深淵ボート 8



 何故何故不思議、どうしてでしょう?

「ごめんなさいパパ!! でも、命令なの……。ルークは、コーラル城に連れて行きます」

 上空を旋回して飛び去った飛行型魔物の足にはピンクの髪の女の子が。
 その逆の足には朱色の髪の男の子が。

……なぜ?

 カイツール軍港は襲撃されなかった。
 アッシュにお願いされなかったからだろう。
 けれどルークは攫われた。

 忌まわしきコーラル城へ。

 さあどうしようかと思っているそばから、頭は持っている情報を組み立てて仮説を立てる。

 ルークは、レプリカルークはファブレ邸に帰されてこの方ほんとうにファブレ邸を出たことがなかった。
 今までベルケントで行われていた実験も、ストップ。
 つまり、ルークに関しては生まれたときのデータしかないはずだ。
 完全同位体とはいえ、髪や瞳の色、超振動は使えても、その能力も多少劣化していることは知っていたはず。
 そしてせっかく拠点のひとつであるコーラル城も近くにある。

 ついでだから、と言うのは変かもしれないが、データを取ろうとしているのだろうか?
 今でも、彼等の計画にルークが使えるのかどうか、確かめるために。

 ゲーム本編でのようにアッシュにお願いされたから、ではなく、恐らくはヴァンの意思。
 アーヴァインが色々と頑張っていたみたいだから、オリジナルルークの懐柔があまり上手く行っていないのだろう。





 あ、むかっ腹が立った。





 あの髭にも腹が立ったし、むざむざとルークを攫わせた私にも腹が立った。
 殺しはしないだろう。
 殺される危険は、ないはずだ。
 イオンと違ってまだそのときではないと思っているから対処はしていないが、大爆発で死なせるつもりもない。
 乖離で死なせるつもりもない。
 すべては、アグゼリュスで覗く深淵に沈んでいる。

 とにかくだ。
 技術者を攫われるより直接的に、どうしてもこれはコーラル城に行かなければならないだろう。
 さて、そうすると問題となるのはイオンのことか。
 今回はイオンはつれてこいとは言われていない。
 だが、置いて行くのもなぁ、と。

 カイツールにおいていっているうちに、六神将に攫われる可能性が皆無ともいえない。

 これ以上セフィロトを開放させたくはない。
 まあ、それでもとりあえずの決定事項は。

「助けに、いくかぁ」

 と。





 そういえば、私への呼称がパパにかわてちたな、時が付くのは随分後のこと。
 アーヴァインが伝えたのではないとしたら、それは魔物の意思を理解するアリエッタが目の前の二匹の子ライガから聞いたものとしか思えない。
 なら、今の私の認識は、彼等にとってパパと言うことだろうか?

 どうでもいいや。

 分身の術が使えたらなぁ、と。
 特に実体のある影分身。
 ナルトの世界に行ったけど、結局何って忍術は一つも身に付かなかった。

 チャクラがないわけじゃないらしいんだけど、チャクラ練れなかったし。
 チャクラ練ろうとするとオーラ練っちゃうんだよね。
 忍術って言うのは、学べれば、身につけられれば、念より応用範囲広いし便利だと思ったんだけど。

 結局のところ、私が忍術を使えないからイオンにも来てもらった。

 アッシュの独断によりここが使われると言うこともなかったようだが、それでも廃墟のなりをしながら人の手が入っている形跡はそこかしこに伺われた。
 幽霊っぽい魔物やネズミにこうもりを片っ端から念銃で蹴散らして進む。
 特殊な譜業で封じられていると言う紫の扉もオーラを篭めた拳で吹っ飛ばした。

 そのときの彼等の顔は――少し見ものでもあった。

「拳で砕くなんてほんとに人間かよ」

 聞こえているよ坊ちゃん。いや、3Gよ。

 降りた先には、海水に浸る譜業機械。
 フォミクリー、レプリカを作り出す譜業。

「なっ、あなたたち、もうここまで来たんですか! 仕掛けや譜業はどうしたんです!?」

 滑り落ちそうな譜業椅子。
 飛行椅子? に座ってキーキーわめくディスト。
 少しは気にしたようだけど、当然こちらには気が付かない。
 性別が変わっているから当たり前と言えばあたりまえ。

 兄弟双子並みに見えても、性別を変えてまで同一人物だと見抜かれては私があんまりだ。

 ルークはフォミクリー装置の中に寝かされている。

 私達の登場に、出来たばかりの音譜盤をディストの元から攫うようにしてシンクが駆け出す。
 それに対してまたもやキーキーとわめくディスト。
 駆け抜けるガイ。

 この部屋への出入り口は二つあるわけだが、一つは今私達が塞いでいる。
 そうなれば必然的にもう一つの出入り口へ行くのだろうが、それもまた位置的に分が悪かった。
 出入り口と現在の彼等の場所までには高低差があり、シンクは出口まで走って登らなければならず、ガイは吹き抜けになっている底を飛び降りれば一発で辿り着く。

 飛び降りて、一閃。

 というか、ガイ! あんたは掏りの才能でもあるのか!!

 懐に入れて逃走を図っていた音譜盤をすれ違いざまに抜き取っていた。
 はっと懐を押さえるシンクにも、なぜか真剣みが感じられない。
 まあ、その理由は分っているけど。

「やるじゃないか。使用人なんてやめて、掏りにでもなったら?」

 もしかしたらシンクとは気が合うかもしれない。

 軽口の応酬の後に剣を交える。
 が、どちらもスピードタイプなためか決定打にかけていた。
 烈風のシンクは強かったが、そのうちに何を思ったかガイは執拗に仮面を狙い続け――舌打ち一つ残して逃走するシンク。
 目をそらせばジェイドとディストがこれまた醜い罵りあいをしていた。

 ああ、なんだろうか、これ。
 一つリヴァイアサンでも呼んで全てを押し流して見なかった事にしてしまいたい。

 フォミクリー装置の中で上体を起こしたルークも呆然とそのやり取りを見ていた。

 やがてジェイドの譜術で飛行椅子ごと吹き飛ばされるディスト。
 ジェイドのあの表情の胡散臭いほどの清々しさ!!

 事の顛末に私はすっかり気力を失って、わりにとぼとぼとカイツールまで帰ることになった。

 ディスト――サフィールも、死んでいるとは思えないし。
 なぜか根拠なく、無意味なほどの確信が胸中にあった。





 結局、襲撃されなくても安全な航行の為に整備に一晩は見たいと言うのですぐに出発とは相成らなかった。
 王族を運ぶ船に不備があったは困るし、導師イオンがいると言うことは整備士達にとって周知であるようだった。
 アルマンダイン伯と話しているルークたちを遠目に見て、その間に私はライガを連れて狩りに出た。
 特徴的なライガたちがいるから、知る人は男である私と、国境の向こうの女の私をつなげるだろう。

 骨格から違うとはいえ、顔立ちは似ている。
 ま、キムラスカとマルクトに分かれて住んでいる兄弟、でもいいだろう。

 そのことについては深く考えてはいない。
 あまり必要性もない。
 それなのになぜ、こうも狩りに集中できないのか。

 まあ、コーラル城が気になるのだ。



 だから何をしたのかというと。
 夜中に抜け出してきたのだ。
 せっかくあそこまで行ったというのに、何もしないで帰ってくるとは不覚中の不覚だ。

 改造試作型Tボード、これは念具ではない奴だ。
 時速百キロは出ると言う、すでに人間の乗り物ではないそれに乗ってコーラル城へ向かう。

 とりあえず隠し部屋が本当にあるかどうかを確かめて、アイテムをゲット。
 その後は譜業施設までまっすぐ降りていってニーダ作、遠隔操作式の爆弾をいくつか設置する。
 基盤が崩れれば上もみんな総崩れ、の理論に従って、柱のそばにも設置する。

 爆発物の処理ができるという事は、逆に言えば爆発物の仕組みに詳しいと言うことでもある。
 ニーダも私達に付き合って、あの時からずっと生きていた。
 異世界渡りや、能力の共有をするための制約は交わしていないが、フィールの念能力【固定の概念】はシュウと共に受けている。

 とんとんと階段を上がりながら、回廊と広間を進みながら、今度は振動と圧力、そして熱で誘爆するタイプの爆弾を設置しつつ進んだ。

 外に出るとTボードに乗り込んで加速と同時に爆破ボタンを押した。
 脳内アナウンスはもちろん「ポチッとな」
 岬ごと崩れる崩壊の音と朱の炎。

 一度だけそれを振り返って、私はその場を後にした。
 どうせ石造りの建築物、しかも背後は海だ。大して燃える物などありはしない。
 今日は都合が良かった。
 すぐにでも出発するなら、それこそアーヴァインにでも頼もうかと思っていたから。










 帰り着けば案の定、死霊使い殿がおきていた。
 綺麗な赤い目だ。
 わざわざ外で待っているあたり確信犯だ。

「どこに行っていたんですか、キリエ。先ほど何か地面がゆれたようですし、あなたからは煤のにおいがしますが」
「確証を取りに行っていたんだ。てか、目、覚めてたんなら声をかけろよな。起きてたんならあんたも連れてったのに」

 殊更に男らしい口調を心がける。

「何処へ?」
「コーラル城。ルークの生まれた場所かも知れない場所さ」
「フォミクリー、ですか」

 実際ジェイドを乗せてTボード全力疾走は無理だろうが。
 いくら私達の感覚からは人間離れしているとはいえこの世界では人間だ。
 時速百キロの空っ風、方向転換時の慣れないG、しがみつくことが出来ていても、辿り着くまでに疲弊する。

 それでも連れて行けたなら、紙媒体に落とすことは出来なくても、あの施設でもあの音譜盤の内容を見ることだけは出来ただろうと思うし。

 ずり落ちてもいないめがねを押し上げるしぐさ。
 まだあんたが決着をつけなきゃならないことは、沢山あるよ、ジェイド。

「もう爆破してきたから見れないけどね」

 ちょっと想像以上の大爆発だった。
 爆弾サービスしすぎたような気がする。

「3.1415926535」
「それは……」
「どっかで、聞いたことあるんじゃない? 私に言わせれば円周率なんだけど、これは第七音素の振動数、じゃなかったっけ?」
「ええ、そうです」
「これは、ルーク、と言うよりアッシュの振動数なんだよね」
「では」
「もうわかってるだろう? アッシュはローレライの同位体。そしてルークはそのレプリカ」

 今アッシュはルークのことを、自分の名前も居場所も存在も喰ったと思った相手のことを、どう思っているのだろうか。

「そうだ。フーブラス川で手紙が来ていただろう?」
「そうですね。良かったのですか? あれではまるで密書、密通だ」
「堂々とみんなに見つかる密書ね」
「そして我々には読めない文字で書かれていた」

 伝達方法が堂々としすぎていたが、ちょっと考えなくても暗号文に思えるだろう。
 まったく、何を考えているんだアーヴァイン。

「あんたはきっと、多分立場のことを言ってるんだろう? 一応、六神将とは敵対しているし、アーヴァインはあっち側にいたから」
「ええ、そうですね。あなたが私達の情報を流しているのでは、とも思いましたが」
「アーヴァインは都合上神託の盾騎士団の服を着ているだけで、神託の盾騎士団じゃないさ」
「神託の盾騎士団において、覇者とすらと名を獲た彼がそうなのですか? では何故」
「魔女とガーデンの名にかけて、誓いを立てた相手が神託の盾騎士団にいるらしい。だから暫定的に神託の盾騎士団にいる。けど神託の盾騎士団はアーヴァインの主じゃない」
「そんな屁理屈が通じるとでも? 軍服を纏ったからには個人はない」
「あんたに言える台詞じゃないけど」

 眼鏡のつるを押し上げて、沈黙する。

「自覚はあったか」
「ええ、まあ。……私は軍人としては自己がありすぎる」
「元研究者だしね。まあとにかくだ。ガーデンの一般Seedはともかく、私達は特殊なSeedだ。雇われて命令をこなすだけじゃない。誓いを立てた雇い主にとっての最良を常に模索する。その一環だった、と言うだけの話。手紙の内容にしても、隠すことじゃない。アリエッタからは、二匹のライガの名前、アーヴァインからは、タルタロスの乗組員について」
「本当に生きているんですか」
「まじまじ。いまのところね」

 タルタロスで戦闘の痕跡が少ないと思ったが、恐らくアーヴァインがやったのだろう。
 意識を奪って、後は連れて来た手勢に片っぱしから拘束させる。

「乗員145名のうち、抵抗にあい2名死亡、三名重症。で、140名がほぼ無傷から軽症、ってことらしいね」
「……そうですか」
「安心したか?」
「ええ。あれでも私の部下ですから」
「割りに部下には人気があるみたいだね」
「そうだといいんですが」

 沈黙した。
 どちらもが言葉を噤む。
 何もないなら、いい加減私は室内に入りたい。
 Tボードは早いが、空っ風は骨身にしみる。

「あなたは――私の雇用に誓いを立てては下さらないんですか」

 ぽつりと、聞こえるか聞こえないかのぎりぎりで発された言葉は、まるでないものねだりをする子供のように聞こえた。
 そういえば、こっちに来てからジェイドのその手の類の誓いは立てていないなと思う。必要なかったといえばそうだけど。
 いまだって、何に誓いを立てればいいのか、分らないのに。

 守る必要がないほどには十分すぎるくらい強いし、権力もあるし、友人もいる。
 それも、親友とも言えるだろう男が。
 後何を私が提供できるのか。
 相互したところで、ならば私は何を受け取れるのか。

「なあジェイド」
「なんですか」
「いつか、伝言の答えを聞かせてくれよ。その時に、私がおまえに誓いをおくろう」
「やれやれ。そういう台詞は女性から聞きたいものですがね」
「私だって睦言なら男相手に呟きたくないさ」

 どっちもどっち、と言うには立場が微妙だが。












 船にはヴァンも共に乗り込んだ。
 船。
 海上の密室。
 もう逃げられない。

 で、しょうがなくヴァンデスデルカと対面させられた。

「こちらの方は?」
「はじめましてヴァン・グランツ殿。私はルーアッシュと申します。お噂はかねがね。 マルクト領に住んでいる妹に代わり、妹のライガと共にここキムラスカからはルーク様と共にバチカルを目指すことになっています」
「おやそうでしたか」

 握手をすると、む、と眉がしかめられる。

「ちなみにご職業は」
「薬師を生業としておりまして、今回はルーク様に乞われ、ご母堂の診察に向かうところです」
「薬師といわれる割には、見事な剣だこですな」
「ええ、希少な材料を得るためには、自ら剣を取らなければならないことも多くありまして。マルクトでは庸兵になると豪語していた妹ほどではありませんが、それなりには」

 実際に使い慣れない体の大きさで少し戸惑っている。
 女のときより筋力はあるが、技にずれがあるので女の私と戦えばまず負けるだろうと思っている。
 そういう意味ではきっちり、妹より弱い。

「お疑いは晴れましたか?」
「いや、失礼」
「結構ですよ。名も知れてない薬師ですからね。私の薬は、市場には出回っていませんから。なんでしたら、ヴァン殿も一ついかがですか? 味はともかく、効能だけは、自信があるんですよ」

 疲れたときにどうぞ、と言って、ただのドリンク剤を一本渡して会談? は終わった。
 ドラッグストアを回って、いろいろな種類を試してみて、中でも一番、まずいと思ったドリンク剤だった。
 まずいからこそ、まだポーチの中に残っていたともいえる。






「すばらしい猫でした」

 通り過ぎざまにそういっていくジェイドの脹脛を蹴りつけて、私も離れる。
 ジェイドが考え込んでいるのは知っていた。
 展開は違えど、やはり思うのだろうか。
 そして、言葉を交わすのだろうか。

“いつかあなたは私を殺したいほど恨むかもしれません”と。

 そう思っているなら、過去を悔やむなら。
 毒舌吐きつつ悩むより、他にすることがあるだろうに。








 楽しげに船を駆けるルーク、ミュウを振り回すルーク、会話をするルーク。
 甲板の更に上、船室の上に立っているから、それらが良く聞こえる。
 耳にオーラを集中しているせいもあるが。

「海ってさ、広いね〜」
「なんだ、キリエかよ」
「私じゃ悪いかよ。ってかさ、青いね、海って」
「はぁ? 海って青いもんじゃないのか?」
「私の知っている海は、灰色だった。引っ越した先で見た海は、青って言うよりエメラルドグリーンだった。青きバラムの海も、この海の青とは違った。一言で海って言っても、海域によって住んでいる魚も違うし、プランクトンの種類も違う。そして色も違うし、温度も違う」
「へぇ〜。……キリエって、物知りだな。おまえ、俺の事馬鹿にしないし……」
「君が孤児だったら絶対養子にしたいね。愛があふれ出て止まらないよ。きっとこれも母性本能かな」
「んな! せいぜい兄弟だろ!! それに、あんたが言っても気持ち悪いんだよ! 男じゃねーかよ」
「おっと、いけない。忘れてた」
「ちっ、忘れるもんなのかよ」

 けらけらと笑う私、不満そうにしながらもまんざらではない子供。
 密閉空間に居るときの習慣で円を広げていたら、ヴァンデスデルカが近づいてくるのがわかってしまって、不自然ではないようにその場を去った。
 残念そうにしてくれるルークに内心では喜びの笑いが止まらずに足は彼方を向き進む。

 そしてルークの姿が見えなくなったところで気がついた。
 うわぁ、私馬鹿じゃん、と。
 逃げてどうする。
 これではヴァンの魔の手にルークを預けたようなものではないかと。

 暗示の解除は時間が掛かるのだが、もし既に終わっていたら、何とかしなければならないだろう。

 クルリと振り向けば、風が声を運んで来た。

 ああ、ルークが苦しんでいる。
 ローレライの馬鹿野郎。
 髭も殴るが、やはりローレライも一発二発殴っておくべきか。
 ここぞとばかりに髭がルークの信頼を高めている。
 ああ憎らしい。
 と思うのに。
 ならば今、出て行かない私は何なのか。
 ルークを傷つけるあらゆるから守ると誓ったのに。

 けれどいま髭の前に出て行って、それをどうルークの有利につなげるか、それが思いつかないのも事実だった。

 髭を貶めればルークは頑なになるだろう。
 けれど、ほめて信頼を、依存を高めるのも趣旨に合わない。
 かといってこのタイミングで出て行ってあの師匠の話にならないとはまったくもって思えない。

 板ばさみ、か。
 こんなに日差しが強いなら、日焼け止めでも塗るべきか、と思っているうちに、船はケセドニアに到着した。
 さすが譜業船。
 速いね。











 ライガたちには、船の手配が付くまで町の外で待ってもらうことにした。
 これが飛行型の魔物だったら楽だったのにととことん思う。
 まあ、幾らなんでもこの期間で飛べるようにはならないだろうが、少なくともライガよりは小さかろう。

 ケセドニアのバザールで、薬や武器などの買い替えをしながら歩いていると、私の円にかかる不穏な空気。

「あらん、このあたりには似つかわしくない品のいいお方……v」

 大胆なスリットとガーターベルト、開いた胸が艶っぽい女性がくるりとルークに絡む。
 その横ではアニスが目をまわしそうなほどに悶絶していた。

「あ? あ、なんだよ」
「せっかく美しいお顔立ちですのに、そんな風に眉間に皺を寄せられては……ダ・イ・ナ・シですわヨ」

 外見だけなら私も狙われる候補に入るんじゃないかと密かに狙っていたのだが――ルークが一番隙だらけだからか。
 あるいは、赤い髪、と言うのがノワールの琴線に引っかかったのかもしれない。
 赤い髪、翡翠の瞳はキムラスカ王族の証。
 ノワールのような生き方をしている者には情報は命だ。
 少しでも新鮮な情報を狙っただけかもしれないが。

「きゃぅ……アニスのルーク様が年増にぃ……」

 ひきっ、とノワールのこめかみに青筋が立った。

「あら〜ん、ごめんなさいネ、お嬢ちゃん……。お邪魔みたいだから、いくわネ」
「おや、残念ですね。私はあなたのお眼鏡にかないませんか」
「残念だけど、私はチェリーボーイが好みなの」

 背を向けたところに手を伸ばして、肩を抱き寄せるように耳元でささやく。

「漆黒の翼、暗闇の夢、ノワール」

 口説くように、囁く。

「あんた達を雇いたい、アーヴァインと言う男を知っているだろう」

 一瞬見上げてくる眼差しは真剣に、だがすぐに芝居を取り戻す。
 するりと腕は腰に回され、その手をとるときに見せ金代わりに石を握らせる。
 さっとそれに視線を落とし、きゅっとつりあがるノワールの唇。

「連絡は追ってする」

 さすがにジェイドの前で交渉する気概は持ち合わせていない。
 うっとりとした眼差しを交し合って――首筋にナイフを。

「とりあえず盗ったものを返してくれないかな」
「へ? あーっ! 財布がねーっ!?」
「……はん、ぼんくらばかりじゃなったか。ずらかるよヨーク! ウルシー!」

 財布を放り投げて、三人ばらばらに逃走する。
 高く放り投げられた財布は、すとんと私の手の中へ。
 あわただしく逃げた三人は屋根の上から――

「……俺達漆黒の翼を敵に回すとはいい度胸だ。覚えてろよゲヘッ」
「なにやってんだい、さっさと行くよ!!」

 喜劇の主人公のような格好をした細身の男を拳骨で殴りつけてノワールは去っていった。

「あいつ等が漆黒の翼か! しってりゃもうぎったぎたにしてやったのに!」
「あら、財布を掏られた人の発言とは思えないわね」
「……」

 ティアの言葉は自覚ある者には痛い。

「ところでどうして大佐はルークが掏られるのを黙って見逃したんですか」
「やー、ばれてましたか。面白そうだったので、つい」
「……おしえろよバカヤロー」

 まったくその通りだ。だから性悪なんだよ。
 ねー、と誰かに同意を得たくて見回すと、キラキラ光る瞳とぶつかった。

「すっごーいキリエ! 本当の男の人みたい!」
「アニス、今はルーアッシュですよ? それに、本当の男です。今はね」
「うわー、しかも大佐みたい!」
「……ほめ言葉じゃ、ないよね」
「どういう意味ですかルーアッシュ」













 領事館に行けば、出向まで時間があるとの事。
 町を観光して行ってはどうかと提案された。
 音譜盤の話が出て、アスターの屋敷へ行くことに。
 だけど私は別行動をとらせてもらった。
 漆黒の翼に会いに行くのだ。

 実は抱き寄せたときに発信機をつけてある。
 一度洗濯されれば終わりだが、まあ日が暮れるまでは脱がないだろう。

 ということで、今はその発信機の反応を追っている。
 ケセドニアは広いが、それでも私が知る意味での町や街よりはやはりずっと小さい。

 場所はケセドニアの酒場。
 張りのある足を組んで待ち構えていたのはノワール一人。

「あれ、ヨークとウルシーはいないのか?」
「ああ、用事を言いつけてね。出払ってるよ」

 女の私から見ても妖艶な人だ。
 年齢が艶になっている。
 きっとこういう人を熟女と言ったりするんだろうか。

「それで、あんた。アーヴァインの知り合いなのかい?」
「同輩だよ。アーヴァインからは、何か聞いた?」
「ガーデン、だとか、Seed、だとか。聞きなれないことを言っていたけど」
「私もガーデンのSeedだ。アーヴァインからすれば、同僚で、同じ目的を抱える仲間かな。それにしても、アーヴァインから知り合いだとは聞いていたけど、馴れ初めを聞いてみたいね」
「ふん、無粋なこと聞いてるんじゃないよ。で、本題は? 私達をちょっとやそっとの事で雇えると思うんじゃないよ」
「あれ、でも宝石は受け取ったよね」
「もらえるものはもらっとくさ」
「そうだね。ナム孤島を維持するのも大変だろうし」
「……アーヴァインにも、話した覚えはないんだけどね」
「こっちの独自情報だよ」
「それを盾に取られちゃ、ねぇ」
「お願いを断られても、盾に取るつもりはないよ」
「あんたはマルクトの軍人さんと一緒にいたと思ったけど」
「彼とは小さいときからの付き合いでね。誘拐殺し放火をしないなら職業に貴賎はないというのが持論なんだ。で、いいかな」

 盗みだって推奨するわけではないが。
 麗しのおみ足を組み替えて、沈黙で先を促すノワール。

「ホドの崩落を詠んだ秘預言、覆してみたくはないか?」








 私は出港準備の終わった港で皆を待っていた。
 ライガたちは先に乗っている。

 ノワールには、こちらの話に興味を向けることは出来たけど、時間の関係であまり長く話していられなかった。
 長話している間においていかれそうだし。

 しばらくまっていると、向こうからあわただしい足音が聞こえてくる。

「キ、ルーアッシュ、あいつはどうした!!」
「仕方ありません、先に乗っていないようでしたら置いていきましょう」

 うわぁ。

「こっちこっち! 俺はもう乗ってるよ」

 声をかければ、ジェイドも安心したような表情を浮かべてくれた。
 急発進する船。飛び乗るルーク。
 取り残された緑の髪を見る。

 そして私はぼーっと連絡船に乗る。




 なんつーか。
 シンクとアッシュ、ついでにアリエッタが懐くだけでイベント総崩壊。
 とか思っていたけど、意外とそうでもない。
 アッシュのことはともかくとして、やはりヴァンの意向で起こるイベントだということだろうか。

 完全同位体の研究を進めているなら今のルークのデータは欲しいだろうし、船に乗ってバチカルについてしまえばその後アグゼリュス。
 だと思えばチャンスはここしかない。

 まあ、導師誘拐はバチカル以降が本格始動のようだし。

 導師誘拐には恐らくアッシュも出て来るんだろうけど。

 ダアト式譜術を使っても、預言を詠んでも、それで消滅、死亡ということは恐らくないだろう。
 けど、体力はこれから付けていくしかない。

 導師誘拐は阻止する事もできるけど、人数も少ないこちらの事ではその場限りで終わってしまう。
 導師が攫われなきゃアクゼリュスまであの流れだと多分イオンは同行しない。
 ローレライ教団からと言うことでヴァンとティアが出されたわけだし。
 それに、導師誘拐を阻止すれば、Seedの守護のない状態でバチカルに置く事になる。
 それこそほかの六神将の手に渡ったりしては目の届かせようが無い。
 それくらいなら、此方の目の届くところにおいておいたほうがいい。
 現状でなら高性能な追跡機もあるが。

 体調はともかく体力の無いイオンの様子を見る意味も含めて、なんかシャクだけど、アクゼリュス崩落までは物語、と言うか、ヴァンの思惑をなぞる。
 それはアーヴァインと話し合って決めていた。
 こっちとしても、自然崩落にせよ超振動にせよ、アクゼリュスは邪魔だしなぁ。

 ぶっちゃけ、私としてはルークが、アーヴァインとしてはアッシュが将来的に命を落とす事無く幸せとやらをつかめれば問題ない。
 まったく、ぜんぜん。
 まあ、私としてはそこにジェイドやピオニーやサフィールやネフリーも加えたい所だけど、サフィールに関しては何つーか……救いようがない?

 世界のどこかの一万の他人より、今日の隣人を選ぶと公言してはばからないけど、サフィール、人体実験とか、やっているよね?
 薔薇の自称はともかく、死神の二つ名はあの子の容姿じゃ説明できないし。
 銀髪はまあいいんだけど。
 赤目もまあ許容できる。
 死神と言えばカラスの濡れ羽色、漆黒の髪かあるいは冷たい鋼の色。
 赤い目は、私の世界の神話でも昔から神秘性の象徴や魔性の徴になっている。
 だから、死神で銀髪赤目、は――いい。

 やっぱり死神ってかっこよくなきゃね?

 でもディストってば、事あるごとに奇声を発するし、譜業の飛行椅子は死神らしくないし、止めに孔雀だし。
 ああ可愛いサフィール、洟垂れサフィール、貴方は何処へ行ってしまったの!?

 ……あほらし。

 いい。
 とりあえず決定。
 イオンよ、ヒロインのごとく攫われてくれ。
 実は廃工場を出たところで戦う二人の赤毛をリアルで見たいと言う下心もあり。

 なぜか知らないけどこの航路はやたら揺れて、私は珍しく船酔いになっていた。
 状況を悪化させるとは知りつつも、筆を取る。
 さらさらと手紙を書いて、ポーチに入れる。

 内部を共有しているポーチを使っての秘密の連絡だ。
 これなら声を聞かれることもなく、書いているところを見られても読めない文字。
 アーヴァインやフィールから、手紙をとポーチを用いたの連絡がないのを確認して、私は今度こそうなだれた。




 あ、外からディストの笑い声がする。
 ごめんジェイド、任せた。
 船の中で文字なんか読んだりしたものだから……ノックダウン。









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