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深淵ボート 11
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「あるいはこれすらも、スコアに記されているのでしょうか……」 タルタロスに乗って去っていったアッシュ達が完全に見えなくなった頃。 そう呟いて、群れから遅れて一人顔を抑えるジェイドにっとこっそり忍び寄り、くるっと背中を向けて青い背中に背中でダイブ。 本当は、蹴りでもかましてやろうかと思ったんだけど、なんか加減が出来なさそうな気がしたから。 少なくとも背中前面で体当たりすれば、面積あたりの負荷は減るはずだし。 だってさ、ほら。 むかーっと、来ない? これが赤の他人だったら別にどーでもいいんだと思うけど、ちょっとばっかり幼いときに出会って、感情移入しちゃったから。 かわいいかわいいあの子が愚か者に育っていると、なんというかうがー!! ってな感じになるのよね。 しかもアーヴァインの育てた子はいい子だし。 いや、別にたかだか十数回会っただけで、子育てしたわけでも何でもないんだけどさ。 「突然なにをするんですかキリエ」 さすが軍人、それに身長差あり。 私が百六十五ぐらいで、相手はアナライズによれば186。 その上に底のある靴を履いているから、場合によっては190に近い。 威力のない背中体当たりぐらいで押しつぶせたらそれはそれで驚かねばならないだろう。 背中を離れて膝カックンをしようと思ったらその前に距離をとられた。 「罪と思うのも罰と思うのも勝手だわ。けど、あの個を否定しないで。あなたにとっては見ているのが辛いだけの存在かもしれないけど、あの子も、人の手に寄ってでも、この世に生まれて自分の鼓動を得ているの。例えあなたの罪の証だとしても、そうだというなら尚更、あの個を否定する事はあなたには許されないはずだわ」 「キリエ……ですが私は」 「あなたなんてどうでもいい事よ。あの命が生きるには。我が子だからとて、親に子を殺す権利はないわ。それに、先に言っておく。私、アクゼリュスであの子にあの子の正体、明かすつもりよ」 「……やはり、レプリカなのですね」 半信半疑、と言うよりは九割方の確信ももっていたのだろう。 けど、たった一つ一割の灰色をまだきっと、彼は望んでいたに違いない。 「ジェイド・カーティスに、私達ガーデンは協力を要請するわ」 「……なんとも答えかねますが」 「協力を得られない場合は沈黙を誓って欲しい。とりあえず、聞いてくれないかしら」 「聞くだけなら、まあいいでしょう」 「それじゃ、今度野宿したときね。いつものように、封印術の解咒を理由にしてはなれたら、話すわ」 「判りました」 意気揚々と先頭を歩いていたルークが振り返った。 「おまえら!! あんまとろとろしてると置いてくぞ!!」 「ですのー!!」 「おー、今行くぞー!!」 叫ばれて、叫び返す。 こういうやり取りも、楽しいと思う。 だからどうか。 彼から笑顔が奪われませんように――。 そもそも六神将に見つかった時点で陸路を行く意味がない、と言う事になったが、そこはそれ。 私と協力体勢に入ったジェイドに掛かればこれくらいの人達など丸め込むのはいかほどの事でもない。 今回ナタリアはつれてこなかったけど、様子を見る限りアニス捏造、ヴァンの髭にまつわる話、とか聞かせたら本当に信じそうだと思ったし、ティアだってルークだって、アニスだって社会経験が足りない。 その時点でははジェイドに詳しく話したわけではなかったが、まなざしを向ければ同意してくれた。 くるっとルーク達を丸め込んで私達は陸路をいく。 一応、イオンが誘拐されたからにはザオ遺跡で回収しなければならない。 別にザオ遺跡でなくてもいいんだけど、まあ、これは下準備の出来ようで判断するところかな。 無碍な扱いを受けているとは思えないが、それでも、ザオ遺跡による時間と言うのは貴重な時間だ。 まあ、アーヴァインの行動は迅速だし、フィールも居るし、漆黒の翼も手足に使ってるし、場合によってはザオ遺跡はキャンセルできるんじゃないかと思っている。 その日の晩の夕食の支度は私が引き受けて、こっそりと睡眠薬を混入。 きちんと眠らせた上で、私は一人だけ先に必殺のピコハンで目覚めさせたジェイドに封印術を解咒させながら、話をした。 テイルズの中じゃ本来は気絶させるためのアイテムだけど。 ファンタジアで初めてピコハンを唱えるところを見てから、シリーズ中のピコハンは総じてファンだ。 せっかくのテイルズ世界、使わない手はないだろう。 爆ぜる焚き火の音。 暗闇に黙して聞き耳を立てているのが判ってむずがゆい。 音素学には造詣が深くないので、私にはジェイドが何をしているのか今一良く判らなかったが、ある程度解除されたのだろう時には、体に取り込まれた音素によって呼吸が苦しくなったりもしたので効果は上がっているのだろう。 解咒を任せながら、私はジェイドを叩き起こしたプラスチック製のピコピコハンマーをもてあそぶ。 多くの事を話した。 多くの質問を受けた。 多くの答えを返した。 証拠が無ければ信じない、と言う彼のために、アーヴァインやフィールがこれまでに蓄積してきた情報と、私が来てから伝えた情報、それを元に各地の情景を映像として収めたものを見せたり。 そうしていく中で私は自分の中の考えも纏めていった。 アーヴァインと話した上で、大まかな事は決めていたが、そもそもこの世界は狂いが多い。 細部まで決めて、そのとおりに行動しようとする事は恐らくほぼ不可能だ。 大まかな流れを決めて、後は臨機応変にその場その場で対応して行こうという事になっていた。 だからこそ、なやんでいた。 どいつもこいつも心を隠すのが上手すぎて、行動の何処までを信じていいのか判らない。 確実に信じている人間も確かにいるけれど、私にしても、アーヴァインにしても、そして恐らくはフィールにしても、常に誰かの観察を受けている。 それは、どこに居ても他人といればごく普通にある事だけど、並じゃない関心を寄せられている、と言うこと。 元の世界じゃ年齢的に、生きているはずが無い、と言う年齢なので、普段はめっきり一般人の私達。 物事の裏側にいるということは、世界の大半を占める表に生きている人間達は私達を特別な意味では知らないということだ。 名が売れ始めた芸能人とアーヴァインやスコールがいっしょに居たとしても、見つかっても声を掛けられるのは芸能人のほうだけだろう。 私はともかくとして、スコールやアーヴァインなどの伝説のSeed組みは、世界各地で面白おかしくその人生を物語にされているし、教科書などには生没年が記されている。 まあ、大体は孤児であるから正確な生まれはわからないのだが。 死人に口無しとはよく言うが、まったく持ってそのとおりで、伝説のSeedたちが正式に死亡扱いされてからの彼ら人生の捏造は著しい。 真贋入り乱れてなかなか凄い事になっているが、スタンダードにスコールは眠れる獅子の魔女戦争における戦いを過激に美化されているし、アーヴァインは愛に生きる男として有名になった。 だけどあの能天気な言動をする男が、一時期はダークヒーローのように扱われていたこともあったんだから驚きだ。 ゼルは大方ピーターパンのような存在として扱われるので固定化している。 男は何時までも少年なんだ! と言うのを体現した感じだろうか? まあ、ロマンは忘れなかったが、思慮も分別も身につけた結構いい感じの大人になったのだが。 ま、時々忘れるけど。 セルフィはアーヴァインの伴侶として、面白おかしく書き散らす本には男を惑わす小さな魔女として名が上げられているし、中でも一番可笑しいのはキスティスだろうか。 美人だし、エリートだし、悪く書かれる事もないような気はしていたが、まあ、悪くはないのだろうが、可笑しいのだ。 ガーデン内部での金色蠍、学生寮の鬼神の名が外部に漏れ出た結果として本人曰くかなり悲惨な事になっている。 誰のものにしたところで、所詮歴史の脇役である私や、シュウやニーダたちからすれば爆笑は間違いない。 実際笑い転げては追撃される。 年々容赦が無くなっていく。 うじうじぐだぐだと悩んでいたスコールが、まるで熱血青年のように悩みを美化しているのは笑えるし(熱血の素養がまったく無いとは言わないが)、アーヴァインの愛に生きる男と言うのは割とかわいいほうの記事だ。 永遠の子供の象徴とされるピーターパンになぞらえられたゼルも、小さな魔女、と言われたセルフィも、割と好意的な解釈の記事が多かった。 かわいいのは徳なのかな。 そしてリノアは、悲しみの螺旋を断ち切らんと今日も眠る憐れな魔女と記される。 英雄、スコール・レオンハートの妻とも。 まあ、あんまり過激に真実を暴くものは事前に抑えられてしまうけど。 今はあちらの世界についてはどうでもいい。 基本的に関与できないこと、関与しない物事については必要な時以外、深く思考しない。 とにかく、今考えるべきはヴァンや、他の六神将たちか。 どいつもこいつも行動が読みにくい。 ヴァンやリグレット、ラルゴ辺りはヴァンの思想、と言うものに協賛していると言うことである意味とても読みやすい。 彼ら彼女等に関しては、内部工作が重要とはいえアーヴァインがあまり手を出してこなかったところだ。 アッシュはアーヴァインの誓約者としてなかなか誠実に育っているし、そもそも仲間と認識して問題ないだろう。 アリエッタは、今回は復讐問題は無いはずで、フーブラス川を越えた辺りの感覚では敵ではないだろう。 アーヴァイン曰く、此方に与するとの確約も得ては居ないが、敵対する様子も無いとの事。 イオンの事も知っているそうだ。 ディストは、私とジェイドと、あと本人は嫌って居るつもりのようだけど、ピオニーとで説得すればいいだろう。 無理なら簀巻きにして連れ帰る。 普段から飛行椅子にばっかり乗って移動しているひょろっちい男に育ったし、攻撃手段は基本的に自作の譜業。 カイザーディスト、とか言う、やたら自分の名前をつける自己顕示欲の強い譜業だし、譜業もなく椅子もなく攫ってしまえばろくな抵抗も出来まい。 やたら頑丈な子だし、多少力技でもきっと大丈夫。 ナルシストで寂しがり屋でアホで、かわいい子なんだけどね。 ジェイドは死を理解できない、と言ってコンプレックスに感じているけど、死を理解できていないのはむしろディストなんじゃないかと思う。 まあ、あの子はコンプレックスに感じていないようだけど。 あとはシンクか。 今回は六神将ではないようだが。 シンクのポジションにはアーヴァインが入ったからね。 いっそ七神将でもいいと思うんだけど、そこはなにかこだわりがあるんだろうか。 思想的に七を神秘数とするところは多いし、宗教観、魔術観的にも完全数、と呼ばれることもある。 七でもいいと思うんだけどな。 そういえばシンクはアーヴァインが拾ったってい言っていた。 ザレッホ火山で。 だけどまあ、いい具合に性格がひねくれているらしい。 拾って何日目だったかに居なくなっていて、服とかは残されていて、シンクたちを拾ったときの汚れた検査着だけがなくなっていたそうだ。 健康体だったことは確認していたので、死んで乖離して消えてしまったわけではないだろうと思っていたけど、それが数日したら六神将補佐官、参謀総長として仮面をつけて現れたらしい。 個人の功績も立て、烈風のシンク、といつの間にか呼ばれるようになっていたと。 実はアッシュとはなかなかの交流があるらしい。 友達、と言うにも、実年齢17歳と2歳では年の差がありすぎるような気もしないでもないが、片方はまあとんでもないひねくれものだ。 実物見ていないからゲームのイメージだけど、人の根源なんてそうやすやす変わるものでもないし、ああなったと言うことはああいう風になる素養もあったということ。 アーヴァインもいい感じにひねくれて居ると評価していたし、問題なく付き合っているならそれもそれでいいのだろう。 実はあの、カイツールを越えた所で性別を変えたとき、やってきた人影と言うのが彼だった。 シンク。 なんとも言い切れず、やる気のなさそーな、かったるーい感じで私の前に現れた少年。 アーヴァインの使いと言うわけでなく、情報を交換しに来たわけでもなく。 そもそも私たちの間で直接的にやり取りできないものは生物だけだ。 ならばこれが顔見せ、と言うことなのだろうか。 単純に興味があっただけなのだろうか。 それこそ私はあの晩シンクと、益体も無い話ばかりをしていたのだ。 辛口の舌鋒を聞きながら。 いや、これがなかなか楽しくって。 どんなに知識があっても行動があっても、ふとしたところで二歳児であることを知る者たちからすれば笑えるようなところがあって。 アーヴァインは、導師誘拐などに関しては協力を得たらしいけど、全てはまだ話していないそうだ。 敵ではないとも言っていたが、何を考えているかもわからないと言っていた。 何を要求してくるわけでもなく、ヴァンたちに与して見せながら、アーヴァイン達の行動を何気なく補佐、してくれていたらしい。 格段に行動しやすくなった、って言っていたから、さすが、としか言いようが無い。 今度連絡を取ったときには、どこまで話しても大丈夫だと思うか聞いてみよう。 私個人の感覚としては、もう全然大丈夫だと思ったけど、付き合い自体は彼らの方が長いはずだ。意見を聞いて置いて損はない。 コーラル城でのやる気のなさといい、たいした事情を話してなくても手伝ってくれることといい、その意思がヴァンの側に無いことは既に確信を持てるけど、シンクもこちら側に来てくれるなら、嬉しい。 私にとっては敵であった印象が強いだけで、そういう前印象が無ければもしかしたらアーヴァインの言っていた言葉は割りと全面的な信頼の意味合いを帯びていたのかもしれないけど、まあここはもちっと突き詰めて考えて互いの言葉の意味を掏り合せて行こう。 時期によってはまったくシンクの出番がなくなるな、とも思った。 まあそれも平和だけど、こちら側に居るのなら、裏方にせよ表舞台の役者にせよ、何かしらの役割を与えられた方が、こう、共同作業感? 一緒にやっているんだ! 見たいなのが得られて後々良好かもしれない。 他に助けることが出来た子供たちは、アーヴァインの元を離れフィールの元で庇護を受け、順調に育っていっているらしいが。 短い数日の間にシンクに何があったんだろう。 イオンレプリカと言えばもう一つ。 確か七体作られたはずだった、と言えば計算が合わない、ってあわてていた。 もう一人、恐らくダアトに居るかもしれないから探索するとも言っていた。 まだ見つかったって連絡は無いけど。 とにかく、敵対する六神将を無効化できればその旗下に居る一般兵については何とかなるだろう。 上がいなくなったなら一時的に他のを頭につけることで補える。 ドサマギでアーヴァインやアッシュ、場合によってはシンクなんかを頭を失った師団のトップに据えれば、此方は尚更動きやすい。 「と言うことなのジェイド。協力してもらえるかしら」 「……魔界に、セフィロト。パッセージリンクの耐用年数の経過に、第七譜石の秘預言、ですか。いや〜、なかなか壮大ですね〜」 「身近な人物の死は身近である。私も、世界の裏側で死ぬ一万人とかは、あんまり実感できる方じゃないわ。けど、私はピオニーもジェイドも、サフィールも。ルークもアッシュも、漆黒の翼のあの三人組も、死んで欲しくないのよ」 「人はいつか、必ず死ぬものですよ? キリエ」 「知ってるわ。星だっていつかは滅ぶ。けど、いつか必ずやって来るなら、別にそれが今である必要は尚更無いと思わない? ジェイド、人が死を実感するとき、それは悲しみだけではないわ。あなたはもう死を知っている。大丈夫よ」 「キリエ。あなたは、私の何を知っているのですか」 「いろいろ。たくさん。けど、もちろん全部じゃない。人が死んでも悲しまなくてもいいのよ。いいえ、違うわね。無理に悲しまなくていいのよ。それにコンプレックスを感じる必要もない。時に身近な人の死を感じるとき、湧き上がるのは悲しみではなく理不尽や憤怒だったりするわ」 何故死んでしまったのか! と物言わぬ死者の骸に問いかけたとき、私の中に会ったのは悲しみではなく怒りだった。 その故人の死を悲しみを以って悼むことが出来るようになったのは、ずっと後になってからだった。 あるいは怒っている間、私はずっとその故人の死を受け入れていなかったのかもしれない。 感じ方は一つではない。 ましてジェイドは、無感情ではないのだ。 大切な者の数は少ないが、確実に存在している。 成長の過程で社会と折り合いをつけるために身につけた仮面は、性質が悪いとしか言いようが無いが。 ケテルブルクに居たころのままのジェイドだったら、尚更人間関係は悪いだろう。 あの頃から無感動な性質ではあった。 けどちゃんと感情はあった。 だがまあ、ぶっきらぼうとか、無愛想、とかいうには行き過ぎていたとも思う。 散々幽体実験された過去が懐かしい…… ビミョーにイヤな感じに。 「答えを頂戴、ジェイド。まあ、否と言われても、こっちはこっちでやれるだけのことをやれる限りにするつもりだけどね」 最後に少し、おどけを交えてそう言った。 沈黙の時間を甘受する。 甘くもないが辛くも無いな、とそんなことを思っていた。 「……マルクトに鳩を送りましょう」 「ジェイド」 「嘘だったとしても、私自身の進退を賭ければ何とかなるでしょう。真実だった場合は、マルクト軍の士官として見過ごすことは出来ません」 「相変わらず、素直じゃないのね」 「あなたに言わせれば昔の私も、今の私も変わらないのでしょう?」 「いいえ、変わったわ。だって私より大きくなった。無駄に舌が回るようになった。人をケムに撒くのが上手くなった。私の知っているあなたはバルフォアだった。そしてなにより……」 「何より、なんです?」 何より重要な、私たちの関係の変化。 「今はちゃんと、あなたに触れられる、ジェイド。ピオニーにも、サフィールにも、ネフリーにも」 「個人的にそこに洟垂れの名前が挙がるのが気に食わないですが」 「最後に四人纏めて逢ったのは何時だったかしらね? ジェイド。私にとっては四人ともかわいい子ども達よ」 くす、っと笑うと、背後からはぁ、っと盛大な溜息が聞こえた。 吐かれた息がむき出しの肩をくすぐっていく。 「負けましたよ、キリエ」 「勝負事をしていた憶えは無いんだけどなぁ」 と。 「失業したらさ、私のところにおいでよ。その頭脳も整った容姿も、存分にこき使ってあげるからさ」 「お断りしますよ、キリエ。私をこき使うのはピオニー一人で十分だ」 ジェイドの協力も取り付けて、皆が寝ている間に彼には早速手紙を書いてもらった。 本来なら町にでも寄ったときに鳩の足にくくりつけて飛ばすんだろうが、ここにはもっと早い連絡網がある。 筆跡自体が証拠になるからジェイドの直筆でなければならないが、鳩より早い移送手段としてポーチの共有化を利用する。 手紙をポーチに入れて、携帯電話でそれをフィールに知らせる。 フィールの現住所はマルクトのグランコクマと言うことだったので都合がいい。 あとはフィールに王城への無断侵入を果たしてもらえば完了だ。 ルーク辺りは気が付いているのか居ないのか。 ジェイドは間違いなく気が付いているだろう。 気遣いの人、ガイも。 ティアはどうなんだろう、と思うけど、多分気が付いている。 私はあの時、タルタロスでルークに剣を与えた。 それこそ鎧ごと真っ二つにでもできる規格外の剣を。 けど、それ以降、私の目の届く限り、ルークに人を切らせていない。 ルークは何も知らずに――それこそ身近に死一つ知らずに育った割には、よく倫理の育った子だとそう思う。 幼い子どもは、トンボやカタツムリをかわいい、と言った側から落として踏みつけるような残虐性がある。 それはまあ、虫と言うものに私のような嫌悪を抱いていないことと、生死感が存在しない、あるいは希薄なことから来ているのだが。 そのまま育った、とは思えないほど、ルークは死に恐怖する。 戦うとは言った。 割り切るとも言った。 けど、誰よりも無理をしているのはわかる。 私の目の届く限り。 知識と経験と、それに心までが全てそろうまで、私はルークにこれ以上人を切らせたくない。 子どもでも必要なら剣をとる。 けど、ここに居る子どもは差し迫って必要ではない。 私と言う保護者が居る。 本人に言えば不本意そうにするだろうけど、私が勝手にする分には問題なかろう。 だからもう少しゆっくり心を育んでいけたらと思うのだ。 説明することを諦めず、反感を買っても叱りつけ、決して溜息と諦めは見せず。 がんばれ私。 我が子に接するときよりも紳士だぞ。 ルークだけじゃなくてティアも、結局は世間知らずの子供。 人との付き合い方を知らない。 ジェイドほどになれ、とは言わないけど、もう少し外面ってやつを鍛えないと渡っていくのは大変だろう。 悪意がなく言っているせいで余計にわからないんだろう。 ついでに対人経験も足りない。 自分たちがそれぞれに口にした言葉が、相手にどれほどの影響を与えるのか。 ザオ砂漠をてほてほと歩く私たち。 歩きなれない砂漠は、砂に足を取られるわ、灼熱の陽光に水分と共に体力を奪われるわ、苛酷な環境である。 慣れている人であるならともかく、慣れていない人のかく汗は滝のように流れはしても体温調整の役には立たない。 まったくの無駄汗だ。 ふつうなら、と言うか、それこそタルタロスのような陸艦にでも乗るか、あるいはウマにでも引かせた馬車に乗るのがいい。 自分でたずなを引けるならウマだけでも構わないが。 照り返しをうける地面から少し離れるだけでも随分と違ってくる。 成り行きとはかくも恐ろしきもの。 通りすがりの馬車も無いが、もし彼らを見る人があったなら、自虐趣味でもあるんじゃないかと思うんじゃないだろうか。 あるいは自殺志願? ジェイドだけは汗一つかかずに涼しげにしているが。 あのロングブーツの中、汗が溜まっていたりしたら笑ってやるのに。 ナタリアは居なかったが、結局誰がひさしになる彼がひさしにならないと一通り会話が浮かび上がった。 軍属と言っても一人はペーペーに等しいし、もう一人は体のサイズのせいで純粋大人と同じ体力は望めない。 一通り討論の交わされる側を何食わぬ顔で一緒に歩く。 ティアは一度は遠慮したが、アニスはこれ幸いと陰の庇に入っていった。 チビだからひさしになれないんだ、と言われて悲壮感漂うルークも、愛息子フィルターのかかった私の目から見れば撫で回したいくらいかわいい。 けど、さすがに砂漠で抱き付かれたくは無いだろうと自制する。 まあ、私も意地悪だけどさ。 「ん? なあ、キリエはどうするんだ?」 とルークが話を振った。 そして私に視線が集まる。 「そういえば……」 と言うのはティアで、 「忘れてた」 と決まり悪げにするのはガイだった。 砂漠に入ってから一言も、暑いとも寒いとも言っていない私。 実際必要以上の汗はかいていない。 暑く感じていないのだから。 ひさしが足りなくなった、と言うところなのだろう。が。 「キリエ、全然汗をかいていないのね」 「そうだな……」 先ほどの二人がそのまま続けた言葉はこんなものだった。 「うーん、だってさ、暑くないし」 「羨ましい」 「大丈夫なのか? 暑さを感じられないって言うならやばいんじゃ」 「この場合羨ましいの方が正解よ、ガイ。私裏技使っているから」 「裏技?」 「そ。でも、教えてあげない! とにかく、大丈夫だからさ、さくっといこー!」 煙に巻いて走り出す。 少し距離を置いて手を振った。 実は今着ている外套、防寒防温機能付き。 いつでも装着者にとっての適温を保ってくれると言う優れもの。 これを着るようになってから風邪をひく回数が格段に減った。 実はルークにも着せようかと思っていたけど、体調管理さえしっかり出来ればこれも立派に経験だと思っている。 一度やれば二度目はいらねぇ! って感じだけど、それならなおのこと二度目からでいいじゃないか、と。 ライガは砂漠の生き物じゃないから、首輪に加工して付けている。 そうじゃなきゃ森林地帯原産のライガなんてもうすっかり蒸ライガになって砂漠に転がっているはずだ。 結局私でも庇になり損ねたルーク。 そして辿り着いたのはザオ砂漠のほぼ中央。 清水の湧き出すまさにオアシス、と言った風情をかもし出す場所だ。 古びた柱、のようなものが、ほとんどは倒れて半ば砂に埋もれていたけど、このオアシスに泉からにょっきり突き出す譜石と相まって神秘的な要因を与えている。 まあ、譜石はともかくとして、こんな柱、住んでいる人たちにとって見ればもはや邪魔なだけで神秘でもなんでもないんだろうけど。 ここに寄らずに砂漠越えは出来ない、とまで言われるザオ砂漠。 ザオ砂漠に出た人間は必ずこのオアシスに寄ると言ってもいい。 キムラスカ首都バチカルと、貿易の町ケセドニアの中間地点。 距離的には中間じゃないけど、条件的には中間だ。 人が集まり行き来する。 そんな場所には商人が居て、店が開かれる。 そうすれば更に人が来るわけで――ほとんどの人々が通り過ぎるとはいえ小さな村のような様子は呈していた。 私はジェイドをつついて知らせてから、彼らと離れて人目の無いところへ向かう。 ここは本来ルークがアッシュから便利連絡網でザオ遺跡に来いと言われるところなのだが。 便利連絡網はそもそも開いていないし、ザオ遺跡はパス出来そうだと先日連絡が入った。 さらっと紙に連絡事項を書いてポーチに入れる。 この手のやり取りは定時確認にしているから、恐らく気づいてくれるはずだ。 内容は、今日の何時に電話を掛けるか、と言うこと。 携帯電話が普及していない環境で携帯電話を使うのはなかなか苦労することなのだ。 砂漠はこれまた電波状況がいい。 念製直接通信だから中継基地も要らないし。 警戒すべきジェイドを引き込めたことで、携帯を使うリスクが大分減ったし、アーヴァインの話じゃシンクも引き込めたようだった。 というか、やっと話してくれたの? って感じだったらしい。 一緒にザオ遺跡に行くはずのラルゴは既に捕縛済み。 こっちは残された娘のためにウンヌンで絡めて落としてみようと思っている。 タルタロスで悠々自適に進む彼ら。 アリエッタもいるということで、今晩にもライガたちを預けてしまうつもりだった。 一晩の宿をとることが決定して、宿に帰るまで各自解散、となったところで私は物陰でライガ受け渡しのための時間を指定するために、アーヴァインに連絡をつけた。 夜の砂漠は音が響くから、お迎えの場所は慎重に検討しなければならないだろう。 音がかぜに流される性質があることを思えば風下がいい。 人が寝静まる時間帯に、オアシスからはザオ砂漠方面に離れた場所で、と短く取り決めを交わして私はジェイドたちのところへ戻った。 子ども等をからかっているジェイドはすんごく楽しそうだった。 夜に、子ライガたちを預けて身軽になって、るん、とオアシスまでもどってくると、案の定、赤眼に迎えられた。 一日情報収集に走って疲れたアニスとティア。 単純に慣れない環境に疲れ果てたルーク。 ガイもまあ、体力はあるが現役軍人には適わない。 野営ではなく、きちんと休める場所を提供されれば気が緩むのも仕方ないだろう。 彼等が守るべきは己と己の仲間のみ。 商人たちのように、野党に狙われる大量の荷物を持っているわけではない。 「瘤が取れたんですか? キリエ」 「ええ、かわいかったけど、すっきりした、と言うのも正直なところね」 「どこに、預けて来たんです」 「タルタロス、アリエッタのところまでね」 「まったく、あなたは何処まで手を回しているのか」 「届くところまで。ねえ、ジェイド」 私はジェイドの首に手を絡めて脈を感じる。 振り払われるかな、と思っていたけど、意外と素直に触らせてくれた。 独りは寂しい。 誰かに触れたい、そう思う時が有る。 今がそのときに近い。 接触、って言うのはだれかれ構わずできるものじゃないし、だれかれ構わずやって気持ちを落ち着けることのできるものでもない。 ある程度、相手に許す心がなければ接触で安息は得られない。 ジェイドは恋愛対象には出来ないけど、私にとって十分に接触による安息を与えてくれる存在だった。 何より独身だし、スコールやアーヴァインとかで不安を落ち着けるよりは罪悪感が無い。 セフィもリノアもわかってはくれたけど、それとこれとは別問題。 まあ、セフィやリノアでもしっかりバッチリ一時的接触、って奴を繰り返していたけど。 ああ、なんかジェイドつれて帰りたいかも。 最近癒しが足りない……。 「私は政治や外交と言うものが良くわからないの」 「本気で言ってるんですか」 「本気よ。外から見る分には一通りの知識は蓄えた。だけど実践する側はどうか? となるととたんに疑問に感じるの。無理だって、最初から投げるのは良くないけど、向いている気はしないわね」 気が付けば独白だ。 黙って聞いていてくれるジェイド。 外交とは笑顔の下で交わされるやくざもマッチロな寒風吹き荒れる世界だ。 私は基本的にタヌキか狐か、と言われればタヌキと言われるくらい穏やか、で凡人の顔をしているから脅しが効かない。 脅すのが得意でもないし。 「砲艦外交に代表されるような武力を背景にした脅迫の意味合いの強い外交なんかも、その実ガーデンと言う存在そのものが多くの国家にとって上位に位置する。そんな風になっていた。だから、積極的にそういう外交をしなくても、そういう風になっている。……ここではないどこかの話よ」 戦争と言うものもよくわからない。 いいものじゃないだろう。 可能なら避け得るべきだ。 けど、やらなきゃならないときもある、らしい。 スイスなんかも永世中立を謳っているけど、永世中立であるために、強力な武力武装している。 力なく中立を謳ったって、侵略されるだけだ。 まあスイスは世界の銀行としての顔と、立地条件がいい。 日本が同じマネをしても同じようにいくとは思えないけど。 どっち付かずの国と言うのは、周辺国家からしてみればとても扱いにくい。 しかも、私は生まれてこの方ずっと、ある程度の民主性のある場所に育ってきた。 戦争と言うものは、世界を渡ってから幾度か関わってきた。 だから、わからない、と言うのも、詭弁に近い。 けど、貴族の戦争と言うものは、そう言った意味なくわからない。 そして、キムラスカは貴族が戦争をする場所だ。 ファブレ公爵は貴族にして元帥。 アルマンダイン伯爵も軍人。 家名をなくした没落貴族は家名を取り戻すために軍属となる。 マルクトは軍属と爵位、貴族であることはまったく切り離されているようだけど。 軍に対する最終決定権も皇帝、ピオニーそのものにあるみたいだし。 譜術が発達した、と言うのも国民主権は、キムラスカより高いだろう。 キムラスカでの国民の発言力は限りなく低く思える。 国民の反逆をおそれ、力を与えず、知識を与えず、だから反逆の力となる譜術は発達しないで、譜業が使われているんだろう。 こうやって、考えることは出来る。 でも、軍人ってなんだろう。 国家と国民と、その財産と、国家の主権を守るため、それが他国によって侵されると言うのなら、守るための戦いは、全てを否定することは出来ない。 ガーデンでも、過去幾度もそういった戦いは行なわれてきた。 組織勢力は広いけど、ガーデンは生産性のある土地を持っていない。 目の上の瘤としてよく狙われることはあった。 けど、貴族の戦争は違う。 最終的に国家は利益の見込めないことをしない。 国民感情と釣り合わせて、どれだけの利益が見込めるか。 それを測るのが国家で、政治家だ。 けど貴族の戦争は、己の利権の為に、繰り広げられる。 武力を持って、あるいは政治の場で静かに争いはおこる。 「外交なんてわからないのよ。政治もわからない。私たちは常に第三者。だから、政治にとらわれずにこうやって手を広げることが出来る。けど、政治の場では、何が出来るか、何も出来ないか」 フィールとアーヴァインが来ている。 ならば問題ないだろう、とも思う。 けど、その分野において私の無力は変わらない。 ガーデンには顔つきといい態度と言い、オーラといいカリスマといい、矢面に立つのにふさわしい風格じみたものがあるのが二人も居る。 フィールやアーヴァインは、緊張させる度合いはその二人には劣るが、負けないだけの口が有る。 今まで任せっきりにして楽をしてきたつけか。 いやいや、人にはみな得意分野がある。 私はたまたま政治が得意じゃなかっただけ……。 得意なもの何もないじゃん。 喋ることで気が楽に、て言うつもりだったのに、逆に気が重くなってきた。 本末転倒もいいところ。 もう、寝ようか。 ケセドニアに行って、デオ峠を越えて。 そうすれば目の前はアクゼリュスだ。 「ゴメンジェイド。ちょっと愚痴っぽかった」 「構いませんよ。むしろあなたを身近に感じましたし」 「忘れろ。寝ろ」 呟いて背を向ければ笑う気配。 うう、負けた気分だ。 意趣返しをしてやろうと、私は一度はそむけた視線を、再びジェイドに合わせた。 「何か忘れ物でもしたんですか?」 「ええ、ちょっとした忘れ物を」 柔らかく腕を差し出して、両手で顎を捕らえる。 目線が合わなくてむっとして、一度手を外して仕草でか屈みさい、と伝えると「やれやれ、仕方ないですねぇ」と言いながらも屈みこんだ。 足が長いから、膝の分だけ屈んでも随分と低くなる。 羨ましいよりいっそ憎い。 もう一度そっとジェイドの顔のラインに手を添えて、私も少しだけ膝をかがめる。 「いままで、よく頑張ったわね」 タルタロスをなくし、部下を奪われ、死霊使いの名のみを背負い敵国での政治、外交と言う静かなる戦場に降り立ったジェイド。 不安でなかろう筈が無い、少しも怖くないはずが無い。 たとえ自分で気が付かなくても。 心に凝るものの名を、知らなかったとしても。 |