深淵ボート 7



「なあ、あんたらも南の方に行くのかい」
「ええ、ちょっとアグゼリュスまで行こうかと思っています」

 門の辺りで休んでいたらしき旅人が立ち上がった。
 余所行きの態度と声で接していると、ジェイドが眼鏡を押し上げた。なんだよ。

「そうなのかい? いやー、まいったね。俺もアグゼリュスに行こうとしたんだけど、街道沿いの橋が壊れちまってる。あんたらも南下するなら、橋は壊れちまってるから、気をつけるんだな。さて、しょうがない。オレはエンゲーブにでも向かうことにするよ。それじゃ」

 と言って外ではなく門の中に入っていく……。
 ああ、そうかと。
 セントビナーにエンゲーブが食料を積んだ馬車がやってくるのも少なくとも明日だろう。
 あの腹の出ようからして、一人旅を安全に、と言うより無事に終わらせられるとは思えない。
 馬車を待つのだろう。

「あなたはアグゼリュスに行きたかったのですか」
「将来的には。一度はキムラスカの首都バチカルにもいってみたい。アグゼリュスが終わったらグランコクマだね。ケテルブルクにも行きたいし。世界グルメツアーもいいかもしれない。そうだ、グルメツアーと言えば、ジェイドから報酬の十万ガルド貰ったし。私今フリーだしー」
「フリーでもバチカルまでは付いてくるのでしょう? キリエ」
「まーね。でも、基本的にルークに危害が及ぶとき以外は傍観する方向で」
「なぜなの。皆で力を合わせなくちゃならないときに、それは勝手な理論だわ!」
「そうかなティア。私には理由がないんだよ?」
「理由って……」
「ティアはルークをバチカルに送り届けるため。ジェイドはルークに協力を仰いだ軍人として、ガイはファブレの使用人。まあそれぞれルークの意向だったり、都合だったりで、イオンとかも守ったりするだろうけど、私にはそれがない。ルークを守るとは誓ったけど、ルークに雇われているわけでもない。ほら、理由がない」
「それは……」

 誰のことも嫌いなわけじゃない。
 ルークの事だって、彼は死んだ、そして世界は救われた。ただそれだけのことだ。
 何処にでもある話だ。
 けど、ピックアップされて、それに感情移入してゲームをした身としては、やはり感情的にルークひいきになってしまう。

「若いってのは勢いがあるけど、視野狭窄に陥りぎみだからね。それに私達ガーデンのSeedは、己の力に誇りを持つ。力を安売りすることはしないし、出来ないんだ。それは秩序を壊す」
「そんな庸兵聞いたこともありませんが」
「けど目の前にいる」
「……いいでしょう。私が雇いましょう。どうせキリエにはグランコクマで陛下に会ってもらうつもりですし」
「挨拶は大事だし。ネフリーにも会いたいし。サフィールにもね」

 サフィールの名前が出たところで不機嫌になるジェイド。
 そういえばタルタロスのジェイドの私室においてきた食べかす、どうなっただろ。
 今頃いい感じに腐ってたりしたら……。

「さて、金額は応相談と言っていましたね」
「おう」
「……」

 ちょっとしたギャグだってのに、眼差しが冷たい。

「言っとくけど、セントビナーまでの十万ガルドも、格安よ?」

 相場って奴を、食品を基本に計算してみた。
 そして諦めた。
 感覚的には二、三日で十万以上の金額を手に入れた、というところだろうか。
 FF8の世界も住んで長いけど、故郷の威力とは侮れなく、ふと気が付けば頭の中は日本円で換算している。

 武器具は普遍的に武器を必要とする環境なだけあってか、食品と比べた相場も多少は安いと思ったが、ゲームとは比較できなかった。
 単位一つ、場合によっては二つ違います。ってね。
 これから戦争が近くなれば、あるいは始まれば、なおさら高くなるだろう。
 武器は消耗品だ。
 食品に関してはエンゲーブは産地だけあって中でも安いのだろうとは思う。
 けど、それと収入とが結びつかない。
 とりあえず、国庫を揺るがしてみようと思う。
 私に理解できなくても、念具を作成する本は理解する。

「希望を述べさせていただければ、私がこれから作る特別な道具達の元手を、出して欲しい」
「特別な道具……ですか」
「そう。それを作るにはとってもお金がかかる。グランコクマでピオニーに会うまでの間に作った道具の全金額。道具の三割は流すわ。それを幾らで売るかはあなたたちしだい」
「それだけの情報では損得の判断も出来ないんですが」
「やりよう、選びようによっては、元手が取れなくもない。それに、私達Seedを雇えて損することなんてあるわけないじゃない。それに、私はSeedの中でも特殊なの。この特殊な道具を作ると言う能力がね」
「なあ、ちなみにその道具って言うのは、一個幾らぐらいかかるものなんだ?」

 具体的な金額を述べない会話にガイが疑問を述べてくる。
 損なたちだね。
 わたしはポーチから本を取りだし、値段を見てみる。
 世界が変わったからか、金額の単位もすでにガルドに書き換えられていた。

「安いのでこんな感じ?」

 使い捨ての念具、影縫い針のページを開いてみせる。
 ぐっと頭が寄り集まって覗き込む、が。

「よめねぇぞ」
「……残念ながら私もよめません」
「私にも読めないわ」
「おや」

 本を見れば。
 単位はガルドに変わっていた、カタカナで“ガルド”と書かれていて、その他効果効能の文字は全て日本語だった。
 むりだこりゃ。

「じゃあ説明するわ。この道具は、影縫い針。相手の影に投げつけると、動きを止めてしまうってものなの。もちろん、影から外れれば自由になるわ。金額は十万ガルド」
「げぇ」

 呻いたのはガイだ。
 元は貴族だったのだろうが、今じゃすっかり庶民の感覚を身につけているらしい。

「次これ」
「ただの絨毯じゃないのか?」
「玄関マットだろ」

 ……描かれている絵は確かに絨毯だ。
 説明書きが読めなければわかるまい。
 だが私の念具が、ただの絨毯で終わるはずもない!

「これはなんと――」
「なんと」

 ごくりと唾を飲んでの促してくるガイ。

「空飛ぶ絨毯なのです!!」
「嘘くせー!!」
「嘘じゃないよ。ほんとに飛ぶんだから」
「それが嘘くせぇっての! ほんとならここに出してみろよ!」
「その予算をこれからジェイドからもぎ取ろうって言うんじゃない!」
「結局証拠になんねーじゃねーかよ」
「ならこれで最後だ! その名も、アルテナの傷薬!」

 とりいだしたるは本ではなく現物。
 ポーチにすら入れていない外用薬だ。
 小型のリップケースに入れて、ポーチのストラップとしてぶら下がっていたものだ。

「はぁ? ただの塗り薬だろう?」
「これは量産されているから割りと安い方だよ。このサイズなら一つ一万ガルドくらい? あらゆる外傷に効果あり。何度も使えてお徳でしょ」
「あらゆるとはいいますが、ちなみにどのくらいなんです?」
「水虫から擦り傷きり傷刀傷、何でもござれ。手首掻き切っても跡形もなく治る。ヒーラーがいなくても大丈夫! な一品」
「それは……」

 水虫、と言ったところでげっそりとした顔をしたものが何人か。
 基本的にブーツだし、じつはこの中にもいたりして。

「あとはね、不治の病、とか言うのを直しちゃったりするものもあるんのよ。けど、それははっきり言って庶民には手が届かない。億単位のガルドが必要だから」

 ぎょと目を見開いたイオンに笑いかけてあげる。
 ウィンクもおまけで。
 イオンに渡したのこそが、その億単位の薬だ。
 いつか、アッシュとルークにも飲ませるつもりだが。

 ふと、ルークが黙った。

「ん? どうしたルー坊」
「坊って呼ぶなっつーの!!」
「それで、何か言いたかったんじゃない?」
「……それで……」
「んん?」
「その薬で、母上の病気も治るのか?」

 えーっと、茸が必要なんだっけ? 薬に。
 心臓病かな。
 でも病気って言う割には元気そう。
 持病はシャク?

「うん、治るよ、多分。すっごくまずい薬だけど、お金さえあれば味も調節できるし。でもまあ一度バチカルにいって診察してからにしようか」
「……おう」
「ルークは優しいなー」
「んあ、別に優しくなんか!」

 てれないてれない、と背中を叩いて私は歩き出した。
 ぽん、と叩いた背中には、密かに発信機を。

「でー、ジェイド。結局どうする? 私雇うー?」
「仕方がありません、雇いましょう。グランコクマまでいったら経費で落とします」
「うわぁお」

 なんというか、憧れの台詞だ。









 小話を交えながらフーブラス川へ。
 ルークが音素を使った戦い方、FOFの講習を受けているのを尻目に魔物を倒してライガに与える。
 名前、いい加減決めなくてはならないだろう。
 ライガはライガだろう? という気もするが、飼育は愛情をもってというならやはり名前は必要だと思う。
 蛙の肉は鶏肉に似ているというが、やはり表面の粘膜が嫌なのか食べ渋るライガたちを見ていると声をかけらえた。

「キリエ。あなた理解しているのですか」

 にーっこりと、口調は嫌味節。
 だから私もにーっこりと。他意はない。

「いいえー、ぜんぜん」
「んな、ずりーぞキリエ! おまえ一人だけ楽しやがって!」
「そういうわけでもないのよルーク。私は音素を扱えないから」
「……封印術、か?」
「心配してくれているのねルーク。まあ、確かに、封印術のせいと言えばそうなんだろうけど、もともと私音素と相性が悪いのよ」
「相性?」
「素養ではなく、相性ですか?」
「はじめてあった時、私喀血していたでしょうジェイド、覚えている?」
「ええまあ。体中青あざだらけで立っている事の方が不思議でしたが」
「おまえ、そんなに酷かったのかよ」
「ええ。それがね、音素のせいなのよ」
「はぁ?」

 ぽんぽんぽん、と頭の上にクエスチョンマークが飛び出てきそうなルーク。
 ちょっと上向いた間抜け面。ない知識で必死に考えているんだよね。
 諦め早いけど。

「音素を体に取り込むと、そうなるの。でも、私は自分で音素を扱えなくって、体が招きこむのにじっと耐えるしかなくって。ずっと薬でごまかしていたけど、あの薬お金かかるのよ」
「あなたの自作の薬ですか」
「それ。で、そんなときにあの封印術よ。まあこれで、音素を扱う可能性は当分費えたけど、私は今思いっきり自由に動く体を満喫しているの」

 見事な反論封じ。ていうか、ここまで言われれば誰も何もいえまい。
 きっと誰もが、ジェイドはのぞいて、私が封印術を受けるまでずっとそういう生活をしていたと思っただろうから。
 でも、あの箱一つが国家予算の十分の一? だっけ。
 私の念具より高いよ。

「では、封印術を解いていくのは構わないんですか?」
「大丈夫、体は、ゆっくりと音素に馴染んでいるから。いきなり大量に流れ込んでくるから耐えられないんであって、少しずつ、体に馴染ませていく分にはむしろ好都合よ。封印術が解けるころには、喀血もしなくなると思う」
「ならよろしいんですが」
「はいはい、私は大丈夫なんだからさ、さっさといくよー」

 アリエッタイベントは多分ない。
 なら、地震が起きる前に、瘴気が起きる前に、さっさと渡ってしまおう。
 多少の瘴気なら、風に攫われてなくなるだろうし。








 案の定、アリエッタイベントは発生しなかった。
 今はすでにママの敵ではないのだ。
 ましてや今は、なんと私はママ候補。
 アリエッタの襲撃はなかったのだが――瘴気は発生した。

 イオンの体調も良くさくさく進めたと思っていのだが。
 そのまま進んでいれば確実に瘴気の時間は過ぎていただろう。
 途中で飛行型の魔物が飛んできて、重石をくくりつけた手紙を落としていったのだ。
 手紙は二通。
 差出人の名前は、私達の世界の言葉でアーヴァイン。
 もう一人は、こちらも宛名だけは代筆を頼んだのだろう。
 やはりあちらの言語でアリエッタ、と。

 拾ったルーク、読めない宛名。
 その手紙を落としていったのが魔物。
 と、ひと悶着あって、ごちゃごちゃやっているうちに地震がおき、地が割れ瘴気が噴出した。
 ティアが譜歌を歌うことは知っていたのであまり心配もしていなかったのだが。

 音階に直して歌うと結構間抜けだが、聞いているぶんにはまねできない何かがある。
 音素は体に合わないが、音の作る振動自体は嫌いではないし、心地よい。

「ユリアの譜歌か。ティアはユリアの子孫だっけ」
「え、ええ、そうよ」
「やっぱり音の音素意識集合体と契約したものの子孫だけあって、歌がうまいね」
「そうかしら。そんなことより、早く行きましょう? あまり持たないわ」
「なーなー、ユリアの譜歌ってなんなんだ?」
「危ないから、歩きながら説明するわ」

 と進んだところでガイにバトンタッチ。

 ルークの質問から簡易譜歌講座が始まり、ユリアと言う存在の特別性が語られる。
 私は正直興味もないし、聞き流している限り、ゲームで聞いたのとそう変わりはない。
 言っている内容が変わらないのだ。
 語尾、接続語が変わっているくらいで。

「妹のあんたがユリアの子孫ってことは、師匠もユリアの子孫か!?」

 本人が望む望まないに変わらず、尊敬する者、畏敬の念を抱くものが特別であると言うのは、誇らしい。
 その感情は分る。

「そうね」
「すっげぇ! さっすが俺の師匠! カッコイイぜ!!」
「ありがとうございます。いずれ機会があれば、譜歌のことを詳しく伺いたいですね。とくに『大譜歌』について」
「『大譜歌』? なんだそれ」

 知っている。
 それは契約の譜歌。
 でも、聞く限り到底歌えそうな気はしない。
 そもきっと、私には必要ない。

 話が終わり、いつの間にか歩を速めた彼等に追いつく。
 私を除いて最後尾のルークの横に並び。
 言葉も交わさずとなりを歩く。
 一度眼差しをよこしたルークはなぜか舌打ちをして、それでも邪険にすることもなく。

 密かに、けれど丹念にルークを観察して、小さな発見に共感の意を示す。
 誰かに馬鹿にされないように、と必死で興味をそらそうとしているルーク。

 けど、道端の見た事もない花や、毎日違う夕焼け、屋敷の中からじゃ見えなかった落日。
 移動するごとに匂いの変わる風。

 ちらりと横目で雑草の花を見て、興味を持っているようだと思えば私から大げさにはしゃぐ。

「ねえルーク。この花、小さくてかわいいね。なんていう名前なんだろう」
「俺が知るかよ!」
「名前があるんだろうけ、こういうところに咲いていると人括りに雑草、になっちゃうんだろうね」

「今日の夕焼けは、ルークの髪の色みたいで綺麗ね」
「俺の、髪の色?」
「そう! 落日、黄昏時。彼岸と此岸が交じり合うとき、って言うんだって」
「……へぇ」
「綺麗な夕焼けが出るとねぇ、明日は晴れるんだってさ」
「んなもん、気象預言があるから関係ねーだろ」
「旅してるとさ、いつでも聞けるわけじゃないじゃん? この調子だと明日はバッチリ晴れそうだね」

 言葉を掛けて、微笑を向けて。
 興味を持っているのに聞けないで居ると、私が勝手に喋りだす。
 もちろん、ルークが自分から頼んだわけではない! と言う逃げ道もつけて。
 初めの頃はその逃げ道を自覚なく利用していたルークだったけど、そのうち段々と頓着しなくなっていった。

 そうして着々とカイツールに辿り着いてしまったのですよ、と。






 カイツールは、静かな町だった。いや、砦か。
 国境の砦、めぼしいものもなし。



 早速入った宿で寝静まったころ、ルークがガイを誘って出て行くのを確認して、後を追った。
 とりあえず、ルークの身の安全をバチカルまで守ることは、ガーデンと魔女の名に誓った。
 ジェイドとの間にも雇用関係はあるが、その雇用に関してはその誓いを交わしていない。
 私にとっては雇用契約よりも今はルークとの誓いの方が大切なわけで。
 それはジェイドにも言い含めてある。
 ついでにライガに食べさせる魔物も狩りに行く。

 二匹には名前も付いた。
 アリエッタから送られてきた手紙に、もしまだ名前がないなら、と慎ましやかに二匹の名前があったのだ。
 アーヴァインと相談して決めたと可愛らしく書いてあった。
 まあ、アーヴァインと相談したからにはここの古代イスパニア? 文字だったかの意味は求められない。
 子ライガたちの名前は、どこか聞き覚えのある響きを持っていた。

 カーレッジとライブリー。
 勇気と、生き生きとした、という意味だ。
 付けたい名前の意味を聞いて、アーヴァインが自分の知っている言葉の中から音を当てたのだろう。

 一夜明けてカイツールを進めば、そこにアニスの姿が。
 尻尾が三又の猫をかぶっているが、四角四面お役所仕事の兵士には効果がなく。
 そして必殺『月夜ばかりと思うなよ』

 見事だ。

 感心している場合でもないのだろうが。

「アニス、ルークに聞こえちゃいますよ」
「きゃわーんv アニスの王子様v」

 イオンが言ってから一拍置いて。
 やっと気が付いてぶりっ子をはじめるが、傍目に見るともうおそい。
 のだが。
 たたた、と走ってルークに飛びつく。
 ガイがぐるりと後ろを向き。

「……女ってこぇー」

 一言。
 その肩に手を置くことができないから、逃げられない距離で並んだ。

「同じ女だけど私もそう思うよ。まあ、この場合多少のうらやましさも含めてね。私にあれは出来ない」

 むこうではアニスが脳震盪でも起こすんじゃないかと言うぐらいぶりっ子しながら会話をしている。
 女の怖さに気が付かないルーク。
 それははたして幸せか――あるいは幸せだと思う。

「ルーク様、アニス、ちょっと怖かったです……」
「そうですよね。『ヤローてめーぶっ殺す!』って悲鳴上げてましたものね」

 常々イオンの態度を見ていると、それなりの知識は刷り込めても経験は補えないのだと思う。
 それ悲鳴じゃないし。
 でもイオンのこれが計算ずくだとしたら空恐ろしい子だ。
 ジェイドなんか目じゃないね。
 耳が滑るから会話は聞かない聞かない。

「ところでどうやって検問所を超えますか。私もルークも旅券がありません。あ、キリエはどうなんでしょうか」

 やっとまともな内容だ。
 私に関して言えば、旅券なんてなくても国境越えちゃいます!
 大声で宣言は出来ないけど。壁だろうが塀だろうが垂直の壁だろうが登れるし飛び越えられる。
 我が道に障害はない!

「ルーク、久しぶりだな」
「師匠!」

 何処からともなく声が聞こえて、姿を現したのがヴァンデスデルカ。またの名を栄光を掴む髭。
 かっこいい登場を狙ったのかもしれないが、微妙に私の円に引っかかっていた。
 つまり、待っていたのが丸分り。
 言いやしないけど、かっこ悪い。
 それに、なんだかおかしい。
 ここは確かアッシュが飛び降りてくるはずだったような?
 ストーリーが変わっている……。

 アーヴァインか。
 とりあえず、私は身を隠した。
 目を付けられると、行動が不便だし。
 もう知れている可能性も高いけど。

「……ヴァン」

 憎しみか怒りか、戸惑いか。
 強い感情を篭めて兄の名を呼び捨てるティアの手にはナイフ。

「ティア、武器を収めなさい。おまえは誤解をしているのだ」
「……誤解?」
「頭を冷やせ。私の話しを落ち着いて聞く気になったら、宿まで来るがいい」

「ヴァン師匠……」
「苦労したようだな。しかし、良く頑張った。さすがは我が弟子だ」

 習い事の剣すら満足に教わっていなかったのに。
 あの髭にうれしげに笑うルークの姿が切なくて。
 髭に憎しみがわいてきて。
 念交じりの殺気をぶつけそうになるのを必死でこらえた。
 宿に行けばヴァンがいる。

 ……今日は野宿だ。

 と決意したのだが。
 なんとヴァンが宿から出てくるではないか!
 これこそは今日も私に宿で眠れとのお達しか!
 さらばだヴァン。
 そして私はいそいそと宿屋へ向かう。
 やはりベッドが恋しいのだ。

 そういえば予備も含めて人数分とか言っていたような記憶が、私の旅券はどうなったんだろう。




「やや、どうしたのそんなに空気が重くなって」

 ヴァンとの会話のせいだとは分っているけど。

「あ、キリエ……。キリエ!!」

 叫ぶルーク。
 まるで今まで忘れていました、と言う態度だ。

「そ、そうだキリエの旅券、キリエの分も旅券あるのか?」
「これは……困りました。残念ながらキリエの分の旅券はたりません」
「今からヴァン師匠を追いかけても間に合うかな」
「けど、予備も含めて人数分、とか言ってたぞ。ヴァン揺将はキリエのことを知らないんじゃないのか?」

 喧々囂々、足りない旅券について言葉は飛び出るが解決策は見当たらず。
 母上のためにも、私を連れて行きたいのだろうルークはわしわしと頭をかきむしった挙句、宿を飛び出そうとした。
 襟首を捕まえるのはさすがにまずい気がしたので、胴体を掻っ攫って止める。

「キリエ、止めるなキリエ! ヴァン師匠に頼めば、何とかなるかもしれないだろう?」

 何とかなっても、ヴァンに会うのは嫌です。
 フィクション、と思っていたものに寄せる感情をそのまま現実となったここに持ち込むのは危険だと、分っている。
 けど、私はこの感情を脇に置けない。
 怒りにオーラが混じりそうになるのを、必死に蓋をして、私はジェイド張りの張り付いた笑みで提案した。

「今から皆さんに提案です。マルクトにおける私の存在を、当分黙秘してください」

 はぁ? と、空気がそう呟いた。





 単純なこと、提案は国境破りだ。
 最初からマルクトにはいなかったこと、にすれば問題ない。
 目撃者、と言うのも、タルタロスから先にしかいない。
 しかも、偽装は大の得意だ。
 マルクトにいた御堂霧枝を隠してくれ、と言いはしたが、その必要もないくらいだと自負している。

 問題があるとすれば、アニスの密告と、隠れてはいたが姿は見られていたかもしれないヴァンだけだ。

 不安そうではあったが、しぶしぶにせよいやいやにせよそれを承諾させた。
 カイツールのキムラスカ側でも一泊してもらうことを約束して。
 チェックアウトの頃合に、カイツールの外で待っていると。

 見晴らしのいい地帯が広すぎて、さすがに真昼間に出て行くのは大変そうだった。
 日に日に大きく重くなるライガ二匹、カーレッジとライブリーは、ルークに頼んでいっしょに国境を越えてもらうことにした。
 ライガが二匹いたって、ルークの持たされた旅券でなら通り抜けられるはずだ。

 ルークたちが国境を超えるのを見届けて、私は表向きカイツールを出た。
 近場の林に潜んで夜を待つ。





 その国境線は、どちらの国も恐らく譜業だと思しき光に照らされていた。
 規則的に動く光と、無規則に動く光。
 その二つをじっと観察する。
 一筋闇の道を作るように、全てのライトがない狭間に私は跳躍した。

 何もない国境線をひた走る。
 間違って多少ライトに当てられても、霞と間違えるだろくらい、今の私は早い。
 光の中を走っても見つからないだろうと思っている。
 まあ、用心には用心を、と。

 走って走って、キムラスカ側の砦を見つけて踏み切った。

 壁に触れる事無く砦をこえ、そのまま近くの林に身を隠す。
 円を広げて周囲を警戒し、着替える。
 まあ、着替えてみたところでこの世界の服装の基準からすれば外れているのだが、それはまあ、これも念具だし。
 防具だし。
 そして一枚のクッキーを口にして。
 全ての準備は完了し、そして私は人影を迎え入れた。






「いねぇなぁ。まさか、失敗したのか?」
「さて、特別に捕り物騒ぎは無かったように思うのですが」

 きょろきょろと周囲を見回すルーク。
 一応大佐もガイも、彼ほどあからさまじゃないが周囲に眼差しを送る。
 アニスにいたってはライバル候補と認識されてしまったのか探すどころか私を探すルークを見てぷりぷりだ。
 ティアは昨日の落ち込みをまだ引きずっているようだった。
 私は絶をして、ガイの背後から近づいた。

 場合によっては彼には大変申し訳ないが、ちょっとした実験もかねて。

 そっと手を伸ばし、首を捕まえた。

「ヒィッ!」
「おはようガイ」
「ヒ、ヒィィキリ……エ?」

 いつもの恐慌状態に陥って腰を抜かそうとしたのだろうが、途中から声のトーンが変わる。
 途中から不思議そうに自分の両手を見て、それから振り返る。

「キリエ……か? あれ、おかしいな。女性恐怖症がでない」
「ガイ、おまえ、女性恐怖症治ったのか!」
「良く見てよみんな。ほら」

 ガイの手を掴んで胸に押し付けた。
 真っ平な胸をさらさらとに三度なぜて。

「ないぃ!?」
「なんだったら下も触ってみるか? ちゃんと付いてるぜ?」

 男っぽさを意識して言葉を出す。

「いやいやいやいいいいいい、てかキリエ、男ぉ!!」

 だいぶ混乱しているようだった。

「声も少し低くなってるだろう?」
「いや、キリエ普段から低い声でしゃべるからわかんねーって」
「そうか? ま、いいけど女の声には聞こえないだろ?」
「まあな」

「うそー! キリエって男だったのー!! きゃーv」
「キリエが男……。で、でも昨日までは確かに女だったわよね? 胸くらいならともかく、だって、骨格まで違わない!?」
「身長も、違うようですね」
「だあー! キリエ! 俺より高くなるなつーの!」
「まあまあルーク、ルークはこれから成長期だろ?」
「ちっ」

 ガイのとりなしでふてくされながらも矛を収める。
 身長何センチ?
 確か一七七cm超えだったような気がする。
 それに靴底が三センチ以上の靴を履けば、百八十……。
 女だったときの身長が百六十ちょい超えだったから、視界の高さも何もかも、まったく違って見える。

「これも偽装の一つさ。髪の色目の色はともかく、性別が違えばまず同一人物とは思わないだろ?」
「まあ、そうですね。どういう理屈で骨格まで変えてしまったのか、じっくりと伺いたいところではあるのですが」
「ねね、キリエって本当は男? それとも女?」
「アニスはどっちの方がいい?」
「アニスはぁ、王子様の方がいいかもv」
「アニスの王子様にもなれるよー? 全部本物だし。それにお金持ちだぜ?」
「キャーvv」
「キリエは男になっても素敵ですね」
「ありがとうイオン」

 昨日までは母親の気持ちでやっていたのを、今度は父親の気持ちになってみて少し乱雑にイオンの頭をかき回す。
 それにイオンは少しくすぐったそうに笑った。

「ジェイドー、そんな目で見ても教えてやらないぜ?」
「やれやれ、ですね」

 いつかこの神秘を体感させてやるよ、とは言わずにただにやり、と昔練習した男くさい笑みを浮かべ、多分性別が変わったせいで体臭にも変化を来たしたのだろう、私を私であると確信を得られずにふんふんと鼻を鳴らして近づいてくるライガたちを抱き上げた。
 ……重くなったなぁ。







 野宿の夜に、私はひっそりとアニスに近づく。
 いつもこの時間でも起きているジェイドには、すでにスリプルをかけてあるし、ガイにも念のため、眠りに着く前にスリプルをかけた。
 もちろんティアにも。
 イオンとルークは小細工なしにも疲れてぐっすり眠っている。

 そしてアニスには、さっき飲ませた水の中に秘密の薬品が。

 薬品名“ナイトメア”

 スコールが魔法と念を組み合わせて使う、現実と区別が付かないような都合のいい夢を見させることが出来る念を、モデルに解析して構造をまねた薬だ。
 それを呑んだアニスの目はとろりとしていて、けれど眠ってもいない。

「さあアニス。私の質問に正直に答えて」
「……うん」

 心を正直にしてしまう。

「もう、あなたの主に私のことは伝えたのかな」
「……まだ、これから」
「そう。なら、あなたはこれから、夢を見なさい。私のことを書いた報告書をモースに送った。あなたは任務を果たしている。いいね?」
「……うん」
「では、お休みなさい」

 かくん、と頭が落ちた。
 睡眠の領域に入っている。
 これで目覚めたときにはすでに私のことは報告済みだと思うはず。





 翌朝、自らの睡眠事情に不審を覚えたらしきジェイドにじっと執拗なほどに見つめられたけど、知らない振り見ないふり。










 さてと悩むのはカイツール軍港。
 進む途中でコーラル城とカイツール軍港への分かれ道の看板も見た。
 コーラル城は始末しておきたい常々思っているのだが。
 同位体の研究を奴等に渡すのも面白くないし、何より危険だ。
 カイツール軍港では恐らく立場上襲撃されることもないだろう。
 アッシュにはアーヴァインが付いている。

 おそらくアーヴァインは、アッシュの心に触った。
 何も知らずとも、何かを変えた。
 いや、何も知らないからこそ、下心なくアッシュの心に触れえたのだろう。

 とにかくだ。
 順調に船に乗れば、コーラル城に行くことはないだろう。
 あれからも事あるごとに、一応アーヴァインと連絡は取り合っている。
 頼めば何とかなるだろうか?
 コーラル城での戦端、そこのフォミクリー施設で得た情報が戦場でのディストとの戦闘の理由にもなるなら、これも恐らく潰れる。
 いや、面倒がないなら、いいか。
 本当に気にするべきは、アグゼリュス。







 ヴァンの望みは――アグゼリュスで潰す。









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