深淵ボート 3



 ジェイドと一般兵一人が扉を潜って出てくる。

「おや、キリエ?」
「ジェイド。そっちの兵士何とかしてよ。にらまれすぎて穴が開きそうだわ」
「キサマ」
「やめなさい。彼女は陛下の客人でもある」
「あ、やっぱりそういうこと。ピオニーにも挨拶に行かなきゃと思っていたのよね」
「ですが貴方も、兵達の感情を逆なでしてもしょうがないでしょう」
「ジェイドのそばにいると毒舌がうつるのよね」
「それはそれは申し訳ない」
「心の無い謝罪はいらないわ」

 それこそ心無い戯言を交わしていると、イオンが出てきた。
 付いていた兵士に通常業務に戻るように言う。
 やっと目線から開放された。

「おや? イオン様?」
「キリエ、ジェイド。少し風に当たってきますね」
「分りました。気を付けてくださいね」
「はい」

 とことこと歩いていく細い後姿。

「キリエ、何時の間に随分とイオン様を手なずけたようですね」
「何をいうかねジェイドよ。手なずけたなんて人聞きの悪い。あんたと違って正直な笑みを浮かべているから向こうから人が寄ってくるのよ」

 バックミュージックが子ライガの鳴き声じゃどんな嫌味からも力が抜けるが。
 あまり賢いとは自覚しない頭でさあこれから、ピオニーもいないのにジェイドの嫌味に耐え抜けるか!! と構えたところで三人+αが登場した。

「何か御用ですか?」

 の台詞全てに警報が重なった。

「敵襲、かな。ジェイド、どう思う?」
「ルーク様、どうしよう!」
「ブリッジ! どうした」

 久しぶりに見る伝声管。
 FF8の世界にだって無いわけじゃないけど、ラグナロクじゃ使わないし、電車についているわけないし、一般的な飛行機械とかにもないし。
 電波が通じるようになったというのもあるし。

「前方、20キロ地点上空にグリフィン大集団です! 総数は不明! 約十分後に接触します! 師団長、主砲一斉攻撃の許可を願います」
「艦長は君だ。艦のことは一任する」
「了解!」

 いい加減な!
 とかおもったけど、ま、確かにこんなところから取れる指揮なんてそんなにない。
 それに、艦長がいるんだもんね。
 上がいるから伺いを立てたけど、艦長だもん。
 でも、第一戦闘配備って、どういう並びだろう。
 今回、乗員は普段より少なかったはずだ。

「四人とも、船室に戻りなさい」
「なんだ? 魔物が襲ってきたぐらいで……」
「グリフィンは単独行動をとる種族なの。普段と違う行動をとる魔物は危険だわ」

 轟音を立て、外観を見た限りぐらつきそうにも無いタルタロスが、傾いだ。
 バランスをとれずに壁にぶつかって、ついでに子ライガの頭も壁にぶつけた。
 キャン、と可愛い声が。
 ごめんよ。でも私も痛いんだ。ほら、後頭部に驚異的なたんこぶが。身長が三センチは伸びそうだ。

 入ってくる報告は常識的に考えにくいものばかり。
 しかも最後は悲鳴だ。

「ライガって、チーグルのとこであったあの魔物だよな」
「はいですの……」
「じょうだんじゃねぇ! あんな魔物がうじゃうじゃ襲ってきてんのかよ!」
「あのクイーンの群れじゃないよ。群れを離れたものか、あるいは別の群れだ。まあ、盟約を破ったなら私が直々に殺すけどね」
「そうしたところで死んだ兵士は戻らないのですがねぇ」
「人の頭脳は何のためにある。単純に復讐するだけなら獣と変わらないんだよ? ジェイド」
「何悠長に話してんだよ! こんな陸艦に乗ってたら死んじまう! 俺は降りるからな!」

 駆け出すルークと止めるティア。

「待って! 今外に出たら危険だわ!」

 追いかけるが、辿り着く前に扉が開き、ルークが弾き飛ばされた。
 そこには槍を持った兵士と、一人の巨漢。
 のっぺりした服にも、武器にも、所属を示すようなものは一つもなく、けれど目の前にいるのは間違いなく黒獅子ラルゴのはず。
 おかしい、誰が手引きした?
 この世界の人間は、戦争も、戦争の回避も、それほど上手じゃなかったはずだ。
 そもそも、こんな隠蔽を考える人間がいたか?
 いや、でも今はそんなこと考えている余裕は無いか。
 もうすぐ、もうすぐだ。チャンスは、一度。

「ご主人様!!」

 ミュウが叫び、ジェイドの譜術が放たれた。
 辛うじて避けるルーク。
 絶命する兵士。
 見向きもせずに、ルークの首に鎌を突きつけるラルゴ。

「……さすがだな、だがここから先はおとなしくしてもらおうか。マルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐。いや、死霊使いジェイド」

 うん? ジェイド、官位と預かりの隊が合ってない様な気がするよ?
 師団の師団長は通常将官だったような気が?
 だからフリングスさんが大変なのか?
 と、だめだ、余計なこと考えるなって。
 私はそっとライガの入ったリュックを下ろす。
 絶はとっくの昔に完璧だ。

「死霊使いジェイド……! あなたが……!?」
「これはこれは、私も随分と有名になたものですね」
「戦乱のたびに骸をあさるおまえの噂、世界にあまねくとどろいているようだな」
「あなたほどではありませんよ。神託の盾騎士団、六神将黒獅子ラルゴ」
「むぅ、やはりばれたではないか」

 口調が変わった。
 いや、語りかける相手が代わった。

「そりゃ六神将は神託の盾騎士団の制服なんて着て無くても特徴が知れ渡ってるからね。でもいいんだよ。目的は証拠を残さないことだから」

 姿は見せずに、声だけが答える。
 一平卒の顔なんて知っている人間はいないし、六神将にしたところで、いた、と言っても証言だけでは証拠は薄い。
 そもそも魔物たちが集団で襲撃していると言う時点で、妖獣のアリエッタの名に辿り着くだろう。
 誰だ?
 この入れ知恵をしたのは。

「まあいい。今はイオン様を貰い受けるのが優先だ」
「僕はもう行くからね」
「イオン様を渡すわけにはいきませんね」
「おっと、この坊主の首、とばされたくなかったら動くなよ」

「死霊使いジェイド、おまえを自由にさせると色々と面倒なのでな」
「あなた一人で私を殺せるとでも?」
「おまえの譜術を封じればな」

 左手で持てあそぶ赤黒い小箱。
 あれだ、国家予算の十分の一とかいう恐ろしい奴。
 それが、何気なく放り投げられた。

 ジェイドの頭上で滞空する小箱。
 私はジェイドを突き飛ばし、その効果範囲の真ん中に、立った。

 これこそが、目的。

「まさか封印術ですか!」

 割と全力で吹っ飛ばしたので結構悲惨なところまで飛んで行ったジェイド。
 私の足も悲惨なことになっている。
 どっちが敵か味方か分らないようなくらいにまで弾き飛ばされてそれでもすぐに起き上がり、状況を確認すると叫ぶ気力があるとは。
 と言うかジェイドは人並みはずれて変かもしれない。

「っち。導師の譜術を封じるために持ってきたが、まさかキサマのようなものに使うことになるとはな」

 導師ではなく、死霊使いですらなく、誰とも知れない彼等からすれば恐らく一般人。
 きっと使い損だと思っているだろう。
 暗いめまいを感じて一度だけ膝を突いた。
 張り詰めるジェイドの気配を肌で感じる。
 首筋の鎌を解かれ、座り込むルークに私は微笑んで見せた。

「ふっふっふっ」
「娘、何がおかしい」
「この時を、待っていたのよ」
「なに?」
「封印術、感謝するわ。これで私も、全力で戦える」

 そう、この時、この時を待っていた。
 体の異変の原因を音素と仮定し、ならばそれを取り込めないようにすれば、治るのではないかと。
 念具での回復もしているが、どんなに癒しても普遍的な外的要因まで排除できない。
 音素の取り込みは自分の意識で制御できない。
 なら、取り込みを阻害してくれる何かがあればいいのではないかと。
 場当たり的な行動だったが、恐ろしく正解したと言える。
 これなら、当分息をするだけで命の危機、と言う状況からは離脱できるだろう。
 正直な話、使用している念薬の消費も馬鹿にならないなぁ、と思っていたのだ。

 ちらりと子ライガたちの無事を確認し、とんとん、と床に踵を突いて調子を見る。
 痛くない。
 体がきしまない。
 内出血もなし。

 あふれ出るオーラを、全て回復にまわしてリジュネリングをつかって、念具を定期的に服用してあの様だったのに。
 久しぶりに開放したオーラは、酷く心地よく感じた。

 まずは手慣らし、と、ラルゴに飛び掛った。

「うぉ」
「にしし」

 乙女の笑い方じゃないが、この開放感、少しはハイになるってものだ。
 とりいだしたるは一番の双剣。
 一撃一撃は重いが、隙の多いラルゴを翻弄していく。

「さあ、どうしの?、まさかこれで終わり?」
「くぅ」

 癖になりそうだ。

 高揚に、私の弱さが露見する。
 力を手に入れて、なれどもそれに比例するほどの心の強さは手に入らなかった。
 心が弱いから、すぐに力に飲み込まれる。
 誰かより強い優越、誰かより優れている優越、誰かを見下ろせる優越、誰かをねじ伏せる優越。
 奢ればやがて潰される。  判っていても心はすぐに力に傾く。
 ハンター世界では自分より上位の実力者がゴロゴロ居たから驕れる事もなかったが、自制を重ねても、気がつけば心は力に飲まれかける。
 今のように、高揚に飲まれなぶるように刃を振るう。

 いつもなら、それを止めてくれる仲間が居るのに――


「ミュウ、天井に第五音素を」
「は、ハイですの」

 炎が吹かれ、照明用の譜石が輝きを増し目をくらませる。

「今ですアニス。イオン様を」
「はい!」

 駆け出すアニスを追撃しようとするラルゴ。
 そこは私が許しはしない。

 高揚は去った。
 私は私。
 もはやこの場で力に呑まれはしない。

「余所見はさせないよ、ねぇ、バダック?」
「キサマ、何故それを」
「あんたの子供は生きている。決めときな。あるいは唯一の味方となれるのかもしれない。ただ、子供に打たせるようなまねだけはするな」

 つばぜり合いで身長差がなくなったのを期に耳元で呟き、双剣で弾き飛ばす。
 追撃するように飛来した槍を避けきれず、腹部に受けるラルゴ。
 床に落ちるその姿は、まるで昆虫標本のようで――。

「さ、刺した――」
「刃物は、刺さるものだからね」

 ラルゴの腹部から槍を引き抜き、ジェイドに引き渡す。
 退屈そうな子ライガの入ったリュックを背負いなおし、ジェイドに視線を合わせた。
 でかいぞこのやろう。

「封印術を受けて、どうしてそんなに元気そうなんですかねぇ」
「相性がいいんだろ」
「つくづくあなたは不思議な人だ。まあ、いいでしょう。イオン様はアニスに任せて、我々はブリッジを奪還しましょう」
「がんばれよ」
「おや、協力してくださらないので?」
「今はこっちの方が大事」

 言って、呆然としているルークの脇に手を入れて、抱えあげた。

「なっ、ちょ、何するんだよ!!」

 ここまでされては呆然ともしていられまいよ。

「いくよルーク。私はあなたの命と存在を惜しむ」
「おや、私のは惜しんでくださらないので?」
「もういい年した軍人でしょう? 封印術も受けなかったんだし」
「まあいいでしょう。では、いきましょうか」

 言葉とは裏腹の不満を示して見せて、ジェイドは私に背を向けた。









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