深淵ボート 13



 ヴァンより先回り、はザオ砂漠で取られたリードのせいで無理だったが、アーヴァインはきっちり先回り出来ていた。
 部下達を使って、アクゼリュスの民一人ひとりの口に念薬を含ませて、そのままキリエの造った空飛ぶ絨毯に片っ端から乗せて送り出す。

 先頭にはナビつきタイプ。
 その後ろの紐で牽引してただの空飛ぶ絨毯を。
 カイツールとセントビナーには人を配置してあるし、フィールにグランコクマのピオニーに手紙を持たせたことから、少なくともセントビナーでは受け入れが始められているはずだ。

 高を括ってここを出ようとしない人員までは面倒を見ない。
 自業自得と言うのはきつい言い方かもしれないが、正直面倒を見切れない。
 なんといっても、アーヴァインとアッシュ二人を合わせても部下は百人を僅かに超えた程度。
 そこに、フィール経由で入った皇帝勅命を盾に扱き使っているマルクトの兵士達を合わせても、二百五十人程度。
 対してここの住民は一万人。

 薬を飲ませて歩くのだって手間がかかる。

 重症の人物には症状にあわせて効き目の強い薬を出しているが、軽症の人たちであるなら、一粒の念薬のタブレットを水に溶かしたものを飲ませるだけでも何とかなる場合も多い。

 騒動に一つ決着が付いたら、また改めて診察したほうがいいのだろうが。

 アーヴァインであるなら、GFの特殊アビリティ、かいふく、を使って回れば、念薬も魔法も節約できる。

「さあさあ、どんどん連れてっちゃって〜」

 陣頭指揮をとるアーヴァイン。
 何一つの不安も無いかのように笑顔の大盤振る舞いでいつものように飄々と瘴気のもやの中を進む。
 動けるようになり、空飛ぶ絨毯まで案内されれば、ものめずらしさも手伝ってか案外簡単に乗ってくれる人はラクでいい。
 騙されやすいともいえるか。
 預言でアクゼリュスを離れることは詠まれていない、と頑なに残ろうとする人々もいる。
 そういう人間達に対しての無理強いは今のところしない。
 最終的に余裕があればそういう人々も気絶させてでも絨毯に積み込むかもしれないが、今は自分から待避してくれる人を優先する。

「神託の盾の騎士たちもひるむな! アーヴァインの名にかけて、一人としてアクゼリュスでは死なせない」

 士気を高めるために鼓舞することも忘れない。

 どーんと居座るマルクト船籍タルタロス。
 そして世にも名高い六神将のひとり覇者アーヴァインと、鮮血のアッシュ。

 その名もあってか人々は割合に素直に移動をしてくれる者が多いのが救いといえば救いか。

 マルクトの軍人の働きもなかなかにきびきびとしていていい。
 さすがは死霊の軍団、その一員。
 中にはアーヴァインとのマルクトとの合同任務についた事のある兵士もいて、彼らからの口伝によりなおのことアーヴァインとアッシュの評判は高い。

 捕虜の扱いにも気をつけていたアーヴァイン。
 これも成果と言うんだろうか、と、思いながら、アクゼリュスの町を練り歩いていた。






 空飛ぶ絨毯で、風を浴びながら飛んでいたキリエの元に、一報が入る。

“アクゼリュスで、ヴァンデスデルカの捕獲に成功”






 タルタロスの一室には、薬学的な効果がないために匂いを嗅いでも効果がわからない香が焚かれている。
 それはやはりいつもの如く複製の錬金術師作の念具の一つ。
 心を柔軟にし、人の言葉を受け入れやすい状態に持ち込むための効果がある。

 相手の心を和らげる、と言うことは、逆を言えば同じ空間で同じ空気を吸う私たちも、相手の言葉にほだされないように気を強く持たなければならない。
 効果を知っているか知らないか、空間に満ちる効果を知っているというだけでも、違ってくるだろう。

「先に言っておくわ。私達の目的は、私達の誓約の子等、アッシュとルークの幸せよ」

 その一室に、私とアーヴァイン、そして捕獲したヴァンデスデルカ。

「アクゼリュスで死なせるのはもってのほかなんだよね〜。だから、出来ればあんたの協力も欲しい」

 真剣な面持ちのアーヴァイン。

 こうしている間にも、外では順調に避難が進んでいるはずだ。
 ジェイドには不自然なことはしなくていいといったが、急いでくるな、とも伝えてある。
 さて、結果がどうでるか。

「誓約の子等? なんだそれは」

 ヴァンの問いに、私が答える。

「魔女とガーデンの名にかけて、誓った事を僕たちは全力を掛けてなそうとする」
「魔女と、ガーデン? 聞いた事が無いな」
「有っても無くてもどっちでもいいのよ。それは重要じゃない。重要なのは、私達がその名にかけて誓った事を必ず成そうとする事」
「僕達はそれぞれアッシュとルークに、世界を敵に回しても、彼等の味方であると誓ったんだ」
「世界か……それが彼らを殺そうとしている。おまえ達は本当に勝てると思っているのか」

 愚問だね、とアーヴァインは不敵に笑う。

「違うね。必ず勝つんだ」
「そう、必ず勝つの」

 すう、と息を吸い、あの言葉を紡ぐため心を備える。



「我等運命の反逆児。あらゆる定めに牙を剥き、爪を以って引き裂くだろう。
高慢なる運命の改定者。犠牲の上に成り立った、万人のハッピーエンドなんて捨ててしまえ!
我等が心砕くのは、世界に捨てられ弾かれた、万人が捨石とする犠牲の羊。
どうかどうか等しき友よ、親しき者よ、その身を犠牲とする事を、厭って欲しい。
世界のために身を投げないで。

我等は涙も流せない――」



 歌を暗誦するように、キリエはそれを言葉にした。

「ルークはさぁ、わがまま坊ちゃんだけど、根っこがすんごく優しいのよね。今なら、何で俺が、死ななきゃならねーんだ! って言える。でも、言えなくなる時が来る。世界のために犠牲になる一人に立候補しかねない危なっかしさがあるわ」
「アッシュだってそうさ。自分が死んで守れるならいいって、きっと言うよ。今じゃルークの事弟みたいに思っているし。弟を守るのは兄の役目だって、言い出しかねない。っていうか絶対に言うよね〜」
「二人ともさ、いい子過ぎるんだよね。見ているこっちの方が心臓壊れそう」
「随分と、彼らに入れ込んでいるんだな」
「当たり前さ。なんていったって、僕らの誓約者だからね!!」

 理由なんてあって無きに等しきもの。
 初めは同情だったかもしれない。
 哀れみで目を向けたのかもしれない。
 けど、ずっと何時までもその感情だけで見続ける事ができるはずもない。
 人間はとても多面的な生き物だからだ。

 初めは同情や哀れみだったかもしれない。
 けど、必死になっている姿に協力したいといつの間にか思ったからかもしれない。
 微笑んだときに自分も一緒に笑ったからかもしれない。
 きっと、そんなものだ。

「あんたが何をなそうとしているのか、私達は知っている。けど、それじゃアッシュもルークも幸せになれない。だから止める」
「ふっ。一体私がなにをするというんだ?」
「ワイヨン鏡洞、フェレス島廃島群? これもうあったっけ。あー、ベルケンド? とコーラル城はどうだったっけ」

 ついと、視線で促せば、携帯を弄っていたアーヴァインが顔を上げる。

「もう少ししたらキーマンから連絡が入るはずだよ」
「そう……あいつの情報は確実だから、待っていれば問題ないわね。で、ヴァン。これでもまだ知らない振りをするのかしら」
「……知っているのなら、尚の事。止められるとでも?」
「止めるさ。あんたが死んでも、何とかするだろうけど、あんたが居る方が都合がいいからね〜」
「確実な返事を手に入れるまで、私達は決してあなたを逃がさないし、死なせもしない。六神将ごときが私達に勝てるとは思わないことね」

 実際、デオ峠で拘束したリグレットは、タルタロスの一室に蓑虫のまま監禁してある。
 六神将を数えるなら、アーヴァインとアッシュ、アリエッタは既に此方に付いているし、リグレットは拘束済み。
 ラルゴもザオ遺跡の解放をしないことで、反逆がばれてしまうから、あのイベントを無いものとすることを決定したときに拘束している。
 パワータイプの戦士なだけあって、私だって捕まえるくらいわけないだろう。
 しかも私は奇襲のキリエ。
 正攻法なんて使うか。

 攻撃なんて受けなければいいのだ。

 ディストは――どうしようか。
 夢でも見てもらって、夢の中でネビリム先生に説得してもらうとか?

「まあつまり、助けも期待するなって事だね〜」

 ぐぐっとヴァンの眉根に皺が寄る。

「あんた達は極端から極端に走りすぎるんだよね〜。劇薬は、やっぱり毒なんだよ。あんたが企てるレプリカ大地計画の果てに――」
「私達の誓約者たちが、本意ではなく互いの命を喰らい合う果てに、ローレライは開放され世界は預言から外れるだろう」
「預言が、外れると?」
「人の力で預言は外せる。そしてユリアもそれを願った。やり方を間違ったとしか思えないけど」

 隠された破滅を知らずに繁栄を信じて戦乱を望んだモース然り。

「まずはガイラルディアにホドの真実を」

 これは重要だ。
 ガイラルディアのカウンセリング上も重要な項目だ。
 復讐の意志が薄れているのなら、ここで多面的な見方を教えなければならないだろう。
 長年培ってきた思いはやすやす消えないだろうが、消えなくてもいい。
 自分で割り切って、表に出さないのであれば。
 内面なんて、誰も覗けない。

 そりゃ、苦しいだけの気持ちなんてね、無いに越したことは無いのかもしれないけど。
 無理なことを無理やりに行なうのは、反動が出る。
 長期的に行こう。
 死ぬまでに、その気持ちに対して笑えれば、それでいいじゃないか。

「戦争が預言に詠まれ、それを為そうと教団が暗躍し、ファブレの家に王命が下り、そしてクリムゾンがホドを攻め。 ホドで研究されていたフォミクリーの研究成果がキムラスカに流れる事を厭いマルクト前皇帝がホドを落とす事を決定し、そしてヴァンデスデルカ。おまえの力がホドを落とした。 そしてそれすらも預言に詠まれていたと。あなたが主に、憎む事の意味を教えなさい」
「憎む事の、意味?」
「それを為したら、ローレライ教団での地位と、カリスマと、ユリアの末裔と言う名も使って、世界に働きかけなさい。邪魔者が居るなら私達が排除するわ。 レプリカの世界ではない。人の世界で、預言を無くして見なさいよ!」

 応えは無い。
 場には沈黙と呼吸の音だけが満ちていく。

 長い、永い沈黙――。






 ポーチから手袋を取り出す私。
 真っ白い手袋をはいた私はその手を組んで、うっし、と一声気合を入れた。
 アナライズ、と呟いて、ヴァンのデータを引き出すと、立ち上げた光学パソコンにそれを取り込む。

 音も無く実体のないキーボードを叩き、やはりこれも実体のないモニターの上で細工する。
 紙を用意して、念動力のプリンタを引っ張り出して、光学パソコンと無線で繋ぐ。
 たった今作ったそれをとりあえず一枚だけ印刷した。

「これ」

 と見せれば、覗き込んだヴァンの顔が驚愕に歪む。

「な、なんだこれは」
「お手製のアイコラ」

 アイドルコラージュ、略してアイコラ。

「これを、たっくさんプリント……印刷して、見出しはもちろんあれだね。ダアト、ローレライ教団の剣、神託の盾騎士団主席総長にまさかの趣味が!!」

 正攻法からずれ、脅迫路線に移行した。
 ちょっと前までは、我ながらいい話をしていた、と思ったけど。
 ああ台無し?

 かっぽり、と言うわけではないが、開いた口がふさがらないヴァンデスデルカ。
 中途半端な唇の開き具合が非常に間抜けだ。

「続く文にはティアの写真も載せようか。『ティア・グランツ響長の兄はとんだ変態!?』」

 ちょろちょろと光学モニタの中で新聞のようなものを作っていく。
 サイズはポピュラーにA4一枚に収まるように。

「ふ……ん、まさか世間が信じるわけが」
「無いと思う? まさか!! 上り詰めるのは大変でも転がり落ちるのは簡単なのよ?」
「……」
「ついでに、そろそろガイにもガルディオスの遺児としてマルクトに戻ってもらいましょうか。もちろんその場合、彼もネタになるわね。掴みは、今はなき青の島、ホドを治めしガルディオスの剣、フェンデ家の長男はなんと実は露出狂?」

 エッチイ本に載っているような危ない縛り方をされている筋肉質な男性の写真にヴァンの顔を貼り付ける。
 処理能力の高いパソコンだ。
 首と胴体の境目などわからない。
 肌の色調整をすると、本当にそんな格好をしているかのような写真になる。

 名誉を貶める事で社会的抹殺を図る。
 この世界には名誉毀損罪が存在しない。
 だん、とテーブルに手を着いて、キリエは薄ら寒い笑みを浮かべた。

 ガーデンでもまあ、平和裏に物事を解決するための一つの手段としてなかなか使われても居る。
 一般のSeedは無理だが、自分たちにサウザンドの名を冠した彼らなら、できる事も有る。

 サウザンド。
 それは千を表す言葉。
 一般のSeedと、彼らを区別するために、私たちが自らに名付けたものだ。

 千の種を千度撒き、その全てが枯れ落ちるのを見ても、また千度種を撒こうと。
 実らぬ努力を続けていく事になるだろうと、それでも諦めない思いを篭めた、千の名。
 実らぬ努力も無駄ではない。
 そう信じて。

 その千の名を冠するサウザンド・Seedである彼ら、一つの目的を持ち、ガーデンの裏を担っている彼ら。
 一般Seed達は所持しない強大な力を持つGF達をはじめ、異世界渡りにより手に入れて来た各世界の異能。
 さまざまを駆使して目的へ向かって突っ走る。
 その過程において、あるいは世界で権力を握った人間が壁となることもある。

 ある為政者は魔女の時代は終わった、とそういった。
 そんなこと、彼らはとっくに知っている。
 そして本当の意味で魔女の時代を終わらせるために奔走しているのだ。
 そしてその為政者は、魔女の封印装置を宇宙へ打ち上げようとした。
 それを、彼らが許すはずも無い。
 ただでさえ孤独を強いられているリノア。
 そのリノアを、更に冷たい孤独の海へと放り出すのかと。

 彼らはそれを阻止するために奔走した。
 今の様に、エスタの科学技術でも解析できない合成写真で脅しつけ、それでも応と言わなければ――更に強引な手段にでる。
 キリエの複製の錬金術師の能力で作ったH×H世界の特殊能力者、シャルナークの能力【携帯する他人の運命】をコピーした携帯電話とアンテナで操作して脅し、それでもなお応と言わなければ。



 実際に見たくも無いけど曰く公序良俗に反しそうな格好をさせて、そこにマスコミとカメラを呼ぶ、と脅す。



 大体はここで落ちる。
 積極的に望んだわけではなかったが、ある意味でとても、手馴れた事だった。

「……おまえ達は、なにを望んでいるのだ」

 イエスとも、ノーとも言っていないが、まあ譲歩の余地は出てきただろうか。

「言っただろう〜? アッシュとルークの幸せ家族計画だよ。まあ、誓約はしていないけど、シンクやアリエッタも、できる事なら幸せになってほしいね」
「預言が、私達の大切な者達を食い荒らすなら、私達は預言だって引き裂いてみせる」
「具体的な当てはあるのか」
「ダアトだったか、ユリアシティだったかの禁書に、地殻の振動を止める装置の設計図があったはずだ。それがあれば、作り出す事はできたはずだ」
「地殻の振動を止めて、それでどうする」
「時間稼ぎ。先にプラネットストームを止められたらいいんだけど、それだと外郭大地崩落するから。この装置で振動を止めて、まず外郭大地を魔界に下ろす。アクゼリュスは、アルバート式封咒が邪魔だ。自然崩落しない場合は、アッシュかルークのどちらかに超振動で吹き飛ばしてもらうとして、だ」

 ヴァンの唇が片方だけ持ち上がる。
 伏せた眼差しはそれでも何かしらの笑みを浮かべていた。

「両国の許可を取れるとは思えんが」
「マルクトのほうなら何とかなるだろう。キムラスカは、アッシュに帰還してもらって、アッシュとナタリアにインゴベルドを説得してもらう。聞き入れられないようなら、王位の交代もありえるな。アッシュがつかずとも、おまえが言えばルークを王位挿げる事もできるだろう?イオンに惑星預言を詠んでもらうのもいいかもしれない。滅びの預言を詠まれれば、あるいは、預言離れを呼び起こせるかもしれない」
「惑星預言など詠めば、あのレプリカイオンは死ぬと思うが」
「死なない。死なせない。私達には彼を死なせないだけの力があるし、実際もう彼は、預言を詠む事で死に瀕する事は無いだろうと思う。体力の劣化も、これから鍛える事で補える体になっているはずだ」
「……それは、本当なのか」
「事実だ。これは魔女とガーデンの名にかけてもいい。まかり間違って乖離しかけても、その場で止める事ができる。問題は無い」
「そう、か……」

 思案が深まっている。
 こちらの言葉に乗りかけている。
 もう一押しか二押しか。
 ヴァンデスデルカの狂気の意思は強い。
 十でも百でも必要ならば押してやる。

「アブソーブゲートか、ラジエイトゲートか忘れたけど、どっちかのゲートにルークとアッシュを連れて行けば、ローレライを解放するための宝珠と鍵を預かれるはずだ」

 ぱたぱたとキーボードに指を走らせ、浮かび上がるモニターにオールドラントの地図を呼び出す。
 北と南に、それぞれ一つずつ印をつける。

「アッシュか、ルークか。どちらかかあるいは二人そろえばローレライに呼びかけられると思うし、駄目ならあんたに譜歌を歌ってほしい。大譜歌を歌われれば、嫌でもローレライを引きずり出せるだろう。あれが音素の塊で無ければ一発殴っておくところなんだけどな」
「殺すのは無理でもさ、一発ぐらいは殴れそうな気がしないかい?」
「出来れば絶対殴る。私のかわいいルークを頭痛などで苛めやがって許さん!!」

 ひらりと手を振って、アーヴァインは肩をすくめた。
 呆れたわけでもなく同意を示しているのだが、その意思は読み取りずらい。

「ローレライが地殻に居る事がそもそも瘴気の原因だったような気がするから、開放してしまえば瘴気に関しては問題ないだろう。現在の瘴気も、外郭大地を浮上させているディヴァイディングラインを膜として、大地の降下と共に瘴気を地殻に封じ込める。そのあと、パッセージリンクを停止し、瘴気を封じ込める。降下後の瘴気がどうなるか。噴出した場合に備えてレプリカの島の一つや二つぐらいは造っておいてもいいかもしれない。あ、いやこれは、本末転倒か?」

 だが一万のレプリカの命を使わなくても、それだけの第七音素と言うのなら、フェレス島のレプリカやホドのレプリカでも構わないんじゃないかと思う。
 作って置いて損は無いか?
 けど、島を作るということは、それだけ第七音素を苛めるということ。
 瘴気の発生すら促していたような気がしないでもない。

「ローレライが音譜帯に行く事によって第七音素の減少等も見られる可能性があるが、それはつど対処していくしかないだろう。あるいはエネルギー不足になるなら代替エネルギーの模索もいい。星の構造上、石油などは望めそうにないが、降り注ぐ陽光と大地があればとりあえず人は生きていけるからな。オールドラントには未開の地が山ほどある。音素以外の知識だけなら、私達は幾らでも与えられるだろう」
「音素以外のエネルギー?」
「音素ほどの利便性は無いかもしれないが、もし音素が減るとあればそのエネルギーに代わっていくだろう。あるいはそれが広まる事で、音素は人々の間から廃れるかもしれない。何時の日か、フォニマーなんて言葉は死語となるかもしれない」

 キリエがかつて滅んだローマ帝国の歴史を習ったように、音素のあった時代を習う日が来るのかもしれない。
 あるいはアーヴァインがセントラと月の涙についてガーデンで学んだように、誰かが夢物語のようにフォニムが溢れていた時代を語るかもしれない。
 そん日が、来るかもしれない。

「あんたの力が必要だ、ヴァンデスデルカ。私達は教団からモースを排除するだろう。いや、よほどあのまま目覚めない可能性のほうが高い。その間に、あんたには導師を祭り上げて欲しい。本物のトップの権力を持つものに。預言は技術だ。使いようだ。預言が滅びを詠んだ。だからこそ滅びの時を知り、噛み付く事ができる」

 あるいはめったに無い幸運だ。
 うまく使う事さえできるなら。

 かつて何度も読み込んだそれ。
 攻略本をなくしても、ゲームがぶっ壊れても、戯れにデータとして残したこれだけは、消える事無く残っていた。
 ファイル名はアビス。

 モニターいっぱいに、フォニック文字に翻訳して表示させた。
 そしてそれを、アーヴァインが朗読する。

「やがてそれがオールドラントの死滅を招くことになる。


ND2019
キムラスカ・ランバルディアの陣営はルグニカ平野を北上するだろう。
軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を進む。
やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は玉座を最後の皇帝の血で汚し、高々と勝利の雄叫びをあげるだろう。

ND2020
要塞の町はうずたかく死体が積まれ死臭と疫病に包まれる。
ここで発生する病は新たな毒を生み人々はことごとく死に至るだろう。
これこそがマルクトの最後なり。
以後数十年に渡り栄光に包まれるキムラスカであるが、マルクトの病は勢いを増しやがて、一人の男によって国内に持ち込まれるであろう。

かくしてオールドラントは障気によって破壊され塵と化すであろう。
これがオールドラントの最期である」

 着々と進む死へのカウントダウン。
 だが、健全な人間であればその時を前にしておとなしくしているはずも無い。
 あがこうとするのが、人の筈だ。

「ホドと共に沈んだ第七譜石。その内容だ。私達はこれを知っている。知って、覆そうとする。あんたとは違うやり方で」

 狂気の沙汰では誰も幸せになることが出来ない。

「あんたのやり方では、私達が一番幸せにしたい者たちが、最後まで幸せになれない。預言を絶対ではなく、可能性の一つに変えて見せろヴァンデスデルカ。預言の本拠地ダアトで!! 憎しみを捨てろとは言わない。預言が絶対であるならば滅ぶことすら世界の意思だろう。なら、今とは違う形で世界に反逆して見せろ! おまえにしかできないことだ」

 狂気に侵されてなお、これほど人の心をひきつける人物。

「何よりあんたはルークのためにも、敵対して欲しくない」
「おまえ達は、一体なにを知っているのだ」
「可能性だ。あらゆる可能性だ。凡てを知る事は無知になるにも等しい。今こうしておまえを説得している未来は見えない」

 ありえないはずの未来だからだ。
 私たちは居ない筈の存在。
 あるいは招かれた可能性もゼロではない。
 だけど。

 正史において、ここでヴァンを止められた者はいない。

「預言通りに滅んだオールドラントを知っている。おまえの計画が潰されたオールドラントも知っている。おまえの望むようにレプリカ大地が出来て、そして滅んだ世界も知っている。だがこんな未来、私達は知らない。預言よりも正確な、我等魔女の先見を外した。この先の未来を誰も知らない。こんな未来、予言も、まして私達の魔女も用意していなかった!!」

 誰も知らない未来の形。
 ここでイエスと貰っても、ノーと言われても、この先の未来など誰も知らない。

 ノーと言われれば、ユリアの譜歌は絶えてしまう可能性がある。
 その場合どうなるかもわからない。
 ゲートに行けば必ずローレライと接触できると言うわけでもないだろう。
 ヴァンを拘束した場合、どこかで六神将が動くだろうが、アッシュとアーヴァインはこちらのもの。
 シンクは六神将じゃないけど、アッシュの元で個人でも勇名を馳せて結局疾風の名は得ている。
 彼も含めて、神託の盾の力は三人がすでにこちら側にあり、特務師団とはいえ慕われている彼らが居ればヴァンが居なくとも、神託の盾の再構築は出来るだろう。
 アリエッタあたりも此方にいるが、まあ師団の再編に役立つとは正直思えない。

 だが結局、残りの三人がどうなるか。

 ディストはそれこそ夢を見てもらって、ネビリム先生に叱ってもらうのもいいだろう。
 私とジェイドとで丸め込んでも悪くない。
 今何処にいるのか知らないが。
 まあ、恐らくはダアトにいるだろう。

 ここに拘束されているラルゴだが――ヴァンと同じようにこの心を柔らかくする香を使って親子の絆をほのめかしてもいいかもしれない。
 正直、ラルゴは反応が読めないのだが、ナタリアのことを心にとどめていることはわかっている。
 父とは名乗り出せなくても、ナタリアの為にひっそりこっそりと裏がわからでもナタリアを支えてみてもいいんじゃないだろうか。

 リグレットは、ヴァンが居なければ恐らく最後まで敵対者となるだろう。
 彼女はすでに盲目だ。

 ヴァンにイエスと言わせれば、未来は割りと明るいだろう。
 彼の強力なカリスマで教団員を引き付け、イオンの名で教団をまとめ、リーダシップを用いて世界から予言を守る事の重要性を落としていけばいい。

 ユリアの譜歌があれば、ローレライ関連はどうとでもなるような気がもする。

 六神将も、リグレットはヴァンが頼み込めばこちら側に付くような気がするし、ディストはそもそも相互に利用しているヴァンとモースを失う。
 ネビリム先生を復活させる手段がなくなるのだ。

 次代の王位にアッシュが着くまでは、いや付いてからも、かげながらサポートしていくのもありだろう。
 アッシュでなくても構わない。
 ルークでもいいのだ。
 ルークで無くてすら構わない。

 世界が完全に預言から外れるまで。




 好戦派は、謎の事故や病気になったりするかもしれない。




 まだうんと言わないヴァンデスデルカに、最後通牒を突きつけた。

「これでうんと言わなかったら、裸に剥いて変態的な縛り片して、街路にぶら下げるよ?」
「リクエスト〜! ケセドニアのさ、国境線のど真ん中がいいと思うな〜」
「よしゃ、決まりだ。と言うことでヴァンデスデルカ。ここで否と言うようなら、さっき言った格好で、ケセドニアの国境線にぶら下げる」

 ケセドニアの国境線の動画を呼び出して、そこにアイコラで作った怪しいヴァンの写真を重て映像を作った。

 アイコラ。アイドルコラージュ。
 キリエなどアイドルと言えば真っ先に思いつくのはやはりテレビの向こう側のかわいい少女。
 けど、アイドルをその言葉の通り偶像とするなら、ヴァンデスデルカも間違っては居ないだろう。
 若くして主席総長に上り詰めた姿は、しっかり神託の盾騎士団のアイドル〈偶像〉となっている。

 人通りの多い中に、キ私の故郷なら猥褻物陳列罪で逮捕されそうな格好でぶら下げられているヴァンの姿は、とんでもなく犯罪臭い。
 いや、事実犯罪だ。
 二度と外は歩けないだろう。

 さすがにヴァンの顔が蒼白になる。
 計画に、邪魔が入らないとは思って居なかっただろうが、こんな形での妨害は想像もしていなかっただろう。

「ねえ、ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。人は何時か死ぬ。星も何時か死ぬ。けど、個の死の先に種をつなげていくことは出来る。これはただの時間稼ぎかもしれない。けど、この稼いだ時間の間に、人は星の外へ行く手段を見つけ、他の星で命を紡いでいくことも出来る」

 かも、しれない。
 可能性だ。
 けど、少なくともレプリカたちが作る世界よりは、外へ繋がる可能性もあるんじゃないかと思っている。

 それこそ、二千年前、レムの塔が作られたとき。

 この大地に残る者が大半の中、星の海へと旅立った者もいたかもしれない。
 史実には残らなくても。
 人は常に別れるものだ。
 この星だけではなく、星の外にも展望があるなら、行かずには居られない人もいたはずだ。

 ただ、歴史には刻まれなかっただけで。

「たとえ、世界をレプリカに入れ替えても、この星をレプリカに作り変えても、レムが死ぬとき、否応無くこの星も死ぬ。結局この星は死ぬかもしれない。いいえ、いつか、死ぬことは定めだわ。けど、惑星間の移住なら、私たちだって、手伝えるわ。全てが滅んでも、この星のあった証を他の星へ、他の大地へ、遠く遠く交わりながら紡いでいく」

 何時か死ぬのが絶対なら、せめてその時まで、自分と、自分の大切な者たちと、その大切なモノたちを取り巻く世界が、平和でありますように。

 私たちが死んだら、私たちの遺志を継ぐ者たちがまたそう願うだろう。

 自分と、自分の大切な者たちと、その大切な者たちを取り巻く世界が、幸せでありますように。
 暖かくありますように。

「さあ選べ、ヴァンデスデルカ。妹と、主家ともども、外にも出られないような生き恥を抱えて生涯過ごすか。それとも私達に協力して、人生をかけて世界から預言を廃していくか」

 ヴァンの胸が、一度大きく上下した。

 それでも答えを紡がないヴァンにアーヴァインがエグゼターの銃口を、押し付けた。

「ヴァンデスデルカ。次はない。あんたが居れば便利だって言うだけで、あんたが居なくても僕たちは預言を潰す。これが僕の最後の妥協点だ。あんたの過去は知っている。けど、あんたはもう既に過去を言い訳に出来ないほどのことをやってきた」

 ヴァンの下に攫われたアッシュを見つけたときのアーヴァインの決意は変わったわけではない。
 キリエが言うから、妥協点を出しただけだ。
 それが飲めないと言うのなら、後はもうキリエが言おうがスコールが言おうがアーヴァインは躊躇うつもりなど微塵もなかった。
 最初の決意を、実行するだけだ。

「次はないよ? 断るなら、どんな形でも歴史に関われないようになってもらうだけのことだ」

 有り余る怒りを押し隠すためでもあったおどけたような軽薄な態度を脱ぎ捨てて、実弾の入ったエグゼターを突きつけ続ける。
 キチリ、と引き金に指がかかった。

「……協力、しよう」

 その言葉を聴いたアーヴァインは、感情を抑えきれないように荒々しい呼吸をするとエグゼターを片手に下げたまま、言葉もなく部屋を出て行った。

















 未来を呼び起こしてはならない。

















 生まれ分かたれた事が最初の奇跡。

 そして彼等が為した三度の奇跡。

 大地を降ろし、大気を浄化し、未来を開いた三度の。



 それを現の物としてはならない。



 ローレライの力を継ぐ子ども達。
 彼らは自覚なく超越者となるだろう。
 望まずしてそうなるだろう。

 道を別った二つの焔。


 奇跡の誕生をした彼ら。
 彼らの力は二人そろえば三度もの奇跡を呼び起こす。




 世界は二人に告げたのだ。




 一人なら良かったと。
 一人じゃ世界は壊せない。

 二人になってはならなかった。
 二つの意思が重なれば、生かすも殺すも思うがままに。

 世界すら意のままに、超越する焔の光。

 初めの焔に孤独を押し付け、二人目の焔に偽りを押し付け。そして二人の焔に苛烈な真実を押し付け。
 真実の炎であらゆる虚実を焼き払い、暗闇を押しやり、自らすらその炎で身を焦がしながら――それでも痛みを押し付ける世界を望む彼らを。











 それでも世界は許さない。











 焔が同胞を得て、永久の孤独を癒すことすら。











 未来を呼び起こしてはならない。
 その果てに、焔は再び孤独を抱え、偽りを押し付けられる。
 世界の真実は苛烈に焔を苛むだろう。

 聖なる焔の者共よ。
 未来を呼び起こしてはならない。




 ここに、汝らの幸を願う者がいる。

 汝らが、集いても定めを呼び起こさぬことを願う者たちがいる。








 どうかその力を眠らせて、死する時まで、彼らが彼らであらんことを――









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