夢を捨てた三日



 予言が僕の死を絶対と言うのなら、預言なんてなくなってしまえばいいと思った。



 預言が絶対であるのなら、そんな絶対消えてしまえばいいと、思った。



 預言が世界を作るのだとしても、その世界に僕がいないなら。














 そんな世界消えてしまえと思った。















 アーヴァインと言う男については随分前から知っていた。
 名前と、簡単な経歴と容姿だけだが。

 覇者の二つ名を何時のころからか呼ばれるようになり、戦場においては負け知らず、とも。

 といっても、戦争や紛争は嫌って出ないという。
 そしてそれをヴァンも認めているというから信じられなかった。

 例え覇者の名を得ていても、自分の意に沿わないのなら、カンタビレのように地方派遣してしまうと思っていたからだ。
 それどころかヴァンは、地方どころか恐ろしく気軽に各地に出向こうとするアーヴァインを何とかしてこの本部に止めおこうとして必死なように見える。

 紛争の調停、魔物や盗賊の討伐においては、さまざまな場所でお呼びがかっているらしい六神将の一人。
 彼の名声も上がることも確かなら、彼を部下に持つ事でヴァンの名声も上がっているのだけど、それ以上にヴァンにとってはアーヴァインと言う存在が力を持つことの方が忌々しいことのようだった。
 四苦八苦と苦心した裏工作や暗殺工作も、失敗が続いているようだったし、何より彼が欲しがっている赤毛の少年を手に入れるためには社会的な意味での抹殺は出来ないらしい。
 お手上げだと、想像以上であったと、以前珍しく愚痴めいた事をこぼしていた。

 僕も、たかだか五十人程度の特務師団で何が出来るかと思っていた。
 ヴァン自身も、即席で与えた人員だったけど、それぞれの部隊内で評判の悪い者を下から選んで送り込んだらしい。
 せめてもの足枷になるようにと。
 それが今じゃ精鋭部隊だ。
 一番最近のその男に対する話題といえば、マルクトとの合同魔物討伐にでて、すでにマルクトから派遣された部隊を三度屠った魔物を独力で退治したらしいとでてくるだろうか。

 同時期に出現した盗賊の討伐も纏めて行って、死者0という戦果を挙げたという。



 確かに、実力は覇者の名を得るにふさわしいだろう。
 マルクトの軍隊は全ての軍人が譜術を身につける。
 屈強さにおいてもなかなか名を得ているし、一度目はともかく、二度目三度目の時にはそれなりに強い部隊が派遣されただろう。
 そんな彼らをもってして適わなかった魔物を、ほぼ独力を持って退ける男。

 興味はあった。
 ヴァンは僕に会わせたくないようだったけど、そんなもの、僕の意思一つでなんとでもできる。
 それでも、権力を使ってまでも会いたいと思わなかったのは――なんとなく判っていたからなのかもしれない。



 そいつが、僕の心をかき回す存在だと。



 預言に詠まれた死が近づいてくる。
 だんだんと体は言う事を聞かなくなって、床につく時間が増えて。
 ちょっと動いただけですぐに息の切れる体も、無闇にずれる心臓の音も、刻々と来る死の時を何もせずに数えているなんて耐え切れなくなった。
 そしてただ一度だけ、それが最後かもしれないと思って僕は部屋を抜け出した。

 アリエッタにも知らせずに。

 誰も側に置きたくなかった。
 ヴァンやモースのようなむさいおっさんはもちろん、鎧のうるさい神託の盾の兵士も、預言預言と妄信的な教団員も、誰も。
 ましてアリエッタ以外の導師守護役なんてとんでもない話だった。


 だから一人で抜け出して、だけど結局外にまで出られないうちに体力が尽きた。
 適当な部屋に入ったら、そこは酷く埃っぽい冷え切った部屋で、外から足音が聞こえてきてあせった挙句僕はクローゼットに隠れた。

 ……僕らしくも無い。

 ここはダアトで、僕は導師だ。
 ダアトは僕のものなのに、何故隠れる必要がある?
 何もない。

 ただそれでも、見つかれば連れ戻される事は必然だろう。
 おそらくもう、僕が抜け出した事はばれてしまっているだろうしね。


 もう少し、一人で居たかったんだ。


 だから隠れて、それこそが数奇な出会いの始まりだった。
 こんな事、預言にだって詠まれていない!








 とにかく、妙な男だった。

 僕を見つけて導師イオンだとわかっているのに再びクローゼットに隠すと、探していたらしい教団員を煙に巻いて追い返し、黴臭くて埃臭くて冷たい部屋で改めてご対面。

 ほんと、何考えてるんだろうね。

 二言三言棘だらけの言葉を投げつけて、とぼけた言葉が返ってくるようなやりがいのないやり取りをしたかと思えば、いきなり僕のほうに手を伸ばして腕をとられた。
 振り払おうとしたけど、この部屋の空気も祟ったのかそれだけの力も出なかった。
 脈を取っているようだったから、面倒になって放っておいたらアリエッタの事を話題に出された。

 アリエッタに心配を掛けるなと言う。
 良く事情を知らないものならまずはあんな獣の子を側に置くなと言うし、僕が執着している事を知っているものならば、機嫌をとろうとしながらも、アリエッタの事を口にするときの嫌悪はだいたい隠せきっていない。

 表情に出さないのは、まったく興味のないヴァンか、あるいはアリエッタに近い者だけだった。
 それをこの男は、僅かに浮かぶ微苦笑は、アリエッタと言う獣と心を通わせる存在に対してまったく何の嫌悪も抱いていないだろう。
 ヴァンの無関心とも違う。
 感情を持った上で、それを肯定的に受け止めている……。

 なんだかムカついてまた意地が悪いと自覚する言葉を投げつけた。
 なのに男はクツクツと楽しそうに笑う始末。
 睨み付けて、いつものように高慢に、雰囲気を空気を作り出して飲み込んでやろうとしたのに、手に負えない。

 ダアト式譜術でもぶっ放してやろうかと思ったけど、それだけの体力も残されていない。
 いや、違う。
 温存しているんだ。
 この男が外に行ったら、僕が再び外を目指すために。

 本当にそんなときが来るのかどうかなんて僕は知らない。
 今ここでこの男を相手にイライラしているだけでも体力を消耗している。
 全て壊れてしまえと思ったのに、壊すことすら出来ない自分。





 僕はただ、絶望を伝播させたいだけなのかもしれない。





 作れるだけ作れ、とそう言ったレプリカ。
 僕のレプリカ。
 僕の模造品。

 作られて、資質を吟味され、選ばれた一体は名前も与えられず、僕の代わりにイオンと呼ばれ、僕の代わりに導師となって、僕の代わりに世界に破滅を導くんだ。
 そうとも知らずに。

 レプリカに劣化はつき物だ。
 選ばれなかったレプリカは、破棄される。
 僕のレプリカはすぐに導師となる為に知識を刷り込まれている。
 だからきっとその意味も理解するか、あるいは考える事もできるだろう。

 その死が、できるだけ残酷なものであれと思った。
 廃棄されるレプリカは、火山に捨てろと、僕は言った。

 肌を焼く熱さの意味を、投げ込まれる赤の意味を、先に投げ込まれた者たちの行く末を。
 我が身に何が起きたのかきっとレプリカたちは理解するだろう。

 嘆き、絶望するだろう。
 運よく生き残る事ができたなら、あるいは呪うだろうか。
 生き残った事を幸運とすら言えずに、僕のレプリカたちは世界を、人を、自分の残った命を呪うだろうか。




 それこそなんてすばらしい絶望。




 イライラとこの目の前の男のやりたい事が終わるのを待っていたら、いきなり口に何かを突っ込まれた。

「噛んで、飲み込んで」

 反論する前に口を押さえつけられた。
 微妙な力で押さえつけられていて、痛くも苦しくも無いけど逃れる事もできない。
 まったくまったく忌々しい!!
 この男も、こいつをぶっ飛ばせない僕も!!

 口に入れられたのは小さい粒。
 丸薬とそう変らない。
 初めは冷感、と言った感じだったのに、あっという間にひりひりする痛みをもたらしてくる口中の何か。
 じわりと染み出した唾液がもう溢れそうだ。
 何だこいつは。
 僕に毒物でも飲ませたのか、と思って、それならそれでどうでもいいかと思ってしまう。

 僕の死預言の成就日はすぐそこだ。
 数週間早く死んだところで変りはないだろう。
 既にレプリカ情報は抜かれてる。
 僕が死んでも、とりあえず僕の姿をしたレプリカでもベッドに寝かせておけば、病気療養中とでもなんとでも言い訳が立つだろう。

 僕の中に自嘲する気持ちがこみ上げてきて、僕はその痛辛い唾液を溶け切らずに口の中に残っている何かと共に飲み干した。






「何をするっ!」

 飲み込んでやっと手を離されて、僕はにやけた顔をしたふざけた男にやっと文句を吐いた。

「あんまり不健康だからさ、薬をね」
「薬?」

 不健康? 当たり前じゃないか。
 僕は病人と言うことらしい。
 それはあんただって判っているだろ。

「どうだい? 体調は。少しはよくなってるんじゃないかな」
「そんなにすぐに効くわけ……が……?」

 反論は途中で打ち切らざるを得なかった。
 いつでも微熱が出続けているのに冷えてしょうがない手足に熱がいきわたる。
 だるくて、本当はベッドから起き上がりたくなかった重い体が嘘のように軽い。
 その日を間近に見るようで嫌だったかさ付いた肌に水気が戻っている。

 それは信じられない事だった。

 目の前で、この信じられない事を起こした男が満足そうにうなずいている。

「どうだい? 効いてるだろう? その薬は心臓さえ動いていれば串刺しにされていても正常に癒す。とっときの一品だよ」
「だったら残念だったな。どうせ無駄だよ。僕は、どうせ……」
「もしかして君は、自分の死預言を知ってしまったのか」

 死ぬんだ。
 そう言う前に、言われてしまった。

「それに、僕が死んでも導師はいる」

 そうだ。
 死んでも替わりはいる。
 永遠に僕にはなれない憐れな身代わりが。

「……レプリカ、かな」
「そうだ」
「僕にそんな事言っちゃってよかったの?」
「レプリカの存在は知っているんだろう? 自分が大切にしている子供のレプリカを! はっ、信じられないな」
「そうかな〜、僕は兄弟が出来るみたいで良いと思うんだけど。姿かたちが一緒でも、中身は経験と時間が作るものだし、双子より近い最初の他人だろ〜?」

 この男は知っている。
 レプリカと言う存在を。
 そのレプリカが自分が手をかけている子供の身代わりとしている事を許容している。
 レプリカの存在が、そいつの立場を悪くすることも、道を狭くすることも有るというのに?
 こいつはそれを許すという。
 実際ヴァンの話じゃ、赤毛の少年のレプリカは、我侭で高慢、たいそう愚かだとあざ笑っていた。
 僕としてはどちらが愚かか、って気がするけどね。

「頭の軽い奴の言うことはしれないな」
「うわ、酷い言われようだ。サイファーだってここまでは言わなかったような気がするよ」
「酷い? 当たり前のことじゃないか。自分じゃない生き物に名前も場所も存在も奪われて、あの赤毛の被験者もよく平気でいるもんだね」

 嘲笑を篭めて鼻で笑えば、そいつは肩をすくめる。
 その程度の反応しか見せてこない。

「自分の名前と居場所を丸ごと奪われた、って形になるのかもしれないけど、それまでの十年のアッシュとは別人だ。身代わりにはなれても本人にはなれない」
「詭弁じゃないか」
「でも真実だよ。たとえあのレプリカが、十年分のアッシュの記憶を持っていても、アッシュにはなれない」

 当たり前だ。
 なれるわけが無い。
 誰が見ても判らないほど、表面上は僕に似せられるレプリカ。
 けど、そいつは僕の生きた時間を知らない。
 イオンと呼ばれて、導師となって、そしてそいつの知らない僕の時間を周囲に押し付けられるんだ。

「イオン」

 黙っていたら名前を呼ばれた。

「レプリカ技術自体は、被験者にも悪影響を及ぼすし、やたらと生み出すのはどうかと思う。誰かの身代わりとして扱われるようじゃ、レプリカ自身も憐れだしね。悪魔の技術とも呼ばれているし、今じゃ発案者本人が封じている技術だ」

 なんだ。
 今度は説教か。

「けど、僕は生まれてきたレプリカに対して何か思うところは無いよ。命は生まれる場所を選べない。そして存在は自分のあり方を選べない。人は死ぬまで人だし、レプリカは死ぬまでレプリカだろう。自分そっくりの存在が、ある日いきなり現れることを、すぐに受け入れられる人はそう居ないと思う。けど、レプリカは、人に最も近い人類の最初の友になれる可能性もあると、僕はそう思う」
「へえ、随分と異端に寛容なんだね」

 あざ笑ったのに、何でそんなに柔らかい目で見てくるんだ。
 やめろ。
 そんな目は。

「あ、そうだ」

 呟いたそいつは、僕が知っている“子供の顔で”笑っていた。

「僕の仲間が言っていた言葉を君にも送るよ」
「へえ、君の仲間、ねぇ」

 いらない。
 いらないからさっさと帰ってくれ。
 体は今までに無く好調なのに、心に重い泥が流れ込む。

「『我等運命の反逆児、あらゆる定めに牙を剥く』ってね」
「運命って、預言のつもり? このダアトで預言を否定するなんて馬鹿じゃないの?」
「馬鹿でもいいよ。少しぐらい馬鹿じゃなきゃ、定めに逆らって噛み付き続けるのはなかなか大変だからね」
「……」

 馬鹿だ。
 本物の馬鹿だ。
 今の発言が外部に漏れれば、普通であれば異端者として追放される。
 外でならともかく、このダアト、ローレライ教団本部での発言なら、過激な者に見つかったなら追放はまだマシな方だ。
 知ってか知らずか。
 多分知っての上だろう。
 僕の手に白い丸薬を五つ握らせて、何食わぬ顔で喋り続ける。

「この薬は、体を正常に戻すけど、病気の根本的な解決をするわけじゃない。イオンが何の病気かわからない。けど、この薬でも延命ぐらいは出来る。生きたくなったら、それを飲めばいい。預言に反するからって暗殺されそうになるなら、僕のところにおいで。大体ダアトに居るしね。君一人ぐらい、どうとでも隠せるから」

 やっと、わかった。
 僕が何故、この男に会いたくなかったのか。
 出会う予感すらも厭っていたのか。

 この男は僕を揺らす。
 ありもしない希望を見せ付ける。

「僕の仲間が現れるまで。彼女なら、君の病気を完治させる事ができる薬を作れる。それまでの延命なら、僕にも出来る」

 大嫌いだよ、アーヴァイン。
 誰も知らない君の正体。

 ユリアシティの人物名鑑にも載っていない。
 世界の何処を探したって、このアーヴァインと言う存在について読まれた譜石の一つも残っていない。
 預言を知らない、預言に縛られない。そんな存在。

 あるいは本当に預言を覆すのかもしれない。






 けど。






 




 外に出た。
 空を見た。
 久しぶりに風を浴びた。

 そして連れ戻された部屋の中で、夜。









 僕は渡された丸薬を、ゴミ箱に投げ込んだ。









 大嫌いだよアーヴァイン。
 せめて全てを欺いて死んでいくつもりだったのに。

 晴れた空に、教団から回収されたゴミを燃やす煙が細く立ち上る。
 きっとあの白い薬も燃え尽きただろう。
 その流れをアリエッタと共に見つめていた。

 アリエッタ。
 君にだけは伝えていこう。
 レプリカは、兄弟と言った人がいたから。

 憐れな僕の身代わりなら別に構わなかった。
 けれど、兄弟だと言うのなら、むしろ僕は許せない。

 誰かに利用されるためだけに生まれる兄弟達が、僕のアリエッタの心を縛る事を。

 教団が作り出した二千年の歴史と教えはすべて僕の中にある。
 僕の全てにも等しいそれを、見ない事を選んだ僕の――どちらにせよ全ては身勝手だ。









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