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モスグリーン
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その子供は、隠されきれていない世界との齟齬を、いつでも感じているようだった。 そしてきっと、本人や周囲が思う以上に苦しんでいるだろう。 賢い子だったけど、そうであるがためにってやつだったんだろう。 不器用な子供だった。 だってさ、家族の前でどうやって笑っていいのかも分らないんだ。 あの父親も、さあ笑え! って感じじゃないけどさ〜。 体面とか、面子とか、色々あるんだろうけど、それならそれで親のほうでそんなの関係ない二人の、と言うか家族の時間を持てばいい話だ。 それに、来客時であるって言うならともかくさ〜、メイドや騎士たちなら多少の親子のスキンシップは微笑ましく見てくれるよ。 いい人多いからね。 完全に分っていないわけじゃないんだろうけどさ。 親のほうでも、“普通では無い”子供を素直に思えないところも有るんだろう。 それはただ完全に子が憐れなだけだけどね。 親として度量が足りないよ。 普通じゃないからこそ、親であるのか否かを試されているのかもしれない。 もしそうだったら失格、って事になっちゃうんだろうから、そうは思いたく無いけどね。 子供には愛を。 理想論? 努力目標? なんだっていいじゃないか。悪い事じゃない。 それは僕が、僕たちが昔欲しがったものだ。 愛しい子にはそれを与えて、そして全ての障害を取り払った道を用意したくなるけど、分ってもいる。 そもそもが不可能だし、親でもそれ変わりでも、何時までも必ず側に居られるわけが無い。 そして、何の障害も無い道は、いざつまずいて転んだときに立ち上がる方法を忘れさせてしまう。 転んで、最初は誰かの手を借りて立ち上がって、そのうちにどんなに痛くても一人で立ち上がる事を覚えるんだ。 だから小さいときに転び方を覚えておかなくちゃならない。 分っているけど。 世界との齟齬を生める方法なんてどうやって教えればいいのさ! あの子は賢くて物覚えはいいけど、まだ世界に折り合いをつけられるほどでは無い。 中途半端なんだよね。 いっそ無知だったらってそう思える事も有る。 今のルークにとって、それが躓きなんだ。 けど、どうやってその穴を埋めるのか分らない。 僕だって分らない。 僕も養家やガーデン時代にはなにか噛み合わないものを感じていたけど、世界との齟齬、と言うほど大げさなものあじゃなかった。 そもそも噛み合わない理由も分っていたしね。 けど、この子は違うんだ。 ほんと、ローレライってろくな事しないね。 この子は敏いから、自分が周囲とは、メイドや騎士や使用人とは、身分や立場を越えて何か特異であることを感じ取ってしまう。 あげく、周囲はそれを証明した。 人体実験って言う、最悪の形でね。 ちょっと普通じゃ無かったとしても、親がもっと彼に意識を向けたなら何かが違っただろうと思う。 もしも兄弟がいたならやっぱり何かが違っただろう。 いっそ疎まれたのだとしても、自分と他者が違うことに開き直れたかもしれない。 友達がいたなら、そんな事関係なく喧嘩して遊んで仲直りして、さ。 でもこの子には何にも無いんだ。 この子の齟齬は小さな小さな齟齬だった。 それを大きくしたのは周囲だった。 それでもせめて、自分が異色である事を、自分の替わりはいない。 自分にしか出来ないことで、自分は父親の役に立てているんだって、誤魔化している。 健気だなぁ〜、ホント。 でも、それが子供っていうものなのかもしれない。 帰ってこない親を何時までも待ち続けるような、そんな。 飢えて死んでも、子供は親を待ち続けるんだ。 人には無い力を持っただけで、人以上の物になったわけじゃないのに、まして人以外の何かになったわけでも無いのに、なのに人は誤解するんだ。 その心の有り方までも、人のものではないのだと。 力を持つ故に、むしろ繊細なぐらいの人の心を人は理解しようとしない。 リノアや、ママ先生、そして時々史書に記される魔女達。 人であろうとしたり、人の隣人であろうとした彼女達。 彼女達のように、理解できない何かを理解できないままにでも飲み込んで、隣にいてくれる人間が、アッシュにもいればいいのに。 魔女の騎士のような存在が。 僕は何時までも側にはいられない。 ナタリアはまだ幼い。 「シェリダンにも行った事があるんだろう? そこはどんな場所だったんだ?」 「う〜ん」 いつかの再現のような質問だな〜って思いながら僕は考えた。 今日の勉強を終えて、地図を開くアッシュ。 家庭教師の無機的な勉強を終えた後の時間を、アッシュが楽しみにしているのは知っている。 僕はアッシュが学ぶ事が精一杯楽しく有るようにと思って努力した。 分らなかった問題が理解できたときの喜びや、学んだ事が役に立ったときの喜びは学ぶ事の基本的な動機だと思うんだ。 つまらない、でイコール嫌いになるのは勿体無いと思うから。 今日もその一環でさ、地理の勉強をした後は僕が行った街や場所の事を話して聞かせる。 世界は広いけど、僕の放浪期間なんて高が知れているわけで、毎日話しているとさすがに話す事がなくなって来たから、勉強の後限定で、ってことにした。 ルークは積極的に軟禁されているわけじゃないけど、外にでるな、って言う雰囲気は感じていると思う。 結局、外に出たとしてもほとんどはファブレ邸や、王城の有る階層の移動か、せいぜい言っても下町どまりだからね。 ルークの立場で本当の世界を知る事は難しい。 下町だって、本当は行く事は望まれていないんだ。 休暇にかこつけて僕が勝手に連れ出しているだけだから。 閉塞空間であるこの屋敷から、偽装工作をした上でルークを連れて行くのは結構大変なんだよ〜。 「ベルケントが技術者の町ならシェリダンは職人の町かな〜」 「一緒じゃないのか?」 「似てるけど違うんだよね〜」 訝しげに顔をしかめるルークに僕は伸ばした人差し指を左右に振った。 職人と技術者。 辞書を持ってきて提示する。 似ているけど違うんだ。 調べてみて、とりあえずの納得を示したようだった。 「シェリダンはね〜、カラクリ忍者屋敷って言うのかな。町全体がそんな感じなんだよ」 「カラクリ、忍者屋敷? ……忍者?」 「ああ、そうか。忍者が分らないのかぁ〜」 「……知らない」 「誰も知らないと思うから気にしなくてもいいと思うよ?」 「だがアーヴァインは知っている」 「全ての人の知は同一じゃないんだ。知らない事はこれから知ればいいんだよ」 「分っている」 どうしようかな〜、と僕は思った。 僕も知らなかったけど、キリエの生まれた世界では結構メジャーだった職業スパイ、かな。 僕も、キリエが異世界から持ち込んだゲームで知ったくらいだけど、ああいうのを再現したらシェリダンに近いんじゃないかと思う。 もっともシェリダンは、敵を排除するというよりも遊び心の塊だと思うけど。 |