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サンド
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時々流れる涙をぬぐってやりながら、眠る子供の側でいっしょに横になりながら思う。 眠った時しか泣けないなんて、何て悲しいことだろうか、って。 いつものように貴族の子弟として求められた姿で背筋を伸ばして生活している子供。 いつもと変わらない、けれどまあ、変わらないと言うには見るものが見ればあまりにも判り安すぎる喜びを滲ませている。 なにかいい事あったのかな〜、って僕は思っていた。 案の定、近々ベルケントへ行く、と聞いて、僕は彼の喜びの理由が判った。 ベルケントは、彼の父親ファブレ公爵の直轄地だ。 そこに行くと言うことが少しでも父親に認められたようでうれしいんだろう。 はっきり言って立場の良く判らない、時々手の足りないときに雑用をこなす程度でろくに仕事がない僕だったけど――公爵にしてみれば屋敷の中に居るだけで意味があったのかもしれない――それでも、一応公式にその間は休暇、って言うことになった。 子供の外出の日程に合わせてそのままの日数が休暇になると言う事らしい。 それなら、そのままベルケントに付いて行っちゃおうかな? って思ったけど、今回はやめておくことにした。 ここ最近暇があれば子供の側に居たから、たまには離れてみるのもいいかもしれない。 近づきすぎるのも良くないからね。 側に居すぎて気づけなかった、何てよくある話しだし。 まとめて一月ほどの長期休暇。 ケセドニアかダアトにでも行ってこようかな〜、って思いつつ結局バチカルをうろうろしながらファブレ邸にあるベッドで寝て、ファブレ邸で朝食を食べてまた街に行く、そんな感じで過ごしていた。 街に行くときに買い物を頼まれたりしたから、結局何のための休暇だろうなぁって思ったりしたけど。 子供の帰って来る前の日にはなんだかんだでファブレ邸での日常にもどっていて、子供が帰って来る日には早い内から子供の部屋に勝手に入って待っていた。 一応ノックすれば怒らないし、自分が居ないときに僕が入ることに関しては別に咎める気も無い様だったし。 水と空気とアーヴァイン、位には思ってくれているんじゃないだろうかって思う。 主人の居ないベッドに勝手に座るなんて、見つかったら普通は即刻首物だけど、首が怖くない人間にとっては何てこともない。 だいいち肝心のこの部屋の主人はそれを許してくれている。 だんだん退屈になってきて、ごろごろって回ってベッドの向こう側に落ちた頃に気配を感じた。 この部屋で待っていた気配だった。 だから顔を上げて迎えようと思ったんだけど、なんだか変な気がして、首をかしげているうちにその気配は扉を開いてベッドまで一直線。 気配は確かに待ち遠しかった子供のものだ。 けど、なんだか様子が変だった。 ベッドの上をのぞける位置まで顔を上げれば、子供は指が白くなるほど強くシーツを掴んでカタカタと震えていた。 顔色は青いどころじゃなく目のしたには濃い隈が出来ている。 疲労困憊しているみたいなのに、眠ることも出来ずにいるみたいだった。 子供本人よりも見てしまった僕のほうが慌ててしまうほどの憔悴振りだった。 とりあえず見ていられなくて手を伸ばせばその体は驚くほど冷えていた。 手を触れたときにビクリと子供の体が震えて、初めて僕に気が付いたみたいだった。 開かれた目蓋の向こうの瞳の中に、確かに恐怖が窺えて僕は悲しくなった。 それでも、触れたのが僕だとわかった時にはその恐怖は引いていったけど、ショックは受けた。 子供は何も喋らなかった。 僕も何も聞かなかった 聞きたいことは沢山あった。 いったいベルケントで何があったのか。 どうしてこんなに疲れているのか。 何をそんなに恐れているのか。 あるいは父親――クリムゾンはこれを知っていたのか。 けど、今聞けることじゃなかった。 子供の憔悴は体だけじゃなくて心にも及んでいる。 疲れているのが体だけなら眠ればいい。 けれど子供は眠ることも出来ずに震えるばかりで、一体何を恐れているのか。 触れたときに怯えられた。 あるいは人間に恐怖を抱いた? だとしたら、人で有る子供はどうすればいいんだろう。 どうしてやることも出来なかった。 どうしていいのかもわからなかった。 けど、とても寒そうにしていたから、その子供を抱きしめるようにベッドに入って毛布を掛けた。 小さな子供だ。 腕の中にすっぽりと納まってしまう。 こんなに震えて、暖かい部屋の中で冷たくなって。 体が死ぬというよりは、心が死んでいくような錯覚を受けた。 死んで行く心がこれほど体を冷やしているんだと。 自分の心が死に掛けているのに、涙も流せないのか、この子は。 前からぎゅっと抱きしめて、あやすようにリズムをとって背中を叩く。 何時までも何時までも、そうしていた。 僕の熱を分けるように抱きしめて、少しでも彼を思う僕の心が伝わるようにと願ってあやし続けた。 気が付けば子供の震えは無くなっていた。 規則正しい呼吸が入眠した事を知らせる。 よかった。眠れたみたいで。 安心して、思わず微笑が浮かぶ。 「ルーク……」 自分の子供に呼びかけるように名前を呼ぶと、つ、と眦から水がこぼれた。 一筋どころじゃない。次々と溢れてくる。 生理的な涙じゃこうはならない。 何がこの子供を泣かせるのか。 そして、眠っているときにしか泣けない子供が何より、悲しかった……。 後々ベルケントで何があったか知った僕は場所もわきまえずに子供の前で激昂し、肝心の子どもに留められることになる。 父上の領地だから、頼むから壊してくれるな、って。 君が苦しむことをこんなにもこんなにも思う人間が居る、って伝えることが出来たのは無駄じゃなかったと思う。 けど、もっとひっそりと怒っておけば良かったよ。 だったら、子どもに止められる前に、子供がなにも知らないうちにきちんと施設だけ破壊しておいたのにさ。 |