深淵ボート 12



 イオンの情報、と言うのは、ジェイド経由でアクゼリュスに居るらしい、とアニスたちに伝えてもらった。
 こんなに胡散臭いのに、何故か信頼度の高いジェイド。
 まあ、わからんでもないけど。

 女三人寄ればかしましい。
 姦しい?
 ナタリアが居なくても私でちゃんと女三人。
 ああ、姦しい。

 ナタリアの脅威の料理術、が真実だとすれば、それが排除されたことにより恐るべき料理の回数は確実に減った。
 脅威はルークだけだし、そのルークにしても着々と教育している。
 何事も憶えて置いて損は無い。
 私の世界じゃ中世暗殺を恐れる貴族達は自分で料理を作ったと言うし。


「ようやくケセドニアまで来たな」

 ケセドニアに辿り着いて、開口一番ガイが言う。
 まあ、確かにようやく、だ。
 オアシスを越えたときから体温調節機能つきの外套を皆に貸し出したから、最初ほど厳しい旅路じゃなかったはずだけど、まあ、何も体力を奪うのは熱だけじゃないと言うことだね。
 ジェイドは口と態度のこの灼熱の陽光の下、涼しげにしている様子から貸し出しを渋りたかったし、ルークやアニスはこんなのが有るなら最初から出してよ、と文句たらたらだったけど、ルークに至っては口が悪いだけで誰かと口論して勝てるだけの経験値が無い。
 色々なところで経験値の無さがルークに妥協を突きつける。

 ま、悪か無かろう。
 人間そうやって成長していくものだ。
 私みたいに詭弁だけが発達して議論においてはあまり進歩の無いのも居るけど、可能性は否定しないでおく。
 屋敷に帰ったって、メイドや騎士とこんな会話できるはずも無いし。

 貸し出した外套は体温調節機能は付いていても、砂までは防いでくれないから体が全身じゃりじゃりして気持ち悪いし。
 さっさと水浴びしたい。

 と、ゆーかー。
 全然返却の様子が見えない。
 ま、いいけど。
 帰るときには返してもらうし、そうじゃなきゃきちんと買取してもらうし。

 もちろんケセドニアだからと言ってルークがアッシュに操られる! と言うイベントも無い。
 まあ、ルーク本人に言わせればイベントなんてとんでもない話だろうけど。

 後半外套のせいで体旅が楽になったルークは、砂漠にも歩きなれたせいでそれなりに体力が残っている。
 再びのケセドニアの雑踏に、興味は隠し切れない。
 まあ、以前だって興味はあったんだろうけど、初めての外って奴でいっぱいいっぱいだった、んだろうし。

 その日は宿を取って、各自解散。
 体力があればケセドニアの町に出るのもいいし、疲れたなら速攻眠るのもあり、と言うことになった。
 ほとんどの体力を温存し続けてきた私はまだまだ体力が有り余っている。
 けど昼寝も魅力的だなぁ、とベッドの誘惑に誘われかける。
 スリには気をつけてくださいね、とジェイドに嫌味を言われて宿を出て行くルークを見て、私もとりあえずケセドニアの街に出てみることにした。





 きょろきょろと、あからさまにおのぼりさん、と言った風情で歩くルーク。
 これがすりに狙われる素養か、と改めて思う。
 素養、じゃないか。
 でもルーク、置き引きにもあいそう。

 でもまあ、ちょっとかわいそうだけどお小遣い的なお金以外、大切なもの持たされていないし、被害にあってもたいしたことは無い。
 ごみごみしている街だけど、大きな通りは路地を歩いていると割りとすぐに目に付くし、迷子になることも少ないだろう。

 主にルークが武器や装飾品のコーナーに引き寄せられているのを見て、私は食品の店が多い一帯に向かった。
 オールドラントの食材は、しっかりきっちり大地の味がする。
 以前買ったにんじんが普段よく食べていた品種改良されて癖のほとんど無い甘いものと同じでビックリしたけど、主に出回っている人参はもっと癖が強くて、まさに香味野菜といった風格。
 子どもが嫌いそうな味だった。

 ルークも人参嫌いだけど、出荷量の少ないらしい癖の少ないほうの人参ならいけるんじゃないだろうかって思って買ってみる。
 今度これで内緒の人参料理を作ろう。
 やっぱり人参ってカロテン摂取するのにお手軽な食材だし。

 ふらふらしていると、ルークを見つけた。
 食料品店の前で、じっと何かを見ている。
 りんごだった。

 りんごは輸送もしやすい果物だ。
 置き過ぎると身がボケるが、割と長持ちする果物だ。
 ジャムにして、コンポートにして、ケーキに混ぜて焼いても美味しいし、やっぱり病人には摩り下ろしたりんごだろう。
 なんにでも使える万能果物。
 恐らく世界各地、どこに言っても割りとスタンダードに見られると思う。
 そんなに珍しい果物でもないはずなのだ、が。

 ……そういえば、ジェイドたちに会ったのって、りんご騒動のせいだっけ?
 ああ、ある意味思い入れの深い果物か。
 思い入れが不快かもしれないけど。

 ろくな出会いじゃなかったはずだし。

「何見てんの? ルーク」
「おわぁ! キリエ、居るなら居るって言えよな!」
「今言ったじゃん」
「……何時から見てたんだよ」
「ついさっきだよ。なに? なんか疚しいことでもあった?」

 うりうりとつつくと、なんでもねぇよ、と顔をそらす。
 ほんのり紅く染まった頬が正直者だ。

「帰る」
「そう?」

 いきなり立ち上がって踵を返したルークに、大体の用事も終わっていた私は追随するように歩き出し。

 そしていつの間にか恐るべき競歩大会になっていた。

 どっちも意地っ張り、なんだよねぇ……。








 ザオ砂漠でのイオン奪還イベントにおけるルークとアッシュの顔合わせも必要か?
 とも、実はギリギリまで迷っていた。

 でも、今は無理するまでも無い、と思っている。

 もはやアッシュは完全なるアルバート流の使い手ではないという話しだし、無理をしてまで鏡あわせになる必要は無い。
 ガイに対する悪印象を植え付けるのもかわいそうだし。
 あとで覆される、としても、やっぱり一時の印象とはいえ無くて越したことは無いというか、ね。
 いっそ徹底的に悪くして、実はそうだったの!
 見たいなどんでん返しも悪くは無い、とも思うんだけど、よっぽど上手くやらないと取り返しがつかないし。

 出来る範囲で出来るだけの事を、身の丈にあったやり方で。
 そうじゃないと長続きしないし。

 ガイはどっちつかずでふらふらしているけど、今更復讐の意思も薄いみたいだし。
 どんな風にけじめをつけて決意したって、記憶がなくなるわけじゃないからその辺はしょうがないとしても、その記憶を持ちながらも復讐ではない道を選ぶことが出来たなら、それもまたよし。
 どれほど辛い記憶でも、自分を守ってくれた姉やメイドたちの最後の姿を、なくしたいとは思わないだろうし。

 でも、和解は大変だろう。
 たとえガイの復讐と言うのがちょびっとばかり的外れでも、長くそれを生きるための精神の支えにしてきたのだ。
 女性恐怖症と併せて長期的なカウンセリングが必要と判断する。







 今までを振り返ってみれば矛盾ばかりの私の行動。
 イコールでそれは私の迷いでもあった。
 けど、もう決めた。

 もう迷わない。
 迷うときは既に終わった。

 さあ、さっさと解決して世界を探検して回らなければ。
 互いに様子見のアクゼリュスだけど、マルクトは平和を望み、キムラスカからも言質を引き出した。

 キムラスカに顔の聞くヴァンデスデルカ。
 今のところ信用も高い、だろうし高そうな気がする。

 モースはとっくに潰しておいた。

 教団には慣習から大詠師派が多いと思うが、今は名ばかりとはいえ教団の最高指導者をキムラスカとマルクトの両国が盛り立ててやれば形からでも何とかなるだろう。
 教団にはアーヴァインが居るし。

 恐らくは、アッシュとルークが何かをしなくても、アクゼリュスは落ちるだろう。
 ヴァンがアルバート式封咒の解咒法を知らなければ、アクゼリュスは落とすしかない。
 落ちるのを見ているしかない。

 モースが居ないから、まかり間違ってもナタリアをアクゼリュスに送り込もう、とする人間もいないだろうし、居たとしても現在のところは順調に、開戦の言い訳となる人材がアクゼリュスに向かっている。

 このままアクゼリュスに向かい、アクゼリュスの人間を念具を使用して回復させつつカイツールとセントビナー方面に移動させ、アクゼリュスの崩落は遠くから見送るのがいいだろう。
 もちろんルークはカイツールのほうだ。
 崩落後もすぐに生存が確認出来れば、幾らなんでもすぐに開戦とは言い出せないだろう。
 言い出すようなら頭を潰すしかない。

 そんなに戦争がしたいのか、と。





 多分きっと大丈夫。
 私は一人ではないし、私より有力で強い仲間が二人も居て、その二人がこの世界で築きあげてきた人間関係も利用できる。
 キムラスカに対する手が薄いのが気になると言えば気になるけど、やるしかないったらやるしかない。




 翌日になってマルクト領事館に赴くと、すでにヴァン率いる先遣隊はカイツールに向かってしまった、とのこと。

 そういえば先遣隊が殺されていた、と言う話も聞いたような気がした。
 これも出来るなら対処したいか。
 人員の避難に使えるといいし。
 どうせやるならここまで拾って行きたいし。

 アーヴァインに頼んで……フィールにしようか?
 アーヴァイン、フィール。

 そういえばフィール、ここは住所の概念が薄いから移動用の念【開門の審判者】が使いにくいって言っていた。
 グランコクマからなら、空飛ぶ絨毯で移動してもたいした違いは無い、かな。
 下手な陸艦なんかよりよっぽど早いし。

 でも、う〜ん、やっぱりアーヴァイン?

 現在進行形でアクゼリュスに居る、か向かっているはずだし、ゲームしているときの話の流れから恐らく先遣隊が殺されていたのはアクゼリュス付近。
 とりあえずどっちにも情報流しておこう。

 フィールは心して一平卒のままで居られるように苦心していたみたいだし、行動の点ではかなり自由が利くみたいだけど、アーヴァインは将兵にまで昇っているだけあって、己の部隊を持っている。
 アッシュの特務師団と合わせても百ちょいらしいけど、精鋭が使える意味は大きい。

 なるようになれ〜、としか言いようが無い、かも。

 一通りルークがブー垂れて、ガイに宥められて、カースロットも無いのでそのまま船に乗り込んだ。
   


 海は速かった。

 この速さと、徒歩でじゃりじゃりになりながら砂漠超えした速さを比べると、やはりヴァンが何日も先に行ってしまった、と言うのは頷ける速さだ。
 海には信号が無い、なんてこっちの世界じゃ使えないいいわけだけど、あっちの世界なら空には信号が無い、ってよく言っていた。
 やっぱり砂漠っていうのはよほど歩きなれないと単純に距離を稼ぎにくい環境ではある、な。

 空を飛べば別の話なんだろうけど。

「よし、急ごうぜ。師匠(せんせい)に追いつけるかもしれないし」

 羨ましいじゃないかヴァンデスデルカ。
 こんなにもかわいいルークに懐かれて。

「待ってルーク。一人で先に行かないで!」

 走り出すルークの背中に、ティアは厳しい声で呼びかける。
 不完全なリグレットの模倣品。
 視界の狭さが生んだ歪な憧れの形。

「ルークの奴、なんだか焦ってるな」
「よほどヴァン謡将に会いたいのでしょうねぇ」

 呟きを洩らすガイの後ろではジェイドが失笑している。
 その気持ちはわかるけど、ね。
 私も実は初プレイのときそう思った。
 ヴァンヴァンヴァンヴァンなんなんだよ! と。
 やっぱり、あれをかわいいじゃないか、と言えるようになるには、事情を知ったり、同情したり、まあ色々必要だろう。
 表面ごとしか見れない段階で、今のルークを好きになれ、とはとても言えない。
 まあ、今回の場合は、ルークに対するものだけではなく、ヴァンに対する失笑も含まれている、と思うが。

「アクゼリュス、被害はどんな感じなんだろうな?」
「瘴気の被害が酷かったら、現場での介護はあまり効果がないわ」

 ガイの呟きにティアが答える。
 それを聞いて私が続きを考える。

「キムラスカとマルクト。両国から言質は得ているし、薬師ルーアッシュが大活躍してもいいけど、回復しても瘴気の中に居ちゃまたもとの木阿弥。さっさとアクゼリュスを出る、と言うのが最重要かな」

 瘴気障害。
 聞く限りに苦しそうな症状だ。
 イヤだなぁ、と思う。
 私自身に関しては、すでに瘴気が害をなさないことをGF達が保障してくれているが。

「両国に避難準備の連絡は行っているだろうから、数日の内に手配してくれるさ。それまでやるしかないな」

 ガイがきりりとした決意の表情を見せるが、それに答えてくれるナタリアは残念ながらここには居ない。

「そうね。出来る限りのことをしましょう」

 出来る限り。
 出来ることって、なんだろうな、とふと思う。

 私は手広く異世界中を廻っている訳だけど、こんな特殊能力を身につけたのは偶然だ。
 初めに行った世界がこういう能力が求めれば万人が手に入れられる可能性がある世界だった、と言うだけの話。
 もし無力のまま、物語を知るだけで戦う術も知らない一般人のままこちらに来ていたら、どうなっていたんだろう、と。

 いきなり来たからっていきなり音素は使えないだろうし、都心部に住む一般的な人間の体力なんて高が知れているものだ。
 安い木刀すら握ったことが無くて、倒れている人の応急処置の仕方だって満足に知らない。
 ここは音素パワーのおかげで場所によってはかなり快適な居住環境が整えられているけど、やっぱり末端はけっこう原始的、な生活環境だし。
 原始的、と言うと聞こえは悪いかもしれないけど。





 踏み入れた峠道はあちこちには崩落したらしい岩が転がっていた。
 けどまあ、通れないというほどではない。
 なんだったらミュウじゃないけど拳で砕いてもいいし。
 ルーク以外は私がコーラル城で見せたパワーを知っている! 筈だし。

「思ったより、整備されていますね」

 見回してジェイドが言う。

「本当だな。今じゃこの道は、あまり使われていないだろうに」
「なんでだ?」

 チラリと視線を向けて、ルークはガイに訊ねる。

「この道は元々、アクゼリュスがキムラスカ領だった頃に利用されていた道だ」
「マルクトに奪われた今となっちゃ、こっちの道を使う意味が無いものね」

 ガイの言葉を私が引き取る。
 カバラにおいて裏セフィロトとも言われる系統樹の一つ、残酷の意味を持つアクゼリュス。

 そこは優れた鉱山資源を産出する重要拠点として長くに領土争いに巻き込まれてきた歴史がある。
 今のところマルクト領、と言うことになっているが、今でもアクゼリュスはキムラスカの領土だと主張するキムラスカ人は多い。
 領土問題、と言うのは根深い問題だ。
 まあ、落ちてしまえば根本的に問題にするものがなくなってしまうけど。

「この辺りの鉱物資源は、マルクト帝国が押さえているのよね」

 ティアが確認するように言う。

「まあ、アクゼリュスがあちらさんのものだからな。そりゃこの辺りのキムラスカ領土内にも鉱山はあるが、アクゼリュスの物に比べれば、かなり質が落ちるらしい」
「アクゼリュスの鉱石は武器や鎧の材料として、とても価値の高い物ですよ」

 ニヤッと笑い声をあげるアニス。

「じゃあ、こっそり持ってっちゃえば大金持ちだね! ……って冗談でーす。にゃははにゃははは……」

 価値が高いといったって、個人でこっそり持っていった程度で大金持ち、にはなれないよ。
 組織立っての密輸ならともかく……って、この言い方をすると悪事を進めるみたいだからやめておこう。

「マルクトは譜術大国。キムラスカは譜業大国。その譜業の国が有用な鉱山を失ったのは、痛いかもね。譜業の国なのに材料が足りない。特に戦争の気運が高まると、なおさら大型艦とかの需要が高まりそうだし。キムラスカって実は物資が不足気味かも」
「あー。ダアトからの三角貿易だと、ばっちり関税取るからね」

 渋い顔のアニス。
 バッチリ関税、と言う辺りで金を取られる! と言うことに反応しているらしい。
 親があれだもんなぁ、とは私も思うぞ。

「とにかく、思ってたより道が荒れていなくてよかったよ」

 アニスの言葉の苦い響きに気が付いたのか、ガイが話題の転換を図る。

「まあ、整備らしい整備はしてないようだけどね」
「……まあ次の戦いの狙いがアクゼリュスなら、整備しておいた方が得策ですが」
「わかってるのにその話題を引き摺るなって」
「すみませんね」
「素直じゃないなー」
「どういう意味かしら」

 内輪の話になってしまって、理解できなかったティアが聞く。
 わるい、と謝る前に先からルークの声が聞こえて来た。

「――おい、もういいから早く先に行こうぜ」

 そのまま、話は曖昧になってしまった。

「……ちぇっ。師匠には追いつけなさそうだな」

 視界は広いが、ヴァン含む、と言うよりはルークにとってはヴァンメインの先遣隊は影も形も見えない。
 子どもっぽい仕草でルークは頬を膨らませる。
 屋敷から出られない以外は、思い通りに行かないことなどめったに無かった子供が、外の世界に出て理不尽を実感していく。
 どうしてこんなに思い通りに行かないんだろう、と腹を立てる。
 でもスーパーでお菓子買ってと駄々をこねる子どもは、ルークの実年齢よりやっぱり小さいかな。
 まあ、そういう体験もしてこなかったなら、しょうがないともいえるか。










 ルークはわが道を行け、だけどナタリアとイオンが居ないとなんだかまとまりがいいじゃないか。
 体力の無いイオンを庇ってルークを責めることも無いし、ナタリアの女王様発言に嫌悪を表すことも無い。

 まあ、ナタリアはなんだかんだいってもルークより相当早くここに居る人たちに溶け込んでいたけど。





 ジェイドを突っついて、いつの間にか消えていると言うパターンで別行動。
 デオ峠。
 なら、ここにはリグレットが登場するはずだ。
 世の中全て、面倒なことになる前に先手を打っておくのがいい。
 もう迷う時は終わったんだから、迷うことは無い。

 リグレットくらいなら何とかなる。
 身近に銃器を使う人間が居たから、銃に対する戦闘法もわかっている。
 二挺拳銃だからといって、イコールで必ずしも強くなるわけじゃない。
 相手にするのが大変になるのは確かだけど。

 空飛ぶじゅうたんなるものを引き出して、高い位置から彼女を探す。

 土色の景色に、金と黒の姿は意外と保護色かもしれない。
 遠目に見れば黒は陰に、金髪は岩に同化する。

「リグレットはっけ〜ん」

 ポーチから、ビチビチと跳ねる、首根っこを掴まれた蛇のようにのたうつ生きている縄を取り出す。
 彼女はまだ此方に気が付いていない。

 いける。

 ガーデン所属、特殊戦闘部隊Seed、後方広域支援担当ミドウ・キリエ。
 またの名を、奇襲のキリエ!

「ドンといって来い」

 見つけたリグレットの真上から、陰縫いの針を投げつけて、次いでビチビチとのたうつ生きている縄もばら撒いたのだった。

 空飛ぶ絨毯に、擬似的な携帯GPS機能によるなナビがついた高性能バージョン。
 その上に、むーむー唸る蓑虫を乗せる。

「いい、ちゃんと、アーヴァインのところまで飛んでいくのよ? 上の荷物も、落としちゃ駄目。ちゃんと、届けるのよ?」

 わかった、と絨毯の端を折り曲げ頷く空飛ぶじゅうたん。

 本当にわかっているのかいないのかは、私も知らない。
 だってこんな機能付けた覚えが無いから。

 ただの空飛ぶ絨毯はこんな風に返事をしない。
 ナビによる自動飛行を設定した絨毯は他にもいっぱいあるけど、その中でも返事をするような器用なまねをするのはこいつだけだ。

 最古参、だからかな。
 九十九神みたいに、使っているうちに意思を持つ、見たいなやつ。
 だとしたらかわいい奴じゃないか、ってことだけど、真実は闇の中。

「いいこね。じゃあ、頼んだわ」

 うん、ともう一度絨毯の端を折り曲げて答えた絨毯は、ぐるり、と自分の体――絨毯でリグレットを巻きつけた。
 ああ、確かに。
 これならどんな速度で飛んでもおとすこたぁ、ないね。

 ビュオン、と風を切って出発した絨毯。
 なかでもきっとリグレットが目をまわしているだろう。
 いや、もしかしたら過激なGのせいで気絶しているかもしれない。

 あわれ、さようならリグレット。
 あなたは一言の台詞も無く退場かもしれない。
 この奇襲のキリエに奇襲されたことを不運だと思って諦めてくれ。

 でも、改めて思えば、奇襲のキリエ、が一般名詞になっているのはけっこう虚しい気がする。
 けっこうみんな――フィールやあの存在感の無いニーダですらけっこうカッコイイ呼び名があるのに。
 そっちの方が広まっているのに。

 私は複製の錬金術師よりも奇襲のキリエ、か。

 奇襲しなきゃ勝てないんだもん、とかいったって、虚しいよなぁ。
 まあ、正攻法は極めたって上に届かないし。
 だったら奇襲、って言うのは自然な流れだけど。

 二刀剣士になったのだって同じ様なものだし。

 盾は剣にはならないけど、剣は盾になる。
 単純なソードとかよりは、熟練が必要だけど、剣と盾、じゃ出来ないことが出来る。
 リーチが短めだから、その点不利と言えなくも無いけど、一般的な戦士と比べると私も小柄な方だし。
 長物に振り回されるくらいなら、素早さで相手を翻弄するくらいの方がいい。

 奇襲のキリエ、か。

 ま、いいか。
 金色蠍や学生寮の鬼神よりましだしね。

 影縫い針と生きている縄の組み合わせが凶悪なんだよね。








 さて。
 ルークたちには悪いけど、このままトンズラさ褪せていただきやすか。

 あっちには大佐を置いてきたし、何とか丸め込んでくれるでしょう。
 いなくなることは、ジェイドには言っておいたし。

 さっさと行って、さくっと対処しないと。

 そして私も絨毯を取り出す。
 目指すは一路、アーヴァイン。

 あ、なら一緒にリグレットを乗せた絨毯に乗っていけばよかった。









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