混沌の悪夢を叩き割れ!!



後日談。





 ルークとティアだけが出かけていていない宿の食堂で彼の仲間たちが談笑していると、かちゃり、と扉が開き人が入ってきた。
 気になって振り向けば、そこには見覚えのある人影が。

「ナタリア」
「まあアッシュ! 何時こちらにいらしたんですの?」
「ほぇ〜、アッシュが自分から顔を出すなんて珍しいじゃん」
「ええ、明日は槍が降りますね」
「おいおい、その辺にしといてやれよ」

 ナタリアが手を合わせて喜び立ち上がる。
 アニスとジェイドがからかいに入り、そこをガイが宥める。
 このやり取りはある種先例にも等しく、幾度も入ってきた人影――鮮烈な赤の髪を持つ人間、アッシュの上に降りかかる。
 今ではまともに反応するのも馬鹿らしい。

「買い物に寄っただけだ。ナタリア」
「なんです?」
「これを」

 と差し出したのは、一袋のプレーンクッキーと箱詰めにされた紅茶葉。

「まあ」

 と呟いてそれを受け取り、

「どういたしましたの? これは」

 と目の位置に掲げてみせる。

「土産だ。そこで買ったものだがな。茶葉の方はかなり珍しいものらしい。繊細な味がするから何か食う前に飲んでみてくれ、とのことだ」
「まあアッシュ。うれしいですわ」
「しかし、何故いきなりこんなことを?」
「手土産を持ち礼を尽くせ。らしい。詳しいことは知らん」

 いうと、本当に用はそれだけだったらしく、クルリと踵を返して入ってきた扉から出て行くアッシュ。

「うぁ〜、なんか、まともなアッシュってきもちわる〜」
「まあアニス。アッシュはいつでも紳士でしてよ?」
「ああはいはい」

 ふぅ、と息をつくアニス。
 早速店主にお湯を頼むナタリア。
 使用人根性でセットになっていたクッキーを皿に広げるガイ。

「ガイ、つまみぐいはなりません事よ? まずは紅茶を飲んでから、ですわ」
「はいはい。分ってるよ、ナタリア」

 鼻歌でも歌うように、彼らは着々とティータイムの準備をしていた。
 傍らに、不気味に微笑む軍人を置いて。









「ただいまー。ちゃんと買い物行ってきたぜ?」
「帰ったわ。多分買い洩らしは無いと思うのだけど」
「はいお帰りなさい。丁度今お茶の準備が出来たところですよ?」

 威勢よく帰ってきた一人と、その一人が弾き飛ばした扉の後始末をつけてくる一人にお帰り、と返しながらつかみどころの無い笑みを向けるジェイド。

「惜しかったですねルーク。あなたが買い物に行っている間にアッシュが来ていましたよ?」
「んな! なんだよそれ! どうして引き止めておいてくれなかったんだよ」
「いえ、面倒でしたので」
「ひでーぞジェイド!!」
「いえいえ、そんなたいそうなものじゃありませんよ」

 早速のやり取りに荷物を分けていたティアが頭を抑えて溜息をつく。

「ルーク。そんなに怒らないで下さいませ。それより、アッシュがお土産を置いていってくださいましたのよ?」
「アッシュが土産!!」

 途端に身を乗り出してくるルーク。
 その様子に紅茶を入れる準備をしながらガイが笑った。

「そんなにあせらなくても土産は逃げないぞ?」
「でも、食べ物だから誰かのおなかの中に逃げるかもしれないじゃん」
「おや、アニス。うまい事いいますね」
「ほんとほんと? テヘッ!」

 腹の中に逃げる、と聞いて俄然張り切るルーク。
 どこだどこだどれだ? ときょろきょろと周囲を見回して、皿に並べられたクッキーに目星を付けると突撃した。

「これか!」

 戦いの中で鍛え上げた瞬発力を総動員して、そのクッキーに手を伸ばす。
 だがクッキー一つに盲目になっていたルークには、上には上がいた。

 パシン、と弾かれる手。
 呆然と見上げれば、腰に手を当てて憤慨している、と示すナタリアが。

「ルーク」
「は、はい……」
「行儀がなっておりませんわ。お茶を入れるまで誰にも食べさせませんから、安心なさいませ」

 ニコニコと言われればしおしおと引き下がるしかない。
 すわって待っていなさい、といわれておとなしく席に着くルーク。
 手伝いを申し出たがもうすぐ終わるから、といわれて席に着いたティアが、やるわねナタリア。と、ルークにとっては嬉しくない感想を述べる。

「さあ、準備が出来ましたわ」

 ナタリアがメンバーの前にすでに紅茶の注がれたカップを並べる。

「珍しいお茶と言う話でしたわ。ぜひお菓子を食べる前に飲んでみてくれ、とアッシュが言っておりましたのよ?」

 アッシュが来たときにその場にいなかった二人に説明する。

 へぇ、と素直に感心するルークとティア。
 ナタリアが、それでは頂きましょうか。といったのを皮切りに、それぞれカップに口を付ける。
 香りをかぎ、僅かに口に流しいれ、飲み込む。

「……はうぅぅ」

 はじめに吐息を洩らしたのはアニスだった。

「たしかに、これは美味いな」
「ええ、本当に。アッシュの言った事もわかりますわ。こんなに上等な物は宮殿にいてもそうは飲めませんわ」
「本当、美味しい。私、紅茶の味がこんなに違うなんて思わなかったわ」

 ティアの言葉に、そうだよなぁ、とうんうん頷くガイ。

「こうなると、お菓子にも期待が高まるって物だよね?」

 さっとアニスが手を伸ばしクッキーをほおばる。

「あ、ずっりーぞアニス!!」

 負けじとルークもクッキーに手をのばし口に放り込む。

 その可愛らしい争いを牽制しながら、彼ら全員がクッキーと紅茶を口にしたのを見届けて、ジェイドは唸った。

「ふむ」

 はた、とそこで気がつくメンバー。
 ジェイド・カーティス。
 今まで一口も、そう一口も紅茶もクッキーにも手をつけていない。

「ど、どうしたんだ? ジェイド」

 勇気を振り絞って、そんな性質であるガイが訪ねた。

「いえ。アッシュが持ち込んだものですからなにかあるのかと疑っていたんですが……なにもないようですねぇ」
「っておい! 俺たちゃ毒見係かよ!!」
「い〜え〜、まさかそんなことありませんよ」
「ぶ〜、酷いですよ大佐〜」

 いきり立つパーティーメンバーを血の色をした瞳で観察して、本当に何の異変も無いことを確認すると、

「では私も頂きましょうか」

 そう言って、ジェイドも紅茶とクッキーを口にした。

 お茶会は程なく閉会し、次の旅に向けての準備をするべく各々借りた部屋へと戻ってゆく。










 その一時間後。
 六人分の部屋から僅かずつタイミングをずらし、聞くに堪えない悲鳴が聞こえることになる。

 彼らは二十四時間必死にその秘密を抱え、己の体に気絶したガイは放っておかれることとなった。




















 その様子を撮影した電波を受信するカメラを覗き込みながらキリエが嗤う。

「おー、引っかかった引っかかった」
「なんだあれは。俺の時にはすぐに効果が出ていたはずだぞ」
「あの紅茶に秘密あり、ね。奇襲のキリエはトラップマスターにジョブチェンジ。あの紅茶、念具の効果を一時間遅らせる効果があるの。その場じゃ変化が見えないうえに、みんなが褒め称える上等な紅茶。ね? バッチリジェイドの奴も引っかかったわ! この映像、後でピオニーに高く売れないかしら」
「おまえは……」

 何か言いかけて、途中で口を噤むアッシュ。
 彼に振り返り、キリエは微笑を投げかける。

「後でアーヴァインの女性化したときの写真、見てみる?」

 眉間に皺を寄せて随分と迷うアッシュにキリエは止めの言葉を送った。

「アーヴァインもアッシュの女装見ているんだし、ここは五分と言うことにして、さ」
「……わかった。見せてくれ」
「まあっかせなさい! あの時はセフィーと一緒に気合入れてセットしたんだから!!」

 被害者が己だけでは無いということに、後ろめたい喜びを感じてしまうアッシュ。

 彼は心の中でだけ、誰かに向かって謝罪を告げた。









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