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深淵ボート
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異界の、門を渡る。 両の肩に感じる二人の手のひらを心強く感じながら。 発現する念能力、現世から引き離される体。 そして。 「あ――」 唐突に、肩に感じた重さを失った。 三人の人間が、一つの異界へ運ばれる。 それは変わらない。 けれども 「引き離、された?」 現れたのは鬱蒼と茂る森の中。 響き渡る獣の鳴き声と、戦闘音。 「キリエ!」 知り合いの居ない筈の世界で共に世界を渡った仲間以外の声に名前を呼ばれた。 見上げればそこには整った面立ちの懐かしい顔。 「ジェイド?」 ならば、と首をめぐらせればあれはライガか、あの鮮烈な焔の髪はルークのものか。 何を言いたかったのか、とっさに口を開けば、そこから出てくるのは言葉ではなく――血液。 「かはっ……」 「キリエッ!!」 切羽詰った声で呼びかかけられても答える余裕も無い。 やばい病気を患った覚えも無いんだが、全身に針でも刺されたように痛い。 すぐにでも気を失ってしまいたいのに、それもできない。 触れてもいないのに内出血を起こし変色していく腕を見ながら、息も詰まる痛みをこらえて腰のポーチに手を伸ばした。 必死の思いで取り出したのは、タブレットタイプの念薬。 口に運ぼうとしても、力が入らない。 見かねてジェイドが口に入れてくれた。 ずっと呼びかけてくれているようなのだが、耳ももう聞こえていない。 口に広がる鮮血を水分代わりに薬を飲み干して急に消えた痛みに意識を失いそうになる。 けど、必死になってそれを繋ぎとめた。 ここには、仲間がいない。 そんなところで安易に気を失うことは出来なかった。 「キリエ」 「ああ、大丈夫、聞こえてるよジェイド」 血の絡まる声は決して耳に聞きいいものじゃないだろうけど、そこはあんた軍人でしょ。 勝手な言い分を内心で思う。 「大佐〜、お知り合いですかぁ?」 「え、ええまあ知り合いですね。それよりも今は」 「あっちのことなら手出しは無用だよ、ジェイド」 ぼんやり考える時間も無い。 もう一粒口に含んだ念薬を、飲み込まずにころころと転がしながら立ち上がる。 指にはリジュネリングをつけてもう一つ回復を図りながら。 効果があるのか否か不明だったが、この調子ならありそうだった。 理論を論ずるよりまずは行動か。 体はきしむが、これなら立って行動するぐらいは出来そうだった。 「何を言うんですか」 「あっちは、私が治める」 「そんな状態の貴方に何が出来るとでも」 「何でも出来るさ。生きてさえいれば、ね」 この私が、動物と意思疎通をする術を今まで模索しなかったと思うのか!! 元の世界であれば、チョコボとは代々の血脈に渡っての盟友である。 メズマライズは角が欲しいし、アルケオダイノスは一匹倒せばガーデン中で肉が食えるからあまり魔物の言葉――意思は解さないようにしているが。 普遍的に食べている豚や牛や鶏の言葉をいちいち理解していたら、私は魚も食べられない。 好物はポークソテーだと言うのに!! ふらつく私を自然と支えるジェイド。 子供の成長をこういうところで実感してしまうのはうれしいやら寂しいやら。 いつの間にか私よりも大きくなりやがってからに。 「ありがとジェイド。このまま支えてもう少し前にいってくれない?」 「……お断りします。やはり立つことさえ侭ならない貴方が前にいって何が出来るとは思えませんから」 「じゃあいいよ、勝手に行くから。けどせめて、譜術を使うなら私の行動が終わってからにしてよね」 言うだけ言って、返事を待たずに前に出る。 踏みしめた足の裏で、細胞が潰れて内出血がする。 痛いし気持ち悪いし、散々だ。 「何をするつもりですか」 何時私が倒れても支えられるように構えている。 いや、ナイトがいるってのもいいね。 アーヴァインはセルフィ専用ナイトだし、スコールはリノア専用ナイトだし。 まあ、アーヴァインは女性全般に優しいし、スコールだってこれくらいの気遣いが出来ないわけじゃないけど。 「交渉、かな。あるいは脅迫」 後ろにジェイドとアニスを従えて、私はライガクイーンを見た。 すばらしい。 「だめ、こちらの攻撃がまるで効いていないわ」 聞こえてくるティアの声。 そりゃそうだろ。 あの毛皮は、ちょっとやそっとの剣じゃ切れないし、ティアが持つ軽いロッド程度じゃ打撲とも感じまい。 「後は私に任せな。ほら、ジェイドはイオン様でも守ってなさい」 「あなたは?」 「詮索は後だ。ほら、叶わないと知ったら引くのも賢い選択だよ」 「偉そうに」 「今はあの人に任せましょう。私達では叶わないことは分っているもの」 「ちっ、わーったよ!」 ライガが警戒の唸り声を上げる。 攻撃の手がやんだからか、二人がじりじりとライガを伺いながら下がってきた。 そう、偉い子だ。 どっちもね。 私の力を本能で感じるライガも、ティアもルークも、見守っているジェイドも。 「みゅみゅ?」 「通訳は要らないわ」 「みゅ? そうですの?」 「倒すわけじゃ、無いけどね」 つか、チーグルって、思ったより可愛くない。 豚にもサルにも似てないけど、可愛い、っていって頬を染めることは出来ないなぁ。 日本昔話系なら、かぶると動物の言葉を理解できる頭巾だろうか。 某青タヌキならなにか……あったかどうか覚えていない。 けど、やはり意思といえば頭か喉か。 ティアラかチョーカー。 頭巾は個人的な感覚から却下。 そして念具製作において私が選んだのは、ティアラ。 簡単じゃん? 見栄えもいいしね。 軽量銀で作られたティアラを頭部に装着し、私はライガにむかう。 多くの眼差しを感じながら。 そんなに見つめないで、照れちゃうじゃない? 「ライガクイーン。ここは引いてくれないかな」 グルルゥゥ 「貴方が死ぬと、あの子が悲しむ。そして、今勝ちが無いことは、貴方のことだ、理解しているだろう?」 ガルゥゥ 「非は確かにチーグルにある。だがこの地はもはや人に近い。なお汝が子を産むならば、人は狩りつくさんとするだろう。可愛いあの子にも泣いて欲しくないのだ。あの子は人とライガの狭間にいる。クイーンが人に討たれればあの子は復讐を望み、人は集団の力で持ってあの子を討つだろう。汝が母であるならば、去ってくれ。そして人を傷付けてくれるな。巣を変えても子供達を育てられるほどの獲物が獲られないなら、子については私が責任を持って育てよう。多少物価が高騰してもどうにもならないだけの蓄財はある。育成については汝が育てた人の子にも協力を仰ごう。御堂霧枝が魔女とガーデンの名において、誓おう。去ってくれるな?」 ガルゥ ガゥ 「仕方がないね、戦いたくはないのだけど。召還、シヴァ」 呼べば待機状態にしておいた召還獣、氷の女王が答えた。 私の意志を汲み取って、卵を避け、ライガの命も奪わずに凍らせて動きを封じる。 優雅で美しい氷の女王は、力を行使していまだ私のそばに。 ライガも含め、全ての生き物の視線を集める美しい幻想。 「最後だ。卵と共にここで散るか、私の言葉に従って立ち去るか」 ライガは唸り声を引っ込めた。 とたんに威圧も無くなる。 「ありがとう。よかった」 全滅よりも、たとえそれがライガにとってはゼロに近い可能性だろうとも、この道を選んでくれて。 頷くとシヴァが氷を砕く。 人間どもを氷の眼差しで睥睨して、消える。 「人里遠く行きなさい。人は地の覇権を得た。身勝手な人の意思が届かないほど遠くへ。ジェイド、手を出すんじゃないよ」 ルークとティアの脇を通り過ぎ、ジェイドの横を通り過ぎ、ちらりとのぞくヌイグルミを振り返りもせず。 恐らく血族だろうライガ達を引き連れて、ライガクイーンは出て行った。 最後まで徹底抗戦をするかと思ったが―― 人と相容れないのも野生の一つの姿だろうが、彼女はすでにアリエッタを経て人と交わったライガだ。 あらゆる形で、生きる道を模索してくれたことに素直に感謝を捧げたい。 ライガは偉大な獣だと、そう思う。 私は巣に近づいて、残された卵を抱える。 二つ。 大きい。 戦闘はGFに任せればいいだろうけど、これじゃ身動きも侭ならない。 間違って転んだら大変だ。 「キリエ、これはどういうことですか」 「これは盟約だ。御堂霧枝の名前とガーデンの名前によってライガクイーンと交わした。卵は割るなよ? ジェイド」 答えずに、突きつける。 質問と回答の意図がずれていることぐらい理解している。 「割ったら、私はライガに変わってあんたと全面戦争しなきゃならない。ガーデンの名前を出しちゃったからね」 「私の質問に答えてくださいキリエ。呼び出していたらしいあれは何です? それになぜそんなにライガにこだわるのですか」 「秘密だ」 卵を観察すると、孵化が間近と言うのは本当のようで、すでに中で動いていた。 卵をクッション性の高い布で包んでリュックに入れる。百メートル上空から卵を落としても割れないのが売り文句。これで転んでも大丈夫? 保湿性も高いし、包んだ物体に合わせて自然に最良の温度で保温保冷するリュックだ。 孵るときには勝手に孵るだろう。 次々と荷物が現れるのを見てルークが目を丸くしていた。 せっかくのオートクチュールがすでに泥色だ。 てか、ホントに腹筋。 「みゅみゅ、ありがとうですの!!」 「情けをかけたのはチーグルにじゃない。ライガだ」 「それでも僕達はありがとうですの」 「勝手に言う分にはいいさ」 一つため息が背後から。 これは、聞き出しは諦めてくれたかな? 幼いときのすり込みが上手く行ったやもしれん。 本当は何度も何度も尋ねられると口がむずむずしてくるんだけど、こいつがちびの時に徹底したからなぁ。 ほんと、自制って大変だ。 「アニス、ちょっといいですか」 「はい、大佐v お呼びですかぁ」 駆けつけてくるツインテール。 後ろにしょったヌイグルミが、ちょっと危ない感じだ。 パペッターはいいけど、その歳になってヌイグルミかよ!! って気はちょっとする。 「えと……わかりました。その代わりイオン様をちゃんと見張っててくださいね」 何がおかしいのかくすくす笑って去ってゆく。 「秘密の話はもっと小声でね」 「聞こえていたんですか」 「まあぼちぼち」 ぼちぼち、ね。 聞こえていても何がおかしいのかさっぱり分らなかったけど。 「さっきの、なんだったんだ」 「秘密だよルー坊。ライガ、って言うより、母を倒したくなかったんだろ? 良かったじゃないか」 「って、坊やじゃねぇ!! 俺は、ライガなんてどうでもいいんだよ!!」 「照れ隠しにしても過激だねぇ。ほら、卵は無事だよ。きっとかっこいいライガが生まれるさ。オスだといいね」 「でも、本当に良かったのかしら。クイーンを行かせてしまって」 クイーンの去った方を見つめるティア。 「はぁ? 殺さなくてもいいならいーじゃねーか」 「優しいのね。それとも、甘いのかしら」 「……冷血な女だな!」 突き放すように言う言葉は、ぶすくれているようにも聞こえる。 「おやおや、痴話喧嘩ですか?」 「メシュティアリカ。ライガのほうがどこまで重みを分っているのか正直分らないところだけど、これは私がガーデンの名を上げて交わした盟約だ。誓って私は守ろうと努力するし、ライガの方から破るなら、私は私とガーデンの名にかけて全力を挙げてライガを倒すだろう。ジェイドも、からかうんじゃないよ」 「あなた……何故私の名前を」 こたえる気はさらさらない。 血まみれの笑顔で答えにして、ジェイドに向き直る。 「ジェイド、正直立ってられない。エンゲーブまででいいから、運んで?」 身勝手に言うだけいって、意識を閉ざした。 最後に溶けかけの念薬を飲み干して。 痛みからも、気持ち悪い脂汗の感覚からも解放されて、私の体は治癒に専念する。 あとがき 喀血は必須です。 なんと異界渡りのときに頼もしい仲間とばらばらに飛ばされてしまった彼等! さて、他の二人は何処にいるんでしょうねぇ。 |