栄光を掴む髭を毟り取れ! 



 ある日、奴がいなくなった。
 俺の息災を願う短い手紙に、たった一度の奇跡を確約して。





 あいつは強かった。
 けれど徹底的に一人だった。


 酒を酌み交わす同僚もいた。
 戦場で背中を預けられる戦友もいた。
 信頼できない上司と、忠義を誓う部下がいた。


 奴にとって大切な者の名に掛けた誓いをした俺がいた。


 それでも奴は徹底的に一人だった。


 誓いは守られた、だろう。



“この心が地上にある限り、最後まで君の味方であることを”



 そう誓った言葉は、果たされているのだろう。
 心が地上にある限り、奴はそう言った。
 そして今、奴の心はこの地上に無い。


 そして肉体も――


 全てがこの世界の上から、地上から消えてしまったんだから、約束を反故にされたわけじゃない。
 側にいる間、奴は確かに全身全霊を掛けて俺と共にいてくれた。

 だが奴がどれほど強くても、奴は徹底的に一人だった。
 子供だった俺は、奴と比べても、奴が敵対視していた奴と比べても、徹底的に弱かった。


 いまでも、奴に勝てるとは思えない。
 けれど徹底的に一人だった奴は、一人であるがゆえに、この地上から消えざるを得ない状況に追い込まれて、そしてこの地上から消えてしまった。


 俺のために、と自惚れてもいいだろうか。


 徹底的に一人だった奴が、たった一人この世界で選んだ人間が俺だったと。
 そして俺にとっても、この生活になってから奴はたった一人の――陽だまりだった。


 俺のせいでと嘆いてもいいだろうか。


 奴がこの地上から消えてしまったのは、俺の存在のためだったと。
 俺の存在がこの世界からあいつの存在をはじいたのだと。











 無気力になった俺は、さぞかしヴァンの野郎には扱いやすかっただろう。

 髪の色に例えられた強さを誇る名ではなく、返り血の鮮血でその名を呼ばれるようになるのに、そう時はかからなかった。
 奴が望まないことだと判っていても、俺の心は立ち止まったまま、進む事ができず、ごまかすようにレプリカへの、ルーク・フォン・ファブレへの憎しみを募らせていった。



 ルーク・フォン・ファブレ



 こいつが生まれて、この名があいつを消し去った!!

 戸籍も無く、バチカルでは歳月に忘れられ、ここダアトではあらゆる記録から抹消され、その存在に緘口令が発せられた。
 もともと奴の部下だった者たちはばらばらの師団に転属させられるか、より危険な任務に当てられた。
 ダアトはかつての覇者の名すら殺した!!

 レプリカにとって謂れのない憎悪だとは知っている。
 あいつが言った。


 命は生まれる場所を選べない。存在は自分の有り方を選べない。


 それでも、ただ憎み続ける事だけが俺の中での生きる、力だった。













 時は来て、レプリカがアクゼリュスを崩落させた。
 俺は散々にレプリカを罵り、屑だ、滓だと口にした。
 その度に、その言葉はそのまま自分に返ってきた。



 不死鳥は自らの灰の中から生まれ、特別な灰は枯れ木に花を咲かせる。



 無理だ、アーヴァイン。
 俺はただの灰、燃え滓だ。

 そんな命にも価値があるのなら。

 レムの塔へ赴いたとき、追いかけてきたあいつ等にとっ捕まった。





「これから瘴気を中和する譜業や譜術が開発されたとして、どっちにせよまにあわねぇだろ。たとえ明日見つかって、明後日から製造や施術を始めて、すぐに世界の瘴気を中和できるのか? はっ、無理だな」

 そうだ。
 実質他の手段などないようなものだ。
 見つける、といっている間に何人の人間が死ぬだろうか。
 それも、弱いもの、老いた者から死んでいく。

「その間にも、瘴気障害で死ぬ奴や、そのうち瘴気に作物や家畜がやられれば大量の餓死者が出る。死者が増えれば、今度は疫病がはやるだろうな。どうだ、おまえは代案を出せるのか?せっかく一万のレプリカたちの同意も取れたんだ」
「でも、でもだからって! 瘴気を中和すればアッシュも死ぬんだぞ!」
「一万の命と一緒に死んでやるには、灰の俺じゃ軽すぎる命かも知れねぇな」
「俺がやる。俺が瘴気を中和する!」
「おまえは黙ってろ!」

 そうだ、口を出すな。
 生きるべきは俺じゃない。

「オリジナルは俺一人の死で世界が救われるって言ってんだ。そしておまえがローレライを解放しろ。それで世界は救われる。それでいいじゃねぇか」
「俺が……造られたから、俺がいるからアッシュが死ぬのか!!」

 ぎょっと目を開いて、言葉を飲み込んだ。

「要らないのは俺だ、レプリカルークだ。俺がルークだからアッシュが死ぬのか? 俺が死ねばアッシュは……」

 聞いていてこれほど痛い言葉が過去にあっただろうかと思う。
 全ては、過去に己が投げつけた言葉のせいだ。
 いや、全てではなくても、レプリカに自分が不必要だという意識を植え付けてしまったのは、きっと自分のせいだ。


 ずっと、ずっと。
 奴はそばにいる間中、こいつと俺とを別の存在だと認められるように言葉を砕いた。
 俺のために。
 そして俺も、それを認めていた筈なのに。
 だが結局気が付けば、取り返しが付かない――


「おまえが死んでも、ルークは戻らない。戻れないし、戻る気もねぇ。俺はアッシュだ。死ぬまでアッシュだ」


 それが俺の、矜持。
 憎しみではなく俺を立たせるもの。
 俺は灰の名に誇りを持つ。

「アッシュはもともと存在しない存在だ。居たのは、ルークだ。だいたい餓鬼が、粋がるんじゃねょ。まだ七年しか生きてないんだろう。例え十七歳になるまでだとしても、もっと多くの人間に出会える。もっと楽しい事もあるかもしれない。ああ、好き嫌いもなおさねぇとな」
「なっ! 今そんなこと関係ないだろ!!」
「ああ、関係ないな」

 そうだ。
 全然、まったく持って関係がない!!

 ただ、こんな言葉でもレプリカが――ルークが涙をぬぐって強がってでも怒鳴りつけてくる。
 それでいいんだ。
 せめてあいつが俺に望んでくれたように兄として、先に居る同胞として。
 お前の為に道を作ろう。
 俺が何を思っているのか、あるいはおまえと一つになる事でおまえが知る日が来るのかもしれない。
 だが、自分の口では言わねぇ。

 知っていた。
 本当は憎しみではないことを。
 ただ、ルーク・フォン・ファブレなら、聖なる焔の光なら、その輝きであいつを呼び寄せられるのではないかと、そう思って嫉妬した。

 俺は、あいつの側にいて、灰であることを誇らしく生きてきた。
 今更あいつがいなくなったところで、もはや聖なる焔の光にには戻れない。

「奇跡もおまえに譲ってやろう、レプリカ。有限の奇跡だ」

 小さなお守り袋をレプリカに投げつけた。
 中に入っているのは、あいつが残した有限の奇跡の確約書。
 だが、奇跡を呼び起こすための鍵は教えてやらない。
 それこそ奇跡でも起きない限り、奇跡は起きない。

 無限の奇跡ではない。
 有限であり、果てがあり、あらゆる不可能が存在する。
 だが、人の目に映る分には限りなく無限に近い奇跡を再現する。
 有限のうちにおいて不可能はなく、限りなく無限を目指して有限と無限の境を日々蝕む。

『我等運命の反逆児! あらゆる定めに牙を剥く』

 そう誇らしげに言った奴がいた。
 そいつ等の奇跡が側にあると思えば、運命に逆らう者として、これほど心強いものはないだろう?

「俺はもう、あいつを呼べない」

 だが本当は、ただそれだけだ。
 運命に逆らうことに、アッシュとルークの境で生きる事に、終わりを告げたかった。

 俺はアッシュで、あいつはルーク。
 俺もそれれは認めていたはずなのに。
 揺らいでしまった俺のせいで、ルークは自分を否定して、俺にルークを返そうとする。
 返されたところで、燃え滓が今更焔になれる筈もない。

 だったら一つになってしまえばいい。
 聖なる焔など。
 あいつが言ったように、瘴気に満ちた枯れ行くこの世界に、一花咲かせて散ってゆくなら。

 立ち去る俺に、数歩遅れて待てと呼びかける声を無視して、俺はその場を立ち去った。











 もたもたしている間に、レプリカたちの一行に先を越されていた。
 それは、ローレライの鍵がなければならないと言う優越と安心があったせいだろう。

 こんな所で押し問答している暇はないというのに。

 自分の強さには自負があった。
 俺は覇者に鍛えられ、覇者亡き後はより厳しい道を実戦と共に歩いてきた。
 安穏と鳥かごに囲われていたレプリカ程度に負けるはずもない。
 が、結局は数の暴力と油断によってローレライの剣は奪われ――







 一万の命を用いて世界の瘴気を中和するレプリカ――いや、ルーク。

 俺にルークを押し付けようとするくせに、俺をアッシュと呼ぶのかこの屑が。



 消える、消える!!



 たった一人の同胞、生まれるはずのなかった兄弟、分かたれた半身。
 けれど違う個であると俺は認めている。
 一つになるなんて答えじゃない。

 誰も止めるな。
 俺を行かせろ!!

 あいつが教えた、俺も願った!!


 世界にたった一人の同胞を!!


 がむしゃらに、腕を振りほどいて、駆けた。

 瞬間ルークの周りを離れる第七音素。
 そして見つかる、宝珠。
 それは、ルークの中に隠されていた。

 俺を捕らえる腕を振りほどいて辿り着く。
 ローレライの剣を握るレプリカの手に手を重ねて力を貸しながら、叫んだ。

「奇跡があると言うなら今よこせ!」
「あ、アッシュ?」

 レプリカが俺を呼ぶのを無視して言葉をつむぐ。
 意味のない言葉。
 だがそれ自体が奇跡を呼び込むキーワード。



「汝等誓い交わせし庭の子等。我等種の誓約者! 応えろアーヴァイン! 奇跡があるなら、いま――よこせぇー!!」































「……約束だ。生き乗ったレプリカたちに生きる場所を与えてくれ。我々の命と引き換えに」



 瘴気の潰えた塔の上、のこったマリィレプリカがそう告げる。
 それにその場のオリジナルたちが次々と誓いの言葉を返し、そして彼女も消えていった。

 直後。

 暖かなものが体の中を巡り行き、呼吸をする事が楽になる。





 ああ、これが奇跡なのかと、自分の手を見るレプリカを見て思う。






 光が晴れた。
 力は結果をもたらした。













 消えたレプリカたちと、取り残された僅かな人間。そして、たった一人残る赤毛のレプリカ。
 他の誰かが行動する前に、一人残ったレプリカの上に覆いかぶさり膝を載せて行動を制限し、アッシュはその首筋――頚動脈に抜き身のナイフを突きつける。

「レプリカだから自分が死んでもいいなんて戯言抜かすなら今ここでたたっ切る」

 呆然としていたレプリカの瞳に、ぱっと意思の光が蘇る。

「でもオリジナルが死ぬよりはレプリカが死ぬ方がいいって……もともとそのために造られたんだし……」
「自分が死んでも悲しむ者が居ないなんて言うつもりじゃねぇだろうな。だったら今度こそたたっ切るぞ」
「それならアッシュだって! アッシュが死ねばナタリアも父上も母上も悲しむんだぞ!!」
「それがおまえが死ぬ理由になるか! レプリカだから? おまえは今ここで、世界のために死んだ一万のレプリカを侮辱するのか!!」
「そんなつもりじゃ!!」
「おまえの言っているのはそう言う事じゃねぇか」
「そんな、つもりじゃ……」

 思わず外野となってしまった奴ら――ルークの仲間たちは、そのやり取りを呆然と見送ってしまった。
 今まで散々レプリカ、屑、劣化野郎とルークの事を罵り蔑み嫌悪してきたアッシュが、レプリカであるルークを、いたわっている?
 幾分素直ではないが、聞き様によっては十分そのように聞こえる内容だ。
 いたわると言うか、諭すと言うか。
 今までのアッシュなら、死ぬならひとりで死にやがれとでも言いそうなものだったが、これはどうしたことだろうか。

 側に居るだけで虫唾が走ると、幾度も殺すと言い、剣を向けた相手の命を惜しんでいる?

「あなたは……」
「なんだメガネ」

 メガネことジェイドが、いつもの飄々とした雰囲気を取り繕いきれずに会話を割った。

「レプリカを、レプリカをオリジナルとは別の存在と認めているのですか? 随分とルークのことを自分と同一視していたように思うのですが」
「この馬鹿が俺と同一? ふざけるな。俺とこいつが違うことなど始からわかっていた」
「じゃあ、じゃあなんであんなこと言うのよ! 屑だとかカスだとか、劣化してるとか!!」

 こらえきれないようにアニスが叫んだ。
 代かわらずルークの上に圧し掛かったまま、アッシュは顔だけを彼らのほうへ向ける。
 その顔に浮かぶ嘲笑は誰に向けたものか。

「こいつが屑でカスなのは、八割は教育係と父上のせいだろう。俺のレプリカだって言うなら、頭はそう悪くないはずだ。劣化しているのは真実だろう? それに――」

 呟いたきり言葉は途切れたが、沈黙と眼差しが先を促す。
 数分にもわたるようなそれを受けて、気まずそうにアッシュは眼差しをそらした。
 そらした先で彼らと同じように――それより熱心に彼を見つめる翡翠とかち合って眉根を寄せる。
 そして仕方なしに、続きを言った。

「俺が殺したかったのは、俺のレプリカじゃねぇ。俺を含めた……ルーク・フォン・ファブレと言う存在全てだ」




 静まり返った空間に、誰かの息を呑む音が響いた。




「誰がそんなに君に君を憎ませたんだい」

 居るはずのない第三者、少し低めの男の声。
 続いて聞こえる足音。
 ひしめき合っていた命の絶たれた空間は、やたらと音を木霊させたが、硬い靴底が奏でるその音も、近づくにつれて方向がわかった。
 その姿を認めて目を見開く赤毛が一人。

「アーヴァイン! 何故ここにいる」
「だって君が呼んだだろう?」

 シリアスな空気をぶっ飛ばして、以前と同じように慣れた仕草で肩をすくめる。

「……奇跡を願いはしたが、呼んだ覚えはない」
「でも君は、僕が残した有限の奇跡に願っただろう?」
「まさかあれが……」

 死海の空の瞳を驚愕に見開いたアッシュ。
 だがそれも数秒のことで、すぐに怒りに取って代わられる。
 ふるふると剣を握る腕が震えているのが何よりの証拠か。
 その剣を突きつけられ押さえつけられているルークとしては、いつ手が滑るかと気が気ではない。

「そうと知っていればもっと早くに使った!!」
「僕が来れる確立はもっとも単純に考えて五分の一だ。だから、確約できなかった。他の仲間たちにも赤毛の子供に呼ばれたら力を貸してやってくれとは頼んでおいたけどね」
「俺はもう子供ではない」
「子供ではないと言う人はまだまだ子供で、大人になりたいと言ううちもまだ子供らしいよ。結構な名言だと思わないかい?」
「くだらない戯言だ」

 二度と会えないかもしれないと、思っていた者たちが再会した。
 感動の再会にも等しいはずなのに、どうしてこうも雰囲気が出ないんだろうかと、対面しているどちらもが不思議になる。

 十日も離れていれば個人主義のセルフィだって抱きついてくれるし、一年も二年も離れていれば、ゼルとだって拳で語らう。
 スキンシップの足りなさを少し物悲しく思いながらも、それを小さな溜息で空に逃がした。
 それさえ逃がしてしまえば、彼の顔には自然と柔らかい笑みが浮かぶ。
 二年前。
 いや、もうそろそろ三年前と言ってもいいころか。
 居なくなる直前まで彼がアッシュに向けていた、父のような兄のような親愛の篭められた表情に。

「無事でよかった。また会えてよかった。それに、ああっ、もう!! なんて言ったらいいのかわからないよ!!」

 感極まる事を大げさな仕草で現すアーヴァインに、皮肉げに口元をゆがめるアッシュ。
 だがその眉間に皺はない。

「ふんっ、これでやっと感動の再会らしくなったんじゃないのか」
「ははっ、そうかもしれないね」

 自分の半身の頚動脈に突きつけていた剣を外し、圧し掛かっていた体をどかす。
 やっとルークは一息つけた。
 突きつけられた剣が震えたときは、せっかく生き残ったのに本気で間違いで死ぬかもしれないと思ったし。

「でも良かったよ。まだアッシュも、それにルークも生きている。まだそれだけは間に合ったかな」
「さてな」

 呟き一瞬だけ視線はレプリカに。
 検査なんかしなくても何となく判る。
 こいつは一度死に掛けた。
 音素を大気に放出して。
 それも、元素と音素による肉体を持つ命ではない。
 完全な第七音素生命体が、その音素を放出したのだ。
 今でこそ無事に見えるかもしれないが、ただで済んでいるはずもない。

「有限の奇跡はこれから果たされる。大丈夫だよアッシュ。僕たちはどちらも死なせない。本当はアクゼリュスあたりで誰かを呼ぶかなぁって思っていたんだけど」
「呼べるかくそったれ」

 らしいと言えばあまりにらしい罵倒語に、吐息のような笑いがこぼれる。

「まあ時期的にはこっちでも問題はないね〜。世界があって、アッシュとルークが生きていて、ヴァンの企みが表に出ていて。ここまでやればヴァンデスデルカも世界の悪だ。これで……」

 アーヴァインは暗く嗤う。
 その表情は人をぞっとさせるだけの迫力は十分に秘めていて、それはあの死霊使いだとて例外ではなかった。
 誓いを残した愛し子を、暗いふちに落とした髭を。

「あの栄光を掴む髭を首ごと跡形もなく引っこ抜くのに、何の障害もないわけだね。前々からいつかあの髭を引っこ抜いてやりたいと思っていたんだ」
「はっ、同感だな。髭も眉毛も気に入らん。笑って光る白い歯なんて、叩き折ってやりたくなる」

 いかにも忌々しげな言い方に、アーヴァインは声を上げて笑った。










さあ、我等運命の反逆児。あらゆる定めに牙を剥き、爪を以って引き裂くだろう。


高慢なる運命の改定者。
犠牲の上に成り立った、万人のハッピーエンドなんて捨ててしまえ!
我等が心砕くのは、世界に捨てられ弾かれた、万人が捨石とする犠牲の羊。

どうかどうか等しき友よ、親しき者よ、その身を犠牲とする事を、厭って欲しい。
世界のためにその命、決して決して捨てさせやしない。

我等運命の反逆児、あらゆる定めを引き千切り、深淵からでもその命、
拾って見せよう。

二度と喪失に嘆く事のないように。







the end?






























「アーヴァイン……覇者アーヴァイン?」

 割り込みかねるの雰囲気に、今まで沈黙を保っていたジェイドが記憶を探るようにしてポツリと呟いた言葉に、周囲が過剰反応する。
 アーヴァイン、アッシュ、と呼び合っているときにはピンと来なかった。
 けれど言われてみれば聞き覚えがあるようなないような?

 いいや、なかなか有名だった。
 何時のころからか噂すら下火となっていったが、マルクトはかつて覇者の名を冠する六神将と合同で魔物退治に出た事がある。
 まだ記録を探せばマルクトの物に関しては残っているはずだ。

 覇者アーヴァイン。
 その名の由来は名が表すとおり。
 決して負けを知らない姿が、戦場を征する者、戦場の覇を得る者と。

 何時のころからか聞かなくなり、六神将は違う者をその穴に生めて機能していた。

「覇者……って、まさか!」

 元六神将覇者アーヴァイン! とアニスに大声で叫ばれて、決まりが悪そうにするアーヴァイン。
 直後天井から何かが落ちてくる。
 プルプルと震えるキリエだった。

 黒い髪に、白い肌。
 少し短めの手足まで含めて、幼少のころからたびたび現れてはジェイドに忘れがたい印象を与えていった女性。
 多少様子が可笑しくても見間違えるはずもない。
 しかもその着衣は、昔自慢げにジェイドたち四人組に見せびらかした、Seed服。

「キリエ!?」

 思わず名を呼び駆け出しかけるジェイド。
 だがその一歩を踏み出す前に、キリエの様子は劇的に変化した。

「はっ、あははははははっ!! 覇者、覇者アーヴァイン!! はははははははっ!!」

 声を大にして、まるで気が狂ったかのように笑い続ける。
 笑い声にすら迫力があり、踏み出しかけた一歩を踏み込みかねて立ち止まるジェイド。
 他も似たようなもので、金縛りにでもあったように身動きがとれずに居た。
 初めに正気に返ったのはアニス。

「まさかこの人、笑いをこらえて震えていたの?」

 あからさまな呆れの響きが篭められる。
 触発されるようにジェイドがメガネのつるを押し上げる事で常態を取り戻し、それ以外も各々の方法で眼差しに焦点を取り戻す。

 ぼたっと、木から落ちたサルのごとく登場したキリエも周囲にならって必死に笑いを収めると、まだひーひー言いながらも立ち上がった。
 笑いすぎで顔が赤い。
 笑いの対象であったアーヴァインにじろりとねめつけられて、今度は彼女が気まずそうに表情をゆがめた。

 Seed服の皺をピッと伸ばすと、習ったとおりの綺麗な立ち姿でくるりとジェイドたちのほうへと向き直る。
 浮かぶ表情は凛々しい微笑。
 けたたましい笑いの名残は微塵もない。

「お初に御目文字仕らん。私は御堂霧枝と申すもの」

 基本的に男性用のパンツスタイルのSeed服を仕立て直して女性用にして着込んでいるキリエ。
 教育とは偉大なもので、ガーデンで叩き込まれた所作は平凡なキリエに凛々しさを与え、その立ち居姿はピシリと決まり美しいほどだ。
 難を言えば、それが長続きしないことだろうか。
 キリエは先天的に怠け者だった。

「まずは挨拶をしようか。我等ガーデンに所属する特殊戦闘部隊Seed。そしてこの場においては運命の反逆児。呪われてあれヴァンデスデルカ。仲間の痛みは我等が痛み。誓約者の苦しみは我等が苦しみ。我等の仲間、アーヴァインの誓約者が一人、聖なる灰とその同胞――聖なる焔の光へ、その心身に渡り多大な苦痛を与えた事、その身をもって償うがいい」

 芝居めいた言葉で呪いの言葉を吐くキリエ。
 その隣にもう一人、若い男が降りたった。

 その男がジェイドたち一行としっかり対面するのを見届けてキリエは下がる。

「キリエに代わり、今からは私、フィール・エヴァーグリーンがあなた方のお相手をしましょう。少々お付き合いくださいね」

 にこりと笑うがその笑みに拒否権はなく、ルークへ、ルークたちへ、今にも駆け寄りたい仲間達は足止めを喰らう。
 今、敵対しないなら、進んではならないと本能が訴える。
 相手は武器に手を添えても居ないのに。
 その間にアッシュとアーヴァインのところまで下がったキリエは状況の理解できない赤毛の二人に純粋な意味での微笑みと「あとでね」と言う言葉を投げかけて身のうちにストックしておいた魔法を開放した。

「アナライズアナライズアナライズアナライズアナライズアナライズアナライズ」

 一人ひとりを指差し確認して、確実にアナライズをかけていく。
 解析の効果を持つ魔法。
 これにちょっと念を重ねれば、病巣や患部を的確に伝える身体検査に使える。
 自分達の周りに七つ林立するウィンドウをみて、少し困ったようにアーヴァインが眉根を寄せた。

「ちょっと一度にウィンドウ開きすぎじゃないかい」
「気にしない気にしない。とりあえず、アーヴァインもフィールも後で一通り読んでおきなよ。私はこれ、保存するから」

 特別製の手袋をはめると、キリエは空間を叩いた。
 とたんに浮かび上がるオレンジ色の光。その光は、オレンジと言っても決して暖かな印象はない。
 半透明に透き通った蛍光発色したような色は冴え冴えとして冷たい。
 それは科学の憧れ――光学キーボード。

 実際は科学とは程遠い念具だが。

 空間を叩けば浮かび上がるキーボードは、その手袋をしている限りにおいては実体のように反応するが、手袋をしていない者が触れてもただの歪曲した光に過ぎない。

「アナライズデータ保存・完了」
「フィール、撤退するよ?」
「了解です先輩。それでは皆さん、ごきげんよう」

 ジェイドにも勝るとも劣らぬ慇懃無礼な礼をとり、ひとっ跳びで仲間の下へ撤退する。
 三角の位置相で彼らはその中心に赤毛の二人を置いているものだからやはりうかつには近づけないジェイドたち。
 キリエの態度に、彼女が昔であったキリエかどうか確信が持てなくなってしまったジェイドも踏み込めずに居る。
 ただ判るのは、彼らがアッシュまたはルークの敵ではないと言うことぐらいか。
 それだけが、救いと言えるかもしれない。

 行こう。と促されたアッシュが頷いて、レプリカを見た。

「ルーク。おまえが手に握るそれがローレライの宝珠だ」
「え……これが」

 握っている、と言われて気が付いた。
 消えたと思った手の中に、赤い宝珠。
 これがローレライの宝珠か。

「おまえは宝珠を受け取ってたんだよ。ただ後生大事に、宝珠を構成する音素を、自分の中に取り込んじまってたのさ。……体が分解しかけるまでそのことに気付かなかったとは、とんだ間抜け野郎だぜ」

 それだけ言って、Seedの三人に守られるように昇降機の方へと歩む。
 残された人間の中、ナタリアがやっとの思いで真紅の髪に追いすがった。

「お待ちになって! どこへ行きますの!? 鍵は揃ったのですわ。一緒に……」
「……一緒にいたら六神将たちに狙われる。ヴァンの居所を突き止めてローレライを解放する直前まで、別行動を取る」

 ついさっき、ルークに対した激情をどこへ置いてきたのか、そっけなくナタリアの申し出を断って二人の男のSeedと共に昇降機に乗り込み、降りていった。
 一人残る女性Seed。
 御堂霧枝と名乗った女。

 振り向き、ここに残った人間をぐるりと見るキリエ。
 その眼差しが一人に固定された。

「ジェイド・バルフォア。死を知らない振りをする憐れな子供。あんたはそれを知る事ができたかい?」

 ジェイド・カーティス。
 かつての名を、ジェイド・バルフォアと言った。

「キリエ! あなたはキリエなのですか!?」

 駆け出した足は間に合わず、キリエはクルリと身を翻して昇降機の下りていった穴に体を投げた。
 乗り出して下を覗いてみても、すでに何も見えなかった。

 何が起きたのか、彼らがなんだったのか、結局正確に理解できた者は居なかった。
 理解できない問題は先送りにするしかない。
 今の彼らにはそれよりもしなければならない事がある。


 駆け寄ったティアがルークの生存を言祝いだ。
 死ぬつもりで生き残ったルークが消えたレプリカたちの事を思った。
 ナタリアが、ティアが、ルークの言葉に続いてレプリカたちを語り、すでにもう尋ねる事もできない心中を思う。
 ガイが姉の姿をしたレプリカに思いを馳せ――その願いのために心を新たにする。


 各々の言葉を語り、各々の言葉を交わし、けれど心のどこか、思考の片隅には常にあの三人と、共に去ったアッシュの事がなくならない。

「なあ旦那。あのSeedと名乗った女性と知り合いだったようだが、彼女達は何者なんだ?」
「アーヴァインは元六神将だもん。アッシュと繋がりがあるのも判るけどー、ガーデンもSeedも聞いた事がないよー?」
「さて、私にもわかりませんんね。それより……ルーク」

 僅かに声を落としてジェイドが呼ぶ。駆け寄れば彼――ルークはすっと顔を背けた。
 それは何故なのか。

「生き残ったとは言え、本来なら消滅しかねないほどの力を使ったのです。非常に心配です。ベルケンドで検査を受けて下さい」
「……うん」

 再び登ってくる昇降機に早足で去ってゆくジェイドの背中をルークは見ていた。







 その背と、自分の左手を――









あとかき

アーヴァインがいなくなった設定は考えていません。
とりあえず、死んではいないはず。異世界へ行ってしまった事ですね。
ですがアッシュには死んだか生きているかもわからない。
とりあえず置手紙があって、たった一度の有限の奇跡を確約している。
それを叶えるのがアーヴァインなら、きっと死んではいないはず、と、ただこの世界からいなくなってしまっただけだと僅かな希望を見出している……
あれですきっと。
ここでは本編が始まる前に三人がそろって、異世界に渡った場所にでも知らせる事ができる強力なポケベルみたいなのがある。
それは元の世界での緊急時にのみ使われて、こちらの世界にいる彼らにそれを知らせるもの。
で、呼び出しを受けたアーヴァインは泣く泣くもとの世界に帰っていった、と。
アッシュが、アーヴァインが一人であるために消えざるを得ないと思い込んだのも、タイミングが悪かった、と。
用心しいしい、アーヴァインは身勝手に見えて慎重に行動していますから。
社会的な意味合いでの排除はさせませんし、物理的な排除はそも無理です。
物理的な意味合いは置いといて、社会的な立場の抹殺であれば、その時点でアッシュを掻っ攫って完璧に偽装してどこかで大々的に生活してます。
つまりアーヴァインが消えたタイミングと、アッシュに対する何かの噛み合いが悪く、強大な守護者を失った後のヴァンの小細工もあって傍から見てもアッシュが思い込むのは仕方がなかった、と。
アーヴァインにしても、誓約をした相手ですから。ただ捨て置いたりはしません。
心をこの世界に残していますから。
アクゼリュスの預言に死を詠まれていたりとか、それを覆さんと、いや世界そのものを巻き込みかねない計画をヴァンが立てているのを知っている。
過酷な運命に巻き込まれてるのは目に見えている。だから、たった一度の奇跡を、置いていった。
言葉のとおり、彼としてはアクゼリュスあたりで呼ばれればいいなぁと思っていたんでしょうけど、アッシュってば意地っ張りですからね。





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