栄光を掴む髭を毟り取れ!! 2



 【争乱の呼び声】
 【エデンの東】



 そう名付けられた念能力の効果は異世界を渡る。



 能力を使った結果起こりうるのは唯一つその結果だけだが、それに至る過程には歳月をかけたさまざまな工夫が凝らしてある。




 まだ見知らぬ異世界へ渡りたいときは【争乱の呼び声】を。

 何も小細工なしに使えばまだ見ぬ異世界をランダムに選択してそこにポトンと落とされる。
 正し行き先には必ず争乱が待ち構える。
 最も判りやすいのは戦争のど真ん中。
 あるいは極端な人為の絡む災害の中。
 そしてもっとも小さな争乱で行けば、路地裏の喧嘩。




 既知の異世界へ渡りたいなら【エデンの東】を。

 元の世界へ帰ることも出来るし、【争乱の呼び声】で渡った先の異世界に、この能力でマーキングを施しておけば、いつでもその世界に行く事ができる。
 ただし、世界はそれぞれに時間の流れが違うので注意しなければならない。
 基本的に一度行った世界の、その時の以前に行く事はできず、だからやり直しと言うこともありえない。
 同じ世界観を有するパラレルワールドは別として。

 異世界で三年を過ごしても元の世界へ帰れば一日二日も経っていない事もある。
 逆に異世界での一日が元の世界では一年にも二年にも及ぶ可能性もあり、そもそも住んでいる星のサイズ、太陽系の成り立ちが違う可能性もあり、そうなれば自転公転の周期も違い、一年の長さそのものが違う可能性もある。
 またもとの世界からマーキングした異世界のどれかへ渡ろうと思っても、渡った先の時間軸もまた特定できるだけの技術はない。
 それもいずれ克服したい課題ではあるが。
 親しい旧友に会いに行くのに、その世界を離れたときから百年後に現れたりしても、大抵は墓の下だ。

 それを克服するために生み出した技術の一つが、向こうから呼んで貰うということだった。
 向こうで呼んで貰えれば確実に相手がまだ生きている時間ではあるし、こちらから尋ねる事ができない事をもリスクとして念の形成に役立っている。
 向こうとこっちの時間差から、何か事を成している途中でも帰らなければならないことは稀にある。
 向こうから呼ばれるときの人員はランダムで選択されるので、必ず行きたい人間がいけるとも限らないが、違う人間が行っても次の呼び出しを向こうで取り付けていけばそのうちにあう事はできるだろう。

 ただこれには、事前に彼らを呼び出そうとする人間との間にある種の契約関係とも言えるものが必要だ。

 エデンの東を自在に使用するための誓約――



【我等誓い交わせし庭の子等】


エデンの東を使うときに前提となる制約。
同じ名乗り上げを使うことによるある程度の能力の共有などを可能とする、あらゆる共通ルールの前提の制約。
この誓いを念で交わした間柄でのみ可能なこと多数ある。
ちなみに誓いを交わし人間達どのどちらか一方だけでも念使い、この誓いをすでにしている人間であれば、もう一方が念使いである必要はない。




 もちろん、最終的にリノアを救うと言う目的を掲げているSeedたちはこの誓約を交わしている。
 任意の異世界に渡るにはこの誓約が必要不可欠だ。
 そして、行きたい異世界の相手から呼んで貰えるのはこの誓約を交わしているSeedの誰かと言う曖昧さ、そして事前に小細工が必要だった。




 肌身離さずとは言わないが、半径で一メートル以内にキリエが細工を施した呼び出し――召還の基点となる念具がある事。
 その時々でそれらの念具に刻まれるキーワードを、念具に設定されている人物が口にする事。
 そもそもキリエの能力がある事が前提だ。
 自在に念具が作れると言うのは、なんとも言えずすばらしく便利だ。


 そして今回、彼等が呼ばれたのは――彼らが定義する深淵世界。
 彼らを召還するのはアーヴァインが手をかけていた赤毛の子供。
 召還の基点となる念具は、彼の分かたれた半身、世界にただ一人の同胞である赤毛の手の内に。
 一本の剣の上に互いの手を載せて、後はただ、キリエの思い付きによって選ばれる言葉自体には意味のないキーワードが、真紅の髪をした少年の口からつむがれるだけで。



「汝等誓い交わせし庭の子等。我等種の誓約者!」



 その言葉で、彼らは世界から呼び出される。

 能力の発動と観測は残った仲間がしてくれるし、開いた穴は急速に何かしらの代用で埋めてくれる。
 キリエはこれから久しぶりのSeed正規任務として、自分用に特別に仕立ててあるSeed服を身に纏っていた。
 アーヴァインも着慣れないSeed服に肩がこる思いをしながら控えた正規任務のために廊下を歩いていた。
 その少し離れた場所では同じくSeed服姿で、フィールがパソコンを前に任務の最終チェックを行っていた。

 何の事はない、Seed服をきる正規任務と言ったところで、戦いに出るわけでもない。
 世界の裏側の一部となった彼等が、世界の裏側と通じる首脳陣とガーデン代表として話し合いの場を持つと言うだけの事。
 彼等が三人も一堂に会すのは、行きすぎだという意見もあったが、平和な世の中では意外と上層部は暇なのだ。
 しかも彼らは上層部と言うよりは、暗部だ。
 しかも疚しい事をしているわけではない。

 偶然、偶然だった。
 方向性を定めたわけでもないのに、世界の中で最も近くに居る三人を選ぶと言う特性をもった念が、一つの会場に集まっていた三人をそのまま異世界に召還したのは。

 一度なりともこの世界へ来た事がある三人がそのまま呼ばれた事は、奇跡に近い。











 異世界に呼ばれた三人が、初めに耳にしたのは悲痛とも言えるその叫び。







「応えろアーヴァイン! 奇跡があるなら、いま――よこせぇー!!」







 起こった現象は、光であり、力であり、死であり浄化だった。
















 キリエは根っからの怠け者であった。
 けれど怠け続けていられない事も知っていた。
 目的のために邁進する楽しさも知っていたし、やらなければならない義務を全うするだけの自覚は持っていた。

 二度寝も昼寝も大好きだし、読書も好きだ。
 専門書から漫画、ライトノベルも読むし、時々は幼児向けの絵本も開く。

 ゲームも好きで、お決まりのRPGからシューティング、テーブルゲームもシュミレーションも何でもやる。
 園芸も趣味にしていて、小さな庭には幾本か気に入った果樹が植えられているし、室内では鉢植えのサボテンをメインに窓にずらりと並んでいる。
 動物の飼育もしていて、猫が三匹に熱帯魚と言う危ない組み合わせだ。
 長期に部屋を開けるときは人を雇うし、時々は仲間達が面倒を見てくれる。
 こうして唐突に居なくなった場合は、残った仲間達が早急に人を手配してくれているはずだった。
 だいたいキリエの仲間達はキリエの家で増えた猫や熱帯魚を貰っている。

 とにかく趣味は多いが気まぐれだ。
 庭に果樹を植えているのだってせっかくなら生り物がいいという考えだし、室内にサボテンが多いのもちょっとやそっと水を忘れても枯れないからだ。

 そんな人間ではあるが、念の鍛錬は怠っていない。

 それが仲間と共に目的を果たすのに、大切な友の一人であるリノアと再び対面するのに、自分の能力が大きく貢献できる事を知っているからだ。
 だからキリエは怠けながらも怠けを自制して鍛錬する。

 キリエの能力は念具の作製だ。
 能力名は【複製の錬金術師】
 あらゆる既存、架空の不思議物体を念により作り出す能力で、その能力により作り出すものと作り出した物体を一元に管理している本があった。

 物をおおく作れば作るほど、本のページを開くのは大変な作業になる。
 ので、それを楽にするための機能や、更に高度な念具作製のために日々鍛錬は欠かさない。

 付与能力の一つに、使った念具の所在などを記しておくものがある。

 今回の場合で行けば、異世界召還用の念具。
 使用者設定はアッシュ。
 世界は深淵世界。
 使用キーワードは「汝等誓い交わせし庭の子等、我等種の誓約者」

 それらの事柄た逐一記録され、特に使われた場合は、それらの使用された世界と使用者の名前を即座にキリエに知らせると言う機能がある。

 とくに異世界から召還されるための念具は、各地の世界に複数ばら撒いている訳であるから、異世界に行った時にとっさにその世界の事について少しでも知識を与えられることはとても重要だ。
 行く世界によって、対応はまちまちなわけである。


 今回、キリエが異世界に呼ばれたとき、本が告げた。

 この世界の事を。

 彼女自身もゲームと言う形で概要的にはこの世界の事を知っていたし、やってきてすぐにもとの世界へ帰るほど短い時間ではあったが一度は地に足をつけた。
 この世界の赤毛の子供と深い絆を結んだアーヴァインに仲間達はその子供の事を聞いていたし、今回この世界には、赤毛の子供しか彼らを呼ぶ要因はない。
 知っている世界であり、問題はここに来たタイミングだけだった。
 全ての物語が終わったタイミングか、それともまだ物語の初めか。
 キリエたちがこの世界を立ち去らざるを得なかったとき、アーヴァインが絆を結んだ赤毛の子供は十五歳だった。





 もちろんの事アーヴァインは呼び出されてすぐに自分の名前を呼ぶ声を聞き、誰に、どの世界に呼ばれたのかを理解していた。
 とっさに目を凝らして大切な赤毛を見つけて、二人まとめてケアルガをかける程度にはあわてていた。
 最近ドローによって抽出できるようになったフルケアを思いつかなかったのは、それがあまりに新しくストックできるようになった魔法であり、そしてまたそれを使用するほどの大怪我をする事もなくなった身としては、使用するものと言うよりは貴重なジャンクション魔法と言う程度の認識しかないためだろう。

 呼び出されてすぐに周囲を見て、様子を見て、夕焼け色の髪の子供の上に圧し掛かり、ナイフを突きつける真紅の髪の色の少年を見て、その慟哭を聞き。

 キリエは状況の把握のために跳躍した。
 それは、今この場の状況を知るためでもあり、あるいは未知の者たちに今の自分を見せないためでもあった。

 呼吸をするたびに肺が爛れ、血を吐き出す。
 吸気と共に体内に侵入してくる何かに体の中を荒らされる。

 かつて、アーヴァインと比べればほんの僅かな時この地を踏んだときも、そうだった。
 何かが――音素が体を破壊する。
 けどそれは極度のアレルギー反応のようなもので、体を慣らしていく事が出来るのは以前で知っていた。
 ただ、慣らし切る前にこの世界を出て行ったのと、この症状に極端なまでの個人差があるせいで、キリエのみが血を吐き続ける。

 触れても居ないのに内出血をする肌にぞっとして、キリエは念薬を口に放った。
 棒の付いたペロペロキャンディーのようなものは見た目的に大いに格好が付かないが。

 普段はめったに使わない念具、時間と共に体力を回復させる念具と、その効果を二十パーセントアップさせる念具を併用してなんとか体裁を保てる程度になると周囲を観察した。

 晴れた空、人気のない塔。
 集まる彼等、二人の赤毛の話の内容。
 必殺のウィングドブーツ――と言ってもこの世界にあるかもしれない物とは別物だ。刺繍で羽をあしらってある空を飛ぶためのキリエ作の念具だ――で高所から観察していたキリエは確信を深めた。

 赤毛に歩み寄るアーヴァインを見ているキリエの側に、フィールがこそこそと近寄ってくる。
 彼もまた、アーヴァインにもし自分が呼ばれずにこの世界に来る事があったなら赤毛の少年の事をどうか頼むと願われた人物であった。
 感動の再会に水をさす気はないらしい。
 影すらも地上に届かない上空は、遮蔽物すらないにせよ姿を隠すには絶好の場所と言えた。
 ここ以外に遮蔽物がないからこそ、キリエはとっさに上空に飛んだとも言えた。

 じっと、眼差しにはほほえましさと暖かさを篭めて見下ろす。
 誰かの喜びを心で共有できるぐらいには彼らは長い時を共に居る。

 軽口を交わす彼ら。
 毒舌を交わす彼ら。
 久しい再会を喜ぶ彼ら。

 栄光を掴む髭の髭を抜くだの首を抜くだの歯を折るだのと物騒な会話で意気投合するのはどうかと思うが。

 けれどアーヴァイン、彼は確かに、焔の灰をこの世界に置いたまま自分が帰らなければならなくなったとき、それから今こうして呼び出されるまでに。
 二次元と三次元の差はあれど、なかでもこの世界と焔の灰と聖なる焔の光の行く末を知ってしまっているキリエにたいしてよく語っていた。
 栄光を掴む髭をいかにして引き抜くか。

 虎刈り、斑抜き、丸刈り。
 眉毛ともどもいつか滅ぼしてやると。

 よっぽど赤毛の子供に対する態度が腹に据えかねていたようであった。
 こうして出会えているのを見れば、それすらも懐かしく、胸のうちに温かな感情を呼び起こす。


 高みからその景色を見下ろして。


「汝らに幸いあれ」

 とキリエは呟いた。















the end?


























 綺麗にまとまったところでアッシュを連れて、綺麗に立ち去ろうと思っていた彼らだったが、そうは問屋がおろさないらしい。

 ぽそりと何事か呟いたらしいジェイドの言葉は上空に居るキリエとフィールの位置までは届かなかったが、直後にアニスが叫んだ言葉は別だった。
 おそらくジェイドの呟きを反芻したものだと思われるが、キリエにとっては正直に、衝撃的だった。


「元六神将覇者アーヴァイン!」


 瞬間、ウィングドブーツの制御をまったく持って忘れるぐらいには。

 ぼたっと、受身も取らずに床まで落ちたキリエは震えていた。
 それを上空からフィールが額に手を当てて嘆いている。
 ふるふる、ふるふると、痛みのほかに、こみ上げてくる何かを必死に堪えていたキリエではあったが。

「キリエ!?」

 呼びかけられてたがが外れた。
 それがあまりにも懐かしい声であったからでもあるだろう。
 可愛いジェイド。
 かつてキリエはそう呼んだ。

 こみ上げる発作。
 けど、だめだ。
 このままでは冗談抜きに死んでしまうと、必死になってその発作が開放される前に念具を口に含んだ。
 年間限定十個しか作れない、貧乏性がたたって滅多に自分には使えない念具を。

「はっ、あははははははっ!! 覇者、覇者アーヴァイン!! はははははははっ!!」

 笑う。
 とにかく笑えた。
 爆発する笑いの発作、体内に入ってくる異物。それに体内を荒らされて、でも笑うキリエ。
 実を言えばフィールもウィングドブーツの制御を忘れるほどではなかったが笑いを堪えていた。

 覇者だ。
 覇者アーヴァインだ!!
 彼らにとってこの呼び名ほど笑えるものは他にあるだろうか!!

 真実覇者の意味を問う意味でも笑えるし、仲間に妙な二つ名が付いたとただそれだけでも笑うことが出来る。
 いやでもキスティの金色蠍や学生寮の鬼神などと比べればよっぽどまともっぽいのだが、彼女の事は笑いがたいから尚更アーヴァインの名が可笑しい。

「まさかこの人、笑いをこらえて震えていたの?」

 あきれた、と言った感じのアニスの呟きに笑いの衝動に水を差される。
 不機嫌になる、と言うほどではないが、実はもう少し笑っていたかった。
 あとでアーヴァインに報復されても。

 必死で笑いを収めても、収めきれずにひーひー言いながら立ち上がる。
 笑いすぎで顔に血が上っているのを自覚する。
 その血を下ろすためにもキリエは深く深呼吸をした。
 目の毛細血管が破裂しそうだったから。

 そうして落ち着きを取り戻せばじろりとアーヴァインに睨みつけられているのが判る。
 笑いすぎた、悪かったかな、とちらりと思いもしたが、基本的に二つ名の類を受け入れているキリエとしてはスコールと言いアーヴァインと言い、呼ばれる二つ名を聞くたびに身じろぎするのはなんと言うか見ていて可愛らしくなるほどだ。
 キリエ自身が他者に二つ名で呼ばれるときは、大抵が“複製の錬金術師”か“贋作者”あるいは“器用貧乏”と、どれをとっても名誉とは思えない単語が入っている。
 だからこそ恥ずかしげもなく受け入れられると言うのもあるのだが。
 もしまかり間違って、覇者キリエ、などと呼ばれようものなら背中が痒くなることは請け合いだ。
 それを思えばそんな名で呼ばれているアーヴァインの事を憐れに思わなくも無いのだが――やはり可笑しいものは可笑しい。

 これはやっぱり反省していることにはならないだろうなぁと、反省の反省をすると自然と表情がぐにゃりと歪んだ。
 もし心の内を読み取られたなら、アーヴァインだけじゃなく居ないはずのスコールにまで怒られそうだ。

 ぱぱっと服のほこりを払い、皺を伸ばし襟を正す。
 ガーデンで叩き込まれた基本の立ち姿を決めて、こほん、と咳払いをすると見せかけて念薬をもう一つ。
 口内の血と共に胃袋に押し込んだ。
 そうしてやっとジェイドたちの方へと向き直る。
 鏡で練習した社交用の微笑を浮かべて、ルークの仲間達を一通り見た。
 誰にも特別目を留める事のないように。

「お初に御目文字仕らん。私は御堂霧枝と申すもの」

 完璧に芝居のノリで自己紹介を。
 瞠目する観衆を置いてきぼりに、声高に宣言する。

「まずは挨拶をしようか」

 完全に上に立った物言いで。
 今この時の彼らが相手でも、オーラを開放すれば武器を手にしなくても足止めできる。
 何も判らなくても、彼らは肌で危機を感じ取り歩を躊躇うだろう。
 どちらにせよ、念は優位ではあるが絶対ではなく、特にこうして異世界に渡ったとき、熟達の人間を広げた念だけで心臓を止めたりするには至らない。
 力の質は違えど、力と言うものに対する防御の高さは応用が利くということか。
 でなければキリエ達は世界渡りをするたびに死に掛けるだろう。
 異世界とはなぜか殊更に物騒な事が多い。

「我等ガーデンに所属する特殊戦闘部隊Seed。そしてこの場においては運命の反逆児。呪われてあれヴァンデスデルカ。仲間の痛みは我等が痛み。誓約者の苦しみは我等が苦しみ。我等の仲間、アーヴァインの誓約者が一人、聖なる灰とその同胞――聖なる焔の光へ、その心身に渡り多大な苦痛を与えた事、その身をもって償うがいい」

 ここに肝心の髭はいないが、この世界に現れて彼らが当面何を目標とするかを世界に宣言する。
 その隣に今まで上空に留まっていたフィールが降り立った。
 こちらもガーデンで叩き込まれる立ち姿でキリリとジェイドたちに正面を合わせる。
 しっかりと対面して、脅しようのオーラを広く展開したのを確認してからキリエが引いた。
 体裁を保つのはすでに限界だった。

「キリエに代わり、今からは私、フィール・エヴァーグリーンがあなた方のお相手をしましょう。少々お付き合いくださいね」

 にこりと綺麗に笑ってはいるが、何か思うところがあるのか、フィールのオーラはキリエのものより強く放出されている。
 錬にしても円にしても、応用技にしても、オーラの放出量の微調整をわりと得意としているフィールとしては珍しく、そう、本気で脅迫しているようなオーラだ。

 いや、脅しているのか。
 ここには居ない髭を。

 預言を廃棄しようと言う思想は構わないが、そのためにあらゆる犠牲と悲しみを前提とする態度が気に喰わない。
 フィールも一度この世界の地を踏んで、そしてキリエとアーヴァインから焔たちの話を聞いて、心を踏みにじるやり方には随分と憤慨していた。

 赤毛たちとアーヴァインの元に辿り着いたキリエは、今にも疑問を口にしそうな赤毛たちに「あとでね」と言って先に言葉を封じてしまう。
 アッシュはそもそも状況をアーヴァインに任せているようだし、そもそもこういった場面では押しの強くないルークはおろおろとするだけだ。

 むこうでフィールがジェイドたちを相手取ってどこかピントのずれた押し問答をしている。
 時間稼ぎだ。
 それにふと微苦笑をこぼして、キリエは魔法を唱えた。

「アナライズアナライズアナライズアナライズアナライズアナライズアナライズ」

 七度繰り返す魔法の譜。
 そのどれもが単一の解析魔法。
 指差し確認で特定しながらSeed以外のこの場の人間すべてに魔法をかけて、データを呼び起こす。
 キリエの周囲に乱立するウィンドウに、アーヴァインが眉を寄せる。

「ちょっと一度にウィンドウ開きすぎじゃないかい」
「気にしない気にしない。とりあえず、アーヴァインもフィールも後で一通り読んでおきなよ。私はこれ、保存するから」

 嬉々とした表情で手袋をはめるキリエ。
 キリエはこの念具が好きなのだ。
 手袋をはいた手で空を叩けば現れるオレンジ色の光学キーボード。
 実際の未来近未来は別にして、こういった未来科学っぽい感じが愛してやまない。

 ガリリ、と、様にならない棒付きキャンディタイプの念具を噛み砕いて口の中でかみまわし、実体の存在しないキーボードを叩く。

「アナライズデータ保存・完了」

 ついでに自動更新も設定。更新されるたびに古いデータは特設ファイルに保存される。
 興味なさそうに光学モニターを覗き込んでいたアーヴァインがキリエの言葉を受けて頷いた。

「フィール、撤退するよ?」
「了解です先輩。それでは皆さん、ごきげんよう」

 慇懃無礼の典型とも言えるような見事なほど人の神経を逆なでする礼をとると、跳躍して仲間のところへ帰って来るフィール。
 アーヴァインが行こうとアッシュを促して、頷いたアッシュが二言三言、ルークと話す。
 そしてSeedの三人に囲まれて守られるようにアッシュが昇降機へと歩を進めた。
 その背に追いすがるのは皇女が一人。
 けれどアッシュは思い人に素気無く別行動を伝えて、二人のSeedと共に昇降機に乗って降りていった。
 キリエが一人、降りて言った昇降機の前で立っている。

 それまでルークの仲間達に対して何も特別な感情を見せなかったキリエの眼差しに強い感情の灯がともる。

「ジェイド・バルフォア。死を知らない振りをする憐れな子供。あんたはそれを知る事ができたかい?」
「キリエ! あなたはキリエなのですか!?」

 叫び、駆け出したジェイドにつかまらないように、キリエは昇降機のなくなった穴に身を翻した。
 ビュンビュンと耳元で風を切る音がする。
 ついでに脆くなった欠陥や肉体が風圧や落下のGに耐え切れずに破損する。

 かつて雪国で、彼ら四人と夢のような逢瀬をしていたころ、彼はまだバルフォアで、死を理解できないと言って妹に悪魔とまで呼ばれるような子供だった。
 それでも彼は、どんな力と頭脳を持っても子供だった。
 そして、普通以上の力と頭脳を得てしまったがためにこころの成長を遅らせてしまった人。
 キリエは忘れない。
 かつてピオニーとネフリーとサフィールと、そしてジェイドと共に僅か過ごしたあの時を。
 みんなみんな大切だから、みんなみんな捨てられない。
 例えどれほどの罪を背負うのだとしても――。




 百メートルを過ぎたあたりからウィングドブーツを使って減速する。
 それでも昇降機よりは速いスピードだ。
 最初のタイムラグをものともせず、キリエは昇降機の屋根に着地した。
 そして今度こそ、誰に隠すでもなく喀血した血を吐き出した。
 昇降機の上に、溢れるほど。

 シュン、と地で止まる昇降機。
 降りてくる三人組。
 そのうちの一人の髪は鮮やかな紅。

「さて、どうするって言いたいところだけど」

 もう格好をつける必要も見栄を張る必要もない。
 キリエがまるでリビングデッドの如くずるりと昇降機の上から顔を出すと、フィールが抱えて下ろしてくれた。

「ヴァンが来る所はわかってるんだろう〜?」
「エルドラント。レムの塔からエルドラント突入までなら時間があるし、ほっとけばあっちのチームで勝手に進めてくれるよ? で、準備が整ったところで、先にエルドラント内部で待ち構える、と。それでいいんじゃない?」

 こまごまは後で思い出すという事でさ、と方向性を決定すると、とりあえずはこのキリエを安静に搬送する方法を模索しなければならない。

「アッシュ」
「なんだアーヴァイン」

 慎重さの製で随分と見上げる事になってしまうが、見上げる海の色をした瞳には確実な信頼の色があり、ほほえましい師弟関係を彼らが築いていた事にキリエとフィールは心底から喜びがこみ上げる。

「ローレライは、君と、ルーク。二人で開放しに行くんだ」
「……ああ、そうだな」

 空気をこぼすような小さな笑いだった。
 だがありえたかもしれない二人の焔の悲しい結末を知る一人として、キリエはその心のあり方に涙が出そうだった。
 涙が出そうで、そして笑いがこみ上げる。

「じゃあ話は決まりですね。時間が来るまで観光旅行にでも行きましょうか。土地の名産って奴を食べてみたいんですよ。エンゲーブのりんごはもう時期が終わっちゃったでしょうか。セントビナーの噂の大樹も見たいですし」
「そうと決まれば早速いこうか」
「おまえらなぁ……」

 復活した眉間の皺でアッシュはこころのまま正直に呆れをあらわす。
 のだが、その表情には苦笑が浮かぶ。
 レプリカといい自分といい、異変が起きている体はただではすまないはずなのに、なぜこんなにも、心は穏やかなのだろうかと。
 そんな事を考える自分になおの事苦笑が深まる。

「とりあえずケセドニアとバチカルとグランコクマね。あ、そうだアッシュ」
「なんだ」

 いつものようにそっけなく応えれば、キリエは破願一笑。
 自分の子供が生まれたときの父親だってここまで喜びはしないだろうとアッシュは思った。
 それほど喜びのあふれた笑いだった。
 何か喜ばしい事でもあったのだろうかとアッシュは内心首をかしげる。

「自己紹介。上じゃ騒がしくてやってなかったでしょ。アーヴァインから話は聞いていたかもしれないけど、会うのは初めてだし」
「あ、ああ、そうだな」
「じゃあ僕もですね」

 続くフィールの声も顔もやはり喜びがあって、そんなことがこんなにうれしいのかといっそ不思議になるほどだった。

「じゃあ改めてはじめまして、アーヴァインの誓約者殿。私はキリエ。ガーデン所属Seed部隊後方広域支援担当、御堂霧枝。よろしく」

 と彼女は血の絡み付く声で。

「僕はフィールです。同じくガーデン所属Seed部隊情報一課、フィール・エヴァーグリーンです。アーヴァイン先輩からは後輩に当たりますね。よろしくお願いします」

 と彼は友好的な笑みで。

「……俺は、アッシュだ。よろしく頼む」

 喜びあふれる同僚達の心情が理解できるアーヴァインは、その光景を一歩離れて見守っていた。
 互いに挨拶がすんだとき、ぱん、と手を叩いて注目を集める。

「さあ、挨拶も済んだところでさっさと行こうか。小細工と下準備は僕らの領分だ」












 悠々と――彼らはレムの塔を後にした。









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