理想世界の休日



 自然に広げている円の範囲より、確実に鋭い耳が音を拾う範囲の方が広い。
 溶岩流の音と洞窟独特の反響のせいで聞き取りにくいその音に耳を澄ませ、僕は地を蹴った。




 複数の足音だった。
 少なくともこの足場の悪い、ついでに言えばやたらと暑いこんな場所を歩きなれている足音じゃない。
 幾人か訓練を受けているような足音もあったけど、暑さと、魔物により疲弊しているんだろう。
 時々突っかけている音がする。

 やがて隠れた僕の前に姿を現したのは運動不足そうな白衣の研究者らしき人間達と、叩けない彼らの変りに火山の魔物を払うためだろう、数人の兵士達。
 それらにつれられて、慣れない風に足を進める緑の髪の子供達。

 聞こえる会話は軽薄で、多くはこの場の暑さに対する愚痴ばかりだ。
 そんなにいうなら来なければいいのにと思う。
 どう見ても、彼らがここに来る事は絶対に必要なこととは思えない。

 抵抗する力の無い子供達を五人も引き連れて、この場でいったい何をしようと言うのだろうか。

 見た事のある風貌の子供達。
 あの子供達は、イオンのレプリカ、かな。
 明らかにルークとは違う。
 立つ事も歩く事も知らなかったルークとは。

 レプリカに行動を刷り込む研究が進んでいると言う情報は、不確定ながら僕の耳に入っていた。

 すぐに導師になる事を求められたレプリカ。
 恐らく確実に、その技術が使われているだろうね。
 そうでなければ、死の迫った人間の代わりとしてレプリカを今更作ったところで、ルークのようじゃ役には立たない。

 劣化、と、彼らは呼ぶのだろう。
 オリジナルより髪の色素が薄い者や、レプリカたちの間で見比べても明らかに体格に優劣がある。
 僕なんかは個性、でいいと思うんだけどね。

 強化した視力が余す事無く僕に彼らの様子を伝える。
 強化した聴覚が、子供達の呼吸から強い疲労と暑さに疲弊する様子を伝える。

「ああ」

 聞こえる。

「ほんと、面倒だよな」

 聴こえる。

「研究も終わったレプリカの廃棄なんて」

 きこえる――。



「出来損ないに掛ける手間隙なんて――」



 とん、と一人の子供の背中が朱に燃え上がる溶岩の海へ向かって押された。

 僕は足場を踏み切る。

 見開かれる子供の目。

 僕は駆け出す。

 宙を漂う子供の体。

 そして僕は子供の手を掴み――



 子供は目の前で燃え上がった



 掴んだ手のひらから、乖離した音素が立ち上る。
 掴んだはずなのに消えてしまった。
 僕の手の中まで炎が登ってきたけど、僕はそれを握りつぶした。

 間に合わなかった悔しさを、手の中に握り締めて。

 振り返れば、目に入る人々。

 驚愕に目を見開く研究者達。
 ヴァンか、奴の手下の手駒――恐らくは六神将の一人の兵士内で、多少事情が漏れても大丈夫な者たち――だろうけど、少なくとも研究者達よりは僕と言う人間を知っている兵士達は、既に逃げ腰だ。
 そしてこの場合それは正しい。
 なんといっても僕は今怒っている。

 自分の意思ではない意思でここにつれて来られているのだろう緑の髪の子供達。
 満足な防具も与えられずに熱気に曝されて疲弊して、その目には確実な恐怖が宿っている。

 理解する知識が無いものでも、この場を住処とするもの以外はこの環境と暑さ、そして明々と周囲を照らす朱金の流れに恐怖を覚えるだろう。
 まして彼らには、刷り込みと言う形で不自然ではあるが知識を与えられている。
 人間はコンピューターじゃない。
 それにしたところで高度なAIにもなれば、知識の幅に応じて人格を形成し、成長すら見せる。
 なら、基礎が人間である彼らなら――

 答えは出ている。

 目の前の子供達の目を見れば判る。
 疲弊し、体力を喪失した体では抵抗も満足に出来ないだろう。
 けれど、もし体力の残る者がいたなら、刷り込まれたか、あるいは教えられているだろうダアト式譜術をぶっぱなす子も居たかもしれない。
 刷り込みに無くても、ダアト式譜術は導師の絶対条件の一つだ。
 適するかどうかを見極めるため程度の術式の知識はレプリカたちにもあるだろう。

 それすら出来ない彼らの目には、恐怖と諦めがない交ぜになった感情が行くところも抱く彷徨っている。

「廃棄って、一体何を捨てるのさ」
「お、おまえは六神将覇者アーヴァイン?」
「そう、僕がアーヴァインだよ」

 掴んでいた槍をこちらに向ける事もせず、踵を返して脱兎の如く逃げ出した兵士の足を打ち抜いた。
 すぐにサイレスをかけて悲鳴を封じる。
 知識はあっても情緒の未発達な子供達がいる
 だから、血は見せない。

 それを見ていた研究者達の顔がたちまち蒼白になった。

「こ、これはヴァン様の命令で、幾ら六神将といえども邪魔は――」
「サイレス」

 言い切らせないうちに、声を封じた。
 本当にヴァンの命令だろうが、他の誰かの意思だろうが関係ない。
 だいたい効率主義のヴァンなら、こんな事を命令する方が珍しいとすら思う。
 奴の事は嫌いだけど、憎らしいほど出来る男なのは知っているから。

 呆然と見ている子供たちを寄せ集めて、コートを脱いで掛ける。
 とたんに火山の熱気が僕を襲うけど、これで子供達は守られるはずだ。
 コートは四人もの子供達を包むには少し小さいけど、僕は身長が高いから、辛うじて寄せ集めた子供達を包んでいる。
 一つのコートに四人で包まって、裾を引きずっている姿はこんなにもかわいい。

 大人として、保護しなくてはと、思わせる。

 中でも体の細い子供の膝が、がくんと折れた。
 倒れようとするところを、他の三人の子供が支えようと手を伸ばす。

 作られて、まだ幼くて、知識だけを歪に与えられている彼ら。
 それが与えられた知識によるものだとしても、何か考えての末の行動ではないとしても、ただ互いだけしか頼れるものの居ない状況で互いを助け合うという事のできる者たちを、彼らは壊れた人形のように火の中に捨てると言うのか。

 三人分の手に支えられた子供から、ふわりと音素が立ち上った。
 まずい。
 乖離か?

 生きながら衰弱により乖離しているのか、あるいは既に事切れてしまったために、レプリカの定めとして乖離を始めたのか。
 前者の希望に賭けて、僕は念薬を探してポケットに手をやって――しまった、と舌打ちする。
 薬はコートのポケットの中だった。
 地面について皺を作っているコートの、右だったか? 左だったか?

 落ち着けアーヴァイン!

 右だ、右のポケットだ。
 無ければ内ポケット、迅速に、正確に確認しろ。

 自分に言い聞かせてポケットを探る。

 子供達が消え行こうとしている仲間をただ見ている姿に、痛烈に心が痛くなる。
 今助けるから、そんな目で見なくていいと。
 そんな諦めを篭めた目で。

 案の定右ポケットにあった念薬を、焦りと、着ている状態ではなく、置かれている状態のためにと探りにくいポケットから苦戦して取り出して、ケースに入った中身をひとつだけ取ろうとしてじゃらりと三つも飛び出してきた。
 戻す時間も惜しくてそれを音素を出す子供の口に押し付けようとして、気が付いた。

 蜃気楼よりも薄い存在。
 僕の指は少年をすり抜け、少年は音素に還った。

 子供達は、ただそれを見ている。

「あ、あはははは、はは! は、廃棄するまでも無かったな、出来損ないのレプリカが」
「ペイン」

 声だけじゃない。
 毒で苦しめ視界を奪い恐怖を訴える声を潰す。
 つまらない言い訳で命乞いを始めようとした研究者達の声を次々と奪っていった。
 今の気持ちなら、魔法だって惜しくない。  補充が利かないから貴重なだけであって、ジャンクションには使っていないんだし、ね。



 命を、心をあざ笑う奴を僕は許さない。



 世界が命の犠牲で成り立っている事は知っている。

 普段意識しないほどに当たり前に、僕たちは肉を食べる。
 魚を食べる。
 野菜だって命である事に変わりはない。
 医療や科学の発達の影には、昔から戦争があったし、平和になっても新薬のテストには動物が使われている。
 動物実験は欠かせないし、外科医や、動物を救うための獣医の育成にも、命の犠牲がある。

 全部とは言わない。
 けど、踏みしめる足の裏にも、殺してきた魔物たちにも、命がある事は知っている。

 それらの命に感謝はするけど特別にはしない。

 それが生きるって事だろう。



 けれど、この犠牲は違うだろう!!



 レプリカは死ねば音素へ還る。
 死体なんて残らない。
 生きていた証拠も残らない。
 なのに、なんでこんな残酷なやり方を選ぶんだろう。

 かけたコートの上から、立ち尽くす子供達を纏めて一度抱きしめて、囁いた。

「間に合わなくて、ゴメン」

 無機質な瞳で見つめられて、僕の言葉の意味を理解しているのか、居ないのか、わからない。
 でも、理解しなくてもいいと、今僕は思った。

 消えてしまった子供に飲ませ損ねた念薬を、それぞれ子供達の口に含ませる。

「必ず助けるから、噛んで、飲み込んで」

 少なくとも吐き出されはしなかった。
 じっと僕を見上げた、子供達の中でも割合と意思のある瞳で見つめてくる子供がタブレットを噛み砕くと、それに続くように他の二人の子供もそれを噛み締めて同じように、初めての刺激に顔をしかめた。

 唾液に溶け込んでしまえば、吐き出したとしても多少は口に残る。
 粘膜からの吸収で、死の淵から引き剥がすくらいは出来るだろう。
 今度から辛味の無い、水が無くても飲めるもので作ってくれってキリエにお願いしておかなくちゃね。
 そしてもう一度、必ず助ける、と彼らの耳に囁いて、僕は手を放した。

 振り返り僕は彼らに対峙する。
 一人残らず声を奪われた彼ら。
 殺気になど当てられた事も無いんだろう。
 ほんの僅かに開放したGF達の気配。
 それだけで腰を抜かしている。

 命令されて逆らえなかった?
 家族を人質にとられて嫌々と?
 さっきレプリカを嘲笑していたのはあんたじゃないか。

 情も何もないレプリカより家族が大切なのは当たり前だって?
 当たり前だよね。
 そう、当たり前なんだよ。
 誰だってそうだ。
 僕だってそうだ。

 人間やめた行いをする研究者より、少しでも情を掛けた人間のレプリカのほうが、大切なんだよ。

 ここで、この研究者達が帰ってこなければ、それだけでも恐らく、僕が怪しまれるだろう。
 正直な話し、証拠は無くても前科ありすぎるしね。
 けど、だからと言って、確実な目撃情報を与えてやるつもりも無い。
 僕は念具が無きゃ記憶操作も出来ないし。
 せっかくの操作系なんだし、今度は記憶操作の方向で能力を磨いてみようかな。
 でも、今すぐ出来ないことには変わりないんだよね〜。
 なら、やっぱりやる事は一つでしょう。



 証拠隠滅。



 コートごと、子供達を抱えあげる。
 中の一人が僕を見て、ニコリと笑いかけてくれて、僕もそれに笑い返す。
 彼らはもう無機質な生き物じゃない。
 与えられた知識と外界からの刺激を元にもう人格と感情を育んでいる。

 今までろくな環境じゃなかったんだろうに、すぐに新しい刺激――この場合、悪意ない人の手の暖かさ、かな。
 それを感じ取って柔軟に発達していく。

 子育てには自信がある、とは言わないけど、経験だけは豊富にあるからね。

 ダアトに通じる譜陣を目指して歩き出した。
 こめかみを一筋の汗が伝う。

 声もなく、残された彼等が安堵する気配が伝わった。

 見逃したわけじゃない。
 許したわけじゃない。
 安心するのはまだ早い。

「イフリート」

 呼びかければ僕の心に感化されて荒れていたイフリートが、その心のままの凶悪な姿で僕らの前に現れる。
 灼熱の吐息を吐く姿に、火口に捨てられる恐怖を連想するのか身を硬くする子供達に、せめて精一杯柔らかく笑いかけて、緑の髪を撫で付ける。

「大丈夫だよ〜。彼は僕の仲間だからさ」

 すすだらけの彼らの顔が、痛ましかった。

「イフリート、後は頼むよ。証拠を残さないようにね〜」

 僕が残るまでも無いだろう。
 戦士系の人間は足を負傷中。
 研究者の人間は腰を抜かし中。
 偉大なGFとなったイフリートを相手に、逃げることすらもはや侭ならない事だろう。
 声を奪われ助けを呼ぶ事もできやしない。

 僕を観察する子供と、拙い仕草で早速懐いてくる子供と、同じ人間のレプリカのはずなのに、まったく違う個性が作られている。

「お……兄さん、だぁれ?」

 早速僕に懐いてくれた子供が口を開いた。

「僕かい? 僕は、アーヴァイン。アーヴァイン・キニアスって言うんだ」
「あ……アービン?」
「アービン、ね〜」

 なんだか懐かしいね。
 しっかり発音できないのって、微笑ましくなる。
 言葉と知識は持っていても、あの研究者達が積極的にコミュニケーションをとろうとするとは思えない。
 言い方は分っていても、使い慣れていないんだろう。
 拙くても言葉を操っているけど、この子達、本当はゼロ歳児なんだよね。

「それでもいいよ。はじめまして、子供達」
「お兄さんは、僕たちに怖い事、しない?」
「……しないよ。ガーデンの騎士は、愛と勇気と希望と、子供達の守護者なんだ」

 “いつものように”おどけた仕草で大仰なほどにアピールする。
 いきなり思いついたけど、間違いじゃないよね。
 愛を継承し、勇気を出して、希望を掴むために。
 ガーデン、と言えば孤児院併設が当たり前だしね。

 親の背を見て育つ、とはよく言ったものだと思う。

 ああいう機関で、どんな風にでもなる可能性がある子供を育てるって言うのは、ある意味でとっても危ないことだ。
 昔のガーデンが、スコールにSeedになる事を疑問に思わせずに育てたように、思想教育なんてどんな風にでも出来てしまう。
 だからむしろ気をつけて、子供達には色んな外の世界を見せるようにと頑張ってきた。

 読み書きだけでなくて、戦うことも教えるし、その上での心構えなんかも教える。
 けど、ガーデンを絶対と、Seedになることが最良だと押し付けるような教育は、まあ、ガーデンで育てているんだから、孤児のままSeedになったりガーデンに残ったりするのはガーデンが好きな人が多いから、絶対に無いとは言わないけど、出来るだけ内容に配慮している。

 それでも、子供達は進路調査の時には、ガーデンでSeedになる。
 ガーデンで教師になる。
 ガーデンの食堂で皆に美味しい料理を作る!!

 って、いってくれる子供が多い。

 あるいは、外の世界に行って、ガーデンで育った仲間のために、何か恩返しがしたい、とか。
 恩返しなんて、別にいいのに、そういう心が育っている。
 自分が受けたものを誰かに返したいって、心が自然に。

 そういうのを見たり、感じたりすると、僕はとってもうれしくなる。

 だれか、子供達にそういう背中を、やさしい感情を見せる事ができる人がこのガーデンに居たんだなぁ、って。

 質問が途切れたから、僕は早足に進んだ。
 だってさ〜、暑いし。
 ダアトへつながる譜陣を抜けて、周囲の気配を探りながら人が居ないのを確認して、ダアトでは公式に使われていない部屋へ向かう。
 僕が整備しているから、僕とアッシュしかその部屋は知らない。

 あまり人の多い方向じゃないから、なんとかなるだろうって思って僕は進む。

「愛と勇気と希望と子供?」
「そうそう、愛と勇気と希望と……? わお!」

 なんだか口調が変だと思ったら、今までずっと黙って僕を見て――睨んでいた子供の声だった。
 体格とかには多少の差はあっても、さすがに声はそっくりだ。
 でも、このまま成長していけばそのうち体格差とかから声にも違いが生まれてくるだろう。
 そもそももう口調の時点であからさまに違うし。
 むしろ、外見がそっくりだから喋り方で個性を出そうとしているかも知れない。

「だったら僕らは守らないんじゃないの? 愛も勇気も希望も無いよ? それに、子供でもない」
「何言ってるのかな〜? しっかり子供じゃないか〜」

 わざとぐちゃぐちゃにそのこの頭をかき回す。
 ふいっと顔をそらされたけど、議論をやめるつもりはないようだった。
 っていうか、僕が一方的にふっかけられているだけだけど。

「見た目の話なら、僕たちはレプリカだよ。誰かの子供じゃない」
「それじゃあ世界の子供だよ。それにさ〜、愛も勇気も希望も、時間を掛けて育てたり、ある日突然自分の中に生まれたりするものだよ。生まれたときから持っている人なんて誰もいないさ〜」

 凄い生意気な子供になる予感がするよ?
 頭の回転早いんだって!
 しかも一人だけ言葉の発音もしっかりしてるし、残った子供達の中では一番肉付きがいい。
 体力はあるのに捨てられる。
 ダアト式譜術が使えなかったんだろうか。

「何で僕たちを助けようとする」
「二人も――間に合わなかったけどね〜」
「そんな事は聞いていないよ」
「ん〜、誰かを助けるのに、理由が要るかい?」
「僕たちは導師のレプリカで、役に立たない劣化品だ」
「ただの個性だよ」

 生まれて何ヶ月? あるいは何週間?
 それでここまで自分の命にコンプレックスを抱くなんて。
 ……違うな。抱かされるなんて。

 今までどれほど酷い言葉を投げつけられてきたんだろう。
 どんな扱いを受けてきたんだろう。
 こんなときばかりは、理解できてしまう頭脳を持つことを憐れに思う。

 ひときわ回転の早い頭を持って生まれたこの子供。
 さっき一人が音素に還るときに、真っ先に手を伸ばしたのもこの子だった。
 情緒や人格が未発達な子供達を、今までも守ろうとしてきたのかもしれない。
 今まで人間の扱いをされなくて衰弱の一途だったけど、今ならきっと、本人も体力が溢れているのが分っているはず。
 僕が不審人物だったら、ぶっ飛ばして逃げようって、多分そういうことなんだろうね。
 僕に声を掛けたタイミングも、僕をぶちのめして逃げる場合の事も考えていたんだろう。
 ダアトの内部について詳しく知っているとは思えないけど、研究者がわざわざ外からザレッホ火山に行くとは思えないし、あの譜陣からの道なら多少は覚えていたのかもしれない。
 彼だって、自分が精一杯のはずなのに。

「新しい可能性だよ。お祝いしなくちゃ〜、ね。名前を決めて、フォミクリーで生まれた日なんてつまんないことはやめて、今日この日を誕生日にしようか」
「……誕生日」
「君達が、ガーデンの子供になった日だよ。どこに行っても、どんな生き方をしても、最後には帰っておいでよ。君達は僕らガーデンの子供だ。レプリカだとかそういうのは関係ないよ」
「馬鹿じゃないの」

 どうしてみんな僕の事一度はバカって言うんだろうね。
 というか、会う人会う人、一度はばかって言われる僕ってなんなのさ?

 それきり黙ってくれたから都合がいい。
 僕は合格って事かな?
 彼らをつれて、一番近い部屋に向かった。












 窓は無いけど、持ち込んだ音素灯で部屋は煌々と照らされている。
 緊張の糸が切れたのか、うつらうつらしている子供も居る。
 あの生意気そうな子供以外は、やっぱりまだ言葉も発達していない、と言うより使うものではないっていう認識かもしれない。
 あまり喋らなかった。
 今となってはあの子供だって黙っているけど。
 やっぱり、疲れただろうね。
 肉体の疲れなら、疲弊なら、あの薬を飲んだ時点で解消されているはずだけど、精神の疲れはそうも行かない。

 時として精神の疲れは肉体の疲弊も上回って、体から自由を奪う。

「君も眠りなよ。大丈夫だよ? 誰も、君に危害を加えたりしない」
「いい」
「そうかい?」

 二人がけのソファで重なるように眠る二人の子供を、自然と守るような位置で前に立っている。
 合格、じゃ無くて、まだボーダーラインに居るみたいだね、僕は。
 まあ、人間不信になるだけの経験は十分にしてきたんだろうし、いきなり信用しろって言うのもね〜。
 こればっかりは時間をかけるしかないかと思う。
 精神の欲求さえ無視できれば、肉体的には十分に活動できるはずだし。

 この部屋は、火山に繋がる譜陣と近い、僕の秘密基地だ。
 火山や図書館に行った後は大抵寄るから、結構色んなものがそろっている。
 飲料水を入れたタンクも、子供達が眠っているソファも、デスクには紙とペンも。
 掃除道具のバケツと箒と雑巾も。

 ……子供達の顔の煤をどうにかしてやりたいと思ったんだけど、さすがに雑巾は、ね〜。
 どうしようかと辺りを見回して、肩をすくめて諦めた。
 バケツくらいなら新品同様だからいいかな、とか思ったけど、一度、道具を取りに行くしかないかな〜。
 とりあえず、出て行く前に彼に一言言っておこうと思う。

「ガーデンとアーヴァインの名において君達に保護と、生きるための知識と力をあげる事を約束するよ」

 魔女とガーデンの名に掛けた、最上の誓いではないけど。

「いつか独り立ちの日が来るそのときまで、精一杯僕たちを利用しなさい」

 そう言った時に、この部屋に来てはじめて子供は僕の事を正面から見てくれたけど、その目の感情は頂けないね。
 さっきの『馬鹿じゃないの』の上級版といった感じだ。

 だからちょっと考えてみた。

「まあ、頼りなさい、頼ってもいいって事だよ。どっちにせよ、親って言うのは、普通に生きていれば子供より先にいなくなるものだから。だから、頼れるうちに頼っておいて、甘えられるうちに甘えておきなさいって事」

 利用しなさい、って言うより、いいかな?

 目の前で、子供が何か考えている。
 疲れていると考えが鈍くなるし、なんだかやさぐれるしね〜。
 でも、この子供が何を考えているのか知りたくて、少し待ってみた。

「本気で言ってるの? あんた、もしかして救いようの無いバカ?」

 ……うわ〜、アッシュより厳しい!
 ここまでバカバカ言われると、返す言葉が無いよ。
 言い返せなかったから、話をずらしてみる事にした。

「……僕はちょっとここを出るけど、いいかい、見つからないように、ここでじっとしてるんだよ〜? 僕の変わりに赤い髪をした男の子が来るかもしれないけど、その子は自分にレプリカが居て、認めているから、ちょっと話してごらんよ」

 子供はじっと見つめてくるだけで、返事を返しては来なかったんだけど、聞いているのは分ったから別にいい。
 よっぽど馬鹿って言われないだけましかも。

 とほほ〜。

 最初から友好的になるって言うのが無理だって事は、もう分っているし。
 でも、彼が導師のレプリカであり、その劣化品だからといって火山の火口で殺されそうになっていたという事を理解していた、と言うことは、ここから出て行ってもどうにもならないことも理解していた、と言うことだ。

 反射的に肩をすくめる仕草をしそうになって、止める。
 これから親しくなっていきたいと思っている子供達の前で、この仕草はないよね。
 なんか軽率って言うか、それが僕のキャラだって言えばそうだけど、今は自重するべきだった。
 ……もう遅いかな?

「水は好きに飲んでいいからね〜」

 過ぎてし合ったものは仕方ないよね?
 またまた自分の行動に付いて吐きそうになった溜息をあわてて飲み込むと、僕はただ黙って背中を睨む視線を感じながら部屋を出た。






 必要なのは桶とタオル。
 水はあるし、あとは服かな〜。
 服といえば靴も必要だよね。
 念具で体力回復しても、お腹は減っているだろうし、食べ物もかな。
 好き嫌いは、まあ気にしてもしょうがないか。

 そうだ、アッシュに知らせて、先に荷物を持って彼らのところに行ってもらおう。
 うん、それがいい。
 アッシュは自分にレプリカが居るし、それを許容している。
 彼らがレプリカだとしても、きっと、多分問題ない。
 ぶっきらぼうだけど、根は優しいし、世話焼き気質だし。

 彼らの事をアッシュに任せるなら、僕はその間にフィールに連絡しようかな。
 幾らなんでも、導師と同じ顔をしている彼らを何時までもダアトにおいておくのは危険だし。
 確かフィールはマルクトに居たはずだ。
 軍属だったと思ったけど、大丈夫かな。
 育児休暇ってあり?
 生まれてからの時間ならともかく、やっぱり駄目かな〜。
 見た目は十二歳くらいだし〜。
 年齢だけを言うなら立派にゼロ歳児で三つ子なんだけどね〜。

 とりあえずやるだけやってみよう。
 子供たち三人の命に関わるといえば多少の無理は利かせてくれるかも知れないし。
 フィールが無理だったら、次点で漆黒の翼かな。
 社会的弱者には結構優しいところもあるし。

 それともいっそ、アスターに頼んでケセドニア付近で孤児院でも作ろうかな。
 戦災孤児は結構いるし、ダアトにも孤児院はあるけど、思想を植えつける偏った教育が気に入らないし。
 どうせ長居するなら、この世界にもガーデンを作りたいかもしれないな〜。

 算段をつけながらアッシュを探してダアト内部を闊歩する。
 今の時間ならどこに居るだろうか。
 勤勉なあの子の事だし、部屋でごろ寝しているという事は無いだろう。
 図書館か、修練場かな。
 人を探しているときって、ダアトの内部の無駄なほどの広さが心底恨めしいね。

 全力に近い勢いで走れば、まあ普通の人には目で追えない速さになるし、そういう意味で人目を忍んで約十分。
 見つけたのは僕たちの部屋で、持ち出し禁止の本を図書館から持ち出して読みふけっているアッシュだった。
 ……何処から突っ込んでいいのか判らないよ。

「アッシュ、お父さん寂しい!!」
「なにを馬鹿な事を言ってるんだ。それに、誰が誰の父親だ!」

 叫んでいるけど頬の赤みに説得力なし。
 呆れながら照れて怒鳴るという器用な事をして見せるアッシュ。

「だってこの前はキニアス姓を名乗ってくれたじゃないか! 同じファミリーネームを名乗って、これで名実共に父と子だよね?」
「誰が、誰のだ!!」

 冗談もほどほどにして。
 まあ、アッシュがキニアス姓を名乗った、って言うのは本当だけど。

 アッシュ・キニアス。

 なんだかジーンと来るね〜。

 アッシュには、導師のレプリカを三人、保護した事を伝えて、荷物を持って先に行ってくれと頼んだ。
 部屋を探して、桶とタオルを見つけている間にアッシュが保冷庫の中からハムとチーズと果物を取り出す。
 まとめてて桶の中に詰め込んで、脇に皮むきと切り分けようにナイフを一本差し込んで、その上からパンを載せて、布で包んでアッシュに持たせた。

 緊急事態でキリリと引き締まった表情で部屋を出て行く。
 きっと頭の中では人通りの少ない道でも検索しているんだろう。

 僕はアッシュが出て行くのを見送りながらポケットから携帯電話を取り出した。

 最後の着信履歴は三日前。
 発信履歴にいたっては五日前だ。

 短縮から電話を掛けて、コールを待ちながらクローゼットを開ける。
 下段の引き出しには、アッシュが小さい頃の服がまだ残っていたはずだからだ。
 着る服とかにはあまり興味が無いらしくて、一応僕が私服を用意したけど、そうじゃなければ齢十二歳にして全身真っ黒と言う事態になりかねない子供だった。
 黒は赤い髪と翠緑の目によく映えるけど。
 それに、黒って色は面倒でも考えなくていい色だ。
 服なんて考える事も面倒な瑣末事であったアッシュにとっては、それこそどうでもいい事だったんだろうけど。

 あった。

 幾ら私服が少ないって言っても、数日分の着替えも着まわしも出来そうだ。
 アッシュの成長記録みたいで捨てられなかったのがこんなところで役に立つなんてね〜。

 靴はしょうがないから、あとで第一自治区辺りに買いに行こう。
 ダアトは自給自足で預言に従い穏やかな生活を、って言うのを尊趣し過ぎて、僕みたいに裏のある人間はちょ〜っと暮らしにくい。
 店の数が少ないから足が付きやすいし、商売に競争が少ないから顧客を引き止めるためのサービスが少ない。

 まあ、ケセドニアから来ている商人には、アスターを通して便宜を図ってもらえるけど。

 コールはまだ繋がらない。
 いつでも出られるわけじゃない。
 掛けて必ず通じるわけでもないけし、会話をするという性質上、うかつなところでは使えないしね〜。

 フィールもそうだと思えば仕方が無い。

 対して自分の部屋なら、防音対策もバッチリしてあるし、一部屋くらいの円なら、意識を分割していてもおろそかにせずに続けられる。
 警戒態勢はバッチリだ。

 とりあえず履歴だけ残しておこうかと思う。
 果たしてそろそろ切ろうかって思った十コールごろ、フィールは電話に出てくれた。

『ハァ〜イ? もしもし。こちらフィール・エヴァーグリーン。彼岸の彼方から電話に出てま〜っす』

 縁起でもないよ……。





     




あとがき

シンクって、本編ではあれほどカラッポだと、何もないんだと言っていましたが、もっと早い時点で導師に選ばれた以外のイオンレプリカ、それも、シンクほどに情緒や自我の発達していない、知識のみで自主性が欠ける世話の焼けるレプリカが居たら、何か変っていたかも、って思う。
まあ、変らないはずがないとも言える。

世界はただ自分たちを実験動物としか見ない研究者達と、同じように出来損ないの烙印を押された自分と同じ顔かたちをしたレプリカだけ。
喋る知識、立って歩く知識、場合によっては使えないとされるダアト式譜術の知識。
みんな初めに与えられたものは同じだろうけど、シンクとイオンとフローリアン、性格は三者三様。
誰よりも早く育った自我で、シンクはただ自分と同じ無力なものを守ろうとしたんじゃないかって。
でも力及ばず、目の前で自分と同じ者たちが火口に放り込まれて音素へ還り、自分も放り込まれて死に損なって。
絶望感はちょっとやそっとの事じゃないと思う。




ちなみにフローリアンについて。
ここでは最初からモース、あるいはヴァンにより、次点で資質の高かったフローリアンが予備として選り分けられていた、と言うことになっています。
アーヴァインと言う、教団に一つの譜石も存在していない不確定要素。
それを危ぶんだ行動と言うことで。
イオンが死んだらまた新しく作ればいいジャーン?
って、レプリカを道具としてみている人たちならいいかねないとも思いますが、七番目、最後のレプリカでようやっと導師に適するレプリカが作れた、と言うことを鑑みれば、同じ姿かたち、はともかく導師の代わり、と言うのはやすやす出来るものでもないようなので。
しかもレプリカ情報古いと、姿も違ってくるし。





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