死を刻む四日



 本来であれば、私がいいと思うまで、外出と接触を制限するはずだった。




 赤子のようなレプリカを一から育てるよりは、オリジナルであるアッシュを手懐けた方が手間が掛からんと思っていた。
 手懐ける事ができれば、その後はすぐに役に立つだろう。
 ファブレの屋敷に剣の手解きをしに行っていた時から、剣術に筋があるのは判っていた。
 一時期は抵抗を示すだろうが、それを過ぎてしまえばたやすいものだろうと。
 どれほど賢しかろうと所詮は子供。
 そのはずだった。

 その子供に、強力な守護者が居る事を知らなかったのは、痛手だった。

 あるいはそのままアッシュをファブレの屋敷に返していれば、レプリカを作った事にも当分気が付かれなかったかもしれないが、返したのは赤子のようなレプリカルーク。
 今更アッシュを帰したところで、作ったレプリカが手元に返るとも思えん。
 新しいレプリカを作れば、とも思ったが、完全同位体が出来ることなど稀なのだ。
 私が望む単独で起こせる超振動の力は、ローレライの完全同位体としての力だ。
 ただ姿が同じだけのレプリカに用はない。
 そして作り上げた完全同位体のレプリカだとしても、レプリカの宿命として劣化が付きまとう。
 レプリカルークの超振動の力も、オリジナルの五割から七割、せいぜい八割程度だろうと言うのが研究者達の見解だった。

 私が欲しいのはアッシュの完全な超振動の力だ。
 所詮レプリカは使い捨て。
 将来アクゼリュスで死を詠まれたオリジナルの変わりに死ぬための。
 そのためにも、レプリカに死を詠まれた聖なる焔の名を名乗らせ、オリジナルの方には違う名を名乗らせたほうがいい。
 そう、考えたのだが。

 初めのころは順調だと思っていた。
 実験のデータも確実に取れていたし、アッシュの疲弊に付け込んで繰り返した囁きは確実にアッシュの精神を冒していた。
 薬に冒された精神は、私の言葉をよく取り込んだ。

 それが何時のころからか、誘拐したアッシュの足取りを追うものの話が僅かに耳に入った。
 ルークは既に屋敷に戻っているし、実行犯は既に始末をつけてある。
 大丈夫だとは思ったが、念には念を入れて、アッシュの監禁場所を更に厳重に隠した。
 表ざたにはできない事をしている自覚はある。
 あまり使える手駒は多くない。
 事情を誤魔化して命令を与える事もできるが、やはり真意の食い違う命令で得られるものは多くない。
 相手のほうも、慎重に痕跡を消しているようで、その話が真実なのか、それとも重なった何かの偶然がそのように見せたのか、そのときが来るまで判別できなかった。

 風の噂か、と思い始めた頃だ。
 薬で意識を奪った上で、実験場に連れ出したとき、その実験場を跡形もなく破壊された。
 その場に居たはずの研究者も警備兵も、その場に保管されていたデータも跡形もなく。
 尋ねては居ないが、恐らく犯人はそいつだろう。

 恐ろしいほどの破壊だった。

 先遣隊を派遣した後自分も兵を引き連れそこに辿り着いてみれば、マントに包んだ子供――アッシュを一人抱えた青年が瓦礫の上に悠然と座っていた。
 マルクトでもキムラスカでも、もちろんダアトでも見ないような不思議な外套を身に纏っていた。
 その男が睥睨する世界に広がるのは辺り一面の瓦礫。
 そして兵士達のうめき声。
 二十五人の兵士達が全て。
 生かさず殺さずと言った具合に痛めつけられた先遣隊。
 それを送り込んでから自分が赴くまでにさして時間の差はなかったはずだったのだが、その短時間で作り上げられた光景は凄惨を極めた。

 譜術で壊したのかと思ったが、その場に音素反応は感じられず。

 戦場は幾度も見てきたこの私が、そして共に連れて来た兵士達が、その光景に慄き近づくのを瞬間躊躇ってしまうほどの。
 その時だった。
 音素の反応はない。
 だが、渦巻く空気とそして何かを、肌で感じた。
 本能と言ってもいいのかもしれない。

 アッシュを抱える青年を守るように現れる異形の物共。

 熱気をまとう厳つい炎の魔人。
 兄弟のような姿をした、牛のような角のある一対の魔人。
 三つ首をめぐらせ、獰猛な牙を剥き出す魔狼。
 そして、その上空で翼を広げ此方を威嚇するのはあれは――竜か。

 魔物とも違う。
 伝承に消えた真実か――。

「ば、ばけものっ……」

 兵士が一人、恐慌状態で突貫した。
 止める暇もあればこそ、ああ、死ぬだろうと思った。
 だが突き出した槍は払われることもなくその兵士が攻撃されることもなく、槍は吸い込まれるように青年の左胸へと突き刺さる。
 筈だった。

 その現実に、息も絶え絶えとなった兵士は、今にも泡を吹いて倒れそうだった。

 槍は訓練の通りしっかりと標的の左胸へと矛先を突きつけ、青年のまとうコート一枚突き抜ける事は適わずに止まっていた。
 それが当たり前だと、その程度では自分を傷つける事は適わないのだと知らしめるようにわざとらしく、青年は自らの胸に槍を招いたのだ!!
 正気の沙汰ではない。
 そして青年は見せ付けるように嘲笑の笑みを浮かべる。

  「はっ、ばけものか。人の心をなくした獣風情が、よく言うよ。なら良く覚えておくがいいさ。僕は焔の守護者。この子供を傷つけることを僕は許さない。この子を害するあらゆることを行うなら、楽に死ねると思うなよ」

 震え上がった心に刷り込むように、青年の声は響く。
 突貫した兵士は、もう兵としては使い物にならないかもしれない。

 三つ首の獣が咆哮し、青年の姿が光の粒子をまとう。
 音素ではない。
 だが、恐らく何かしらの力が。
 何かを青年の口が呟いた。
 とたんに極度の睡魔が襲い来る。

 耐え難い眠り。

 抵抗はしてみたが――あえなく飲まれた。
 最後に思い返すのは、青年の顔。
 どこかで見た記憶があるような――そんな記憶を刺激された。






 目覚めてみれば死屍累々。
 先遣隊の半数は既に死亡しており、残りのものも失血で危ない状況だった。
 青年が居た足元で崩れている兵士は泡を吹いていた。

 私一人の目覚めが早かったようで、ほかに動くものの影のない中、瓦礫の上に、大切そうにマントに包まれたアッシュが横たえられていた。
 連れて行かなかった事がいっそ不思議だった。

 だがそれも、奴の思惑通りだったのだろう。
 アッシュの生きる場所を変えさせるための。




 どんな力を使ったのか、実験と薬物と監禁により壊れつつあったアッシュの体は多少の成長の遅れはそのままだったが他は見るからに健康体になっていた。
 第七音素術師が譜術を使っても、あの状態がここまでになるはずもない。
 ユリアの譜歌でも無理だろう。

 とりあえず探索は後にしてアッシュを抱えてもどり、あの場は兵に始末に向かわせた。
 意識の無いアッシュは監禁している部屋のベッドに横たえ、三名の監視を付ける。
 何かあればすぐにでも知らせるようにと厳命し、翌朝、私がアッシュのところへ訪れるまで何の知らせも無かったから油断していた。


 辿り着いた私が見たのは床に倒れる兵士の姿。
 そして壁に刻まれた血文字のメッセージ。



『kill you』



 次は私を殺すと、そういうことか。
 兵士は目の光と声を奪われていたが、まったく命に別状はなかった。

 いつ、何処で監視されているのか。
 狭い通路に、窓も扉も近くにはない。
 隠れられる場所など何処にも無いはずなのだが――今もどこかから監視されているような錯覚を覚える。
 どれほど気配断ちが上手くても、物理的にここでの監視は不可能なはずなのだ。

 私の望む世界を作るために、いまこの程度の事で心を揺らしていてはとうてい成せまい。
 そう思うが、今回は被害が大きかった。
 手駒として使える兵士達をこれほどの数失ったのはかなりの痛手だった。

 私自身はやすやす殺されてやるつもりは無いが、こう次々と部下を使い物にならなくされても先が困る。
 ここにアッシュを残していくというなら好都合。
 側に居ればなんとでもしてみせる。

 守護者殿は、アッシュがこの場所に監禁されているのが気に食わないらしい。
 連れ去るだけの力がありながら、そうもせずに勝手を言う。
 だが、今は従おう。
 時間は短いが無いわけではない。
 予定は狂ったが、必ずいつか手に入れる。















 アッシュを環境のいい部屋に移してから、奇妙な噂を聞くようになった。


 ダアトの幽霊、と巡礼者の耳にまで入るようになり放置できなくなり調査を始めた。
 だが一向に芳しい結果が得られず、対処の使用も無く頭を抱えていた頃、ふと思い出した。

 幽霊の特徴であるイエローオーカー色の外套。
 そういえば、あの男もその色の外套を着ていたな、と。















 今思えば、あの男の存在がすべからく何かを狂わせたんだろう。
 私が手に入れたかったものは、望んだものは、一体なんだったのか。

 想像以上の力を持った幽霊殿のために、機密の計画はより慎重に進めざるを得なくなった。
 それは想像以上の手間だった。

 アッシュともども食事に仕込んだ薬物は効かないし、監視として送り込んだ人間は十日ほども視力と声を奪われた。
 送り込んだ暗殺者は翌日になれば私の執務室に放置されている始末だ。
 気ままに行動して捕まえておく事ができん。

 辛うじて行動を拘束できたのは、奴に持たせた部隊くらいのものだった。

 神託の盾騎士団の各師団の中から評判の悪いものを集めて送り込んだ即席の特務師団。
 それからは幽霊じみた噂も聞かなくなったし、大体は神託の盾か、教団本部の中で姿を見かけるようになった。

 それでも師団員たちの教育が上手くいってくると時間的な余裕が出来たのか、だんだんと姿を見かけなくなる時間が多くなる。
 押し付けたのは各師団でも札付きの者たちばかりだった。
 実力はともかくとして、あの男にあれら上に反発する事しか知らない者たちを使うことが出来るとは正直思って居なかった。
 これは大きな誤算だっただろう。

 あの男を名指しで客人が来たという報告には漏れなく練兵場の壁の破壊と言う報告も付いていた。
 破壊方法は不明。
 普段兵士達の調練によく使う場所ではないからまだいいが――一体何をしたのか。
 その場の事は人払いがされていたので説明できるものも居なかった。

 せめて何とかして本部に留めようと、書類仕事を増やしてみたりと、まあ、既にほとんど小細工の域だな。
 それ以外にやれる事も無いというのが実情か。
 物理的手段は今のところ全て跳ね返されている。
 立場を落としめて排除したところで、尚の事奴を自由にするだけの事だろう。

 ましてや、入団試験のときの二百人抜きから始まって、魔物の討伐、紛争の調停と、任務を与えれば忠実にこなしてみせる。
 死者、負傷者の少ないそのやり方が、また奴の名を呼ぶと言う――私にとっては悪循環だな。
 たいそう出来の良い部下を持って羨ましいと言われるたびに忌々しい。

 恐らく、既に導師のレプリカを作る計画も知っているだろう。
 導師との対面は可能な限り阻んでいるが、どうしたものか。

 引き込む事ができれば、力強い戦力となるだろう。
 いや、アリエッタと引き合わせてみてなお思った。
 こやつを引き込めなければ、私の計画は成り立たないと。

 が、あの男、頭の中はアッシュと、そのレプリカのルークの事のみだ。

 同士も集まってきて、これからと言うところ。
 奴と私では、預言を疎むということくらいしか相似点がない。
 どうして引き込んだものか。

 いや、引き込めなくても、私はなんとしてもこの計画を成功させる。

 体面だけ出でも私に従っているうちに、離反するまではせいぜい利用させてもらおう。



 お互い様だ、アーヴァイン。









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