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深淵ボート 5
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スタンロッドを持つルークは、迷っている。 見つめる眼差しが、ゆれている。 「悩みなさい青少年。人を傷つけることを恐れるのは正常な心の働きだわ。人を傷つけることに快楽を感じる人間でも、殺してしまえばとたんに恐怖するも者が多いものよ」 「俺も、戦う」 「そう」 「結局どうするんですか。あなたを戦力として数えてもよろしいので」 「ああ。そうしてくれ」 「わかりました。では行きましょう」 早速の牢破り。 っていうか、投げつけたの何? 破ってぱっと駆け出して、伝声管に言う。 「死霊使いの名において命じる。作戦名『骸狩り』始動せよ」 タルタロスの動力が停止した。 目指せ左舷ハッチ。 と、移動しているわけなのだが。 いいもの、があるからと貨物を移動させようとしているのだが。 いつもの舌鋒でルークをけしかけて働かせようとしているのを蹴りつける。 「あんたも働きなさいよ。この艦の責任者でしょう?」 「いやあ老体にはきついです」 「私より若いでしょ、この年齢詐称」 「私なら構わないわ」 「こいつは少しぐらい使った方がいいんだよ。さっきだってなにが『ヒ・ミ・ツです』よ。見た目に騙されそうだけど、あんたもうお茶目で済ませられる歳じゃないんだから」 「やれやれ」 「さあ、ルークも、その自慢の腹筋が本物かどうか示して見せて!」 「あなどんなってーの!!」 挑発したわけじゃないけど、うまく乗ってくれた。 封印術を受けていないジェイドなら、いいものなんか無くてもどうにかなりそうな気はするけど。 私にしたところで素手で壁をぶち抜けることは言わない。 「有りましたよ」 「? これが『イイモノ』か?」 「大佐、これは爆薬ですか?」 「爆薬ぅ!? なんでそんな危険なものが?」 「艦内に物資の横流しをしている集団がいましてね」 「ジェイドのことだからとっくに突き止めていたんでしょ? そんなもんさっさと取り締まっとけって」 「今回の航行で調査が終了したんですよ。まあ、無駄に終わりましたが」 「なるほど、これに火をつけて壁を爆破するわけですね」 「おっかねぇな、大丈夫なのかよ……」 といいつつも、眼差しは興味津々。 「爆発に巻き込まれなければ平気ですよ。さ、急ぎましょう」 「発火は譜術ですか」 「いえ、ミュウに頼みましょう。出番ですよ、ミュウ」 「はいですの!」 「うわ、ちょっとま……」 ぽう――ズガァン 「び、びびったぁ……! おまえ、いきなりすぎるんだよ!!」 「みゅぅぅぅぅぅ、ごめんなさいですの……」 「いえいえ、上出来ですよミュウ。さて、そろそろいきましょうか」 「お、おう……」 と返事をしつつも。 こちらを見ながら思案するらしきルークの肩をたたいた。 「慣れだよ、慣れ」 それが全ての真実だ。 「今回の襲撃、やはり和平の妨害が目的でしょうか」 「妨害方法としては、イオン様をバチカルにいかせないのが最も手っ取り早いのですが」 ていうかティア、ジェイド、こんな狭い場所を渡りながらのんきに会話ですか? 高所恐怖症の人ってこの中にいないの? ああ、落ちても死なないだろうけど、それでも私はちょっと怖い。 砲台が遠いなぁ。 「マルクト領内ででもキムラスカ領内ででも、さくっとやっちゃえば、和平の妨害どころかそのまま開戦の理由にもなる。ルークもだよ? マルクトで死ぬと、キムラスカはマルクトへの宣戦布告の理由になる」 「ですがまあ、今回はそのどちらでもなく、お二人とも今のところ無事です。しかし目的が危害を加えることにあるのでもなくマルクトの軍用艦を襲撃するくらいですからねぇ」 「裏があると?」 「推測だけで語るつもりはありませんよ。この件が片付いた後、ゆっくり考えましょう」 へいへい。 私が殿を努めるからさっさと行ってくれ。 もうめんどくさくなったから、飛行型の魔物は片っ端から翼を狙撃して、ライガには縁をもって退去いただく。 剣で傷つけられた壁など戦闘の痕跡は見られるが、戦ったと言うにはあまりに少ない。それに血もあまり落ちていない。 ……アーヴァインがいたし、少しは期待してもいいかな。 生け捕りを。 左舷ハッチに突入して、すぐ。 見知った気配を僅かに感じて、指サインを送った。 《知る 世界 自然 逃がせ》 この世界のことを知っている。 今回は自然に逃がせ。 と言う意味を篭めたが。 「どうやら間に合いましたね。現れたようです」 「タルタロスが非常停止していることには気がついたか?」 「さすがに気付いているでしょう」 気がつかないならいくらなんでも警戒心? 足りないよね。 「それより、このタイミングでは詠唱が間に合いません。譜術は使いないものと考えてください」 「ちっ、役にたたねーな」 「そんな言い方、最低だわ」 「でも真実よね。体術なら私のほうが勝ってるし」 「キリエ! あなたどっちの味方なの!」 「それはもちろん」 「もちろん?」 いやぁ、ジェイドって本当に、現実でもわざとらしい生き物だ。 小首を傾げても可愛くないし。 「……真理の味方」 だよ、ね? 「あ、それとティア」 「なに?」 「安易にどっちの味方! とか言わない方が多分いい。その発現は容易に敵を作る。灰色の者まで敵に回すから」 「……」 がしゃん、と非常用の昇降口が開く音がする。 鎧を鳴らして階段を登ってくるものが一名。 短く役割を決めて、場所に着く。 開く扉。 ミュウを構えていや〜、な笑みを浮かべるルーク。 「ほら、火ぃ吐け!」 真正面からミュウファイアを受けて転がり落ちる兵士。 飛び出すジェイド。 投げた槍はコンタミで回収されて、攻防ともいえない攻防を経てリグレットの首筋へ。 リグレット、カッコイイ……。 「さすがジェイド・カーティス」 「お褒めいただいて光栄ですね。さあ、武器を捨てなさい」 ぼろりと譜銃が落とされる。 ルークもスタンロッドで兵士を殴った。 「ティア、譜歌を」 「ティア……? ティア・グランツか……!」 「リグレット教官!」 これを隙というのだ。 襲い来るライガ、回収される譜銃。 というか、全快状態のジェイドの前でこれだけの行動を取れる六神将って、基本スペック凄いと思うよ。 私凡人ですから。 百年単位で鍛えまくってやっとこれですから。 ねぇ……。 ぐるぐるっと回って、またしてもイオンを確保されてしまった。 ルークも人質にされていないし、譜銃の銃口もティアとジェイドにしか向けられていないけど。 個人的な感想を言わせてもらえば、そもルークって、弱すぎて敵じゃないって感じだもんなぁ。 さて、どうしよう。 私も私で、一応アーヴァインと牽制し合っていることになってるんだよね。 ほらここにいる。 「アリエッタ、タルタロスはどうなっている」 「制御不能のまま……。このコが、隔壁引き裂いてくれて、ここまでこれた……」 「良くやったわ。彼等を拘束して……」 ちらちら、ちらちらと。 陽光に布がはためき。 飛び降りてくる、人影。 っていうか、どうして無事なの!! 下は肉布団? リグレット複雑骨折? 内臓破裂? 体の頑丈さも私の世界の常識当てはめちゃ駄目なの? だって強くなれば剣戟で壁とか柱、普通に壊しちゃうんだよね!? 飛び降りてきた黄色い影はリグレットに体当たりをするとイオンを攫ってゴキブリのごとく駆けつけてきた。 放たれた譜銃の弾を剣ではじき返し。 つーか……。 普通鍛えても無理だよね。 私の世界なら。 なんだ? もしかして私の生まれた世界はこうして世界を回ってみると、最弱だったりするんだろうか? もしかして私が弱いのも私の才能のせいじゃなくて地球人だから!! 「ガイ様、華麗に参上!!」 うはー……はずかしい。 アーヴァインが実戦中だというのに珍しく顎を外してるじゃないか。 「きゃ……」 「アリエッタ!」 「さあ、もう一度武器を捨ててタルタロスの中へ戻ってもらいましょうか」 人質にピンクの髪の女の子。 形勢逆転だ。 数の暴力も含めて。 リグレットはアーヴァインを見て、アーヴァインは首を振った。 「さすがに僕も、キリエの相手をしながら死霊使いも何とかできるほどの力は無いよ。キリエは強いからね」 ナチュラルだ。 言っていることも真実だけど、これで自然に、開放される。 状況を見て、だまってタルタロスへ向かうリグレット。 続いてアーヴァイン。 「さて、次はあなたの番です」 「あ、ちょっと待ってください」 促すのをとどめてアリエッタに近づく。 仲間の匂いや声に触発されたのか、背後の子ライガは静かなもんだ。 なんというか、ぎんぎらに目を見開いて、その姿、音、匂いの情報を取り込もうとしている。 「この子達、あなたのママの新しい子供達なんだ。私が暫定的にママね。とりあえず兄弟、よろしく」 「……さっき、友達がママのこと知らせてくれた……。そのコがママの子供達、アリエッタの……兄妹」 「そう」 「あなたは……アリエッタの兄妹の、ママ……?」 「そう」 「じゃあ……アリエッタの、ママ?」 「……そう!」 短絡的な三段論法だけど、こういう子供なら歓迎しちゃう! 今更一人二人増えても変わらないって!! 「アリエッタの……ママ……」 うつむいて真っ赤になっている。 もじもじとする様子に捕まえているはずのジェイドが今にもため息を尽きたそうだ。 「それでね、アリエッタ。私はアリエッタのライガママと、この子供達のことで大事な約束をしたの。チーグルの森を引っ越すことと、人を襲わないこと。それを条件に、この子達は責任を持って育てるって。まあ、あっちの約束については、アリエッタのライガママが直接率いていた血族だけに適用してるんだけど」 「……うん……」 「まあそれで、アリエッタにも尋ねにきたの。あなた、六神将やめて私の娘にならない? 大丈夫。戸籍ならそこの大佐に何とかさせるから」 最初に尋ねたかったことと趣旨はまったく違うのだが、今はこっちの方が大事。 おお、ピンクの髪の、ゴスロリ娘!! 思考回路が単純なところもかわいい。 抱きしめようと手を伸ばすと、自然にジェイドが引いた。 多少強引に抱きしめる。イオンにせよルークにせよ、愛情の足りない子供には一次的接触が結構有効なんだけど、アリエッタはどうなんだろう。 猫系の動物はあんまり擦り寄られるとむしろ逃げてしまうものだけど……。 「すぐに答えを出せ、とは言わないわ。一度里帰りして、ライガママともよく話し合いなさい。でも、私はアリエッタが来てくれたらとてもうれしいわ。この子供達を育てるのにも、協力して欲しいし。ね?」 「……うん……」 「さ。じゃあ今はいって。また会いましょうねアリエッタ」 「……うん……。あの……あの……」 「なんだい?」 「……アーヴィンと、……知り合い、ですか……」 「うん、そう。彼のこと、好き?」 「……アーヴィンの、お菓子は……美味しい、です……」 食べ物で釣るとは。 さすが野生の娘だ。アーヴァインもやるね。 「……あの! イオン様のこと、よろしくお願いします……」 アリエッタの引き連れたライガと共に、タルタロスに入るのを見送った。 想像以上に可愛い娘だ。 「しばらくは、全てのハッチが開かないはずです」 と言うので子ライガを下ろした。 徒歩になるならリュックは必要ない。 獣臭くなったリュックをポーチにしまう。 それをまじまじと不思議そうに見るルーク。 ガイも眼差しに興味が。 じっと見つめて、正気に返ったように言葉をつむぐ。 「やー、探したぜ。こんな所にいやがるとはなー」 「ああ、助かった! ……ガイ、良く来てくれたな」 「ところでイオン様、アニスはどうしました」 「敵に奪われた新書を取り返そうとして、魔物に船窓から吹き飛ばされて……。ただ、遺体が見つからないと話しているのを聞いたので、無事でいてくれると……」 「それなら、セントビナーへ向かいましょう。アニスとの合流先です」 「セントビナー?」 「ここから東南にある町ですよ」 「わかった。そこまで逃げればいいんだな」 「あんたの部下は? この陸艦に、まだいるんだろう?」 「生き残りがいるとは思えません。証人を残しては、ローレライ教団とマルクトの間で戦争になりますから」 間違って皆殺しが漏れればそれこそ戦争なんだけど。 証人、っていうなら、今回もゲームで描かれていた世界にしても、ジェイド・カーティスが生き残っているわけだし。 「何人、艦に乗ってたんだ……」 「今回は極秘任務中でしたから、常時の半数――百四十名ほどですね」 「百人以上が、殺されたってことか……」 「行きましょう。私達が捕まれば、もっと沢山の人が戦争で亡くなるんだから……」 「はいはーい、ちょっと意見」 「何ですかキリエ」 赤い目が、意見は挙手をしてどうぞ、と言っているような気がする。 「意見の前に自己紹介を。私は御堂霧枝。キリエがファーストネームよ。キリエって呼んでくれて構わないわ」 「あ、ああ、わかった。俺はガイ。ファブレ公爵のところでお世話になってる使用人だ」 「私はマルクト軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です」 「私はティア。ティア・グランツよ」 「あんたが……」 「今回のことは、本当に申し訳なく思っているわ」 「はいストップ。何時までも留まっているわけにもいかないし、歩きながらにしましょう」 「で、私が言いたかったのはタルタロスに関してなんだけど」 「何です?」 てくてくとあるく。 薬が効いているのか、イオンの顔色もいい。 「ねえジェイド、神託の盾騎士団の兵士達、偽装していたでしょう」 「……そういえばそうでしたね」 「ジェイドがラルゴの事を見抜いちゃったから、あんたにとっては偽装の意味があんまり無かったみたいだけど、一般兵には相手が神託の盾騎士団だって言うのは伝わっていないと思う」 「……」 「アーヴァイン、って男がいたでしょ」 「ええ」 「彼、さ。私のガーデン仲間なんだけど、一人で戦艦の一つや二つや三つや四つ、ぶっ潰せるだけの力は持ってるのよね」 「それがどうかしましたか」 「だからさ、多分生きてる。何人かは死んだかもしれないけど、多分過半数は生きている」 「本当か!!」 「うん。ガーデンは雇われの庸兵なの。信用で雇い雇われる。契約書も基本的に残さない。でも、捕虜の扱いについては厳しいのね。偽装を提案したのも多分アーヴァイン。なら、無血、とまでは行かなくても、無駄な殺しはしないと思う。証拠を残さなければ、開戦の理由としては薄いしね」 安堵の吐息と厳しい眼差し。 あんたも一緒に安心しておきなさいよ。つか、喜んで見なさいよ、ジェイド。 「憶測だけで話さないで欲しいのですが」 「行動による確率論よ。人は時として結果より過程を欲しがるの」 国が二国しかない、なら、何処の第三者を味方につけるかが問題だろう。 ダアトのトップが今ここにいるからなんともいえないが、曖昧な証拠や証言で戦争を開始しても、私達の世界なら数ある第三国の批判とかが結構出るんだけど。 ここ、どうなんだろう。 しっかりかっきり示せる証拠じゃないと、マルクトとダアトの戦争に、きっとキムラスカも加わるよね、ダアト側で。 もともと敵国どうしだし“不確かな証拠”で開戦したとあっては、ねぇ。 「でも、確証が出来るまでは、他言無用にお願いね」 すぐに頷いてくれるのはガイとティア。 「そういえばガーデン、ですか。ここにくるまでにも幾度か言っていましたが、それはなんなのですか」 「私達の母体。ガーデンと、そこに所属するSeed」 「先ほどの男も、あなたの仲間、なのでしょう?」 「そ。タルタロスで話したよね。あいつも、戦いに身を置いてまで選んだ仲間の一人」 「あなたは、その選んだ仲間と武器を向け合うのですか」 「言ったでしょう? 基本的に私達は庸兵だって。多い確率じゃないけど、敵味方になる立場に雇われることもある。今回はお互いに、互いがどこに居るのか知らなかったし。雇われたからには雇用者の不利益になる事はできないでしょう? それに、チーグルの森でジェイドに拾われたからなんとなく付いてきているだけで、私まだフリーだし。どうしても、となれば、無理に敵対する理由も無かったのよね」 「……」 黙るなよ、ジェイド。 雇用の試算をしているなら、残念だったね。 間違ってもあんたの下で何て働けるか!! 「とりあえず、感謝しましょう。あなたがあの男を抑えてくれなければ、私達はイオン様を取り戻せなかった」 「とりあえず、受け取っときましょうか」 どーしてこう、素直じゃないのかねぇ。 「戦争を回避するための使者って訳か。けど、なんだってモースの奴は戦争を起こしたがってるんだ?」 いつの間にか話題は代わり。 っていうか、女性恐怖症話題から逃れたような無理な方向転換。 今回は私が手を差し出して、飛び退って逃げられました。 怯えるガイは、弄りたくなるのがすっごく良く分る可愛さだった。 心的外傷後ストレス。 ぶっちゃけこうやってからかっていいような類の心の傷ではないんだけど、可愛い。 ごめん。 「それは、ローレライ教団の機密事項に属します。お話できません」 「なんだよケチくせぇ」 なんでも機密機密で逃れられると思うな! とも思うけど、ルーク、イオンは別にケチでもないんだよ。大盤振る舞いでもないけどね。 「理由はどうあれ戦争は回避すべきです。モースに邪魔はさせません」 「ルークもえらくややこしいことに巻き込まれたなぁ……」 「どーせ、スコアが詠んだんでしょ、戦争を。スコアスコアスコアスコアスコア! そんなに未来を知って何が楽しいのかしらねぇ。たぶん、秘預言ね。時期的に第六譜石、かな」 「そんな! 預言が戦争を詠んだからって!!」 「けど、預言遵守派のモースがイオンを監禁してまで戦争を起こそうとしているって言うのは、言い換えればそういうことだと思うけどね」 「そんな、こと……」 「キリエ、あなたは……」 イオンが立ち止まり振り返る。 私も立ち止まると、健気にもずっと歩いて付いてきていた子ライガ達も立ち止まった。 小さい図体でけれど低く鳴いて、足にまとわり付いてくる。 「モースは嫌いよ。彼は踏みにじるものの体現者だから。預言を妄信し、ユリアが残した真の意味を取り違えた」 こんなに厳しい不審者に対する視線を複数受けて飄々としていられる精神は一体何処で身につけたのでしょうおかあさま。 死ぬ前には一度お会いしたいと思っておりましたがきっともう無理でしょう。 似たような類似世界には何度かたどりついたけど、そこに私を失った私の母はいなかった。 世界の数は限りなく、念能力によるマーキングもしていない世界なんて、きっと辿り着けない。 むしろ度胸については子供達に問うべきか。 子育ては神経が太くないと出来ません。 それでも真っ赤な瞳が厳しい眼差しを宿すと、凍り付いてしまいそうだ。 「ところでファブレ公爵の使用人ということはキムラスカ人ですね。ルークを探しに来たのですか」 こっちもガイに負けず劣らずの強引な話題転換。 「ああ。旦那様から命じられてな。マルクトの領土に消えてったのはわかってたから、俺は陸伝いにケセドニアから、グランツ閣下は海を渡ってカイツールから探索してたんだ」 「ヴァン師匠も探してくれてるのか!」 「……兄さん」 ティアの視野も、狭いと言えば、狭いんだけどね。 「ジェイド、後方より複数の兵士がやってきてるわ。しっかり働いて頂戴?」 「やれやれ、歳よりはあまり扱き使わないで欲しいのですが」 どう見ても外見はまだ二十台だろう。 老けないっていいなぁ、とはもう言わないけどさ。 「……あの男がいたら、あなたはどうします?」 「さーって。とりあえずルークの身に害がなければ傍観、かな。フリーなのにわざわざ戦いたくないしね」 「私が雇うと言ったら」 「セントビナーまでに十万ガルド。その後は応相談」 「いいでしょう、雇いますキリエ。では、キリキリ働いてくださいね」 「しゃーねーなっ! っとぉ」 こんなに早く前言撤回――前念撤回? する事になるとは。我が事ながら驚きだ。 あの時は本当に雇われるの嫌だったんだけど、そういや手っ取り早く金を稼ぐのにはいいかな、とすぐに思い直した。 私の念具はとても有効なものが多いけど、だからこそあまり表で堂々と流したくないものも多い。 それは裏社会に流す、と言う意味ではなく信頼できる筋に流す、と言う意味で、不特定多数の手には渡らせたくないものも多い。 念具の販売はある程度のコミュニティを形成してからが望ましい。 けれど今はそれがない。 けど、すぐ側にそのコミュニティを持っていてある程度信頼をおける人間が居る。 利用しない手はないでしょう。 子ライガたちにマテをさせて、前に進み出る。 横でルークも一歩踏み出した。 それを見てあわててガイも踏み出す。 「俺も、戦う」 握るのは刀身のない剣。 ぽちっとスイッチを押し―― 「あれ?」 「ああ、エネルギー切れだね。スタンモードって意外と消耗早いのよね」 「はぁ! ちょ、ちょっと待てよ! 俺これ以外に武器なんかもってねーぞ!!」 「そんなあなたに合いの手を。どーぞ」 「……」 差し出したのは名前も知らない剣。 カトラスより僅かに長く、反りも薄い。 けれどその鋭利な断面は、念もかけられていて鎧ごとだって引き裂いて剣に傷み一つなく、致命傷を与えるだろう。 「見れば分ると思うけど、実剣よ。よーく切れるわ。考えて。相手は人間。殺すことになるかもしれない。あなたはまだ逃げられる。さあ、どーする?」 「……戦う」 「ガーデンと魔女の名にかけて、守るわ。けど、自分でも死なないようにしてね」 「おう」 「おやおや、あなたのことは私が雇ったと思ったのですが、私のことは守ってくださらないので?」 「私を除けばいっちゃん強いんだから、軍人がぶー垂れない。それに、あんたが小さいころにも、ガーデンと魔女の名にかけて、誓いはあげたでしょう?」 「まあ、いただきましたが」 「どうせあのころは価値がわかってなかったんでしょう? ガーデンと魔女の名にかけて。なんだか最近乱発気味だけど、まあ、全部本当だからいいしね」 「逃がすか」 兵士は三人。 「叫ばなくても聞こえてる。いける? ルーク」 「おう……」 裂帛の気合で駆けて行くルーク。 ガイも追う様に走り出して、ティアも譜歌を口ずさむ。 私はサポートに回った。 「ルーク、とどめを」 剣をついてまだ立ち上がろうとする、神託の盾騎士団兵士に宣告する。 だから死霊使いなんて呼ばれるんだよジェイド。 いつかは迫られる決断だから、止めはしないけど。 ルークを王族として扱わないって決めたのも私だしなぁ。 「……う……」 この戦いの前に、傷つけることも奪うことも、心を痛めながらルークが決めた。 例えその本当の意味をわかっていなかったとしても。 だから、止めない。 ここも命がけの場所ではあるけど、本当の戦場では迷えない。 迷っているうちに、死んでしまう。 だからこれも、優しさと言えば優しさなのかもしれない。 分りずらいけど。 けど、迷ううちに剣ははじかれ、凶刃は振り上げられ、獲物をなくしてルークは無防備に見上げるのみ。 「ぼーっとすんなルーク!!」 剣を構えて走り出すガイ。 ルークをかばうべく走るティア。 そのティアの襟首を捕まえて放り出し、ルークの前には私が出た。 本当は、誰も傷付かない方が、いいんだ。 世界がそれを、許さないだけで。 今度こそ絶命させられる兵士。 背中を凪ぐ剣、その力に、ルークともども突き飛ばされた。 ルークを守って、受身も取らずに転がった私はバカでしょうか。 いやまああ、傷みは無いけど。 ああー、こっちに来るときは準備万端だと思っていたけど、衝撃無効が付いていないな、この装備。 衝撃より火とか、魔法とか、忍術とか、鉄砲玉の方が脅威と言えば脅威だったしねぇ。 転がって地面の匂いを吸い込んだ。 ……何処の世界に行っても、地面はいい。 アスファルトじゃない、コンクリじゃない、レンガじゃなくてタイルでも無くてブロックでもない。 しかもこの辺は道以外は草だから青臭さもいい。エンゲーブには行き損ねたし。 どっかで山菜取れないかな。 「……キリエ……お、俺……」 「どうした若人よ。大丈夫、血も出てないし、内出血も無い。私の体は鋼なのだよ?」 起き上がるとむしろ驚いて目を剥かれた。 失礼な奴等だね。 無事でなんでそんなに驚くのさ。 「馬鹿だねルーク。今、恐怖したでしょう。なら、覚えておいて。忘れなければ、いいわ」 言うそばからつつぅと腕を伝うぬるい液体。 「お、おまおまおま、それ!!」 「おお? これはどっちかつーと擦り傷だね。地面に対しては無防備だったからなぁ」 戦闘中でも意識を飛ばす癖は何とかした方がいいだろう。 本気の戦闘ならともかく、このくらいの奴だと結構違うことを考えてしまう。 集中を欠けば、このざまだ。 これも、本来なら負わなくて言い怪我の類だ。 子ライガが擦り寄ってきてぺろぺろとなめる。 あんた等の舌、ざらざらしていて痛いよ。 念具は使わずに、戒めのように白い布で止める。 バカは自覚すれば――きっとなおるはずだ。 |