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苦言
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「皆殺し? 本気で言ってるんじゃないよねぇ」 青年の声に感じられる珍しいけんに、ヴァンは顔を上げた。 「おかしなことを言ったか?」 「おかしいに決まってるよ! あんた達は預言を捨てるんだよね? だったらもう少し預言に頼らないで自分で考えてよね」 「縋っているつもりは無いんだがな」 「無意識の行動かい。預言に言われていないから、何をしても戦争にはならないって頭のどこかで思ってるんだよ」 今は、まだ。 戦争は起こらない。 スコアに読まれていないから。 けれどもう少しあと。 スコアが読むときには都合よく戦争が欲しい。 モースの監視を逃れるために、導師は信頼する導師守護役を一人連れてダアトを出奔した、と言う事になっている。 時が来ればキムラスカとの間に戦争を起こしたいモースは、導師がマルクトと共にキムラスカへ和平の使者となり行くのが大変都合が悪い。 導師イオンと大詠師であるモースは派閥により対立しているので、導師出奔の事実を知らないこととしてマルクトに、導師誘拐として声高に導師の御身をダアトへ返せ、と言う事もできる。 だがそこで、導師にマルクトへの協力は自分の意思であり、誘拐ではないのだと、マルクトと言う二大大国の一つの後ろ盾を得たうえでそう宣言されてしまえば、手の出しようがなくなる。 正当性と、大儀と言うものが。 幾らお飾りのトップとはいえ、一般の教団員にとっては関係がない。 導師の詔に逆らうとなれば、まともに戦争を出来るだけの士気も得られないだろう。 今は戦争が欲しくない。 だたその先では戦が欲しい。 その思惑の上で選んだタルタロス強奪と乗組員皆殺しの上での導師誘拐なのだろうが。 アーヴァインと言う、此方の世界のものから見れば、どこもかしこ規格外れの男の与える影響を意外なほど重く見ているのか、アーヴァインは導師との私的な接触を口頭で禁じられている。 導師とは形式上でしか面識がない。 生まれてまだ二年そこそこの導師のレプリカ。 生まれたばかりの、ルークのような虚ろな目はしていなかったが、確かにお飾りの頭としての意味で、人形だと思っていた。 モースに軟禁、などと言う話も今さらである。 アーヴァインもあの導師となった子供がこんな行動を起こすとは思って居なかったし、ヴァンやモースにいたっては尚の事だろう。 あの子供の、初めての自主的な行動、ともいえるのだ。 アーヴァインの内心は拍手喝采だが、心配でもある。 オリジナルイオンと違って、レプリカイオンは今一導師と言う位階や立場の扱い方をわかっているとは思えない。 「ならばどうすればいい?」 聞かれてアーヴァインは苦笑する。 「行動に保険は何十にもかけておいて損はないよ。まずは、自分達の所属を隠すこと」 「所属を?」 「神託の盾騎士団の鎧姿でバカ正直に襲撃するなっていうことだよ。鎧とか、剣とか、所属を示す証の入っているものは使わない。見つかって、逃走する人間が出ても白を切れるくらい完璧にね。ハンカチの名前だって駄目だ」 まだ戦争を起こしたくないなら、どんな些細な理由も潰していかなくちゃ。 「それに、どうして僕達はマルクトの艦隊に、中立のダアトの導師が乗っているって知ってるのさ」 「それは……」 用意周到なこの男にしては珍しく、考えていなかった、という表情をあらわにする。 「スパイがいるから、だろう。普通マルクトの陸艦にダアトの導師が乗っているなんて思わないさ。それを何故僕達が知っている? 少し考える頭を持っていれば分ることさ。そこに僕達が神託の盾騎士団の制服で襲撃、挙句皆殺しだって? ダアトがマルクトに宣戦布告するようなものじゃないか」 預言の通り戦争をして、預言の通りに勝敗を決めてきた彼等には、まだ一発の銃弾が引き起こす悲劇が、理解できていない。 「いいかい、“まだ”戦争を起こしたくないんだろう? 殺しは最後の手段だ。出来るだけ殺さないように努力はしたと言うことを示せなければならない。タルタロスには捕縛命令くらいにしておきなよ。捕虜の扱いはしっかりしてよね? 場合によっては人質になるし。まあ軍人だからって捨てられることもあるけど、つかまったら助けてくれないんだってことを知らしめれば、相手の国の軍の士気を下げられる。いざ開戦となればこれは有効だ。逆に最初から皆殺しを目的としていた、って漏れれば、マルクトに仇討ち戦としての大儀が立つ。大体捕虜をとらないって言うなら僕は協力できないね」 「これは……庸兵と聞いていたのだがな。庸兵が殺しを嫌がるとは」 「あんたに雇われた覚えはないんだけどね〜」 「たいそうなものだな」 「あんたはアッシュの上司だからいちおう話を聞いてるけど、僕の雇用者じゃないんだ。しなくてもいい殺人まで強制されるいわれはないさ」 「だが、おまえはローレライ教団から報酬を受け取っていたと思ったが?」 「無償奉仕なんて冗談じゃないって。働き分の報酬を貰うのは庸兵じゃなくても当然だろう? それに、そういう契約だ」 「それもそうか」 「じゃあね。僕の話考えておいてよ。僕にも頷ける条件が出れば協力しないこともないしね」 刺々しい会話にけりを付けて席をたつ。 物を変えてもやはり長いコートの裾を翻して立ち去る青年に、ヴァンはもう一度声をかけた。 「なぜ、あの者たちにそんなにも固執するのだ」 青年は律儀に止まって答えた。 「何故って?」 あるいは望まれない存在に悩む姿、異端を自覚する力に怯える姿が――いつの間にか彼等の盟主となってしまっているあの魔女に似ていたからかかもしれない。 いや、それは詭弁か。 そんなもの。 「理由なんて、そんなに必要なのかい?」 肩をすくめて青年はヴァンの執務室を後にした。 残されたヴァンは、僅かに唇をゆがめた。 いまは神託の盾騎士団所属の証である紋様入りの黒いコートを着ている青年。 ある日気が付けばアッシュのそばにいた。 彼はローレライ教団の中でも上位に位置する神託の盾騎士団の制服を与えられながらそれに忠誠を誓うことはなく。 預言についてどう思うかと聞いてみればなにそれ、ときたものだ。 あの男は一度も預言を詠まれることなく、これからも必要ないと言い切った! 実に面白い男だ。しかも強い。 何とかして手ごまに引き込めればいいと思っていたが――そろそろ六年、まだ心を懐柔できていない。 「預言の無い世界……と言うのは、なかなか大変なものだな」 「今まで考えることを放棄してきたつけでしょ〜」 「まだいたのか」 「今からきえるよ」 不機嫌に去る背中を見送って、くっくっくっ、とヴァンデスデルカは笑みを含んだ。 障害となるなら――叩き潰すだけのこと。 あとがき この世界に預言が無かったら、タルタロス襲撃は立派に開戦の理由になると思うのです。 私も戦争に詳しいわけじゃないけど。 いくらマルクトがいま非戦主義だとしても、限度がある、と。 一方的に虐殺されて、それで黙っていたなら威信にもかかわりますし、幾ら戦争を好まないとはいえ、国家としての体裁を失ってはならないわけですし。 死人にくちなし、も完璧ならともかく、この場合生きて脱出した人間がいるわけだし。 皇帝の懐刀と言われる軍人に、マルクトに亡命と言うなら、どうした本国と戦争と言うのも……。 それに、ルーク。 赤い髪に翡翠の目。 キムラスカじゃ至尊とされる色。それに刃を向けているのが黒獅子ラルゴ。 ばれてるじゃん。しかもダアトの神託の盾騎士団の制服で! これでキムラスカ側からもダアトに対して宣戦布告の理由が出来るかもしれない。 つくづく預言がなければ、開戦していたんじゃないかなとは思う。 |