ビリジアン



 戦争で、世界は混乱していた。
 紛れ込むには、秩序ある世界よりよっぽど簡単だったけど、荒れている世界を見るのはやっぱり寂しい。
 物価も高騰するから、買い物一つするのにも大変だしね。

 マルクト軍では目立たないようにひっそりと暮らして、譜術とか、欲しい知識を手に入れてすぐに戦死を装って退いて世界各地を気ままに廻りながらも、世界有数の穀倉地帯の景色に引かれてエンゲーブを拠点にして僕は活動していた。
 特に何を? と言うわけでもないけど。
 気分は長い休暇、かな。

 時々エンゲーブ周辺の魔物を退治してお礼を貰って、旅に出て、帰って来たらお帰りって言われるくらいにはすぐになった。
 念具が無くても、僕の知識はこの村では役に立った。
 大都会のような医者のいない村で、初めは親しくなった世間話からだったんだけど、話を聞いていると僕でも何とかできそうだったから首を突っ込んだら、いつの間にか医者の変わりに診察して、場合によってはケアルを施すようになっていた。
 ケアルくらいなら問題ないしね。

 戦争で医者も男手も取られてしまっていたから、僕は重宝がられた。

 今年は麦の害虫が酷くて困っている、って話題に出たからちょっと畑に入ったら、偶然知っている害虫だったから対処の仕方を教えたら、随分ありがたがられた。
 見つけたときには酷く情けない気分になった冷蔵庫を封入済みのカードを開封して、中身のジャガイモとか人参とか、こっちで栽培してもらえないかって頼んだら快く了承してくれて(こっちの野菜と僕の世界の野菜は味が違うのだ。時々ホームシック気味にもとの世界の野菜が食べたくなる)収量が増えるってとても喜ばれた。

 医者代わり、先生代わり。
 エンゲーブの識字率の向上に一役買ったと僕は思っている。

 そうしているいるうちにいつの間にかエンゲーブを離れられなくなっていた自分がいたけど、嫌いじゃない。
 僕は、それでも旅に出ることをやめなかったから。

 タタル渓谷の光る白い花。
 グランコクマの美しい水の要塞。
 神にも挑むバベルの塔のようなバチカル。
 戦争中でも享楽を捨てない白のケテルブルク。

 密航だってお手の物さ。
 地続きであれば国境だって関係ない。
 船が出ていれば何処へでも行った。

 なんだかんだで話がややこしくなったときの対処も憶えた。


 預言


 これでいい。
 気分的にはあまり良くないけど、これがこの世界の在り方だって言うなら、仕方が無いしね。
 どうせ僕はいつかは居なくなる異邦人だし。

 旅の途中に、赤毛のおじさんとその一味を助けた僕は、誘われたからそのままそのおじさんのところで雇われることにした。

 他の人たちに対してより、何かと僕に対して行動が甘いところがあるけど、信頼している、と言うよりは、信頼している姿勢を見せることで此方に繋ぎとめようとしているのかもしれない。
 引き込んで使えれば、便利だと思っているんだろう。
 そして、他の誰かのところには行かせたくないとも。

 けどまあ、人間って言うのは結構あやふやなもので、誰かのために唱え続けたお題目をいつの間にか誰よりも自分自身が信じてしまっていたりもする。
 偽りの信頼が何時から偽りが消えてしまったのか、きっと本人も覚えていないだろう。
 どんなに信頼する風に見られていても、どちらにせよ第三者であり続けた僕にはその変化がよく見て取れた。

 後から思えば、抑圧された精神の解放の一環だったのかもしれないけど。

 バチカルの屋敷についたその日の内に、僕は赤い髪の少年と対面した。

 白光騎士団なんかからは、僕みたいなのを彼の側に置くことを随分と反対する、って言うか毛嫌いする意見も出ていたみたいだけど、そういうのを全てねじ伏せる手腕は見事だった、って言ってもいいかもね。
 僕らが使うときの魔女の騎士、って言う言葉とは違って、ここの騎士は主に仕えるものだから、主がそうだといったら逆らえない。

 僕は赤毛の子供が気に入ったから、好都合だったけどね。

 僕とその子供の生活、ふれあいは、はたから見ればとても変――珍しいものだったんじゃないかって、そう思うよ。
 少なくても、公爵子息とその使用人の生活じゃなかった。




















 四歳にして既に絵本を卒業してしまっている彼は(密かに読み聞かせを楽しみにしていた僕は寂しい)、小難しい顔をして小さな体では抱えるのも大変そうな本を小難しい顔をして読んでいる。
 ……信じられない四歳児だ。
 いや、時間的に見れば八歳児でもいいのかもしれないけど、大概精神の年齢って肉体に引きずられるものだし、八歳だと数えてみても早すぎる気はする。
 この子供をこんな風にしたのは環境だって、僕は断言できるけど。
 この子供は見ていて心が痛む。

 母親の愛の有り方には気が付かない振りを。
 父親の気を引きたくて、年に不相応な勉強を。

 バチカルの下町で手に入れてきた絵本を部屋に持ち込んだ僕に、ルークは一瞥をくれただけで黙殺した。
 でも僕は気にしな〜い。
 世界を超えると、子供向けの話の内容とか伝承とかも変わるから、結構面白い。
 登場人物の名前とかは替わっていても、ストーリの軸だけを抜き出してみれば、あっちの世界ともかぶるような話も有る。

 一つの部屋で、子供が帝王学の本を。
 大人が絵本を読むという、不思議で可笑しい景色が生まれる。

 こんな僕らの日常の景色は、初めは彼の諦めで始まった。




 僕の退室を促すルークと、出て行かない僕。
 やがて人を呼んで退出させようとするけど、人が来るときには僕は居ない。
 そして人が去ればまた、いつの間にか僕は部屋に居る。
 人を呼びつけたときに、本当に僕が外にいるのか、室内にはいないのかどうか、確かめるために僕を呼べと誰かに言うものだから、僕を気に入っていると周囲は誤解した。







 彼がついたため息は、諦めと、害がないなら、と言う許容だった。
 何もしないなら空気とかわらない。
 そして空気は――拒めないものだ。




 これが僕らの、日常の始まり。









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