消滅していたレプリカへの隔意 悪意や害意を自分自身変憎しみと共にアッシュの中に植えつけた。

 さまざまな事があり、アッシュは自分が作り上げてきた一つの形を完璧なアルバート流で覆い隠した。
 そしてそれが、今まで彼等――ルークとその同行者達が見てきたアッシュである。


 自身のレプリカへ理不尽な隔意を抱いた事、抱かされた事は自分の消え去る理由をアッシュに説明できなかったアーヴァイン側の落ち度ともいえるが、だからと言ってそれを利用したヴァンを許す理由になるわけでなし。

 此方に再びやってきたアーヴァインから、その誤解をほぐされたアッシュは、現在決意も新にヴァンの打倒を誓っている。
 その決意と共に、自身がかつて探求したかつての剣を思い出したアッシュ。
 それから幾度かアーヴァインと稽古をし、長く封じてきたその形を明確にしたアッシュの剣。
 それが人の口から数々の賛辞を引き出した事は知らないが、アブソープゲートでモンスターを相手に戦っていたとき、かなり気分がすっきりしていたのも確かだ。

 ある意味本来の自分に立ち返ったとも言える。
 キリエが作った念具により体調も整えられ、彼の一人旅は実に爽快にして快調だった。















































 アブソープゲートに行った後、アーヴァイン達のところへ帰ってきても、まだキリエは復活していなかった。
 周囲の診断によれば現在三割ほどと聞き、キリエの様子を観察してみたが、アッシュには今一違いが判らない。
 全力で戦闘する事はともかくとして、実力の半分も出せれば世の中渡るのにだいたい困る事は無いと言う彼らの言葉に、とりあえず彼は頷いておいた。
 自分には判らない何かがあるのだろうと。

 五割も馴染めば回復用の念具と薬とでカバー出来るらしいので、キリエが回復したらら今度こそ観光旅行に行こうと今から彼らは楽しみにしている。

 それも、彼らなりの励ましの一環だ。
 ヴァンをどうにかしないことには観光旅行どころの話ではないし、ヴァンを倒したところで、その後の世界の混乱は間違いないことだといえる。
 観光どころの話ではないからこその、観光旅行。

 実のところ彼等、割と堂々とケセドニアに住んでいた。
 初めはアルビオールに乗っていたのだが、キリエが気圧の変化に耐えられそうにないという事で地上に落ち着いた。
 実に目立つ赤い髪をしているアッシュの出入りにさえ気をつけていれば、ここ一連の騒動のせいで住処を変えた新顔程度にしか思われていない。

 アルビオールは現在、漆黒の翼の足として使われている。
 そのように仕向けた。
 キリエがよく使っている回復用の念具、念薬と言うものの中から、グミ以上の効果は持つものの、混乱を引き起こすよほどの奇跡ではないものを選んで、漆黒の翼のネットワークを使って裏市場から流し、資金集めをしている。

   アッシュには、彼等がよく使っている念具、と言うものが良くわからなかったが、とんでもなく便利なものであると言う事は良くわかった。
 音素が乖離していく自分の体を、正常と呼べるようにしてしまったのも、キリエの作ったと言う念具だった。

 レプリカのほうも、実はあの時渡した弁当に、それとは違うが体調を整える効果のある念具――念薬を混入していたらしい。
 自覚は薄いかもしれないが、それで音素乖離も多少抑えられるだろうとの話をしていた。

 救うつもりならさっさとしてしまえばいいだろうとアッシュは言ったが、対してキリエは言って欲しいから、と言う。

 死にたくない、生きたい、いきて、もっともっとと何かを求める声を、聞きたいと。
 それは、死ぬと思っているレプリカに、救いが残されている事を知らないレプリカに言わせるには残酷な台詞だが、アッシュも少なからず同意するところでは合った。

 どうせ死ぬんだから、ただ死ぬよりは、と、死に意味を求める姿はかつての自分と重なるところでもある。
 自分にはそこで救いが訪れた。
 まだ死にたくないと言う声に応えてくれる者が居た。
 それを、自分のレプリカにも望みたいと言うのは、そうたいしたわがままだろうかとそう思う。
 近しいものの幸せを願うのも人の姿だ。

 レムの塔で、アッシュは自覚していた。
 レプリカの事を、ただ一人の同胞と、兄弟のようにも、それ以上にもその存在を大切に思って居る事を。

 生きたいと願うのは、死にたくないと思うのは、それが生命である限りごく自然な欲求だ。
 それを現して許されない時もある。
 だが、今は許されるのだと、自分に与えられた許しと同じものを、自身のレプリカにも与えたいとアッシュは思っていた。

 まあ、自分はアーヴァインに対して親交があったからぶちまけてしまったのだろうと思う。
 ルークにとって、ガーデンの三人組は顔ぐらいしか知らない人間だ。
 いきなり、さあ、生きたいって言って見なさい、と最終的な死しか選択肢を示されなかった人間が言われたところで心を明かせるとは思っていない。

 そうであるならば、やはり救いの時をいたずらに引き伸ばすのは残酷な事なのだろうか。

 答えは出ずに居る。

 それでも全ての答えはエルドラントで。
 ルークが自身の願いを口に出せても出せなくても、そこで必ず手を下すと、それだけは決まっていた。





 天才ジェイド博士にも、留める術を見出せなかった大爆発。
 そしてレプリカの音素乖離。
 それすら止めてみせるキリエが作ると言う物品の数々。

 それら常識の範囲には収まらないようなさまざまな効果を持つ品々の恩恵を、アッシュもしっかり受けていた。
 装身具、武具、薬品から、日用品まで。
 使えるものはおとなしく借り受け使っている。
 便利だからだ。



 移動はアルビオールからこれもやはりキリエが作ったと言うバリア付き空飛ぶ絨毯に変更した。
 最高時速二百キロ。
 バリア展開中は風圧も受けなければ移動によるGも完全に遮断する。
 小さく小回りも利くという優れもの。

 ギンジは残念がっていたが、アルビオールの機体は大きく目立つ。
 降りた先ででかけたとなればその間ギンジは一人だ。
 魔物などに襲われることを常に心配していたので、その心配がなくなったのは安心の要素の一つだった。

 ギンジは、人がいい。
 まかり間違っても失うには惜しい人間だ。

 装備も武装も変更したし、荷物を入れるための小さなポーチも借り受けている。

 見た目は手のひらサイズの小さな皮ポーチ。
 だがその中身には重量にして一トンまでのものが自在に出し入れできると言う。

 初めて見た時は酷く驚いたアッシュ。
 驚きにまだ亡羊としているうちに、指紋照合をされ、魔力照合をされ、ポーチに登録されていた。

 他の誰かが手にしても、アッシュ以外には使えないようにと言う防犯登録。

 キリエたちが使っているものとは少し別物だ。
 キリエたちのポーチは内部を共有している。
 だが、アッシュもその共有に入れてしまっては、あまり使うことに賛同しかねる念具もアシュの手に渡る可能性がる。
 アッシュがその危険性を知った上でなら、やたらと使うとは思っていないが、用途不明の念具を弄っているうちに、何て事があっては後の祭り。

 完全個人用のアッシュのポーチには、こちらの世界の回復薬とは違うキリエ作の念薬がいくつかと、アッシュ自身の所持品、アーヴァイン手作りの昼食などが入れられていた。

 ちなみに空飛ぶ絨毯も、使用後はこのポーチにしまわれる。

 何処で降りても後腐れなく行動できる。

 はじめは空飛ぶ絨毯なんていうファンシーなものに眉根を寄せていたアッシュだったが、使ってみるとこれがなかなか使い勝手が良かった。
 預かっているポーチと組み合わせれば、もう手放せないと思うほど。

 人に見つからない高高度に設定してマップを参照し目的地を大まかに設定すれば、辿り着くまでは読書をしていてもいいし昼寝をしていてもいい。
 ケテルブルク上空を飛んでいてもバリア内は適温が保たれていると言う至れり尽くせりぶり。

 連絡にはケータイの使い方を教えられて持たせられているし、時々電池残量を確認して少なくなっているようだったらアーヴァイン達のところへ戻って充電しなおす。

 少なくとも、キリエを伴って行動できるようになるまでは、主にアシュが一人で行動していた。
 一人とはいっても、主に情報などの面において漆黒の翼などの助力は受けていたが。
 幾ら強い力を持つとはいえ、コミュニティー、ネットワークまで一日二日、一ヶ月で形成できるわけではない。
 やはり情報の面では、その一つ一つがナム孤島にいる共同体たちの運命を左右する漆黒の翼の面々の方が強かった。
 ……戦闘能力の面では、激しく期待できないが。










 アブソープゲートでルークたちに会ってから数日。

 今日もアッシュは孤高に空を飛んでゆく。





 この騒動が終わった後の世界を見つめて。





 嘗てアーヴァインが育てた特務師団員達は、アーヴァインが消えた後ばらばらに各師団に配属された。
 だが、神託の盾がその本質を見失った頃――ヴァンデスデルカの暴走が始まった頃からは、神託の盾を抜け各地に散って行った者たちも多い。
 アーヴァインの教育を受け、彼らに心酔していたからこそ他の者たちについていく事ができなかった者たちだ。
 兵士としていては上官の命令に逆らう事はできない。
 だから神託の盾を抜ける。






 アーヴァインの消えた後も、彼の育てた師団員は危険因子としてヴァンたちの勢力に目を付けられていた。
 アーヴァインの教育により、兵士としてよりは諜報戦を、集団戦よりはより人数の少ない特務師団の特長を生かしたゲリラ戦を得意とするようになっていった彼ら。
 尚の事周囲の視線にも敏感となる。
 神託の盾の内部にて、他の師団に配属されても監視の目がある事を自覚していた彼らは、嘗ての自分の上司が事のほか赤毛の子供を気にかけていたのを知っている。

 だからせめてつつましく、神託の盾に残りこれ以上目を付けられないようにひっそりと行動し、アッシュを見守ってきていた。
 いざ、と言うときが来た時に、邪魔される事の無いように、監視の油断を誘う意味でも、アッシュに接触を図る、アーヴァインについて探るなど、監視の目を厳しくする行動は控えていた。
 それは全て、いざに備えての事ではあった。

 だがまあ、気が付いてみればその肝心のいざは通り過ぎてしまっていて、このままでは神託の盾の本分も忘れた者たちにいいように使われて、虐殺の手足となるのみとなって彼らは退役を申し出た。

 彼らは無力ではなく、個人の戦闘能力を見た場合は確実に、他の神託の盾の兵士を上回る実力を持つ。
 だがそれが、彼らに無理強いをするろく神将と渾名される彼らには力及ばず。
 野に放つのを危険と見た上層部は彼らの退役を認めず。

 そこで彼らは散り散りに、神託の盾からの逃走を測っていた。

 一度逃げ出したが最後。
 アーヴァインにより徹底したSeed教育を施されている彼らは見つかるものではない。
 まして探す側には他にもやらなければならない事があるのだ。
 片手間に見つかるほど、元不良の彼らは無能ではなかった。

 互いに連絡を取りつつも、無為な時間を過ごしていた彼らの前に、アッシュとアーヴァインが現れたとき、彼らは全身全霊で、喜んだ。

 意義を教えられていた彼らは、もはや無為であり続けることには耐えられなかった。

 世界再建のさきがけになると言う、これ以上ないほどの意義を与えられて、彼らは沸き立っていた。

 







 覇者アーヴァインと鮮血のアッシュの名の下に。







 もうすぐ戦いの時は終わるだろう。
 世界を賭けたばかげた戦いの時は。

 狂った思想を持った男とそれに従う者たちと、それを認められずに戦う者たちとのぶつかり合いが。

 負けてしまったならば、後の事など考える必要もない。
 だが此方には負ける気など微塵もない。

 勝利は必ず手に入れる。

 それは彼らにとって絶対でありもはや覆らない結末だ。

 だからこそ。
 彼らは考える。
 戦いが終わった後の世界を。

 世に溢れるレプリカと、混乱を。




 もともとが生真面目な兵士ではなかった元特務師団の兵士達。
 訓練によって尚の事命根性のたくましくなった彼らは、多くの者がしぶとく世界の各地で生きていた。
 彼らに声を掛けて回るために、アシュは今日も空を飛ぶ。

 自分と、アーヴァインの言葉を携えて。









 飛行絨毯で各地を回り、嘗ての特務師団員に声を掛けて、神託の盾騎士団の早急な立て直しを図り、レプリカの保護も進める。
 ついでにアーヴァインが直々に声をかけたカンタビレとの連絡もつけてエトセトラ。

 アッシュの頭脳に休む暇はないのだ。









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