うたきゆる五日



 眠りこける自分と同じ顔をしたモノを見ていた。
 何の警戒心もなく眠っている。
 ついさっき殺されかけたばかりだって言うのにさ、のん気なものだね。

 何の不安もなく眠っているこいつ等が羨ましいよ。

 皮肉を篭めてそう思うと、僕は室内を見回した。

 飲料水のタンク、こいつ等が寝ているソファ、音素灯、小さいクロゼットが有る。
 この部屋が普通の基準なのか、それよりも物が多いのか少ないのか、僕には判断する経験が無い。
 窓が無いから、逃げるとしたら、あの扉一つ。

 そこで僕はもう一度、同じ顔をしているモノたちを見た。

 僕と同じ顔をしているのは当たり前だ。
 だって僕たちはたった一人の人物から造られた同じレプリカ。
 そして役立たずの劣化品で、選ばれなかったから火山の火口に廃棄されるところだった。

 僕たちを生み出した学者達にとって僕たちはゴミだった。
 生かすだけでも手のかかる屑だった。
 弾かれた不良品。
 そのまま、殺すのだという認識もされないまま、殺されるはずだった。

 高慢なオリジナルと言う生き物によって!!

 所詮、使い道のある奴だけがお情けで息をすることが許されるのだと、実験と過酷な環境のせいで満足に動かすことも出来ない体を引き摺って、自分の足で死に場所に歩かせられながら、考えた。
 明確な思いじゃなかった。
 疲労と栄養失調になっていた体は、頭にも満足な思考を働かせはしなかった。
 抵抗も出来ずに殺されるしかないなら、いっそ何も理解したくなんてなかった。

 そうやって、死んでいくはずだった。




 それを、拾い上げられた。



 七人、居た。
 一人は導師に選ばれた。
 一人は予備といって連れ出された。
 残った五人は廃棄になった。

 あっという間に喉が干からびる熱気あふれるダアトの火山。
 そこで僕たちは死ぬために歩かされた。
 現状を理解していても、理解していなくても、結果は変わらない。
 僕たちには抵抗するだけの体力も残されていなかった。

 一人が火口へ投げ捨てられる瞬間を、僕は見ていた。
 死んでも、あの時落ちていった僕と同じで違うモノの目を忘れないと思った。
 次に落とされるのは、僕か、それとも同じ奴か。
 どちらにせよ、遅いか早いかだけの話だと、考えた。



 そのとき。



 突然現れた背の高い男が、落ちてゆく僕と同じで違うものに手を伸ばして、捕まえた。

 結局間に合わなかったけど、男が握った手の中で、僕と同じで違うものは瞬く間に燃え上がって、音素に乖離して行った。
 火山になんか投げ込まなくても、骨一つ、髪一筋死んで残せない僕たち。

 判らない。
 けど、もしかしたらそれが、喜びとか、安堵とか、そういった名前で呼ばれるものなのかもしれないと思った。
 マウスにも劣る実験動物だった僕たちには得ることのなかった感覚。
 どちらにせよ初めての感覚だった。

 同時にその怒りに体を震わせる姿に、初めて死と言うものを理解した、様な気持ちになった。
 僕と同じで違う緑の髪の導師のレプリカの一体が燃え尽きたときも、僕は悲しいなんて思わなかった。
 けど、あの男が憤る姿を見て、廃棄物の死にも何か感じているのだとわかって、そして始めて僕は仲間ともいえるW僕たち”が死んで、悲しいと、思った。

 あいつが何者か、僕は知らない。
 研究者達が口走ったことによれば、六神将、覇者アーヴァイン、と呼ばれているらしいけど。
 本人もアーヴァイン・キニアス、って名乗っていたし。
 六神将も、覇者も言っている事はわかるけど、それがどういう意味を持って使われているのかはわからない。
 少なくとも、後ろめたいような現場で出会ったら取るものもとりあえず逃げ出すような相手、と言うことはわかった。

 助かるのかもしれない、とおもって、すぐに助かるってなんだって、自分であざ笑った。

 コートを頭から掛けられると、ひやりと熱を遮断した。
 冷たさが心地よかった。

 男が指先を向けるたびに兵士や学者達が倒れ、口が何か言葉を呟くたびに、不思議なことが奴等の身に降りかかるのをただ言葉もなく見ていた。
 違う。
 喉がひりついて、言葉も出せなかった。

 コートの中で一人が倒れた。
 あわてて支えようと差し出した手は、何かを考えてのことじゃなかった。

 あわてたアーヴァインと言う男がコートのポケットから小さな箱を取り出して、その中身を乖離していくレプリカの一人に飲ませようとして、結局、間に合わなかった。

 死んだことが悲しいと思った、そう――同胞一人、掴めない。
 殺されそうになってた時よりも、無力、ってやつを感じていた。

 そのまま、白い丸薬のようなものを僕たちに飲ませようとする男。

「間に合わなくて、ゴメン」

 僕たちを纏めて抱きしめて、アーヴァインは小さな声でそういった。
 強制してくるわけじゃない痛みを伴わない圧力を、何故か心地いいと感じた。
 差し出された丸薬のようなものを気がつけば口に入れていて、しばらくして感じた酷い味に吐き出そうかどうか本気で迷った。
 飲まなければ打たれたあのまずい薬といい勝負だった。

「必ず助けるから、噛んで、飲み込んで」

 睨み付けるように男を見上げる。
 まずい、痛い、辛い。
 なんだこれ。
 こんなもので何を助けるのかって思ったけど、どうせ死んだ命だったと思って噛み砕いて飲み込んだ。
 ……後悔した。

 けど、すぐに効果が現れて驚いた。

 僕に続くようにして噛み砕いて飲み込んだレプリカたちも、同じような効果が現れているようだった。

 干からびていた喉は渇きを忘れた。
 足を上げるのも一苦労だった体が軽い。
 脱水症状、栄養失調、極度の疲労。
 死に掛けていた体の隅々までがまるで生き返るみたいに軽く感じて、思考が働く。

 今ならダアト式譜術でも放てそうだった。

 生き残った僕らを、アーヴァインが抱えた。

 三人纏めて。
 僕らは七人いたのに、ここにはもう三人しか居なくなった。

 のん気なこいつ等には、判らなかったのか、あのマグマの様な色をした灼熱の人魔を呼び出したときの、あの男の隠しても隠し切れないひやりとするような気配。

 けど、腕の中は心地よくて、この腕の中なら庇護を与えてくれるって、そう考えたら恐ろしくなった。

 誰が、レプリカである僕たちを、守ってくれるって言うんだ。




 屑で、ゴミでしかない、不良品の廃棄物を!!




 愛と勇気と希望と、子供達の守護者なんてふざけたことを躊躇いもなく口にする奴。
 けど僕たちは、誰の子どもでもない。
 導師の代用品として生まれて、代用品にもなれなかったレプリカだ。

「愛と勇気と希望と子供?」

 詰問する位の気持ちでそう言った。

「だったら僕らは守らないんじゃないの? 愛も勇気も希望も無いよ? それに、子供でもない」

 睨みつけるようにそういえば、答えと共に帰ってきたのは髪の毛をかき回す大きな手。
 そのあとも、僕の皮肉をことごとく自分の理論でまとめて、ずんずんと歩いていく。
 何処まで能天気な男なんだ。
 役に立たない劣化品のレプリカである僕たちをまとめて、個性だ、なんて言い切った。

 憎まれ口を叩いた。
 なにかあればいつでも逃げ出せるように周囲に目を配った。
 けど、結局導師のレプリカ、として作られた僕たちは、何処かに逃げられる筈も無いことを知っていた。
 他は知らない。
 けど、この場所では導師の存在は有名すぎる。

 つれてこられた部屋は、僕たちが今まで見てきたものとはまったく違う、柔らかいソファと言うものも、いつでも勝手に飲んでいいと言う水も、何もかもが、初めてのものだった。










 眠りこける自分と同じ顔をしたモノを見ていた。
 何の警戒心もなく眠っている。
 ついさっき殺されかけたばかりだって言うのにさ、のん気なものだね。

 眠っていいといわれた。
 ここは安全だと言われた。
 奴の名前と、ガーデンとやらにかけて保護と知識と力を与える、とそう奴はいった。

 信じたかった。
 だけど信じられなかった。

 いっそのこと、ここで眠りこけてる奴等と同じように、何も考えなくてもよかったならどんなに楽だったかって、考えた。

 アーヴァインが居なくなってしばらくして、扉がノックされた。
 返事をしないで気を張って様子を窺っていると、もともと此方の返事を待つ気なんてなかったのか、あっさりと開かれた扉の向こうから現れたのは――焔。

 いや、違う。

 良く見れば、それは暗い赤で、あの僕たちを飲み込もうとした赤々とした色ではない。
 音素灯に照らされて、瞬間そう見えただけの話だった。

「なんだ、起きていたのか」

 大きな布の包みを机において、入ってきた赤毛の男――いや、この年頃なら、少年、って言うんだろうか。
 それは僕を見てそういった。

「おきているならとりあえず顔を拭け。煤だらけだぞ」

 桶に水を溜めて、その中で絞ったタオルをそいつは僕に向かって投げつけた。
 油断して顔面で受け取ってしまった僕。
 べちゃりと張り付いたそれで乱暴に顔を拭いて、もう一度そいつを見れば、ニヤニヤと唇をゆがめて笑っていた。

「あんた、だれさ」
「俺はアッシュだ。あいつから聞いていないか? 俺は自分のレプリカが一人居る。まあ、曰くオリジナル、って奴だな」

 切り分けたパンにスライスしたハムを挟んでそいつは僕に差し出した。










 それから毎日、アーヴァインとアッシュと名乗った男は僕たちのところにやってきた。
 他の二人のレプリカは、すっかりあいつ等に懐いた。

 僕が一番話を理解しているからだろう。
 よく話しかけられた。

 名前を決めなきゃ、とか、ダアトを出た先の行く場所が決まった、とか。

 名前なんて識別するための記号の一つだろうに、真剣になって何日も考えている。

 明日に、ここを離れてフィールと言う男のところへ行くのだと知らされた晩、僕は居心地のいいそこを抜け出した。










 ただ守られるなんて、性に合わない。










「シンク〜、きみ、七人目のレプリカが居たの知っていたんだろう?」

 ザオ砂漠を走る陸上走行艦タルタロスの中で、あいつが情けない声をあげる。

「キリエに言われて驚いたじゃないか〜、どうして教えてくれなかったのさ〜!」
「あんた、自分の立場わかってる?」

 あいつは眉を寄せる。

「それ以上立ち回り難しくしてどうするのさ。七人目を探して、ダアトの内部を徘徊するつもり? 本気で隠そうと思えばどうとでも出来るんだよ? それはあんたが良く知ってるんじゃないの?」

 誘拐されたアッシュを探して彷徨っていた話は何度か聞いた。
 確かにダアトは複雑すぎる。
 アーヴァインが造ったマップを使っても、どこに居るのか判らなくなるときがある。

 だれも、普段自分が使っている場所以外の道なんて覚えない。

「ダアトの中に居ればまだいいさ。外に連れて行かれて居たらどうするつもり。記憶の操作も出来ないのに、モースやヴァンを脅迫するの? 僕はお断りだよ。これ以上僕たちのレプリカが増えるのは」
「シンク〜」
「あんまり情けない声ださないでよね。僕まで情けなくなってくるじゃないか」

 突き放したつもりだったけど、あいつにはあまり効果が無いらしい。
 反抗期だとか、早く名前を考えてあげなかったからだ、とか、ぶつくさ呟いているのが聞こえる。

 あの日、あの部屋を出てから僕は、ヴァンのところへ赴いた。

 ヴァンと奴等の関係がどんなものかは、二人の話す内容を聞いていればなんとなく理解できた。
 そして、名前も自分で付けた。

 シンク、ってね。




 意味なんて、どうでもいい。
 知ったとき、あいつは少し複雑な顔をしていたから、意味も知っているのかもしれない。
 でも、どうだって構わない。

 僕は僕のように、生きていく。

 ヴァン・グランツ

 あの髭の計画の一部として僕たちは生まれさせられた。
 生まれてすぐに、ゴミの烙印を押されて、殺されかけた。
 けど、僕たちは拾われた。

 捨てたものにまで所有権を主張するかい?
 今更惜しくなってももう僕はあんたのものじゃない。

 リサイクルされたゴミの行く末まで、あんたは知らないだろう?

 花にはなれない。
 けど、ワインの空き瓶だって花瓶の変わりにくらいなれるんだよ。









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