ホワイト



 ルークがベルケントへ行った。
 僕はそれを追いかけない、追いかけられない。
 精一杯の彼の願いだから、僕は不服だけどそれを飲み込む。

 やる事がなくなったので町に下りた。
 船に乗ってケセドニアに行く。
 タタル渓谷を通って、ローテルロー橋を渡る。
 そうすればすぐにエンゲーブだ。

 エンゲーブには出来るだけ定期的に訪れるようにしている。
 ルークのベルケント行きが定期的だから悔しいけど定期的に訪れる事ができた。

 エンゲーブは一大穀倉地帯だ。
 馬車に揺られながら進んで行けば、やがて景色は一面の黄金色になる。
 なんて。
 エンゲーブは二期作をしているし、合間合間に違う作物も作っているから、黄金色と瑞々しい緑といろんな色が交じり合う。
 畑に水を引き込むために細かく張り巡らされた水路が涼を運ぶ。

 鶏、ブウサギ、豚と牛もちょっとはなれたところで共同管理されている。
 ブウサギがどれほど手ごろな家畜かという事かな。

 バチカルの頂上とは違う、地に足の付いた生活のにおいがする。
 家畜の匂いもそうだし、草や干した穀物の匂い。
 煮炊きの匂とかが交じり合って、きっとルークは来たらビックリすると思う。
 どこかで野焼きしているのかな、と思ったらすぐ側の薫製小屋から煙が上がっていた。
 黒いのが。
 失敗したみたいだね。

 黒い煙が上がるなんて一体どんな失敗をしたんだろう。
 凄く、気になる。

 露天で真っ赤なりんごを一つ買って、齧りながら歩いていたら声を掛けられた。

「おや! あんたアーヴァインじゃないかい? 来たんなら声を掛けておくれよ」
「あ、ローズさん!」
「あ、じゃないよ。もう」
「ごめんごめん」

 ローズさんは気前のいい親分肌の女性だ。
 僕の背中をばしばし叩きながら近状とかを尋ねてくる。
 僕としてはアッシュがベルケントに行く事をのぞけばまあ概ね満足だったから、結構話せることは沢山あった。
 まあ、ぼかして言わなきゃならないこともあったけどね。

 ニンジンやジャガイモの育成具合や収穫を聞いて、麦の貯蔵具合を聞く。
 倉庫に案内してもらって、様子を見る。
 買取に値段交渉して、倉庫一つぶんの収穫を買い取った。

 僕が持ち込んだニンジンやジャガイモは、こっちのこっちのジャガイモやニンジンより周期が早いのでここのところ少しダブっていたらしい。
 でも風味とかは以前の物より人気が高いって。
 価格調整のために眠らせて置いたんだって。
 ニンジンやジャガイモを作っていた畑を麦の転作に回せば落ちくだろうって言っていたけど、その前に僕が買い取ったからまたジャガイモとニンジンにするらしい。

 ジャーマンポテト、コロッケ、カレー、ニンジンケーキ。
 ジャガイモのケーキもいいな〜。
 夢は膨らむね。
 持ち帰る分だけ別に梱包してもらって、残りは夜を待ってカードに封入する。
 事件も無い。騒動があったってローズさんの一喝でだいたいは静まる。
 ミルクも野菜も新鮮で美味しいし、材料がいいからそれで作られるパンケーキも美味しい。
 いいところだよ、エンゲーブは。

 いつか、ルークもつれてきたいな。

 アーヴァインが来たー! って、人が集まってきて、医者の真似事を少しする。
 僕だって知識はそんなに無いけど、神頼みレベルのところに少しでも知識がある人が来るとこんな物だろうと思う。
 僕達には当たり前の心肺蘇生法だって、行くところによってはきっと神の奇跡とか、妖術とか、そういわれることになっちゃうんだと思う。

 知識が普及していないって言うのはそういうことなんだ。
 ここはそんなに酷くないけど、やっぱりとっさに心臓マッサージ、とか言うくらいのレベルは無いみたいだった。

 ケアルも第七音素譜術で誤魔化す。
 もっとも、治療術が使える人間が居ないから僕のところに来るんだろうし、幾ら譜術の国だからと言っても、こんな農村の人間ならかまどに火をつける程度の譜術しか知らないし、ごまかしがきかないようなら僕だってこんな危ないことはしないよ。
 またローテルロー橋からタタル渓谷ケセドニア。船に乗ってバチカルに帰る。
 そして僕は待つんだ。
 ルークを。

 玄関では待たない。
 そこじゃルークにはまだ守らなきゃならない体面が有るから。
 だから僕は部屋で待つ。
 ルークが帰ってくるのを。

 美味しい食材が手に入ったけど、今必要なのはそんな物じゃない。
 だって、帰ってきたばかりのルークは食べられない。

 ああ、ほら。
 外が騒がしくなった。
 ルークが帰ってきた。

 お帰りなさいませ、ルーク様、だってさ。

 耳を済ませて、感じる。
 集まっていた足音がやがてばらけて屋敷中に散って行く。
 この屋敷の日常が戻る。
 ルークの事なんて知らぬげに。

 実際知ったこっちゃないんだろうけどさ〜。

 毅然とした足取りを保つ小さな足音。
 屋敷を回って、この部屋にやってくる。
 僕は扉が開かれたら、真っ先に目に入る位置でその足音を待つ。

 開かれる扉。
 向けられるまなざし。

「お帰り、ルーク」
「アーヴァイン……ただいま」

 張り詰めていた物が一気に抜け落ちる。
 僕は憔悴したルークを抱き上げて、ベッドに運ぼうとする。

「いい。自分で歩ける」
「いまだけいまだけ」

 そう言って僕はルークを運ぶ。
 ルークは強がる。
 けど、限界が来ている。
 すぐに抵抗もなくなって、うつらうつらと舟をこぐ。

 痛んだ体を癒すために、休息をほしがっている。

 ベルトを解いて襟元を緩めてベッドに入れる。
 お帰り、ルーク。
 辛かったね。
 今日も、無事に帰ってきてくれてありがとう。

 僕もそのままルークの隣にもぐりこむ。
 やっと僕も安心して眠ることが出来る。
 守りたいモノがあるって、嬉しいけど大変だ。




 いつもは早おきなルークだけど、ベルケンドから帰ってきた翌日は昼過ぎまで寝坊する。
 起きた時に隣にいてあげるのもいいけど、手料理もいいと思う。
 僕さ、ハンドヒーリングって結構嘘じゃないと思うんだ。
 怪我をしたとき、手当てって、言うよね。
 怪我に、手を当てる。
 信頼している人と握り合う手のひらはとても安心するし、温かい。

 うん。
 だからカップルは所構わず手を握るのかもしれない。

 で、手料理って言うのは手がいっぱい触れているんだ。
 手のひらを通じて何かが手料理から伝わるんじゃないかなって思う。

 早朝のキッチンにお邪魔しても、もう何も言われない。
 彼らの分も作っておけば後で感想をもらえるくらいだ。
 歳月が作り上げた僕の料理の腕前!
 時間って偉大だと思うよ。

 作ったのはジャガイモのケーキ。
 さすがにニンジンケーキは今日はやめておく。
 美味しいし、ルークももう抵抗なく食べるけど、まずニンジン、と聞くとそこで反応している。
 ニンジンにも二種類有るからね。
 僕の持ち込んだ原種からは程遠いニンジンと、こっちのまだまだ原種に近い独特の風味の強いニンジン。
 実際には調理されてでてくるまでどっちのニンジンか分らないからドキドキするんだろう。

 ほら、ルーク。い〜い匂いがしてきたよ?
 目が覚めたら、一緒に食べよう?
 今日の土産話はタタル渓谷の綺麗な花だ。
 夜になると花びらを開く、白い綺麗な花の話をするよ。









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